魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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※ 旅館編は寝る前(略) 
 
旅行等で、友人同士で入ると気が付いたら普段よりも長く中に……という話はよくあるかと思います。

温泉ではしゃいだり、長湯にはくれぐれもお気をつけ下さい。

(注)作者の話ではありません。……念のため
 
 
 
 



その83 旅館――リラックス

 

 

「なのはも、やっぱりルティと模擬戦をしたことはない?」

 

 並んで湯船に浸かりながら、フェイトがなのはに訊ねる。

 

 ボコボコと沸き立つ赤くドロドロとした湯は、浸かっていても酷く落ち着かなかった。

 

「うん。ルティちゃんと直接……はないかな? ガンビットで、射撃の練習をしてくれたことはあるけど」

 

 当時は事情を知らなかったとはいえ、フェイトと戦闘になったことを想定しての訓練の時だ。

 

 さすがにそれをそのまま言うわけにもいかず、詳細は省く。

 

「そう……」

 

 それがどういう意味で呟かれたのかは、なのははもちろん、フェイト自身にも分からない。

 

 無意識に出た相槌というのが、一番それに近いのかもしれない。

 

「フェイトちゃん? まだ気にしてる?」

 

 湯の中に顔を半分沈めた親友を、なのはは心配そうに見た。

 

「うん……」

 

「分かるよ。わたしも同じだから」

 

 木刀を持ったルティシアが、恭也や美由希達と修練をしている姿は見たことがある。

 

 昨年末に高町家の道場を訪れたシグナムとも、いずれ剣を交わす可能性もあるだろう。

 

 しかし、かといって自分達が木刀を手にしたとしても、彼女が相手をしてくれるかといえば……可能性は限りなく低く思えた。

 

「怪我をさせたくないというのは分かる」

 

「うん。でも、それはわたし達も同じだよね」

 

 心配する人がいるから。

 

 心配させないために、傷付けたくない。

 

 でも、そんな思いは実戦では抱けない。考えてはいけない。躊躇えば、それが他の誰かを傷付けることになってしまう。

 

 管理局にいると、必ず必要になる――引き金を引く覚悟。

 

 相手を止めるためにも、相手の事情を聞くためにも、相応の実力は必要になる。

 

 だから、二人は強くなりたいと思った。

 

 守りたいものを、自分達でも護れるようになるために。

 

「ルティとも、一緒に強くなりたいのに……」

 

「ルティちゃんの気持ちも分かるけど……」

 

――大切に思われ、護ってくれるのは確かに嬉しい。……けど。

 

「何か……こう、モヤモヤするよね」

 

「うん……」

 

 同じように湯の中へ顔を半分沈めながら言うなのはに、フェイトも小さく頷いた。

 

――そこに、自分達も一緒に立ちたい。

 

「でも、一緒に戦おうってルティに言っても……」

 

「一緒に戦ってると思いますが? って、素で言うんだろうね、きっと」

 

 首を傾げながら言う姿がありありと思い浮かぶ。

 

 もっとも、相手は怪しい存在限定だが。

 

 二人は暫くそのまま仲良く浸かっていたが、

 

「クロノやアシェラの話だと、執務官はグループで行動をすることもあるそうなんだ」

 

「うん」

 

「アリシアは技術官の方に進むって言ってるし、それは母さんやリニスも賛成してる」

 

「はやてちゃんも、クロノ君やリンディさん、グレアムさん達に相談してるって言ってたね」

 

「うん。それで……私はなのはやルティと……一緒に出来たら良いなって」

 

 

「そっか……フェイトちゃんも、将来のこと考えてたんだ」

 

 いつかの授業で出た話の答えは、まだ出ていない。魔法という選択肢が増えたことで、あの時よりも悩むことになりそうだ。

 

 アリサやすずか達も、既に先を見定めている。

 

「わたしも、じっくり考えてみ……る……ね?」

 

 話しながらあることに思い至ったなのはの表情が、次第に複雑なモノになっていく。

 

 その変化は、当然のようにフェイトも気が付いた。

 

