真紅の月が照らす、うっそうと生い茂る闇夜の暗い森の中。
この場所で人知れず行われていた戦いが今、ひっそりと終わりの時を迎えようとしていた。
人の頭蓋骨に酷似した頭部と猿系の胴体を持つ妖魔が、次々と仲間を倒した紅い脅威に対して
「――守力至宝。クラッシュサンダー」
木々の間を縫うように飛び出してきたのは真紅の闘気に包まれたルティシア。
右手には愛刀<氷雨>を持ち、黒いアンダーウェアに身を包み、ポニーテールに結ばれた髪をなびかせた彼女の左拳が激しく帯電し始めていた。
「キィイイィィ……!」
雷の拳に防御魔法ごと貫かれた妖魔が、金属が軋むような断末魔を上げながら黒い塵へと変わっていく。
背後のその様子を顔だけを向けて確認した少女は、ハァ……と大きく息を吐き出す。
地面に刀の切っ先を突き刺し、柄に寄りかかるようにして体をもたれさせた。
そして片手で頭を押さえると、少女はゆっくりとしゃがみこんだ。
呼吸は荒く、額から顎へと伝った汗が二粒三粒と滴となって下へと降り注ぐ。
落ちたそれらは地面に黒い染みを作るも、すぐに内へと吸収されていった。
負傷こそ無いものの、消費した体力はなかなか戻らない。
しばらく時間を置き呼吸が落ち着いてくると、立ち上がったルティシアは刀を大きく一振りし、亜空庫から取り出した鞘に刀を納める。
刀を戻し月匣を解いて月村家の別荘、姉や友人達と休んでいる部屋に戻ってきた少女。
アンダーウェアを左手のリストバンドへと戻すと置いてあったパジャマを着て、空いているベッドに倒れるようにして横になる。
日中は全力全開とばかりに皆はしゃいでいるせいか、それぞれ深い眠りに入っており起きる気配はない。
頭を襲う鈍痛は続いているものの、気力を振り絞って濃紺の髪を結んでいた赤い紐をほどいて、枕元に置く。
室内に一基、屋敷外に二基配置したガンビットに見張りを任せ、少女もまた押し寄せてくる眠気に意識を手放す。
あの夜……スィーマを倒して以降、ルティシアはこの近辺を調査していた。
気配を探り、ガンビットを飛ばし、怪しそうな場所に友人達が近寄らないようにそれとなく(体を張って)誘導し。
そうして日中に目星を付けた場所を、自由に動ける夜を待って攻撃する。
幸いスィーマ以外には魔族はいなかったが、最下級から下級クラスの妖魔が少しばかり潜んでいた。
その中でも、人を襲わない大人しい(種族が妖魔というだけの)者達は残し、危険な輩だけを倒した……のだが。
群れで動いていた者達もいたため、それらを全て倒し終えるのに、結局旅行最終日の夜である今までかかってしまったのである。
この世界では貴重な魔力素……マナを溜め込む守り岩に惹かれてだったのか、スィーマ自身が連れてきたのか、それとも他の要因なのか?
理由は定かでは無い。
ルティシアが倒さなかった無害な妖魔は、多くは元々この地でひっそりと暮らしていた小妖精達ばかりであり、彼らはその理由を知らなかった。
僅かな力しか持たない彼らは、弱肉強食の世界である故郷から逃げ出したものの他に、ごく稀に自然発生的に産まれるものもいる。
この地に居たのは後者であり、後からやってきたスィーマ達のことには気が付いても、力を持たない彼らは身を隠すことに必死だった。
岩に取り憑いた魔族がいなくなり、膨大な魔力を持つなのはも近くにいることで好戦的な妖魔達は活性化し、そして全て狩られることになる。
特殊な武術流派を学び勘も鋭い兄の恭也が、日中に鋭い視線を時折辺り――妖魔が潜んでいる方向――に向けていたことに戦々恐々とする一幕はあったものの、正体を知られたくないルティシアは精神をすり減らす旅行をこなしていった。
「(ね……ねえ、アリサちゃん。起こしてあげた方が良いんじゃないかな?)」
「(何言ってるのよ、すずか。こんなの滅多に見れないでしょ! カメラのフィルムを全部使いきっていたのが悔しいわ)」
「(ア、アリサちゃん……?)」
小声で話している二人の少女の視線の先。
酷くうなされているルティシアと、その腕を枕にしながら抱き込むという間接技めいたことをしながら、気持ちよく眠っているなのはの姿があった。
海鳴に戻るこの日も快晴で、天候に恵まれた旅行となった。
「……で、家に着くまでが旅行なんだけど、あんたは何でそんなに毎日疲れた顔してたわけ?」
「ベッド寝心地悪かったかな?」
