※ 前話の終わりからダイレクトに繋がっております。
時刻は十五時を過ぎ、アリサとすずかの帰宅時間が差し迫ってきた。
後で必ず本人にメールさせるとなのはが約束したのもあって、二人は家に帰ることに。明日の初詣についても決めた後、家路に就いた二人をフェイトやアリシアと共になのはは見送る。
やがて三人は顔を見合わせると、すぐさま走り出した。
辿り着いた海鳴海浜公園のやや奥まった場所。
多くの木々が立ち並ぶ一角に足を運ぶと、その内の一本の木の根元へと。
吐く息も白いが、それを気にしない身軽な動きでフェイトがその木を登ると、下で息を切らせている二人にも聞こえないくらい小さな声で何かを呟いた。
中で子供が遊ぶ程度の半透明の家が現れると、下にいる二人が登ってくるのを待とうと――。
「なんか、本当にファンタジーみたい」
待とうとしたフェイトの顔が凍りついた。
先ほど別れたはずの勝ち気な友人の声に、三人は慌てて自分達が来た方を振り返る。
そこには予想通りの人物の姿――少し罰が悪そうなアリサと、すまなそうなすずかの姿があった。
「アリサちゃん!? すずかちゃんも、帰ったんじゃ」
「ふふーん! 振り返ったら丁度三人が駆け出す姿が見えたから、たぶんなのは達は場所を知ってるんじゃないかなって。でも、来ない方がよかったみたい……ね」
「ご、ごめんね」
二人としては翠屋と思っていたようなのだが、向かう場所とのズレが大きくなるたびに、このまま進むかどうか迷いは生じていたらしい。
結局、公園を掃除しているのかもしれないという可能性に賭けて、そのままついていくことにしたわけなのだが。
「そ……そっかぁ」
「なのは! ど、どうしよう……私、ルティに怒られるかな?」
慌てて木から飛び下りてきて泣きそうな顔のフェイトに、「大丈夫だから」と声をかけながら、なのはは考えを巡らす。
「もちろんこのことは誰にも言わないし、忘れろってことなら出来るだけ早く忘れる努力はするけど……」
「わ、私も……」
アリシアも何も言わないが、そのことが彼女の困惑具合を示している。
そんな中、なのはが出した答えというのは――。
『おや、これはまた大勢でいらっしゃいませ』
二人をアリシアのラミエル――もちろん隠密状態で――で抱えあげ、ルティシアの拠点に足を踏み入れた五人を、天井からメインシステムの音声が出迎えた。
「システム。その……」
『ああ、大丈夫です。フェイト』
なのはの後ろで言い澱むフェイトに、周囲への監視で外のやりとりも聞いていたシステムが、常と変わらぬ音声で答える。
『問題のある人物というわけでもありませんし、言いふらしたりも』
「絶対にしないわ!」
「私も言いません!」
『――とのことですし、問題ないでしょう』
セキュリティも兼ねた管理システムの“彼”にそう言われて、フェイトはホッと胸を撫で下ろした。
それはフェイトだけではなく、中に入るという決断を下したなのはも、他の三人もまた同じであったが。
「ありがとうシステム。それと、ごめん。次からはもっと気を付ける。ルティは来てる?」
『マスターですか? いらっしゃってますが』
フェイトが訊ねれば、システムからすぐに返答があった。
「また二階?」
天井、というよりは二階を見上げるなのは。
妹がここに居る時は、ほとんどの場合二階の鍛練室に籠っていることがほとんどであるからだ。
しかし意外なことに、システムからは違いますという答えが返ってきた。
『今は、地下です』
「「地下?」」
なのはがフェイトの方に顔を向けると、彼女は静かに首を振る。
地下には、ここの滞在歴があるフェイトも入ったことが無かった。
『はい。地下にある倉庫の大掃除がどうとか』
「あー…………」
それを聞いて、アリサはすぐに理解したらしい。
すずかも困ったような笑みを浮かべている。
「システムー、そこって遠いの?」
『そうですね……距離も手間も、その時次第ですね』
アリシアの問いへの答えは、幾分か謎めいたものであった。
「そこは、私達が入っても大丈夫?」
『そうですね……そもそもとして、ここの機密等の問題もあるのですが』
システムは何やら思考に入ったらしく、一分ほど経過したところで再び音声が流れ始めた。
『まぁ、大丈夫と判断しましょう。マスターも気にしないでしょうし』
