ようこそ実力至上主義の教室へ(仮)   作:黒月 士

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EpisodeⅠ-Ⅶ 中間テストの突破口

 波乱の金曜日そして週末を抜けた月曜日の朝、日もまだ上がりきらぬ時間帯に、何故かかかってきた電話にたたき起こされ、少々イライラしたスタートを切らされた。

 

「……もしもし!?」

 

「ああ、起きてましたか」

 

 電話の主はこちらの怒りなど知らぬ顔のようだ。部屋で紅茶でも嗜みながら、電話の相手が真澄なら嫌がらせ程度にかけてきたのだろうが俺には流石にしないだろう。

「起こされたんだよ!今何時か分かってるのか!?」

 

「ええ、5時ですね」

 

 

 平然と5時にたたき起こすあたり、内容が重要なことは容易く予想できるが、にしても何故この時間に?深夜から早朝にかけて何か知らせるべきことが発生したのか、知ったのか。

 

 とにかく低血圧である俺にとって生活リズムを作ることでようやく起きれている状況、そんな俺を、それも日が昇っていないようなこの時間に起こすのはもはや悪魔だ。世間では小悪魔的女子の需要が軒並み上がっているようだが本当の悪魔というものはこういうものだと教えてやりたい。

 

「単刀直入に言います、櫛田桔梗さんの弱みを握ろうとする人間を口封じしてください」

 

「……はあ?」

 

 なんともスパイ映画、特に不可能な任務的なハリウッド映画にありそうな指示を下された俺に二度寝する時間などあるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「口封じしろって…某スパイ映画じゃん」

 

 俺とまったく同じ感想を抱いた冬香と共に学校への道を歩いていた。教室に着くのが始業時間に少し早いぐらいなのだが、登校時間が同じぐらいの生徒があまりいない。先週まではもう少しいたのだが、顔見知りの相手が増えたことで登校時間がずれたのだろう。5月にしては澄んだ空気が通学路を吹き抜ける、その冷たさは起きてすぐに被った冷水によく似ている。

 

「そもそも桔梗の弱みってそう露呈しないはずだぞ…?」

 

 彼女は他人に頼られることを悦とする人間、簡単な話善人だ。多少裏を勘ぐったところで裏にあるのは結果的に人に頼られたいと言う欲であるため表とそう違いはない。そもそも桔梗の悦の根拠は俺と有栖の憶測のみだ、彼女がただの善人なら弱みどころの話じゃないがそれはないと断言できる。

 

 仮に本当にまっさらな善人だとすれば俺に接触してきた理由がない、友達を増やすためにしては男の部屋に上がるのは少々リスクを伴うし、面倒な疑いをかけられる可能性は高い。事実、あの勉強会の後司城から抗議のメッセージが鬼のように来ていたあたり、桔梗と同じクラスであるDクラスの人間たちは自分たちのアイドルがAに取られてしまうのではないかと思っているだろう。まあどうでもいいが。

 

「となると、桔梗には別の弱点が…?いや、だが奴には他に弱点を作るような要素はないはずだ…なあ冬香、おまえはどう思う…?」

 

 そう相方に意見を求めたとき、相方は俺の隣にはおらず、視界の端まで進み、時期に校舎の建材に姿を隠した。ポカンと相方の奇妙な行動に通学路で唖然とする俺はさぞかし滑稽なものだっただろう。冬香とはそのまま話す事なく(向こうが一切無視)、放課後を迎えた。終業のチャイムが鳴り響き、相方に今日一日の不審な行動を問いただそうと向き直った時には席にはやつの姿は無く、教室のドアが勢いよく開け放たれた音が教室中に響き渡る。

 

 ただでさえいつも一緒にいる俺たちが今日一日一切喋らず、しかも冬香が逃げるように帰った姿から我らがクラスメイトたちはヒソヒソと話を始めた。やめてくれ、俺もさっぱりなんだ。その願いをわざわざ口に出す事なく、俺も教室を発つ。向かう先は冬香も向かったであろう学生寮ではなく、図書館だった。

