ルティシアがはやての家に到着したのは、陽が傾き夕暮れ時と呼ばれる時刻だった。
「転移の行き先は家と拠点だけですし、ガンビットのゲートは座標入力が必要。肉体的な楽をするという行為は余り好きではありませんが、緊急時のために登録した方が良いのでしょうか」
暑さが苦手ななのはが知れば、夏の間だけ使いたいと言いそうではある。
もちろん、いつどこで誰が見ているか分からないために、自由に使える訳では無いが。
とりあえず些細な問題だとばかりに思考の隅に押し出すと、呼び出しベルを鳴らす。
『……開いてる』
「魔法か何か使っているのでしょうが、せめて相手の確認位しませんか、メーア?」
『……泥棒でも何でも、来たところで可哀想なことになるだけ。時間の無駄』
いつも通りの話し方にも聞こえるが、どこかつっけんどんな感じがある。
システムの中の彼女の頼みを聞いて、メイアとしての身体の自由を取り戻したといっても、詳しい事情を知らないメーアから恨まれるのは仕方のないことだった。
「何か理不尽ですね……」
自分達も魔族から攻撃されたのに、と溜め息を吐きながら家の中へと入っていく。
この日のリビングは人で溢れていた。
ソファーに座っているのは真面目な顔で話を聞くはやて。はやてを挟んで難しい顔をして顎に手を当てているシグナムに、不安そうな表情のシャマル。
その対面側にクロノ、グレアム、リンディが腰を下ろしていた。今は主にシグナムへの説明を兼ねた、はやてへの確認を行っているようだった。
グレアムの背後には、彼の使い魔である女性が二人――猫を素体とした双子で、クロノの魔法や近接武術の師でもある、リーゼアリアとリーゼロッテが控えていた。
ただ、リーゼロッテの方はかなり姿勢を崩しており、隣のリーゼアリアから注意をたしなめられているが。
以前、無限書庫を使用する際に、ユーノがクロノに連れられてリーゼ姉妹と出会った時は、ロッテの方からはとても危険な感じがしたそうだ。――フェレットと猫的な。この時は、ロッテからスキンシップを受けたクロノが犠牲になったおかげで難を逃れたと、ユーノが語っていた。
八神家側のソファーの横には、狼形態のザフィーラが控えている。守護獣である彼は、アルフの様に人型になれるようで、管理局で見た格闘家らしき人物が彼らしい。
リビングと一体化しているキッチンの方の椅子には、リビングに近い方にヴィータとメーア、キッチン側になのはとフェイトが座っていた。
そして、ルティシアが入ってきた側の壁に、腕組みしてもたれている金髪の女性が居た。
“冥龍公”ビューネイ。
時の庭園ではなのはとユーノを助け、先日の円卓の騎士襲撃時にも戦闘終了後に現れて、倒れていた自分達を管理局へと転送したという。
そして、管理局の制服で隠されているが、以前と同じであればあの豊かな胸元に、青い勾玉――魂(みたま)があり別の人格が宿っている筈だった。“冥蛇王”ヒミコを名乗った人物の。
他の冥魔王を名乗る二人同様に、完全に味方とは断言出来ない人物達。
そのビューネイの横には、フードを深く被って顔を隠すメーアの本来の身体――円卓の騎士メイアが立っていた。
システムの資料通りであるならば、書のはやてへの侵蝕を遅らせようと魔力を使い続けている状態で、メイアとしての活動も同時平行して行っている。
元々は、堕ちる前の闘神ウルグの時代から仕えていた、元は人間である彼女。破壊神の円卓の騎士となった後も強靭な精神を誇っていたが……
主人が封じられた書を監視するために始めた、はやてとの偽りの生活。それは徐々に、彼女の在り方を変えていった。
最近は仲間達との間にある軋轢と苦悩に自身が蝕まれ、更に日頃の無理が祟り、多少荒い武の人格と、冷徹な魔術師の人格を併せ持つ、本来の騎士メイアとしての人格が維持できなくなっているとある。
「(ルティちゃん、座らないの?)」
廊下側に立ったままのルティシアに、なのはがそっと声をかける。
フェイトも視線を向けて、ヴィータも視線ははやて達の方に向けたまま椅子の一つを指し示す。
それに礼を述べながら、ルティシアも腰を下ろした。
「――どうでしょう、シグナムさん」
説明は終わったのか、リンディが真剣な表情でシグナム――書の守護騎士のリーダーである彼女に訊ねる。
「正直なところを言うなら、我らとしても戸惑っているというのが本音です。そこに立つ者からの話にもありましたが……」
