魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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その90 幕間 彼女の思惑 せめぎあう意思の中で

 

 

 其は出口無き迷宮。

 魔の者達が生み出した月の照らす、出口無き(はこ)の中。

 いわば『現実世界』から切り離し、元となった舞台を模写(マネ)て創られた虚偽(きょぎ)の世界。

 

 選ばれたのは人里から遠く離れ、鬱蒼と草木が生い繁る山奥。

 

 舞台となったこの場で唯一の建物……古くて大きな旅館だったそれはしかし破壊し尽くされ、無惨な姿を晒していた。

 

 星無き冬の夜空を彩るのは、“世界の創造主”である四人の輝きを放つ異形の月のみだ。

 

 ただ、今のところ空に浮かんでいるそれには色が一つ欠けている。

 

 すなわち燃やす炎は赤の色。

 支えし大地は(おう)の色。

 澄み渡った空を示すは青色で。

 最後に残るは命を育む水の色。

 

 欠けているのは、赤。

 

 三色を混在させた月はただ静かに煌々(こうこう)と、妖しくも不気味な輝きを放ち続ける。

 

 もちろん月光は分け隔てなく地上へも。

 

 だがこの月夜の下。

“世界の創造主達”とそれに抗う者達が争う、その陰で。

 

『―――特定。軸固定』

 

 小さな異変が起きようとしていた。

 

『……潜入、開始』

 

 この地の大部分を占める森の一角において、その景色が突如揺らぐ。

 

 最初は水面に広がる波紋の如く小さかったそれは、やがて陽炎(かげろう)のように大きくゆらゆらと揺らめき、その後は渦を巻くと(すみ)やかに形を整え始めた。

 

 最初は楕円に。

 

 そこから小さく人間大サイズに縮小しながら、さらにその様を変える。

 

 歪んでグチャグチャに景色が混ざり合った様相のそれは、ある場所は凹み、またある場所は細長く伸びていく。同時に、その内側はどす黒く染まっていった。

 

 やがて人形(ひとがた)の影法師らしきものが出来上がると、“パリィン”という澄んだ音と共に内側から弾け飛んだ。

 

 そんな空間の穴――割れ目とも言うべき場所を潜り抜け、一人の女性が姿を現す。

 

 特殊な空間であり、本来ならそれを作成した者が望まない限り誰も足を踏み入れることが出来ない、この場所に。

 

「あらあら」

 

 ポキリと、踏み締められた枝が折れて乾いた音を立てた。

 

 背は百七十センチ程、二十歳位に見える薄紫色の長衣を着た女性。

 肩まで伸びた銀糸と見紛わんばかりのプラチナブロンドの髪が、天から照らす光に屈しることなく自らを主張する。

 

 彼女の背後ではまるで映像の逆再生を見ているかのように、砕け散った景色の破片が宙を飛び、ジグソーパズルの如く元の場所へとはめ込まれていっていく。

 

「やはりまだまだ未熟でしたか。私が()()()()()の、()()()()()()()月匣(げっこう)〉を使うとは」

 

 おかげで労せずここへ入ることが出来ましたが、と女はその双眸を閉ざしたまま呟く。

 

 もちろん、欠陥を見抜かれてもいいようにはしてあった。万が一……(じょう)が一にも完全な状態で発動されても良いようにと、中へ侵入する術も幾つか用意していたのだ。(※穣は10^28の位)

 

 相手を見くびっているわけではない。むしろ逆で、それなりに高く評価していた。

 

 そうでなければ、大事な計画に駒として用いはいない。

 

 しかし、何事にもイレギュラーは付き物。

 

 仕掛ける時期も、コトを運ぶお膳立てをしたのも全て自分とはいえ、それで予想外な出来事が起こらないとは限らない。

 

 どれほど慎重に進めていようとも。

 どんなに対策を練っていたとしても。

 

 ソレは突然にやってくるのだ。

 

 こちらの努力を、まるで無駄な足掻きだと嘲笑うかのように。

 

 そのことを、“彼女”はイヤと言うほどに思い知らされていた。

 

 耐え難い屈辱や後悔、絶望の念と共に。

 決して忘れられない(とが)として。

 

