地上にいる一同が見上げる上空で、妖しく漆黒の光を放つ夜天の書。
そして、書から吹き上がる闇が形作ったのは――人の姿。
若草色の衣服を身に付け、ブレストプレート――胸周りを守る鎧を身に付けた黒髪の女性。
しかし、開かれた二つの眼は禍々しさを漂わせながら、赤く輝いていた。
女性の背後……書の横に浮いている少年が、楽しそうに笑みを浮かべている。
「さあ、君達の願いは叶ったんだよ。破壊神を宿した魔王“闇の女王”、その想いを存分に晴らすといい」
「ライトニングボルト!」
依り代となっている女性の“正体”に思い至ったルティシア。
シャリと名乗った少年を狙って放たれた光速の雷撃拳!
他者を狙っての、自身の横を通り過ぎる光速の一撃。だが、闇の女王はそちらへと無造作に手を伸ばす――ただ、それだけで受け止め……真っ直ぐに跳ね返してきた。
「え……!?」
「危ない!」
誰かが驚きの声を漏らす中、ユーノが張った半球状の防御結界が雷撃から仲間達を守る。
防がれても闇の女王の顔には何の表情も……いや、美しいと言うよりは綺麗という言葉が似合うその顔を歪めながら、愉悦の笑みを浮かべた。
ゆっくりと地上に降下しながら、拳を握った右手を振り下ろす。
【シャドウライトニングプラズマ】
「な……っ!?」
抵抗を試すと言わんばかりにゆっくりと迫る、闇が描く軌跡!
驚愕するルティシアの前に再び防御結界がはられ、漆黒の閃光を受け止める。
《wide area protection》
レイジングハートとヴィータ、ザフィーラもそれぞれに結界を展開。
徐々に速さを増しながら、あらゆる角度から迫る光速となった闇の閃光が、四重の結界を激しく削り術者達の魔力を消耗させる。
それを感じ取ったルティシアは、強く拳を握りこみ――放つ!
「ライトニングプラズマ!」
縦横無尽に走る黄金の閃光が、同じ軌跡を描く闇の閃光とぶつかり合う!
「――重い……っ!」
二種の閃光が噛み合う度に、ルティシアの拳に伝わる重い衝撃。ほぼ同じ技でも、一撃一撃の重みが、ルティシアを闇の女王が上回っていた。
両者の光閃が収まった後には、愉悦の笑みを浮かべたまま地上に降り立った闇の女王と、獅子の指輪が嵌められたままの右手を押さえるルティシアの姿があった。
それを見て、四人――フェイト、アルフ、シグナムとヴィータが動く。
フェイトは相手の背後へと瞬時に回り込むと光の鎌を振りかぶり、他の三人はそのまま正面から攻撃をしかける。
「バルディッシュ!」
《haken slash》
光の刃が、一層その輝きと大きさを増し。
「覚悟しな!」
主から付与された、白く輝く拳を。
「悪いが、主の敵と言うならば容赦はせん!」
炎を纏わせた刀身の剣を。
「ぶっ潰れろ!」
自慢の痛烈な一撃を与えるために、ハンマーを横薙ぎに振るった。
即席とは思えない程の、完璧なタイミングの同時攻撃。
闇の女王は、フェイトの鎌とアルフの拳に手を合わせて……
【プロテクション】
先程ユーノが使ったものと同じ半球状の――ただし黒い防御結界が、女王の姿を覆い隠しながら四人の攻撃を全て止める。
「この……!」
バリアブレイクの魔力を這わせ、アルフがさらに力を込める。
ビシリ! と、ガラス細工に過度な力を加えたような甲高い音を立てて、黒い結界に少しヒビが入り始める。
シグナムやヴィータも、それぞれの相棒を前に進めようと握る力をさらに強める。
気合いを伴って大きく前に足を一歩踏み出すと、やがて二人の前の結界面も砕けていく。
砕け、ヒビが入っていくと、やがてそこから亀裂が生まれ、それは徐々に広がり……その内側からは桜色の光が溢れ出る。
【バースト】
その光に悪寒を感じた四人が回避に移るより早く、合図を受けた結界が爆発を起こして、四人……桜色の光を見てほとんど反射的に離れることが出来たフェイト以外の三人を吹き飛ばし――。
【ディバインビット】
