ひよりと知り合い、そのままの勢いで連絡先を交換した翌日、登校すると一年全体では困惑した、とても明るいとは言えない空気が漂っていた。
「そうか、今日は月初めだったな…」
日々のブラック企業にも引けを取らない激務の影響で体は完全に曜日感覚を失っていた。携帯を確認してみると、今月分94000円が振り込まれていたが、この額は入学初日に振り込まれていた10万には少し及ばない。
これでクラス全員がポイントは減額されるもの、最悪0もあり得る事を理解したはずだ。
こちら側に着いた生徒には事前にポイント消費を控える事を伝えておいた、ここからの数日で所持ポイントが極端に低い生徒は所持ポイントの高い生徒に縋り付くだろう。人とは他人から頼られることに個人差は生じるが幸福感を覚える。そしてその幸福感を覚える原因を作ったのは俺たち坂柳派だ。
そのうち葛城派には見抜けていなかった事を俺たちが見抜いた事をクラス全員が知るだろう。
まずは一勝、机の下で小さくガッツポーズを作った俺はそのままの勢いでHRを受けた。担任の真嶋先生の手によって貼り出された二枚のポスターの内容は概ね予想通りのものだった。片方は前のテストの結果だ、ぶっちぎりで相方が最低点数をとっている事には目を瞑ろう。今後に期待だ。いや、期待したい。
そしてもう片方にして大本命のポスターに載っていたのは、クラス単位での成績表とでもいうべきか。上から順番にA,B,C,Dと並び、その配列に対応するかのように数字は小さくなっていく。
Dクラスに至ってはゼロだが、俺たちAクラスのポイントが940である事と、今さっき受け取った94000ポイントが対応しているのを見るにこれがクラスポイント、あの生徒会長が俺か、葛城か、どちらを選ぶかの判断基準。現在のポイントが940である以上このままいけば葛城の勝利は明確。俺たちはこの一月の間に60、6000円相当のポイントを失っている。それは何故か。
ちらりと前回、そして今回前代未聞、二冠王達成とでも言いながら王冠でも被せてやりたい点数を叩き出した相方を見やる。すぐに視線を逸らし、貼り出された厚紙のポスターに印刷された数字をぶつぶつ呟いているあたり現実逃避の素因数分解でもやっているのだろうか?まあ正直どうでもいいが。
とにかく学校における生活で点数を落としそうな行為が重なった結果と言えよう。だがそうなれば、そうであるなら
「Dクラスはどんな生活を送っていたんだ……?」
なにせゼロ、ゼロなのだ。この制度にマイナスの領域がないことを幸いというべきか、同じ学校でこうも差を見せつけられてはこの先が思いやられる。
だが、それは逆にチャンスと見るべきではないだろうか。Dクラスに聞き込みをすれば彼らがどのようにしてクラスポイントを下げたかわかる。それに該当する行動をAクラスの生徒が行っているのであればそれが原因。逆に彼らがやっていないのであればその行動による減点の可能性は限りなく小さいと言えよう。
「となると、Dクラスと接触するべきだが…はてさてどうしたものか」
と、呟いた時俺は俺は愚かにもあいつのことを忘れていた。このAクラスきっての人脈の広さを持つ彼を。
「櫛田、か?ああ、連絡先なら持ってるけど」
HRと1時限の間、俺は司城に会合のセッテングを頼んでいた。今頃0ポイントであったDクラスの荒れようは想像できようもないが、それはそれ。奴らも差があるとは言え、同じ人間。放課後にもなれば落ち着いているだろう。
「司城、そいつと会えないか?願うことならDクラスの中心人物がもう数人いてくれるとありがたいんだが」
いくら学年1の人脈を持つ櫛田といえどクラス内では一つの視点に他ならない。より多くの情報が欲しい今、人数は多いに越したことはない。
「ふーむ…他の中心人物といえばリーダーの平田にその彼女にして女子カーストのトップ、軽井沢」
