鉄砲百合は嫁に来た   作:物語の魔法使い

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結婚前のパーティーでの話です。


第3話

 煌びやかな終戦記念パーティー。

その中心を身を添いあって回っているのはそこまで長時間ではない。

しかしその間に、彼女はオーベルシュタインに告白し、オーベルシュタインはそれを受けた。

受けたことに告白した本人がひどく驚いていたが、それと同時に何故かとても喜んでいた。

宝石のような紫の瞳は光に満ち、白く滑らかな頬が上気して桜色に染まっていた。

「嬉しい。まさかすぐ受けてもらえると思っていませんでした」

「私が断ったらどうするつもりだったのです?」

「受けてもらえるようにプレゼンを練り直します」

「・・・左様で」

他を探すという選択肢はないらしい。

 彼女と会うのはこれで二度目だ。

逆に言うとたったそれだけしか会っていない。

しかし、彼女はどういうわけかオーベルシュタインに本気で思いを寄せているらしい。

思い返せば多少の心当たりはあるが、それで納得出来るほどオーベルシュタインの自己評価は高くない。

だが彼女自身になんらかの裏やオーベルシュタインを陥れようとする意図があるとも思わなかった。

事前情報と前回の会話や行動で、彼女は多少向こう見ずなところはあるが、かなり義理堅く誠実な性格の持ち主だとわかっている。

そんな彼女が恩人と認識しているオーベルシュタインを害すことを目的で近づくとは考えづらい。

 誰かが彼女の気持ちを利用しようと画策しているのではないかと疑い、周囲をさりげなく見渡すと、彼女の実兄であるルルーシュと目が合った。

そのリリーシャと瓜二つの美貌にあるのは、『可愛がっていた妹に彼氏が出来、デート現場を偶々目撃してしまった兄』の表情であり、一般の悪意とは方向性が違う。

次にビッテンフェルト提督達と楽し気に話していたリリーシャの義兄ジェレミアを見れば、花嫁を見守る父のような温かい視線を送ってきていた。

彼らがオーベルシュタインでも見抜けないほどの演者でない限り、彼らの差し金でないことは確定した。

 ダンスの相手の視線の動きに気付いたのだろう。

リリーシャが困ったような、悲しそうな微笑みを浮かべる。

「・・・・やっぱりいきなり告白しても信じていただけませんよね。順序は逆になってしまいますが・・・私が本気であることを時間をかけて証明していきたいと思っています」

「・・・・・・」

物好きなとは言えなかった。

少なくとも彼女が真剣であることは伝わってくる。

「・・・・・私は貴方を幸せに出来ない」

むしろ不幸にするだろう。

オーベルシュタインは言外にそう言って、人工の目を細める。

帝国の影であり、国内全ての策謀を主導していると考えられている軍務尚書には敵が非常に多い。

毎日のように命を狙われ、同僚にも罵倒される。

一般に言われる幸福とはかけ離れた生活だが、自身で選んだ道なので特に後悔はない。

後悔はないが、彼女に何も言わず期待をさせるのは気が引けた。

今更こんな気遣いめいたことを口にするくらいなら最初から断れば良いものを、何故彼女の申し出を受けたかと言えば_打算である。

リリーシャは公式では認められていなくとも、現皇帝の実妹であり、ブリタニア帝国最強と謳われる騎士の義妹だ。

その美貌や悲劇的な境遇から国内外に影響力があるし、彼女と婚姻を結ぶことにより、彼女の兄弟姉妹とパイプを得られるチャンスを逃すわけにはいかない。

だがそれと同時に自身の名誉を汚してでもオーベルシュタインを救おうとした彼女が冷めてくれたらと思う気持ちもある。

 リリーシャは微かに気配を重くするオーベルシュタインをマジマジと見つめ、くすりと花開くように笑った。

「ご安心ください。私は貴方くらいで不幸になるような女ではございません。貴方が私ごとどこかを消し飛ばす決断をしたとしても勝手に生き残ってみせます。子供が出来たなら私が子供を守ります。どうぞ、思うままにお進みくださいませ」

「・・・・・・・・」

「あ、それとも年の差のことを心配されているのですか?確かに15歳違いますが、私は気にしません。確率的に私の方が長生きしますので貴方をいつか看取りますよ。ひとりにしません」

