八月二十日 (土)
決戦の地に集まっているメンバーをメインモニターに映して、アースラのブリッジを張り詰めた空気が包んでいた。
ブリッジに居る七人――アースラクルーに加えて、結果を見届ける為に同乗しているグレアムとリーゼ姉妹の顔にも、余裕の色は窺え無い。
「艦長……いよいよですね」
付近や周辺地域の警戒を続けるエイミィもまた、日頃の明るさは鳴りを潜めている。
「そうね」
リンディも同様で、用意したお茶に口を付けていなかった。そしてその湯飲み茶碗の横には、何かの時用にとルティシアから預かったガンビットが置かれていた。
誰しもが、今から始まる作戦に言葉に言えない何かを感じていた。
何かが起きるという、確信めいた予感を……
予想外の出来事に備え、フォロー要員でアースラに待機しているリーゼ姉妹を除いたメンバーが、メインモニターに映し出される。
「そう言えば、リンディ君。あの者達は?」
後方で予備の椅子に腰掛け、モニター見つめていたグレアムからの問いに、リンディは静かに首を横に振って見せた。
あの者達――画面には映っていない別動隊のメンバー……冥魔達。
「アシェラさんからは向かうという返事は貰ったのですが、この一週間は何の音沙汰もありません。彼女達の部署も訊ねたのですが留守でした」
仮にこの場に居たとしても、書に関係して彼女達が何かを企んでいるのは確実なため不安ではあるが、姿を全く見せないことへの不安はそれの比ではない。
どこに居るのか、何を狙っているのか、既に闇の騎士と戦闘中なのか、よもやあのメンバーがやられたとは思えないが、連絡の一つ位は入れてほしいとリンディは心中で愚痴る。
完全な味方ではないため、仕方のない部分ではあると思うが。
「まあ、話を聞く限りどっちも出てこないに越したことはないけどね~。このまとわりつく様な不快感が不気味だね」
「父さまの杖にして、私たちの切り札だった氷結の杖『デュランダル』もクロノに託しましたし、一度だけは失敗しても凍結で暴走を止められる筈ですが……」
クロノに勝るとも劣らぬ実力者であるリーゼ姉妹も、どこか不安そうにしていた。
「リンディ艦長! クロノ君から連絡で、間もなく作戦開始とのことです!」
エイミィからの報告に、リンディは顔を左右に振って不安を払うと、提督としての凛とした表情へと切り替える。
「分かったわ。みんな、何が起きても不思議じゃない……その位の気持ちでいてね」
クルーにそう指示を出すとリンディは視線を移す。
その先……メインモニターの中では、クロノが最後の説明を終えたようだった――
「――……最後の蒐集を終えた後にもし防衛プログラムが起動したら、これを破壊し、コア部分を露出させる」
昨夜にも一度説明を終えてはいるが、メンバーが勢揃いした上にリンディが景気づけ……暗いよりはと軽いパーティーを認めたために大騒ぎが起こり、よって記憶の心配をしたクロノが流れだけを軽く説明していた。
結界も使用するが、念には念を入れての障害物の無い大地。
そこに集まったクロノの他十二人。
リインフォースと彼女に抱かれたはやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。
なのは、フェイト、ルティシア、ユーノ、アリシア、アルフ。
自分達以外には誰も居ない筈の無人世界……だが、異様とも言える威圧感が辺りから感じられる。
それとは別に、彼女達には不安な要素もあった。
はやてとリインフォースが書の掌握に失敗し、暴走を許すようなことになれば、クロノがデュランダルを用いてはやてを凍結封印する。
失敗した時のことをはやてに聞かれて、それに対してグレアムが出した選択肢の一つ。
そのまま暴走させてしまってもはやての命は失われてしまうため、そうさせないためにあくまでも一時的に凍結封印し、書からはやてを解放する手段を模索する時間を稼ぐというもの。
