魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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(注)今回は序盤に少しですがグロ表現があります。

お食事中の方はお気をつけ下さい。




その89 旅館――紅蓮の咆哮

 

 

「だ、だいぶん音が大きくなってきたわね」

 

「う、うう~……」

 

 自分の背中に身を隠して押し合いへし合いしている二人に、懐中電灯で手にした地図とにらめっこしていたルティシアは小さくため息をついた。

 

「二人とも。肝試しの継続を決めた時の、今にも駆け出さんばかりの勢いはどうしたのですか?」

 

「う、うるさいわね!」

 

「ルティお姉ちゃん、怖くないの~……?」

 

 アリシアからの小声での問いに、ルティシアは躊躇うことなく首肯する。

 

「まったく。自分のことをみんなに話した時の方が、よほど怖かったですね」

 

「そ、そっか」

 

 続くルティシアの正直な打ち明け話に、どう答えるべきかとアリシアは曖昧に頷いた。ただ、それを聞いたアリサは()()()のことを思い出し、不機嫌な顔でそっぽを向く。

 

「……フン!(あんただってあの時は、今のあたし達なんかよりずっと怖がってたじゃない。竜だからって今までのあんたが変わるわけじゃなし、その程度で友達をやめるわけないでしょうが! むしろ、ファンタジー物の竜に対するイメージが崩れた方が問題よ)」

 

「? 今、何か言いましたか? アリサ」

 

「な、なにも言ってないわよ! いいから、早く進みなさい! あ、こっちを見るな!」

 

 怪訝そうに振り返ろうとした機先を制し、慌てるアリサはルティシアへ続けざまに言葉を放つ。

 

「……? まあ、アリサが変なのは今に始まったことではありませんか」

 

「あんたにだけは言われたくないわ!」

 

 そう言って振り返らずに進み続ける友人に反論しながらも、アリサは熱く感じる顔を見られずに済んだことにホッとしていた。

 

――横合いからのニヤニヤした視線には、あえて気付かないことにして。

 

 廊下を奥へと進むに連れて、刃物を研いでいるらしき音はどんどん大きくなっていく。

 

 通路は丁度、右に向かっての曲がり角に差し掛かっていた。

 

「近いですね……。すぐ近く――っ!?」

 

 前を行くルティシアが()()を見付け、鋭い呼気とともに足を止めた。同時に、ボフンボフンと背中から聞こえる音が二つ。

 

「ちょっと! 急にとまんない……でっ!?」

 

「ルティシアさん、どうした……の……」

 

 文句を言いながら背中から顔を覗かせた二人の表情が瞬時に強張る。

 

 ルティシアが足を止めた原因――通路の先、暗闇の中からボウッと浮き上がるかの如く、蒼い燐光を放つ人影を見て。

 

 性別や年齢はここからでは分からない。

 

 こちらに背を向けて正座しているその人物は、道を塞ぐようにして通路のど真ん中で、規則的に前後へ身体を動かしている。三人が耳にした例の音もそこから発せられていた。

 

「な、な、なななっ!?」

 

 プルプルと震える指でそちらを指差しながら自分と人影に視線を往復させるアリサに、ルティシアはいつもの無表情で答える。

 

「なにと言われても、刃物を研いでいるのでは?」

 

「(そ、そんなのは見れば分かるわよ! あたしが言いたいのは、こんな夜遅くに通路のど真ん中で刃物を研ぐ、その異常性についてよ!?)」

 

 アリサの小声による熱弁に、しかしルティシアは小さく首を傾げるのみ。

 

「職人は技を振るうのに場所を問わない、と言うではありませんか。実際に、そういう方もいらっしゃるそうですし」

 

「(こ、この非常識っ! だからそんな問題じゃないって言ってんのよ! それと、どこからどう見たってアレは普通じゃないでしょうが!?)」

 

 スパァン! と、アリサが懐から取り出したスリッパが一閃。

 

 再びスリッパを懐に仕舞ったアリサは話にならないとばかりに、憤怒の表情でルティシアの着る浴衣の背を両手で掴んで激しく揺さぶりながら、ガーッと捲し立てる。

 

(やっぱり、ルティお姉ちゃんは常識と非常識が混在してるのかなあ……ん?)

