宙に浮かぶ玉座とでも言うべき椅子に腰掛け、眼下で繰り広げられている戦況を見つめる少女が一人。
自らの髪や瞳に合わせて黄色に統一されたミニドレスが、仲間達との力によって生み出された気持ちの良い月夜の中、ヒラヒラと風に揺れている。
「む、う……」
常であれば、今頃は気分も高揚していよう頃合いなのだが……その少女――魔族“四姫将”が一人である金剛のオウキの口から漏れているのは、もう幾度目かの呻き声だった。
その眉間には
もっとも、魔族である彼女の実年鈴は見ためとは違うだろうが……。
それほどまでに、現在の状況は彼女にとってにわかに受け入れ難いものであった。
※ ※ ※
メンバーの中で唯一といっていい、堅実な策による確かな戦果を上げることを旨とするオウキ。
魔界における彼女達の立場は新参者――二つの陣営に分かれた神々が争っていた時代ではなく、比較的最近になって産まれた、かの地ではまだ若い魔族だ。個々の実力も海千山千な古参の者達には遠く及ばず、実力主義にして弱肉強食な魔界で生きるのはなかなかに厳しい。
産まれてすぐの草食動物が肉食動物に襲われやすいのと同様、彼女達のような若い魔族も、少し力のある者達の餌食となりやすい。自らより上の地位にいる者を倒すために、少しでも多くの力を必要とするからだ。
ゆえに、
弱すぎる力を手に入れた所で、他の実力が近い者達に差をつけるのは難しいからだ。
百に一を足した所で、二百とするには時間も手間もかかってしまう。それならば、七十程度の獲物を狩るのが効率的だ。上手くすれば、百のライバルも獲物と変わるのだから。
つまり、襲いかかってくる相手は
それならば、自分
個人の実力を重んじる魔族達が住む魔界で、彼女達はチームを組むことで対抗してきた。自分達を獲物として襲いかかってきた者全てを返り討ちにして、その力を伸ばしてきたのだ。
一対多は卑怯ではない。
勝った者が全てなのだ。
身内の裏切りさえ日常茶飯時な魔界において、彼女達は結束し続けることで今日まで生き抜いてきたのである。
そんな彼女達が魔界から出てきた理由、それはもちろん力を得るため。
しかし魔界の外……特に人界において、彼女達を含む多くの魔族達はその力を著しく制限されてしまう。
誰が編み出したかは定かではないが、『|特定の条件のもとで一定範囲の空間を直接魔界と繋げた場所《月匣》』でしか、その実力を発揮することが出来ない。
だがしかし、これは言い換えるなら、『制限されていれば――力のない者は人界に出られる』ということだ。
魔界には神々の遺した結界がある。魔族達が魔界から出ることなく、そこで闘争し続けるという一種の呪いとでも言うべき代物が。
その効果や由来について知るのは、魔界広しといえど“大貴族”や“円卓の騎士”といった古参の者か、知恵者くらいのものだ。
ここにいる四姫将達のように、かの地に住まう者のほとんどがそのことを知らない。ただ無意識に、事情も分からぬまま闘争に明け暮れていた。
そんな魔界に人間が迷い込むことがあるが、大多数の者はすぐさま魔族達に見つかると同時に命を落としてしまう。人に危害を加えるつもりがない稀な例に当たらない限りは、瘴気に満ちた魔界で生きることはもちろんのこと、人界に戻ることも不可能。
以前にユーノが見付けた書の作者――保護された上に人界へ戻されたというのは、相当なレアケースなのだ。
そんな人間は、魔族にとって“時々手に入る珍味”という認識である。手をかける瞬間にもたらされる恐怖や絶望は、魔族にとって馳走となるがために。
特に、魔力を持った人間などはS級の食材だ。自分よりも遥かに弱い力を奪うのは時間の無駄だが、間食のついでとなれば話は別。見付ければ積極的に狩っていく。
しかし、魔界は広い。
人間を発見することはおろか、魔力持ちの人間と出会うのは年……数十年単位に一度くらいだ。
『それなら、コチラからアチラに出向こう』と、何らかの出来事によって人界を知った一部の者が考えた。
餌を求めた獣が、人里に下りるように。
例え、外界では力が制限されるという束縛があろうとも。永き時を生きる彼らは少しずつ、餌場の開拓を進めていった。
彼女達――四姫将がここを訪れたのも、そういった土台があったからだとも言える。
本来、魔族は人間で言うところの食事を必要としない。食事を食べて味わうことも出来るが、生きるために必須ではないのだ。
