魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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(注)今回は前半にグロ表現があります。苦手な方は、最初の※ ※ ※まで飛ばして下さい。

旅館編、大詰めに入ります。


その88 旅館――悪夢への導火

 

 

 ピチョンと、水面に落ちた(しずく)が波紋を広げる。

 

 その場に立っていたのは二つの人影。

 

 いや――

 

「ど、どうして……?」

 

 少女の上げた悲痛な声には、信じられない、信じたくないという強い想い。

 

 辺り一帯、まるでペンキでもぶち撒けたかのように赤で染まった廊下上には、人々が転々と横たわっている。

 

 大人も、子供も。

 

 男女関係なく。

 

 全員が、鮮紅の水辺に伏していた。

 

 笑い合うことも、楽しく話をすることも出来ない。

 

 それどころか、動くことさえも……もはや、二度と無い。

 

 みんな、この少女にとってかけがえのない大切な者達だ。

 

 ポタリ、ポタリ、と赤い滴が乾き始めていた床を新たに濡らす。

 

 それは少女の身体を貫通し、背中側から突き出た幅広の刀身を伝って落ちていた。

 

 誰が見ても分かる、致命的な一撃。

 

 意識が遠退き、喉奥からはアツいモノがこみ上げてくる。視界も徐々に霞み始め、少女は自らの命の炎が今にも燃え尽きようとしていることを悟った。

 

 しかしそんな状態でありながら、少女は必死に震える手を伸ばす。残された左手で、自分を貫いた剣を持つ相手の右手を取る。

 

 そこにあるのは、怒りや憎しみではない。

 

 何かの間違いであってほしいという願望と、こんな状況になってしまったことへの深い悲しみ。

 

 そして、それでも相手を信じたいという想い。

 

 少女の混濁し始めた意識の中で、それらの感情がせめぎ合っていた。

 

「……な、なぜ……こ、こんな…………ことを……ガフッ!!」

 

 ゴフリと、込み上げてきた血の塊を吐き出す。

 

 その様子を見て、相手はニタァと悪辣に笑う。禁止されていた遊びを行う機会を得た、子供のように。

 

 自らに触れる手を邪険に振り払い、相手の紅に濡れた身体に片足をかけ――躊躇うことなく一気に剣を引き抜いた。

 

「――――――――っ!」

 

 もはや言葉にならない声を上げて、少女が床に崩れ落ちていく。

 

 縦穴の如く穿たれた身体の傷から、あたかも噴水のように赤いものが四方八方へと飛び散る。

 

 濃紺の髪が、少女の着ていた浴衣が、みるみるうちに紅く染まっていく。

 

 相手は大剣を一振り、そのまま倒れた少女の様子を窺う。

 

 その少女の身体だが小さく上下に動いている。虫の息ではあったが、少女はまだ生きていた。

 

 それに気付き、相手の顔に再び笑みが浮かぶ。

 

 赤く染まった床をぺチャリ、ぺチャリと、音を立てて歩く。

 

 この場で唯一人、五体満足で自らの足で立っている――“彼女”。

 

 やがて足を止めた彼女は少女にトドメを刺すべく、片手でぶら下げて持っていた自分の背丈よりも大きな剣を楽々と振り上げる。

 

 刃先が天井に触れ、まるでそれが豆腐であるかのように軽く貫き通す。

 

 その時、赤い池に沈む少女が(うっす)らと目を開いた。もはや何も映さない目で、それでも正確に相手の方を見つめている。

 

 そして二度と言うことをきくことのない手を、女性に向けて必死に伸ばそうとしていた。

 

「(……ど……し、て……アリ……ね……さ、ま……なの……ふぇい)」

 

 最後に紡ごうとした声も音を持たず、決して言葉にはならない。

 

 少女の耳が最期に捉えたのは、振り下ろされる剣の生む声だった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 なのは達が戦闘に入るより少し前のこと。

 

「ね、ねえ……まだ、着かないの?」

 

「地図を見る限り、まだ半分も進んでませんが」

 

「ええ~……? それはおかしいよ~。コレを始めてからかなり時間が経ってるのに」

 

 旅館の中を遅々とした早さで歩く、浴衣姿の少女が三人。

 

 手にしている地図と周囲を懐中電灯で照らし合わせながら進むルティシアと、そんな彼女にピッタリくっついているアリサとアリシアである。

 