 

 トントンと肩を叩かれたアリシアが、後ろへ振り返る。

 

 誰もいないはずの通路の天井からぶら下がる、腐った人間の眼窩からこぼれ落ちた眼と視線が合った。

 

 ヒッと、少女の口から小さく押し殺した悲鳴が漏れる。

 

 鼻も耳も無く、腐汁と血に濡れた死体。肉の無い部分からは、白い骨が覗いていた。

 

 その醜悪な姿は、まるでゾンビ――深夜にカーテンを閉めて灯りも点けずに遊ぶゲームによく出てくる、封鎖された施設内で主人公を追い回すアレ――そのものだ。

 

 それが二体三体……とみるみるうちに増えていっていた。

 

「…………」

 

 顔から血の気が引いていくのを感じながら、現実逃避も兼ねてアリシアは視線を下に落とす。

 

 ダランと垂れ下がるゾンビの腕、爪が剥がれたりそもそも指の無い手先を伝った赤い(しずく)によって、先程まではなかった水溜まりがいたるところに出来ていた。

 

「……………………」

 

 ノロノロと今度は視線を上げていくアリシア。

 

 全身をガクガクと震わせながら、もともと白かった彼女の肌は今や真っ青だ。

 

 先頭の目と鼻の先の位置にいる腐った死体が、黄ばんだり欠けたりしている歯を見せつけるようにして笑う。

 

 余りにもリアル過ぎるその姿に、とうとうアリシアの精神は限界を迎えた。

 

「~~~~~~~っ!」

 

 意識を失った少女の身体が力無く、その場に崩れ落ちた。

 

「(ちょっと。どうしたのよ、アリシ――)…………ぁ?」

 

 隣の友人が倒れたことに気付き、そちらへ振り向いたアリサの視界に、廊下を埋め尽くす死人の群れが容赦なく入ってくる。

 

 その異様な光景を目にした瞬間、恐怖と驚きに身をすくませたアリサ。掴んでいたルティシアの浴衣から手が離れてしまう。

 

「(次から次へとなんなのよ、もう! これも肝試しってワケ? ……そうよ! こんなの、ついさっきまで無かったんだし。作り物よ、そうに決まってるわ! 悪趣味な作り物……作り物だから怖くない)」

 

 何度もそう自分に言い聞かせるアリサだが、その努力(?)も虚しく、それらはますます現実味を帯びていく。

 

 作り物とはとうてい思えない醜悪な見た目。

 

 ヌチャリグチュリと、動く度に発する嫌悪感を伴う気持ちの悪い音。

 

 なによりも、鼻をつく腐臭。

 

 この場に居るだけで吐き気を催す例えようもない臭いが、目の前に広がるソレらは現実であるということを伝える。

 

「……………………」

 

 結局、アリサはその光景を目の当たりにしても悲鳴一つ上げなかった。

 

 未知への恐怖に一言も声を発することなく、少女はその場にくずおれる。

 

 現実離れし過ぎた出来事に、心の安寧を求めた脳が強制シャットダウンを実行したようだ。

 

「アリサ? アリシアもどうしたのですか?」

 

 急に静かになったと思ったら同時に(・・・・)何かが倒れる物音。

 

 背後の二人の様子が変なことに気付き、振り返ったルティシアは小さく息を飲む。

 

 例の人影を警戒しながら急ぎしゃがみ、二人の手首や首筋に手を当てて脈があるかを確認し始めた。

 

 指先から伝わる鼓動に安堵した少女は、すぐさま二人を起こしにかかる。

 

 片腕でアリサの頭を抱き上げ、次いで同じような状態のアリシアを揺すった。

 

 二人とも眠っているかのようだが、その顔色は余り良くない。悪夢でも見ているかのように、二人は時折身動ぎしながらうなされている。

 

 だが、揺すったり何度も声をかけたりしても、二人が目を覚ます気配はない。

 

 周りを見渡しても、あるのは壁と暗がりに通じる通路が延びているのみ。

 

