四人に外見上の違いはほとんど無い。
裾の短いノースリーブなミニドレス。それと二の腕の半ばまでを覆った長手袋に、下半身はタイツとローファー型の靴を履いていた。ツインテールにまとめた髪も同じ。
違うのは、個々人に合わせた色や眼差し位だろう。
彼女のそれは生命を育みし水の色だ。
額に浮かんだ水滴を手袋で拭い取る、やや垂れ気味な目をした少女。。
魔族の四姫将が一人、溶水のミズキ。
数瞬前までは、彼女による機関銃もかくやという勢いで撃ち込まれた水の弾丸が轟音を響かせていた。
これまで襲いかかってきた相手のことごとくを撃ち貫いてきた、自慢の技の一つだ。
それが―――。
「な、なんなんだわさ!? いきなり強くなって、このタヌキ!」
「誰がタヌキや!」
いきなりタヌキ呼ばわりされ、無傷で立つ人間の少女――はやては憤りを見せる。
「タヌキじゃないなら化けタヌキだわさ!」
「タヌキちゃう! わたしはただの可愛い人間の女の子や」
「このワタシの攻撃を無力化しておいて、どこが可愛いだわさ! ヘタな魔界の連中よりも、余程イタチが悪いだわさ!」
「それを言うならタチが悪い、や! 動物じゃないから、イはいらんよ」
「う、うるさい! 人間共の言い回しなんか知るか、だわさ! 死ね、アクアブレット!!」
言葉の応酬を繰り返した後にやりこめられ、魔族の少女は軽く逆ギレする。
激昂すると瞳の青みが増した。はやてに向けて両手を構え、真っ直ぐ伸ばした十指からは怒涛の勢いで、まさに滝壺に流れ落ちる水の如く弾丸が放たれる。
撃っている人物の性格を示すかのように、ひねくれた軌道を描くこの水撃は弾速もあり、例え標的が逃げたところでどこまでも相手を追尾していく。あのソラキでさえ、これを全くの無傷で乗り切るのは至難の業だ。
だというのに。
今度のも、あの子供には“届かない”。
逃げたわけではない。
避け続けているわけでもない。
むしろはやては一歩も動かず、その場に立ち尽くしていた。
そして―――
『スペルブロック』
ただ一言、そう呟いた。
最初は居たが、いつの間にやら姿が見えない、物静かな女の声で。
現れた円柱状の不可視なエネルギーフィールドが、押し寄せてくる弾丸の全てを阻む。
何度も繰り返す内に分かったこともある。
打ち破る打ち破れない以前に、アレには触れただけで魔力効果を消し去る効果があるらしい。
「ぐぐぐ……リーダー同士の一騎討ちに、部下が手助けとは」
肩で息をしながら、興奮が抜けて毒づくミズキの瞳の色がまた薄まっていく。
効果の無い水撃を切り上げ、得体の知れない相手の技に頭を悩ませる。
このまま何も出来ないまま終わるのは彼女の矜持が許さない。何としても、術で相手を出し抜く手を考えなくては。
「…………それをどの口が言うん? シグナムには二人がかりで襲いかかっといてって」
透明な壁の向こうで、スッとはやての目が細められる。寒々とした突き刺さるような視線に、魔族の少女は一瞬ギョッとした。
「そうや、その分の礼もせえへんといかんかったね。あ、それとな? シグナムは部下とちゃう。みんなわたしの、大事な家族や」
騎士達を統べる王でもある少女が、手にしている王錫たる杖を向けた。
「うぎぎぎぎっ!」
ミズキの頭がまたもや沸騰しかけるが、今回はなんとか抑えることに成功したようだ。目の色が文字通り目まぐるしく変わると同時に、ミズキは“これから”を考える。
自分とは相性が悪い。それを理解して時間稼ぎをしていたが、ミズキの待ち人はなかなかやって来ない。
(ソラキはいったい何やってるだわさ!? いくら呼んでも来ないとは……また遊びに夢中になってるだわさね。早く来い、だわさ! そうすれば、こんなタヌキなんかチョチョイと捻り潰せるというのにっ)
過酷な環境である魔界で生き抜いてこれたのはひとえに、その抜群なチームワークがあったからこそ。個人でも強い彼女達だが、それでもあの地を一人で生き抜くのは、今の自分達ではまだ出来ない。
その中で、魔法攻撃に長けたミズキと物理技に特化したソラキは特に良くコンビを組んでいた。
後の二人がそれぞれの得意分野で相手を翻弄して、自分達が倒す。
いつもなら呼ばなくても来るというのに――。
