鉄砲百合は嫁に来た   作:物語の魔法使い

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第2話

 地球時代から続く古帝国であるブリタニアには、国の歴史と同じくらい古い迷信がある。

皇族に産まれた男女の双子は男は国を栄えさせるが、女は国を亡ぼす原因となる。

だから女児はすぐに殺さなければならない。

そんな根拠など欠片もない、それどころかいわれすらも残されていない迷信だ。

銀河帝国や自由惑星同盟などの別な国の人間が聞けば一笑にふすだろう。

そもそもその双子の女児が原因でブリタニアが亡びたことなど一度もないではないかと。

確かにそうなのだ。

理屈として成り立たない、馬鹿な話だ。

だが、問題はそれを当たり前のように信じてる人間が大勢いたことである。

その条件にたまたま該当し、性別がわかった瞬間から処分されることが決まっていた憐れな子がいた。

彼女はリリーシャ。リリーシャ・ゴッドバルト。

今はリリーシャ・フォン・オーベルシュタインという。

 

 

 軍務尚書=パウル・フォン・オーベルシュタインの朝は、妻による組み付きからの脱出で始まる。

まだ朝日が昇りきる前の寝室。

結婚を機に購入したキングサイズベッドは長身の夫婦が寝てもかなり余裕がある広さを確保していた。

現在オーベルシュタインの頭は妻の胸に横抱きにされており、ちょうど彼女の心臓の上あたりに耳があるような状態だ。

頬に感じる温かく柔らかな塊の感触に、頭頂部感じる寝息、そして何より耳に流れてくる心音が妻の健やかな生存を示す。

前回は背後から抱き付いてきていたが、今回は体勢を変えたらしい。

適当に妻を軽く叩くと、拘束は解かれ、幼さが残るあくびが聞こえた。

「おはようございます。パウル。よく眠れましたか?」

「毎度のごとく拘束されて眠れていると思うのかね」

言いながら起き上がり、ベッドの脇の義眼を装着する。

振り返れば妻が紫水晶の瞳の瞳を細めて笑っていた。

「でも今回は魘されていらっしゃいませんでしたよ。やはり他人の心音を聞くと落ち着くというのは本当のようでございますね。色々試してみましたが、今回の体勢が一番安眠出来ているようです」

彼女がこちらに移り住んできて以来続けられた実験の結果がついに出たらしい。

これからも共寝をする時はあの細さに見合わない剛腕に拘束されることになるようだ。

おそらく彼女に拒否を示せばやめるだろうが、今のところそうするつもりはない。

彼女が言ったように、酷い夢を見なくて済むのはありがたいことだったからだ。

 オーベルシュタインは時折悪夢を見る。

それはもうこの世にいない兄の夢で、時々両親も出てきた。

具体的にどのような内容であるかは起床と同時に消え去るのだが、なんとも重苦しい後味だけはいつまでも残る。

しかし彼女がいるようになってからは滅多に見なくなった。

彼女の試行錯誤の成果だろう。

 リリーシャはベッドを下りて、手早く身支度を整えると、夫に笑顔を残して駆けていく。

オーベルシュタインの昼食を作るためである。

食事は今までラーベナルト夫人が担当してきたし、リリーシャ自身もブリタニアからメイドを連れてきているため、作る必要はないと何度も言っているのだが、彼女は夫の弁当を作り続けていた。

