ルティシアが高町家の養子となってから、二度目となるクリスマスがやってきた。
去年の夏休み以降、散発的に発生した闇の勢力の襲撃も、今年に入ってからは年始にあった一件のみである。
「」
まるで嵐の前の凪のように、静かに時間が過ぎていった。
日々の合間に拠点から世界各地の情報を調べたりもしたが、そこは闇に潜むのが得意な魔族である。
無害な妖精種の妖魔は時折見かけても、表面的な調査では悪魔の尻尾は掴めない。
そして、この一年。
少女は一度もフェイトと出会うことは無く、タイミングが悪いのか、図書館ではやてと出会うことも無かった。
もっとも後者の件に関しては、当面必要な情報を得た少女が、図書館に行く回数を減らしたからということもあるが。
「」
少女は“あの時”に思いを巡らす。
あの最後の襲撃に、何か深い意味はあったのだろうか? と。
自分の考えが及ばない範囲で……
※ ※ ※
今年の一月一日。
ルティシアはなのはやアリサ、すずか達と共に初詣に訪れていた。
深夜に家族とも行っていたが、四人で行くのは別だからと言われたためである。
太陽は昇っていても日射しは弱く、吐き出す息も白い。
真夜中と変わらぬ厚着を着込み、参拝を終えた帰り道。
「あら~? みんなも初詣の帰り?」
四人は道でバッタリと出会った丸い眼鏡をかけた女性から、やや間延びした声がかけられた。
「あ、先生」
四人のクラスを受け持っている担任教師に、三人が揃って頭を下げる。
もう一人も、少し遅れて頭を下げた。
「「「明けましておめでとうございます!」」」
「おめでとうございます」
「はい、おめでとう~」
四人に向かって、先生も朗らかな笑顔を浮かべて挨拶を返す。
「あ、そうだ。みんな、この後ちょっと時間あるかな~? 相談があるんだけど……」
「先生がわたしたちにですか?」
なのはがそう言って、四人は顔を見合わせた。
一人暮らしだという先生の住むマンションに招かれた四人。
四人を先に椅子に座らせて、先生はお菓子やジュースといったものをテーブルの上に用意してから席に着いた。
「実は、先生の指導のやりかたなんだけど……」
自分の授業は分かりやすいか? クラスのみんなに自分は受け入れられているのか? という疑問を先生は口にした。
「先生も一年生だから、きちんと出来ているか不安で不安で……」
彼女からは正直な思いを告げられる。
それに、四人も真摯に向き合う。
「わたしは先生はよく頑張っていると思います。話もとても楽しいです」
「あたしも先生は良いと思います。クラスの馬鹿な男子はアレですが」
「私も、先生の授業は楽しくて分かりやすいと思います」
「先生には特に問題無いと思います」
好意的な四人の反応を聞き、涙ぐんで良かったとこぼした先生。
――その時、状況が一変した。
『願いは叶えた』
重苦しい声と同時に、部屋を赤い月が照らす。
マンションの部屋から荒涼とした大地へと景色が変わり、意識を失い倒れかけたなのは達三人をルティシアが咄嗟に受け止めて支えた。
ダラリと、糸が切れた人形のように力を失って宙吊りになった先生の体から、ドス黒い瘴気が吹き上がる。
『ヒヒヒ、この者は渇望していた。良き先生になりたいとな。だから、契約したのだ。イーヒッヒッヒ』
うつむいていた顔をカクンと上げて、凄味のある笑みを浮かべる先生……否、魔族。
『後は、大事な生徒を手にかけたという絶望を頂くのみ。だが』
魔族は、まっすぐになのはを見つめる。
その目には狂喜、口元では長い舌でベローリと唇を舐めていた。
『それを上回るご馳走をこれ以上我慢出来んわ。スィーマの奴に獲られるかとヒヤヒヤしたぞ』
「そうはさせません。姉さんは、みんなも護ってみせます」
四人をその場に寝かせると、邪な視線を遮るように立ち塞がる。
四基のガンビットを四人の周りに配置して、結界を構成した。
しかし、それを見ても相手は余裕を崩さない。
『ここには、もう一人友が居てな? 我が友の契約者も、ここにいる者に関係するのだよ』