守護騎士達やなのは達も、凍結封印という手段には難色を示したが、もう一つの手段のようにはやてを永遠に失うなどは論外であり、他ならぬはやて自身が封印を望んだために彼女達も仕方なく承諾したのだ。
「コアが露出したら、それを速やかに転送。待機しているアースラの射程内に到達したら、アルカンシェルで消滅させる」
コアを消滅させても、管制人格であるリインフォースが居る限りはやがて再生し、また暴走を開始してしまう。
暴走しない状態に戻そうにも、元々のプログラムは既に存在しない……残っている可能性は限りなくゼロに等しい。
「だから、最後は自分の消滅を」と望むリインフォースを、はやては叱咤した。
「完成させても、諦めずに二人で……みんなで考えたら文殊以上の知恵になる。そこから、新しい何かが見つかるかも知れんし、ゼロじゃないなら可能性はあるんや。何もせんと、諦めることだけは絶対にあかんよ」
昨日の、最後まで諦めずに、悪足掻きと言われようととことん足掻くんや! と、握り拳を振りかざしながら話すはやての姿を、みんなが頼もしそうに見つめていた。
この場に居る誰もが不安を持っている。
心配もある。
しかし今、そこに絶望だけは無かった。
「逃げればいいという訳じゃない、諦めたらいいというわけじゃもっとない。でも、だからこそ私達は前を向いて、前に進むことが出来る」
《all light. stand by ready》
なのはの言葉にレイジングハートが応える。
「誰もがハッピーエンドを迎えられる訳じゃない。何かを得るのは何かを犠牲にすること。でも、私たちが力を合わせれば、必ず道は開ける」
《yes sir!》
フェイトの意思に、バルディッシュも言葉少なに主の進む道を共に行く。
「全ての何かを救うことは、一人では不可能とは思います……が、仲間が居れば出来ることは広がります。そして、傷付ける何かが居るのであれば、それは誰がための爪牙たる私の役目」
ルティシアの言葉に、十二の黄金の戦士達の輝きが増していく。
「大丈夫大丈夫! みんなでやれば、きっと何とかなるよ!」
「そうだね。ボクもはやて達が上手くいくように、精一杯フォローに回るよ」
「難しく考えてもしょうがないしね。案外、簡単に善部上手くいくかもしれないしさ」
アリシアやユーノ、アルフも、それぞれの理由ではやて達を助けたいという気持ちは同じ。
「はやて、ちゃちゃっと成功させようぜ!」
「こらヴィータ。行うのは主はやてなのだぞ? 我らは常に一緒です、主。決して、気負い過ぎずに」
「はやてちゃん。焦りは禁物よ?」
「主は後ろを気にせず、管理者権限を得ることのみお考え下さい」
四人の守護騎士達はそう言うと、はやてを四方に囲んで片膝を着き頭を垂れる。
「我ら夜天の主の元に集いし騎士」
「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命在る限り我ら御身の元に在り」
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」
シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータが、はやてに言葉と、忠誠とは違う想いを捧げる。
「我が主。私も将達と想いは同じ。そして、最後まで運命に抗うことを誓います」
リインフォースと騎士達に、はやては力強く頷いた。
「それじゃ、みんな。明日をみんなで勝ち取ろう!」
その後、はやてはクロノや駆け付けてくれた友人達に向き直る。
「ルティシアちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、アリシアちゃん、アルフさん、ユーノ君、クロノさん、グレアムおじさんにリンディさん、アースラの皆さん。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたはやてに、代表してクロノが気にしなくて良いと返す。