「なのは?」

 

「前に、アリサちゃんやすずかちゃん達と、将来の話をしたことがあったんだけど」

 

「うん。それで?」

 

 歯切れ悪く話す姿を不思議に思うも、フェイトは真面目に話と向き合う。

 

「その時に、ルティちゃんが将来はある程度決めてます、みたいなことを言ってたんだけど」

 

「えっ!?」

 

 焦った様子で、声を上げるフェイト。

 

「確か、誰かの力になれる職だったかな……? そんなことを言って――」

 

「なのは」

 

「ふぇ?」

 

 なのはの言葉を途中で遮り、真剣な表情のフェイトがなのはの両肩を掴んだ。

 

「管理局執務官は誰かの力になれる職業だよね?」

 

「え、フェイトちゃん?」

 

 戸惑うなのはの目をジッと覗きこんだまま、フェイトが言う。

 

「執務官は誰かの力になれる職業だよね?」

 

「う、うん。クロノ君の話では、そうだと思う」

 

 一オクターブ下がった声で言われ、なのはは反射的に頷いてしまった。

 

 それを聞いてホッと一息をつくフェイトだが、

 

「ルティちゃん、どうするんだろう? 社会勉強が終わったら、竜の国に帰っちゃうのかな……」

 

「――っ!?」

 

 そう、なのはが思い出したのは、妹は勉強のためにこちらに来ているという話であった。

 

 普通に考えれば、終わったのなら帰らなくてはいけないのである。

 

 それは、確実な別れ。

 

 まだまだ先のことだとは思うが、将来を考えるとやはりそこに至ってしまう。そのため、なのはは極力そのことを考えないようにしていたのだった。

 

「ちょっと、ルティと話してくる」

 

 ドロッとした湯を掻き分けながら、フェイトは端にいるルティシアの所を目指して移動し始めた。

 

「あ、フェイトちゃん、待って! わたしも――」

 

「なのはちゃん、ちょっとええかな?」

 

 親友を追おうとしたなのはの肩を、いつの間にか寄ってきていたはやてがつつく。

 

「あ、はやてちゃん。どうかした……の?」

 

 振り向いた先でははやてが満面の笑みを浮かべており、その向こう側のはやてが来たと思しき方向ではおかしな状況となっていた。

 

 アリサとすずか、それとアリシアは、マグマの湯に負けず劣らず顔を真っ赤にしている。

 

 アリサとアリシアは、腕を湯槽の縁に投げ出して息も絶え絶えといった状態であり、すずかは二人ほどではないがやはり湯に深く沈んでいた。

 

 湯にのぼせたというわけでもなさそうだが、おかしなその光景になのはは首を傾げる。

 

 そのさらに向こう側、ルティシアとは反対の位置になる場所の三人は、さらに極端な光景を醸し出していた。

 

 普段と全く変わらない様子で湯に浸かるリインフォース。

 

 アリサ達のように赤い顔をしたヴィータは、同居人達に向かって何事かを捲し立てている。

 

 その同居人の片割れであるメーアといえば、

 

「…………バリア?」

 

 周囲を光の壁で囲んだ状態で、素知らぬ顔で汗を流していた。

 

「はやてちゃん? みんなはどうしたのかな?」

 

 嫌な予感が脳裏を掠めたため、微妙にはやてから距離を離す。

 

「ちょっとしたスキンシップや」

 

 何でもないことのように言うはやてに、なのははますます危機感を募らせる。

 

「スキンシップ?」

 

「そや。それで、なのはちゃんとも友情を深めよう思うてな?」

 

 湯の上に出した両手をワキワキと動かしながら、ニンマリとはやてが笑った。

 

 

 

 

「ルティ。少し話が……」

 

「フェイト。それ以上近寄ると危ないですよ」

 

 他のメンバー同様に髪をアップで束ねているルティシアが、猛然とした様子でやってきたフェイトを止める。

 

「え……ぁつっ!?」

 

 急激に温度を増した湯に触れたフェイトは、すぐにそこから後退した。

 