そう言った魔族の隣の空間が歪み、中からスーツ姿の男が現れる。
優雅に、西洋風の仕草で一礼するスーツの男。
『ククク、お初にお目にかかります。私の名は……何と言ったかな?』
男は顎に手を当てて考えていたが、おどけながら肩をすくめて見せる。
『まあ、どうでもいいことですね。所詮は、“夜の一族”という数多の次元の内の、一地方種。彼らがそこらの人間より優れていると驕る様に、我々魔族はその遥か上をいく存在。下位種の個体名なんかに、何の価値も意味もありませんね。私の名はイールィ。死ぬまでの間ですが、お見知りおき下さい』
慇懃無礼にそう言った男もまた、ルティシアの足下……姉や友人達へと視線を移した。
『すずかでしたか? それを使って実権を握るみたいなことを言っていましたが……。夜の一族とやらの絶望がどんな味か興味があっての契約でしたが、そんなものよりそちらのマナの方が惹かれます』
ルティシアがそっとすずかに視線を落とすと、その肩が震えていることに気が付く。
『イーヒッヒッヒ。この月匣の中は、夢の様なものだ。さぞかし、良い悪夢だろうな』
『ククク、マナ保持者以外は始末するのです。せいぜい、魔界に帰る前の絶望という名の食事の彩りとしましょう』
つまり、すずかのそれは知られたくことを知られる恐怖。
ルティシアの中に、怒りがこみ上げてくる。
魔族二人へと視線を戻し、ルティシアは大きく一歩前へと踏み出した。
「……彼女は心有る人間です。優しく、他者の痛みが分かる存在です。他人を傷付け、絶望を与えるだけのあなた達より、遥かに優れている大事な友達です」
『イーヒッヒッヒ、だからどうだと言うのだ? お前もこいつらも、我らと同じであろう。見方を変えれば、我らと変わらぬ人ならざる者だ』
『ククク、人間は自分達と違うモノを恐れ、遠ざけようとする。そして、同種族で傷付け合うことも辞さない、愚かで狂暴な存在』
『そいつも迫害されて絶望するのさ。そして、あの時死んでいればと後悔する時がくる』
『ククク、つまり我々は彼女の未来を救おうとしているのですよ?』
含み笑いをする二体に向かって、ルティシアは拳を握り締めてはっきりと否定を口にした。
「……あなた達から与えられる未来など、彼女達には必要ありません。姉さんもアリサもすずかを見捨てる事なく、より良い関係を、未来を築いていくことでしょう」
『おやおや、それは単なる希望的な考えですよ? 子供ほど、無邪気で残酷な存在はありません』
ルティシアの言葉に、イールィは嘲りを返す。
「……これは信頼です。傷付け合うことが人間であるならば、絶望的な状況の中でも信じあい、助けあうことが出来るのもまた人間の力。私はそれを信じます」
そして、と続けたルティシアの体からは紅と黄金が混じりあった闘気が立ち上り始める。
「彼女達の絆を異界の悪しき存在が邪魔するというならば、私は爪牙となってそれを排除します」
魔族二体が後方へと飛び退る。
三十メートルほど離れた男は、そのまま空へと舞い上がる。
『イーヒッヒッヒ、ガキの戯言か』
『ククク。セイティーグの竜造人間も、子供は所詮子供といったところでしょうか。そういえば、これの姉妹達と違って子供型ですね』
『イーヒッヒ。こいつの絶望も、案外変わった味がするかもしれんな』
『ククク、楽しみです』
片方は先生の姿を維持したまま、男は魔族としての姿……西洋の貴族的な姿をベースに、翼を生やしたモノへと変わる。
完全に“喰われてしまったもの”は、ルティシアの力では助けることは出来ない。
しかし、先生についてはまだ間に合う。
なのは達から離れるように動くルティシアに、二体からは連続で魔力弾が放たれる。
『ククク、マナ保持者を傷付けないで下さいよ? 食料もね』
『イーヒッヒ、当然だ。それに、俺はこの女の魂と同化している。こんな甘い奴が、手を出せる筈がないだろう?』
『ククク、裏目ならないで下さいよ。バクアイ、あなたの巻き添えはごめんで……ッ!?』
慌てて回避行動をとった男――イールィの横を黒いバラが通り抜ける。
