魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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その91 風姫翔凰

 

 

 残骸と化した建物のすぐ近く。

 

 森の切れ目辺りを戦場としていた所に出来た、すり鉢状の大きな穴が三つ。

 

 その一つの底から、フワリと何者かが浮かび上がってきた。

 

 残る二つのクレーターがもうもうと土砂を巻き上げているのを尻目に、穴の淵に降り立った青いミニドレス姿の少女は朗らかな笑みを浮かべる。

 

「んー……もうちょっと時間をかけるつもりだったのに、失敗失敗、だわよ」

 

 斧と化していた両の手を元に戻すと、青空を思わせる色の髪――ツインテールにしたソレへと伸ばし、無造作に梳く。

 

 そう、この少女は見た目通りの人間ではない。

 

 人間達の暮らす人界とは別の世界に生まれ、全く異なる(ことわり)によって生きる存在。人に仇なす魔の者――いわゆる魔族と呼ばれている者だった。

 

 この世界を生み出した四人の内の一人。

(自称)『魔王』は『四姫将』が天空のソラキ。それがこの一見美少女の名前である。

 

「まだ食事どころか味見もしてなかったのに……本当に人間は(もろ)くて弱い生き物なのだわよ。せっかく美味そうだったのに」

 

 だが楽しさに負け、ついつい力が入ってしまった。

 

 魔界に住む大多数の住人と同様、人間を歯牙にも掛けていないソラキは彼らを餌だという認識しか持っておらず、そんな彼女が彼らへかける慈悲の心などを持ち合わせている筈もない。

 

 ソラキの行動理念は単純だ。ただただ興味の向くままに動き、強い敵と戦い、それを打ち倒して己を強化すること。

 

 人界にまでやってきたのも仲間のミズキやオウキに言われたからで、彼女自身は弱い人間なんかどうでもよかった。

 

 もっとも、『美味い』という言葉に興味を抱いたのは確かだが。

 

 たが人界に出てきて最初の試食は空振りどころか最悪な思いをして終わり、その後も外れクジを引き続けていた。

 

 いい加減に嫌気が差していたところへ今回の話である。これもダメだったらさっさと魔界に帰るよう、仲間達へ訴えるつもりだったソラキ。

 

 しかし、それは今回も裏切られることとなる。

 

 前回とは逆の意味で。

 

 ()()なら彼女も興味を惹かれるというもの。

 

 手始めに、ここの住み処にいた“珍味”な連中を。

 

 戦闘になり、彼女にとっては少々物足りなくはあったが、それでも鬱憤晴らし程度にはなった。

 

 そして、いよいよメインディッシュの時間。

 

 まずはなにかとウルサかった“黒いの”。

 続けて彼女は後から現れた“白いの”と、最初のとは別の“黒いの”と交戦に入り、たった今自らの得意技をもって二人を始末したところだ。

 

 先の残る二つのクレーターは、その白と黒の二人組がソラキによって高空から叩き付けられて出来た物である。

 

 合間にミズキとはフォローしたりされたりしながらも、しかし彼女は肝心の目的だけを果たしていなかった。

 

「うー…………さすがに生きてないだろうし、オウキにいくつか残りを貰えないか聞くだわよ」

 

 オウキの担当は数も多いし、魔力持ちはさすがに彼女の分としても、それ以外の連中なら融通してくれるかもしれない。

 

 そんな考えのもと、ソラキは鼻歌交じりに仲間の所へ向かおうと踏み出して。

 

「…………ん?」

 

 直後、彼女の足と鼻歌は同時に止まった。後方にあるクレーターの一つから、何かが土砂を押し退けるのを彼女の優れた聴覚が捉えたためだ。

 

 ソラキはその場で足を止めると静かに耳をそば立てる。

 

 ピクッ、ピクピク、と小刻みに動く少し先端の尖った耳。やがてその音が決して聞き間違いでないと悟った。

 

「え、まさか…………」

 

 思わず振り返ったソラキの視界に入ってきたのは、自分と変わらぬサイズの黒い繭……に似たナニか。

 

 聴覚と同様、優れた視力を持つソラキに傷一つあるように見えないそれは、彼女の見ている前でバサアッと大きく開帳した。

 

 中からは“別の黒いの”――輝かんばかりの金髪、服から多目に露出した白い肌が目を惹く少女が姿を現す。

 

 スカート部分が前開きの黒いロングコートタイプのバリアジャケット。

 両手足には頑丈そうな装甲。

 

 背中側には先程まで無かった黒い翼を生やし、それで全身を覆ったのがあの繭みたいな姿だったようだ。

 