 そう、旅館だというのに部屋の一つもない壁が。

 

「なるほど……よく出来た幻覚の類いですか。それで二人に何かを見せたのですね。この空間に私達を、いえ……私を閉じ込めたつもりなのでしょうが」

 

 廊下に二人を並べて寝かせ直し、ユラリとルティシアは立ち上がった。

 

 その表情には僅かに苛立ちがある。

 

「この程度の幻覚、私には通用しません。すぐに打ち破り、その尻尾を掴んでみせましょう」

 

 振り返った少女は、刃物を研いでいた蒼い人影を見据える。相手の方も包丁を片手に、いつの間にかその場に立ち上がっていた。

 

 相変わらずはっきりしない朧気な姿だが、この空間を作り出して二人に何かしたのは間違いない。

 

 それに自分へこうして仕掛けてきた以上、残るなのは達に接触するのも時間の問題。

 

 ならば、当初の予定通り自分の前に現れた敵をなるべく早く排除して、なのは達の方へ応援に向かわなくてはならない。

 

 ただし、予定とは違ってアリサやアリシアもこの場にいるため、二人の安全を確保した上で、だ。

 

――二人を……いえ、誰かを失っての勝利など、何の意味もありませんから。

 

 ルティシアは思考をより戦闘寄りへと切り替えるべく、ごく短い時間に呼吸を整えると亜空庫へ手を――

 

「帰還してすぐに会いに来たのに、いきなり訓練の申し込み? 相変わらずみたいね、あなたも」

 

 伸びかけていた手の動きがピタリと止まった。長く会い焦がれていた懐かしき声を聞き、“無感情”から“感情が薄い”に変わりつつある少女の目が、今は驚きで大きく見開かれている。

 

「その声……」

 

「あら? こっちに出てくるにあたって、髪も眼も色を変えたのね。その色もなかなか良いけど、でもやっぱりあなたには紅がよく似合うわ」

 

 ボヤけていた蒼い人影がハッキリとした形を取り始めた。少女の記憶にある通りである、二十歳位の女性の姿へと。

 

 それを見たルティシアが息を呑んだ。

 

「まさか……」

 

 ポニーテールに結われた清流の如き蒼い髪と、その穏和な光を宿す同色の瞳。口許にはいつもそうであったように優しげな笑みが浮かぶ。

 

 任務が無いときの城内における私服として、ルティシアに指導する時にもよく着ていたノースリーブシャツとズボン。当然、それも彼女の“色”である蒼で統一されている。

 

 顔やシャツから出ているやや色白な彼女の肌が闇の中で浮き上がっていた。

 

「髪の手入れもしているみたいだし、ほんのちょっと会わない間に随分と普通の人間の女の子らしくなったわね」

 

 包丁を手にしたまま、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。頬にもう片方の手を添えながら小首を傾げ、『お姉さん、驚いたわ』と語る姿も昔のまま。

 

「本当に……?」

 

 ルティシアの言葉に、女性はどこか悲しそうであり嬉しそうでもあるという複雑な表情をしながら、そっと目を伏せる。

 

「前は疑ったりしなかったのに、いろいろと変わってしまったのね。それとも、権謀術数好きな奴らと実戦を交えたせいかしら?」

 

 そんな妹の成長を喜ぶべきか、それとも素直に再会出来なかったことを悲しむべきか、『悩ましいわ』と話す彼女。

 

「アリシア……姉様?」

 

「ただいま、ルティ。長く帰れなくて、ごめんなさいね?」

 

 ルティシアの姉にしてセイティグの名を持つ竜造竜人(ムスメ)達の長姉でもある、アリシア・セイティグ。

 

 ルティシアが幼少の頃に他の妹達と共に長期任務へと向かい、それ以降その地から帰ってくることはなかった。詳細を知るアシェラの話では、その戦いは終わることなく未だ続いていると。

 

 三メートルほどの距離を置いて足を止めた彼女は、そう言ってニコリと笑う。

 

「本物ですか?」

 

「んもう。そんなに気になるなら竜石に聞いてごらんなさい? 私達の、『神竜族の石は互いを認識する』のは常識よ。これも教えたでしょう?」

 

