その場を表す適切な表現があるとすれば、“幻想的”。あるいは、“摩訶不思議”といった類のものだろうか?
大地は無いのに足は何かを踏みしめて立つことが出来るし、それを蹴れば思いのままに飛んで行ける。例え魔法という力が無くても――もし望むなら――舞うようにどこまでも、いつまでも翔ぶことも出来る。
昼や夜といったものもなく、光源等は存在しない。それなのに相手の姿ははっきりと分かる。
白いのか黒いのか、そもそも色が有るのかすらも分からぬ奇妙な空間。
ここにいる人物は二人。この奇妙な空間からは隔絶されているかの様に、その存在感が周りからは浮き彫りになっていた。
一人は悠然と……超然とした態度で、先程まで対峙し、今は倒れ伏している人物を上から見下ろしている。
「――分からぬな」
虫の息の人物に、その男は心底不思議そうに言葉をかける。
人ではない青い肌には特殊な紋様が描かれ、その身体を最低限覆う程度といった独特な衣装を纏っている。
男の額には縦に開かれた第三の瞳があり、つまらなそうな視線を放つ両目とは違い、鋭い眼光を女に向けていた。
「過去のアスティア、アーギルシャイアに続いて……よもやメイア、ウルグ様への忠誠が篤いお前までが謀反するとはな。アーギルシャイアにも以前聞いたことだが教えてくれないか、女とは裏切るものなのか?」
問われ、しかしメイアは答えることが出来ない。
虫の息――今のメイアはまさにその状態であった。
左半身である黒い甲冑はその大部分が砕け、右半身を覆う黒い騎士服も辛うじて残っている状態であり、素肌が見えている箇所からは激しく出血していた。
「我の、闇の門を開け放つタイミングを見計らって、書と結び付けた我等の因子を辿って潜入するとは」
話す男――円卓の騎士筆頭ヴァシュタールの言葉には嫌味は無く、それどころかメイアに対して純粋に賞賛さえしていた。
「そんな真似が出来るのは円卓の騎士の中でもネモや我が妹アスティア、そして魔界の我等が城に滞在している賢しきエルフの長だけかと思っていたが、魔導騎士であるお前も出来たとはな思わなかった。見くびっていたことは素直に認め、詫びよう」
話しながらも、ヴァシュタールの表情には全く変化は無かった。トドメを刺すような動きこそ見せないものの、逆にメイアの動きや魔力の流れを見逃すことも無い。
「だが、過去の戦傷が癒えておらず、衰弱した身で動いたのは致命的だったな。詰めが甘いぞ、我がここに居ることは読めなかったのか? 誰かが書に侵入してくることは予想してあるし、目指すのも改編を行う中枢だとな」
そこまで話すと男は口を閉ざす。倒れているメイアを静かに見据える。
「……分かっていた。私自身のことも……ここに貴公がいることも……な」
倒れたまま話すメイアの声は途切れながらではあるものの、見た目の負傷具合からすれば、しっかりとした発音で届けられる。
「己の残りの命を振り絞り、あのはやてという子供の絶望で完成させられた儀式を邪魔してまで、お前はその道を進むと言うのだな?」
「……そう」
メイアはゆっくりと身体を起こしながら、はっきりとヴァシュタールに答えた。
「うっ……く……っ!」
立ち上がるために、少し力を込めるだけでも身体は悲鳴を上げ、口からは苦痛の声が漏れる。
普段の数倍の労力と苦痛を伴いながら、メイアは立ち上がる。しかしヴァシュタールに向けられるその双眸……右半身の美しい女性の切れ長の瞳と、左半身――黒い兜の面貌に輝く赤い眼光は、痛みをまるで感じていないと主張するように、その輝きは失われるどころかいや増している。
「立ち上がって、しかしどうするつもりだ? その剣……闇の神器の力を解放するつもりか?」
メイアやヴァシュタール、闇の円卓の騎士達はそれぞれが闇の神器と呼ばれる魔法具を管理している。
騎士達と同数の十二個存在するそれらは、一つ一つがジュエルシードを上回る強大な魔力を持つ。
形状も鎚や槍、盾という武具としても扱える物の他にも、指輪や腕輪などのアクセサリーや杯といった物まで様々である。
共通しているのは、いずれも強大な魔力を持つ代わりに、曰く付きの力も内包する魔導器であるということである。
そして、メイアの持つ黒い細身の剣もその一つ。
銘は<虚無の剣>。
シグナム達の扱うアームドデバイスと同じく、剣の形状通り武器として用いることが出来る。
違うのは、力の行使と引き換えに支払う“代償”。デバイスのカートリッジ使用時の負担の代わりに、虚無の剣の代償は“使用者の存在”。解放すれば標的を消し去るが、使用者の存在――存在したという記憶すらも消えてしまう力を持っていた。
過去には何人も、自らの目的を果たすために――消失という代償があることも承知で――この剣を求めた人間達が居た。
訳あってメイアが手放していたこの剣を使った者達は目的を果たし、そして全員が人々の記憶から消失していった。