 それに嵐そのものみたいな『同胞』が出来てからというもの、彼女が入念な準備を終えたところで引っ掻き回されたことはそれこそ星の数ほどあった。

 

 が、それはさておく。

 

 後者のは所詮、大事(たいじ)とは関係ないところで行われた――いわばお遊び(ゲーム)にすぎないからだ。

 

 だがそれでも繰り返している内に、崩されるのを前提としてどう立て直すかを考える自分に気付いた。

 

 ゆえに、『友人』には感謝している。()()を付けてくれたことに、心に余裕の無かった自分が周囲を見渡せるようになったことを。

 

 これからもイレギュラーは起こり続けるだろうが、かつてと同じ轍は二度と踏むつもりはない。

 

 プラン立ては確かに必要だ。

 

 準備も、怠るよりはきちんとしておいた方がもちろん良い。

 

 だが全部を全部きっちりと枠にはめてしまうより、ある程度余裕を持たせておいた方が――結果的に――良いことが多いのも、また事実。

 

 ずっと(くすぶ)っていた迷いも今や消え、二の足を踏んでいた道を進む覚悟も決まった。

 

『計画』は既に動き始めている。

 

“その時”が来るのはもう少し先のこと。だが、それまでに最低限やっておくべきことはまだまだ多い。

 

 だからこそ。

 

「ここで力を節約出来るのならそれに越したことはありませんし、ね」

 

 もちろん、きちんと成果が得られることが前提ではあるが。

 

 ここに来たのも、蒔いた種の芽吹きを直にその目で確かめるためだ。

 

“野良猫”に鈴を付け、仕掛ければすぐに分かるよう細工を施して。

 

 そして、世界に変化が訪れる。

 

 空から注がれていた月の光に、最後の一色である赤が加わった――その直後。

 

 突如、闇に閉ざされた世界が紅く染まる。

 

 遠目にも鮮やかな、瓦礫と化した建物から立ち上る光の柱――闇夜を切り裂かんばかりに真紅の輝きを放つ、それによって。

 

 閉ざした目を、柱に沿って上へ上へと向かわせながら、彼女――冥魔王の一人であるアシェラの口許に微笑が浮かぶ。

 

 どこからともなく取り出したソーサーから白磁のカップを持ち上げ、細くしなやかな指が口へと運んだ。

 

 湯気立つ液体の香りを楽しみ、周囲の光に照らされて明るさを増した紅茶色のそれを飲み下していく。

 

 その度に、コクン、コクン、と喉が鳴る。

 

「それにしても」

 

 ふう、と満足気な吐息を一つ。アシェラは光源である柱の根元―――破壊された建物跡へと視線を戻す。

 

「困ったものですね、無理矢理に封印を破ってしまうとは。それとも、余程イヤな光景を見せられでもしましたか?」

 

 そう語る彼女の様子はその肩書きにはまるで似合わぬもので、幼子が遊んでいるのを遠くから見守る親のそれにも似ていた。

 

 しかし。

 

 カップをソーサーへ戻すと同時に、それまでと雰囲気が一変する。

 

 暖かな春から、冷たき冬へと逆行したかの如く。

 

「ですが、心しなさい。それは起こり得ること。そう遠くない未来にあるかもしれない、可能性の一つなのですから」

 

(もっとも貴女には……いえ、貴女達と選ばれて()()()()この世界にとっては不本意なことでしょうが)

 

 出来れば巻き込みたくはなかった。

 

 だが、計画に必要な因子は徐々に揃い始めている。

 

 もう止まることはない。

 

 もう、止められない。

 

 冥魔王として。

 

 二度と戻れない、かつては平穏を望んでいた守護者の一人として。

 

 相反する二つの意思。

 

 全ては“最良の結果”を得るために。

 

「そのためなら私は、どんな手段でも使いましょう」

 

 だから私を、如何様にも恨みなさい。

 

 突如として嵐の海に投げ出された小舟の如く翻弄される者達の顔を一人ずつ思い浮かべながら、アシェラは一人想う。

 

「ですから強く……強くおなりなさい。これより降りかかる厄災、その全てをはね退けられるくらいに。守りたいものを、真にそう出来るように。―――運命の子らに、白の竜神の加護があらんことを」

 

 閉ざされた世界で繰り広げられていた戦いも、終わりを迎えようとしていた。

 

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