虹色に輝く光の奔流が彼方へ過ぎ去り、姿を見せたソラキの身体がグラリと傾いだ。
完全に意識を失っているらしい少女の身体が、力なく地上へと墜ちていった。
「ど、どうかな?」
「分からない。けど、直撃はしたと思う」
なのはとフェイトによるクロスマッシャーの直撃を受け、天から落ちてきた魔族の少女はうつ伏せに倒れたまま、その後ピクリともしない。
ツインテールにまとめられた青い髪が力なく大地に広がり、風に遊ばれるままとなっている。
なのはもフェイトも警戒を解かず、少し離れた低空からソラキの様子を確認していた。
彼女を倒しても敵はまだ二人――この場に居ないもう一人を加えれば三人――残っている。
はやてやプレシア、高町家の剣士達が今も彼女達と戦っているはずだ。
そしておそらくは、この場にいないルティシアも。やはり姿が見えない相手の四人目と事を構えているのだろう。
はやてからの情報によれば、相手はチームワークが武器なのだという。だからこそ、相手を一人ずつ確実に無力化しなくてはいけない。
一分近くが経過し、そろそろいいかなと二人が移動しようとした時……ソラキの身体がピクリと震えた。それからややあって、少女の目が開く。
しかし未だ意識は朦朧としているらしく、焦点の定まらぬ眼でボーッとした表情の彼女は不思議そうに、斧から戻っていた手で地面を撫でる。
そこからさらに十秒が過ぎ、ソラキの青い目が大きく見開かれた。瞳に意思が宿り、自分の状態を把握したらしい彼女はそれまで撫でていた土を力任せに握り締める。
ガバッと顔を上げたソラキは辺りを見渡し、離れた所から自分を蔑む(※ ソラキ視点)二人に気付いた少女の頬が紅潮していく。
ギリッと音がするくらい歯軋りし、二人を憎々しげに睨み付けた魔族の少女がその場から勢いよく飛び上がった。
二人を見下ろせる高さに位置取り、憤然とした態度で口を開いたところで、
「――ッ!? ガッ……ゲフガフゴフグフゥッ!?」
激しく咳き込んだ少女はバランスを崩し、地上に落ちてガクリと片膝を着く。
「バカな……。人間如きにこのアタシが、魔力の大半を削られた……?」
例外はあるが、魔族の多くは精神もしくは魔力生命体であり、ソラキ達四人は後者に当たる。
魔力の全てを失えば存在出来ない=すなわち死を意味していた。
青紫色の液体に濡れた自分の手を見つめ、ワナワナと全身を震わせていたソラキであるが……やがて彼女はフラリと立ち上がる。
「ゼー……ヒュー……ゼー……ヒュー……」
まるで体力の限界まで走ってゴールしたばかりのフルマラソン選手のように、長く荒い呼吸を繰り返しながら。
だがそんな状態であっても、ギラギラと危険な光を帯びた目線はしっかりなのは達に向けられていた。
「一つ、訊ねるだわよ」
「なに?」
「お前達は、魔族との戦闘経験があるだわよ?」
二人は顔を見合わせた後にソラキへ頷き返す。
「う、うん」
「ある。あなたよりもっと強くて、怖いのとも」
ジュエルシード探しから始まった昨年は、本来なら生涯目にすることがないはずの魔族と関わった年でもあった。その中でも、“闇の女王”が放っていた重圧感は目の前にいるソラキの比ではない。
「フ、フン! それはそれは、よっぽど弱い奴らとばかり戦ってきたみたいだわよ!」
「(ね、ねぇフェイトちゃん。あの子、わたし達の話をまったく聞いてないみたい)」
「(うん。それに、あんな状態で言われても)」
威勢は良いが、今のソラキは見るからに満身創痍といった様子。息は大きく乱れたまま、肩も激しく上下していた。
それでも――――。
「……アタシは、アタシ達はずっと魔界で生きてきただわよ。毎日、命のやりとりをしながら」
二人を見据えたまま、ソラキは独り静かに喋り始める。
「弱いことが罪。弱者にあるのは死。それが魔界における、唯一にして絶対のルール。だからアタシ達は強くなるため、常に生死をかけて戦い続けてきたのだわよ」