その魔剣を今、メイアは手にしていた。
しかし、それを振るう前にメイアには確かめたい事がある。
「……リーダー。ヴァシュタール殿、先程から幾つか問いを口にされているが、こちらからも貴公に聞きたいことがある」
痛みを堪えながら口を開くが、既に肉体の限界が近いのか、痛みを痛みとして感じなくなってきていた。
「何だ?」
「ヴァシュタール殿、貴公にはどの程度の記憶がある?」
「どういう意味だ?」
メイアの言葉に、ヴァシュタールは怪訝な表情を浮かべた。
「本物のヴァシュタール殿は、他の四人と共にここの別の場所に誘い込もうと画策していた。ウルグ様と同様に、この書の中に封印するためにな。それが出来るのもヴァシュタール殿だけであろうし、そこに異論は無い。貴公には確かに実力はある……が、記憶という点にはいささか疑問が残る」
「ほう、聞かせてくれないか? その命、尽きる前に」
「……アスティア殿とアーギルシャイアがヴァシュタール殿を裏切った理由について、ご本人が既に聞いているからだ。それぞれが得た、大切な存在への“愛”とな。なるほど、実力だけは良く出来ている。だが、記憶や感情の完全な再現は無理……もしくは調整中という所かな、プログラム? こういうときはこう動き、こう言われればこう話す……中途半端な記憶に、どこか機械染みた動きだ」
メイアにそう指摘されると、“ヴァシュタール”の表情からは完全に感情らしきものが無くなる。
「なるほど、古参の騎士らしい見解だ。最も強いこの者をコピーしたが、お前の言う通り、内面の完全な再現には確かに“まだ”至っていない」
「……それと、女は裏切ると言っていたな? 男も女も関係ない。間違いがあれば、真実が見付かれば……主君に過ちがあるならば、正すのもまた臣下の勤め!」
当時の主君“相当”、ウルグ復活の指揮を取るヴァシュタールに逆らった二名の円卓の騎士。
それに手をかけたヴァシュタール自身も、虚無の剣を手にした人間や、敵対した円卓の騎士達を破ってきたフロンティアの手で、幾度か倒されている。
「――そして、今の私の主君はアスティア殿の子にして、ウルグ様のソウルを受け継ぎしフロンティア様だ。ヴァシュタール殿も、あの者ならと認めていたはず。虚無の子と何を企んでいるかは知らんが、貴公には関係ない話だな」
「その通り、そして我に倒されるお前にも関係ない話だ。その剣を使って我を消しても、お前の言う通りこの身はプログラム。お前の望みは達せられず、冥魔共を完全に取り込めば書の主達もお喜びになる」
「夜天の書の現在の主にして正統後継者は八神はやてであり、過去の亡霊共ではない。守護騎士達の決して折れぬ忠誠の剣が、彼女に捧げられているように」
「理解出来んな。それに、瀕死のお前に何が出来る?」
人の身であればとうに致死量を越えている程の血を流し、このまま手を加えずとも今にも力尽きんとばかりに、震える身体を無理矢理立たせているメイアを見て“ヴァシュタール”が疑問を口にする。
「ふふ……答えは自らで見付けよ。私は後数秒間保てば良い。それで、私の役目は終わり……永い眠りの時が来る」
数秒後、冷たい氷の海に浮かぶ巨大な氷塊が砕けて落下するように、空間に亀裂が入り剥離していく――。
※ ※ ※
四人を見下ろす女王の赤い瞳は、禍々しい輝きを放っていた。
暴走していたルティシアの烈火の如き紅い瞳でも、メイオルティスの挑発的で熟成された葡萄酒のような紅でもない。
暗い何かが混ざり、濁り、澱んだ昏い赤。
憎んでも憎んでも……それでも憎み足りない程の憎悪。そんな眼を向けられ、心の奥底から感じる衝動……恐怖に、なのはやフェイトが震える。
そんな二人への視線を、黄金の聖衣を纏う少女と、ボロボロになっている薄紫色の長衣の背中が遮る。
「ル……ルティ……ちゃん?」
「大丈夫です」
魔法に出会って以降、危ない物と出会う度にいつもこうして護られていた。
間近で見る濃紺の髪と、放たれている暖かい何かを感じている内に、体の震えが止まり恐怖が自然と無くなっていく。
「アシェラ……?」
「うふふ、これは“今の”私のキャラでは無い筈ですが。そういえば、堕ちて以来誰かを庇うのは初めてでしたか」
独白に近いアシェラの言葉。
アシェラの背中に隠れた状態で、強烈な憎しみの念を向けられて恐怖に震えるフェイト。
バルディッシュとは別に持っていた雷の槍は消え失せ、本能に隅の方へと押しやられた理性が、恐怖を鎮めようとするも震えはなかなか止まらない。
その視線がふと、アシェラの体のある部分を捉える。
薄い紫を基調色として赤の装飾が施された、普段着ている物とは異なる仕立ての長衣。
豪奢な法衣とも呼ぶべきそれは無惨にもあちこちが破損し、その下にはルティシアのそれとよく似た材質に思える、長衣に合わせた色合いのアンダーウェア。