そう言ってシグナムが視線で指したのは、ビューネイの横で佇んだメイア。
「我らには、闇の書……夜天の書が完成後どうなるのかという記憶がありません。夜天の書という名も記憶にありませんが、言葉に出来ないの何かを感じます」
「でも、書が主――はやてちゃんを蝕んでいたことは事実でした」
辛そうな表情でシャマルがシグナムの言葉を継いで口を開いた。
「あたしは……はやてを助けたい」
ポツリとヴィータが呟いた。
一斉に――壁に立つ二人以外の視線がヴィータに集まる。
「あたしははやてを助けたい! はやてやみんなと、ずっと一緒にいたいんだ!」
「ヴィータ……」
はやての表情にあるのは家族としての嬉しさと、そのために蒐集という行為をさせることになる辛さ。
なのはと共に帰ってきた彼女はボロボロの状態だった。シャマルから、管理局と会話中という思念通話を受けて慌てて帰ってきたためである。
一足早く蒐集を終えてフェイトと共に帰宅していたシグナムとは、それで暫し揉めていた。
「我ら守護騎士は主の決定に従うのみです。ただ、願わくば主を救えるならば救いたい。そのためとはいえ、蒐集をするなという主はやてとの誓いを破った罰はいかようにも」
前半は管理局側へ、後半ははやてに向けて話すシグナム。
ヴィータも椅子から立ち上がり、はやての後ろへ駆け寄った。先程とは違う、約束を破った後ろめたさが顔に現れていた。
「シグナム、ヴィータ。他人様に迷惑はかけたん?」
「我らは誓って、魔導師は狙っておりません」
「蒐集したのは、狂暴な生き物だけだ」
はやての視線は、グレアム達の方へ。
「少なくとも、管理局に襲われたという話は届いてはいないわね、クロノ?」
「はい、エイミィが調べた限りではありません。蒐集したという生物達も、管轄の部隊が手を焼いているものばかりが狙われていました。一応は野生生物に入りますが、その部隊の活動目的の対象外です」
視線を受けたリンディと、クロノがそうはやてに教えた。
「そうですか。――二人とも、約束は守ってくれたんやな」
限りなく破ったに等しいが、それでも、あえてはやては二人にそう笑顔で話した。
少し前に、似たような話をメーアとしていたために……。
そして、改まってはやては管理局側に向き直る。
「グレアムおじさん、リンディさん、クロノさん。シグナム達が来る前にもお伝えした通り、私やこの子達のことお願いしてもええでしょうか?」
「(……って、おいシャマル! 決めてたのかよ!?)」
「(だって、二人ともなかなか返事が無かったから仕方なかったのよーー……。はやてちゃんも迷った末での結論で、一応シグナムやヴィータちゃん達を待ってからという形で、保留したの)」
頭を下げるはやての横では、ヴィータがシャマルに食ってかかっていた。
その傍らにいるザフィーラは、自分も蒐集に加わったことがあると言い出せないまま、無言で成り行きを見守っていた。
「こら、ヴィータ。あかんって」
「ヴィータ。主はやてが大事なお話し中だぞ」
はやてとシグナムがヴィータを注意する光景を見て、グレアムはホッとした表情を浮かべていた。
闇の書を止めるために、寂しい思いをしていた少女を――家族を得て笑うことが増えたはやての、永久凍結という手段を一先ず避けられた事に安堵して。
「ありがとう、はやてさん。こちらとしても、本当に助かるわ」
ヴィータが落ち着いた所で、リンディが話す隣でクロノがチラリとメーアを見てからメイアを見る。
「こちらの話は進んでいるが、そちらとしてはどうする?」
「蒐集し、書を完成させる。“私達”としてもその点は問題ない。それは貴公等に協力しよう」
顔を下に向けた上にフードでくぐもった声で、メイアが答える。
「君達には何人か襲われた訳だが、それについては?」
それを聞いて、はやては驚いてメイアを見つめた。
「こちら側の不手際もあったが、不幸な事故としか言えぬ。言っておくが、その事で貴公等にあれこれ言われるのは筋違いである。ここは貴公等にとって管理外社会であり、私達も魔導師では無いため、貴公等の法は通用せぬからな。この地の法で裁くというならともかくだが……さて、向かい合って立ち合い気分が悪くなったから、という理由で裁けるものかな? 『相手の顔を見て気分が悪いから捕まえて』、という行為に等しいが」