「今のは危なかった。ありがとう、バルディッシュ」

 

《Yes, sir》

 

 背に一対二枚の黒翼を生やした主人の少女――フェイトからの感謝に、『閃光の戦斧』の名に相応しい咄嗟のタイミングで天使化をした彼女の愛杖にして相棒のデバイスも、いつも通り言葉少な目にそれへ応じた。

 

 そしてフェイトは唖然とした様子で自分を見ているソラキに気付いた様子もなく、瞬く間に隣のクレーターへと移動する。

 

「なのは?」

 

『……こ、ここだよー、フェイトちゃん』

 

 くぐもった声――というよりは〈念話〉――はすぐ近くから。

 

 見渡せば、少し盛り上がった土から生えた手が懸命に居場所を主張していることに気付き、フェイトは急ぎ駆け寄った。

 

 

 

 

「ありがとう、フェイトちゃん!」

 

 埋まっていた茶色の髪の少女――“白いの”であるなのははケホケホと咳き込みながら、白いバリアジャケットの上から青い亀の甲羅を鎧のようにして身に纏っていた。

 

 その見た目から、フェイトにはそれが防御に特化したアクアフォームであることが分かる。

 

「ううん。それに、お礼なら私よりレイジング・ハートに」

 

「もちろん! レイジング・ハートもありがとう!」

 

《Yes, my master. No problem. switch from aquaーform to airーform》

 

 なのはの愛杖であるレイジング・ハートも、ギリギリのタイミングでソラキの凶撃から主を守っていた。

 

 亀の甲羅に似た鎧が桜色に輝く光の粒子と変わる。次いで光は淡い緑へと色を変えながら少女の全身を取り巻く。

 

 いつもの白いバリアジャケットの上から、丸みを帯びた肩当て(ショルダーガード)胸甲(ブレストプレート)を。

 

 それと、両サイドに翼をあしらった飾りが付いた額当てが。

 

 額当てと胸甲の中央部に位置する、羽織ったマントと同じ濃紺色の宝珠がキラリと輝きを放つ。

 

 エアフォーム。

 レイジング・ハートに組み込まれた魔法石――セントジュエルの力を解放した際、そのもっとも基本となる姿だ。

 

 このようなフォームチェンジは基本的に主であるなのはの指示で行うのだが、今回のように緊急性を伴うような場合はレイジング・ハートの判断に委ねられていた。

 

 これはフェイトとバルディッシュについても同じであり、二人とデバイス達で決めたことだ。

 

 何故ならフォームチェンジを行えば、二人には大なり小なりの負担がかかるからである。

 

 万全な状態で、尚且つ限定された状況下でのみ使える力。それが二人に託された、セントジュエルとエンジェルシードが持つ力の強大さを示している。

 

 それでも、なのは達にとっては強大な魔族や冥魔といった者達に対抗し得る数少ない切り札だ。

 

 しかし、『使えない切り札は切り札になりえない』という格言もある。

 

 故に二人は、ルティシア達とひたすら訓練に訓練を重ねてきた。

 

 ……のだが。

 

 ほとんどぶっつけ本番で使用することになったあの夏の一件以来。託されてから半年近くが経過した今でも、長期戦はおろかフルドライブ状態も数分と保たない。

 

 それでも―――。

 

 猛烈なスピードで迫ってくる姿に、気配を感じ取った二人の視線が交差し、頷き合うと同時に動いた。

 

「……っ! フェイトちゃん!」

 

「! なのは!」

 

《Protection》

 

《Defenser Plus》

 

 ――短時間なら、フルドライブ以外の状態であるなら動けるということだ。

 

「ファルシャ!」

 

 二重に展開された魔力障壁が、禍々しく歪んだ刃を持つ二振りの斧を受け止めて、激しく火花を散らす。

 

「……チッ!」

 

 障壁を挟んで、両の手を再び斧化させたソラキが鋭く舌打ちする。

 そこから伝わってくる手応えに、自称魔王の顔には喜びとも怒りともとれない複雑な表情が浮かぶ。

 

 今度こそ食べられるという喜び。

 

 今までとは毛色が違うらしい獲物を相手に、まだまだ戦いが楽しめそうという悦び。

 

 トドメを刺したのに生きていたことへの怒り。

 

「どうせ勝てやしないんだから、エサ如きが無駄な抵抗なんかしないで、生きてたんならおとなしくアタシに食われろだわよ!」

 

「だ、だから、わたし達のことをエサだとか、人間如きだなんて言わないで!」

 

「ごちゃごちゃうるさいだわよ!」

 

「それはあなたのほう」

 