高速で旋回する桜色の光球が、空中で体勢を建て直そうとする三人をさらに追撃していく。
ディバインシューター数発分を一つに合わせた対近接用の光球が、防ごうとするも一人ずつ順番に弾き飛ばしていき、それぞれを地上に叩き付けるとなのは達を見下ろす様に中空で停止する。
「――ッ! ショートバスター!」
自身の魔法とそのバリエーション、それゆえになのははこの後に続くものが分かる。
なのはは浮かぶ光球へと、アレンジを加えたディバインバスター――チャージに時間がかかるそれの威力や射程距離を犠牲にして、速射力を高めた砲撃――を放つ。
そして、その予測は当たっていた。
【ディバインビットバスター】
なのはの砲撃が当たるよりも僅かに早く、美しい桜色からどす黒く染まった闇球からも砲撃が行われる。
本来のディバインバスターよりも威力で劣るショートバスターとはいえ、レイジングハートの動力部に取り入れたセントジュエルで力が高まっている分、蒐集された当時のバスターにひけはとらない筈……なのだが。
闇に染まった事が示す通り女王の魔力が上乗せされているらしく、始めこそ互角であったが徐々になのはが押され始める。
女王が浮かべている愉悦の笑みが示す通り、まるで抵抗する姿を見て楽しんでいるかの様にじわりじわりと……。
「くっ……!」
《blaze cannon》
なのはを援護するため、クロノが構えたデュランダルから青い光――炎熱効果を持った砲撃魔法が放たれる。
なのはと協力して対抗するよりも、闇球そのものを消した方が早いと即座に判断したクロノによって、青い閃光はなのはのそれとは別の射線軸から標的へと。
しかし、ブレイズキャノンに対して闇球……女王からは何の抵抗も無く、むしろ命中しても意に介さないと言わんばかりに、なのはへの砲撃が弱まる兆しはない。
その状況を見て、シャマルは先程までの攻撃――序盤の魔族達からのものも含めて、負傷した仲間達に癒しの呪文を唱える。
「お願いね、クラールヴィント。静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」
青と緑、二色の内の片方の石を持つ四つの金色の指輪。人差し指には青、薬指には緑、両手のそれぞれの指に嵌められた二対四つの指輪が、シャマルの呪文に応えて傷付いた者達に優しい風を運ぶ。
傷付いた身体や魔力の回復と共に、破損していればバリアジャケットや騎士甲冑も修復されていく。
あちらは大丈夫――立ち上がる仲間達を見て、フェイトはそう判断する。
押されるなのはを見ると、駆け寄りたくなる……が、その衝動をフェイトは歯を食いしばって堪えた。
あちらにはルティがいる。女王を見るその目からは、何故か苦悩? が感じられるが、なのはの事は必ず何とかしてくれるという確信がある。
杖で体を支えているはやてからは、現在彼女とユニゾン中のリインフォースが、魔力を奪われた状態を基にはやてが動きやすいように再調整を行っていると、念話で説明があった。
リインフォースについては、フェイト達――八神家以外のメンバー達の前でも行われたはやてとの話し合いの姿から、彼女もまた他の騎士達と同じように、主を大切に想っていることが分かっている。よって、はやてについても彼女達に任せて大丈夫だろう。
問題は……。
女王の背中を見つめながら、フェイトは一歩も動けずにいた。バルディッシュを握る手にも、必要以上に力が入っている。
何度も女王に攻撃を加えようとした。
だがその度に、まるで背後にも目があるかのように、ジッと見られている感覚に陥る。
無防備に背中を見せて立っているだけだというのに、女王には隙が全く見あたらなかった。
鍛練を積んでも、逆に積んだからこそ分かる相手の強さによって、動きが取れなくなっていた。
何かが色々混じっている得体の知れない不気味さ。
それが、フェイトの感じた女王の印象である。
どうする? と、どうすれば? その二つの言葉が頭の中を占めていた。
