イナズマイレブン!アレスの天秤 半田真一伝説!〜導かれしスカウト達〜 作:ハチミツりんご
「サッカー部でーす!!入部希望者募集してまーす!!」
「なななんと!!今ならあのイナズマイレブンの一員、半田君の指導が受けられますよー!!奮ってご参加下さーい!!」
「ちょっ!?その勧誘の仕方やめろよ!!」
ワーワーと騒ぎながら、校舎の入口付近で片っ端から生徒に声をかける男女のペア。言わずもがな、新生雷門のキャプテン、半田とそのマネージャーである大谷だ。彼らは統括チェアマンの轟の言葉を信じ、この雷門中に眠る才能を発掘すべく行動を開始。円堂から借り受けた、『サッカー部 部員募集中!』と書かれた大きな看板を手に勧誘をしていた。
「サッカー部?いやぁ、俺経験ないし……」
「ちょっと、全国優勝したチームに入るのは気が引けるから……」
「あんだけボロ負けしてもまだやる気に満ち溢れているのは凄いけど、おいどん相撲部でゴワスから……」
ーーーなのだが、誰一人として勧誘を承諾してくれる人物は現れず。そう都合よくこちらのやる気に乗ってくれる風丸のような男や、のらりくらりとしていても助っ人として参加してくれた松野のような生徒がいる訳もなく、時間だけが無情にも過ぎていった。
「………だ、だっれも来ねぇ……!!」
「声掛ければ何人かは入ってくれると思ったのにね〜………」
そんなある日の放課後、教室の机に突っ伏しながら疲れたような声を上げるサッカー部の2人。休み時間や昼休み、放課後の時間も使用して声掛けを続けているが、成果も得られず早一週間。
既に雷門イレブンは多くが派遣先の学校を決める為の下見や転入手続きで出払っており、着々と強化委員としての務めを果たすべく先に進んでいた。半田達とは対照的であり、それに対する焦りも募る。
「どーすんだこれ……だれかいねぇかなぁ、まだ声掛けてなくてチームに協力してくれそうな才能ある奴……」
「そう都合よくポンポン出てくるものじゃないよね、それ………」
半田の愚痴に思わず苦笑を零す大谷。実際の所、この雷門中に隠れた才能が複数眠っているとは言うものの、そのヒントすら無し。大谷はサッカー初心者であるし、半田もあくまでプレイヤー。一目見ただけでその人物の才能が読み取れるような慧眼は持っていない。というか持っていたらもっと効率よく動いているというものだ。
「あと声掛けてないのは……一年か?」
「後は、部活動に入ってる子達にはあんまり声かけれてないよね。放課後の練習中に突撃する訳には行かないし、休み時間だけじゃ全員には声掛けられないし……」
「三年生は勧誘しても仕方ないしなぁ……」
まだ声を掛けていない人物をリストアップすべく話し合う二人。三年生に声掛けても仕方ない、というのは、彼らが目標としているのは来年度のフットボールフロンティア、そして世界大会だ。今年の三年をスカウトしたところで、来年にはその人物達はいなくなっている。
それ故に、最初から三年生は勧誘対象から外されているのだ。仮に指導出来る生徒がいたなら声掛けてもいいかもしれないが、ここは雷門。望みは薄いだろう。
「あー、今から練習中の部活に引き抜きするのは先生達から怒られるし………練習終わりまで待ってから部活生の勧誘に行くか……それまでは個人練習して………ん?」
ここまで来たらほかの部活から引き抜くくらいしか方法は無さそうだ、と考えた半田。流石に活動中にやって来て堂々と引き抜きをするのはその部からも目をつけられるし生徒指導部からも注意を食らう。以前に円堂がやって許されていたのは、王者帝国との試合を間近に控えていたことと、なにより理事長代理の雷門夏未が了承していたからだ。