 アリシアはハアとため息をつくと、上に向けて開いた左手を出した。

 

 そのまま軽く握り、再び開く。

 

 何も無かったそこには淡く輝く蒼い石があり、それをルティシアの方へと差し出した。

 

 清らかな水を想像させるその輝きも、少女の記憶にある通り。

 

「……失礼します」

 

 そう言ったルティシアの胸の前に現れる、燃え盛る炎そのものを体現するかのような紅い石。

 

 中空で静止したその石を手に取り、ルティシアもまたアリシアの方へと差し出す。

 

 寄り添う二つの石は共鳴しあうかのように、二度三度と光を放つ。

 

 石から伝わってくる波動を感じた少女の顔は、やがて驚きから歓喜へと変わっていく。

 

「納得いったかしら?」

 

 優雅な仕草で石を引っ込めながら言う姉に、ルティシアの方は途端に緊張で震えだした手で危なっかしく石を仕舞いこむ。

 

「は、はい。お、お帰りなさい、アリシア姉様。長期の任務、お疲れ様でした」

 

「事務的ねぇ……。小学生といえば、喜んで抱き付いてきたりするものでしょう? 私としてはソッチを期待してたんだけど」

 

「そ、そんなことはしません!」

 

 姉の発言した内容を想像し、少女は恥ずかしさに赤くなりながら否定する。

 

「残念ね。ま、昔のあなたにはなかった、そんな反応が見られただけでも良しとしましょうか」

 

「アリシア姉様!」

 

 明らかにからかわれている。それが分かり、ルティシアは語気を強めた。

 

 同時に、こんなところを友人達――特にアリサとはやて――に見られなくて良かったと、胸を撫で下ろしながら。

 

 しかし、姉アリシアはそんな反応もどこ吹く風で受け流す。

 

「はいはい。でも、あなたの勉強先がプレシアのいる世界で、さらに二人が一緒にいるなんてね。偶然かもしれないけど、手間が省けてよかったわ」

 

「お友達……でしたね」

 

 今でもハッキリ覚えている姉と出発前に交わした話と、クロノやリンディからもたらされた記録。

 

 実は同姓同名の別人という可能性もあったが、今の発言からやはり本人だという確証が得られた。

 

 自分をこの世界に向かわせたことに、勉強と調査以外の意味があるかは今でも分からない。ココを選んだシャインネル(隊長)にでも訊けば分かるかもしれないが、はぐらかされる可能性も高かった。

 

 しかし。

 

 当時の管理局にいたという魔族や、それに関連した姉の活動記録を調べようとした矢先に、当の本人が帰還である。

 

「確かに、手間が省けました」

 

「え?」

 

「いえ。……姉様、いくつか質問が」

 

「構わないわ。言ってちょうだい」

 

 鷹揚に姉が頷き、それを確認したルティシアはサッと思考を巡らす。

 

 姉から訊きたいことはたくさんあった。

 

 付随して、やりたいことややってほしいことも。

 

 だが、今は何よりも優先すべきことがある。

 

 チラリと、ルティシアは足下で気を失っている二人へ視線を向けた。

 

 この地で出来た絆を、大切な人達を守る――ルティシアにとって、それらはもはや切り離して考えることが出来ない、大きなモノとなっていたのだ。

 

「現在の状況、お分かりになられますか?」

 

「……強くて厄介なのがチョッカイをかけてきてるみたいね。数は四つかしら」

 

 ルティシアの質問に、姉アリシアは迷うことなく考えを述べる。

 

 ただ、その内容に疑問を感じた少女は訝しげに首を傾げた。

 

「強くて、厄介……?」

 

 彼女が探った限り、この辺りにそんな気配は感じられなかった。

 

 こちらに悟られないよう上手く隠れているのかもしれないが、同じ魔族ということで自分よりも気配を探るのに長けているであろうメーアの方にも深刻な様子はなく、そのため先の判断で間違っていないと思っていたのだが。

 

 もし、姉アリシアの言葉通りであるなら、それは誤りいうことになる。

 