全く同じ物であるならば、かなり高い防御力を誇る筈だがそれすらも破れ、そこから覗いているのは白い肌と……それを侵蝕するようにどす黒く染まった肌。
それを見たフェイトは小さく息をのみ、その目が驚きで見開かれる。
よく眼を凝らせば、それは僅かずつではあるが、今も蠢き拡がっているようだ。
「……ッ!? アシェラ、これは!?」
女王からの視線が見えないように庇われていることもあるが、恐怖よりも、家族を救ってくれた恩人の一人が、そんな状態になっていたことへの驚きの方が勝る。
「これ……? ああ、見てしまいましたか。うふふ、女性の肌をジッと見てはいけませんよ? セクハラは厳罰です」
フェイトが見ている箇所に気付き、どこかで聞いた台詞を言いながら、アシェラは何てことの無いように話す。
背中越しに見える表情は、瞑目しているのはいつもと変わらないが、普段よりも少し大人びた女性の顔。
「これは魔傷の一種。自らの犯した大きな失態を拭うどころか大事な人達に助けられた挙げ句……助かるべきだったその人達が身代わりとなって捕らわれた際に、いつか助ける時が来るまで遺している傷です。普段この姿は封印していますから、侵蝕は進みませんしね……さ、つまらないお話は以上です」
話は終わりとばかりに、アシェラは強引に話を打ち切る。
アシェラとフェイトの姿が揺らめき、空気に溶け込むように消えた直後、数十メートルの距離を一瞬で詰めた女王の二剣が虚空を薙いだ。
転移した二人はなのはとルティシアの元に現れる。
「内に秘めた憎悪がはっきりと表に出てきたということは、逆に内側で眠る人格の周りは手薄になったということ。仕上げの時間です。道を作るのはなのはとフェイト、そして起こすのはルティシア、貴女の役目です」
ゆらり……と、四人の方へと振り返る女王に視線を向けたまま、アシェラが口早に説明を行う。
アシェラと共に、ルティシアはなのはやフェイトよりも前に出る。
「私……ですか?」
「そう、それは貴女にしか出来ない役目です。大丈夫。僅かばかりのイレギュラーはありましたが、全てこちらの予定通りに進んでいます」
三人が頷き、気を引き締めているのを感じ取ったアシェラ。
しかし、三人には気が付かれていないものの、その表情には陰りがあった。
アシェラ自身の想いと計画。それは相反する存在であり、その選択を選ぶ時は間近に迫っていたが、未だに彼女はその判断を下せずにいる。
夢の世界でなのはには看破されていたが、その思いはずっと、アシェラを苦しめていた。
【デュアルスペル クイック テレポート】
空間を飛び越え……。
「カーン!!」
目の前に転移してきた女王からの斬撃を、ルティシアの闘気が球状の防御壁となって受け止める。
【アルカホル】
女王からの力が一気に強まり、闇気がルティシアを軽く凌駕する程に溢れ、なおも高まっていく。
「くっ……!」
負けじと、ルティシアも持ったままだった氷雨を基点に、意識を集中し闘気を高めていく。
「後少しなのです。はやて達の為にも、私達の為にも負ける訳には……!」
今にも覆い尽くさんとした闇に、黄金の闘気が輝きを増し抵抗する。
【スペルドライブ 闇炎爆】
女王が持つそれぞれの剣から闇と炎の力が解き放たれ、精霊力は嵐となって荒れ狂う。
抵抗しかけていた黄金の輝きが、再び闇に閉ざされていく。
球状の輝きに沿って迸る猛烈な勢いの闇を前に、結界は砕けこそしないものの、ルティシアの聖衣や下衣に守られていない指先など、皮膚が眼には見えない波動によって裂け始める。
「うふふ、魔族と人の亡執。合わさると莫大な力を生み出すものですね」
アシェラは結界の内側すれすれの部分へ、長手袋に包まれた両手をそっと前に出した。
「ルティシア、貴女の闘気は仕上げに必要ですから、ここは私が引き受けましょう。なのは、アクアフォームによる守りは今は考えず、フェイトと一緒に先程の事だけを考えて下さい。タイミングは二人にお任せします」
「アシェラ、何を……?」
ルティシアの問いには
「護法陣。
灯籠のように淡く輝く光の刃が、黄金の防御壁の外側で大きく円を描き。
その外周部よりも前寄りに、今度は強く輝く光の刃が同様に配置され、さらにその外側へ刃先を周囲……斜め前方に向けた実体の刃物が無数に設置される。
今までの物よりも強い力が込められた実体の刃は、闇の嵐の中でも負けずに、その場を吹き飛ばされることは無い。
「
アシェラの両手から光が生まれると、彼女はその光を手前の円の中心に放つ。
結界効果を持つその光はその力を高め、聖なる輝きを備えながら一気に周囲へと広がり、刀幻鏡の効果で広範囲に拡散。
パラボラアンテナの形を描きながら拡がっていく光の結界は、膨大な光は闇の激流をものともせずに、逆に包み込みながら女王へと返されていく。
女王に触れた一部の光は網となり、もがけばもがく程にその身体を斬り裂いていく。