イールィが憎々しげな表情で、黒バラが飛んできた方向を見つめる。
着弾した魔力弾が巻き上げた粉塵を吹き散らしながら現れた、
まだ修復の終わっていない聖衣にはあちこちヒビが入り、本来あるべき場所に鎧が無く、下に着ているアンダーウェアが剥き出しになっている部分すらあった。
[自分がやろう]という聖衣の声を聞いたルティシアが、それを気にする様子は無かった。
その手には、先ほど投げたものと同じ黒バラがある。
『そんなもので!』
『イーヒッヒ、面白い武器だな』
二体から続けざまに放たれる魔力弾を、あるいは避けて、あるいは闘気を込めた黒薔薇で弾く。
弾かれた魔力弾は大きく弧を描き、なのは達とは逆方向に着弾――次々と爆発する。
弾くと同時に、少女もまた攻撃に移る。
「……黒薔薇の恐怖。ピラニアンローズ」
静かな怒りと共に。
右手から放たれた一本の黒薔薇は、無数の黒薔薇に分かれてイールィの体を引き裂いていく。
先に放たれかわされたはずの黒薔薇も背後から戻ってきており、イールィに襲いかかっている。
まるで名前の通りの、川に落ちた獲物に群がる肉食魚のように。
『クアアァァ……!』
『イールィ!?』
黄金の闘気を纏う黒バラに覆い隠されてしまった仲間へ、驚愕の面持ちで呼び掛けるバクアイ。
しかし、そのために攻撃の手を止めてしまっていた。
そして、ルティシアの狙いは定まっている。
黒薔薇を放った時には既に、左手には真っ赤な一輪のバラが。
「……赤薔薇の恐怖。ロイヤルデモンローズ改」
放たれた赤バラも無数のバラに分かれると、こちらはバクアイの周りを囲むように降り注ぐ。
『これは……!? な……何だ……ちから……が』
「体は先生のもの。後遺症が残らない特殊な毒バラで、動きを封じさせてもらいました」
香りすらも危険な、猛毒を持つ赤バラ。
一時的に麻痺させる特殊な神経毒を持つバラをこの場で調合して、それを投げたのだ。
魚座の聖闘士の協力があってこその、力。
人の体用に調合したもののため、魔族の体であれば平気だったかもしれないが。
先生の体を手放しても手放さなくても、どちらにしても変わらない。
バクアイの動きを制限するために、調合し放たれるのだから。
『クォウアアァァー!』
イールィが雄叫びと共に魔力を噴き上げ、まとわりついていた黒バラを全て弾き飛ばした。
次いで憎しみで血走った目を向けると、ルティシアへと両手の十指を突き出す。
黒バラに襲われたその体はボロボロで、片翼は千切れ全身から血を流している魔族にとって、最後の一撃であろうことが分かる。
ルティシアもまた、イールィへの最後の一手を構える。
亜空庫から取り出した小瓶と黒薔薇を。
白い霧状の物が詰まっている小瓶を、顔の前に掲げる。
「ミストが奏でるあやかしの歌に抱かれて、眠りなさい」
『呪ゥ指ィ抹ゥゥッ!』
イールィの十指それぞれから圧縮された魔力波が放たれるのと、少女が先に放った小瓶を後から投げた黒薔薇が切り裂くのは、同時だった。
「白銀のエチュード」
眩い閃光と共に現れたのは、一刀獣と呼ばれる魔法生物。
数対の板状の翼を生やした白く細長い胴体と、頭頂部に鋭く長い刀のようなものを持つ、短時間だけ現れる召喚獣の一種である。
魔力波をものともせずに弾きながら突き進む一刀獣は、歪んだ狂笑を浮かべていたイールィの胸を貫くと、そのまま霧散して消えていく。
イールィの額に黒バラが突き刺さると、その肉体は瘴気を撒き散らしながら黒い塵へと変わっていく。
しかし、イールィもまた意地を見せていた。
一刀獣に軌道をずらされながらも、いくつかの魔力波はルティシアの体をかすめていたのだ。
聖衣に覆われていない場所に圧縮された魔力を受けると、アンダーウェアがその高い防御能力を発揮するも破れ、少女の体を傷付ける。
『……ちく……しょ』
ルティシアが先生……バクアイへと向き直る。
魚座の聖衣を戻すと、続けて現れたのは魂の番人たる聖衣。
「
この黄金聖衣も魚座に負けず劣らずの破損具合であり、本来の能力を出しきることは出来ない。