ベッドルーム近くの壁の一部が少し後ろに下がった後、横へとスライドしていく。
そこに現れた、人が二人入れる程度の小さな隙間に行くように、システムは促した。
なのはとフェイトがそこに立つと、光に包まれた二人の姿が瞬時に消え去ってしまう。
「ファンタジーというよりは、ゲームみたいね」
「う、うん」
続けて中に入ったアリサとすずか、最後にアリシアが姿を消した。
『やれやれ、困ったものです。機密保持的には誤った判断になってしまうのですが、記憶を奪う必要はなさそうですしね。まあ、フェイトに「あなたの家でもありますし、友達を入れる程度は」とでも言えれば良いのですが、言葉通りに素直に受け取られすぎても困りますから』
誰もいなくなったリビングで、システムはそう一人ごちた。
五人の前には通路が真っ直ぐ延びており、突き当たりには扉が見える。
明かりは最低限しか無いため、薄暗い通路を五人は恐る恐る進んでいく。
やがて扉の前まで辿り着くと、その取っ手になのはが手をかけ――。
「なのは、待って」
そっとフェイトが制止した。
どうやら意識を奥に向けているらしい彼女に、みんなの視線が集まる。
「どうしたの? フェイトちゃん」
「中から声が聴こえる」
「声って、ルティシアじゃないの?」
「あ、私にも聴こえる。ルティシアちゃんだけじゃないみたい。他にも、一人か二人」
アリサの横にいるすずかも、耳に手を当ててそう口にした。
「分からない時は、あれこれ悩むより行動あるのみってねー」
狭い通路を最後尾からすり抜けてきたアリシアが、そっと扉を押し開く。
「(あ……)」
幸い開いたのはわずかであり、中からは見えない位置に五人は隠れた。
「(アリシア、開ける前にノックしないと)」
「(フェイトちゃん、今はそういう問題じゃない……かも~?)」
「(みんな、シーッ!)」
小声で会話を続けながらも、意識は扉の中に向けられていく。
「――――」
「――」
「――――――」
「(女の子?)」
中からは良く知る声と共に、聞き覚えの無い女の子らしい声が聞こえてきた。
五人は顔を見合わせ、ソロソロと身を乗り出していった――。
『――でも、本当に珍しいね。あのルティが、自分から連絡してくるなんて。何かあったの?』
『天変地異? 次元を貫くような嵐はやめてほしい』
「失礼ですね」
扉の向こう側は五十メートル四方の部屋となっており、床一面に雑多な物がごちゃごちゃと散乱している他、壁にも色々と掛けられていた。
部屋の中では、数基の丸みを帯びた小さな機械――ガンビットが、物を浮かせてはあちらこちらに移動させている。
ルティシアは部屋の一角で、何もない床に膝立ちで黄金に輝く何かを磨いているらしかった。
オブジェ形態の天秤座の黄金聖衣を丁寧に清潔な布で拭いながら、ルティシアがそちらに向かって言葉を返す。
彼女の近く――真紅の石をはめ込まれた人間大の機械が、二人の少女の姿を映し出していた。
一人は黒曜石のように黒い肩口までの髪と瞳、長衣――ローブを着た少女。それらとは対称的な深雪のように真っ白い肌をしたその少女は、寝転がって本を読みながら、怠惰な雰囲気を醸し出していた。
もう一人は薄い緑の短髪をした少女であり、同色の瞳と、腹回りや背中など露出が多めの衣服を身に纏っている。
黒い少女の近くには彼女と同色の石が浮かび、緑の少女はルティシアと同じ機械を用いているらしい。
「大掃除中に、無いと思っていた通信機を見つけたので、使えるかどうかの確認をしているだけです」
『なるほど。魔力が無い者用の直通連絡装置……まだあったんだ。旧式で使い勝手が悪いから、全部廃棄されたはず?』
黒い少女の説明に、緑の少女はやんわりと微笑む。
『ルティも日頃から片付けをしておけば、セイティーグにいる間に整理出来たのに』
『そういうあなたは? レティ』
『あたしは通信手段の確保目的だから。密偵方……だから手段は複数あった方が良いかな、って。それに、あたしもあなたやエリ姉様みたいな魔法力は持っていないし……ね、ローラ?』
それで納得したのか、ローラと呼ばれた黒い少女が小さく頷いた。
そのまま、今度はルティシアに視線を向ける。
『ルティ。レティは知らないけど、前に夢世界で話した通り、私とあなたがいる所はとても離れている。そして――』
ローラは本から手を離すことなく、チラリと視線だけを動かして二人の端末を見やった。