 幸い指先だけで、火傷するほどでもない。

 

 急な温度差で身体が驚いただけだろう。

 

「珍しいですね。フェイトが注意を忘れるのは」

 

 ルティシアは自分の周りに熱を集めることで、このマグマ風呂の温度を調整していた。

 

 後はそれぞれが適温と感じた場所に入れば良い。

 

 しかし、真逆の位置にいるヴィータ達の方はぬるくなり過ぎるかもしれないため、メーアと――魔法の練習を兼ねた――はやてが調整している。

 

 チラリと向けた視界の隅でメーアの張るバリアが見えたが、特に争いが起きているわけではないらしい。

 

 それなら特に問題はありませんねと、ルティシアは判断した。

 

「大丈夫ですか? フェイト」

 

「うん。ちょっとビックリしただけだから、大丈夫」

 

「それなら良いのですが」

 

 そう言うと、ルティシアは瞑目して首まで浸かる。珍しく脱力してる様子の彼女は、本当に気持ち良さそうだった。

 

「ルティも気持ち良さそうだね」

 

 湯槽の内側に添って設けられた段差に、ルティシアと並ぶ形でフェイトは腰を下ろす。

 

「ここは良いですね。芯から暖まるという言葉がありますが、この温泉からは炎を感じます。見た目通りのそういう湯質なのでしょうか?」

 

「ルティが感じるままで良いと思うよ」

 

「なるほど、そういう考え方もあるのですね」

 

 二人の間でのんびりとした空気が流れるが、

 

「そういえば、何か用事があったのでは?」

 

「あ」

 

 ルティシアの言葉に、フェイトは何をしに来たのかを思い出した。

 

 最初に出鼻を挫かれてから、いつの間にか話の流れは明後日の方向に向かっている。

 

 こういった時間はフェイトも好きではあるが、今は優先事項があった。

 

 もたれていた背中を離すと、フェイトは身体の向きを横の親友の方に九十度傾ける。

 

「ルティ、模擬戦しよう」

 

 

「…………え?」

 

「あ、違う」

 

 しかし、口を突いて出たのは訊きたいこととは別のこと。

 

 それも言いたいことではあったのだが……。

 

 慌てて訂正し、今度こそそれを口にする。

 

「ルティ、将来のこと、もう決めてるって本当?」

 

 フェイトの方に少しだけ視線を向けた後、また彼女は目を伏せた。

 

「ミッドチルダでもそういう質問が……でも、あちらの就業年齢的に、それは普通なのでしょうね」

 

「ルティ」

 

 答えをはぐらかすような言い方に、フェイトはほんの少しだけ語気を強める。

 

「はい、決めてます」

 

「そう……」

 

 予想通りであったとはいえ、沈んだ声で答えた。

 

「正確には、産まれた時から決まってるのですが」

 

「え?」

 

 頭上に手をやって、タオルの位置を直しながらルティシアは語る。

 

「姉さんやシステム、アシェラから聞いたのではありませんか? 私を含めたセイティーグの住人は、[神竜王]様を、国を、そして助けを求める誰かの、爪牙になるために存在します」

 

 それはフェイトも聞いたことのある、[白の竜神]に仕える者達に共通する勤めであった。

 

「ですので、そういった意味では私の将来は既に決まっていると言えます」

 

「そう……なんだ――ふぃうっ!?」

 

「フェイト?」

 

 まさに意気消沈という状態だったフェイトが、突然おかしな声を上げた。

 

 マグマ湯の中でも白く保っていた肌はみるみる内に朱く染まり、「あ……」や「う……」といった声を漏らしている。

 

「ああ、ルティシアちゃんは気にせんといてな」

 

 フェイトの後ろから、ヒョコッと顔を出したのははやてだった。

 

「はやて? フェイトになにか――」

 

「それでな、ルティシアちゃん」

 

 言葉を遮って、はやては静かにルティシアの顔を真っ直ぐに見つめる。

 

「今言うたんは、本当に最後の話やろ?」

 