「……色々と。すずか、ベッドは大丈夫です」
それから少しして目を覚ましたルティシア。
何やら待ち構えるようにベッドの脇に立っていた友人二人と挨拶を交わし、その後の質問に答えながらも彼女は頻りに右腕をさすっていた。
横で寝ているなのはに首を傾げながらも、その体を揺すって覚醒を促す。
「……ん……おはよー……ルティちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん」
「おはよ、なのは。早く起きないとすぐに朝食よ?」
「あ、なのはちゃん、おはよう。急いで着替えた方が良いかも」
「……おやすみなさい」
「うん、おやすみルティちゃん……って、寝ちゃ駄目なの!」
「あんたも起きなさい!」
「ルティシアちゃん、起きて起きて!?」
朝食を終えた後は、荷物をまとめて屋敷内の点検を終えると、行きと同じく忍が運転する車で別荘を後にする。
「とっても楽しかった! すずかちゃん、ありがとう!」
「そうね、あたしも楽しかったわ」
「あは、二人にそう言って貰えて良かった」
自分の両隣に座っている笑顔のなのはと、顔を窓の方に向けながらアリサが感謝を述べると、すずかもまた喜色満面といった表情で答える。
横のルティシアもコクコクと頷いてはいるが、意識の半分以上は寝ているようだ。
その妹の頭を、なのはは自分の肩に寄せる。
特に抵抗無く素直に従っている所を見ると、余程眠いらしい。
途中で昼食を取るために出発を遅らせたが、帰り道も何事もなく三時間程で月村邸に到着した。
それぞれの荷物を持って車から降りると、帰宅の途……には就かずに邸宅の中へ。
拾いリビングのテーブル席に腰を下ろした少女達は、夏休みの宿題についての話を始めた。
ニャー
「それで、自由研究どうする?」
「えっと、個人かグループでって話だったよね?」
ニャーニャーニャー
「なのはは四人で、がいいかな? せっかくお友達になれたんだし!」
ニャーニャーフシャーブォーンミーミーニャース
「………………………」
「ちょっとルティシア! 何言ってるか、聞こえないんだけど!?」
「………………………」
「ルティシアちゃん、聞こえてる? 大丈夫?」
「………………………」
「まずは猫達を下ろしてほしいって言ってるみたいなの」
「まぁ、そうでしょうね」
「す……凄いよね、ルティシアちゃん」
三人の視線の先にあるもの。
それは、猫達が作り上げた猫山だった。
猫屋敷と呼ぶ者がいるくらいに、月村邸には多くの猫が生活している。
椅子に座ったルティシアの足下に猫達が集まり始め、やがて次々とよじ登り、気が付けばこの猫山状態である。
ニャーフシャ-ミギャーミーミーォァ-ニャンマモノ
ルティシアも猫達が登り始めた当初は一匹ずつ下ろしていたのだが、途中で諦めたのか溜め息を吐くと、後はもうされるがままになっていた。
「自由研究、これで良いんじゃない?」
名案! とばかりに手を打ったアリサが提案する。
「うちから猫達がいなくなるのは駄目だよー」
「このまま連れて帰ったらお母さんやお姉ちゃんは喜ぶかな……って、ダメだよアリサちゃん!?」
「………………………」
「だから、何言ってるか聞こえないってば!」
「多分……猫達の心配ですか? とか、私の意志は? とかだと思うの」
なのはの言葉に、猫山が僅かに前後に傾いだ。
頷いたらしい。
「仕方ないわね、諦めましょう」
「………………………」
「それは自由研究の内容ですか? それとも私をですか? かな」
またも動く猫山。
「それだけ乗って、よく動けるわね。それと、断腸の思いだけど宿題よ」
無念さを滲ませて、本当に残念そうに話すアリサ。
自由研究は別のモノにしようということで、題材選びに話が戻った。
なお、猫山はこの間ずっと放置されていた。
「……(これが虐めというモノでしょうか?)」
それからしばらく、四人……三人の間で話し合いが続いた。
「じゃ、まずは図書館で探してみましょ。確か、この時期は夏休みの宿題コーナーがあったはずよね」
そうまとめたアリサの言葉に皆が頷いた時、リビングのドアが開いて恭也が顔を覗かせた。
「翠屋に行くが、何人か一緒に……来てくれ……ないか?」