ちなみに本当は朝食と夕食も作りたがったが、ラーベナルト夫人の仕事をなくすことになると諦めさせたのだ。

オーベルシュタイン自身は別に妻が料理をしようと、格闘技をしようと気にしないが、使用人の仕事を奪うのは好まない。

だが彼女の要望を完全に退けるのもどうかと考え、無理矢理弁当作りをやめさせるようなことはしていない。

『私の花嫁修業を無駄にさせないでくださいな』

栄養バランスが考えられた彩り鮮やかな昼食を夫に持たせながら、リリーシャはいつもそう笑っているのだ。

聞けば嫁入りが決まった時点で、彼女の義姉(義兄であるジェレミアの妻)が料理を含めた様々な技術を全力で取得させたらしい。

料理以外にどういう項目があるのかは不明だが、かなり厳しい修行だったことは彼女の言葉の端々から察せられた。

修行の成果である美味しさを毎日味わっている身としては、わざわざ別な場所に食べに行く時間を省くことが出来る点も含めて感謝している。

副官であるフェルナーが毎度の如く副菜の一部譲渡をねだってくるのが最近の日課と化していた。

 朝食を共に食べ、妻のキスで見送られ出仕する。

朝一番に出席した帝国軍三長官会議で、美貌の男=ロイエンタールが何故か楽しそうな顔でオーベルシュタインを眺めていた。

「卿には存外結婚生活が合っているとみえる。死人のようだった顔色が生者のそれに見えてきたぞ」

「夫人の努力の結果だろう。異国にひとりで嫁いできて心細いだろうに・・」

この男ときたらと、言外に憤るのは愛妻家のミッターマイヤーだ。

おそらくふたりは昨日あったいざこざを知っていて、それでわざわざ絡んできたのだろう。

確かに他人から見れば、夫が妻を守らなかったせいで、あわや惨劇が起きそうだったのだからその認識は正しい。

しかし実際に惨劇が起きたのはリリーシャにではなく襲って来た男達にである。

比較的口が聞けた者を尋問して吐かせた結果、あの連中はオーベルシュタインによる軍内の規律強化で素行不良により除隊させられた元軍人で、職を失ったことへの恨みを軍務尚書の妻であるリリーシャにぶつけるつもりだったらしい。

一撃で再起不能な怪我を負わされた彼らは、自分が飢えた熊に素手で襲い掛かるくらいの愚行を犯したことに気付いているだろう。

今更気付いたところで取り返しはつかないが。

「ビッテンフェルト提督がその場にいなければ大変なことになっていたと聞いたぞ。卿は国家を代表してブリタニアの姫君を娶った自覚がないのか」

「護衛をつけるように言ったが本人が嫌がった。こちらでまで監視されたくないとのことだ。彼女の境遇から考えれば無理からぬことだろう。陛下の許可もいただいている」

実際はブリタニアで監視などされていなかったし(学校などには通えなかったようだが)、彼女は自分が実の親に捨てられたという事実を一切気にしていない。

実の両親のことを好いてはおらずむしろかなり嫌っているが、それは別に愛情の裏返しなどではなく、『実子を躊躇なく処分出来る』という人間性を嫌悪しているだけだ。

リリーシャは捨てられたことを気にする必要がないほど、養父母と義兄に心から愛されて育った。

彼女が画像を見せながら語る家族は、笑顔に溢れる幸せの具現のような存在だった。

  ちなみに最初は皇帝ラインハルトも護衛をつけるように言っていたが、彼女が素手でコンクリートブロックを叩き割ったり驚異的な射撃技術を持っているのを見せてご納得いただい た。

時々連絡をよこすゴッドバルト卿も義妹の実力を知り尽くしているため、「ご迷惑だと存じますが、リリーシャ様の好きにやらせた方が敵の排除効率が良いかと」と他人が聞いたら驚愕するようなことを言っていた。

遠方に嫁に出した妹を囮に使うことを勧めるとは何事かと思われるに違いないが、実際効率が良いのだから仕方がない。

 彼女を害そうと狙う輩は夫であるオーベルシュタインに引けを取らないほど多い。

オーベルシュタインへの恨みなどをぶつけようとする者、ブリタニアと銀河帝国の和解を快く思わない者、ブリタニアの皇族信仰者、彼女の義兄や実兄に恨みをもつ者、単純に彼女の美貌に惹かれた者etc。

これらの最終的に国家に仇なすだろう不穏分子を全排除というのは現実的ではないが、放置というわけにもいかない。

だからわざとリリーシャの警備を手薄にしておびき出し、消している。

昨日の一件は偶々露見しただけで、今までに何十件も同じようなことがあり、その全てを彼女が撃滅してきた。

彼女は強い。

とても強い。

オーベルシュタインが不幸にすることがないほど強い。

それゆえに彼女の申し出を受けて結婚したのだが、それはここで語るような話ではない。

 オーベルシュタインの答えが納得いかなかったのだろう。

ミッターマイヤーが明らかな怒りを滲ませて、義眼を睨む。

「・・・・・まさかとは思うが、噂は本当ではないだろうな?」

「噂とは?」

「ブリタニアとの次の戦争の火だねにするために卿が夫人を死ぬように仕向けているという噂だ」

オーベルシュタインの人工的な双眸が細められる。

 これは以前から囁かれていた噂だ。

ブリタニア側はリリーシャを厄介払いとして銀河帝国に送り込んで殺し、それを銀河帝国の責任として再度戦争を仕掛けてこようとしている。

軍務尚書のオーベルシュタインはそれを逆手にとり、ブリタニア側がリリーシャを殺したと(真偽は別として)すぐ公表しブリタニアに 先手を打って攻め込む大義名分にしようとしているという噂だ。

