魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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1章 無印編
その9 「魔法?」


 

 

 どこかの森の中。

 

 男の子がいる。

 

 しかし、その左腕からは血が流れており、呼吸も荒い。

 

 そこに、赤い眼を光らせた黒いモヤみたいな何かが突っ込んでくる。

 

 男の子は、右手に小さな赤い珠――宝石にしか見えないそれを構えて何かを呟く。

 

 その子の正面に、淡い緑色の複雑な紋様のようなもの――魔法陣が展開される。

 

「血を流せ……」

 

 言葉を発し、尚も突進してくる黒い四足の獣みたいなナニか。

 

 やがて、二つの力はぶつかりあう。

 

 衝突し、魔法陣に触れた黒いナニかは、辺りに断片を撒き散らしながら大きくはね飛ばされる。

 

 飛び散った欠片が蒸発していく中、ソレはその場を走り去ってしまう。

 

 その後を追おうとした男の子だが、前に進むどころか、その場で倒れ伏してしまう。

 

「だ……か、ボク……声を聞いて。魔……の力を……」

 

 薄れていく意識の中でうわ言のように何かを呟きながら、男の子の身体が白い光に包まれる。

 

 その手から、先程の赤い宝石がこぼれ落ちた。

 

 その上空を遅れて丸い物体が訪れるが、ややあって、またどこかへ飛び去っていった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 朝。

 

 春の暖かな日射しが、カーテンの隙間から部屋を照らしている。

 

 ベッドの枕元、中央に並べられて置かれた二台の携帯電話が、それぞれに主の起床を促す。

 

 一台は軽やかなメロディを奏で、もう一つの方は内蔵された『朝です』という機械音を。

 

 その両方を、ベッドから手を伸ばした人物が止める。……一人で。

 

 ゆっくりと体を起こしたのは、濃紺の髪と眼の少女ルティシア。

 

「未明の強い魔法反応、追跡したガンビットからも逃れましたか。完全に反応が消失しているようですし、そのまま消滅したのなら良いのですが」

 

 彼女は溜め息を吐きながら、掛け布団を捲ると自分に引っ付いて眠るなのはを揺する。

 

「姉さん、朝ですから起きて下さい。後、パジャマに涎がつく前に放して下さい」

 

「にゃー……」

 

 パジャマにしがみつくように縮こまる姉を、ルティシアは粘り強く揺すり続けた。

 

 姉の首に掛かっている安眠祈願の複雑な形をした黄金のオブジェ――双子座を外して、自分のネックレスへと移し終えた頃に、ようやくなのはが眼を覚ます。

 

「おはよ、ルティちゃん」

 

「おはようございます、姉さん」

 

 今日は涎を回避出来ましたと呟くルティシアの横で、なのはは大きく両腕を上に伸ばし、眠気覚ましに伸びをしていた。

 

 着替えをしようとベッドから降りかけた所で、先に櫛で長い髪をとかしているルティシアに話しかける。

 

「そういえば、変な夢を見たよ」

 

「変な夢……ですか?」

 

「うん。森の中で男の子が変なのと戦ってるの」

 

「森……」

 

 一瞬、ルティシアの髪をとかしている手が止まるが、何事も無かったかのように再開する。

 

 二人で着替えながら、なのはが見たという夢の話を聞く。

 

「遅くまで、すずかから借りた本を読んでいたせいでしょうか? 珍しく自分から読書をしていましたし」

 

 なのは側のベッドの枕元にある一冊の厚い本。

 

 それは『サガの書――運命の子』という長編ファンタジー小説である。

 

「う~ん、そうなのかな……って、珍しくって酷いの! わたしだって読書はするよ?」

 

 妹の言葉に頷きかけたなのはだが、その中にサラッと含まれていた言葉に気が付いて抗議する。

 

「読書感想文の時に少しだけではありませんか。それだって、去年も一昨年も本文を書いたのは……って姉さん、腕を引っ張らないで下さい。髪型が……」

 

 にぎやかな声と、淡々とした声が部屋の中に響き渡った。

 

 朝食のため、二人は階下へ向かう。

 

 キッチンには、朝食を作っている桃子の姿だけがあった。

 

「おはよう、お母さん!」

 

「おはようございます、母様」

 

「おはよう、二人とも」

 