とある一点を見つめ少し言葉を詰まらせた恭也だが、それでも何とか最後まで言い切った。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「無事に帰ってきたことを母さんに伝えたら、試作品を作ったから良ければ皆さんでどうぞってさ。ただ、ちょっと量が多いらしくてな。飲み物もあるそうだから、念のために何人か来てくれると助かるんだが」
「お母さん、よく新しくお店に出す商品に挑戦してるの」と、恭也の言葉をなのはが補足する。
「えっと、それじゃどうしよう?」
「そうね、手分けしていきましょうか」
すずかが小首を傾げて三人に聞くと、アリサが腕を組んでそう答える。
「……………………」
「ルティちゃんは図書館に行きたいって」
「そういえば、よく行ってみたいって言っていたような? ルティシアちゃん」
学校での会話を思い出しながら話すすずかに、猫山がまた前に傾く……のだが、今度は元の位置には戻らない。
さすがに重いらしく、頭上に居座っている猫が勝ち誇ったかのような表情を浮かべていた。
「……(体力が元のままでしたら、これくらいは何ともないのですが)」
恭也も手伝って、猫達を下ろしていく。
「家のクーラーが効きすぎて、猫達が暖かい所に寄ってきたのかもしれないな」
「ルティちゃんは抱いていると暖かいから。夏はちょっと暑いけど」
恭也の後を、その温もりをよく知るなのはが継いで話した。
「暑いと思うなら離れなさいよ。学校でも暑いからってバテてるじゃないの」
もっともなツッコミを入れるアリサだった。
「あ、じゃあ私がルティシアちゃんと一緒に図書館に行くよ。あそこにはよく通っているから」
すずかがおずおずと手を上げる。
「……すずかちゃん」
不意に、すずかの両手をなのはが取った。
何故かその目は据わっており、手を取った時の勢いの強さに、すずかの腰が引けている。
「な、なに? なのはちゃん、眼が怖いけど」
しかし、それには構わずなのはは真っ直ぐにすずかの目を見つめたまま口を開いた。
「ルティちゃんから目を離さないでね。一人にした途端、何をするか分からないから」
「ルティシアちゃん、いったい何をしてるんだろう……」
※ ※ ※
「ここが図書館。結構大きな建物なのですね」
初めて訪れた図書館を見上げながら、ルティシアがそう呟いた。
夏休みということもあるのだろう、大勢の親子連れの姿もある。
セイティーグにも図書室はあったが、本ばかりがちょっとした建物の中に収められているのは想像だにしなかった。
もっとも、その図書室は空間圧縮の技術を用いられているため、蔵書量は半端では無い。
ルティシア自身はそこを訪れることはなく、必要になった時には、個人で多くの資料本を持つ姉妹から借りていたからである。
そんなルティシアの横にすずかが並ぶ。
「そうだよー。だから、一日中ここで本を読んでいられるんだ」
その後、すずかから手荷物の持ち込みや本の貸し出しと返却についての説明を受けながら、何故かセキュリティの話も聞かされるルティシア。
館内にも当然多くの人がいたが、すずかがよく本を読むという奥まった場所にあるテーブル席に案内されると、まばらに埋まってはいるものの空いていたそこを合流場所に決める。
「合流場所、ですか?」
「うん。私は自由研究に使えそうな本を選んでくるから、ルティシアちゃんは読みたい本を探してきて良いよ」
館内で本を持ち運ぶための手提げカゴをルティシアに渡すすずか。
「それでしたら私も一緒に探した方が。宿題なのですから」
「ううん、大丈夫だよ。アリサちゃんもさっき言っていたけど、今は夏休みの宿題コーナーが出来ているから、探すのは困らないんだ」
この時期だから本が残っているかは分からないけど、と言うすずかにルティシアはなおも協力を申し出るが……
結局すずかに押し負けた少女は、自分の本を探しに館内を歩き始めた。
置かれている館内案内を見て、目当ての棚の位置を確認する。
分類ごとに数字で分けられているため、探しやすく感じる。
まずは、2.歴史。
自分は異邦人故にこの世界の歴史、それもこの世界の人にとっては常識ともいえる有名なモノも知らないため、今後必要になると思っていた。
この国と世界、それぞれについて詳細に書かれていそうなものを一冊ずつ手に取り、次の棚へと移動する。
次に訪れたのは7.美術の棚。
