八月十三日 (土)
改修作業を終えたアースラが、テスト航行を終えて本局内の艦船用ドックへと帰還して早数日。
そのスタッフクルーは来たる作戦日当日に備えて、日々忙しく働いていた。
「クロノ君! 無人惑星で二ヶ所、使用許可貰えたよ!」
「分かった。すぐに作戦に適応出来るかの、チェックを始めてくれ」
クロノに報告してすぐ、彼からの返事を聞くより早く、既にエイミィの手は動いていた。
「りょ~か~い!」
クロノもそれが分かっているのか、そのことを確認することなく自分の作業を進める。
それなりに長い付き合いだからこその、信頼と以心伝心。
長い付き合いでも、チームワークが余り無い騎士のグループもあるようだが……。
「――ありがとうございます、レティ提督。……よし、武装局員を一個小隊借りられそうだ」
空間モニター先の、母の友人である敏腕提督に感謝を述べて通信を切ると、クロノは早速端末内の作戦要項の資料データを呼び出して、びっしりと書かれているそこへ入力を始めた。
「艦長。守護騎士達とフェイトちゃん、なのはちゃん。それぞれ分担しての作業を開始しました」
「注意要項にあったメンバーは、今の所発見報告は無いようですね」
「ありがとう、ランディ、アレックス。引き続き警戒を続けて」
「「はい!」」
オペレーターの男性二人にそう答えると、リンディも手元の端末を操作し続ける。
時折顔を上げて、砂糖が詰まった甘い緑茶を飲みながら、メインモニターに視線をやる。
モニターは複数の画像を映しているが、大きく映っているのは二つ。
何かを喋りながらのなのはとヴィータペアと、無言で黙々と作業を進めるフェイトとシグナムペア。
「何か、対称的なペアねぇ」
「でも、相性は良いみたいです。どちらのペアも、上手く補いあっているようですしね」
画像を見ながらのリンディの呟きに気付いて、作業の手を止めたクロノも画面に映っていた四人の方に視線を向けた。
それぞれにポジションを代えながら、順調に蒐集を続けている。
その二ペアが映っているもの以外にも、小さく分けられた画面に管理内外の世界の画像が、数秒毎に切り替わり映っていた。
裏で暗躍している魔族――今回の事件で主に動いている円卓の騎士達が、どこかに映らないかを確認していた。
ルティシアや、こちらに(一応)味方している円卓の騎士の情報では、あちらは管理局の把握していない世界で動いているらしいので、あくまでも念のため程度の探索ではあるが。
余談だが、先程から一同が入力している資料データは外部からは隔絶されているため、アースラスタッフと作戦に直接関係がある者以外は、閲覧出来ないようになっている。
作り上げたアースラの技術スタッフであるエスロと、普段はデバイス専門スタッフであるマリィの自慢のそれは、高い機密性を誇っていた。
閑話休題。
グレアムからも、十一年前から現在までに分かった、独自調査の内容等が寄せられていた。
それが無限書庫の内容からだった場合は、現在そこで専任調査を行っているユーノにも、資料データとして送られている。
「そう言えば、かあ……艦長。『お茶仲間』からは、何か言ってきましたか?」
「一応、二十日に作戦開始予定ということは伝えてあるわ。あちらからは、『特戦特殊技術調査試験特命部』所属の三名が、こちらに来る手筈になっているわね」
タイピングを再開しながら、リンディに「了解です」と返したクロノだったが、その手が再び止まった。
視線はリンディへと。
「艦長?」
「あら、何かしら、クロノ?」
リンディも作業を再開しているが、こちらは手を止めずに声だけで反応する。
「以前、チラッと聞いた時と名前が違いませんか? 前は、もう少し短い名前だったと思いますが」
「良い名前が決まらないから、あれこれ付けているそうよ? することは一緒みたいだけど」