「君達に協力することで、多くの人々を救えるかもしれないんだ。僕達としても、無事に終えたい。君達は、書による被害を最も少なくする方法で抑えてくれたのだから、管理局執務官としてそれに応えたい」
そして、グレアムから託されたデバイス――デュランダルを起動すると、エイミィに開始を伝える。
「いくよ、レイジングハート・レジィナ!」
「バルディッシュ・アサルトエンジェル!」
《set up!》
「レヴァンティン!」
「いくぜ、グラーフアイゼン!」
「お願いね、クラールヴィント」
《panzer geist!》
それぞれが相棒に呼び掛けて、バリアジャケットを……騎士甲冑を纏う。
「ラミエル!」
空に向けて、銀色の銃型デバイス――ベレッタロウズⅡの引き金をアリシアが引く。
光と共に現れる、空色の甲冑を身に付けたかのような外見の巨人。白い翼と、その丈に似合ったライフル銃を持つ、雷を司る天使の名を冠した召喚獣。
自身も、フェイトに合わせた黒いロングコート状のバリアジャケットを纏うと、ラミエルの差し出した左手の上に乗る。
「リインフォース!」
「はい、我が主」
主の呼び掛けに、リインフォースも応える。
融合――ユニゾンと呼ばれるそれは、主と融合騎が一つになることで、他のデバイスを凌駕する力。
他のデバイスでは使えない、融合型デバイスだけが使うことが出来る能力。
リインフォースと融合したはやての髪が銀に、瞳は蒼に変わり、その身を守護騎士達に似た騎士甲冑が覆っていく。
三対六枚の黒い翼を背に持つ白い騎士甲冑。その手には、書の表紙にあるものと同じ剣十字が先端を彩る杖がある。
守護騎士達を従える、夜天の王。
中央にはやてと書を持ったシャマルを残し、それぞれが散開していく。
「シャマル、始めて」
「はい」
シャマルが足下にメーアから託された宝珠を置くと、それに書を向ける。
《sammlung》(蒐集)
魔力で出来た宝珠から、書がどんどん吸い上げていく。
そして――宝珠が消え去ると同時に、書が妖しく光を放ち始めた。
『――……時は来た。始めるとしよう』
「きゃっ!?」
男の声が響き渡ると同時に書は一層輝きを増し、シャマルを弾き飛ばすと上空に――蒼い月が昇っている空へと舞い上がる。
弾き飛ばされたシャマルをシグナムが支えるなか、一同が見上げた空には書の横で佇む人では無い存在。
「闇の円卓の騎士……筆頭、『開け放つもの』ヴァシュタール……」
ルティシアがその姿を見て、男の正体を告げる。
「あいつがそうか! メーアのためにも、ぶっ潰してやる!」
「出てきたからには、我らの敵だ」
ヴィータとシグナムが獲物を手に、一歩前に出る。
「まぁ、敵同士と言えば最初からそうだがな」
「ほほほ、そういうことね」
「すべて徒労……すべて無意味……お前達のやることは、最初から無駄なのだ」
「もはや、お前達の道は縛られている……」
ヴァシュタールの傍に次々と現れる、見覚えのある闇の騎士達。
マゴス、アーギルシャイア、ザハク、サムスン。
彼等の登場に同調するように、無数の異形の存在――魔族達が虚空から現れる。
「我らの用意は既に終わっている。お前達に残されているのは、絶望しかない。我らが王の、贄となれ」
ヴァシュタールの言葉を合図に、はやて達を取り囲む数えきれぬ程の魔族達が身構える。
そこに――
『あは』
聞こえてくるのは少女の笑い声。
『それは、あなた達も同じだよ? 大人しく、あたしの糧になってよ』
闇の騎士達を見下ろす様に、揺らいだ空間から現れる冥魔王を名乗る少女と女性。
七色の宝珠がはめ込まれた七枚の白い盾を展開する、二対四枚の紅い翼を広げた冥刻王メイオルティスと、赤いドレスを纏い三体の半透明の存在を漂わせた冥蛇王ビューネイ。
「この状況で、書の制御を確保するのか……」
「なんや、メチャクチャ面倒な展開やな……」
クロノとはやてが呟く中、なのはとフェイトはお互いを見つめ頷きあう。
それぞれのデバイスの中に眠る力を、起動する。
ルティシアもまた、右手の薬指にはめた指輪を高く掲げた。
一冊の書を巡る争いは――こうして開始された。