「んっ……はやて、どういう……意味?」

 

「つまりやな、ルティシアちゃんは途中過程をだいぶん省いて言うとるんや。女の子が、将来はお婆ちゃんになるって言うとるみたいなもんやな」

 

 そやろ? と言いたそうな視線を受けて、

 

「どういう例えを持ち出すのですか」

 

 微笑でも、かといってため息でもない……まさに苦笑といった表情を、ルティシアは浮かべた。

 

 思いもよらぬ彼女の、珍しいそんな顔を見た二人は一瞬固まってしまう。

 

 そんな二人を前に、

 

「でも、当たりです」

 

 竜の少女も特にアレコレ言うことなく、そのことを認めた。

 

 それに対し、今度ははやてが苦笑を浮かべる。

 

「うちにも居るからな。分かりにくい言葉で、遠回しに言うんが」

 

 はやてがチラリと向けた視線の先には、バリアを解除してヴィータと言葉を交わすメーアが。

 

「そ、それじゃ、ん……」

 

「フェイト達が知りたい答えを、今の私は持っていないのです。……フェイト、本当に大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫……んっ、はぁはぁ……」

 

「とても、そうは見えないのですが」

 

 現在、高熱を纏っている状態のルティシアは、二人に近寄ることは出来ない。フェイトの背後にいるはやてが何かをしているとは思っても、この湯ではそれも分からない。

 

 出来ることといえば、

 

「はやて。セクハラは厳罰ですよ?」

 

 人差し指を立てた状態の右手を、はやてに見えるように湯の上に出したルティシア。

 

 薬指にはめたままの獅子の指輪……その瞳がキラリと輝く。

 

 蠍の針を撃ち込むという牽制のつもりだが、本気でするつもりはない。

 

 そのことを知ってか知らずか、はやては至って真面目に否定する。

 

「これは、友達同士でのスキンシップや!」

 

「……スキンシップ……ですか?」

 

「……んぅ……そ、そうなの?」

 

 思った通りの反応で、首を傾げている二人の姿にはやては内心で喝采を上げていた。

 

 それをおくびにも出さずに、はやては仕上げとばかりに畳み掛ける。

 

「これは八神家に伝わるスキンシップ方法でな? 相手の身体にも良い効果があるんや」

 

「そう……はぁ……な、んだ?」

 

「つまり、スキンシップを兼ねた健康法ですか? マッサージや指圧のような」

 

「そんなもんやな」

 

 友人が述べる推論に、したり顔のはやては鷹揚に頷く。

 

「それに、それがはやてにしか出来ないのであれば、すずか達が行わないのも納得出来ますし」

 

「う、うん……そう……んんっ、だね」

 

「そうや。だから、後でルティシアちゃんにもしてあげるからな」

 

(とりあえず、まずはフェイトちゃんからや)

 

 ある意味では警戒感が皆無の二人。

 

 今のところ、はやてが事前に組み立てた作戦はほぼベストな形で進んでいる。

 

(けど、ルティシアちゃんに近寄れんのは誤算やったな。一応スキンシップで納得しとったし、少なくともいきなり攻撃されるようなことはないはず。それにまた機会はあるはずやし、今は危ない橋を渡らん方がええやろ)

 

 そんなことを考えていたがために、はやてはその一瞬を見逃してしまった。

 

 ルティシアの目が、はやてから少し離れた場所にいる人物に向いたことを。

 

 そのため、

 

「それはそれとして、はやて」

 

「ん?」

 

 ルティシアの言葉に気を取られた一瞬の隙を突き、フェイトがはやての魔の手からスルリと脱け出す。

 

 その瞬間、

 

「ちょ!?」

 

 はやての両手が光の輪で拘束された。それは桜色の輝き。

 

「はやてちゃん」

 

 普段の声よりも、格段に低い声。念話とゼスチャーで二人に合図を送った友人がそこにいた。

 

「なのはちゃん……?」

 

「ちょっとオハナシがあるんだけど、いいかな?」

 