「そうは言いますが、アリシア。後から来る姉さん達を驚かすために、二十分も待ったではありませんか。その間、こちらは足を止めているわけですから、時間は過ぎてもゴールまでの距離が縮まるはずが――」

 

「シャラップ! 今は理屈はいらないのよ!」

 

 今の状況となった原因の一つを淡々と説明するルティシアを、アリサは微妙に震えている声で遮った。

 

「どうしろと……」

 

 そう言ってルティシアはため息をつく。

 

 待った上で後続のなのは達が来なかったのだから、まさに踏んだり蹴ったりである。もちろん、過ぎた時間は戻ってこない。

 

 それからしばらくは、会話もなく歩いていた三人。

 

 しかし時間と共に、アリサ達の足取りはどんどん重く、遅くなっていく。

 

 二人は絶対に離すもんかと言わんばかりに、ルティシアの着る浴衣をそれぞれが力一杯に掴んでいた。ルティシアの方も無下にその手を振り払って急ぐようなことはしないで、逆にペースを二人の歩みに合わせている。それにより、進行がますます遅くなるという悪循環。

 

 このままではいつまでたっても終わらないと考えたルティシアは、話を振って二人の気を紛らわせることにした。

 

「姉さん達の方と、地図が示す順路が違ったのではありませんか?」

 

「お、覚えてないわよ。アリシアは?」

 

「あ、アタシも~」

 

 狙い通り、話に意識が向いている間は二人の歩行スピードが上がっている。

 

 とはいえ、ルティシア自身それほど会話が得意な方ではない。むしろ昔から苦手としていた。

 

 自分が興味のあること以外は関心を持たない性格もあって、二人に振れるような話題のストックも持ち合わせていない。

 

 自分が故郷(セイティーグ)でこなしてきた訓練内容のことならば実体験としていくらでも語ることが出来る。

 

 しかし、高町家の兄姉達やフェイト、シグナムといった面々ならともかく、武闘家ではない二人が興味を持つかは(はなは)だ疑問である。

 

 隣にいるのがすずかやはやてならば、最近読んだ本の話なんかも良いだろう。

 

 アリサ達も本を全く読まないというわけではないのに、ルティシアの中で二人への話題としては結びつかなかったようだ。

 

 結びつかなかったといえば、故郷の姉妹達のこともである。話題にはうってつけの筈だが、ルティシアの頭の中には欠片も思い浮かばなかった。

 

 二人に関連して考えたワードといえば、“最近の流行やオシャレ”。

 

 流行も、ごくごく一部なら知っている。ただ、すぐに影響を受けやすいとよく言われたがため、最近は極力そういった情報を得ないようにしている。

 

 そのため、「極端に走るな!」とアリサから言われることもしばしば。

 

 オシャレなんてもっと分からない。彼女にとって、全く興味がない分野の筆頭だった。

 

 服なんか学校の制服の他には丈夫な戦闘衣だけでいいという考えの彼女なら、そうなるのも当然である。

 

 よってルティシアは、この場を温泉や夕食に出た料理の味など、思い付いたことを話すことで繋ぐ。

 

「――ルティシア? 気のせいかもしれないんだけどさ、あんた、さっきからものすご~く適当に話してない?」

 

「アリサの気のせいだと思います」

 

 さすがに話題のチョイスを不審に思ったアリサからの指摘だが、ルティシアはそれをそっけない口調ですぐさま否定する。

 

 しかしそれで納得しきれないアリサは、疑わしげな眼差しを向けた。

 

「ホント~~~に?」

 

「はい」

 

「だったらこっち見て言いなさいよ!?」

 

「まあまあ、アリサ。ルティシアさんにはそんなつもり無いって」

 

 この場にいないすずかに代わって、アリサと一緒に騒ぐことが多いアリシアが珍しく止めに入る。

 

 だが、

 

「甘いわ、アリシア!」

 

「ふえっ!?」

 

“ビシッ”と、アリサはそんなアリシアに指を突き付ける。

 

「い~い? 今までにコレは――!」

 

 続けてその指はルティシアへと向けられ、

 

「アリサ、ちょっと待って下さい。アリシア、止まりますよ」

 

「うん」

 

「って、コラーーーッ! いきなり話の腰を折るな! いつもいつも、なんでアンタはそう空気が読めないの!? アリシアも普通に反応しないで!」

 