『それは、竜石の力を用いて特定の相手と連絡を取るモノ。使用者は多めに、受信者は少なく。用が無ければ、早めに通信を切った方が良い。あなたの生命力が無駄に溢れているのは知っているけど、長時間の使用はあなたの竜としての命に関わる』
『それが、この装置が使われなくなった本当の理由なのね』
話を聞いて、ブルッと身震いした緑の少女――レティも、心配そうにルティシアに視線を向ける。
片付け中のガンビットの所為か、小さな物音が静かな部屋に響き渡った。
『私は装置が無い分魔力で補助してるけど、無限というわけでもない』
ルティシアは聖衣を磨いていた手を止めると、頭の中で考えをまとめ、伝えるべき内容を吟味していく。
「そうですね……では、気になることを。私がいるこの次元世界には多くの魔族がいると思われ、さらに外部と遮断する結界が張られているようなのです」
『…………魔族』
『結界?』
「はい。よって、こちらからセイティーグへの連絡が出来ません。ですので、隊長達にそのことを伝えてほしいのです。可能なら、情けない話ではありますが調査をお願いしようかと」
多くの魔族に加え、いつ敵対するやもしれない冥魔王達。調査能力に不安がある自分一人より、慣れている誰かに任せた方が良いと考えた結果である。
当初は何が何でも自分一人でと考えていた彼女であったが、護りたいもののために小さな拘りは捨てた。
ルティシアの話を聞いて深く考えこんでいたローラだが、申し訳なさそうに頭を振ると項垂れる。
『ごめん。今は、ちょっと私は動けない。連絡だけはしてみるけど』
「ローラも社会勉強中でしたね。気にせず、そちらを優先で大丈夫です」
二人の話が終わると、レティがおずおずと手を上げる。
『あたしは一応中学と、一応高校ももうすぐ卒業出来るけど……』
「どうして“一応”を付けるのですか?」
『え、だってこれが学校名だから……』
「そうなのですか? それにしても、もう高校卒業とは……かなり早いですね」
まだ小学生である自分よりも、相手はかなり先に進んでいるらしい。
社会勉強の段階に入るまでにここまで大きな差が開いていたことに、ルティシアは内心で小さな衝撃を受けていた。
しかし――。
『え……だって中学校からだから』
その疑問はすぐに解消出来たわけだが。
『大学をどうしようか考えていたけど……隊長に聞いてみようか? ここは毎日が騒動ばかりで、ちょっと疲れる』
「あなたが良ければお願いしたいのですが……本当に大丈夫ですか?」
彼女――レティシアは自身が語っていた通り、調査能力に長けていた。
指導役であった長姉アリシア達や末妹のローレシアと同様に、姉妹の中では気心も知れている仲である。何故なら――。
『うん。ここは魔族が相容れない世界みたいだから、申請したら大丈夫かな?』
「どういう世界なのか気になるのですが……お願いします」
『レティ。状況次第で、こっちにも来てほしい』
『え、ええっ!?』
『大丈夫、あなたなら。がんばれ』
『ええええっ!?』
横からの急な話、おざなりにサムズアップしながら言うローラに、レティは戸惑いの声を上げる。
『じゃ、じゃあ、頑張ってみる!』
「レティ……余り振り回され過ぎないように気を付けて下さい」
何やら両の拳を握りこんで気合いを入れ始めた姿を見て、心中で『また……』と呟きながら、ルティシアはため息を吐いた。
それが自分の身を気遣っての言葉だと受け取ったらしいレティは、やんわりと笑んでみせた。
『ありがとう、ルティ。でもね? あたしが護りたいのはそんな日常だから。そのためなら、身命を賭してやり遂げてみせる』
キッパリと言い切ったレティに、今度は本のページを捲りながらローラがため息をつく。
彼女は読んでいた本を閉じると、呆れたと言わんばかりの視線をレティと、そしてルティシアに向けた。
『日常を護るのなら、そこへ自身も含めないと意味が無い。何かが欠けてしまった日常を、私は認めない。そういう考え、さすがは双子。よく似て――』
「「双子ーーっ!?」」
アリサとアリシアの驚きの声と共に、壊れるのではないかという勢いで入り口の扉が開かれた。
その派手な音はルティシアはもちろん、他の二人にも聞こえていた。
深くため息を吐いたルティシアがそちらへと視線を向ければ、折り重なって倒れたままこちらを見つめているアリサとアリシアの姿があった。