「・・・・・・・・」

「・・・・・やっぱり駄目ですか?」

ここにきて不安になってきたのか、リリーシャは美貌を不安に染めて上目遣いになる。

「駄目なら受けません」

「・・そうですね。撤回しちゃ嫌ですよ」

非常に素っ気ないきっぱりとした正論に、異国の姫君は今度はほっとしたように笑う。

曲の終わりが近い。

この後彼女のプロポーズをオーベルシュタインが受けたことが各位に伝達され、後日皇帝ラインハルトから正式に通達されるような流れとなるだろう。

おそらく結婚式やらの準備が業務の中に加わり、さらに多忙になるだろうが、特に気が重くなるようなことはなかった。

ほとんど諦めていたオーベルシュタイン夫人の誕生に、オーベルシュタイン家に長く仕えているラーベナルト夫妻は泣いて喜ぶだろう。

飼っているダルマチアンは彼女に懐いてくれるだろうか。

彼女の私室はどこにすべきだろうか。

懸案事項はいくつでもあがる。

帝国随一の頭脳が激しく稼働し始めた中、不意に耳に彼女の唇が寄せられた。

「ご自宅に戻られましたら、寝室にてひとりでお待ちください。窓を開けておいていただけると助かります」

ダンスの終わりに、リリーシャはそう囁いた。

何故と疑問を挟む前に異国の姫君は、オーベルシュタインから離れ、礼儀正しく一礼して去って行った。

そんな彼女に何人もの勇者達が果敢に話しかけに行くが、会話こそ聞こえないが見事玉砕したのは雰囲気で伝わってくる。

 最後に残された言葉にオーベルシュタインの眉が寄った。

内密にしかも早急に話し合いたいという意味だと察することが出来るが、彼女がオーベルシュタインの私邸の場所を知っているということも問題だ。

 オーベルシュタインが脳内で様々なことを巡らせている時、彼に声をかけた人物がいた。

「良かったではないか、オーベルシュタイン。永久凍土が多少なりとも溶ける時がきたな」

「・・・・・陛下」

非常に含みのある笑顔を浮かべた皇帝ラインハルトが、軍務尚書の細い肩を叩く。

オーベルシュタインは瞬時に悟った。

彼はどうやらおよその事情を知らされているらしい。

おそらく皇帝ルルーシュとの一対一での会談の中で話しあわれたことなのだろう。

「宇宙は広いものだ。帝国内では見当たらない類の女性があっさり見つかることもある」

明らかに悪戯を楽しんでいる子供のような表情の君主に、痩身の参謀は微かに視線を砥ぐ。

どうやらこのまだ少年の心を残す皇帝は、いつも言いたいことを臆せず言い放つ軍務尚書を少なからず揺らすことが出来てご満悦らしい。

その思惑の中には、オーベルシュタインが結婚することで僅かでも人間性を表に出すことへの期待もあるだろう。

「彼女が珍しい類の女性であるということは同意いたします。彼女のような出自の人間は宇宙広しといえどそういないでしょう」

あえて求められていない回答を渡し、皇帝がまだ人の悪い笑みを消さないことに内心でため息をつく。

オーベルシュタインは素直に諦めると、主君の遠回しな文言を選んだ問いに大人しく答えることにした。

夜会はまだしばらく終わりそうにない。

 

 

 

 帰宅後、オーベルシュタインはリリーシャの指示に従って寝室でひとりでいた。

執事夫妻を休ませ、屋敷内で起きているのは現在屋敷の主人だけだろう。

窓を開けておいてと言われたので、おそらくそこから入ってくるつもりなのだろうが、特に警備を甘くしたりなどはしていない。

陸戦のエキスパートである彼女ならば問題なく侵入出来るだろうという確信があったからだ。

おそらくは、何かの理由をつけてこの近辺まで来て、こっそり寄るに違いない。

ここは三階だが問題ないだろう。

暗殺の警戒も特にしていない。

わざわざ襲撃を予告して暗殺するメリットも、このタイミングでオーベルシュタインを殺す理由もないからだ。

ただそこまで早急に話したい内容も検討がつかなかった。

 わからないことだらけで待つこと1刻ほど。

不意に窓枠の下側に手がかかった。

手が大きい。

明らかに成人男性の手だ。

オーベルシュタインは軍人らしく素早い動きでブラスターを構える。

すぐさま撃とうとするが、下から登って来た顔を見て思いとどまった。

「夜分遅くに申し訳ありません。こうでもしないと貴方としっかり話す機会を持てそうになかったので」

しなやかな動きで室内に降り立ったのは、長身で非常に引き締まった体躯の男。

銀河帝国ではありえないブリタニア人特有の翡翠色の髪に、橙色の双眸。

神聖ブリタニア帝国ナイトオブラウンズ筆頭=ジェレミア・ゴッドバルト卿がそこにいた。

その広い背中に何やらたくさんのものを背負っている。

内心で驚くオーベルシュタインをよそに、さらに驚く事態が発覚した。

「ジェレミア。下ろせ」

「はっ!」

ジェレミアは『荷』の命令に従い跪くと、丁寧に下ろす。

背負われていたのは華奢な青年。

おそらく来るだろうと思っていた女性と瓜二つの美貌。

オーベルシュタインの寝室に、神聖ブリタニア帝国皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが御入来された。