 顔を赤くしているのは他のメンバー同様だが、なのはの半分据わった目が意味するものはいったい何であろうか? ただマグマの湯に下から照らされているだけ、というわけではないのは確かだろう。

 

 突然のことに混乱し、ゆでだこのように湯気が出そうな勢いで固まったなのはであったが、我を取り戻すのも早かった。

 

 

 もっとも、それは間接的に妹のおかげと言えなくもないだろう。

 

 最近こそ減ってはきたものの、日常生活でちょっと眼を離した途端に姿をくらましたり、予想の斜めをいくことをしていた彼女。

 

 あの独特な考えに慣れていない時は振り回されてばかりだったが、おかげで今では咄嗟の状況において、まるでスイッチのように気持ちを切り替えられるようになっていたのだ。

 

 春からの出来事もそれに拍車をかけているが、フェイトが行う日常と魔導師時の切り替えとは違い、なのはのソレは非常識に遭遇した場合に限られる。

 

 そのため、ごく普通の雷のような自然現象からの切り替えは難しい。

 

 そのスキンシップ時の様子から、なのはが立ち直るまでにそれなりの時間が必要と判断していただけに、このタイミングでの復活はさすがのはやても予想していなかった。

 

(平然としてたり、逃げ惑ったりするんは考えてたんやけどなぁ。大混乱からすぐに立ち直るって……)

 

 それに入浴中ということもあって、今のなのははデバイスを手にしていない。彼女の扱うバインド魔法はそれなりに時間がかかる部類であることからも、かなり早い時間で立ち直ったことが分かる。

 

 はやては焦る心を抑えながら、どう切り抜けるかを考えていた。

 

『上に立つ者は常に悠然と構え、たとえ不利な状況であっても焦りや動揺を仲間に気取られず、信頼し、され続ける人物たれ。最善を模索し、思考を止めることなかれ』

 

 最後の夜天の王として守護騎士達と一緒にいたいというはやてに、メーアが用意した本に書かれていた一説である。

 

 ただの心構えとはいっても、今のはやてにはまだまだ難しいことだ。しかし、いつかはそうなりたいと思う。

 

 そして今、その教えを忠実に守ったはやては刻一刻と迫る危機を前に、焦らず頭脳をフル回転させた乾坤一擲の策を投じる。

 

「ほな、なのはちゃんもリラックスしたという事で、大事な話を続けようか?」

 

「え……リラックスなんかしてな――」

 

 はやてがサラリと言った言葉に、なのはは反応してしまった。

 

 少しでも反応があったならば、後はその人物が興味を示すネタを入れるのみ。

 

「ほらほら、なのはちゃんも早く! 二人が気にしとった、ルティシアちゃんのことでもあるんやから」

 

「う、うん。……あれ、でも、ええー?」

 

 にこやかに笑みを浮かべて、はやてはいつも通りに振る舞う。

 

 おかしなことなど何もなかったと言わんばかりに。

 

 不自然さの欠片もないそれは、思わずなのはも頷きかけてしまうほど。

 

 はやてを警戒してギリギリまで離れたフェイトからも、はやてのそれは自然体にしか見えなかった。

 

 やってきたなのはは、狐につままれたような気持ちのまま、フェイトの横に並ぶ。

 

(やはりちょっと変わったスキンシップだったのでしょうか? 人間の世界は、本当に色々なことがありますね)

 

 などと思いながら、ルティシアは右手を湯の中に戻した。

 

「それで話を戻すけど、ルティシアちゃん?」

 

「なんでしょう?」

 

「社会勉強って、期限はいつまでなん?」

 

「分かりません」

 

 間を置かずに返ってきた答えに、はやては思わずズッコケそうになる。

 

「分かりませんって、来る前にそういうの言われるんちゃうの?」

 

「一切無かったと記憶していますが……」

 

 当時のことを思い出しながら語るルティシア。

 

 転移直後のいざこざで曖昧な部分はあるが、やはりそういった話は無かったという結論に至った。

 

 それを踏まえて、ルティシアは三人に自分が受けた指示のことを話して聞かせる。

 