 今まで怖がっていた彼女はどこへやら。

 

 何やらギャーギャーわめき声を上げ始めた友人をそのまま放置して、ルティシアは差し掛かった三叉路を前に足を止める。

 

 ちなみに、アリシアに声をかけたのは今でも二人が自分の着物を掴んだままだからだ。つまり先ほどまでのアリサの仕草も、全て空いている方の手で行っていたのである。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 アリサの声が建物内に響き渡っていた。

 

 もともとが静か過ぎたのだ、もしかしたら全館の隅々にまで届いているかもしれない。

 

「アリサ。いくら宿泊客が私達だけとはいえ、他にスタッフの方々がいるのですから。夜分に騒ぐのは迷惑だと思います」

 

 ルティシアの指摘にハッとして、アリサは慌てて口に手を当てた。そのままキョロキョロと視線だけを動かし、自分の声が響いている様子を確認する。

 

「むぐぐ……歩く非常識に注意されるなんて」

 

 ルティシアの言うことが正しいと認める一方、しかし別の理由からアリサは悔しそうに地団駄を踏む。静かに。

 

 そんなアリサの姿に、ルティシアもまた深くため息を吐く。

 

「私は常識のある方だと思うのですが、ヒドい言われようですね」

 

「どこがよ!」

 

「総合的に、ですが。何かおかしいですか?」

 

「本気でそう思ってるんなら、その時点であんたの認識はすでにおかしいわ」

 

 その後もアリサは、小声で「今までの自分の行いを思い出してみなさいよ! 色々されたこと、あたしは絶対に忘れないから!」と続けた。そして不思議そうに小首を傾げている友人の姿に、やっぱりとでも言いたげに「フン」と鼻を鳴らして口を閉ざす。

 

「いまどこ?(ルティお姉ちゃん、アリサになにかしたの?)」

 

 アリシアが地図を覗きこむフリをしながらそっと訊ねる。

 

「ここです(そこまで恨まれるようなことをした覚えはないのですが。メールに返事をしなかったことか、後は遊びの誘いを何度か断ったことくらいしか思い当たりませんし)」

 

「うーん」

 

 現在地を指で指し示しながら同じようにルティシアも小声で返してきたが、その内容にアリシアは頭を悩ませた。

 

(自覚なしで色々と積み重なった結果かな~。フェイト達とのやりとりでも、ルティお姉ちゃんって素で気が付いてないことあるし。確かに常識人ではあるんだけど、逆にポーンと抜け落ちてるトコあるんだよね)

 

 みんなと遊んだり騒いだりすることが大好きなアリシアは、地道にコツコツとする勉強は苦手だと公言している。

 

 だがそれは、その時間を少しでもみんなと過ごすのに使いたいからであって、頭が悪いからとか勉強が嫌いといった理由では決してない。

 

 のみ込みが早く、コツを掴むのも上手いため、頭の回転はかなり早い方だ。

 

 その証拠に、小学校でも国語や社会といったミッドとは違う内容の科目以外であれば余裕で満点を取っている。

 

 勉強は苦手と言っているのにテストで良い点を取るなど、普通なら陰でイジメの対象にでもなりそうではあるが、今のところそういったモノとは一切無縁の生活を送っていた。アリシアの社交的で明るい性格もあるし、何より周囲の環境も大きい。

 

 アリシアやフェイト、はやて達が加わる前からも色々な意味で賑やかなクラスだったのだ。テストの成績でも常に満点を取る生徒が数人いるし、それが今さら一人二人増えたところで、気にする者は誰もいない。

 

 体育――運動力についてもそうだ。クラスや学年どころか、上級生の男子すら寄せ付けない女子が二人、フェイトが加わりますます拍車がかかっている。最近は、ここに日々の鍛練によってなのはも加わりつつあった。

 

 イジメやケンカに対しても、どちらかに明白な非があるならともかく、このクラスでは取っ組み合いの殴りあいをしても止められることは少ない。

 

 もちろん教師が居れば止めるが、『お互いを理解しあうため』にある程度なら必要だという空気がクラス内(のあるグループ)にあるためだ。

 

 ただし、あくまでもそれが成り立つのはお互いが納得した上でのタイマン(あるいは同数の時のみ)という、いわば“ルール”のある決闘。

 

