魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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その80 とある世界の職場事情+アルファ

 

 

「ぐっ! バインドか!?」

 

 気が付けば、金色の光の輪が自らの手足を拘束していた。

 

 かなり強固なそれは、力任せに外そうとしてもビクともしない。

 

 練度も高く、解除にはそれなりの手間と時間が必要になる。

 

「く、クソォッ!」

 

 デバイスの動きも著しく制限されているため、今のままでは出来ることも限られていた。

 

 怨嗟の声を吐き出しながら、バインドの解除に意識を傾けた時……視界が桜色に染まった。

 

 顔を上げたその人物の目が、信じられないとばかりに大きく見開かれる。

 

 三枚の桜色の光の羽を広げた杖。その先には複数の魔法陣が展開されており、生み出された光球をこちらに向けた少女がいた。

 

「なのは、お願い!」

 

 相手へのバインドを維持したまま、金色の疾風は別の場所へ駆け抜けていく。

 

「うん! いくよ、ディバイーーン……!」

 

《buster》

 

 上空から放たれた桜色の輝きが、一直線に標的のもとへ――

 

「う……うおおおっ!?」

 

 自分に迫ってくるソレを前に、拘束の解除を諦めて魔力障壁を張るのだが……接触すると同時に儚くもガラスのように砕け散っていく。

 

 視界いっぱいに光は広がり――そこで意識が断ち切られた。

 

 

 

「ガ、ガキ共の分際で!」

 

 自慢の砲撃魔法が防がれている光景に、男は言葉を吐き捨てる。

 

 自分が立てた計画は完璧だ――いや、完璧なはずであった。

 

 事実、これまで失敗したこともなく、管理局の裏をかいたことも二度や三度ではない。

 

 今回も、盗みはスムーズに行えた。警備の穴を突いて、食い下がってきた追手も振り切った。

 

 それが……この待ち伏せである。

 

 メンバー五人の内、いきなり桜色の輪に拘束された二人が倒された。

 

 残った自分達はすぐさま散開し、今に至るのだが。

 

 一気に蹴散らすために使った砲撃魔法も、淡い緑の障壁に防がれてしまっている。

 

「――しまっ!?」

 

 消耗による疲労。

 

 砲撃の手が弛んだ一瞬の間に、相手の鎖みたいな拘束魔法で捕らわれてしまっていた。

 

「抵抗をやめて、降参してください!」

 

「だ、誰がするか!! ぐぬ……ぬぅおおお!」

 

 相手の少年からの勧告にも耳を貸さず、男は意地でも抵抗を貫こうとする。

 

 チェーンを引き千切ろうとする力と拘束しようとする力、それがせめぎ合う。

 

「――では、あなたを捕獲します」

 

「な……て、てめぇ!?」

 

 左隣、たった今まで誰もいなかった場所から声が聞こえた。

 

 最初に、躍りかかってきて仲間の二人を打ち倒した内の一人。いつの間にか接近してきていた金髪の少女が、その死神の如く鎌を振りかぶっていた――

 

 

 

 

 互いの拳が交錯する。

 

『こっちにいたのは全員捕まえた。なのはとユーノも大丈夫。そっちはどう?』

 

『ああ、フェイト』

 

 届いた、主人と使い魔という関係以上に大切な存在からの〈念話〉に、アルフは拳を振り抜いた姿勢で答える。

 

『こっちも、今、終わったところだよ』

 

 ヒラヒラと手を振りながら言うアルフの前で、犯人グループの一人が膝から崩れ落ちた。

 

『分かった。すぐに武装局員が来るそうだから、引き渡したら帰ろう』

 

『あいよ~。それにしてもさ、フェイト? 今日のは断っても良かったんじゃないのかい? せっかく、ば……プレシアやリニス達も一緒だったんだしさ』

 

 その声音には不満とまではいかないものの、しかし単純な疑問ともいえない微妙なニュアンスが含まれていた。

 

『ううん。手伝ってほしいって言ってきたくらいだから、わたしに出来ることなら力になりたい。それに、なのはも頼まれてたから』

 

 アルフとユーノは巻き込んでしまったけどと、申し訳なさそうに言うフェイト。

 

 アルフは、それに「あたしは良いんだよ!」と威勢良く返し、言葉を続ける。

 

『ユーノだって、たぶん気にしてないだろ。それよりもさ、ルティシアには言ってないんだろ?』

 

『……うん。だって』

 

 到着した武装局員達に犯人グループを引き渡すと、四人は時空管理局本局への帰途に就いた。

 

――だって、ルティは魔導師とは戦おうとも、戦うつもりもないから。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 入り口から奥に、Lの字に作業デスクが並べられた部屋。

 