システムの説明通りなら、バルディッシュの中にあるエンジェルシードの力を使えば、女王との差は埋まる……例え埋まらなくても、かなり縮まる筈である。
しかし、それすらも通用しなければ……。
フェイトが思考の袋小路にはまり、一歩を踏み出せない状況の中で、頭上から少年――シャリが話し出した。
「闇の女王は、君達の言う防衛プログラムでもある。永い時の中で蓄積され記録された記憶は、全て女王の力となる。それは、見ただけのものであっても例外はないよ。関わった多くの者達が、それぞれに得意とする闘いのセンスを持ち、今は円卓の騎士達の力も加わっている、まさに破壊神という名前の魔王。全てを憎む、魔を統べし破壊神」
大声を上げている訳でもないのに、その静かな声はこの場に居る全ての者の耳に届いた。
踞り、リインフォースの調整が終えるのをただ待つだけだったはやてが、ハッと何かに気が付き空を見上げる。
「思い出した……。なあ、きみはあの時メーアと一緒に来た子やろ?」
服装こそ違えど、見覚えのあるどこか人形めいた印象を抱かせる黒髪の少年。
メーアと共に現れ、簡素な理由を述べた上で彼女を預かってほしいと告げ、去っていった少年の記憶がはやての中で呼び起こされた。
はやてのそれは小さな声ではあったが、シャリには聞こえたようだ。
口元に手を当ててクスクスと笑った後に、大きく頷いた。
「そうだよ。彼女達はこの本を近くから観測する必要があったからね。僕は円卓の騎士達とは多少縁があったから、少しだけ協力してあげたんだよ。それに、君も“叶わない願い”を持っていたのもあるかな? 家族の温もりというね」
「ふざ……けんなぁーーっ!」
悪意を感じさせずに言うシャリに、大切なものを馬鹿にされたと感じて激昂し、ヴィータが空へと飛び立つ。
ただ一直線に、両手で相棒を握り締めて飛ぶヴィータ。
しかし、その眼前に桜色の光が生まれると先程のことを思い出して、反射的に動きを止めてしまう。
それは瞬く間に闇に染まり、牡羊を描く闇の星に変わる。
【スターダスト・ダークレボリューション】
無数の闇の星が星屑となって、ヴィータへ……下に居る者達へと降り注いでいく。
魔晶石の魔力では足りず、妹から教わった通りに周りの魔力素を用いての解呪魔法(ディスペルマジック)で、なのはを狙っていた闇球を消したルティシア。
空に闇の星が生まれたのに気が付くと、ディスペルでは間に合わないとすぐさま判断して、多少乱暴になのはの腕を引いてはやての元へと跳ぶ。
同様になのはの魔法を知っているユーノも、闇の星を見た時にはその特性も理解していたため防御結界を展開して、速度と威力を重視した暴虐な星屑を待ち構える。
「ぐ……あぁっ!?」
破壊に特化した闇の流星は、遮るように展開された魔力障壁や騎士甲冑を砕きながらヴィータを再び大地へと押しやって、みるみる迫ってくる。
「恐らく無駄とは思いますが、
ユーノの半球状に張られた結界の外部に、ルティシアが魔力差で破られると思いながらも、紅い膜の様な光を放つ反射用の魔法を纏わせる。
結界の内側には更にアルフとシャマルが結界を重ねる。
そしてザフィーラは……守りを固めて結界の外に飛び出し、ヴィータを受け止めると庇うように自らの身を盾にする。
ルティシアの反射魔法は、本人の予想通り大きな魔力差により跳ね返すことは出来ず、僅かに逸らせはしたもののあっけなく効果を失った。
殺到する星屑を受け止めている三重に張られた防御結界だが、それすらも一部は貫通されて、誰もいない場所とはいえ着弾してしまう。
「何という破壊力だ……ヴィータ、ザフィーラ、大丈夫か!?」
並のどころか、思い付く大半の攻撃のほとんどを防げると思われた結界すら貫く星屑――女王の魔力に戦慄を覚えながら、シグナムは彼女を警戒しつつ仲間に声をかける。
「む……ぐ……無論だ」
「大丈夫だ……。すまねえ、ザフィーラ。助かった」