 それが満たされていない場合、今や『姉の付属品』から『クラスのちょーてー(調停)者』と言われるようになった少女が(物理的な意味で)止める。

 

 おかげでこのクラス内でのイジメはなく、それどころか逆に結束力・団結力共にずば抜けて強かった。

 

 そんなクラスであったために、後から加わったテスタロッサ姉妹やはやても、すぐにクラスメート達の輪に入ることが出来たのだ。

 

 いつも明るくムードメーカーポジションのアリシアだが、苦手意識のある魔法に関しては別だ。教師役のユーノも頑張ってくれてはいるものの、どうしても今より“先”に進めないでいた。

 

 フェイトやなのは……才気煥発な二人や、大魔導師である母プレシアと自分との差を比べてしまう。

 

 クロノのように、才能や適正の低さを努力で補うことも考えた。

 

 しかし、あの二人は高い才能にあぐらをかくことなく、ただただひたすら真面目に努力を積み重ねていくのだ。並大抵の努力ではすまない。

 

 今のままでは、今後も魔導師として二人と一緒に活動するのは難しい。二人は『そんなこと気にしないで一緒にやろう』と言ってくるだろうが、自分としては二人の足を引っ張りたくなかった。

 

 これから先に、“闇の女王”と同等か、それよりもっと強い敵が現れるかもしれない。

 

 彼女のデバイス――狙撃特化召喚獣のラミエルの性能ならば、今しばらくの間は問題ないだろう。

 

 実際、アリシアはラミエルの性能を十分の一も引き出せていなかった。アリシアでも扱えるようにと、リニスが制限(リミッター)を設けているのだ。それでも、あの二人の推定潜在能力には遠く及ばないが。

 

 だから、せめてそれが解除出来る程度には頑張ろうと思っていた。二人が自分のことを気にしなくてもすむくらい、自分の身くらいは自分で守れるようにと。

 

 もしダメだったら、その時はスッパリ魔導師としては諦めようと考えている。その代わりといってはなんだが、リニスやマリー、エスロ達のような技術職の道に進むつもりだ。

 

 リニスが家に持ち帰ってきた仕事を見学した時も、そこには惹き付けられるナニかがあった。

 

 おそらく、プレシアの魔導師としての素質はフェイトに、技術者としても一流な彼女の素質は自分に来たのだと、アリシアは半ば確信している。

 

 管理局の暗部を知るプレシアは、娘達がそこに関わることに余り良い顔はしない。そのためアリシアは、アリサや同じように機械関係に興味のあるすずかを誘って、新しくそういった事業を始めることも考えていた。

 

 自分がこうしたいとプレシアに相談すれば、きっと母も力になってくれるだろう。むしろ、自分も加わるかもしれない。

 

 一緒に肩を並べて戦えなくても、妹やその友人達を支えることは出来るのだ。そう考えれば、こちらの道も悪くない。趣味と実益、そして家族や友人が近くにいるという理想。その全てが叶うのだから。

 

 みんなに明るさをもたらす笑顔の下で、聡明過ぎる少女は既に未来を見据えて動いていた。

 

 そんなアリシアの目から見たルティシアは、どちらかと言えば本人がいうように『常識人』である。ユーノやクロノ達と共に、無茶をしやすいなのは達――フェイトやはやて――のストッパー役を任されることが多いのも、二人からそういう評価を得ているからだろう。

 

 その反面、なのは達からは無茶をしているのはルティシアの方だと言うのだ。

 

 しかし、みんなで鍛練をしている時も、ルティシアだけはいつも手足を組んで座る――結跏趺坐(けっかふざ)というらしい――だけに留めていた。自分に一番足りないのは精神的な力だ、と彼女はひたすら瞑想し続けている。

 

 なのは達に頼まれ、時々は火の鳥(ファイアーバード)やガンビットを使って参加することもあるが、せいぜいその程度だ。刀や体術を使うことは、基本的にない。

 

 そのため、アリシア自身は『無茶な鍛練をするルティシア』を見たことがなかった。せいぜい、何かをやらかしたらしい彼女が、なのは達に心配させるなと言われている姿を見かけるくらいである。

 

 なのは達の体力作りと自分の苦手克服のため浜辺を走り込むことがあったが、その発想自体は常識の範囲内だった。その後、なのは達が倒れても途中参加のヴィータと共に延々と走り続けていた姿はシュールだったが。