魔族の糧は『
そんな日々を過ごしていた彼女達は、“たまに見かける珍味”のことを聞きつけ、興味を持った。
魔力持ちの食材なら、それは至福の時となるという噂が拍車をかける。
そうしてやってきた彼女達の不幸は、いくつも繋がっている人界の中から、魔力を持つ者が滅多にいない世界を引いたことだろう。
「餌の世界なんて結局どれも同じだわよ」と言わず、きちんと調べればまだ回避出来ていたのだが。
人界にやってきて、彼女達はすぐさま食事に取りかかった――わけではなく、魔界との違いに戸惑いを覚えた。
瘴気といったモノはあるが、特定のエリアを除き、基本的に魔界の空気は澄んでいる。人間達には有害な瘴気も、自分達には何の影響もない。
人界は違った。おかしな石のような物で出来た建物が乱立し、車輪で走る大小様々な乗り物が所狭しと走っている。空気も汚れ、周りの景観も合わさりとても息苦しい。胸一杯に吸うなんてマネは、とても出来ない。
これでは食事を楽しむどころではない。
かといって、このまま魔界に帰るのも癪に思えてしまう。
そして手をかざして頭上を見上げてみれば、魔界には無いやたら眩しいモノがこちらを照らしている。
太陽。
薄暗い魔界とは違う明るさになかなか慣れず、黄昏時から夜の帳が下りた時は安堵し、朝に顔を出した時には恨みがましく思い。しかし、そんな太陽を忌々しく思いつつも、不思議と憎しみはなかった。
とりあえず、落ち着く場所に移動しようと考えた彼女達。飛行も魔界以外への転移術も使えないため、仕方なく徒歩で。
用件を済ませたらすぐに魔界へ帰るつもりだったため、彼女達は普段着のドレス姿でやってきていた。ただでさえごった返して歩きにくい道を歩いているというのに、やたら人間が彼女達の方へすり寄ってくる。
「スミマセン。しゃしんイチマイ、イイデスカ?」
「トテモカワイイいしょうデスネ。ソレハナンノこすぷれナンデスカ?」
「キミタチ、ウチデはたらイテミナイ?」
追い払っても追い払っても、コチラは食事しようという気も起きないというのに、おかしなことを言う人間は次々と現れた。
オマケに、魔力も欠片も感じない。いい加減鬱陶しく感じて、ソラキがまとめて生気を吸いとって(命を奪うほどのことは出来ないが)みたものの……
「ま、マズ……死ぬほど不味いだわよ……」
常に最前列に立ち、考える前に動くあのソラキが、青い顔をして口許を押さえる始末だ。訝しげなミズキも試したが、結果は同じ。
人間は美味いのではなかったか?
おかしな感情を感じたというのに、なぜこんなに不味いのだ!?
それとも何か特殊な調理法や条件でもあるのではないか、彼女達の道中はそんな疑問と混乱ばかりであった。
そんなこんなで(したくもない)旅を(ほとんど意地で)続けていたのだが、やがて転機が訪れた。
一つは、食事。
道中で色々と試しているうちに、歳が若いほど味が増すことが分かった。
大きくなるに従って味が変化していく。大きい中にも美味いのは居たのだが、味わいは千差万別だった。食べるなら、小さい方が外れは少ない。
それと、小さいのとセットになっている大きいのは比較的美味いことが多かった。どうやら“オヤコ”というらしいが、これなら一回の狩りで二度美味しい。狙うならコレだろう。
そして、もう一つ。
いくら探しても見付からず、存在しないと諦めかけていたこの世界で高い魔力を感じたことだ。
位置は遠いが、ようやく見付けた馳走に、否応なく彼女達の士気は高まった。
腹の立つことに、この世界には他にも同胞がいるらしいことも分かっている。願わくば、そいつらが
だが、もしも――
『――もしもソイツにご馳走を奪われたなら、腹いせに倒して魔力を奪いとってやろう』
意見は即座に一致した。
そう、自分達が最後に勝てば良いのだ。
そして、時は流れ――
「うふふ。そこを行く貴女方。耳寄りな話があるのですが」
※ ※ ※
「むう……」
知らず、オウキは玉座の肘置きが
状況は、想定と全く違うものとなっていた。
ここまでの御膳立ては完璧だったはずだ。
ここに目当ての獲物が来ることは、やたら胡散臭そうな魔族の情報屋という女から教えられた。それも、オヤコで来るらしい。
余りにも出来すぎな話に対し、彼女達も女の虚言や自分達をハメるための罠という可能性も疑ったが、結局は話に乗ることにした。