「とりあえず付けてみました、という感が強いですね。管理局内の何でも屋にでもなるつもりなのか……」
「事実、それに近いわねぇ。アシェラさんが言うには、色々な依頼が舞い込むらしいわ」
「魔族にばれないようにすると言っていて、どうして冥魔が管理局の仕事を始めるんだ……。少なくとも、冥魔の一人がそこにいるのはこの間の護衛の件で分かったが」
頭を抱える息子に、一人どころか三人共居ることを知るリンディは苦笑を浮かべるも、リンディが手を休める事はない。
「でも、何かあると見た方が良いわね」
ただ、そう言ったリンディの声音は管理局の提督としてのものだった。
それを聞いて、頭に当てていた手を下ろしたクロノも、確認作業をしていたエイミィも手を止めて、リンディの方を見つめた。
二人が自身の方を向いているためか、リンディも手を止めると、いつもの柔和な顔ではなく真剣な表情になる。
「ここにいるみんなも知っている通り、彼女達は純粋な協力者じゃないわ。時の庭園での発言や、彼女自身の発言からも、今回の件を何らかの形で知っていた節もあるしね」
「そうですね。ジュエルシードの時も、今回のこれもゲームと称していましたし。それが、協力者としてこちらの味方をするのは、余りにもおかしい」
リンディの言葉に同意をするクロノに続いて、エイミィが手を上げながら口を開いた。
「じゃあ、彼女達も今回敵になるかもしれないってことでしょうか?」
「単純に敵になるだけなら、協力とは言ってこないだろうな。それこそ、アースラでも本局でも、直接攻撃すれば早いのだから」
生真面目な執務官が顎に手を当てながら、エイミィの問いに答える。
プレシアやリニス、アリシアを復活させる妙なアイテムや、様々な知識を持つアシェラ。
なのはやユーノがある程度数を減らしていたとはいえ、時の庭園の駆動炉の守備隊を一人で難なく破壊し、他者をたやすく転移させるゲートを作る、例の護衛の時にもやってきたビューネイ。
表立った動きはほとんど見せないが、一度だけクロノを相手にアースラスタッフの前で圧倒的な力を見せた、メイオルティス。
一癖も二癖もあるメンバー。特に、メイオルティスから発せられた威圧感は、空間モニター越しにも伝わってくる程だった。
「彼女達やルティシアの言う、魔族と冥魔との不可侵盟約。だが、魔族が潜り込んでいるらしい本局内に、堂々と姿を現す以上、やはり彼女達にそれを守るつもりが無いのは明白だろう」
「つまり、協力するということは姿を見せるということだよね? 多分、邪魔してくるあっちの騎士の前で」
「そう考えた方が良いだろうな。証拠がないからどうにも出来ないが、ジュエルシードの足りない四つも彼女達が持っている可能性が高い。つまり、目的は……」
クロノからのパスに、エイミィはう~んと考え込み、やがてポンと手を叩いた。
「闇……あ、夜天の書だね」
「あの書は持ち主以外には手が出せない。もしかしたら、僕達が知らない何かの方法があるかもしれないが……書を狙っているのは間違いないだろう」
「私もそう思うわ。そして、彼女達が動くとするなら、八神はやてちゃんが制御に成功した時だと思うの」
二人の話を聞きながら、リンディも首肯した。
手を出すなら、書の暴走が無くなってから。
しかし、敵に回ったとしても自分達が束になってかかっても、メイオルティスを止めるのは難しそうだった。
笑いながらの彼女に一掃される自分達の光景を、クロノは慌てて頭から追い出す。
「結局、はやてちゃんが成功させるかどうか、か~…」
「そうだな。しかし、完成させてもその主が力を使う事が無いとは、改変してきたかつての主は何を考えているのか……」
エイミィとクロノは、目まぐるしく変わりそうな当日の状況を思って、揃って溜め息を吐いた。
それはリンディにとっても、同じ心境だった。
影でアシェラとの付き合いがあるリンディとて、冥魔達がどう動くかは分からないのだから。