「お帰りなさい。お疲れ様でした、皆さん」

 

 正面の席からかけられた涼やかな声が、帰還して部屋に入ってきた四人を出迎えた。

 

「戻りました、アシェラ」

 

 四人を代表して、奥の席で声をかけてきた人物にフェイトが答える。

 

 彼女だけが嘱託魔導師ということもあり、今回はこのアシェラからの依頼である。たとえ知り合いであっても、そういったケジメはきちんとつけるようにしていた。

 

「なのはさん。ユーノさんとアルフさんも、本日は急な話を引き受けて下さり、ありがとうございます」

 

 フェイトが口頭で報告を終えるのを待って、アシェラが話をなのは達に向けてくる。

 

「え、えーっと、アシェラさん?」

 

「何でしょうか? なのはさん」

 

 しかし、相手のその光景を見ながら、引きつった表情のなのはが遠慮がちに訊ねた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うふふふふふ」

 

 問いに対する答えは、やや虚ろ気味な笑い声であった。

 

 なのはの横にいるユーノは、彼女の事情を察したのか、気の毒そうな表情になっている。

 

 その光景――横長のデスクの上に、所狭しと並べられた二十台の端末。

 

 こうでもしないと作業が追い付かないため、あちらこちらから不用となったものを、リンディやレティ・ロウラン提督といった協力者からかき集めてきた物であった。

 

 もちろん、アシェラの魔法であればそのようなことをしなくても、簡単に創造は出来る。

 

 しかし、維持費や諸経費といった諸々や既成事実のため、あえてそのような手間を踏んだのだ。

 

 今は何らかの魔法を使用しているのだろう、それら全てが稼働中であった。

 

「報告書の作成作業などは嫌がるのに、任務には積極的に出向いて行く。これはその、素晴らしい仲間達の成果」

 

「そ、そう、ですか」

 

「どう見ても、押し付けられてるようにしか思えないけどね~」

 

 いつも艶然と笑み、余裕と自信に満ちた態度であった女性。時に、なのはやフェイト達に助言や手助けをすることもあった、冥魔王の一人。

 

 その彼女が、今、憔悴しきっていた。

 

「特にメルはゲーム感覚ですから。彼女とて疲労しないわけではありませんし、休まないというわけでもありませんが、いわゆる睡眠を必要としません。今は人間に偽装しているため、宿舎で一定時間は動かないようにしていますが、動き続けることも可能なのです」

 

 作業しながら、アシェラ――変装している今はアシエラと名乗っている――が経緯を話し始める。

 

「こちらに回されてくる仕事が最近は増加傾向にあるため、こなしてくれる分にはいっこうに構いません。問題は、あの三人と私の処理速度のゲームとなっていることです」

 

「やっぱり……」

 

 予想通りだったユーノが思わずこぼすと、他の三人もそれぞれに同情的な表情を浮かべる。

 

 ここ――本局特戦特務調査隊には現在七名が所属しているが、その内の四名が冥魔王と魔王だった。

 

 なのは達がアシェラ以外の三人と接触することは滅多にないが、一筋縄でいかないメンバーだということは、過去の邂逅からも分かることである。

 

「こちらの都合や狙いもありますし、仕事が増えるのも良しとします。事実、そういったのも含まれていますしね。ただ、問題があります」

 

「問題……ですか?」

 

 なのはとフェイトが顔を見合わせる。

 

 考えても、アシェラの仕事量くらいしか思い付かない。

 

「今回のように、相手が普通の人間の場合です」

 

「それは、どういう意味なんだい?」

 

 首を捻りながら、アルフが問いかける。

 

「そのままの意味です。バリアジャケットがあるとはいえ、そこらの人間がメルの攻撃を受けて無事でいられると思いますか? あの子は非殺傷設定なんか持っていないのですよ?」

 

「ふぇ!?」

 

「き、危険すぎる」

 

 管理局で働いているから既に身に付けたのだろうと思っていたなのはとフェイトが、それぞれに驚きを口にする。

 

 メルことメイオルティスは、初対面の時に遊び感覚でクロノに重傷を負わせている。

 

 つまり、彼よりも実力が劣る者はみな同様の、もしくはより酷い結果が待っているということであった。

 

「管理局のためという気持ちはありませんし、悪人に人権云々も言うつもりもありませんが、建造物への被害も含めた始末書もあります。始末書一件ごとに、報告書十枚作成というペナルティを設定してはありますが」

 

 それなりの被害は出てしまうでしょうねと、諦めたように呟く。

 

 いざ始末書を書くことになったとしても、結局は自分がすることになるのは目に見えている。

 

 もっとも、彼女に頼られた際にイヤと思うどころか望んで受け入れていることが、より自らの首を絞めることになっているのだが。

 