 

 

 図書館は前に訪れた時に比べて人の数はパッと見ただけでも二、三倍に増えており空いている机を探すのに此処まで苦労するとは思っていなかった。それでも見つけることができたのは先客がいたからだった、最も俺が図書館に出向いた理由はその先客に会うためと言っても過言では無く、たまたま会う場所が図書館だったというだけだ。

 

「なるほど…つまるところその冬香さんは何故か今日一日零君を避けていた、と」

 

「ああ、その理由が俺にはさっぱりわからなくてな…」

 

 昔からああやって無言に無視することは多かったが、大抵あいつのお菓子と知らずに食べたり、買ってきたシャンプーがリンス入りではなかったりなど簡単に理由はわかるものなのだが、今回ばかりはお手上げなものでひよりに頼ったというわけだ。

 

「私の予想ですが…冬香さんが零君に何か気付いてほしいからでは?」

 

「おいおい…そんなラブコメ小説みたいな展開が、しかも冬香に…?ないない、ぜっったい無いね」

 

 俺はそうかぶりを振る。第一あいつは何かあったらすぐに知らせる人間だ、要望があれば出来る限り俺が叶えることも知っているし、そもそも要望を躊躇するような間柄じゃない。

 

「現実は小説より奇なりと言いますよ?ここは一つ彼女に直接聞いた方が早いかと」

 

「そうか…」

 

 俺はそう呟き、髪をガリガリとかく。しかし、聞くにしても何から聞けばいいのやらさっぱりわからない。その事についてのアドバイスも彼女から聞こうとした時聴き慣れた女子生徒の声が図書館に響いた。

 

「須藤くんっ!」

 

 視線を移すと、赤髪の須藤らしき男子生徒が女子生徒の胸ぐらを掴んでいる。ちらりと見える髪の長さと桔梗の悲鳴に近い声の後に聞こえてきた言い放つような声のトーンから察するに堀北だろう。女子生徒の胸ぐらを掴むという事自体セクハラに当たる可能性が高いのは誰でもわかる事だろうが、今の須藤にはその考えが脳裏をよぎることが無いほど沸騰しているようだ、最もあの気の強い堀北が今の状況をセクハラだと言って切り抜けようとするのは到底想像できないが。俺はその机にいるDクラスらしき人物達に視線を移す。

 

 須藤の近くに座っている男子生徒2人はよく須藤と行動を共にしている山内と池だろうか、池に関してはAクラスの何人からか告白を受けたと聞いている。もちろん全員に振られたらしいが。山内はどうやらDクラスの女子に告白され、それを断ったとだけ聞いているがあくまで噂程度だ、信憑性は皆無と言っても過言では無い。同机には後2人ほど男子生徒がいたがおれには皆目見覚えがない、机に教科書が出ているあたり勉強会だろうが、面子から察するにあの二人も教えてもらう側だったのだろう。その教科書を自身の鞄に叩き込んでいく須藤とそれに続く山内と池、おどおどしている男子生徒の片割れを誘い、その四人は堀北と目も合わせる事なく図書館を後にした。

 

 あの二人を追いかけるのだろうか、桔梗が鞄を持った時、俺はふと今朝有栖から下った指示を思い出した。

 

『櫛田桔梗さんの弱みを握ろうとする人間を口封じしてください』

 

「ひより、冬香に聞いてみる事にするよ。どんな理由で起こっているのかを」

 

「ええ、また明日にでも解決したかどうか教えてくださいね」

 