しかし、これにはアシェラへの負担も大きいらしく、使用中の魔力量に耐えきれずに長手袋が消滅していく。
「アシェラ、その手は!?」
防御壁を解除したルティシアが驚愕の声を上げる。目を見開いたなのはと、前兆を見て知っていた筈のフェイトさえも、それを見て言葉を失う。
黒く変色した肌の色に、綺麗な形であっただろう指や爪などは歪に変形していた。ゲーム等で見かけるような、醜悪な形へと。
肘まで来ていたそれは、蠢きながら上へと広がりつつあった。
「これは……
ルティシアの唱えた魔法で一瞬は止まるものの、蠢きは止まらない。
「まさか……エリクスでも治らない?」
「無駄です。それで治る程度であれば、とっくに治しています」
人界や魔族を研究し、ほとんどの症状を治療することが出来る……筈の魔法が、ほんの僅か遅らせる程度の効果しかない。
「ふふふ……。さあ、貴女達が成す事は何ですか? 少なくとも、私に構う必要はありません」
侵蝕を意に介さず、光を放ちながらアシェラは三人を促す。
「なのは、ルティ」
「うん。行こうフェイトちゃん、ルティちゃん!」
先程見えた、破れ目の侵蝕も進んでいるのを確認したフェイト。
この戦いを早く終わらせられれば、アシェラがこれ以上力を使う事もなく、はやて達も解放される。
フェイトとなのはが先に真上に飛び立ち、何か問いたそうな視線をアシェラに向けていたルティシアも、氷雨を片付けながら二人の後を追いかけた。
「さて……ここからですね」
その場に残ったアシェラと。
【リミットブレイク】
女王が、互いに力をぶつけ合う。
まとわり付いている光の網で傷つきながらも、ここに来て女王の力が今まで以上の力を見せ始めた。
その目にも、力強さが戻ってくる。
【デュアルスペル アドヴェント デモリッシュ】
神々しく眩い輝きと、圧縮し凝縮された闇。
刃先を交差させた二剣の間に生まれた対極の力を、女王は一つに融合させる。
「神魔融合魔法。また面倒な物を使えるものですね」
合わさった光と闇は、互いに螺旋のように絡み合いながらアシェラへと突き進む。
【フォトンランサー】
アシェラへの魔法を維持したまま、橙色の魔法発射用のスフィアを呼び出す女王。
上空に向かって、みるみる黒く染まるスフィアから一斉に、雷光の矢が放たれる。
空で幾つもの闇の華が咲き乱れる中、女王が起死回生で放った魔法は阻まれながらも着実にアシェラへと迫り――
「――暁の世界への導きを! 〈アドヴェント〉!」
不意に、自分が今まさに使っているものと同じ神聖なる輝きが女王の身体を取り巻いて、次いで光の粒子を撒き散らしながら大きな爆発を引き起こした。
アシェラは多重詠唱への支障とこの後の流れを推測し、刀縛陣以外を不要と判断すると設置していた陣を解除して、転移を行い迫る光と闇の融合魔法を回避する。
同種の魔法による迎撃や、使用中の魔法をさらに増幅して対抗することも考えたが……どちらにしても、女王に有効とはいえこれ以上の力の行使は、アシェラとしては避けたかった。
女王のコントロールを離れた融合魔法は、結界を貫通しながら地平の彼方へと飛び去り、着弾するや否や大きくその場の地形を変えることになる。
アシェラは、先程の魔法を放った人物の横に転移していた。
「貴女のそれも可能性としてはありましたが、正直出来るとは思いませんでした。謝罪は必要ですか、八神はやて?」
「い、いえ、出来たのはリインが頑張ってくれたおかげで、わたしは別に……」
夜天の書の管制人格であるリインフォースからの書へのアクセスは、女王が生み出される際にその殆どが塞がっていた。
ただ、その直前までのデータはリインフォースの中に残っている。
データを引き出しながら確認を行い、ミッド式やベルカ式とも術式が異なる物のため、解析して扱えるように調整しつつ……それらの作業を終えたのは、ほんの数分前であった。
半端な魔法は女王には通用しないと判断し、最も効果がありそうな魔法を選んだわけだが……。
アドヴェントは、魔族に対して有効な光や聖属性の魔法単体として見れば最上位に近い位置付けにあり、使用にあたっては本来幾つもの条件が存在する。
「今回扱えたのは、『繋がっていたから』でしょうね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
今はその事を知らなくても良いし、これが終わればおそらく使用条件を満たせずに扱えなくなるだろうが、必要と思うならば条件を満たせる様に努力すればいい。
なのはとフェイトは魔宝石で大幅な力を得たが、彼女達はそれだけで慢心することはないだろう。
八神はやても気質は二人と似たようなものであるため、遅かれ早かれ、必要と思えば身に付けていくだろうし、その為の努力を惜しまないとアシェラは。
「あの、一つ訊きたい事が」
「何でしょう?」