傷付いてはいるが、ふらつきながらも二人は自分の足で立ち上がっていた。
シャマルが二人の治療をするためにクラールヴィントを構え――そこで、二人の表情に気が付いた。
その視線はシャリではなく女王に向けられていた。
そして、その目が驚愕に見開かれていた。
「治療薬は最初に倒さないとね」
シャマルがそちらへと振り向く間に、シャリの声は今回もはっきり聞こえた。
【ダブルアクション。デュアルスペル ペトリファイ】
シャマルの方へと指を指し示している女王。
指先には凝縮した黄色い魔力光。
シャマルの目には、女王の指先がただ黄色く光ったように見えた。
一条の閃光が、シャマルの胸を貫く。
「シャマル!?」
「シャマルさん!」
「シャマルー!?」
仲間が……主が……悲痛な叫びを上げる中で、シャマルの身体は石へと変わる。
「貴様ぁあーーっ!」
「許さねぇ……ぶっ潰す!」
「許さん!」
怒りの声を上げて、守護騎士達が女王へと向かっていく。
愉悦から蔑みへと表情を変えながら、女王は指先を自分の方に向ける。
それを見てハッとした表情を浮かべるルティシア。
「駄目です、背後から……!」
そう叫ぶも、既に遅かった。
戻ってきた閃光が、なのはのディバインシューターのように軌道を変えながら次々と騎士達を貫ていき、三人目を貫いたところで空中で霧散する。
「ヴィータちゃん!」
「シグナム……」
「ザフィーラ! よくもやったね!」
三人も石に変わり、なのはとフェイトが悲鳴を上げ、身を見開いたままはやてはショックが大きすぎて声が出ず、今度はアルフが白く輝く拳を構えて、橙色の突風と化し女王へと殴りかかる。
ルティシアも“彼女”への憂慮を最早かなぐり捨てて、右手を開いて女王に向けている。
「アルフ!」
「フェイト、よく見ておくんだ!」
アルフを止めようとするフェイトを制して、クロノもデュランダルを女王に向けた。
え? と呟いたフェイトに説明をすることなく、クロノは更に遠方で待機していたアリシアに念話を飛ばす。
「『アリシア、撃つんだ!』」
「『うん! ラミエル、怒りのフォトンバレット!』」
アルフの到達より早く、彼方から飛来した一筋の赤い閃光は女王の見えない何かに阻まれ、それはクロノの光弾も同様の結果に終わる。
「『ええっ!? 効いてないよ!?』」
「くらいな!」
殴りかかったアルフの拳を受け流し、放たれた蹴りはそのまま何かに阻まれるままにしている。
アルフの拳の連打も、女王はひたすら受け流し続ける。
「ディヴァインコロナ!」
ルティシアの伸ばした右手の先、三重の深紅に輝く魔法陣が発生。
すぐさま高速離脱したアルフと入れ替わるように、そこから飛び出した深紅の大光球が女王へと迫る。
両手を使って、光球を一歩後ろに下がりながらも受け止め――
不意に頭上から気配を感じとり、そちらへと光球を弾く。
あっという間に空の彼方へと消えていく大光球が触れた人物は、幻の如くその場から消え去ってしまう。
「かかったね!」
「コンビネーション」
橙色の突風と黄金の煌めき。
大光球に隠れるようにして、再接近していたアルフとなのはとはやてをユーノに託してきたルティシアが、女王の懐に入り込んでいた。
「クロスナックル、聖拳粉砕!」
先程離れた際に、気が付かれにくいように子犬フォームに変わっていたアルフ。そのまま、離れた勢いも使って地面すれすれを飛行して一気に近付く。光球を弾いた時にはまた人型に切り替え、突風は女王の顎へと拳を叩き込みながら上昇していく。
「守力至宝、バニッシュゲイザー」
習い修めた二種の神竜剣技の内、速さの黒竜爪牙剣で使われる幻影を囮に用いてアルフと作り上げたコンビネーション。
のけ反った女王の、鎧に覆われていない腹部に雷が凝縮された右手を打ち込む。
衝撃で身体をくの字にする女王。
「ライトニングボルト」
白いマントが大きくはためく。
間を置かず、新たに生み出した雷撃を解き放つ!