 ひよりとの会話を早々に切り上げ、俺は桔梗の後を追った。彼女は須藤たちの後を追うだろう、ならば彼女一人を探すより彼ら四人を探した方が簡単だろう。図書館のドアを押し俺は靴箱に向かった、靴を履き替え、Dクラスの靴箱を確認する。靴箱の一つに上履きと一緒に入学してからまだ一月なのに妙に使い込まれているシューズがあった、サッカーやテ野球部のような泥やテニス部や陸上部のような乾いた砂も付いていないあたり、屋内のシューズであることは間違いない。問題はこれが果たして須藤のものなのかというところだ。

 

「…そういえば須藤は一年生で唯一レギュラーを取れるほどの実力者と聞いたことがあるな…」

 

 それだけの実力者なら自主練や残っての練習を励んでいないわけがない。確証はない、だが大方このシューズの持ち主は須藤を決めつけていいだろう。となれば、桔梗もその後を追って外に…

 

 ふと階段から足音がした、なんてことない2人分の足音だ。だがその足音は少々奇妙なものだ、足音の響き具合から察するに二人は同じ階層の階段を踏んでいない、なのに足音が響くのはほぼ同時だ。まるで尾行しているかのように。

 

 片方は桔梗だとした場合、もう片方は誰だ?と、そこまで行き着いた時俺は図書館から去る際一度Dクラスが使っていた机を一瞥し、堀北のみだった事を確認していた。あの時須藤たち三人に連れられるように去った男子生徒は冲谷と呼ばれていたがもう1人は誰だ?仮に今階段を登っているもう片方がその男子せいとAだとすると大方俺と同じく桔梗の後を追っているのだろう。

 

 彼女はクラス全員のことを気にかけている、あの勉強会も桔梗が企画したものだろう。なら、その勉強会を堀北が叩き潰した事に対して彼女に代わって謝るために追っていると考えれば筋は通る。俺は履き替えていた外履きを履き替え、進路を階段へと移した。

 

 できるだけ足音を立てずに、しかも早く、それには慣れていたため正直なところ桔梗を追っているAと合流する形になるだろうと思っていたがそうはいかなかった。思っていたより距離が空いていたらしい三階を知らせるパネルを蹴り四階を目指そうとしたがその足を止めざるを得なかった。三階と屋上をつなぐ階段の踊り場に先客であるAが居たのもあるが、最大の原因は…

 

「あーーーーうざい」

 

 桔梗があのDクラスのアイドル的存在、学年のマドンナと言っても差し支えない善人で有名な櫛田桔梗とは思えない低い負の感情に満ちた声を発したからだ。その後も呪詛に近いもので、ついに言葉にするだけでは足りなくなったのだろう。屋上の扉をトゥキックで蹴ったのだろうか、何かを蹴るような音が響く。

 

「……ここで……何してるの……」

 

 感づかれたか!?そう思い、俺は身を隠すが見つかったのはどうやらAらしい。とりあえず一息つくが、降りてきた桔梗はAの喉元に肘をあてがう。やりとりは先ほどの呪詛とは打って変わりドスの聞いた声がAを襲っている。すると、桔梗が急にAの手を自身の胸に当てた。これで黙っておいてなどという悲壮的な感じはしない。自身の胸を触らせる事で制服に付着した指紋を脅しの材料にするつもりだろう。

 

「これが、櫛田桔梗の弱み…か」

 

 桔梗の弱みはわかった、だがその弱みを知ってしまったAを、桔梗が口封じしているため二重に口封じをする必要はないだろう。俺は彼らのやりとりを最後まで見届けた後、三階に潜み、彼らが降りていく様を見ていた。先ほどのやり取りは何処へやら、桔梗から発せられる声はいつもの聴き慣れた柔らかい声に戻っていた。

 

 

 

 

 俺が自分の部屋にたどり着いたのは日が沈み切ってからのことだった。明日も学校だし日付が変わる前に寝てしまおうと思っていた。

 

 

 そう、俺の部屋に明かりもつけずに一人座り込んでいる冬香を見るまでは。

 

 

「…何やってる?」

 