その後方の通路には、申し訳なさそうに顔だけ覗かせているすずか。
そして、何故か据わった目で真っ直ぐにこちらへ歩み寄ってくるなのはとフェイト。
どうして二人はそんな顔を? と、ルティシアは首を傾げる。
『え? え?』
『魔力を持った人間? 二人は特に大き……ん、これは魔法具? 異なる魔力がこんなにも綺麗に混ざりあうなんて』
乱入してきた五人を前にして、ルティシアとは髪色と長さ以外はよく似ている顔立ちの少女が慌てふためき、黒衣の少女は冷静に各種の感知魔法を唱えたらしい。
面倒臭がりで、他ごとには余り興味を示さない彼女としては珍しく、感嘆の声を上げている。
「姉さん? フェイトもどうかしましたか?」
無言で近寄ってくる二人からの威圧感に、理由が思い当たらないルティシアがそう声をかけるのだが、返事はない。
「あ、あの、ルティシアちゃん。ちょっと前に、急になのはちゃん達がその状態になっちゃって。それまではなんとか三人で抑えてたんだけど……」
もう無理だよーと、倒れている二人に手を貸しているすずかの言葉を受けて、これまでの会話を思い起こし――それに気が付いた。
「姉さん、フェイ――」
「ルティちゃん。通信が終わるまでは待つから」
「その後、正座」
「い、いえ、これは必要なことで」
二人の勢いに呑まれながら、それでもなんとか理由を説明しようとするルティシアであったが、彼女にとって間の悪い出来事が重なっていた。
「ルティちゃん。まだ自分を犠牲にしてでもって考えてたんだ?」
「ルティ。一緒に頑張るって約束は?」
「待って下さい。私は、今はもう……それにさっきのは……レティ!」
『正座だよね?』
緑の少女は、ルティシアと同じ声で答えながらその場で正座し始める。
「正座する前に、二人に説明して下さい! あなたが言ったのに、私と思われているではありませんか!」
『え、でも、そう思われても仕方ないことを、ルティがしてきたんじゃ』
「そうなのですが、タイミングというものが……」
「ルティちゃん。久しぶりに、ちょっとだけお話しようか?」
「ルティ。信じてたのに」
「天秤座の武器を持って言わないで下さい。それは本当に危険な代物で……誰ですか、小宇宙を二人に貸しているのは」
「うわー……細かい部分は違うけど、本当にルティシアに似てるわ!?」
「ルティシアさんと違って大胆な格好! その隣の子も凄い可愛い!」
「二人とも、暴力はダメだよー!?」
大混乱である。
一気に
『カオス』
寝転がったままのローラも、その場をそう評した。
通信の負担について忘れてしまったらしい一同に、もう一度警告するべきかと面倒臭そうに口を開きかけたローラであったが――。
(あれは……?)
あることに気が付いた彼女は、もっとよく確認するために、竜石から見えるソレに目を凝らし始めた。
(あの装置……確かエリ姉様が改良した、石への負担を出来るだけ軽くしていたモノ? ということは、姉様があげたのかな)
もう一つの通信相手が限定される問題については、ローラがエリシアに師事していたこともあって彼女から出来なかった旨を聞いていたが――今はそれを気にしなくてもよさそうだ。
とりあえず、負担の件については伝えた方が良いかと、改めて周囲の状況を確認した……ものの。
『あれ? ルティのお姉さんなら、双子のあたしのお姉さんも同然なのかな?』
「レティ。おかしなことを考える前に、二人の誤解を解く努力を――」
「ルティちゃん。ちゃんと聞いてる? 一人で無茶していたら――」
場は、より混沌としていた。
(……楽しそうだし、放っておいてもいいかな。何より面倒だし)
自分の中でそんな結論を出すと、そのまま放置することを迷わず選択する。
装置を使っている姉達とは違って、彼女自身は石を補助とした魔力によるものであった。しかしそれも、そろそろ負担がきつくなってきた。
そんな素振りは、周りには微塵も感じさせないが。
そういうこともあり、ローラは一足先に通信を終えることにした。
『じゃ、私は食事に行くから。ごゆっくり』
「レティさん……じゃないからローラさんかな? いってらっしゃーい!」
「あの子も、我が道を行くタイプみたいね。なんだかんだで似てるわ」
「アリサちゃーん! アリシアちゃんも、二人を止めるの手伝ってー!?」