上空の三人の支援のために女王へのバインドを強めながら、はやてからの問いを待つ。
「代々の主の人達を助ける方法って無いんでしょうか?」
「それが生き返らせるという意味であるなら不可能です。死からの時間が経ちすぎていますし、肉体もなく、精神……魂があの様に一つに融合している関係で、元の人間に戻すことは出来ないでしょう」
「そうですか……」
死亡してからの時間の経過具合に、肉体や魂の有無で、蘇生という行為はその可能性に大きく差が出来る。
蘇生魔法や関連する道具そのものの性能も様々ではあるが、プレシアやアリシア用に調合したあれで、あの時リニスが復活出来たのは本当に偶然であり奇跡だったのだ。
完全蘇生魔法というものも存在しているが、使える者はごく少数に限られていた。
アシェラからの返答を聞いて、それをある程度予想はしていたものの、はやては僅かに落ち込む。
「しかし、書から解放して魂を輪廻の輪に戻せば、彼等を救う事になるのではありませんか?」
ただし純粋な犠牲者だけで、悪意で改変した者達には該当しませんがということは、アシェラはあえて口にしない。
その代わりとして話したアシェラなりの救済観に、はやては耳を傾けている。
「考え方はそれぞれにあるかもしれませんが、私であればそう考えます」
結局は、個人の受け取り方とどう思うかなのだから。
貴女にはまだ早いですが、と前置きして。
「個人が背負えるのは、所詮は個人の業のみ。個人が救える者は僅かな存在のみ。他者の業を背負う、ましてや全てを救う等と考えるのは傲慢に過ぎません。死者に対して生者が出来る事も、そうしたいと勝手に思って、しているだけでしかありません」
「それは……そんな言い方は……!」
亡くなった両親を想って、前半はともかくとして後半の言葉についてははやては反感を抱いた。
これはあくまでも私の考えですと述べた上で、アシェラは話を続ける。
「一つの行為には、表裏が存在します。悲しみがあれば、喜びが何らかの形であるのです。その逆もまた然り。一つの考えに対して賛否両論があるように、万人全てが納得することはまず無いでしょう。善悪もそう、見方を変えれば容易にひっくり返ります」
力が全ての世界で、住人全てがその考えならばあり得るかも知れないが、それは例外。
反発もあるが、自分の話を真剣に聞いている少女に、アシェラが教えるのは二点だけ。
「大事なのは貴女が選択をした時に、その選択をした結果の責任を背負う覚悟を持てるかどうか。多くの人が居れば、それと同じ数だけ考えがあります。一つの思考に囚われず、多面的に考えて、自分なりの答えを出し、その結果を背負う覚悟を持つことです」
女王に融合している主達の中には、悲しむ者がいれば力を得て喜んでいる者もいる。
解放すれば喜ばれる一方で、憤る者がいる。
どう判断してどういう結論を出すか、それは個々で差があるだろう。
「うふふ、すみません。長く生きていると、簡単に話すつもりが、説教になりやすいようです。貴女達を見るとそう思えない事が多いですが、貴女達はまだ幼い。これから進む道は、ゆっくり考えて決めると良いでしょう」
アシェラははやてにそう諭す一方で、自分の悩みに対する結論を出していた。声に出して誰かに聞いて貰うことで、自らの進む道と、それを選択した事で背負う覚悟を。
「アシェラさん、先のことはまだわたしには決められんけど、今やりたいことは決まりました」
今代の夜天の王は宣言する。
「夜天の書が生まれた時に、最初に願われた事をやりたいと思います。誰かの手助けが出来るように。シグナムにヴィータ、シャマルとザフィーラ、リインやメーア達と一緒に……。だから――」
今は、蒐集して暴力的な力を振るうことが出来ないまま、完成した際に飲まれて憎んだ主達の今の喜びよりも、悪用を考えなくても運命に翻弄され、悲しみが憎しみに転じた者達を解放することを選ぶ。
空にいる友人達とも共に歩める事を願って。
「――だから、ごめんな……。〈アドヴェント〉」
闇を帯びた雷の矢が空にたくさんの華を咲かせた後、硝煙が消えた跡からは黒い何かが現れた。
羽毛で出来た黒い繭のようなそれは前開きに、大きく左右へと広がる。
大きく広がっていたそれは、元のサイズに戻りながら黒い翼へと。
「ありがとう、フェイトちゃん!」
「ありがとうございます、フェイト」
「うん」
防ごうとしたなのはや、応戦しようとしたルティシアよりも早く、二人の背後から抱き付いたフェイトの黒い翼が、三人を覆い隠すことで雷撃から身を守っていた。
エアフォームに戻ったなのはは、下に向けて射撃用のバスターモード形態のレイジングハートを構える。
その横に、アサルトフォームのバルディッシュが添えられる。
眼下には、光の網に捕らわれた憎悪の女王。
「はやてちゃん達を助けるために」
「力を貸して下さい」