「私が隊長から受けた任務は二つ。一つは学校生活を送ること。もう一つは、この世界で確認された魔力反応の調査です」

 

 システムに隈無く調査させた結果、それらの多くは管理局だったわけだが。

 

 もっとも、以前アースラで聞いた話――過去にルティシアの姉であるアリシアが管理局と行動を共にしていた――の通りならば、セイティーグ側は時空管理局を把握していた可能性が高い。

 

 それなのに、ルティシアに『調査』を命じた。

 

 事前調査の項にも記載されていないそれがどういう考えによるものかは不明だが、そこに引っかかるモノを感じた彼女は結果、管理局を警戒することになる。

 

 リンディやクロノ達に出会えたおかげで多少は和らいだものの、そうでなければ今も警戒していたかもしれない。

 

「管理局の中にいた魔族は倒したんだよね?」

 

 なのはの問いに、ルティシアはしばし迷った末に首を横に振った。

 

「当時のはおそらく……と言いたいところではありますが、ある程度だと思った方がいいかもしれません」

 

 姉アリシアの眼を逃れた可能性はある。

 

 楽観視はしない方が良いでしょう、と釘を刺す。

 

 その頃の姉アリシアの話は聞いたことがないため、ここにいた目的や実力はよく分かっていないのだ。

 

 自分のように社会勉強だったのか、それとも何らかの任務を帯びてこの世界に来ていたのか。

 

 そこまで考えて、ルティシアはハッと気付いた。

 

 拠点のシステムは、セイティーグのデータベースとも繋がっている。

 

 つまり、そこから姉の活動報告を調べれば、当時のことが分かるかもしれないのだ。

 

 そして、それを知るための手がかりはもう一つ。

 

 姉アリシアの友人である魔導師――フェイト達の母プレシアである。

 

 さらに彼女は、共に活動していた可能性も高い。

 

「それにしても、どうして今までそのことに気が付かなかったのでしょうか?」

 

「とりあえず、ルティちゃんは自分だけで納得しないでほしいんだけど」

 

 思案していたと思ったら納得したように頷き、最後は何やら首を傾げた妹。

 

 いつもなら肩をつつくところだが、あいにくと今は近寄れない。

 

「ルティシアちゃんが唐突なんはいつものことやけどなぁ」

 

「ルティ、きちんと説明して」

 

 はやてとフェイトも、友人の様子にそれぞれ反応を示す。

 

「あ、そうですね、すみません。でも、これは後ですぐに分かることですから、その時にお話しますね」

 

 幸い子供達の部屋と女性陣の部屋は隣同士であるため、食事の前後か睡眠前にでも、プレシアに頼んで話を聞かせて貰えたらと考えていた。

 

 特に聞かれて困るような内容ならばプレシアも話さないだろうし、その辺りは本人の判断に任せることにする。

 

 ルティシアの言葉に三人は訝し気な表情を浮かべはしたものの、それでも一応の納得はしたようだ。

 

 少なくとも、秘密にするつもりはないということが伝わったからだろう。

 

「それで、はやての質問に関してですが」

 

 頭に手をやって髪の毛を押し込んだタオルを微調整すると、ルティシアは話を続ける。

 

「期限は大学くらいまでと思っています」

 

 それを聞いた瞬間、なのはとフェイトは目の前が真っ暗になったような気がした。

 

 長いようで短い時間を指定されたことに、二人はそれだけ強い衝撃を受けたのだ。

 

 いつまでも――は無理にしても――いっしょにと考えていただけに、タイムリミットが突然設定されたのはショックであった。

 

 二人ほどダメージは受けていないように見えるはやても、「むー」という唸り声を上げている。

 

「ルティ、それは……」

 

「本当……なの? ルティちゃん」

 

 消え入りそうな声で、途中で言葉に詰まったフェイトの後を継いでなのはが訊ねる。

 

 悲痛そのものといった表情の二人。

 

 そんな二人から痛いほどの視線を注がれているルティシアは、何故か不思議そうな顔をしていた。

 