そんな風に考え、個人練習しようか、という結論に辿り着いた時、ガラリと音を立てて教室のドアが開く。放課後の教室にやってくる生徒とは珍しいと思い視線を向けると、その先にいたのは見知った顔。
「………ん?よっ、半田じゃないか!それに大谷も。どうしたんだよ、新生雷門の2人がこんな所で」
軽く手を挙げてにこやかに声を掛けてきたのは、旧雷門サッカー部の一員にして元陸上部のスピードスター。初心者ながら持ち前の健脚でチームを支え続けた疾風ディフェンダーこと【
蒼い髪を揺らしながらこちらに近づいてくる風丸に、半田も軽く手を挙げて答える。同じクラスである上に、円堂を通じて一年の頃から交流のある風丸と半田は結構仲がいいのだ。
「やっほ、風丸。見て分かるだろ?2〜3ヶ月前の円堂と同じ状況だよ。………いや、人数的にこっちの方がまずいかも」
「なんだ、もしかしてまだ大谷以外入部してくれる奴見つかってないのか?」
驚いたように目を丸くする風丸に向けて、そのまさかだよ、と苦虫を噛み潰したような表情で答える。その横で大谷も苦笑しており、2人の様子が入部者ゼロという結果が事実であることを雄弁に語っていた。
風丸自身、円堂が長い間勧誘している姿を見ているが、あの時と今では知名度が段違いだ。自分から入部してくる奴すらいるんじゃないか、と思っていただけに、この状況は予想外であった。
「なぁ風丸〜、誰かいい選手知らねぇか〜……?サッカー興味あるやつとか、興味無さそうでも運動神経いい奴とかでもいいからさぁ〜………」
「そんな事言われてもなぁ……」
半田はダメ元で友人にそんな事を聞くが、風丸はつい最近まで純粋な陸上選手だったのだ。持ち前のスピードとセンスで今までついてきたが、サッカー選手としても目が育っている訳では無い。ましてや最近までフットボールフロンティアのための猛特訓で手一杯だったのだ。そんな選手に気がつく余裕があったとは思えない。
「………あっ、いや待てよ……心当たり、あるな」
「っ!?マジで!?」
しかし偶然にも、風丸は心当たりがあった様子。即座に半田と大谷が食いつき、事情を聞かせてくれとせがむ。
「あぁ。世宇子中との決勝戦の後、雷門に戻っただろ?その時に、陸上部の何人かから頼まれてサッカーバトルしたんだよ」
「もしかして、その人たちがサッカー部に入ってくれそうとか!?」
「いや、ただ単にお遊びだったからな。殆どのやつが気持ち半分でやってたし、最初の頃の俺と同じようなもんだったぞ?」
陸上部でサッカーバトルした、つまりそのメンバーがサッカーに興味を示したのかと興奮して聞く大谷だったが、風丸曰くただのお遊びだったため入部する確率は低いだろうとのこと。それを聞いた2人はガックリと肩を落とす。ここで一気に複数名勧誘出来るかと思っただけに、残念さもひとしおのようだ。
「まぁ待てよ、まだ話の途中だ。それで、サッカーバトルしたメンバーは俺を除いて全員初心者だったんだが、一人結構上手い奴がいてな。俺も抜かれたんだ」
「っ!風丸が抜かれた?初心者にか?」
その発言に半田は驚愕を露わにする。この風丸一郎太は、全国でもトップクラスのスピードの持ち主ではあるが、それだけで全国優勝チームのレギュラーになれた訳では無い。持ち前の聡明さでサッカーというスポーツを理解し、積極的に学んだことによる確かな守備能力があったからこそ、あの戦いを駆け抜けられたのだ。
そんな彼が、油断はあったのであろうが抜かれた。しかも初心者に、だ。驚くなという方が無理であった。
「初心者にしてはドリブルも鋭かったし、キックも正確だった。サッカー部に入りたての俺より、間違いなく上手いだろうな。
それに何よりーーー足が速いんだ」