しかし、救うことが出来ると[声]が教えてくれていた。
「だから、きっと出来るはずです」
精神を研ぎ澄まし、小宇宙を通してバクアイを……先生の魂を見る。
融合は始まりかけているものの、完全にはくっついていない。
ルティシアの周りに、儚くも妖しい光がいくつも浮かび上がる。
墓場で見られるという“燐気”という名のそれらが、少女の人指し指へと集まってくる。
指先で、ボゥッと灯る紫の光。
「……宿りし魂祓う時。積尸気冥界波」
放たれた紫の光はジグザグに、しかし狙い過たずバクアイへと。
『おおおーーー!?』
抵抗するバクアイからも魔力が噴き上がる。
二つの光が拮抗し、押し合うが……
「たす……けてみせる」
少女の身体からは黄金に輝く小宇宙が爆発的に高まり、バクアイの抵抗を打ち破る。
黄金の閃光が治まった後には、先生の体が力を失って地面に倒れ伏していた。
宙に、一体の悪魔を残して。
引き離されたことがまだ信じられないのか、自分の体や手を何度も見やっていた。
『こんな馬鹿な……!? 魂に融合していたはずなのに!?』
「完全な融合でしたら、この聖衣の力が完全で、扱う者が真なる正統後継者でもなければ無理だったでしょうね」
再び集まる燐気達。しかしそれらは、ルティシアではなくバクアイの元へと集まっていく。
やがて、蒼い焔へと変わっていく。
「……守力至宝。悪しき魂の、転生への送り火。積尸気鬼蒼焔」
『ぐぅおわーーっ!?』
内側から、魂ごと蒼く燃え上がるバクアイ。
『やはり、奴等の話なんかに……ぬわーー!』
バクアイが完全に燃え尽きると、赤い月も消えて月匣が解除される。
元のマンションの部屋へと景色が戻ってきた。
聖衣をネックレスに戻したルティシアは、倒れている先生に近寄り呼吸がされているのを確認した後に、手をかざす。
「
正常な命の流れの反応を確認したことで、少女はようやく一息ついた。
身体の数ヶ所から痛みが走るが、ルティシアは治療を後回しにする。
先生を近くの部屋へ運ぶとそこで寝かせる。
なのは達も、空間が切り替わった時の所為で、三人ともテーブルの周辺に倒れていた。
ガンビットを解除して亜空庫に片付けると、そっと三人の様子を窺う。
すずかの顔には涙の痕があるが、安らかな笑みも浮かんでいる。
魔族達が言っていたような“悪夢”が来ないことを、ルティシアは信じていた。
※ ※ ※
「……」
その後すぐに目覚めた三人には、「先生が眠った後に、釣られたかのように三人揃って眠った」と伝えたルティシア。
すぐに納得した二人と違って、アリサだけは半信半疑だったが。
「…………!」
その時の一件以来、魔族も悪意ある妖魔も姿を現していない。
「こらー!! 返事くらいしなさいよ!!」
突然、耳元で怒鳴り声を受けたルティシア。
「アリサ。鼓膜が破れたらどうするのですか?」
“キーン”と音がする耳を押さえながら、ゆっくりと叫んだ人物の方に体を向けた。
「何度も呼んでるのに、あんたが無視してたんでしょうが!」
「ま、まあまあ、アリサちゃん。抑えて抑えて」
憤るアリサをすずかがそっと宥める。それは二年近い付き合いの中で、四人の中でよく見られる光景だった。
「でも、アリサちゃんずっと呼んでいたの。ルティちゃん、もしかして体調悪い?」
「それなら言ってね? ルティシアちゃん、随分厚着しているから……」
二人が心配そうに言う横では、口にはしないもののアリサが向けている視線もそう語っていた。
「少し、考えごとをしていただけですから大丈夫です。ごめんなさい」
暖房の効いた部屋の中でも、厚着を解かない少女は動き難そうにしながらも頭を下げる。
「厚着に関しては、私は寒いのは余り好きではありませんので」
「それにしたって厚着し過ぎでしょ! 着膨れてるじゃない。コートも着たままだし」
呆れたと言わんばかりのアリサの横で、すずかも小首を傾げる。
「ルティシアちゃん、ちなみに何枚着てるの?」
「確か、十七枚なの」
「「十七枚!?」」