「いえ、あくまでも私の予想における最短の期間の話ですが?」

 

 その時はやては、何かに亀裂が入ったような音が聞こえた気がした。

 

 発生源らしき二人の表情は一変――心の中に般若や修羅が宿ると眼差しは鋭さを増し、先程とは違う意味での刺さるような視線へと変わる。

 

「あれ、はやてからの質問は期限でしたよね?」と語る姿を前にして、なのはとフェイトは視線を交わす。

 

 そこに込められた想いは同じ。

 

“言われた相手がどう思うか、未だに分かってない”

 

“前よりも解るようにはなったけど、まだまだ足りない”

 

 一秒にも満たない僅かな時間でそれを確認し、小さく頷きあう二人。

 

 二人のそんなやりとりには全く気が付かないまま、ルティシアは話を続ける。

 

「ですので、それが分からないことには私としても先のことは決められないのです。一応それも、もうすぐ解決するはずではありますが」

 

「ん? そうなん?」

 

「はい」

 

 頷いた彼女は、「少し長くなるのですが」と前置きした上で説明を始めた。

 

「アシェラやメーアからの情報に基づいてシステムに調査させた結果、現在この“次元世界”全域に、何者かによって“外界”との行き来を阻む結界が設けられています。それも、かなり強力なものが」

 

「その話は、わたしもメーアから聞いたな。あのグループでも、リーダーで専門家のヴァ……なんとかしか通過できんって」

 

「そうです。しかも内から外へは並の手段では連絡も出来ませんし、出るのはもっと至難の技。そしてそれは、私には不可能です」

 

 静かに言い切った。

 

 淡々と語るのは、自らの力量を正確に把握しているからだろう。

 

 例えばこれが他のことであったなら、彼女も鍛練を重ねていくことでいつかはと考えたかもしれない。

 

 しかし、次元を渡るには文字や言葉だけでは言い表せない複雑かつ難しい特別な技術や魔法、モノによっては才能を必要とする。

 

 それゆえ、そういった専門の知識を得ることも出来ない上にその方面の才能も無く、それでいつかは何とか出来ると思えるほど彼女は自信家というわけではない。

 

 拠点の地下にあった通信装置を用いてもセイティーグには繋がらず、今は別の世界にいる一番近い姉妹の二人だけだった。

 

 もしくはそれも、元は欠陥品だった(らしい)あの装置を改良した(と思われる)姉の一人――エリシアによるものが大きいのかもしれない(貰った本人はそのことを分かっていないが)。

 

 ひたすら訓練に打ち込む日々を送っていたがために一人でいることが多く、術に通じているわけでもないルティシア。

 

 そんな彼女が誰かに連絡をとろうとした時の為に、他の姉達やセイティーグの住人ではなく、特に親しい二人に通じるようにしてあったのがその証拠。

 

 その理論でいくと姉アリシアにも繋がるはずだが、さすがに特殊な空間の中で今も戦い続けている彼女達のもとには届かないようだ。

 

 それも、いつまで繋がるかは分からない。

 

 となると、残された手段は黄金聖闘士達の指導を受けることだろう。幸い、彼らの中には空間を操れる者もいる。不得手な技術をどこまで伸ばせるかは分からないが、目標がある方が鍛練により力が入るというものだ。

 

 しかし、今は先に次善の手を打ってあった。

 

「ですので、レティ……そういう技術に長けた者に連絡を頼みました。そう遠くない内……春頃には分かると思います」

 

(私も、今のこの暮らしがもっと続いてほしいですから)

 

 セイティーグに帰りたくないわけではない。早く本訓練を終え、姉達の手助けにも行きたい。

 

 しかし、これもまたルティシアの偽らざる気持ちであった。

 

 想いは口にせず、そっと内に秘める。

 

 この時言っていれば、後の騒動は起きなかったのかもしれないが。

 

「ほんなら、ルティシアちゃんが決めるのはその後なんかな?」

 

