Q.復讐は罪か
この問いは何十年、何百年、もしかしたら永遠に解けないのかもしれない。
例えばある男、Aを殺害した犯人Bが居たとしよう。その動機は昔、弟を交通事故で無くし、犯人がAであった。Bは十年間復讐するために青春や人生をささげ、ようやくAを殺害することに成功した。
ただBがAを殺したとだけ聞けば、間違いなく聞いた全員が『Bが悪い』と思うだろう。しかし、BとAの事情を聴くと主張を翻す人もいれば、悩む人もいるだろう。
しかし、いくら事情があったとはいえ、人殺しは悪であるとして裁かなければならない。法が絶対的な力を持ち、法の下で民が平和に暮らすためには、平和を犯す不純な存在を消し去る必要がある。たとえ、不条理や理不尽だと罵られようとも。
そのことは誰もが理解しているだろう。しかし、いざ自分が当事者となった時、たとえ頭で理解していようとも体が、意識が追い付かない。
そう、あの時も……
桜の花びらが空を舞い、ほのぼのとした気温を感じ、日本人のほとんどが春を感じるであろう4月の今日この頃。東京都を無数に走る舗装された道路の一本を疾走する乗合のバスがあった。バスの中は出社するのであろうOLやビジネスマンの姿がちらほら見えるが、ほとんどが同じ制服を身に纏った高校生、後部座席を独占し、かくゆう後部座席左側に座る俺も独占している集団の一員で、一番後ろから車内を見渡せるのだが、正直景色を見ているほうがましだと思う。
ぼーっと窓を眺めながら桜が見えるのは反対の窓だったため座れなかったことを少々後悔していると、バスが停車し、ブザーと共に誰かが乗り込んできた。乗ってきたのはこれから商談でもあるのだろうかと思えるほど腕時計を何度も確認するスーツ姿の男と、腰が三十度以上折れ曲がっているであろう老婆だった。乗ってきた老婆に視線を移したのは全員が座っている中一人立っている学生の少女のみだった。
乗ってきた老婆に皆一瞬は視線を移しただろうが、すぐに視線を外し、ある者は俺と同じく景色に、ある者は手元の携帯端末に、またある者は本に視線を移した。誰だってそうするだろう、いくら学校がもうすぐとはいえあの老婆に席を譲ろうとは思わない。席を譲ったところで誰かに褒められるわけでもなく、ただ空虚な自己満足をほんの一時、味わうだけだ。
「席を譲ってあげようと思わないの?」
そんなOLが発した声がバス内に響く、正直驚いた。自分が席を譲るパターンではなく、優先座席に座っている男子高校生を注意するとは。だが相手が悪い、その男子高校生は老婆に対して一切の興味を抱いていないのは一目瞭然。たかが小さな正義感で注意するOLが太刀打ちできる相手だとは到底思えないし、結果なんて赤ん坊でもわかる。
「今から修羅場みたいだけど……どうするの?助ける?」
「まさか、あんなのを観察して脳細胞を消費するぐらいなら、円周率でも唱えたほうが百倍ましだ」
隣に座っていた 寒桜 冬香の問いにばっさりと答える。彼女はこの学校に入る前からの知り合いだが、知り合いと呼ぶには関係性が……高校生にしては複雑すぎる。
「あ、あいかわらずばっさりいくね……」
「昨日さんざん俺を攻めた人間がよく言うな」
「あっ、もしかしてやってほしいの?」
俺のほうが身長も座高も高いため自動的に彼女が上目遣いになるが、何年も見ればそろそろ慣れる。それより去年ごろから急激に成長した女性特有の装甲板のほうが少々気になるが、今は置いておこう。
「なわけあるか、第一公共の場でやってみろ。最悪犯罪だぞ」
「……だからいいんじゃないの?」
だいぶと頭のネジが吹っ飛んでいる相棒にはぁ、っと一つため息をつくと後部座席のシートに横向きで寝転がる。
「好きにしろ、ただし横の三人に気取られるなよ。後、音は控えめで、な」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
俺の片方の耳が彼女の舌で死んでいくとともに俺は体と意識を切り離し、終わりの時を待った。この時、先ほど話した男子高校生とOLの戦いがさらなる局面を迎えていたとも知らずに。
バスから降りると視界に飛び込んできたのは天然石を連結加工した門と、その門に寄りかかっている『入学式』と書かれた立て札だった。入学式の文字の形を見るにどうも印刷らしい、このような立て札はたいてい筆で書かれているものと思っていたが……
ふと門に目を移すと先ほど同じバスに乗っていたであろう女子が、一人の見覚えのある男子を見下ろすように数段上から話しかけている。いや、話しかけているというより忠告のように一方的なものに感じるが、それはそれ。俺達は俺たちのペースで進めばいい。
「ふぃー、充填完了!」
「俺の耳をなめてエネルギーを充填するとか、お前はどういうエネルギーで動いているんだ?」
素朴な疑問をぶつけながらかばんを肩にかける。彼女はかばんを肩にかけず両手で持っているが誰かに当たりそうで正直ひやひやしている。
「動くときのやる気になるエネルギーだから、光合成みたいに自分でエネルギーを作れるわけじゃないよ」
「むしろ、お前がそうだったら今頃俺が解剖してる」
「うわぁ、リアリティあること言わないでよ」
水色の長い髪が朝日に照らされて、ただでさえ薄い水色の髪がさらに透ける。ほとんどの乗客を吐き出したバスがプシューっと気合を入れ直すようにドアを閉め、遠ざかっていく。バスがいつもより近い事を一瞬疑問に感じたがそういえばこの国は左側通行だったなと思い出す。もう門をくぐったのか、早く来いと手招きする彼女を追う。
俺の名前は菊川 零 東京都高度育成高等学校、その校門をくぐった時、何か今までとは一線を画す雰囲気を感じ取った俺はどこかほくそ笑んでいた。