妹に代わって答えるなのはと、それを聞いて驚く二人。
「そんなに驚くものでしょうか?」
今度は逆に、ルティシアが首を傾げた。
「驚くわ! どんだけ寒がりなのよ!?」
「えっと、もっと温度上げた方が良いのかな?」
「すずかちゃん。上げすぎたらケーキが……」
「そうですね。チョコドリンクが」
「あんたは心配の方向が大きく間違ってる!」
月村家のリビングは、少女達の賑やかな声で満たされていた。
ツッコミ過ぎて肩で大きく息をするアリサが、ビシィ! とルティシアを指差す。
「アリサ。人を指差してはいけないと」
「シャラップ! まさかあんた、実は持病が……とか無いでしょうね? 寒さで発病とか」
「あ、アリサちゃん……無茶苦茶だよぅ……!?」
興奮で暑くなり、着ていたセーターを脱いだアリサを、すずかが必死で止めていた。
「持病……ですか? 特に無かったように思いますが」
「何よ……その、ビミョーな表現は?」
しかし、今のやりとりが別の人物のスイッチを入れてしまう。
「ルティちゃん」
「どうかしましたか? 姉さん」
やはり身体ごとそちらへと振り向く。
心配そうな様子のなのはなのだが、何故かその目が据わっていた。
「本当に何もないの? 消えない痣のこととか。何か隠してることがあるなら、きちんとお話してほしいかな?」
そう言いながら、にじり寄ってくるなのは。
結局、あの時ルティシアが受けた傷はそのまま痕が残ってしまっていた。
薬ではなく治療魔法を使ったのだが、少し時間をおいたせいかうっすらとはしたものの、完全には消えなかったのだ。
一緒に入浴することが多いなのはは、もちろんそれに気付いている。
他の家族四人も、なのはから話を聞いて心配しており、次いで共に入浴することがある美由希からも、武道的な治療法を色々試されていた。
「隠しごとも……特にありません……が。痣は打ち身みたいなものでしょうし、その内消えると思います」
動き難そうに、なのはから距離を取るように後ろへ下がる。
「なんで詰まるのよ? そういえば、あんたの笑い顔って見たこと無いわね……一瞬だけの微笑みはノーカウントとして」
そう言うと、ニヤリと笑みを浮かべるアリサ。指をワキワキと動かしながら、ルティシアの方へと歩みを進める。
「アリサ、文脈の意味が分からないのですが。それに、その手の動きは何ですか?」
不気味に笑いながら迫る二人から、ジリジリと後ろへ……ドアの方へと後ずさっていくルティシアだが、いつの間にかドアの前に一人の人物が立っていることに気付く。
申し訳なさそうな友人の顔を見て答えを予想しつつも、ルティシアは
「すずか。ドアを開けて下さい」
「ごめんね? 私も、ルティシアちゃんの笑顔をちょっと見てみたいかなって」
「すずか、あなたもですか……」
予想通りの答えに、ルティシアは嘆息する。
「逃げ道は無いの!」
「さあ、覚悟なさい!」
溜め息=諦めという構図が成り立ちやすいルティシア。彼女が観念したと見て、二人が飛びかかっていく。
しかし、少女は諦めた訳では無かった。
二人の動きを、冷静に見ていたのだ。
つまりは、捕まらなければ良いのだから。
諦めたと思わせて二人の動きを誘発、そして回避する。
「姉さん、アリサ。その動きでは、簡単によけられま……す?」
――つもりだった。
「ごめんね」
自分を逃がさないためにドアの前からは動かないだろうと思っていた相手が、躊躇なく飛び付いてきていた。
すずかはしないだろうという思いから、『逃がさない』と『捕まえる』がこの場合同じであるということを、少女は失念していた。
「すずかちゃん、ナイスなの!」
「良いわよ、すずか! ルティシア。あんた、自分が今いかに動きが鈍っているか、実は分かってないでしょ? ウサギとかめよ!」
「アリサ。意味は分かりますが、言葉の使い方としては」
「シャラップ! ゴチャゴチャ言うな!」
弱々しく抵抗するルティシアを二人に任せて、すずかはそっと離れる。
にぎやかに騒ぐ三人を微笑ましそうに見つめていたすずかだが、ふと視界の端を何かがよぎる。
