八月十九日 (金)
「おーい、なのはにルティシア。今、良いか?」
末妹達の部屋を訪れた恭也だが、部屋のドアは大きく開いたままだったため、代わりにその手前で足を止めて入口横の壁を軽くノックしてから、中に居る二人に声をかけた。
「あ、お兄ちゃん。良いよー!」
部屋の主からの元気な返事を貰ってから、恭也は中が見える位置に移動する。
部屋の中には、ベッドの上でダラリとした姿勢で恭也の方に顔を向けているルティシアと、床に座って雑多な物をあれこれと広げていたなのはの姿があった。
「ん?」
そんな二人の様子を、恭也はまるで珍しいものを見るような目で、何度も見ていた。
そして、その兄の姿に気が付いたなのはも自分と妹を見てみるが、特に変わった点は見当たらず首を傾げる。
「お兄ちゃん? 私とルティちゃんがどうかしたの?」
「いや、いつもと違う光景だな、と思ってな」
「違う?」
聞いて返ってきた兄からの答えに、なのはは再び自分達に視線を向けた。
やはり、特にいつもと変わった様子は無いように思える。服装も普段着で、ベッドの上のルティシアもそれは一緒。スカートとズボンの差や、ルティシアが服で隠れてはいるが黒いアンダーウェアを着ている程度である。
姉からの視線を向けられたルティシアも、その目が分かりませんと物語っていた。
「ほら、いつもと逆だろ?」
妹達の視線に気が付いた恭也は、笑って種明かしを始めた。
「いつもなら、夏に家に居る時はなのはがベッドの上で、ルティシアが違うことをしているじゃないか」
「なるほど」
それを聞いて、すぐに納得したのはルティシア。
なのははまだ首を傾げていたが。
「え~……でも、そう言われるとそう……なのかな?」
思い当たる節はいくつもある。しかし……
「で、でもでも! 私だっていつもいつでもベッドの上には居ないよ!? 朝も起きれる様になったし!」
それでも悪いイメージには違いないため、それを払拭しようと力強く否定を返す。
「確か、去年はすずか達と旅行に行った時位でしたね。他の日は、もちろんずっとではありませんが、大半がベッドの上だったと思います。朝の件は、単純に暑いせいではないでしょうか」
そんな姉の考えを容赦なく打ち砕く妹からの暴露話に、なのはの肩がピクリと反応する。
「私は体温が高いから、姉さんから離れた場所で休もうとしているのに、それを捕まえて一緒のベッドで休んだ上に、抱き付いてきて寝言で暑いと言われる身にもなってほ……」
「ル ティ ちゃ ん ?」
以前よりはかなり回数の減った、余り感情の込もっていない淡々とした喋り方。
だが、途中で姉から話を遮られ輝かんばかりの笑顔を向けられると、慌ててベッドを挟んでなのは達とは反対側に移動する。
ルティシアは、床の物をそのままにして立ち上がろうとする姉から、入口横の壁にもたれて面白そうに自分達を見ている兄の方に視線を移した。
「兄様。何か用件が有ったのではありませんか?」
「ああ。今日はまた、フェイトちゃん達の所に行くんだろ?」
「はい、夕方にはあちらに……って姉さん来ないで下さい」
「母さんが、持っていくお土産を用意しておくから、行く前に翠屋に寄って行くようにってさ」
「わか……「はーい、ありがとう、お兄ちゃん」……した」
なのはから逃れようとベッドの上に飛び乗った所で、片足をなのはに捕まれたルティシアはその動きを停止する。
それは、下手に動いてなのはが怪我をしないようにと、竜と人間の子供という体力に差がある者同士の付き合いが分からなかった頃から続いている、ルティシアなりにあれこれ考えた結果だった。
自身の身体能力が大幅に衰えていたことと、なのはや友人達との聖祥小学校での生活でかなりのデータが集まっても、それが変わることはない。
ベッドの上でそのまま臥しているルティシアの代わりに、なのはが恭也に返事を返す。
その様子を見ていた恭也が、訝しげな表情を浮かべた。
「うん? ルティシア、どうしたんだ? 具合が悪そうだが」