苛立ち紛れに脳内で文句を言った時。ここからそう遠くない場所で桜色の閃光が瞬き、爆発が起きる。
「――っ!」
その瞬間、背筋を冷たいものが走った。言い知れぬ悪寒に髪の毛が膨らむ。
「な、なんなんだわさ、いったい」
「ミズキ!」
「オウキ……?」
ミズキの隣に、地中から飛び出してきた黄色の少女が並んだ。
かなり慌てた様子の彼女は金剛のオウキ。待ち人では無いが、ミズキの仲間である。
「あちゃあ……先にあっちへ増援? だとしたらマズいなぁ」
それを見たはやての顔には焦りが浮かぶ。仲間の応援を待っていたのはミズキだけではない。はやても同じである。
そんなはやてをチラ見して、ミズキは少しだけ心の平静を取り戻す。先程感じた不安を意地でも表に出さないよう苦心しつつ、現れたオウキに対しては訝しげな視線を向ける。
「たかだか人間の群れを倒すのに、えらく時間をかけただわさね? オウキ」
主に作戦の立案を担当する彼女は仲間内で一番落ち着いて(※あくまでも彼女達の中で)おり、派手さもなく地味だが堅実な戦果を上げていく。
今回オウキが担当した数は確かに多いが、その中には魔力を持っていない者達も含まれている。自分達の中で唯一、
そんなオウキがここまで遅かった理由。
どうせ食事するのに時間をかけたからだろう、とミズキは迷うことなく結論付けた。
食事はじっくり腰を落ち着けてするものだなどと、実にバカげている。食事など、その瞬間を楽しむものではないか。
余計な小細工などしなくても、最期の断末魔を上げる一瞬に勝る味などないのだから。
そんなことも分からないから、いつまで経ってもコイツは地味なのだ。
そんな思いを視線に込めていたミズキ。
ところが。
「そう言うお前は確か、二人か三人だった筈でゴワスな。で、真っ先に手傷を負わされた上、まだそこにいるようだが?」
「ぶっ……」
何とはなしに放り投げた言葉が、ピッチャー強襲で打ち返されてきた。
思わぬ反撃に二の句が次げず、水色の少女の口はパクパクと金魚のように開いては閉じてを繰り返す。
「うっ……。あ、アタシの方は、ほら、えー……わ、ワザとゆっくりいたぶってただけだわさ! 今だってトドメを刺すところだったけど、オウキがどうしても手伝いたいというなら」
何やら早口で捲し立て始めた口を片手で塞ぎ、オウキは真剣な面持ちで言う。
「アッシとしても、広域殲滅力に長けたお前の力を貸してもらいたかったが、今はそれどころではないでゴワス。………ソラキが」
「!」
その一言で、ミズキの顔色が変わった。
先程感じた悪寒の正体を悟り、声には出さずまさかと叫ぶ。
ミズキは一度はやてに視線を向け、直後――魔族の少女達はシャボンのような泡に包まれ、姿を消した。
「消えた?」
辺りを見渡すが、どうやら近くには居ないようだ。
『どうやら転移したようです、我が主。おそらくは、高町なのはとフェイト・テスタロッサ達の所へ』
はやての疑問に、彼女とユニゾン中のリインフォースは確信に近い推測を述べる。
「そっか。さすがはなのはちゃんとフェイトちゃんやな」
『……それはそうと、我が主。少々、申し上げたいたいことが』
ウンウンと頷いては笑顔のはやてに、リインフォースの方は少し浮かない様子だ。
「ん? どうかしたん、リイン?」
『やはりあのような方法は危険かと。今は術を乱用したから良かったものの、あの者には烈火の将に用いた仕込み爪があります。もし、途中でそちらに切り替えられていれば……』
スペルブロックはその名の通り、魔力を用いた攻撃にしか反応しない。素手で殴ったり武器を用いたりといった、直接的な物理攻撃に対しては素通しである。
バリアジャケットのように常備化することも、張ったフィールドを維持する間は移動出来ないなどの欠点もあるが、魔力を用いた攻撃についてはほぼ完全にシャットアウト出来る。
女王との戦いの折、その有用性に気付いたはやてはメーア指導のもと、真っ先にこのスキルの修得を急いだ。
ソウルを宿せだとか、術を使うためには精霊力を上げる必要があるなどと、よく分からないことを言われながら。
おかげでこの半年間は足のリハビリ・四月からの復学に備えての勉強・魔法の修行に管理局で働くための準備など、かなり忙しい日々を過ごすことになってしまった。