 挨拶の後、なのはは朝練をしている三人を呼びに道場へ向かい、ルティシアは桃子の手伝いを。

 

 全員が揃って食卓に着いたら、朝食の時間。

 

「よし、いただきます!」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

「いただきます」

 

 

 いつも通り、朝食は士朗の合図で始まった。

 

「あ、ルティ。醤油取ってくれないか?」

 

「はい、父様」

 

「ありがとう」

 

 いつまでも新婚気分でラブラブな両親や、兄姉の仲良しな雰囲気に負けない! とばかりに、妹に話しかける次女。

 

 その妹は、頷くか簡単な返事程度だったが。

 

 いつもと変わらない、朝の風景だった。

 

「行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

 

「ルティちゃんも! どうしてそっちで手を振ってるの!?」

 

 妹の腕を掴んで、なのはは三年目となり、すっかり慣れてしまった通学路を走っていく。

 

 指定場所で停車しているスクールバスの所へ。

 

「「おはようございます」」

 

「おはよ。なのは、ルティシア」

 

「おはよう。なのはちゃん、ルティシアちゃん」

 

 乗車し運転手に挨拶をした二人に、最後尾の座席から声がかかる。

 

 親友であるアリサとすずかの二人組である。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん、おはよー!」

 

「おはようございます」

 

 挨拶を返した姉妹も、後部座席へ。

 

 アリサとすずかが両サイドに移動し、姉妹はその間に腰掛ける。

 

 座ると同時に、アリサが横のルティシアの肩を揺さぶり始める。

 

「あ・ん・た・は! ちょっとはメールの返信ぐらいしなさいよ!」

 

「返信した直後に、アリサが飛んでくるといけないので」

 

「飛べるか! 大体、あんたはメアドを聞いた時にも機密だの、個人情報保護だの」

 

 先月、なのはの誕生日に合わせて、二人は家族から携帯電話をプレゼントされることになった。

 

 買いに行くのは後日として、士朗から渡されたカタログをじっくり読み込んでいた。

 

 ちゃっちゃと選ぼうとするルティシアを制し、チェックを入れながら選ぶなのは。

 

 必要な機能をしっかりと吟味し、候補を絞りこんでいく。

 

 そして店舗で実際の使い心地を試し、実物の色を見るなどの最終的な確認をして、契約する。

 

 未成年のため、手続きをしたのは士朗だが。

 

 なのははピンクで、ジャケットカバーは無し。

 

 ルティシアは、赤の本体に青いジャケットカバーを被せていた。

 

 その際、「最初から青にしないの?」と不思議がるなのはに、「今の自分です」と答えて困惑させていたが。

 

 アリサが言ったのは、携帯を買ったことをなのはが二人に伝えた時に行われたやりとりである。

 

 もちろん、その後ルティシアは二人にアドレスを伝えている。

 

「アリサちゃん、落ち着いて、落ち着いて! ここバスの中だから」

 

 すずかが止めようと試みるも、席はアリサと反対側のため、声だけであった。

 

 もちろん、彼女は止まらない。

 

 そこに、なのはが妹の携帯の使い方を伝える。

 

「ルティちゃん、メールが来ても、内容を見てそれで終わりなの」

 

 刹那、何かに亀裂が入ったような音が、なのはとすずかの二人には聴こえたような気がした。

 

 返信が来るのを待ち構えて……アドレスを間違えたかと確認して、文面を変えながらもう一度送信して待ち。

 

 彼女からだけは返ってこない。

 

 なのはに確認しても届いてると言う。

 

 四人は複数宛のメールを使用しているため、本人からは無くてもなのはからの返事さえあれば、ちょっとした待ち合わせなどに関しては問題は無いのだが。

 

 判明した事実に、衝動に突き動かされたアリサの両の手は、ルティシアの肩から襟首へと。

 

「ル~ティ~シ~ア~! あんたって人は!」

 

「アリサ、バスの中では静かにしないと」

 

 絞められながらも、座席近くに貼られているシールを指で示して、そう口にするルティシア。

 

「ルティちゃんがそれ言っちゃダメ!?」

 

「逆効果だよ、ルティシアちゃん!?」

 

「死ぬまであたしに詫び続けなさい!」

 

「く、首が……息が」

 

 ますますヒートアップするアリサを二人で宥めてる間も、バスは学校への道を進む。

 