仮に嘘だった場合は獲物が来ないだけだ。それなら当初の予定通り、反応があった場所を目指せばいい。自分達に嘘を言った女についても、見付け次第始末すればいい。それも、魔界ではごく当たり前のことだ。
建物にいた邪魔な連中を排除、あるいは――力を制限されているため時間はかかったが――意識を奪って手下とし、次いで建物周辺の準備を整える。
そうして、ついに獲物はやってきた。あの女の情報通り、オヤコで、だ。
ここに居た連中に聞いてみれば、オヤコというのは特別な繋がりを持つ者のことを言うらしい。どうやら小さなコを大切に思う大きなオヤの感情が、味のスパイスとなることが分かった。
もっとも、一緒にいるからといって必ずしもオヤコではないらしく、オヤコであっても不味い者も居たので、一概には言えないが。
やってきた標的の近くには妙な反応を持つ者も一緒に居たが、実行に移すのに支障となるほどではない。むしろ、彼女達にこれ以上の我慢をするつもりが無かったと言うべきだろう。
女からの添付文書情報にあった魔力を持たない者、魔力を有していても攻撃手段の乏しい者を隔離し、まずは刃向かうであろう連中から始末する。
食材の分際で小生意気にも魔法を使うマドウシという連中らしいが、何の問題もないはずだ。
真っ向から相手をしてやり、自分達の実力を前に絶望させるも良し。
人質を使ってずっと苦悩させてやるも良し。
『手間がかかった分、極上の美味をたっぷり楽しもうでゴワス』
そう仲間達と語り合いながら、今回の食事に望んだ彼女達。
だが、いざという時になってから、計画していたプランに支障を来す事態がいくつも発生してしまう。
その中でも、閉じ込めていた筈の人質が全員不明となっていることが特にまずかった。
人質については自分が管理していたため、他の仲間達はそのことをまだ知らない。さっさとこの場を切り上げ、早急に見付けださねばならなかった。
――そのために、魔力持ちでは無いくせに隔離の罠にかからなかった奴らを含め、数は多いが倒すのが楽で実入りも少ないのを選んだというのに。
「なのに、どうして倒せないのでゴワスか!?」
一向に良くならない状況を前に、堪らず声を荒げたオウキの手にしていた肘置きが砕ける。
死を前にした絶望感をまとめて味わうため、彼女が用意したのは
ただただ無感情に、命令通りの行動をする
生者への執着をなお見せる死人の軍団への恐怖。
彼女が欲した
しかし、彼女の思惑はここでも外れることになる。
「な、なんでゴワスか、あの魔女の魔力は? 素材はそこらにあったのを使ったとはいえ、コーティングに使った魔力はこのアッシのもの。手は抜いていたでゴワスが、それをああもやすやすと。殴って壊してる奴もおかしい。それと……あの魔力無しの奴ら。人間は弱い生き物のはず。それがなんでテレポートみたいな動きが出来るでゴワスか」
あり得ない状況だった。
追加で先程より強い岩人形を十数体作り出してみたものの、それすらも打ち砕かれていく。
後から来た大槌を持った小娘もそうだが、鬱陶しいのはもう一人の方だ。
剣士の三人組を魔法で次々と強化し、その勢いは止まることを知らない。ついには、岩人形まで斬り倒し始めた。
一回かけただけの強化魔法でソレなのだ。あの人間達の、元々の能力値はどうなっていたのか? それとも、あの小娘がかけた強化魔法の効果が良すぎたのか?
「いずれにしても、アッシ自ら出向かないとならないようでゴワスな」
最後の岩人形が、巨大化したハンマーに打ち砕かれ土へと還っていく。
下から飛んできた雷撃と鉄針を片手で弾くと、オウキは億劫そうに玉座から立ち上がった。
トパーズのような瞳の眼が、足下の大地へ向けて俾倪する。
今まで座っていた玉座が崩れて形を変え、弓となって彼女の手に納まった。
「四姫将、裏のリーダーである金剛のオウキ。参るでゴワス」
下にいる連中の背後、逃げ道を塞ぐように大地が盛り上がると、巨大な岩人形と化していく。
先程までの、文字通りの岩人形ではない。彼女自慢の、
さらに、取り囲むように大地から飛び出した金剛石が槍を形取っていく。
自身も黄色に輝く魔力で出来た矢をつがえ、
「包囲殲滅は戦の常。じっくり味わえないのは残念でゴワスが、一気に潰させてもらうでゴワス。――アッシの、スカウリングアローで」
天に向かって放たれた魔力の矢は次々と分かれていき、やがて雨のように大地の牢獄の中へと降り注いでいった。