そう言って部屋の中に足を踏み入れた恭也。なのはが広げたままのそれらを避けて、中央に置かれたベッドに近寄るとうつ伏せの妹を覗き込む。
「ただの頭痛ですから大丈夫です、兄様。ちょっと“図書館”で詰めすぎまして」
頭だけを上げてそう答えるルティシア。嘘は言っていない。
「つまり、本の読みすぎか。美由希や忍もかなり読むが、体調を崩さない程度にしろよ?」
「はい、分かりました、兄様」
恭也は小さく頷くと、なのはも程々になと言い残して、部屋を後にする。
その後、掴んだままだったルティシアの足を離すと、なのはは明日の決戦に備えて荷物の準備を再開する。
「ルティちゃん。拠点から魔力の実と回復ドリンク、傷痕を消すクリームを貰ってきたよ」
「色々思うことはありますが、分かりました。最近は消費が激しいですし、追加生産しておいた方が良さそうですね」
「あ、フェイトちゃんがこの間システムに頼んでたよ?」
「そうですか……」
最早諦めの境地である。
「ルティちゃんの準備は出来てるの?」
「はい。装備は、修理が終わった氷雨も含めて持ち歩いていますしね」
手だけを動かして虚空から刀の柄だけを引き出して見せると、また片付ける。
「その収納、いつ見ても便利そう」
「便利ですが、人前では使うわけにはいきませんから。小物であれば、窓辺に置いてあるサイドポーチに入りますが」
「へ~」
「それは私の専用ですから駄目ですが、拠点に予備があったと思います。ただ、姉さん達の場合はバリアジャケットとは一緒に使えないため、戦闘状況下では使えないかと」
厳密には使えないことはないが、クロノの様に常にバリアジャケットを纏っているならともかく、なのは達の様に毎回切り換えるなら、その都度外して付けてを繰り返すことになる。
そう説明するルティシアに、珍しくなのはが溜め息を吐いた。
「ルティちゃん。別に戦う時だけじゃないよ? 旅行とか、ちょっとした時にあると便利な物を入れておくとか。ルティちゃんは、普段は何を入れてるの?」
「持ってきた状態のままですね。資金の一部は母様に渡しましたし携帯拠点は設置しましたが、他にはコンパクト救急セットと非常食ですね」
多そうな収容スペースの割には、余り使われてはいないようだ。
堅実で無駄が無い性格が出ていると言えばそれまでだが……
「頭痛は大丈夫?」
治癒魔法は使わず、自然治癒だけに任せているルティシア。自分に対しては無闇に魔法を使うことを嫌う彼女は、余程の状況では無い限りは余り頼ろうとはしない。
これも魔晶石に頼りきりだった頃からの名残だが、少し前に妹のローレシアから魔法を使うコツを教わってからも、それで通していた。
「はい。翻訳魔法で読めるとはいっても、数が膨大ですしね。探して読むだけでも疲れます。結局、ユーノの作業にはほとんど貢献出来ていませんし」
「ユーノ君やっぱり凄いんだ。でも、ユーノ君は馴れているからって言っていたし、ルティちゃんも余り気にしないで良いと思うけど」
今日もこもっている友人の凄さを改めて認識すると同時に、ベッドの下から手を伸ばして妹のサラサラとした髪の頭を撫でる。
「明日だね」
髪の毛で遊びながら言うと、ルティシアが首肯した拍子にその手から髪の毛が離れていく。
「そうですね。はやてのためにも、成功してほしいです。何事もなく……」
「そうだね……」
確実に何かを仕掛けてくるだろう魔族の騎士達。
闇……夜天の書を狙っていると思われる冥魔達。
暴走している書の防衛プログラム。そして、それは蒐集した者の魔法を扱うという。
クロノの推測では、アシェラからのデータに無いその部分が、冥魔の狙いではないかと語られていた。
ルティシアも、“彼女”からのデータに見落としがないかを確認したが、特にその様な記述は見当たらず確かめる術も無かった。
「うん。それじゃそろそろ行こうか?」
荷物をリュックに積めてなのはが立ち上がると、ルティシアも体を起こしてベッドから下りるとサイドポーチを身に付ける。