女子というものは入学一ヶ月程度でカーストなるものを作り上げてしまうものなのか。女性だけの国家ができようものなら、そこでの封建制度は鎌倉時代に匹敵するのだろうか。少々気にはなるが後にしよう。
他にはいないか、と問いかけると司城はにやりと笑い、ある人物の名前を出した。
堀北 鈴音。苗字の時点で予想はついていたがあの生徒会長の妹らしい。にしても、兄と妹でこうも違うものか。異母兄弟ではないかと勘ぐってしまうほどだ
「それで頼む。会合場所は…パレットでいいだろ」
「パレットか、あいつらにパレットで物買うほどの金が残ってりゃいいけどな」
「その時は奢ってやるだけだ、恩は売れる時に売っておくものだぞ?」
「はっ!Dクラスに返せるほどの力があるとは思えないけどな!」
司城はそう吐き捨てるのと、一限のチャイムが鳴り響くのは同時だった。
クラス分けの基準が学力ではない以上、Dクラスという岩石の中にダイヤモンドが隠れている可能性は否定できない。最もそれをダイヤモンドと知らずにDクラスは砕いてしまうのかもしれないが。
放課後、パレットにてDクラスを待っている俺、司城、真澄は各々が注文した飲み物を口に運んでいた。
パレットは連日人でごった返し、俺達も自室やカラオケほどではないが利用している。そして利用しているからこそわかる、昨日までとは聞こえてくる話題が大きく異なることに。
あちらこちらからため息や焦り声、頭を抱えてテーブルに肘をつく生徒も珍しくない。それを見つめる上級生から、あいつらも経験したんだな、といういかにも先輩らしい雰囲気が漂っている。
「Dクラス遅いわね」
そう言いながら真澄はまたココアを煽るがそれが最後の一口だったのだろう、いつも不機嫌そうな彼女の顔がさらに険しくなった。
「あいつら、自分たちの立場わかってるのか…!?」
だんだんとパレットの床を踏みつける強さが強くなっていく司城の表情には怒りが現れ始めていた。こういう状況をいつもなら冬香がなだめるか、有栖がばっさり切り捨てるのだが両者ともいない。
そもそもなぜこの不思議な三人なのか、一言で言うなら押し付けられたのだ。
有栖はDクラスに(正確に言えば今回来る四人にらしいが)興味がないらしく満面の笑みで断られた。冬香はどうやら今の時期生理らしく、昨日ごろから少々余裕がなかった。そして今朝の点数が思ったより刺さったのか有栖とは反対の青ざめた表情を浮かべていたため欠席させた。ちなみに正義は逃げた。
その時、パレットの開けっ放しにされたドアから数人が飛び込んできた。パレット中を見渡すと司城を見つけたのだろう、一名の女子を先頭に男子一人と女子二人がこちらに来た。
「ごめん司城君!」
開口一番そう謝る女子の額には数滴の汗が残っていた、さらには激しく息を切らしている辺りここまで走ってきたのは明白。
「い、いや大丈夫だ桔梗。俺達もさっき来たばっかだし」
嘘つけ!と俺と真澄が司城に視線を送るが、気づいていないのだろう彼の視線は桔梗に注がれていた。学年で一の人脈を誇る櫛田桔梗と名高い彼女だが容姿や雰囲気、さらにはその姿勢からも彼女の人脈が広いことには納得がいく。
「ええと、こっちが菊川 零。んでそっちが神室 真澄だ」
司城の簡単なパスを真澄は会釈一つで片づける。まあこいつが人付き合いを重要視するわけないのは理解していたが…司城も少々舞い上がっているようだし、ここは俺が取り仕切らないといけないか……
「菊川だ。まずはこの月初めの忙しい時期にも関わらず急な俺たちのわががまを聞いてくれてありがとう、礼を言う」
「ううん、困ったときはお互い様だよ!」
そう屈託ない笑顔を櫛田が向けている間に四人は席についていた。
「ええと、平田 洋介であってるか?」