もちろんそんな事実はない。

大体数百年続いた戦争がようやく終わり、国交を結んで双方の経済を発展させていこうという時にわざわざむしかえす理由がない。

国土拡張のために戦争を再開させるにしても、もっと互いに回復して戦力を整えてからだろう。

少し考えればわかりそうなことだが、その噂がまことしやかに囁かれているのには理由がある。

まず元々皇帝ラインハルトの野望は宇宙を全て統べることだったため。

それとこちらの方が比重が大きいのだが、あのオーベルシュタインならば自分を慕ってくる妻を生贄に捧げるくらいやりそう、という認識のせいだ。

この噂についてはリリーシャ自身も知っており、『ルルーシュ皇帝も昔同じようなことされましたからね。メジャーな戦略なのでしょう』と受け流していた。

 「彼女をわざわざ死なせる利がない」

ここで『何故妻を死なせてまで戦争を起こなければならないのか』ではなく利という言葉を使うのがオーベルシュタインだ。

案の定両元帥の表情がさらに厳しくなる。

「利があれば死なせるということか」

オーベルシュタインはミッターマイヤーの言葉に珍しく即答出来ず、一瞬間を空けた。

彼女を死なせなければならない状況というのもおそらくあるのだろうし、その時がきたら自分はいつも通り決断するだろう。

だが、何故か彼女を亡くすことが想像出来ず思考が鈍る。

しかしそれもあくまで一瞬で、是と示そうとした時、ラインハルトがやってきた。

三人が起立し出迎え、再度着席した後、議題に入る前に皇帝は軍務尚書を面白そうに見て、

「案外夫人とうまくやっているようだな、オーベルシュタイン。大分健康に近づいてきたではないか」

と、ほぼロイエンタールと同じようなことを言い、会議はなんとも微妙な空気で開始された。

 

 

 