 三年目のクラスでも四人は一緒であった。

 

 担任の教師だけは受け持つクラスが変わってしまったが、廊下ではすれ違う度に挨拶を交わしている。

 

 午前の授業の最後は、職業や将来についての話であった。

 

 将来について、今からでも少しずつ考えてみましょうという先生の言葉に合わせて、チャイムが授業の終わりを告げる。

 

「将来、か~……」

 

 昼休みは屋上のベンチに座って四人で昼食。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんは、もう決まってるんだよね?」

 

 食事をしながら話題に上がっているのは、先程の授業の『将来』についてのことだった。

 

「そうね。あたしは両親が会社経営だから、しっかり勉強して跡を継がないと」

 

「私は機械系に興味があるから、工学系の専門職に進めたらいいかな?」

 

「そっか……」

 

 二人から話を聞くと、食事の手を止めて悩むなのは。

 

「喫茶翠屋の後を継ぐんじゃないの?」

 

「うん……。でも、まだよく分からないかな? 他の選択肢もあるのかなって思えるし」

 

「そうね。焦らず、ゆっくり考えたら良いんじゃないかしら?

 

「そうだよ。まだまだ先の話だから、ね? きっとなのはちゃんに合った何かが見つかるよ」

 

 そして三人の視線は、会話に加わらず、一人黙々と弁当を食べている人物へと向けられる。

 

「で、あんたは何か考えてるの? ルティシア」

 

 ジト目で自分を見つめるアリサに、ルティシアは例によって無表情な顔を向ける。

 

「私ですか?」

 

「うん。ルティシアちゃんは何か考えてる?」

 

 すずかにも聞かれ、不安そうななのはもルティシアを見つめる。

 

 食事の手を止めて、ルティシアは黙考する。

 

「(将来、ですか。セイティーグに戻ったら、仲間や助けを求める誰かのために戦い続けること、ですよね)そうですね、ある程度は」

 

「おお!? 何々?」

 

「何だろう? 翠屋のウェイトレス?」

 

 盛り上がる友人二人とは反対に、なのはの表情は暗くなる。

 

「考えてるんだ……」

 

「すずか、それはありませんから。というより、もうしたくありません。アレは」

 

 四人で翠屋にいた時、ルティシアにウェイトレスをさせたら? という話をしていたアリサとなのは。

 

 その話を聞いていた士郎と桃子が、丁度手隙の時間だったこともあり四人の席への配膳をルティシアにさせたのは、つい最近の出来事である。

 

 アリサに、ウェイトレスの応対の言葉をあることないこと言わされたりしたことが、ルティシアからの評価を大きく引き下げられていた。

 

 その時の姿は、家族や親友達が持つ媒体の画像フォルダの中へと。

 

「私は、他の誰かの力になれる職に就こうと思います」

 

「何か格好良いじゃない」

 

「うんうん」

 

 淡々と話した後に、コップに注いだお茶を口に運ぶルティシア。

 

「(しかし、それはまだまだ先のこと。今しばらくは……)ですから、姉さんの近くにいるだけで大丈夫です」

 

「結局それか!」

 

「アリサちゃん、抑えて抑えて」

 

 しかし、なのはは暗い表情のまま。

 

「ルティちゃんは色々出来るから……」

 

「絵心無いわよ?」

 

「うん」

 

「姉さん、フォロー無しで即答ですか」

 

「あ、あはは……」

 

 苦笑いのすずかからも何も言われない。

 

「わたしは、ほら、何の取り柄もないから……」

 

「バカチン!」

 

 暗い表情でそう呟いたなのはの言葉に、アリサが叫ぶ。

 

 と、同時に彼女が投げたレモンの切れ端がなのはの頬に。

 

「自分のことを、そんな風に言うもんじゃないわよ!」

 

「そうだよ。なのはちゃんにしか出来ないことがきっとあるよ」

 

 激昂するアリサと、静かに――しかし、力強くすずかも言う。

 

「大体あんた!」

 

「ふえっ!?」

 

 ビシィッ! となのはに指を突き付けるアリサ。

 

「理数系はあたしより成績が良いじゃない! それで、取り柄がない? そんなことを言うのはこの口か!?」

 

「ふえーーっ!?」

 

「アリサちゃん!?」

 