「出来るだけ、そういったことにならないように配慮はしています。人間だとはっきり分かっているものには、リーゼアリアさん、リーゼロッテさん達にお願いしていますし。手間取りそうなものも、私自身が出向いていますから」

 

「その間にまた増える」

 

「それで、その結果がこれなんだ……」

 

 フェイトの言葉に、納得したとばかりになのはが頷いた。

 

 ふと、部屋の中を見回したユーノがあることに気が付く。

 

 部屋の一角。喧騒から離すように配置されている、整理整頓が行き届いた二つと、少し乱れた一つのデスク。

 

「そういえば、今日はグレアムさんもいませんね」

 

 無限書庫で働いているユーノは、資料の関係を頼まれて時折ここに足を運ぶことがある。

 

 もちろん、アシェラ以外の危険三人組がいない時間を指定されて。

 

 その際は、いつも静かに黙々と仕事をこなしているグレアムである場合がほとんどなのだが、今日は彼の姿も無い。

 

「アリアさん達が疲労のピークに達していましたし、地球の暦に合わせて休息期間にしました。今頃は、グレアムさんの故郷でのんびりされているかと」

 

「なるほど」

 

「そういや、あんた。報告書ってどうやって作ってんのさ? どう考えても、事件内容とか口頭ですら説明しそうにないんだけど」

 

 アルフの疑問に、なのは達もそういえばと物問いたげな視線を向ける。

 

「ああ、簡単ですよ」

 

 そう言うと、アシェラは指を鳴らす。

 

 部屋の中央。何もない空間のなのは達の目線に合わせた中空に、特務調査隊の実動部隊三人が、それぞれに何者かと戦っている光景が映し出された。

 

 アシェラがもう一度指を鳴らすと、再びその光景は見えなくなる。

 

「こういうことです」

 

 しばし沈黙に包まれる。

 

 ややあって、口を開いたのは――アルフ。

 

「えーと、つまり……何かい? 依頼を引き受けて、選別。割り振り、観察しながら報告書を書いて、自分も出撃?」

 

「他の部隊とのやりとりや交渉、打ち合わせといった諸々も、ほぼ全て私の仕事です」

 

「あんた……」

 

「過酷すぎる……」

 

 一斉に憐憫の情が寄せられる。

 

「グレアムさんがいればそれほどでもないのですが、やはり人員が欲しいところではあります」

 

 その時、顔を動かしたアシェラが四人……なのはとフェイトを見つめた。

 

 その後、いけませんなどと呟きながらゆっくり首を左右に振ると、席から立ち上がった彼女は深々と頭を下げる。

 

「……話が長くなってしまいましたね。フェイトさんが、リンディさんやクロノさんから仕事を受けていると聞いていましたので、今回依頼させてもらいましたが……休養期間にすみません、今日は助かりました」

 

「いえ、私のことは大丈夫です。それに、まだまだ経験も勉強も足りないから」

 

「わたしも。お手伝い出来ることがあれば、また言ってください」

 

「まぁ、あたしはフェイトが行くならついてくよ」

 

「ボクも特には」

 

 四人が口々に気にしていない旨を伝える。

 

「あなた方は、非常にバランスが取れているパーティです。足りないものがあるとすれば、フェイトさんが言うように経験と知識、それと覚悟でしょうね。あとは、自然と身に付いていきます」

 

「覚悟?」

 

「いわゆる、“引き金を引く覚悟”というものです。たとえば、今回は疑う必要もない違法魔導師という明確な相手でしたが、そこに“事情”が加わった時に、責任を持った行動が出来るかどうかということです」

 

 その言葉に、自分達が出会った時のことを思い出したなのはとフェイト。

 

「そう、あなた達は一度それをしています。ここで働くならば、常にそれがつきまといます。近くに、いつも誰かが傍にいるとは限りませんしね。……今のように」

 

 話して聞かせていたアシェラだが、先程と同じようにいけませんねと呟き、頭を振る。

 

「疲れのせいか、いつも以上に話が長くなってしまっています」

 

 ご自宅まで転送しますというアシェラに、フェイトが抱いていた疑問をぶつける。

 

「アシェラ。ルティが魔導師と戦わないというのは、どうして?」

 

 なのはも真剣に、アシェラの答えを待つ。

 

「神竜族には、人間に危害を加えない、人間同士の争いには関与しないという決まりがあるからです。あの娘は、それを正確に守っているに過ぎません」

 

 アゴに手を当てて考えるような素振りを見せたアシェラだが、やがて彼女は語り始めた。

 

 あの行動は基本的スタンスであり、間違ってはいないのだと。

 