 「まあ、ビッテンフェルト様」

オーベルシュタインの仕事場、軍務省の建物に似つかわしくない華やかな女声がビッテンフェルトに声をかけてきた。

振り返ればオーベルシュタイン夫人が笑顔で近づいてくる。

普段着ているようなドレスではなく、動きやすいパンツスーツ姿だ。

それがかえって彼女の緩急豊かな曲線や手足の長さを強調し、美貌も相まって非常に眩しい姿となっている。

ビッテンフェルトについて来ていた部下達が、驚きと興奮混じりに彼女を見ていた。

 ビッテンフェルトが軍務省にわざわざやってきたのは、昨日の一件でオーベルシュタインを問い詰めたかったからだ。

しかしあいにくオーベルシュタインは三長官会議でおらず、ならば待たせてもらおうとしていた時に、リリーシャが通りかかったのである。

「ちょうどお礼に伺おうと思っていたところですわ。入れ違いにならなくて良かった」

「あ、ああ。フラウ。ところで何故貴女がここに?」

「夫の仕事の手伝いですわ。と言っても、書類を渡しに行ったり、お茶を出したりしかしてませんが」

ふふっと少女のように笑うオーベルシュタイン夫人に、ビッテンフェルトは納得して頷いた。

要するにオーベルシュタインに直接書類を渡したくない連中の代行をやっているらしい。

確かにこの夫人はフェルナー准将と同じく、軍務尚書に耐えられる胃の持ち主だった。

オーベルシュタインのせいで胃薬の減りが他よりずば抜けて早いと噂される軍務省において、かなり重宝される仕事だろう。

 リリーシャは笑顔を崩さず、何かを思いついたように手を打った。

「そうだ。ビッテンフェルト様。立ち話もなんですので夫が戻るまでよければお茶でもいたしませんか?お礼の品もお渡ししたいですし」

「いや、礼など・・・あー。了解した。ありがたく受け取ろう」

遠回しにふたりで話そうと言われていることに気付いたビッテンフェルトは了承し、部下達に休憩室で待っているように命じる。

さすがに女性と私的な話をするのに護衛は野暮だろう。

さらには他の者がいれば、昨日の話をしてもかわされるに違いない。

異国の姫君はさらに笑顔を輝かせると、偶々近くにいたフェルナー准将にどこの応接室を使いたいといったような希望を出した

 案内された部屋はなかなかの広さで、普段はあまり使われていないらしく清掃こそいきとどいていたが空気が冷えていた。

リリーシャはビッテンフェルトにソファーを勧め、自分で紅茶を淹れてテーブルに出し、自分も対面に座る。

そして型通りに礼を述べ、有名店の菓子を一箱渡してきた。

この店のチョコレートは一粒でランチが二回くらい食べられる値段ではなかったか。

それがこんな大きな箱となるとかなりの数が入っているだろう。

「・・・・受け取る理由がない」

「お礼というのは本当ですよ。私の嘘を否定しないでくれましたから。誰にも言わないでくださったのですね。ありがとうございます。貴方様はお金は受け取ってくださらないと思って食べ物にしました」

「何故弱いふりをしている?」

まだ続きそうなリリーシャの言葉を遮り、率直に尋ねればリリーシャは困惑した顔になった。

「・・・夫に嫌われたくないので。こちらではおしとやかな女性が好まれるのでしょう?」

故郷ブリタニアでは性別など関係なく、力を示せば相応の地位に就くことが出来るし女性軍人も約半数に上るが、銀河帝国での女性の地位はかなり低い。

程度の違いはあれど男に従属する女性が好まれる。

変に悪目立ちして、夫の心証を悪くしたくなかったのだと異国の姫は語ったが、ビッテンフェルトは納得しない。

「あのオーベルシュタインがそんなこと気にするとは思えん。それに奴も知っているだろう!フェルナー准将も知っているくらいなのだ!」

「フェルナー准将が?」

まだとぼける夫人に、ビッテンフェルトの声がさらに大きくなる。

「奴は明らかに全部知っている顔をしていたぞ!・・なあ、夫人。別に小官は貴女やオーベルシュタインの弱みを握りたくてこんなことを聞いているわけではない。単純に気になるから聞いているだけだ」

「大した弱みにはなりませんしね」

そう答えたリリーシャの声や笑みの種類が切り替わる。

今までの温かな木漏れ日のようなものが、鋭さが混じる不敵なものへと一瞬で変化した。

あまりの変わりように銀河帝国の猛将もぎょっとするが、リリーシャは笑みを絶やさない。

「というより大方予想はついておられるのでしょう?今日はその答え合わせにいらしたと考えてよろしいですか?」

首を傾げる仕草も幼さが拭い去られ、一種の老獪さすらもにじみ出ている。

一般男性ならばそれを見ただけで萎縮しそうだが、もちろんビッテンフェルトは違う。

むしろようやく本音を言う気になったかと、逞しい腕を組んで鼻を鳴らした。

「予想はつく。強いのを隠していた方が敵は油断して寄ってくるからだろう」

「大正解です。それがわかってらっしゃるのに何故わざわざいらしたんです?」

「ひとつ!どうやってあそこまで強くなったのか知りたい。あそこまで綺麗なアッパーや掌底は初めて見た。ふたつ!どれだけ強くとも妻を囮にするオーベルシュタインの策が気に食わん」

「・・・・・そんなことで?」

本気で戸惑っているリリーシャに、ビッテンフェルトは力強く言った。

「そんなことではない!陸戦部隊の連中でもあそこまで鮮やかに戦える奴はいないだろう。それにいくら強くとも不死身ではあるまい。わざわざ異国から嫁いできてくれた嫁を危険にさらしてどうする」

「・・・褒めていただけるのも心配していただけるのも嬉しいですが・・。別に私は夫に言われて仕方なく従っているわけではありません。むしろ私が夫に頼んで護衛を外してもらっているのです」