「あ、そうそう。クロノ君、話は変わるんだけど」
「どうした?」
「さっきの戦場候補地、二つとも使えそうだけど、どっちにしよう?」
二ヶ所の無人世界。何もない荒野と、もう一つは……
「荒野だ! もう一つには冷気があるし、何よりも僕がメイオルティスに負けた所じゃないか!」
「あはは。そう言うと思って、もう荒野の方で申請しておいたよ」
「まったく……頼むから、僕で遊ばないでくれ」
案件はまだまだあるんだからと呟きながら、笑うエイミィに溜め息を吐くクロノ。
そんな二人のやりとりを微笑ましそうに見たリンディが、お茶に手を伸ばして……そこに置かれた小さな時計が目に入った。
「そう言えば、クロノ? そろそろ時間じゃない?」
言われてクロノも自分の時計を確認する。
「そう言えば、もう二時間ですか。じゃあ、そろそろ浮いていますね」
「元々、無理があると思うのです……」
「うん、そうだね」
「最初にそう断った筈なのですが……」
「ボクも聞いたよ」
「速読術で無限書庫の本を読んで解析というのは……」
「無茶だと思うよ」
無限書庫内で、力尽き本を持ったまま上へと漂っていくルティシアと、検索魔法や読書魔法を駆使して一度に十冊以上の本を黙々と読み進めるユーノ。
二人が無限書庫内で作業を始めてから、二時間近くが経過していた。
時間がある時は、最近ではずっと書庫にこもって調べものをしているユーノと違って、ルティシアはここニ・三日だけだが。
普段は、グレアムの使い魔であるリーゼアリアが手伝っていたのだが、彼女達にも仕事があり、二十日に合わせて色々としておく事があるということで、急遽ルティシアが抜擢されていた。
「読書魔法とか検索魔法みたいなものは、私は使えませんと……」
翻訳魔法で文字は読めても、あくまでも一冊ずつ読むしかないのである。
読書そのものは好きで、図書館で小学校で習う程度の知識なら軽く覚えられるが、自分達とは違う魔法について書かれた本を延々と読み続けられる程、ルティシアは勤勉家では無かった。
それでも頼まれて――引き受けたのが何故かなのはやフェイトであっても、ルティシアは読み続けて……二時間程で限界を迎えて無重力の室内で浮かぶというのが、ここニ・三日の書庫内の光景だった。
そして、つい先程ユーノがアシェラからの資料には無い『蒐集した者の魔法は、主も使えるようになる』という一文を見付けた以外は、良い資料は発掘されていない。
それを聞いた時に、ルティシアもシステムからの資料にその事が無いことに、首を傾げていた。
「後、一週間だね」
「そうですね」
「はやての方はどう?」
「リインフォースさんの説得は何とか出来たようです。今は、魔法の勉強中らしいです。自分がみんなを守るんや、と言っていましたし」
「ついに折れたんだ」
「一念岩をも通す。はやても、姉さんやフェイト並に頑固な所がありますしね」
ユーノやルティシアも、なのはやフェイト達と共にはやてとリインフォースの話し合いの姿を見たことはあるが……
やるきに溢れてかなり積極的なはやてと、最初から諦めてしまっている儚げな銀髪の女性。
なのはやフェイト、シグナム達に言われても、書の過去の主達を知るリインフォースの絶望は根深いものだった。
「それでも、これで成功に近付いた……のかな?」
「少なくとも、協力が得られないよりは遥かに良いのではないでしょうか」
闇の円卓の騎士や、システムの中の“彼女”が言っていた事を考えれば、まだまだ不安要素はある。
それでも、一歩前進したのは確かだった。
踏み出した一歩が、希望か別のどこかへの道。どちらかは分からないが……
その答えは一週間後に分かる。
「とりあえず、鍛練に戻りたいです。本……本……ローラとエリ姉様はどこですか……」
「ルティシアー!? どこまで浮かぶの!?」