そちら……窓の外に視線をやると、そこには白いものがチラホラと舞い始めていた。
「あ、雪だよ」
「え、あ、本当なの!」
「ふーん、綺麗で良いじゃない」
二人も作業中の手を止めて、しばし視線は窓の外の幻想的な光景へ。
「ホワイトクリスマス」
なのはが小さく呟く。
「まあ、あたし達が揃っているんだから当然じゃない?」
「アリサ、意味が分かりません。それと、私も見たいのですが」
得意そうに言うアリサの下で、ルティシアが冷静に話す。
「あんたは早く観念しなさい! だいたい、着すぎなのよ! 指が届かないじゃない!」
「笑いは強制ではなく自然に……って、アリサ。どこから指を入れて……変なところを触らないでくださ……」
間近で騒ぐ二人をそっとしたまま。
「来年のクリスマスも、こうしてみんなで笑っていられたら良いな」
なのはは、来年もみんなでこういう日を迎えられますようにという願いを胸に、笑って言った。
その言葉を聞いて、騒いでいた二人とすずかもそれぞれに笑って頷く。
来年もみんなで。
※ ※ ※
どことも知れぬ不思議な空間の中。
「ようやく準備が整ったようですね。後は、引き金が引かれるのを待つばかりです」
「あたし、もう待ちくたびれちゃったよ」
「うふふ。ゲームに必要のない、邪魔な駒の整理も大事ですから。ね?」
「アーちゃんはいつも用意周到だね」
「貴女はもっとしっかり準備しないと。そちらの方は大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。あたし達がいることにも気が付いてないし」
「それも含めて、対策しておくものですよ? そういえば、“監視”の方はどうなのですか?」
「“あっち”はもっと駄目じゃない? 何回もチャンスあげてるのに、全く気が付かないしさ」
「そうですか。私達が楽しめるようにするには、まだまだ調整が必要なのですね。もしくは、選定の段階からやり直しましょうか」
「細かい所の調整、好きだよね。アーちゃん、何か心当たりあるの?」
「性分ですから。心当たりといっても一つだけですが。こっちのスタートが完了してからのため、ギリギリになるかもしれません。多少荒っぽい手段もとりますが、構わないですよね?」
「うん。アーちゃんがセットしたほうがあたしも楽しめるし。あたしがセットしようとすると、この前みたいに壊しちゃうしね」
「分かりました。では、何とか間に合わせてみましょうか。でも、こっちは本来貴女の担当なのですから、見てないで手伝って下さいね?」
「もちろん。それにしても楽しみだな。今回の駒達は、盤面をどこまで進んでくれるかな」
「そうですね。入念に仕掛けは用意しましたが、どこまで拾ってくれるかは“あの子達”次第になりますね」
「あはは。拾い過ぎても失敗するけどね」
「うふふ。まあ、軌道に乗るまでは微調整していきます。推測では、ある程度以上は貴女が遊べる位になるはずですが」
「そんなこと言って、アーちゃんが横から獲らないでよ?」
「前回のを、全部壊した貴女にだけは言われたくありません」
「ごめんごめん、あれはあたしがちょっと遊びすぎちゃったから。あんなにすぐ壊れるって、思わなかったんだもん」
「気を付けて下さいね? また、一からセットし直すのはさすがに面倒ですから」
「あ、そうだ」
「また何かしでかしましたか?」
「どういう意味かな? そうじゃなくて、これ。クッキーも紅茶も無くなっちゃた」
「そんな甘えた声で言われても……。私はまだ食べていないのですが」
※ ※ ※
月日は流れ、運命の年がやってくる。
やがて、とある場所で一つの事故が発生する。
それが引き金となり、様々な思惑や運命を巻き込みながら。
物語は動き始める。
next
三度目となる春の学校生活。
ある一つの出会いから、少女達の運命の輪が動き出す。
少女が手に入れたモノは……
なのは「魔法……?」
(出典)
魚座、蟹座の黄金聖衣:聖闘士星矢シリーズより。