※ ※ ※
「うう……ごめんね、ルティちゃん」
浴室でルティシアの髪を洗いながら、なのはは自分が勘違いをしていたことを謝っていた。
妹の長く濃紺の髪を、普段してるように根元から毛先に向かってすくように指を動かしていく。
「大丈夫ですから、もう気にしないで下さい。私が、それだけ姉さん達に心配をかけていたことは分かりましたから……。痛いほど」
「うぅ~……」
どうにかこうにか騒動を静めて、アリサとすずかを「今回は特別です」とばかりに、疲労による思考停止状態でガンビットの転移門で送ったルティシア。
結局、今年は最後の最後までドタバタした形になってしまった。
精神的な疲労はまだまだ残っているが、これもこの一年で得たものによる結果だと思えば、逆に言葉に出来ない喜ばしさもある。
「姉さん」
「なに、ルティちゃん? 眼に入っちゃった?」
「それは大丈夫です。今年は、本当に色々ありましたね」
「……うん、そうだね。そっか、ユーノ君達と出会ってから、まだ一年経ってないんだ」
「なんだか、とても昔のことみたいなのにねー」というなのはに、ルティシアも静かに頷きを返した。
「姉さんは、この一年どうでしたか?」
「怖いこともたくさんあったけど、良いことはそれ以上にあったかな?」
「そうですね」
色々なものが少しずつ積み重なって、一緒に進もうとする仲間達がいたからこそ得られたモノ。
何かが欠けていたら、きっと“今”はあり得なかったであろう。
「だから、これからもよろしくね? ルティちゃん」
「もちろんです、姉さん」
肩越しに笑顔で話しかけてきたなのはに、ルティシアの顔にも微かに笑みが浮かんでいた。
「じゃ、流すよー?」
「お願いします。終わったら、次は姉さんの髪を洗いますね」
「うん! おねがいー」
「休む前に、メールを送ってておきますね。ガンビットかシステムから、自動返信設定出来ないものでしょうか?」
「きちんと手打ちで返してあげて!? ユーノ君とレイジンクハート、来年もよろしくね!」
「こちらこそ。なのは、ルティシア」
《yes my master》
「ユーノ。フェレットでの生活に、すっかり慣れてしまってますね」
※ ※ ※
『そういえば、ローラ』
『こんな時間に、なに? 寝てるのを起こされたら、ねむい……。明日起きれない』
『ルティは、燃えるような赤だったよね? さっき見たときは、青だった気ような気がするんだけど』
『レティ、今頃になって気が付いたの……?』
※ ※ ※
そこは、動くものは何一つ見当たらない、荒涼とした大地が広がっていた。
辺りを見渡せば、そこかしこに大小様々な穴が穿たれている。
それはまるで、大きな戦いが行われたかのように。
「ここですか?」
そんな場所を、一人の人物が訪れていた。
身に付けている白衣をマントのようにひるがえしながら、辺りを歩き始める。
「そうだよ」
その隣に、見慣れぬデザインの黒衣を身に付けた少年が、闇に包まれながら姿を現した。
少年はクスクスと笑いながら、楽しそうにその人物に話しかけている。
「ここまできたらキミにも分かるよね? 『ひとつになるもの』と一体化している、今のキミなら」
「ええ。よく“視え”ますよ、この場に残る“力の残滓”が」
それを聞いた少年が、再びクスクスと楽しそうに笑い始めた。
「助かるよ。これで、また叶わなかった願いにやすらぎを与えられる」
「こちらこそ。お二人と出会えたことはまさに僥倖。私の研究もはかどるというものです」
「あはは。あちらともまだ続いてるんでしょ?」
「ええ。ビジネスは」
「それはそれは、あちらもタイヘンだね。キミの大いなる器の中では、ラハブの存在は完全に隠されてしまう」
どちらからともなく、二人はこみあげてきた笑いに身を震わせる。
「準備はいい?『無限の欲望』……この世界に産まれた“無限のソウル”」
「一つにすることに、準備が必要ですか?」
「あはは! 確かにそうだね。……じゃあ、始めようか。キミの手で作り出される悲しみと憎悪に彩られた世界、楽しみにしてるよ」
少年が手をかざす。
やがて大地から、何もない空中から、荒野のあちらこちらから光が生まれていき――。
そこは、動くものは何一つ見当たらない、荒涼とした大地が広がっていた。
他には、もう何も残っていない。