荒かった呼吸を無理矢理に落ち着かせ、ソラキの両手が再び左右に広げられていく。
同時に、ソラキの瞳からは光が消えた。
「…………なのは」
油断なくバルディッシュを構えながら、フェイトはスッとなのはの前に立つ。
親友に頷きを返したなのはも、少しばかり距離を取った。
「(あの顔……ソラキにはもう、言葉は届かない)」
タン、タタン、と魔族の少女が軽快なリズムでステップを踏み始める。
それは妖精の舞いもかくやと言うほどに、幻想的な光景。
光の消えた瞳には代わりに狂気が宿る。
「だからアタシ達は、アタシは負けない。人間なんかに……! こんな、こんな生温い世界で、ただのうのうと生きてるだけの奴らなんかにっ!」
あの状態のどこにそんな力が残っていたのかと思えるくらい、ソラキの身体から凄まじい勢いで青く輝く魔力が噴き上がる。
「バルディッシュ!」
《Haken slash》
「負けるわけにぃ……いかないのだわよ!! ファルシャーーッ!」
「! 速い!」
叫び、凶器と化した両手を振り上げたソラキは既にフェイトの目の前にいた。
フェイトは相手のこれまで以上の速さに目を見張るも、慌てず相棒を振るう。
「えっ」
しかし光の刃はソラキを素通りする。幻影だ。
「いない!? クッ!」
死角から振るわれた手斧の一撃を何とか柄で受け止めるが、その手応えはとても重い。
ビリビリと両手に振動が伝わってくる。
即座にそちらへ刃を向けるのだが、先程と同じくその姿が消えていく。
「フェイトちゃん!」
「アッハハハハハ! どうしたどうした!? そんな物では、アタシのファルシャは防げないのだわよ!」
その変幻自在な高速機動ぶりは質の悪い風がずっとまとわりついているようなもの。
フェイトの方も決して遅いわけではない。もともとなのは達の中でも闘気を解放したルティシアに次ぐ速さであるのに加え、今は天使化で能力の底上げもされている。同年代どころか、彼女よりも速い魔導師を見付ける方が至難といっていい。
そんなフェイトが加速魔法まで使っているというのに、今の鬼気迫る雰囲気のソラキはそれすらも上回っているのだ。
フェイトが移動したのを見てから動いても先回り出来るという、その異常なまでの機動力。そこだけを見て取れば、あの“女王”よりも上であろう。
長柄に対して手斧という得物の相性的にも、死角である懐に入り込まれてしまっては致命傷を受けないようにするのがやっとだ。
高速で空中に現れては消えを繰り返しながら、激しく武器の打ち合う音が辺りに響く。
得意としている高機動戦で防戦一方となったフェイトは徐々に魔力を削られていき、凶刃が振るわれる度に黒き天使の羽根が舞う。
(速さだけじゃない……ソラキの闘い型は、ルティに近い)
フェイトの得意が近距離から中距離のいわゆる
そんなルティシアの攻撃が自分達に向けられたことは無いが、今のソラキのソレは親友のソレとよく似たモノを感じさせた。
そしてもう一人、そのことを肌で感じ取っている人物がいる。
「助けないと……!」
なのはは考える。
幸い
ただ得意の砲撃魔法は最大のネックであるチャージ時間があり、その隙をあのソラキが見逃すとは思えない。仮に撃てたとしても、あの速度で動き回られては掠りもしないだろう。
それならディバインシューターやアクセルシューターといった誘導弾の類いなら……数を頼りにすれば当てられるかもしれないが、代わりに一撃の威力は大きく劣る。
かといって、威力と弾速があって一度に放てる数も多いスターダストはというと、こちらは全く誘導が利かないためバスター系と同じくかわされる可能性が高い。
――じゃあやっぱり、フェイトちゃんとの練習通り、バインドとシューター系でいこう。
相手もかなり消耗していた。それなら、シューターで少しずつでも効果はあるかもしれない。
僅かな時間で考えをまとめ、白の少女がレイジングハートを握り直す。