足が速い。よくあると言えば、よくある特徴だ。目の前の風丸も、それに当てはまる。そんな彼が口にした言葉に、大谷が首を傾げる。
「足が速いって、風丸君並ってこと?」
「いや、減速に関しては分からないが、少なくとも加速とトップスピードに関しては俺より凄いぞ。陸上部の頃、何回やっても勝てなかった奴だからな。校内じゃ、音速を超えてるんじゃないかって、馬鹿な噂が立つくらいなんだ」
勝てなかった。あの疾風ディフェンダー、風丸が十八番であるスピードで勝てたためしがないと言うほどの選手。しかも話を聞く限り、それ以外の部分のセンスもありそうだ。どのポジションになるにしても、時間の限られている新生雷門にとっては喉から手が出る程に欲しい人材だ。
「な、なぁ風丸!!そいつ紹介してくれないか!?」
このチャンスを逃すまいと風丸に詰め寄る半田。そんな彼の剣幕に後ずさりながらも、風丸は首を縦に振る。
「お、おう……ちょうど今から陸上部に顔出そうと思ってたんだが、着いてくるか?俺が誘ったっていえば、先生達からも何も言われないだろ」
「本当!?」
「行く!!行くよ風丸!!」
巡ってきたチャンスを逃さないため、2人は二の句も継がずに了承した。そんな2人を連れて校舎を出た風丸は、サッカー部の部室や他の部活の部室棟が立ち並ぶ辺りを抜け、野球部や陸上部のグラウンドがある場所へと赴いた。
「………あぁほら、アイツだよ。あの真ん中のヤツ」
そう言って風丸が指さした先に居たのは、陸上トラックに並んだ5人の選手。その中心のレーンで身体を念入りにほぐしているのは、白や銀に近い長めの髪をした人物。背はそこまで高くなく、身体も細身。脚部にはしっかりと隆起した筋肉が見えるが、全体的にパワーがあるようには思えなかった。
「あの人………あっ、同じ学年の人だ!!私、廊下で何回か見た事ある!!」
「え?あー、そういや俺も何回か………」
顔を見れば、切れ長の瞳をした結構な美形。あんな顔立ちならば一回見れば覚えていそうなものだが、と思いながらその選手を観察していた半田は、次の瞬間驚愕することになる。
「よーい………ドンッ!!」
フラッグを持った人物が合図をすると、並んだ5人の選手は一斉にクラウチングスタートで加速。そんな中、一人だけ、真ん中の彼だけが一瞬出遅れる。
陸上の世界において、スタートダッシュは勝敗を左右する程に大切なもの。実力が拮抗していれば、スタートダッシュ時についた差がそのまま勝者を決する事も少なくない。
そんな出遅れた彼と他選手との間には、既に1メートルほどの差が生まれていた。この差を埋める為には、加速しながら全力で駆けるしかない。
「…………シッ!!!」
しかし。短く息を切った彼は、瞬きの間に、他選手の
「えっ嘘っ!!」
「!!」
遠くから見ていた半田には理解出来た。あの選手は、何も特別なことはしていない。ただ単純に、ただ純粋に、走っただけだ。『他の選手が一歩踏み出す』内に、その選手は2歩ーーーいや、3歩踏み込んでいた。
「っ!!負け、ない!!!」
右から2番目のレーン、先頭を走っていた長い金髪の選手に追いついた彼は、さらに加速。その選手すら置き去りにし、すぐさま集団の先頭に躍り出た。
もちろん、金髪の選手も負けじと加速する。半田から見れば、金髪の彼も自身よりも遥かに速い。しかしながら、その金髪の選手を嘲笑うかのように加速し続けるその銀髪の選手は、差をグングンと広げていく。
そして、遂にゴール。先に着いたのは、余裕で銀髪の選手だった。その少しあとに、悔しそうに顔を歪めて金髪の選手がゴール。残りの選手も順々にゴールして行った。
「一着、速水!!二着、宮坂!!」
タイマーを持った人物がそう叫ぶ。それを聞いてからゆっくり減速した彼は、身体の熱を逃がすかのように息を吐く。