「わたしもそれは思うたけどなぁ……途中で切り替えられたらって。でもなぁ、あの子思うた以上に負けず嫌いやったみたいやね」
『? そう思われる、何か根拠があったと?』
「根拠というか、勘……かなぁ。ああいったタイプの子は、挑発したら意地になって繰り返すんちゃうかなって。実際そうやったわけやけど」
最初にはやてと相対した時、ミズキは確かに爪を構えていたのだ。
しかしはやてが魔法を二度三度と唱えていく内に、ミズキは爪を引っ込めてしまっていた。
説明した通り、はやてから見たミズキはプライドが高すぎる負けず嫌いだ。自分の方が実力は上だと絶対の自信のもと、それゆえに相手が得意な土俵で勝とうとする。
だからこそ近接戦を得意とするシグナムには爪で挑み、はやてに対しては魔法で挑んできたのだろう。
熱しやすく冷めやすい性格も災いし、挑発すればそれこそ意地になってしまう姿はとある友人を連想させる。
とはいえすぐに熱くなる一方、二人で同時に襲いかかるということもやってのけるのだ。
そのため“魔法を誘発させながら、ソラキや他の仲間からの奇襲を警戒する”必要があった。
飄々とした態度を装ってはいたが、実戦経験がほとんどないはやてにとって、少々どころではなくキツい状況である。リインフォースが一緒だったとはいえ心臓は今も激しい鼓動を奏でており、目の前に布団があればそのまま倒れていたであろう。
はやてがなのは達に向けた『さすが』という言葉の中には、何度もこんなことを体験してきたであろう二人へのそんな心境が込められていた。
ちなみに彼女が『勘』と言った理由――何よりも大きいのはそれがマンガやアニメ、ゲームといった物から得た知識だからである。
余談だが、八神家ではやて以外にゲームの理解があるのはヴィータくらいで、次いでシャマルとメーアだろうか。ザフィーラは固辞、シグナムやリインフォースもスポーツやパーティーゲームといったものなら参加するが、自ら進んで遊ぶことはない。
メーアも理解は示したものの、数回遊んで以降は誘われた時だけだ。それよりも静かに本を読みたいからとのことだが、ゲームで賑やかになる一番の理由は彼女自身にある。彼女が常にハメだの反則スレスレのプレイをするせいであり、その被害に遭いやすいヴィータがキレて暴れるのが事の真相だ。
『……狙ってやってるんじゃない。自然とそうなってしまうのが魔族』
ナチュラル嫌がらせ。
無論、何故かどや顔で勝ち誇って言うメーアをヴィータが殴り倒したのは――記すまでもない。
閑話休題。
はやての説明に、首を傾げながらもリインフォースは納得したようだ。
『それでも、危険なマネだけはくれぐれもお控え下さい。我が主』
結果としてはやての狙い通りになったのだ。それならアレコレ言う必要はないだろうと判断したリインフォースだが、伝えるべきことはきちんと伝えておく。
「もちろんや。いつもありがとうな、リイン。じゃ、シグナムの所に」
「はやてーーーーっ!!」
「……ん?」
『この声は鉄槌の騎士?』
空から聞こえてきた叫び声に、そちらを見上げようとした矢先――緋色の弾丸は既に着弾していた。
「無事か! 怪我してないよな!?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ヴィ……まっ」
即座に駆け寄ってきたヴィータに激しく揺さぶられているため、制止しようとするも上手く言葉にならない。
『落ち着け。無事な主が無事でなくなる』
「うるせー! ……え、無事じゃない? 誰にやられたんだ!? 今すぐあたしがブッ飛ばしてきてやる!」
「ちょ、ま……あ、なんか気が……遠く」
『主ーっ!? お気を……ええい、落ち着け!』
そんなヴィータの着弾地点では――
「………………」
後ろ襟を掴まれて空中を爆走された挙げ句、着地と同時に投げ出されたメーアが伸びていた。
(※ 次話で四姫との戦闘は終わりですが、今回の書き溜めはここまで……またしばらく間が空きます。真に申し訳ありません。
以降は以前募集したリクエスト編などを。追加や新規の方など、ありましたらまたメッセージの方にお願い致します。
二月三日記)