 しかも、メーア……魔族の中でもかなりの実力者であるメイアの眼をも欺いたということだ。

 

 そうなると、今回の相手はあの女王に匹敵か、それを凌ぐ相手ということに。

 

 そんな疑問に駆られている妹に、しかし姉はハッキリ頷いてみせた。

 

「ええ。あなた一人で()るのは、ちょっと大変じゃないかしら?」

 

「そう……ですか」

 

「他の質問は?」

 

 まだちょっと納得しかねるという感じの妹へ、姉アリシアは次を促す。

 

「はい。姉様はなぜあんな現れ方を?」

 

「あんなって?」

 

「そんな無駄に手が込んだことをしなくても、普通に部屋を訪ねてくれば良かったのではありませんか?」

 

 ルティシアは自分と同じように小首を傾げる姉が手にしている包丁を指で示しながら、そう疑問を口にした。

 

「ああ、そういうこと」

 

 妹の言いたいことを理解した姉アリシアは、自分が手にしている包丁へと視線を落とす。

 

「最初は普通に訪ねようとしたのよ? でも、あなた達が胆試ししてるみたいだったから、それなら前にエリから聞いた方法を試してみようと思って」

 

「エリシア姉様が?」

 

 その一言だけで、ルティシアはイヤな予感がした。

 

 次女にして、セイティグ姉妹の中で一番の魔法の使い手でもあるエリシア・セイティグ。

 

 守護任務の傍ら、その有り余る知識欲と好奇心を満たすために数多の世界へ旅に出る彼女は、それを試す機会を得たらデータ取りと称して――嬉々として――実行するのだ。

 

「ええ。……『レティなら絶対に怖がるから』って」

 

「…………。レティが泣くから止めてあげて下さい」

 

「そう? じゃあ、あの子も変わってないのね。怖がりの密偵なんて、鍛えたサリが嘆くわよ?」

 

「サリシア姉様は武人気質ですしね。でも怖がりが治るなら、レティには良いかもしれません」

 

 おそらくメチャクチャに(しご)かれることにだろう双子に、しかしその方が彼女のためだと思うルティシアが同情することはない。

 

 その言葉に、姉アリシアもクスリと笑う。

 

「相変わらず、強くなることに妥協しないところは変わってないわね。特に、レティに対しては」

 

「……レティは、普段は優しすぎますから。それは良いことなのだということをここ(・・)で学びましたが、私達の任務を考えれば致命的な弱点にもなってしまいます」

 

「あなたなりの心配の仕方なのね」

 

「……ローラも言っていました。『日常を護るなら、自分も含めて何もが欠けないようにしないと意味がない』と」

 

「あの子がそんなことを言うなんて。ただ無為にゴロゴロしてるだけじゃなく、私達と同じ守護者としての自覚もあったのね」

 

「何気に酷いこと言ってませんか? ……それはともかく」

 

 ルティシアは姉アリシアを真っ直ぐに見つめる。

 

「すべてを護ることは出来ないでしょう。でも、理不尽な暴力に曝されている者を減らすことは出来ます。そのために……護りたいものを護るために、私達は強くならねばなりません」

 

「ルティ……!」

 

「そのために、姉様のお力もお貸しください」

 

 サクッと、姉アリシアの手から滑り落ちた包丁が廊下に突き刺さる。

 

「国にいるみんな以外の大事なんかいらないと言っていた、あのルティが……」

 

 顔を少しうつむき加減にした姉へ、ルティシアは手を差し出す。

 

「もちろんです。協力しましょう、私の可愛いルティシア」

 

 ツッと一筋の涙を流した姉アリシアが、そっとその手を取る。まるで大切な宝物を扱うかのように、両手で包み込んだ。

 

 

 

「――でも、残念よ」

 

「何がですか?」

 

 なのは達の元へ向かうため、倒れている二人を先に部屋へ連れていくことにしたルティシア達。

 

 二人を背負おうとするルティシアの後ろで、姉アリシアは床から得物を引き抜きポツリと呟いた。

 

「だって、出来ることなら付きっきりで、私の手であなたをその域まで鍛えてあげたかったのよ? 一番いい所を盗られた気分だわ」

 