二人のデバイスから、暖かく力強い輝きが溢れ出る。
濃紺のマントと黒い翼が、煽られてはためき――
「大いなる光の福音よ!」
「闇を切り裂く光の矢となれ」
二人の足下には巨大な魔法陣が現れ、デバイス二つを幾つもの帯状の魔法陣がまとめて取り巻いていく。
周囲には環状魔法陣が浮かび、デバイスの先端部には光球が生まれる。
それぞれが虹色に輝き、網とは別に女王を虹色の輪が束縛する。
「おっきいのいきます!」
「撃ち抜け」
はち切れんばかりに、光球は一気に膨れ上がる。
「クロス!」
「マッシャーー!」
虹色の光球から二条の光の奔流が放たれ、絡み合いながら激流となって女王を目指す。
【デュアルスペル リフラックス ポップシールド】
防御魔法を唱える……が、何の力の躍動も感じられず、効果も全く発揮されない。
あり得ない状況の中で、使い手が居ない筈の二撃目のアドヴェントが更に集中をかき乱し……。
気が付けば、迫り来る膨大な力を伴う光の激流が、女王の眼には逆向きの塔となって映っていた。
虹色に輝く光の尖塔は、女王の闇のオーラに阻まれて一旦は流れを停めるも、周囲に二度三度と光の波動を広げると、女王の身体を貫いた。
女王の身体を、闇と虹色の輝きがせめぎ合っている。
「内への道が開かれました」
「ルティシアちゃん、お願い」
アシェラの呟きに、リインフォースを含めた家族達の……長い時と共に刻まれた悲しみの記憶を終わらせるために、はやては友人に願いを託した。
「ルティちゃん!」
「ルティ。システムを……あの人を助けて」
言われた訳ではない。ただ、そう感じた。エンジェルシードが、教えてくれたのかもしれない。
妹に、親友に、託す。
「私に力を……友人とその家族を助けさせて下さい! 輪から外れ、縛られし怨念を天に還すために」
深紅と黄金の闘気は混ざりあい、どこまでも高まっていく。
女王に向けた人差し指に、妖しくも儚い紫色をした燐光に似た輝きが集う。
身に付けているのは、死者の魂の番人たる蟹座の黄金聖衣。
「積尸気冥界波!」
放たれた冥界波は右に左にとくねりながら、女王へ……憑依された女性から闇を取り除きにかかる。
なのはとフェイトは砲撃を中断し、じっと経緯を見守る。
どす黒い何かが一瞬その姿を見せるが、しぶとくへばり憑いて女性からは離れようとしない。
「誰かを守る為に身に付けた力は、やがて
その瞳や髪が濃紺から、燃えるような――より赤味が強い真紅へと。
赤と黄金の闘気が完全に混ざり、冥界波の色も染まっていき――
「――若さって、それだけでソウルの輝きが違う……よね」
怨念という闇から解放された女性――フロンティアは、開口一番に苦笑しながらそう呟いた。
引き離された怨念という凝縮された“闇”は、蠢きながら徐々に形を変え人型に変化していく。
手の指は再現されているが、頭部……顔には目や耳、口などの器官は無い。
悲しみと怨念、憎悪に闇を組み合わせて作られた、実体化した防衛プログラム“闇の人”。
闇が排出されて冥界波を止めたルティシアは、アシェラがフロンティアを移動させているのを見て、自身が使える中で〈無の世界〉と同じ切り札である術を解き放つ。
次の段階にして本命である、はやての作業時間を稼ぐために。
「虚無の空に穿たれよ、永久の真紅! 〈エターナル・ブレイズ・ザ・デストラクション〉!」
“闇の人”を中心に展開する直径百五十メートル近い巨大な魔法陣。
ドーム状の封鎖結界が発生し、その中を膨大な魔力炎が眩い閃光と共に荒れ狂い、内部を紅で満たした。
魔力素変換が咄嗟に間に合わず、魔晶石に残っていた魔法力を全て使ってしまったが、“闇の人”の姿がかなり崩れていた。
それでも、無限再生の機能を使いながら彼方のシャリの方へと……書へと手を掲げる。
「さて、仕上げですか魔王」
「そうだね、冥竜」
解放された時点でフロンティアにかけていた光の網を解除したアシェラは、彼女を自分とはやての横に転送させていた。
初見だが、お互いにウマが合わないと判断する。
「八神はやてちゃん、書にアクセスするよ!」
「えっ……? あ、はい!」
互いに顔を背けあい、さっきまで敵だった女性に急に話しかけられたはやては戸惑うが、アシェラが背中越しに小さく頷くのを見て、気を引き締める。
元々、このために来たのだから。
何かをされないようにと、苦渋の思いで石と化したままにしている四人の家族が応援してくれている気がして、はやては杖を握り締める。
「リイン、いくよ!」
『はい、我が主!』
「「『アクセス!』」」
三人の声が唱和する。
漆黒の闇を立ち上らせていた夜天の書が神々しいまでの光を放ち、近くにいたクロノ達は眼を逸らす。
シャリはそれらの光景を面白そうに眺めつつも、やはり何かをするつもりは無いらしい。
『アクセス成功、高速解析、書き換え』