リリーシャはその後ひたすらあくまでも自分の意思で、そうしたいから囮をやっているのであって夫が強制しているわけでは断じてないと強調した。

それでもまだオーベルシュタインの責任を問うビッテンフェルトにとうとうリリーシャが怒り、

「私の話を聞くつもりがないのでしたらもうお帰りいただけますか!!」

と声を荒げることとなった。

「貴方方は勝手に私を憐れな姫君にしたがりますが、私は自分で決めてパウル・フォン・オーベルシュタインの元へ嫁いで参りました!私は夫を愛しています!宇宙全てが敵に回ろうと私は彼の味方です!それを錯覚だの無理矢理言わされているだの失礼極まりない!!私の気持ちを最初から決めてかかって自分の都合が良い答えを言わせたいだけなら話しかけないでください!!」

彼女にしてみれば、なんでも夫が悪いと言われるのは不快だし、それと同じくらい自分の考えを決めつけられるのが嫌いだ。

リリーシャはオーベルシュタインを愛している。

それを周囲に認めてもらう必要などないが、勝手に否定されるのは腹が立つ。

彼の何がわかるというのか。

わかろうともしないくせに。

適当なことを言わないでほしい。

ふざけるな。

言葉の中に押し込められた激しい怒りが伝わったのだろう。

「申し訳ない。オーベルシュタイン夫人。悪かった」

ビッテンフェルトは即座に非礼を詫び、オーベルシュタインの方針についての話題はそこで打ち止めになった。

 

 

 「もう一度戦っているところを見せてほしいと言われて、受けてしまったと?」

サイズがあっていない訓練服に着替えてきたオーベルシュタイン夫人に、フェルナー准将が半笑いで囁きかけてきた。

どうやら訓練室が騒がしいので野次馬としてやってきたようだ。

ちなみに野次馬は彼だけではなく、色んな部署からやってきていて人だかりができている。

夫が帰ってくるまでに執務室に戻らないと大変なことになるだろうが、そこは自己責任でお願いしよう。

「戦いません。ちょっと提督の部下の人を蹴るだけです」

リリーシャはどうにも乗り気でない様子で長い髪をまとめて、ため息をついた。

あれから夫に対する批判は封殺したが、それとは別にリリーシャの戦闘能力に関して質問攻めをされた。

話していて約束を違う人ではないことはわかったので、内密にしてほしいと念押しした後素直にブリタニアでの戦歴を説明したのだが、それがいけなかったらしい。

是非もう一度技を見せてほしいと熱望されてしまったのだ。

戦えば絶対に手加減していることがばれるため、蹴り一発で勘弁してもらうことにした。

周囲やビッテンフェルトの部下達には、『昔兄(ジェレミア)に格闘技を教わったことがある』と非常にぼかして伝えてある。

この場で真実を知っているのはフェルナーとビッテンフェルトだけだ。

フェルナーは面白い催しでも見るかのように楽し気だし、ビッテンフェルトの方はミットを構える部下に『油断はするな』とアドバイスしている。

忠告された部下は上司が大袈裟に言っていると余裕そうだが、それでも一応ミットを顔の前に構えた。

リリーシャの準備はとうに出来ている。

「ではいきます。いいですか?」

「どうぞ」

油断しているのだろう。

構えがゆるい。

だが、リリーシャも鬼ではない。

ガードを割るようなことはせず、ちゃんとミットの上にハイキックを叩き込み、受け手を横倒しに床へ叩きつけた。

一瞬訓練場が静まり返る。

やり過ぎただろうか。

リリーシャは顔だけ驚いたように作り、内心で困る。

しかし直後、フェルナーが

「夫人凄い!!軍務尚書のボディーガードになれますよ!」

と大袈裟に拍手し、続いてビッテンフェルトが笑って

「派手に倒れ過ぎだ。夫人はどれだけパワーがあるんだ」

と茶化すように唖然として倒れている部下を起こしたため、周囲にはビッテンフェルトの部下がわざと大袈裟に倒れてみせたと認知される。

職員からの歓声を浴びて、リリーシャが照れ笑いをしていると、

「何事だ」

大きくはない、だが聞き逃すことはない耳慣れた声が響いてきた。

訓練室の広い出入口。

そこには灰色のケープを身に着けた長身が佇んでいる。

「あら、あなた。おかえりなさい」

リリーシャがそう夫に微笑みかけるのと、野次馬職員達が蜘蛛の子を散らしたように去るのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

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