「姉様……。何を言っているのですか? 姉様の教えがあったからこそ、今の私があるのです。そして、竜としての私を受け入れてくれた“家族”や友人……友達がいるから、更なる高みを目指そうと思えるのですから」

 

 そう姉アリシアに語るルティシアの声は力強い確信に満ちていた。

 

 修行するのは『守るための力』を得るため。

 

 竜の爪牙は破壊のためではなく、大切な存在(たから)を護るため。

 

 守力至宝――姉の教えの通りに。

 

「やっぱり……残念」

 

 そんな声と同時に、ヒュンという風切り音。

 

 その音に二人を背負ったルティシアが振り返ると、姉アリシアは少女達に背を向けて身の丈以上ある大剣の具合を確かめているところだった。

 

 それは自分を指導していた時にも使用していた姉の愛剣であり、あの包丁はその携行状態だったらしい。

 

 ツイッと、姉アリシアが肉厚で幅広な刀身へ指を走らせる。ジッと刃を見つめるその姿は、しかしどこか異様な雰囲気を醸し出している。

 

「ねえさ「私のルティシアを、勝手に変えるなんて」――ま?」

 

 構えた刀身に、感情が抜け落ちて能面のようになった姉の顔が、闇の中でクッキリと写し出されていた。

 

 修行の時はいささか厳しいが、それ以外の時はいつも穏やかに過ごしている姉のそんな姿を、ルティシアは初めて目にする。

 

 クスクスと笑い声を上げながら、姉アリシアがルティシア達の方へと振り返った。

 

「あなたの望み通り、私もずっと一緒にいてあげる」

 

 トン、と姉アリシアが廊下を一歩踏み出す。

 

 たったの一歩――ただそれだけで彼女は少女の前に立つ。

 

「あなたが望む、みんなも一緒に」

 

 その瞳に光ではなく、深い闇を宿して。

 

「やっぱり……あなたには紅が一番よく似合うわ」

 

 音もなく、大剣を振り上げた。

 

「私が染め直してあげる」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ゴトンと、鈍い音を立てて懐中電灯が床に転がる。

 

「ククク。どうやら終わったみたいでヤンスな」

 

 窓から赤い光が射し込む廊下に、倒れている少女が二人。

 

 もう一人もしぶとく抵抗していたが、どうやら立ったまま果てたようだ。

 

「なんと他愛ない。もっとも、我輩が強すぎただけかもしれないでヤンスが」

 

 何も無い場所からいくつもの小さな種火のような炎が現れ、それらが一つに重なっていく。

 

 重なった炎が徐々に何かを型取り始め、やがて先の三人と同じ年頃の少女へと変わる。

 

 闇夜でも目立つ赤のミニドレスを纏い、仁王立ちで三人を見据えていた。

 

「オウキの奴は妙な奴がいるから慎重にいけとか言ってたでヤンスが」

 

 ドレスの少女がその姿に相応しい可愛らしい声で、その姿に似合わぬクククという含み笑いを漏らす。

 

「この地に居た奴らの力を奪った、この闇火(シャドウフレア)のセッカの敵ではなかったでヤンスな」

 

 黙っていれば端正な顔にヘラヘラと笑みを浮かべ、足下で光を放ち続けていた懐中電灯を鬱陶しげに踏み潰した。

 

「それにしても実に便利な力でヤンスな。幻を見せ、相手の精神をこちらの意のままに操るとは。この力があれば、人界でも魔界でも我輩達は好き放題出来るでヤンス!」

 

 ここを乗っ取るのに、邪魔になりそうな連中を不意打ちで倒した彼女達――魔族“四姫将”の面々。

 

 厄介な力を持ち予想外に手強い相手ではあったが、それでも彼女達の敵ではなかった。

 

 その際、セッカはどさくさ紛れにそいつらから使えそうな力を強奪していたのだ。

 

 とにかく、狙っている標的(なのは達)が来るまでには時間がない。

 

 倒したのとそれ以外の無力な連中は、まとめてふん縛ってオウキが管理した。

 