「管理局の事情に詳しいな」
特に変化がないグレアムやリンディと違い、クロノは苦々しげな表情を浮かべて、はやては表情を険しくして何かを考えていた。
「とりあえず、私達としては蒐集には協力する。それ以降は……私自身は貴公等に協力しても良いと思っている」
なのはとフェイトには困惑の色が広がる。
「あの、あの時一緒にいた人達は……?」
「敵になる……そう思ってくれれば良い。貴公等も聞いた通り、あの者達とはこのような話は成立しない」
急襲に不意打ち。なのはの問いには、書が完成したらまたあの時のように仕掛けてくるだろうと、暗に仄めかし。
「その者達の情報が欲しい……と言っても無駄だろうな?」
「当然だ。袂を分かつことになったとしても、仲間を売るような行為はせん」
「……分かった」
これ以上は無駄と判断したクロノがリンディとグレアムに視線を向けた。
「私はほぼ前線から引いた身だ。ここはリンディ君に任せるよ」
グレアムにそう言われると、大きく頷いたリンディは一同を見渡した。
「この後、上への報告とか調整があるけど、闇の書――いえ、夜天の書に関する共同作戦を行います。作戦本部は、もう間もなく改修を終える艦船アースラに起きます。作戦については、後日書面で持ってくるから、はやてさん達はそれを良く読んで確認して下さい。特に、はやてさんが鍵になるからしっかりね?」
「わ、わたしですか? 分かりました、頑張らせてもらいます!」
自分は見ているだけなのかな? と思っていたはやては、思わぬ指名に目を白黒させるも、すぐによし! と気合いを入れた。
「はやて、絶対に成功させような!」
「主はやて、我々も全力を尽くします」
「頑張りましょう、はやてちゃん!」
「必ず、成功させてみせます」
そんなはやてに、彼女の騎士達は口々に協力を申し出た。
それに笑顔で感謝を述べるはやて。
「はやてちゃん、私達も手伝わせて!」
「わたしも協力する」
「もちろん、私もお手伝いします」
なのは、フェイト、ルティシアという、変わった力――自分も持っていたそれに、既に関わっていた友人達。
はやての視線は、友人達の近くに座っているもう一人の同居人に。
何か言いたそうな視線を受けて、しかしメーアは普段と変わらぬ表情で答える。
「……私は、もう伝えてある。はやてに、私が出来る範囲で協力する」
メーアは、いつの間にか傍に寄って来ていたザフィーラに促されてその背に乗ると、家族が待つソファーの方へ。
賑やかなやりとりをしているその場を、そっと離れたクロノ達と合流するキッチン組。
クロノがそっと、ビューネイの横に佇んだままのメイアに話しかける。
「今後の為に、蒐集のペースや状況を確認しておきたいんだが」
「円卓側の蒐集ペースとしては二日に一度、集めた魔力の受け渡しを行っている。今日の分はまだ書に移していないが、半分は既に越えている」
「始めた時期は知らないが、早いな……そっちの魔力の受け渡しなんだが、書に移さずに貯めておくことは可能か? 作戦案を持ってくるまでで良いんだが」
「……出来ないことは無い。長くは無理だが」
考える間があったが、そう首肯した。
「頼む。プランは早めに持ってくるが、なるべく君の仲間には見せないでくれ」
「安心しろ。奴等は書面など読む気もない」
そう言って、メイアは姿を消してしまった。
ルティシアがメーアを見ると、はやてから何かを言われたメーアがそれに答え、それを聞いたヴィータがメーアを揺さぶりシグナムに止められていた。
「とりあえず、第一の門にして難関の一つは突破ですね、艦長?」
「そうね、守護騎士達の協力がなければ、これからのプランは不可能に近いもの」
「だが、これであの子を救える足掛かりは出来たのだ。私としては、このまま最後まで無事に終わって欲しいよ」
クロノとリンディの話を聞きながら、グレアムがしみじみと話した。十一年前の悲劇を思い出しながら。
「クロノ君、私達も詳しい話を聞いていないけど、これはここにいるメンバーだけで進めるの?」
「ああ、まだ正式な活動報告はしていないけど、ほぼ僕達アースラスタッフと夜天の書の関係者で行うことになる。申し訳無いが、君達民間協力者にまた頼ることになるが。それと……」
クロノが、興味なさそうな人物に視線をやる。
「特別チームも加わるそうだ」