「はい。残り時間を把握した上で、時空管理局のことやそこに今も隠れている魔族、そしてアシェラ達冥魔のことを考えようと思っています」

 

 もしも早期に帰還することになったとしても、お世話になった高町家の人々や友人達が安心して暮らせるようにはしたかった。

 

 もっとも、正攻法では冥魔王達には敵わないだろうが。

 

「そか。わたしは家族のみんなと管理局で働こうとは思うとるけど、アリシアちゃんみたいに“どこで”までは決めとらんしなぁ」

 

 みんな一緒ならそれに越したことはないけどなというはやてに、ルティシアもまた心から同意する。

 

「アリサやすずか達も一緒なら、良いのですが」

 

「そやな」

 

 管理局に入れば、局員ではなく魔導師でもない二人とは、必然的に会う機会は減ってしまうだろう。

 

 もちろん減るだけであって、完全に会えなくなるわけではない。それでも残念には思う。

 

「まぁ、これもまだまだ先の話や。それに、もしかしたらアッと驚く解決策が浮かぶかもしれへんしな」

 

「そうですね」

 

 なにも明日明後日という話ではないのだ。答えを出すまでに、四苦八苦七転八倒しながら試行錯誤を繰り返せばいい。

 

「お話は終わった? それじゃ、そろそろ上がって部屋に帰ろっか」

 

「それで、ルティとはちょっとオハナシがあるから」

 

 高速移動の魔法でも使ったのか、いつの間にかなのはとフェイトが湯から上がっていた。

 

 二人はバスタオルを身体に巻き付けた状態で、ルティシアを両サイドから引っ張りあげようとしていた。

 

「お話……? まだ何かありましたか?」

 

 二人が伸ばしていた手を止めて、熱い湯が跳ね掛からないように気を付けながら、湯船から出たルティシアが不思議そうに訊ねる。

 

「うん。少し、ほんのチョットね」

 

 と、なのはが言えば、

 

「今みたいなことが出来るのに、どうして……」などとフェイトも呟いており、二人の言っている意味が分からない少女はますます困惑を深める。

 

 その様子を確認したすずかが、ようやく何かから復活を遂げたアリサ達に帰還を促した。

 

「ルティシアちゃん達もあがるみたいだよ? アリサちゃん、アリシアちゃん、私たちもあがろ?」

 

「そ、そうね。なんか、ゆっくり入ったような、そうでもないような。とりあえず、変に疲れたわ」

 

 疲れを滲ませて、グッタリとした様子でアリサが言えば、

 

「ううー……記憶が飛んでる気がする」

 

 と、アリシアも疲れきった表情で言う。

 

 熱を集めていた者がいなくなったため、再び全体の温度を増し始めたマグマの湯から出たアリサがジト目ですずかを見つめた。

 

「すずかはよく平気ね?」

 

「あ、あはは。前にもされたことがあるから、そのせいかな……」

 

 

 

 

「……おそらくは、早くに両親を亡くした反動かもしれぬな。母性を求めての行為なのだろう。しかし、無い者に触れても意味がない気がするが。家にいる三人で充分過ぎるだろうに」

 

「お前は一回もされていないだろうが!?」

 

「……されたのか」

 

「我が主のためなら良いだろうに」

 

「ちょっ!? 浸かったまま呑気なこと言うとらんで、助けてーー! なのはちゃん、バインド解くの忘れとる!? ……あかん、この熱さのせいか、水面に目が見えてきた」 

 

 

 

 少女達が部屋に引き上げた頃、既に雷は鳴り止んでいたが、雨はまだ降り続いていた。

 

 滝のように降っていたソレも、今はシトシトとしたものになっている。

 

 夕食前に、子供部屋では何やら『大切なお話』が行われていたが……それも豪勢な料理が運び込まれるまで。

 

 

 

 十九名+一匹による食事の時間は、宴会もかくやという賑やかさであった。

 

 

 

 雨は……ただ静かに降り続ける。




 
 
 
※ 以前の温泉回よりもアレな描写分を増やしてみました。

直接的ではない……からまだセーフ……のはず。

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