 勢いに任せて、なのはの両頬をグイグイと引っ張るアリサ。

 

 それを止めようしたすずかは、二年前に出会った頃を思い出していた。

 

 そして、当時と同じことをしている人物はもう一人。

 

「ルティシアちゃん、見てないで止めて!」

 

「ケンカ……ではなく、元気付けようとしていた気がするのですが。まだまだ難しいですね」

 

 物理的に止めることに長けた、眺めていたもう一人へとバトンタッチ。

 

 ルティシアは軽く溜め息を吐くと、人指し指をアリサに向ける。

 

「ひゃう!?」

 

 そして脇腹を一突き。

 

 思わぬそれに反応したアリサは、変な声を上げるとなのはの両頬から手を離した。

 

「止めました」

 

 淡々とそう言うと、いつの間にか食べ終わっていた弁当箱や水筒を片付け始める。

 

「う、うん。そうだね。そうなんだけどね……」

 

 アワアワと言いながらすずかの視線は、ルティシアの背後へと……。

 

 ふと、太陽が遮られてルティシアの手元が暗くなる。

 

 周りは普通に照らされている中、不自然なそれを不思議に思った少女が背後へと顔を向けた。

 

 そこには金髪の般若が立っていた。

 

「ル~ティ~シ~ア~。あんたは……あ・ん・た・だ・け・は……!」

 

 ワナワナと全身を震わせながら、アリサの顔は羞恥か怒りかは判別できないが、真っ赤である。

 

「私はすずかに頼まれただけなのですが」

 

「もはや、問答無用!!」

 

「いつの間に獅子座の聖闘士に?」

 

 度重なる行為に最早我慢ならないとばかりに、ルティシアの言葉を遮って飛びかかるアリサ。

 

 押し倒されながらも、下からアリサの肩口を押して、これ以上は進ませまいとするルティシア。

 

「アリサちゃん!? ルティシアちゃんも!?」

 

「アリサちゃん、ルティちゃんをいじめちゃだめなの!」

 

 辺りに漂っていた暗い空気は、いつの間にか霧散していた。

 

 放課後、塾に通う三人と別れたルティシア。

 

 今朝の件があるため、ガンビットを一基、三人に張り付かせていた。

 

「何故アリサは変な道ばかり通りたがるのでしょうか。安全のためにも、人目のある道を選んでほしいのですが」

 

 ガンビットが拾った「塾への近道、ちょっと道は悪いけど……」というアリサの声を聞いたルティシアは、そう呟いて溜め息を吐く。

 

「あの調子では、そのうちガンビット一基では足りなくなりますね」

 

 鍛練場所である海鳴公園(に置いてある拠点)へと、少女は歩いて向かっていた。

 

 途中まで三人と一緒だったこともあるが、未知の何かがいるのならば調査も兼ねてという意味もあった。

 

「……姉さんの様子が変ですね」

 

 急に足を止めると、周りを何度も見渡したり。

 

 心配した二人に声をかけられ駆け出すも、すぐに足を止め。

 

 不意に駆け出すと二人を追い越し、今度は先へ先へと。

 

 その先に居たのは怪我をしている小さな動物。

 

 赤い宝石の付いた首飾りをしている。

 

 一瞬目を開けた小さな動物は、すぐに意識を失ってしまう。

 

「そういえば、その場所は……いけません」

 

 

 ふと足を止めたルティシアは、あることに気が付いた。

 

 ガンビットの高度を下げていたために気が付かなかったが、なのは達が今いる場所こそ例の場所なのだということを。

 

 自身が冒した基本的で致命的なミスに、ルティシアは愕然とする。

 

「幸い、大きな反応はありませんが……もっと早く気が付くべきでした」

 

「ルティ?」

 

「え?」

 

 いつの間にか、公園内の森の中――拠点を設置している木の根元に辿り着いていた。

 

 そこには先客が立っている。

 

 黒いワンピースに身を包み、輝くような金髪を黒いリボンでツインテールに結び、寂しさを帯びた赤い瞳の少女。

 

 一度だけ出会い、再会を約束した少女――フェイト・テスタロッサ。

 

 傍らにはオレンジ色の……犬? が寝そべっていたが、フェイトの声を聞いてのそりと起き上がった。

 