 別に彼女が俺の部屋にいる事については彼女が俺の部屋の合鍵を持っているため何も問題はない。だが今朝のことがあったばかりだ、俺は思い切って疑問を彼女にさらにぶつけた。

 

「今日一日、何故俺を避けた?」

 

「…………」

 

 返答はない、俺は部屋の明かりをつけ、鞄を下ろし、制服のボタンに手をかける。全てのボタンを外しきり制服を壁にかけるまで何も発さなかった冬香の唇が少し動いた。

 

「……だって」

 

「ん?」

 

「…私以外の女子とばかり居たから…」

 

「は……?」

 

 答えはなんとも予想の斜め上どころか予想外もいいところだ。女子と一緒にいた事で普通拗ねるか?普通。だが俺は愚かにも自分たちの関係性が普通の友好関係とは大きく異なる事を最近知っただけだ。

 

「ねぇ…してよ」

 

 冬香はブラウスのボタンを数個外す。ああ、またかと俺は焦燥に駆られ、頭を抱えたくなる。病んだ人間のリストカットと同じように彼女にはこれから行うであろう行為が廃れた精神を安定化させる作用があるのだろう。だが、しかし、

 

「…明日は学校だ、跡もつくし明日に影響がないとは言えない。だから…」

 

 俺はそう発するがここまで来た彼女が止まらない事はよく知っている。だから今発したのは彼女を止めるわけではなく忠告したぞという俺自身への免罪符のようなものだ。はぁっと俺が息を吐き、ベットに腰掛ける冬香に視線を移す。相変わらず透き通った肌に、ここ数年で急成長を遂げた装甲板、そして冬香のドロドロとした感情を体現したかのような瞳。それらをじっくりを見た後、俺は彼女に一言、行くぞと声をかける。彼女はこちらの瞳から一切視線を外す事なくしっかりと頷いた。それを確認した俺は

 

 

 

 

 

 

 

 彼女に飛びかかり、首を思いっきり絞めた。

 

飛びかかった衝撃で冬香はベットに倒れ込み俺は馬乗りになりながら絞め続ける。ゴリゴリと筋肉と神経を圧迫していく感覚が手のひらを、酸素を欲するも供給されない事により動作を停止していく肺を視覚を通じて理解する。それでも俺は絞める事をやめない、彼女の両手は俺の気道を圧迫している両手を止めようとは一切せず、ただ彼女の瞳が俺の網膜を捉える事をやめない。絞め出してから間も無く、冬香が痙攣を起こし始めた。四肢が震える中それでも彼女に瞳は俺の網膜を見ようとしてやまない。だが、それも難しくなってきたのだろう。徐々に白目を向いてきた時俺は両手を離した。

 

 咳き込む彼女を起こし、背中をさする。冬香自身うまく力が入らないのだろう。起き上がった勢いそのまま俺の胸に飛び込んできた。咳き込む冬香の口から呟きが漏れた。

 

「ああ……幸せ…」

 

 前に何故こんなことをしてほしいのか聞いたことがある。彼女曰く

 

『君の視覚は私を捉えて、聴覚は私の荒い息遣いだけを聞いて、嗅覚は私の体液の匂いを嗅いで、触覚は私の首から伝わる私の全てを感じる。味覚を支配できないのは残念だけどあの瞬間君は私のために全てを使ってくれてる。逆に私の視覚には君だけが写って君の手から君の心臓の鼓動が伝わる。それが果てしなく幸せで満たされて……」

 

 俺たちの関係が普通では無いのは先ほども言った通り、つい最近気づいたが、この行為が歪であることはとうの昔から気づいていた。それでもやめなかったのは何故か、それは実に簡単だ。今俺の胸の中で絶頂に等しい快感を味わっている彼女の幸せに満ちた顔を見てしまうとやめるという選択肢が消え失せてしまうからだ。

 

 『歪な愛』世間はそう名づけ、嘲笑うだろう。俺たちの間にあるのはそもそも愛なのか。答えてくれる人間は誰もいない。


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