「安全弁の役割だった私が居なくなったから、暴走が始まるのも時間の問題。全部の改変は無理だろうから、必要な所を最優先に!」
「は――」
※ ※ ※
冷たい氷の海に浮かぶ巨大な氷塊が砕けて落下するように、空間に亀裂が入り剥離していく。
そこから射し込むのは、暖かい太陽の様な光。
目の前で起きている想定外な出来事に狼狽する、中枢の防衛プログラム。
誰かの手引きがあったかの様に、中枢にまで来ていたメイアは自らの神器の力を全解放する。
「私への記憶が消えれば、悲しませる事も……ない! 虚無の剣よ、我が意に応えろ!」
※ ※ ※
「――い……って、あれ? 何や、急に涙が」
アクセスに集中している眼から、急に溢れ出る涙。
それと同時に、張り裂ける程の悲しみが胸を締め付ける。
理由は特に思い当たらない。少し早いけど、家族六人で暮らせる喜びかとも思うが、それなら悲しみにはならない筈である。
『我が主。完全改変が無理な場合、次善策でもっとも困難と思われた書からの主や守護騎士プログラムの切り離しが、予測よりもかなり早く終了しました』
「うん……ありがとうな、リイン」
『そして、私も書からは完全に切り離されました。決定しただけで、こうも簡単に終えられる筈は無いのですが……』
管制人格である自分と書を切り離すのは至難な筈であった。厳重なプロテクトも幾つも存在していたのに、それらは存在しないかのようにリインフォースのプログラムを通過させていた。
自分が存在する限り書のシステムは死ぬことはなく、防衛プログラムを破壊出来たとしてもいずれ再生し、今まで通りに悲劇を繰り返す。
その場合はひっそりと消滅しようとしていたリインフォースにとって、主や守護騎士達と共に暮らせるこの状況は喜ばしい筈なのだが……どこか落ち着かなかった。
切り離す際のショックで――走らせてみた自己診断プログラムでは特に問題は感じないが――おかしなものでも混ざったのだろうか? と、困惑する。
そして、一方では――
「『メル、ビューネイさん。限界です、離脱を』」
アシェラの考えは、はやて達を二の次にして書の中にメイオルティス達を残したまま、書を消滅させることであった。
書の中にいる間であれば、アシェラが本気で封印をかければ、アルカンシェルの発射まで保たせることは可能である。
特に恨みは無く、むしろ罠にはめられた者同士であるビューネイ(とヒミコ)には悪いが、魔族達ごと元所属の敵である冥魔王の一人を消滅させるつもりだった。
しかし、敵の陣から姉達によって助けられた後、ミスをした自分だけが残ってしまったことと、魔傷による怪我。
そんな状態で本国に帰るつもりも無かった彼女に、考えがあってのこととはいえ、手を差し伸べてきたのは敵であるメイオルティスだった。
助けられた命を散らしても構わないとばかりに挑んできたアシェラ――ラエシアと闘いながら、メイオルティスは協力を持ちかけた。
お互いの目的のために。
死闘の呈を様した戦闘の中で、やがて協力を約束した竜は堕ち、一人の冥魔が生まれた。
“闇の人”が書を引き寄せたことで、書の扱いを考えたルティシアは咄嗟に術を解除した。
“闇の人”が書を完全に体内に取り込みかけた寸前、辛くもメイオルティスとビューネイが飛び出してくる。
二人とも負傷はしているようだが、メイオルティスのその強気な表情と尊大な態度は変わらない。
「間一髪……かな? アーちゃん、今はラエちゃんか」
「二人なら余裕ではありませんか」
「文字通りの余裕のタイミングの方が良かったがな。わらわ達が出ると、奴等も出てきたかも知れんぞ? ならば、このタイミングがベストというものよ」
意味がありそうなメイオルティスの視線にアシェラが答え、ビューネイとヒミコもそれぞれに思いを語る。
「それで、良いのかな? アーちゃん。本気であたしと一緒に進む、で良いんだよね?」
「うふふ、約束通り貴女には束縛されない絶対の力を」
二人の間だけの確認。
お互いが今までどう思っていたかは流して、これからの事だけを。
メイオルティスは頷くと、ビューネイに顔を向けた。
「ビューネイ、アーちゃんを連れて先に戻っていてほしいな」
「構わぬが、お主はどうする?」
ビューネイに問われたメイオルティスは、静かにしていれば可愛らしい顔に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべて、空を――シャリを見上げる。
メイオルティスの周りに七枚の白い盾が展開し、それに気が付いたクロノ達は巻き込まれない内にその場を離脱して、戦闘が続いているなのは達の方へと移動する。
「アーちゃんの敵は、あたしの敵! 滅ぼせ、あたしの光!」
「本当に、好戦的だね」
七条の破壊光線に肩を竦めながら姿を消したシャリを追って、冥刻王の力である時を操る力を使わずに、メイオルティスの姿も揺らいでいく。