 そう。旅館で働いていた人々は、全てこのセッカによって操られていたのである。命令の内容は『怪しまれないよう、ごく自然に振る舞え』。

 

 標的の誘導のため一時的に解放され、用済みとなった者達は再びオウキが捕らえたはずだ。

 

 目的を果たした後、魔界へ連れて帰れば当分は“食事”に困らないだろうと目論んでるのだろう。

 

「さあて、これでこっちは片付いたでヤンス……が、ソラキ達はまだ遊んでるみたいで……ん?」

 

 ある事に気付き、セッカはニンマリと口の端を上げた。

 

 ツツツと、まるで滑るように廊下を進むセッカは立ったまま果てた人物――ルティシアの正面へと移動する。

 

 俯いているその顔を、セッカは下から覗き込むようにして見上げた。

 

「この子供から感じる強い炎……やはり勘違いではなかったようでヤンスな。お前の力は我輩が有効に使ってやるでヤンス」

 

 感謝するでヤンス、とセッカは傲慢な態度で言い放つ。

 

 弱者に対して、強者は何をしても良い。

 

 魔界に住む大多数の者達と同じ考えを、セッカもまた口にした。

 

「フーム……ただ奪うだけでは芸がないでヤンスな。やはり、この身体ごと戴くでヤンス」

 

 そうだ、それが良いなどとと言いながら、セッカは相手を完全に乗っ取るための行動に出る。

 

 調子の外れた鼻歌混じりに、心臓を抉り出そうと右手を伸ばし――

 

「掴まえました」

 

「イッ!?」

 

 その腕は相手の――ルティシアの左手によってガッチリと掴まれていた。

 

 慌てて引き戻そうとするセッカだが、ルティシアの手はまるで万力のように締め付けてビクともしない。

 

「お、お前、なんで!?」

 

 我輩の術は完全に決まっていたはず、とセッカは上擦った声で口にする。

 

あなた達(魔族)がやりそうな手段など先刻承知ということです。そのために私は五感を絶ち、精神を鍛えていたのですから。もっとも、まだまだ完璧とはほど遠いですが」

 

 ルティシアは拠点のシステムに手伝ってもらって、これまでに確認されてきた魔族達の手法を調べあげていた。

 

 中には余りにも残虐かつ卑劣な方法もあり、その時の無念を想って人知らず涙を溢したことも一度や二度ではない。

 

「バカな!? お前にはそっちのガキ共と違って、精神を破壊するつもりで幻覚を見せていたというのに!」

 

「精神破壊の技を自分だけのモノ()と思わないことですね。こちらが望んだこととはいえ、双子座(ジェミニ)聖闘士(セイント)に何度、技をかけられたと思うのですか?」

 

 仲間たちとの鍛練の時間も、夜の睡眠時間も。

 

 自分が信じるただ一つの信念のもと、絶えず不屈の精神で繰り返し修行を行ってきた。

 

 『守り』、『護る』ために。

 

「せ、せいんと? ……えーいッ!」

 

 意味不明な単語に疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。

 

 今度こそ確実に支配した上で、相手に吐かせれば良いのだから。

 

 掴まれていた部分を炎に変えて束縛から逃れると、セッカはルティシアから数メートルほど距離を取る。

 

 その手に生まれた炎が槍へと変わり、ルティシアの方へ穂先を突き付ける。

 

「四姫将が一人、闇火(シャドウフレア)がセッカ! 絶対にお前を喰らってやるでヤーンス!」

 

「ルティシア・S・高町」

 

 ルティシアもまた、言葉静かに亜空庫から引き出した愛刀の氷雨(ひさめ)を構えた。

 

 倒れているアリサ達の所にどこからともなく小型の丸い物体(ガンビット)が四基飛来し、二人の周囲に三角錐状の結界を張り巡らす。

 

「セッカ。あなたには一つだけ感謝します」

 

「か、感謝? や、やめるでヤンス! 体が痒くなるでヤーンス!」

 

 引きつり顔で何やら悶え始めたセッカに構わず、ルティシアは淡々とした口調で話し始める。

 

「例え幻でも、久し振りに姉様と会えたことに」

 