しかし少女が動くよりも速く、狂気を孕んだ高笑いがそれを阻んだ。
「アハハハハ! ムダムダムダァ!! そう何度も何度も、同じ手はくわないのだわよ!」
「ふぇ!?」
なのはの足下を起点にして、巻き起こった突風が少女を天高く吹き飛ばす。
「天駆けよ、カラミティウインド!」
渦巻く風は少女を取り込み、暴れ馬の如く空を駆け巡り始めた。
「なのは!」
「余所見してる暇はないだわよ!」
「くっ……」
真後ろから声が聞こえたと同時に、振るわれた右薙ぎの一撃をバルディッシュで受け止める。
続く左手の斧――下から斬り上げてくる一撃は身体を捻ることで避け、
「!」
空から、親友の姿を完全に覆い隠した風の渦が迫ってきていた。
《Sonic move》
間一髪で姿を消したフェイトの跡を通過した風は、強引な軌道で弧を描く。
そして黒翼の天使が現れた場所へと、渦は先程よりもグンと速度を上げて向かっていった。
「カラミティウインドの内側は真空」
自身も攻撃を仕掛けながら、ソラキは愉しげな口調で語る。
「そして中のものを切り刻む刃でもあるだわよ。止めたいのなら、アレそのものを壊すしかない」
出来るかなぁ? と、口元を歪めて嗤う。
再び襲ってきた渦を回避し、移動した先で鍔迫り合いをしながらフェイトはソラキを睨む。
「あなたには負けない!」
「面白い! お前達の守りがどれほど頑丈かは知らないけど……窒息死するか、それとも跡形もなく切り刻まれるか、はたまたアタシの手にかかって死ぬ栄誉を得るか。このどれかしか、お前達には残されていないのだわよ!」
至近距離で交差する赤と青の視線。人間と魔族の少女は互いに一歩も退かぬ構えだ。
轟音を伴い、フェイトの背後から大幅に勢いを増した渦が迫る。黒衣の少女はチラリとそちらを見て、
「全部、お断り」
スッとバルディッシュが斧を受け流し、魔族の少女を押しやった。
風の渦へと。
「む?」
ソラキの手足には黄金に輝く枷。その場に縫い止められていた。
青の少女が嘲笑する。
「所詮は、甘い奴らの浅知恵だわよ!」
小さな爆発音が一度、夜空に響き渡った。
「アッハハハハハ! 惜しかった、と言ってやっても良いだわよ?」
維持する力を失い、形を保てなくなった風の渦が空中で分解、霧散していく。
「あ……」
「――っ!」
圧縮された桜色の光球。
横薙ぎされた光の刃。
力尽くで弾き飛ばされた光輪。
魔力を纏い、青くボンヤリと輝く手のひら。
片手ずつ、球と刃を鷲掴んで受け止めたソラキの顔には勝者の笑みが浮かぶ。
「仕掛けるタイミングは完璧。白いのが渦から抜け出したのも、アタシ以外なら気付かなかっただわよ?」
渦の中で、
外からは見えないのを活かして複数の魔力弾を一つに集束していたことも、それを加速魔法を用いて体当たり気味にぶつけてくることまで。
「アタシは風の魔王! 身動き一つ、空気の僅かな震えが、アタシにお前達の動きの全てを教えてくれるだわよ!」
戦いを自らに有利な方向へ持っていくのはどこの世界でも変わらない。
不意打ちに騙し討ち。
勝者こそ全てな魔界においては、どちらも常套手段である。
それに仕掛けるタイミングを計っていたのは、ソラキも同様。
ニイッと口の端をつり上げ、掴んでいたものをグイと招き寄せた。
見た目はなのは達と変わらぬ華奢な細腕なのに反して力が強く、抗おうともがく二人の抵抗をものともしない。
三人の距離が無くなる。
「さて、アタシとの実力差に絶望したところで、失った魔力……お前達で取り戻させてもらうだわよ」
今からやることに、実はそこまで接近する必要はない。しかし、そこはソラキなりの考えがあった。
これからすること……ズバリ“食事”である。
今は二人とも焦りはしてるが、怖がっている様子は欠片もない。
しかし目の前で一人ずつ食べていけば、はたして残った方はどうするだろう?