「あの者達にとって人間は護る対象であり、危害を加えるのは絶対的な状況に置かれた場合か、人以外の関与があった時。生命の危機や、余程の状況でもなければ手を出すことが出来ないのです」

 

 あの者達の力は、あくまでも平穏を蝕む敵対的存在を滅するためなのだと、アシェラが説明する。

 

 管理局での行動は、当然のように人間を相手にすることがほとんどであり、ルティシアはソレの関係で板挟み状態なのだ。

 

「そんな事情が……」

 

 フェイトとなのはが、やはり自分達だけでと考え始めた時だった。

 

 四人に転送術をかけながら、アシェラが「もっとも」と口にする。

 

「確かに決まりではありますが、考えようもやり方もいくらでもあるのです。そのことに、あの固い頭で思い付けば良いのですが」

 

――さもないと、あの子は永遠に後悔することになるでしょう。

 

 四人を転送した後、アシェラは全ての作業と平行するように、思考を巡らし始めた。

 

 自分達が効率良く目的を達成するために、人を相手にする専門チームが必要であった。

 

 引き受けた案件を他の部署に回すなりすればいいのだろうが、それを自分達には出来ないという意味で取られるのは業腹である。よって、しない。

 

 こちらの事情を知るなのは達はもちろん、八神はやてのチームも欲しいところではあるが……。あそこには、こちらを警戒する犬猿的な立場の者がいる。手を打つなら、早期から行う方が良いだろう。

 

「うふふ。あなたはどうしますか?」

 

 疲れた顔から一転、妖艶に微笑んだ彼女も、任務のため部屋から出ていった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――……、……ん? なの姉さん? どうかしましたか?」

 

 隣からの声に、なのははハッと我に返った。

 

 振動に揺られながら、流れていく山道の景色が車窓から飛び込んでくる。

 

「な、何でもないよ? ルティちゃん。景色を見るのに集中してただけだから」

 

「そうなのですか? 疲れているのでしたら、今の内に休んでおいた方が良いと思います」

 

 姉の言葉に、妹は訝しげにしながらも納得したようだ。

 

「どう考えても、落ち着いた旅行にはならないでしょうしね」

 

 

「あ、あはは……」

 

 ため息を吐きながらルティシアが言うと、なのはも苦笑いを浮かべる。

 

 今は、『ミステリー発見 地獄温泉フルコースツアー』参加者達が乗る、送迎バスの中。

 

 高町家。月村家。バニングス家。テスタロッサ家に八神家。ハラオウン親子に、エイミィと友人の技術者エスロ。

 

 それぞれの家族と、家族同然の付き合いのある者達を加えた――総勢29名+動物が二ひ……二名。

 

 四列二人掛けシートの車内では、みな思い思いの席に着いている。

 

 子供達にとってはいつものことだが、大人達もそれぞれに親交を深めていた。

 

 アリサの父が手に入れたというツアーへの家族招待券は五枚。

 

「クロノ、これはどういうことでしょうか?」

 

 ルティシアが、前の席でフェイトと並んで座っているクロノに訊ねてみるものの、彼から返ってきたのは肩を竦めるジェスチャーのみ。

 

「僕にも分からない。エスロがこれのチケットを持っていて、それを母さんに渡したんだ」

 

 おかげで、まだ仕事があったのに強制参加だと、クロノが愚痴る。

 

「でも、何だか作為的なものを感じるよね」

 

 周りが賑やかなため気付かれないだろうと、フェレット状態のユーノが会話に加わってきた。

 

「僕もそう思うが、キミとザフィーラは人の姿で参加しなくていいのか?」

 

「僕も不参加のつもりだったんだけどね……」

 

 旅行の間は無限書庫でのんびりして過ごそうと思っていたところ、忍び寄ってきた美由希に捕まったんだとユーノが話す。

 

「てっきり、キミは使い魔として生きていくのかと思ったんだが」

 

「違う!」

 

「私はこういうの初めてだから、ちょっと楽しみ……かな」

 

 なにやら言い合いし始めたのをそのまま放置して、フェイトは後ろの二人に今の気持ちを伝えた。

 

「わたしもだよ、フェイトちゃん!」

 

「私は微妙に不安なのですが」

 

 バスは曲がりくねった道を進みながら、やがて人里離れた山奥にある旅館に到着する。

 

 厚い雲が拡がり始めた空ではカラスや、得体の知れない鳥が鳴き交わし、周りは鬱蒼と生え繁った木々に囲まれている。

 

 そんな場所に建っている旅館は……窓の隙間から光が僅かに漏れた、今にも崩れそうな風情のある建物だった。

 

「確かに、ツアー名らしい建物ですね」

 

「……って、建物過ぎるでしょうが!?」

 

 妙なことに感心するルティシアの後頭部を、アリサが張り倒した。

 

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