 目を細め、「見定めてやる」と言わんばかりにルティシアを見ている。

 

「良かった、会えた」

 

「久しぶりですね、フェイト」

 

 犬? からそんな視線を向けられることや、何よりもなのは達の方も気になるが、それを表には出さずに接する。

 

 長時間になりそうなら理由を付けてこの場を辞すつもりだが、二年振りに出会った嬉しそうな“初めての友人”にそれをするのは忍びなかった。

 

「うん」

 

 主人と親しそうに会話をする少女に、犬? はまるで「変な事をしたら噛みつく!」と言いたそうな視線を向ける。

 

「この子は、フェイトの所の子ですか? 良い犬「ゥー……!」……狼ですね」

 

 ルティシアへ一瞬剣呑な眼を向けたが、言い直すと『フン!』と誇らしげな表情になる。

 

「(表情豊かですね)」

 

「うん! アルフって言うんだ。私の家族」

 

「なるほど。よろしくお願いします、アルフ」

 

 嬉しそうにアルフの頭を撫でながら語るフェイトと、それに気持ち良さそうな表情を浮かべるアルフ。

 

 ルティシアが声をかけるとそっぽを向かれる。

 

「まだ、自分は認めていない!」と言いたそうにも見える。

 

「アルフ……。ルティ、ごめん」

 

「気にしていません、フェイト。それに、狼は誇り高い種族ですから、ある意味当然です」

 

 その言葉に、アルフは「そうだ!」と言わんばかりの表情を向ける。

 

「(まるで、こちらの言葉を完全に理解しているかのようですね)今日はどうしたのですか、フェイト?」

 

「あ、今度はしばらくこっちに滞在することになったから、今日はその下見に。ここには、ルティに会えるかな、って来てみただけ。だから、会えて良かった」

 

「なるほど。姿が見えなかったのは、ここに住んでいなかったからなのですね。それで、滞在期間や場所は決まっているのですか?」

 

 期間によっては、なのは達にも紹介しようと考えるルティシア。

 

「うん。でも、まだ案内出来ないんだ……母さんが駄目だって」

 

 すまなそうに告げるフェイト。

 

 落ち込む主人を、アルフも心配そうに見上げていた。

 

「あ、だから、ここで時々会えないかなって」

 

「分かりました。ただ、私は学校が終わった後の放課後位しか来ることができませんが」

 

「あ、ううん。私もここには母さんの用事があって来ているだけだから、毎日は無理なんだ」

 

 フェイトの目には、強い決意の色が見える。

 

 逆に、見上げているアルフは不安そうだった。

 

「じゃ、今日はこれで帰るね。そのうち、またここで」

 

「分かりました。もし、何か私に連絡があれば、そこの木の近くにでもメモを残して下さい」

 

 ルティシアが指し示したのは、いつもの木。

 

 確認したフェイトはルティシアに首肯する。

 

「うん。あ、それと」

 

「何でしょう?」

 

 モジモジと恥ずかしそうなフェイトの様子に、首を傾げるルティシア。

 

 恥ずかしいのか顔を赤く染めながら、それでも意を決して口を開く。

 

「今度、またあの歌を聞かせてほしい……かな……って」

 

「分かりました。ただ、上手くはなっていませんが……」

 

「ううん、聞けるだけで充分だから。またね」

 

「また会いましょう、フェイト、アルフ」

 

 去っていく一人と一匹の背中をを見つめていたルティシア。

 

「合格」という女性の声が聞こえたが、近くにフェイトとアルフ以外の人影が無いことに、再び首を傾げる。

 

 しかし、すぐになのは達を護衛中のガンビットへと意識を傾ける。

 

 怪我をしていた小動物を動物病院に預けて、遅刻しそうになった三人が塾へと急ぐ姿が見えた。

 

 警報が鳴らなかったため無事とは思っていたものの、やはり姿を見ると安心する。

 

 ルティシアは鍛練は取り止め、残った時間は調査に振り分けることに決めた。

 

「やはり、フェイトにも伝えた方が……しかし、魔法反応などと言えませんし。注意……警戒……難しいですね。そもそも捉えたのは一瞬の反応だけで、姿も確認できていませんしね。駄目です、全く頭が回りません」

 

 ブツブツと呟きながら先の現場に向かうルティシア。

 