「………ふぅ〜〜〜………危なかったァ………」
「なーにが危なかったですか!!出遅れたくせして余裕で勝ってて!!!」
余裕で勝利したくせに危なかったなどと抜かす自分の先輩に抗議のようにキャンキャンと噛みつきにかかる。そんな後輩を見て、いやいや、と笑いながら手を横に振る。
「マジで危なかったっての!スタートダッシュミスった時は終わったと思ったわ」
「その後アホみたいに加速して僕を抜きましたけどね!!!だーっ、もう!!速水先輩に勝てた試しが一度もなーい!!!」
「はっは!!風丸にも負けたことねぇんだ、そう簡単に1年に負けっかよ!!」
むきー!!と地団駄を踏む金髪の後輩に向けてそんな風に茶化す銀髪の男。そんな彼の走りを見ていた半田は、目を大きく丸め、目の前のことが信じられないでいた。
「………速い………確かに、風丸よりも……!!」
「……だろ?コイツが、俺が一年の頃から勝てなかった奴だよ。
ーーーおーい!!速水!!」
驚愕する半田に笑いかけながら、大声で先程の選手を呼ぶ。自分を呼ぶ声が聞こえたのか、くるりとこちらを振り向いた彼は、風丸の姿を捉えて喜色を浮かべながら軽く手を上げる。
「おう!!かぜまーーー」
「風丸さーん!!!!」
彼が答えるよりも先に、隣にいた金髪の後輩が脱兎の如き速さで風丸の方へとやってくる。そんな変わらぬ後輩に呆れた笑みを浮かべつつ、よっ、と軽く応対する。
「久しぶりだな、宮坂。いい走りだったぞ」
「ホントですか!?風丸さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです!」
憧れの先輩から走りを褒められて上機嫌になる金髪の後輩こと、【
「ったく……俺が褒めてもなんも言わねぇくせして、風丸には懐いてんだよなぁ……」
「だって速水先輩のは嫌味にしか聞こえないんですもん」
ジトっとした目で銀髪の彼を見やる宮坂。そんな後輩に呆れながらも、目当ての彼は風丸に向けて軽く挨拶を交わす。
「よっ、風丸。久しぶりだな!……っと、そっちの2人は……」
「久しぶり、速水。紹介するよ、こっちの2人は俺の友人で、サッカー部の2人だ」
「あー、俺、半田真一。一応、新生サッカー部のキャプテンだ」
「私は大谷つくし!!マネージャーやってます!!」
半田と大谷が挨拶を交わすと、人のいい笑みを浮かべたその少年は、おう!と言いながら言葉を紡ぐ。
「知ってるぜ、今勧誘やってるので有名だもんな。なんだ、風丸みたく、またうちの部員を引き抜きに来たのか?」
また、とは言うが、その表情は笑っている。サッカー部が風丸を引き抜いた事に、特に悪感情は抱いていないようだ。そんな彼に向けて、風丸は首を縦に振る。
「お前だよ、速水。俺がお前を推薦したんだ」
「………は?オレ?」
キョトンとした顔になるその男。そもそもサッカー経験のない自分が、あの雷門サッカー部のスカウトの対象になるとは思ってもみなかったのだろう。
「あー……それはちょっと予想外だな……まっ、取り敢えず自己紹介な!」
ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑していた彼だが、半田達の方へも向き直り、にこやかに笑いかけながら右手を差し出す。
「俺は速水!!【
そう言って差し伸べてきた速水の右手を、よろしくな!!と返しながら強く握る半田。
これが、後にフットボールフロンティアを湧かすことになる新たなスピードスターと、半田真一との出会い。いささか刺激に欠けるかもしれないが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない……?