零距離で放たれた雷撃に、女王はくの字のままフェイト達から距離を離しながら吹き飛ばされていく。
そこに、天から雷の矢――アルフが放ったフォトンランサーが降り注ぐ。
爆音と共に、巻き起こった噴煙が女王の身体を覆い隠してしまう。
「やったかい?」
ルティシアの近くに下りてきたアルフの問いに、ルティシアは首を横に振る。
「まだまだでしょうね。ひとまず、姉さん達と合流しましょう」
合流して、体勢の立て直しを行い……その後を決めかねていた。
最終的には夜天の書をはやてが制御し、彼女の命とリインフォースも含めた騎士達の生存。
今回の様に、防衛プログラムが敵になった場合はもちろん、円卓の騎士達がそれに加わっていた可能性も考えれば、敵が一体……いや、二体の現在はまだ良い方とも取れる。
ただし、はやてがもう一度書にコンタクトをとるためには、どうしてもあの女王とシャリをどうにかする必要がある。
見ているだけで動きはほとんど無いが、シャリには女王以上の得体の知れなさをルティシアは感じていた。
「フェイト、僕達も合流しよう」
「うん」
ルティシア達が動き始めてすぐに、クロノとフェイトもなのは達の元に移動する。
「クロノ、女王には……」
「理屈が分からないが、君とルティシア、そして恐らくはなのはの攻撃しか通用しないらしい。君がアルフに使用した魔法があれば、僕達でも大丈夫らしいが」
クロノの説明を受けて、改めてフェイトはバルディッシュの中にある力を想う。
‘常に考えて……その力を何のために振るい、誰に振るうのかを’
「今、わたしに出来ることは……」
はやてに何か声をかけていたなのはと、フェイトの目が交差する。
言葉はなく、視線だけでお互いの想っている事が伝わり……同時に頷きあった。
「クロノ」
「うん?」
「わたしとなのはとルティで女王をどうにかするから、はやてのサポートを」
「分かった。言っても無駄と思うが、無理はしないでくれ。プレシア女史に伝え難い」
「分かってる」
はやて達が居る場所に、アリシアも含めて再集結した一同。
かなり離れてはいるが、女王も無事な姿を現した。
短髪の髪を揺らしながら、再びその顔には愉悦の笑みを浮かべている。
「なあ、どないしたらええ? 終わったら、みんな石から戻るん!?」
戻ってきたルティシアに、家族が石になり切羽詰まった表情のはやてが駆け寄ってきた。
「はい、すぐに――」
「無駄です」
治しますというルティシアの言葉を、静かな凛とした声が遮った。
空間から滲み出る様に現れたのは、ボロボロの法衣らしき紫に染められた長衣を纏い、同色でルティシアと似たアンダーの他に長手袋を身に付けている銀髪の女性。
その姿を見て、頭上からはへぇーというからかい気味の口調で声がかかる。
「冥魔王に助けられたとは聞いたけど、まだ生きていたんだね、堕ちた竜」
「生き恥を晒そうと、元に戻ることが出来なくても、今も戻ることが出来ない仲間を助け、貴方と魔族達に復讐するまでは保たせてみせます。どんな手段を使ってでも」
殺気を込めながら、シャリの方には向かずに言い返すと、今度ははやてに向かって話し始める。
「家族のように大切なのは承知ですが、守護騎士達は書のプログラムです。つまり、書とダイレクトに繋がっている歴代の主である彼等は、やろうと思えば直接騎士達を消すことすら出来ます」
「そんな……みんな……」
「微妙に姿が違うが、声は同じだからアシェラ……か? では、何故奴等はそうしない?」
クロノの問いに、女性は簡単なことですと前置きして。
「理由は二つあります。が、力を手に入れたらとりあえず試したくなるではありませんか」
「なるほどな……単純だが分かりやすい」
納得したクロノに代わって、ルティシアが口を開く。
「アシェラさん? その姿、あなたとは以前出会ったことがありませんか?」
「うふふ、どうでしょう? 私は死人みたいな者ですから、もしかしたら生前に出会ったこともあるかもしれません……が、話は後です。まずは、あの女王が力を発揮できない内に押さえます」
「え、あれでまだ本気じゃないんだ!?」
「当然です。一口に神と言っても様々な者が居ますが、他者には出来ない絶対的な力を使う事が出来る存在を示します。ウルグはその中でも下位神ではありますが、本来はもっと強大ですよ」
さて……と言葉を切ると、アシェラは組んだ長手袋に覆われた両手を擦る。
「先程言わなかったもう一つの理由と合わせて、女王が力を発揮できないのは、あの中にいる人物が抑えてくれているからです。現在は力及ばず“眠っている”その人物を、外からの衝撃で起こします。その人物と協力出来れば、書のアクセスもやりやすくなりますから。問題は、はやてさん。そこに到るまでに、貴女が倒れてはいけません。辛くても、じっと耐えるのです」
「また見てるだけなんて嫌です! わたしも一緒に……」