 ゴゴゴ……と、初めは小さかったそれがやがて大きな震動となって、建物を揺らし始めた。

 

 壁は軋み、天井からもパラパラと絶えず何かが降り注ぐ。

 

「な、なな、なんでヤンスか、コレは!?」

 

 自分が作り出した空間で起きた突然の変動に、セッカは慌てふためいていた。

 

「は、初めて使ったからどこかで間違えてた? ……い、いや、我輩に限ってそれはないはず!」

 

 セッカが――ずっと魔界にいた四姫将達が人界における結界……すなわち月匣を使ったのは、今回が初めて(先の排除の時と合わせて二回目)である。

 

 そもそも魔界では必要がない技術であるし、制限下であっても人間なんかと歯牙にもかけない彼女達はマトモに練習もしていなかった。

 

 それでも、セッカは自分に間違いはないと考える。この現象も、この中でもともと起きうることだったのだ、と。

 

 僅かな時間でそう判断を下し、改めてルティシアに向き直り口を開こうと――

 

「そして……」

 

「なっ!?」

 

 しかし、セッカの口から飛び出したのは驚愕の声。

 

 ほんの少し目を離しただけだというのに、ルティシアにも大きな変化が起きている。

 

 まず目を引くのは、見たこともない文字がまるで鎖のように少女の身体の周囲を取り巻いていることだ。

 

 不勉強な彼女は知る由もないが、それは神竜に仕える者達が使う文字。

 

 ルティシアをこの世界に送る際、とある理由からかけられた封印の魔法が込められていた。

 

 ポニーテールを結っていた白と黒のリボンが解け、次いで少女自身が放ち始めた紅の闘気に圧され、どこかへ吹き飛ばされていく。

 

 ガンビット達が闘気の渦に少しずつ押され始めていく中、少女の波打つ濃紺の髪色が根本から鮮やかな真紅に変わり始めた。

 

「よくも……私が一番見たくなかったものを見せてくれました」

 

 大事な家族が、大切にしたい存在を傷付ける。

 

 これだけはどうしても慣れることができず、ルティシアが完璧からはほど遠いと評した理由でもあった。

 

「絶対に許しません!!」

 

 絶叫に近い怒声。

 

 文字の鎖が千切れ飛ぶ。

 

 荒れ狂う、暴風に近いそれがルティシアを中心に巻き起こった。

 

 セッカの着る赤いミニドレスが大きく後ろに(なび)き、咄嗟に腕で突風から顔を庇う。

 

「ひ、ヒイッ!?」

 

 建物の至るところに亀裂が走り、限界を越えたところで崩壊していく。

 

 ガンビットは少女達を連れて彼方へ飛び去り、セッカも防御姿勢のまま外へと弾き出された。

 

 地面に背中から叩きつけられ大きくバウンドしたセッカだが、宙を舞う小さな身体はクルリと一回転――両足で着地する。

 

 そして、見た。

 

 自分が作り出した赤い月の光を浴びながら、崩壊した建物の中空にフワリと浮かぶ……その姿を。

 

 鮮やかな真紅の瞳で自分を見据えながら、肉眼でもハッキリ見える程に激しく強い紅と黄金の闘気を身に纏う。バチバチっと全身をイナズマが迸っている。

 

 噴き出した闘気に耐え切れずに消滅した浴衣の下には黒いアンダーウェア。剥き出しの背には一対二枚の紅の翼が大きく広げられていた。

 

 右手にはそれらとは対称的に涼やかな青い刃を持つ刀、左手は鞘を。

 

 二歩三歩と、セッカの足が思わず後ずさった。そして心の底から沸き上がるある感情(畏怖)をねじ伏せ、魔族の少女は炎の槍を構え直す。

 

「そ、そんな姿になったところで、こここの我輩の敵ではないないないでヤーンス! お前の全部を喰らって、その力も我輩のものにしてやるでヤンス!」

 

「あなた達、無事に魔界へ戻れるとは思わないで下さい。……後悔させてあげます」

 

 セッカに向かって真っ直ぐ刀を突き付け――逆鱗に触れられた竜の少女の咆哮が辺りに響き渡った。

 

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