 

 ついてきていると考えて脱落に素で気付いていなかったあたり、自分と周りで基準となる体力が違うということが抜け落ちていたのかもしれない。

 

 考え自体は比較的常識的なものが多いのに、実行すると何故か非常識となる。きっと、彼女は常識と非常識が絶妙なバランスでブレンドされているのだろう。

 

 アリサもそれに翻弄されたに違いない、とアリシアはそう結論付けた。

 

 今はそうでもないが、送ったメールには一度も返信が貰えず、遊びの誘いもおかしな理由で断られ続けたアリサがその結論にどう思うかは、また別の話。

 

 後ろの二人がそれぞれに自分のことを考えているなどとは露知らず、ルティシアは地図を手に頭を悩ませていた。

 

(さて、どうしたものでしょうか)

 

 もちろん、それは胆試しのことではない。巧妙に隠されてはいるが、旅館のあちらこちらで散見される魔の気配についてである。

 

 その数――四つ。

 

 メーアが何かをしている様子はない。それに、休戦中の彼女には『する理由』もないし、どちらかといえばメーアの動きは警戒のソレだ。

 

 つまり、彼女とは何ら関係のない勢力なのだろう。

 

 狙いは分からない。

 

 しかし、今ここには魔導師達が揃っている。今までと同じであるなら、相手の狙いは魔導師達だろう。人間の魔力持ちなど、魔族にはまたとないご馳走らしいからだ。

 

 お互いにだけ分かるように声をかけあい、ルティシアとメーアは相手を探っていた。

 

 相手がただの魔族で、なのは達の魔力に反応して仕掛けてきただけならまだ良い。

 

 ルティシアが警戒しているのは、この魔族が管理局に巣食っているのと関係があるのかどうか、である。

 

 魔族側が把握しているのかどうかは不明だが、彼女達はどちらかといえば、不本意ながらもアシェラやメイオルティスの冥魔側で動く……いや、動かされていることが多い。

 

 ルティシアとしては魔族は元より、冥魔王達も敵だと言える。ただ、今の自分が冥魔王達に勝つのはほぼ不可能だということも分かっていた。

 

 なによりアシェラは、自分達全員……関係する人々も含めた詳細な情報を持っている。微笑(わら)って口には出さないが、いわば人質を取られているのにも等しい。

 

 

 魔族掃討を(うた)い文句にする冥魔王達の真意はどうあれ、ルティシアとしては雌伏の時を過ごすしかない。

 

 何にしても、あちら(魔族)からすれば十分に敵対勢力といえるだろう。

 

 そもそも外に出るというのも、相手を誘き寄せるため。

 

 一人がそこを離れればそちらか、もしくは狙っているであろう標的(ターゲット)の元に現れる可能性が高いという考えからだ。

 

 一人一人をマークするには手数が足りない。グループ毎にガンビットを張り付かせてはいるが、アレは数基一組で設計されているため、一基だと余り戦力にならないのである。周囲の監視に使っているのと手元に残しておくことも考えれば、それが精一杯だった。

 

 ルティシアが気にしているのはもう一つある。

 

 それは、この旅館には魔族とは別の怪しい気配があることだ。冥魔や妖魔といった類いとも違うそれは、ここで長年生活していたかの如く、この旅館の全域に自然な形で存在していた。

 

 悪意といったものは全く感じないが、未知の気配というのはそれだけで警戒対象なのだ。

 

 その時、護衛に用いていたガンビットの一つに反応があった。ルティシアがそちらに意識を傾けようとした時、

 

「……ね、ねえ。これ、何の音よ?」

 

 アリサが震える声でそう言った。心なし、アリシアもルティシアに寄り添ってくる。

 

 そんな二人に、ルティシアは訝しげな顔を向けた。

 

「音?」

 

「ほら、このシャーシャーいってるやつよ!」

 

「? シャーシャー、ですか? ……アリサ」

 

「な、なによ?」

 

「私も話に聞いただけですが、怖い怖いと思っているとただの風音でも怪しい鳴き声に――」

 

「ち、違うわよ、バカ! 本当なんだから、真面目に聞きなさい!」

 

 言われて、ルティシアも耳を澄ます。

 

――シャー……シャー……

 

 聞こえた。

 