その中でイラストや色について書かれたものを一冊手に取ると、パラパラとページを捲り中を読むと、棚に戻してすぐに移動を始める。
3.の棚の一画、伝説や伝承の本が並んでいる棚へ。
これは、各地の伝承が書かれているものを数冊取る。
最後は4.の棚。
その内の、医療の内科について書かれた本が並んでいる所から、頭痛のことについて書かれたものを数冊選んだ。
カゴに本を入れたルティシアが席に戻ると、既にすずかが戻っていた。
表題に自由研究と打たれた本が数冊テーブルの上に置かれており、すずか自身は宿題とは関係ない本を読んでいた。
席に着いたルティシアがカゴから本を取り出してテーブルに置くと、読んでいた本から顔を上げたすずかがその光景を見て唖然としていた。
「お、おかえりなさい、ルティシアちゃん。重そうな本をたくさん持ってきたね。えっと、それは借りるの?」
「……まとまっている本が必要でしたから。迎えが来る時間を考えてもまだ時間はありますし、その間に読んでしまおうと思います」
「そ、そう」
いつも通りに淡々と言う友人に、無理じゃないかなーと思いながら自分の本に戻ろうとしたすずか。
しかし、その視界が何かを捉えてしまう。
隣で本を痛めないように気を付けながら、しかし高速でページを捲るルティシアの姿を。
「ね、ねぇルティシアちゃん? ちょっといいかな?」
「どうかしましたか?」
待ったをかけられ、手を止めたルティシアがすずかを見つめる。
「何してるの?」
「読書ですが?」
「早すぎるよー」
「そう、なのですか? 普通に読んでいるだけなのですが」
「普通って……あ」
「……?」
ある方向を見つめているすずかの視線をルティシアが追うと、その先には車椅子の少女が居た。
高い位置にある本を取ろうとしているらしく、危ういバランスで手を伸ばしている。
「大変!」
席を立ったすずかが、小走りでその少女の元へと向かっていく。
間一髪で間に合ったすずかが、危ういバランスだった車椅子を支える。
「あ、おおきに」
「どういたしまして」
「……これですか?」
その間に持ってきたのだろう、小さな足場を置いてルティシアが本を取り少女に渡している。
「あ、これです」
「では、先に戻ります」
淡々と言って自分の席に戻っていく少女の背中を見ながら、えらいクールな子やなー、と呟く車椅子の少女。
そして、席に戻った彼女の“それ”を見て、まだ自分の背後にいる紫色の髪の女の子を見る。
視線を逸らされた。
「私もさっき知ったばかりだから、聞かれても答えられないよ?」
「なるほど。なんや不思議な子やなー」
同じテーブルにつき、これも縁やからと「八神はやて」と名乗った少女に、すずかとルティシアも自己紹介する。
小声で話をしていた三人だが、約束の時間が近付いたため二人は図書館を辞する事に。
言葉通り、全て読み終えたルティシアが棚に本を戻しに向かう。
「はやてちゃんは?」
「わたしはまだここにおるよ。キリのええところまで読みたいしな」
もし帰るのなら一緒にとも思ったが、はやてはまだ残るらしい。
「でも、今日は楽しかったわ。ありがとうな、すずかちゃん。また見かけたら話しかけてもええかな?」
「うん! わたしも、ここにはよく通っているから」
「わたしもや。読書量なら負けへんよ」
「今度は本のことも話そうね、はやてちゃん」
「約束やな」
二人でそんな話をしていると、ほどなくルティシアも戻ってくる。
彼女の手には、どこかで貰ったらしい利用案内が書かれたプリントがあった。
それに目を通している彼女に、はやてはすずかに言ったのと同じことを伝える。
しかし、ルティシアから返ってきたのは言葉では無く、頷きのみ。
さっきまで少しは口を開いていたのに、今はしっかりと口を閉ざしている彼女を見て、すずかとはやては不思議そうに顔を見合わせる。
「どうかしたの? ルティシアちゃん」
「え、わたしと喋るんイヤになった?」
それにも口を開かないまま首を横に振ったルティシアは、利用案内の一ヶ所を指し示しながら二人に見せた。
『図書館では静かに』
極端に走る友人に、すずかは頭を抱える。
「あかん。これは面白い子や」
こみ上げてくる笑いを堪えながらも、はやては確信にも近い何かを感じ取った。
はやてと別れた二人は宿題に使う本の貸出手続きを行い、図書館を出た所でルティシアは自分達に向けられている視線に気付いた。