 桜色と黄金、それに青。

 闇の夜空を、噴き上げた三色の魔力が染め上げる。

 

「へ、減らず口を……だわよ!」

 

 ソラキの勝ち気な眼差しが細められ、射抜かんばかりに鋭さを増す。

 

 普通であれば畏縮してしまいそうなそれから、しかしなのはもフェイトも視線を逸らさない。そこには、相手の気迫に決して呑まれまいという強い意思が窺えた。

 

 二人の脳裏にあるのはルティシアの言葉――。

 

 

“――え? 戦う時にどんな気持ちで、ですか? やはり、『絶対に負けない』と思うことではないでしょうか。戦いとは信念、つまり気持ちや思いのぶつかり合いです。そこで負けていては、実力を出し切るのは難しいでしょう。相手が魔族なら、なおさらです。こちらが怖がっていては相手に力を与えるだけですから”

 

 

“――他に? 私でしたら不退転や肉を切らせて骨を断つ、ですね。状況にもよりますが、例え相討ちに持ち込んででも絶対に勝つという意気込みで……え、正座? 誘導尋問でしたか”

 

 

「絶対に……!」

「負けない!」

 

 そんな二人に応えるかのように、力を増した魔力障壁が少しずつ魔族の少女を圧し始める。

 

「こ、こんのぉ!」

 

 微かに驚きを露にし、ソラキが両の手にグッと力を込める。しかし勢いは止まらない。押し返すどころか、より遠ざけられていく。

 

 餌でしかない人間が。

 魔王である自分を相手にして。

 取るに足らない実力しかない人間如きが!

 恐怖に怯えて逃げることなく、真っ向から挑んでくる!?

 

 ギリリ、と食い縛った口元からは鋭い犬歯が覗く。ツッと一筋、青紫色の血が流れた。

 

“――いかに早く、自分に有利な状況を作り上げるかも重要です。相手の動揺を誘うことが出来れば、その隙を突いて無力化することも可能かもしれませんね。……あ、チョコドリンクですか? ありがとうございます”

 

「こんのっ……ナマイキなのだわよ!!」

 

 激昂したソラキの姿がその場からかき消える。

 

 そして二人の正面、クレーターの斜面に現れたソラキは両手を大きく左右に広げていた。間を置かず、ドン! と地面を蹴った彼女はまるで弾丸のように、なのは達に向かって突っ込んでくる。

 

「クラウド―――」

 

 障壁を解除して身構えていた二人の足下には、こちらもいつの間にか桜色と黄金の光で描かれた巨大な魔法陣が現れていた。

 

《Master, as expected》

 

《To the target overhead, sir》

 

 正面にいるのは幻影。

 

 本体は――――直上!

 

 予想通りの動きに二人は一つ頷き、視線を交わすと示し合わせていたかのように()()()()()()()()()相棒達に手を添え、そのまま突き出した。

 

「大いなる光の福音よ!」

「闇を切り裂く、光の矢となれ!」

 

 二人の周囲に環状の、重ねて突き出されたデバイスには帯状の、現れた幾つもの魔法陣が虹色に輝く。

 

 噴き上げる魔力の余波を受けた濃紺色のマントが大きくはためき、黒翼もその存在を主張して左右へ広げられている。

 

「「クロスマッシャー!」」

 

 

 どうやら幻影には惑わされなかったようだ。

 

 地上でこちらに向けられた二つの虹色の輝きが生まれるのは、遥か高空にいるソラキからも見えていた。しかし彼女は既に技の途中で、もはや止まれない。

 

 それなら相手の攻撃よりも早く、撃たれる前に始末してしまえば良いだけのこと。

 

 食事のことはもはや彼女の頭の中には無い。

 

 あるのはただ、胸の内から込み上げてくる自分を突き動かす衝動にも似た感情のみ。

 

“自分の方が上だということを思い知らせる!”

 

 一気に最高速となった少女が空を駆け抜け、二人を今度こそ真っ二つに斬り裂く―――はずだった。

 

「スプリ―――なっ!?」

 

 そこには慢心と嘲り、侮りも大いにあっただろう。

 

 だからこそ、自ら飛び込む形となってしまった。

 

 両手を。

 足を。

 自らの全身を拘束する虹色の輪を、ソラキは呆然と見つめる。

 

 いかに彼女の速度がずば抜けていようとも、ルートとタイミングが知られていては意味がない。

 

 迫ってくる所にトラップを設置しておくのは、彼女自身も二人に対して行ったことだ。

 

 そしてソラキがそれに思い至った時には、既に彼女は螺旋を描いて迫ってきた極太な虹色の輝きに飲み込まれていた。

 

 

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