 小さいが、アリサの言う音は確かにしている。

 

 規則的に繰り返し聞こえてくるその音に、ルティシアは覚えがあった。

 

「あれは刃物を研いでいる音ですね。剣や刀、斧・鎌・短剣・包丁といった物を砥石を使って研ぐと、あのような音がするのです。あと、刃物の種類によって研ぎ方も、砥石もちが――」

 

「だ・れ・が、長々解説しろといったか!!」

 

 スパァン! と、アリサは目にも止まらぬ早さで懐からスリッパを取り出し、勢いよくルティシアの頭に叩き付ける。

 

「……何ですか、そのスリッパは?」

 

「ふふーん! こんなこともあろうかと、持ってきておいたのよ!」

 

 ルティシアの疑問に、アリサが得意気に答えた。

 

「こんなことって……自慢するようなことではないと思うのですが」

 

「役に立ったでしょ? ああ、安心なさい。新品だから汚くないわよ」

 

「アリサの考えてることがさっぱり理解出来ないのですが」

 

 大きく胸を張るアリサに頭を振ってみせるルティシア。まだまだ人間についての勉強は必要そうだと、深く嘆息する。

 

「ルティシアさんの挙げた例が物騒な物ばかりというのはこの際横に置いとくとして……二人共、話がズレてるよ~」

 

 アリシアの指摘に、アリサはアッと小さく声を上げた。ルティシアの方は黙って地図に視線を落とす。

 

 三人が足を止めている三叉路。

 

 左は上下に続く階段になっており、正面と右は闇の中に延びる通路だ。

 

 そして、音は正面の通路から聴こえてきていた。

 

「順路の方ですね。どうしますか?」

 

 部屋に戻るなら階段を降りた方が近い。胆試しを切り上げるかどうか、ルティシアは二人に訊ねる。

 

「い、行くわよ!」

 

「ええ~!? もう、戻ろうよ~……」

 

 怪談に始まり胆試しと、慣れないことで精神的な疲れが限界なアリシアは帰還を訴えた。

 

「ダメよ!」

 

 だが、即座にアリサがノーを突き付ける。

 

「ふえっ!? どうして?」

 

「簡単なことよ。考えてみなさい、アリシア」

 

 問われたアリサは、もったいつけるようにして説明を始めた。

 

「途中で止めたりなんかしたら、あんた、フェイトの姉って威張れないわよ?」

 

「む」

 

 その言葉に、引き気味だったアリシアの顔付きが変わる。それに気付いたアリサがアリシアの方へと詰め寄ると、悪い笑顔で囁き始めた。

 

「それに、あっちのグループにはすずかとはやてが居るのよ? もしかしたら」

 

「もしかしたら……?」

 

「なのはとフェイトは二人に堪えられず、もう部屋へ戻ってるかもしれない。つまり……!」

 

「つまり!?」

 

「ここで止めたら、怪談付きだったその二人にも負けたことになるわ!」

 

「そ、そっか!」

 

 アリサの力強いナゾな主張に、しかしそれに引き込まれたアリシアは思わず膝を打つ。

 

「勝って当然の胆試し! ここで退いたら、あんたは姉と名乗る資格を永遠に失うのよ!」

 

「絶対に負けられない!」

 

 明後日の方を向いて闘志を燃やす二人の姿に首を横に振りながら、ルティシアは一人ゴールまでの道を確認する。

 

「胆試しとはそんな大袈裟なものでしたか? そもそも勝ち負けがあるとは思えませんが。あるとしても、怖がった時点で仕掛けた側の勝ちな気がします」

 

「ほら! あんたもブツブツ行ってないで、とっとと先に進むわよ!」

 

「ルティシアさん、早く早く!」

 

「分かりました。分かりましたから、二人とも、押したり引っ張るのはやめて下さい。浴衣や着物は歩きにくいから苦手なんです」

 

 少女達は賑やかに、奥へと進んでいく。

 

 さらに奥へ。

 

 闇の深淵へと。

 

 押し潰すような周囲の闇と比べれば余りにも儚い灯りと共に三人の姿が消えた頃――蝋燭に灯るような小さな蒼い炎が、三人が去った後の宙へと現れた。

 

 やがてその蒼い炎は振り子のようにゆっくり左右へ振れながら、歓喜に打ち震えるかの如くゆらめき始める。

 

 

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