ビューネイとアシェラもそれを見届けると、桜色の光を背景に転移を行う。
「クリスタルネット!」
牡羊座の聖衣を纏うルティシアが、書を取り込んで暴れる“闇の人”を水晶の網で捕縛する。
フェイトのバインドも効果を発揮しているが、網ごと引き千切ろうともがき続ける。
「どういう力ですか……」
「バインドしても、数秒も保たない」
後方のなのはは黄金の輝きに見守られながら、必勝の一撃の為にチャージ中。
二人でその間の足止めを行っているが、女王の時以上の力を発揮して二人を寄せ付けずにいた。
威力の大きな攻撃を放とうにも、その時間すら稼げない状況。
「スターライト……!」
「危ない!」
ネットとバインドで動きを止めた直後を狙っても、闇で出来た数本の短剣がルティシアの首を狙って飛来してくる。
避けても追尾するそれらを、フェイトが魔力刃の鎌でまとめて薙ぎ払う。
「今のはアシェラの?」
「蒐集されていないでしょうし、覚えて真似しているのでしょうね。学習能力は本当に高いようです」
クリスタルネットとバインドで幾度目かの拘束をしながら、考える。
フロンティアは解放されたばかりで動けず、彼女が力を振り絞って石から戻した守護騎士達は、急に感情が不安定になったはやての側から離れにくく、彼女達自身も何か違和感を感じているらしかった。
「肉を切らせて骨を断つ覚悟で打ち込めば、少しは効果があるのでしょうか」
「意味が分からないけど、ルティ。後で正座」
なのはのチャージが終わり、命中させるまでの間は何としても“闇の人”の動きを止める必要があった。
「ケイジングサークル!」
それは友人である少年の声。
金色のバインドとクリスタルネットが破られると、橙色の鎖が伸びてきて“闇の人”を縛り上げ、さらにその周りを魔力の輪が発生する。
直接的な拘束ではなく、輪の外に出さないためのどちらかと言えば檻系に近い魔法で、外に出ようとして触れる者には強い攻撃力を持つ。
「ユーノ」
「アルフ!」
やって来たのは大事な友人達。
「手伝うよ」
「顔がないから、不気味だねぇ」
そして、念話の指示を受けて顔を見合わせ頷くルティシアとフェイト。
ユーノとアルフ、フェイトで拘束魔法をかけ続ける。
「悠久なる凍土。凍てつく棺の内にて、永遠の眠りを与えよ。凍てつけ、エターナルコフィン!」
クロノの持つ杖――デュランダルにセットされた広域凍結魔法。
“闇の人”がみるみる氷に覆われていき、それを中心に周囲の空気中の水分が凍結していく。
「フリージングコフィン」
クロノに合わせて、みるみる巨大な氷塊へと化す“闇の人”にルティシアは技を放つ。
水瓶座の黄金聖闘士が作り出す氷の棺。応用で壁にすることも出来るこれは、一般には黄金聖闘士でも破る事が出来ないと言われている。
その属性による相性や、遥かに強い相手には破られる事もあるが、時間稼ぎには最適であろう。
どちらも決まればそれだけで勝敗を決するが、相手を過小評価しないクロノも、種族的に氷の闘技は苦手なルティシアも相手の強さを考えて足止め目的と割り切っていた。
そして一同を、氷塊を染め上げるのは桜色の輝き。
唖然とする程に大きな、実に大きな光球。
「大きすぎるだろう」
と、クロノが思わず口にするくらいである。
正面に展開していた魔法陣は既に見えなくなっており、当然なのはの姿も、その後ろにある筈の双子座の黄金聖衣の姿も見えない。
ただ、流星のように光の尾を引きながら集束していく軌跡だけが、光球以外に見ることが出来た。
「全力全開! 星々の力! ギャラクシアンブレイカアアーーッ!!」
時の庭園の時とは違い、今回はセントジュエルの力もある。
それは、柱や河川、塔ですら無く……。
山。
氷塊をあっさり粉砕すると“闇の人”を押し潰し、光の粒子へと分解させながらそのままの勢いで大地に叩き付ける。
いつ尽きるのかと思われた閃光が消え去ると、そこにはもう何も残っていなかった。
「非殺傷設定は残魔力量に直接ダメージだっけ? これだと、純粋な高位魔族達にも効くよね。さっき撃たれた時の記憶が少しあるけど、これはトラウマになりそう……」
ソルベンジュを杖代わりにしながら、フロンティアが遠い目をしてそう言った。
結界が消失して、世界は元の姿を取り戻す。
長い歴史の中で、悪意を持つ者達によって闇の書へと改変され、多くの人々を巻き込んでは悲劇を生み出し、最後まで利用され翻弄され続けた哀しみの書は、ようやく意に沿わぬ長い散歩を終えた。
結果として書が失われる事になってしまったが、籠められていた願いは最後の夜天の王たる少女と、四人……いや、五人の騎士達がしっかりと受け継いでいる。
後半出番が無いよ!? と叫ぶ現場にいる少女や、待機だけで終わった!? と騒ぐアースラ内の姉妹を余所に、リンディから一同を労う言葉と共に作戦の終了が伝えられる。
そ し て……