気付かれないような自然な動きを装って、それとなくそちらを窺う。
それは猫だった。
「……すずか」
「どうかしたの、ルティシアちゃん?」
「あそこに居る猫は、すずかの家の猫ではないですよね?」
「うん、違うよ」
一目見て即答する。
「何かじっと見つめているので」
「本当だね。この子も猫山を作りたいのかな」
「……あれはもういいですから」
思い出して嘆息したルティシアは、楽しそうなすずかと並んで待ち合わせの場所へと向かうのだった。
猫は完全にその姿が見えなくなるまで、二人の背を見つめていた。
屋敷に戻ると、リビングのテーブルの上には桃子が用意した試作品が並べられる。
四人の他に恭也や忍、メイドの二人も一緒に試食を始める。
「それでね、アリサちゃんのお家には犬がいっぱいいるんだって」
某ゲームのス○イムに似たシュークリームを手に話すなのはに、ルティシアは飲物が入った紙コップを手にしながら溜め息を吐く。
「……嫌な予感がしますので、アリサの家にも行けませんね」
「えー……」
「モフモフした大型犬は好きですが、もしそれが大量に寄ってきたら」
「アリサちゃんは楽しみにしてたの。犬タワー」
「そうよ! いつか絶対にやってみせるわ!」
それを想像し、ニヤニヤした顔で話すアリサ。
「ネコと違って難しいような気がしますが、そもそもとして遠慮……しま……す」
蓋の上から挿したストローを使って一口飲んだ所で、ルティシアの動きが止まった。
いつも無表情なその顔には、驚きと感動が浮かんでいる。
「ルティシアちゃん、止まっちゃった」
妹の顔の前で手を振っているなのはを見て、すずかが呆然と話す。
「あんたね……。確かにこのチョコドリンクは美味しいけど、そこまで感動しなくても」
アリサにそう言われつつも、ルティシアが再起動するまでにはまだ若干の時間が必要だった。
それは、夏休みにあった図書館での小さな出会い。
これも、後に少女にとって大きな意味を持つことになる。
※ ※ ※
どことも知れぬ、不思議な空間。
「ねぇねぇ、アーちゃんが置いていたオモチャが壊されたって本当?」
「ええ、そうですよ。クッキーもありますけど、食べますか?」
「うん! ありがとう」
「どういたしまして。それと一つ訂正しますが、あの程度オモチャではありませんよ? 貴女も知っているでしょう。“あれら”はただ、私の言葉を素直に聞いてくれただけです」
少女の声が二つ聞こえる。
一人は無邪気に、一人は理知的に。
「“あっち”もようやく準備を始めたようだし。それに、奴らの本命らしき方も見つけたよ」
「うふふ。紅茶はいかがですか?」
「うん! もちろん、貰うよ」
甘える声でそう言った“少女”の手に、ティーカップが現れる。
虚空に浮かぶテーブルセットと、そこについている二人の人物。
しかし、この変わった空間のせいで姿は分からない。
「それで、アーちゃんの“気まぐれ”を壊したのは遊べそうな子?」
「今はまだ遊べそうにありませんね。“誰かのトラブル”のせいで元の強さはありませんし、あっても、私達にとっては“少し歯ごたえのあるオモチャ”になる位ですが」
「その差は大きいと思うけどな。弱かったら楽しくないし」
含みを持たせて話したようだが、知ってか知らずか相手はそれに反応を示さなかった。
「もちろんです。これに関しては、今しばらく放置で良いでしょう。ゲームに参加するコマ達の準備にも、それなりに時間はかかりますから」
「早くゲーム出来る位にならないかな。待ち遠しいよ」
「うふふ、今はまだ待つ時ですよ。それに、少し前に貴女がちょっと育ったオモチャを全部壊したせいじゃないですか」
「ごめんごめん。ちょっと遊びたくなって」
「次のゲームのセッティングにはもう少しかかりそうですし、ゆっくり待ちましょう?」
「うん。でも、今だけは“あっち”の準備が早く終わるように応援してあげても良いかな」
「うふふ。全ては私達のため、時にはジッと待つことも大事ですよ?」
どことも知れぬ空間で行われる、少女(?)達のティータイムは続く。
next
襲撃の無い日々が続く。
それは、嵐の前の静けさなのか?
その時はゆっくりと……
だが確実に迫っていた。
なのは 「ホワイトクリスマス」
※
クラッシュサンダー:電撃を帯びて放つ攻撃。雷パンチ。