俺は唯一の男子にそう問いかける、彼はそう頷くと手を差し伸べてきた。これにはもちろん応じる、握手を交わしたとき入学初日に有栖と交わした握手を思い出すが、意識の外に放り投げる。
AクラスとDクラス、最上位と最下位がこうして一つのテーブルを囲んでいるのを生徒会長が見たら泡を吹くだろうか。あの人は学年の生徒を尊重しこそすれこうして友情を育むほど余裕があるとは思えない。
「で、Aクラスのあなたたちが私たちを呼び出したのは何故?返答次第では私は帰らせてもらうけど」
「そーそー、なんでAクラスのあんたたちが私たちを呼び出すのかマジ分かんない。何、嫌味?」
片方の、容姿からはやはり兄妹というべきか、生徒会長と似た顔たちをしている堀北の発言を皮切りに最後の女子、Dクラスカーストトップの軽井沢も愚痴をこぼす。軽井沢は、女子のカーストトップの見本とでも言って辞書にでも掲載できるほど、典型的な女子だ。
「そっちがその気なら私もう帰るけど」
真澄がガタッと席を立とうとするが、俺はその腕を掴む。たちまち真澄から不機嫌丸出しの視線が注がれるが、それを司城のように無視すると俺は四人に向き直る。
「別に俺たちは嫌味を言いに来たわけでも、ましてやこうしてクラス間の溝を広げに来たわけじゃあない。俺達が聞きたいのはDクラスはどのようにして0ポイントになったか。それを知りたいだけだ」
「知ってどうするの?」
「簡単だ。Dクラスがした行為と俺たちが思いつく限り行った行為を比べ、合致した行為が減点対象であったと判断し、その行為を禁止し、来月のポイントを増やすために活かす。ただそれだけだ」
「それ、自分たちはポイントがあるからできることでしょ?しかもそれを0ポイントの私たちに聞くとか、やっぱ嫌味じゃん!」
「嫌味じゃない、Dクラスが最も減点対象となる行為を行ったから聞いているだけだ」
「それを嫌味って言うのよ、菊川君。それじゃあ私は行くから」
「洋介君、こんなやつらほっといて行こ!」
堀北が平然とパレットを去り、それに続こうとする軽井沢はぐいぐいと彼氏である平田の袖を引っ張るが、彼が後で合流すると言うと、彼女は鞄から携帯を取り出し、パレットに通いなれているのだろう、一切前を見ず自動車の自動運転さながら、さらさらっと人混みを通り抜け、パレットを去った。ふと先ほどまで掴んでいた真澄の腕はすでに俺の手になく、どこかに行ってしまったらしい。
開始早々お互いに人数が減ったが、その後は早かった。邪魔者がいなくなったと有栖なら言うだろうが、事実そうなのだ。そして、
「どうだ菊川、絞れたか?」
「ああ、それなりには、な。わかっていたことではあるが、ポイントがテストの点数に大きく左右される。それと授業外、放課後や休日の身の振り方。そこも小規模ではあるが採点対象とみてほぼ間違いないだろう」
放課後となれば確か、前にAクラスに喧嘩をうってきたCクラスの石崎に一撃かましたとは聞いてる。それによる減点は鬼頭自身反省しているようだろうし大丈夫だろう。
「ありがとう、二人とも。情報提供の礼と言っては何だがここでの会計は俺が持つ。好きな物頼んでくれ」
最初は二人とも遠慮していたが、最終的には折れて頼み始めたと言ってもここはパレット、軽食中心のためそこまで出費はかからなかった。帰り際俺は櫛田と平田の連絡先を受け取ったが、そのころには既に空は夕焼けに包まれ始め、帰路につく生徒の数もまばらだった。
そうして一年5月の初日は慌ただしくも終わりを迎えた
……かに思えた。風呂上りにかかってきた一本の電話。
この一月連絡を取り合うことも多くクラスの坂柳派に属する者はすべて連絡先に入っているし、もちろん葛城などの敵対してはいるものの同じクラスメイトである彼らも入っているが、今かかってきている電話の主は見慣れぬ名前。
そう、先ほど連絡先を交換したばかりの櫛田だった。