怖がる?
泣き喚く?。
無力感に苛まれて世を呪う?。
自らの弱さを棚に上げて怒りをぶつけてくる?
どれでも良い。その
それとも、この二人はまだここから逆転出来るとでも考えているのだろうか?
もっとも、それならそれで構わない。望むところであるし、想定していたのよりもしぶとく抵抗されて大きく消耗してしまったが、余力はまだまだ……かなり……少しある。
抵抗されたとしても、自分ならそれよりも早く始末出来るだろう。
などと考えていたソラキであったが、そんなアレコレを彼女はまとめて放棄する。
小難しく考えるのは他の誰かがすればいい。目の前にいる二人は、食に対する興味が無い自分ですら一目で分かるほど、“極上の素材”なのだ。
より美味くなるというならそれに越したことはないが、新鮮な食材ならそのまま食べるのが醍醐味であろう。
魔族の少女は唇を舐めると、大きく口を開く。
「それじゃ……、いっただき―――ッ!?」
掴んでいた光をそれぞれ握り潰し、獲物を逃がさぬよう素早く二人に触れようとした時――紅い閃光が走った。
激しい痛みと共に、ソラキの両手が弾かれる。
「ガッ!? アアアアアアアアァァッ!!」
獣の咆哮にも似た絶叫。
全身が焼け焦げてしまうのではないかと思う程の熱が、ソラキを襲っていた。
視線を落とせば、手のひらは焼けただれたみたいになって白い煙が上がっている。
「こ、これは……ハッ!?」
ソラキは見た。
いきなり絶叫を上げて動きを止めた魔族の少女を、かなり驚いた様子で見つめている人間の子供達。
それでも二人は、今がチャンスとばかりにそれぞれの得物を構え直す。
しかし、ソラキが見ていたのはそれでは無い。
「り、竜……!?」
二人の正面……少女達を庇うようにして、見上げる程に巨大な真紅の竜が佇んでいた。
どうやらそれは幻影らしく、人間の二人には見えていないようだ。
彼女は知らない―――神に仕えし極一部の種族の血は、魔に属する者達にとっては有害な効果を発揮することを。
彼女は知らない―――竜の娘が姉や友人達に気付かれないようこっそりと、赤い灼熱温泉で自らを傷付け血を流していたことを。
知っていれば、ちょっとした好奇心で接近することもなかったであろう。
竜はすぐに消えてしまったが――唖然とした魔族の少女が動きを止めるには十分だった。
「ハアッ!」
黒衣の天使が疾風となって飛び出す。バルディッシュの先端から改めて生まれた光の刃が、駆け抜けざまにソラキの胴を薙いだ。
「グッ……!」
「私達もただ生きてるんじゃない。みんな願いを叶えるため、意味のために、悩みながら精一杯に頑張って生きている」
「う、るさい……! そんな戯言、絶対に認めない、だわよ!」
痛みで我に返り、斬られた脇腹を押さえて呻くソラキの視界が桜色に染まる。
夜空を仰ぎ見れば月が二つ――彼女が握り潰したモノよりも大きな光球へ、この世界には無い筈の“星”が幾つも流れ墜ちていっていた。
「だから……自分達だけの考えで、勝手に決めてかからないで!」
辺りに散っていた魔力の全てを集め直し、セントジュエルからの追加分と合わせて一気に放つ。
「スターライトブレイカァァーーッ!」
ならばもう一度と、ソラキがかざそうとした手は動かない。迫ってくるソレと同じ輝きの輪が、今まで以上の強度で彼女を縛っていたがために。
「エサの、にん、げん、如き、がぁぁああっ!!」
光の奔流は狙い違わずソラキを飲み込み、地上へと叩き付けて大地を穿った。
空から注がれていた月光の一つが急速に薄まるも、新たな一色がそこへと加わった。
薄い、薄くなった赤が。