 少女が通り過ぎたベンチには、麦わら帽子を被った人物が座っていた。

 

 その人物が肩を竦め、やれやれと一人ごちる。

 

「少し様子を見に来てみましたが、これは問題かもしれませんね。あの子が巻き起こした次元乱流の影響は、子竜には影響が大きすぎたようです。脳に異常が出て、判断力や思考に著しい低下が見られます。さて、どう調整しましょうか?」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 夕食の席で、なのはは家で小動物(フェレットという種族らしい)を預かれないか、家族に聞いていた。

 

 士郎は腕組みをし、しばし考える。

 

 やや間があって、息子達に向かって訊ねた。

 

「フェレットか……フェレットって、何だ?」

 

 

「イタチの仲間だよ、父さん」

 

「ここ最近、ペットとして人気があるって、テレビにも出てたよー」

 

 恭也と美由希がそう説明する。

 

「確か、ちっちゃかったわよね?」

 

「えっと、これ……くらいかな?」

 

 桃子の問いに、なのはが両手を左右に広げて、具体的な大きさを示す。

 

「それ位なら、籠に入れてなのはがきちんと世話出来るなら、いいかな? 恭也、美由希、どう?」

 

 桃子に聞かれた二人が笑って頷いた。

 

「俺は問題ないよ」

 

「私もー」

 

「だ、そうだよ」

 

 三人の答えを聞いた士郎も、なのはに笑顔を向ける。

 

 そして、もう一人。

 

「ルティも大丈夫かな?」

 

「勿論です、父様」

 

 コクコクと頷いているルティシアを見て、桃子もまた笑顔を浮かべて、なのはを見つめた。

 

「良かったわね、なのは」

 

「うん! ありがとう」

 

 なのはも満面の笑みである。

 

 なのはの要望は満場一致で賛成となり、夕食が始まった。

 

 夕食後、部屋に戻ってきた二人。

 

 パジャマにはまだ着替えず、室内衣で過ごしていた。

 

 なのははフェレットを預かれることを、アリサとすずかにメールで知らせている。

 

「そういえば、フェレットってご飯なに食べるのかな?」

 

 送信し終えると、なのははベッドで横になって携帯ゲームで遊んでいるルティシアに訊ねる。

 

 四色のデフォルメされたユニットを、四体縦や横に並べて消すというゲームをしていた妹は、首を傾げる。

 

「ごめんなさい、私も分かりません。明日調べてみます。飼い方」

 

「うん、ありが……っ」

 

「姉さん?」

 

 不意に動きを止めたなのはが、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

 その行動を見て日中の動きを思い出したルティシアは、ゲームを中断してなのはの様子を窺う。

 

 夢の……とか、夕方の……とか呟いている姉の姿を見て、ルティシアが口の中で小さく呟く。

 

 

 呟いたのは、〈魔法感知〉の魔法。

 

 やや離れた位置から、〈遠話〉に似た魔法が感じられた。

 

「(この魔力の波動は、魔族や妖魔の類ではありませんね。知っているものとは違いますが、魔法使いでしょうか?)」

 

 さすがに内容は分からないが、位置の特定は出来た。

 

 夜間の警戒のため、二基に増やしていた外配置のガンビットを、一基向かわせる。

 

「(姉さんを危険に合わせないためには……〈誘眠〉で寝かせるしかないでしょうか?)」

 

 ベッドの方へと倒れ込んでくるなのはを、身を起こしたルティシアがそっと支える。

 

「大丈夫ですか? ねえさ(ワシッ!)……ん……え?」

 

 声をかけながら魔法を使おうとしたその腕を、なのはがしっかりと掴む。

 

「ルティちゃん」

 

「え?」

 

「着替えて! 動物病院まで、一緒に来て!」

 

「え?」

 

 ルティシアに向けたなのはの表情は、真剣そのものだった。

 

「(これは……断れませんね。寝かせれば、後悔しそうです。それに、これだけ意思が強いと、魔法のかかりも悪いでしょうし)」

 

〈誘眠〉など、魔法の中には意思の強さが影響される場合がある。

 

 効果を完全に発揮に出来なかった魔法は、〈誘眠〉の場合はすぐに目覚めてしまったり、最初から寝なかったりと不完全な代物と化す。

 

〈誘眠〉は初級の魔法のため、それより効果の強いものももちろんある。

 