それをやんわりとアシェラが抑える。
「すみません。気の利いた何かを言えれば良いのですが、私はそういうのは苦手です」
止めはしたものの、はやてにそう言う姿は本当に困惑していた。普段は何を言ってものらりくらりとかわす彼女だが、こういう類のものは苦手らしい。
「それぞれにそれぞれの役目がある。はやてにははやてにしか出来ない事がある、ということだ。女王には特定の攻撃しか利かないらしい。アルフのように付与して貰うのも考えたが、余り魔力を割くのも得策でも無いと思う」
僕も得意じゃないんだがとこぼして、次の段階の話を始める。
ルティシアも、辛そうにうつむいて下唇を噛み締めているはやてにどう言えば良いのか分からず――ただ視線だけは何度も向けながら――思い付かない自分に歯痒さを覚えて、クロノに言葉を返す。
「つまり、女王とシャリに分かれるのですね?」
「ああ。僕とアルフとアリシアで行く。ユーノははやてを。フェイト達は女王を頼む」
「ん、あたしもかい?」
「女王にも効果がある攻撃だがあの少年にも効くかもしれないし、バランス的にも一人は近接に特化した者が欲しい」
「あいよ」
そして、アルフの視線もはやてへと。
「はやてさん」
黒いロングコートを靡かせて、歩み寄ったアリシアがそっとはやての手を取る。
「……何、アリシアちゃん?」
「ちょっと私たちで食材を用意してくるから、美味しく料理してね! みんなが幸せになれるような」
「…………え?」
言われたはやてに他の者達も、戦闘中だというのに一瞬呆けてしまう。
「つまり、邪魔者はわたし達が倒して状況を調えるから、はやては一番良い結果を作ってね、で合ってる?」
フェイトがアリシアの言葉を通訳する。
「うん! 私たちははやてさんを信じてるから、はやてさんも私たちを信じて待ってて欲しい」
「アリシアちゃん……ありがとうな」
言われた直後こそ混乱はしたが、アリシアの気持ちを感じ取ると、はやても知らず知らず笑みを浮かべていた。
「ううん! はやてさんの夢見た未来を叶えよう! 大丈夫。みんなで頑張れば、必ず奇跡は起きるんだよ!」
駆け引きとかそういうものは一切無く、純粋な気持ちで心からそう言える少女――アリシア。
「フェイトちゃん。アリシアちゃん、凄いね」
「うん。わたしの自慢のお姉ちゃんだから」
なのはに言われて、嬉しそうな表情で微笑みながらフェイトも答える。
「フェイトだって、アリシアに負けてないよ。あたしの自慢のご主人様なんだから」
そう言ってきたアルフにフェイトは静かに首を横に振ると、バルディッシュを握る手にもう片方の手も添える。
「わたしはまだ結果を出せていないから。そのために、頑張らないと」
「私もだよ、フェイトちゃん。はやてちゃんの夢を叶えるために、全力全開で!」
それらの光景を、ルティシアは眩しいものを見るように、羨望の眼で見つめていた。
「良くも悪くも、聖竜族は安定しています。それでも……確かに人間には悪い所もありますが、良い所や学べる事も多いですね。まだまだ学ばなくては……外に出てきて良かったです」
「愚賢混合、それが人間。決して強い生物ではありませんが、数多の世界で最も喜怒哀楽という感情に溢れ、それが強さに顕著に現れる種族。神の作り出した失敗作にして最高の傑作でもある、不思議で予測し難い存在です」
ルティシアの横に並んで、アシェラが溜め息を吐いた。
「アシェラ、女王が動きを止めているのは君の仕業か?」
そこにクロノとユーノもやって来て、いつの間にか赤いルーン文字で縛られている女王を指す。
「うふふ、血縛呪……特殊な封印な一種。保って、後二分程ですね」
「君はどう動く?」
「シャリと言いたい所ですが、約束もありますし女王でしたか? に回りましょう」
「あの少年は強いのか?」
「強いと言えば強いですね。片鱗は貴方方も見ている筈です。死者の願いを叶えることが行動の全てであり、その結果や方法の善悪は問わない“虚無の子”。向こうから動くことは少ないですが、動くときはメイオルティスに負けず劣らずエグいですよ」
それを聞いて二人は嫌な顔をするが、クロノが仕方がないと言葉を吐き出す。
「フリーにするわけにもいかない。幸い、アリシアのおかげで八神はやての気持ちも持ち直しているし、次で決めよう」
「そうだね。それに、なのはやフェイト達にも何か考えがあるみたいだし」
二人の様子がいつもと変わっていることには、ユーノはもちろん気が付いていた。
「うふふ。残された僅かな時間に、どこまで出来るものでしょうか」
女王に向かう四人を見つめるはやてに、先程までの悲痛な表情は無い。
むしろ……。
『我が主。確かに現在こちらからの書へのアクセスは難しいですが、“それまでに得ていた力”は制限されていてもある程度は使用可能です。つまり……』
リインフォースは主へと囁く。
『我々も小さな魔王になりましょう』と。