集合場所は、マンションのフェイト達テスタロッサ家……の隣にあるハラオウン家。
そこからアースラに転移して、今日はそのまま宿泊。明日は朝から作業を開始する運びとなっている。
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
家を出た姉妹が、途中で立ち寄った翠屋でお土産を受け取っている頃。
同じ目的地に向かうグループがあった。
八神家の六人もまた、アースラに乗るためにハラオウン家を目指していた。
はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、そして……リインフォース。
「メーアの奴、大丈夫なのか?」
いつもの姿がないことに、ヴィータは物足りなさを感じながら呟く。
「仕方あるまい。我らでは奴等に接触出来ん。上手く誘導するために準備が必要と言われれば、任せるしかない」
「そうね……足止めしている間にこちらの作業を終わらせて、その後でメーアちゃんの方に加勢が出来たら良いんだけど……」
シグナムにシャマルも、ここに居ない人物を想う。実力はかなりあることは分かっていても、それに近い人物が四人に、もう一人彼女すら圧倒する者がいるという。
メーアは姿を消す直前まで自分に構わないでと言っていたが、はやてが折れる筈もなくそこにヴィータを始めとした守護騎士達に、過去から抗うと決めたリインフォースまで加わった。
「無論だ。メーアも揃っていなくては」
言葉少なに話すザフィーラも、相手が強いと聞かされて退く気は無かった。
「そや! みんなでハッピーエンドを掴むんや!」
何よりも、主である少女が一番やる気を見せているのだから。
「不安はまだありますが、私も主や騎士達と想いは同じです。そして、私の中に刻まれている悲しみの記憶も、皆となら乗り越えられる気がします」
今までの後ろ向きな発言から前向きな発言へと変わった新たな家族に向かって、はやては満足そうに頷いた。
「それでこそ、夜天の書の祝福の風や! みんなの協力でここまでこれた。だから今度はわたし達の番や。絶対に成功させような」
「はい、我が主」
はっきりとした返事を貰うと、はやては笑んでもう一度頷く。
そして、真面目な顔になると空を見上げて今は離れている家族を想う。
「だからメーア。取り返しのつかん事だけはしたらあかんよ」
別れ際に見た少女の表情は、強い決意。
『半身、どういうつもりだ?』
「思うことは同じ。ただ、ウルグ様に絶対の忠誠を誓う“騎士の私”と違って、私はウルグ様を受け継いだ者の意思に従う」
『馬鹿な。我等はウルグ様の騎士だぞ? 人である頃から付き従っていた、な』
「否定しない。しかし、受け継いだ者もまたウルグ様には違いない。だから、救出することは問題ない」
『絶望を持って、覚醒させる計画を邪魔するというのか? ここまでどれだけの手間をかけてきたのか、知っている筈だ』
「あの子には関係ない話。それに不確実な要素がまだある。それなら万全を期す方がいい」
『魔界に戻ってから、我等が管理する闇の神器による通常儀式による覚醒か? 魔界に居るアスティアやネモ達が反対するではないか!』
「不安要素を抱えた方法よりは、あなたも良い筈。しかし、まずは身体を取り戻してから。その為に、協力しなさい」
『忌々しい話だ……が、やむを得ん』
ややあって、女性は目を開ける。
右半身の騎士服を纏う美しい赤髪の女性と、兜に赤い眼光が灯る左半身の黒い甲冑姿。
闇の円卓の騎士『分かたれしもの』メイア。
「……さて、どういう結果になるか……見ることが出来ないのは残念だが、貴公等はどのような未来を掴むのか」
メイアの左手には普段から扱う黒い騎士剣。
そして腰にはもう一振り……彼女が管理している闇の神器でもある黒い剣があった。
※ ※ ※
八月二十日 (土)
大変に賑やかなアースラでの夜が明け、決戦の地である無人世界に、様々な者を巻き込んだ運命の朝がやってきた――