 しかし、強いものは魔法でしか解除出来ないものがほとんどであった。

 

 なのはをそれで寝かせてしまった場合、ルティシアが一人で向かっていれば、家族の誰かが部屋を訪れた時に面倒なことになる恐れがある。

 

 さらに、こうと決めたら意思が固い傾向にあるなのはには、上位魔法すら抵抗される可能性もあった。

 

 既に、二年前でさえ〈誘眠〉は効果が薄かったのだから。

 

 試すだけ試すことも考えたが、何かのトラブルが起きた際に、魔晶石の魔力が足りないという状況も避けたかった。

 

 寝かせたとしても、途中で目覚めた時にどうするかは、自明である。

 

 それらのリスクを考えたルティシアの結論は、なのはに頷きを返すことだった。

 

 最悪の場合、姉を護るために隠し事を教えることになっても絶対護ってみせると決めて、ルティシアも着替え始めた。

 

 家を出る際、誰かに外出を伝えようとしたが、それより早くなのはが家を飛び出していく。

 

「今のはなのはか? どうした、ルティシア?」

 

 なのはが出ていった気配を察知したらしく、リビングの方から恭也が顔を覗かせる。

 

 トントンと靴先で床を叩きながらドアノブを掴んだ姿勢で、ルティシアは振り返って兄に頭を下げる。

 

「ごめんなさい。兄様、少し出かけてきます」

 

「こんな時間にか?」

 

「はい。すぐに戻りますので」

 

 兄の返事を聞かずに、ルティシアも外へと。

 

 ドアだけは静かに閉めると、先を行くなのはを猛追していく。

 

 すぐに追い付くと、先行したガンビットから警戒を知らせられる。

 

 ルティシアがそちらに意識を向けると、病院の光景が目に浮かぶ。

 

 映っている部屋には、檻から出ているフェレットとと共に、眼を赤く光らせた黒いナニか。

 

 どう見ても、友好的には見えない。

 

 それは逃げるフェレットを追い、部屋を破壊しつつ外へと飛び出す。

 

 姉妹が病院に辿り着いたのは、この時だった。

 

 付近の景色が歪む――それは、何者かの張り巡らせた結界。

 

「え? え?」

 

 いきなり辺りの様子が変わったことに、なのはは戸惑う。

 

 しかし、何かが壁を突き破って外に出て来る。

 

 視界に、壁の残骸と共に宙を舞う茶色い影と、彼が首から下げている赤く光る宝石が映る。

 

「フェレットさんだ」

 

 フェレットに向けて、迷わず両手を差し出すなのは。

 

 一方ルティシアは、その間にこの結界を〈解析〉していた。

 

 これが破壊の痕跡を遺すモノだと判明すると、これ以上の破壊を防ぐために月匣を展開する。

 

 自分に向かって手を広げる少女を見て、吹き飛ばされながらも何とか体勢を立て直したフェレットは、残骸を足場にして少女の腕の中へと飛び込んだ。

 

 そして、辺りを包む真紅の光。

 

 夜空に浮かぶ深紅の月がもたらす光。

 

「これは……!?」

 

「今度は、赤いお月様? って、ふぇ!? フェレットがしゃべった!?」

 

 自分の腕の中で夜空の月を見上げながら言葉を喋るフェレットに、次々変わる状況も合わさってなのはは、軽いパニック状態に陥っていた。

 

「姉さん!!」

 

 足下の残骸を踏み潰しながら、ゆっくりと姉妹へと歩み寄ってくる黒い異形の何か。

 

 それからなのはを護るように、間にルティシアが立ち塞がる。

 

「君は、君達は魔法を使えるの? 魔導師なのですか!?」

 

「ふぇ!? ま、魔法?」

 

 フェレットが伝えられるその言葉を、なのはが聞き返す。

 

「血を流せ……!」

 

 

 真紅の月明かりの中、運命の歯車が今、静かに回り始める。

 

 ルティシアの服に隠された首回り。

 

 黄金の輝きが一つ、光を放ち始めた。

 




 
 
next
 
 
辛くも危機を脱した二人と一匹。

ひとまず、フェレットを連れて帰ることに。

しかし、彼女達の前に修羅が立ち塞がる。
 
 
恭也「事情を説明してもらおうか?」
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