 

 

 

「改めまして、ナイトオブワン_ジェレミア・ゴッドバルトでございます。お疲れのところ申し訳ありません」

そうジェレミアは丁寧に頭を下げた。

オーベルシュタインが座るベッドに向かい合う形に移動された三人掛けソファに座り、同じく間に移動されたテーブルに持ち込んだ酒類を並べた後の言葉だ。

この騎士は、主君と酒つまみ類を背負った状態で、登れるとっかかりが何もない三階の窓枠に手をかけたらしい。

噂には聞いていたが、まさに人を逸脱した運動能力の持ち主である。

彼の戦闘力などを表す逸話はいくらでもあるが、おそらくそれらは全て真実なのだと今わかった。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。すまん。もっと早く来る予定だったんだが、思ったより警備を抜けるのに時間がかかった」

抜けないでくれ。

どこか不遜な皇帝の言葉に、オーベルシュタインは心からそう思ったが、口には出さなかった。

 ブリタニア側を招くにあたって、警備は両国合同で行われている。

その警備を抜けてきたということは、今大騒ぎになっているのではないか。

警備担当責任者の首どころか命が危ない事態だったが、懸念に気付いたジェレミアが慌てた様子で首を振る。

「あ、ご安心ください。影武者を残して参りましたので陛下も私もいないことはばれておりません。警備を抜ける際も誰にも気付かれませんでした。警備の者を怪我させたり、眠らせたりもしておりません」

オーベルシュタインは警備内容の見直しを検討しなければならないと内心で頭を抱える。

しかしそれよりも確認しなければならないことがあった。

「そうまでして何をなさりに来たのです」

目の前に敷き詰められた酒瓶とつまみに嫌な予感を覚えながら、怜悧冷徹と評される軍務尚書は尋ねた。

酒を飲みに来たのはわかるが、問題は理由である。

ジェレミアはオーベルシュタインの問いに、最初から伸びていた背筋をさらに伸ばし、表情を引き締めた。

「はい。実はブリタニア、いえ、ブリタニアの日本地区には娘が結婚する前に父親と婿が酒を酌み交わす『腹を割って話す』という習慣がございます。互いの心を吐露して、家族としての信頼関係を築く第一歩とする儀式です。本来でしたら父親が参るはずなのですが、あいにくすでに鬼籍に入っているため、私とルルーシュ様が代理として参りました」

「本当ならこんなこそこそしないで、堂々とやりたかったんだが、警備やスケジュールの関係上時間がとれなくてな。いくらあいつが惚れてる相手でもどんな奴かわからないのに嫁に出すのは抵抗がある」

言いながらルルーシュは用意させたグラスに酒を注ぎ、オーベルシュタインに押し付ける。

そして自身とジェレミアの分も手早く作ると、大きく息を吐く。

「嫌だとは言わせんぞ、パウル・フォン・オーベルシュタイン。打算があろうがなんだろうがお前は俺の妹のプロポーズを受けたんだ。ならお前は俺達の義弟。俺達はお前がどんな男か見極める義務がある」

言いながら乾杯の一言すらなく、ルルーシュは酒を一息で空ける。

ジェレミアもそれに続いた。

「・・御意」

オーベルシュタインは普段通りに平坦に応じると、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

パウル・フォン・オーベルシュタイン生まれて初めての親族飲み会の幕開けである。

 

 

 

 

「あいつ嫁に行くの早すぎだろう。ようやく仲良くなったと思ったらこれだよ。薄情だ。俺の分の運動神経根こそぎ持って行ったくせに何が不満なんだ。しかもなんで嫁ぎ先銀河帝国なんだよ。ワープやゲート使いまくってもかなり遠いのに。オーベルシュタイン。もうお前が婿に来い。パウル・ゴッドバルトだと語呂が悪いが気にするな。ジェレミアの実家のオレンジは美味いぞ。栄養とれ、栄養」

一時間後、神聖ブリタニア帝国の皇帝は顔を真っ赤にして未来の義弟に絡んでいた。

元々酒自体飲み慣れていないため、ペースも何もわかっていなかったのだろう。

途中から隙をみてジェレミアが酒を水やノンアルコールにすり替えているため、急性アルコール中毒は防げている様子だが、大分呂律が怪しい。

 この結婚話が出る前から、オーベルシュタインはブリタニア皇族の人間関係などは把握していた。

その際リリーシャとルルーシュは何度も言い争っていた(正確にはリリーシャがルルーシュに冷たかった)との目撃談があったため、最初仲が悪いと考えていたのだが、夜会での視線のことも含めてどうやら違うらしい。

いや、話の内容からすると最初仲が悪かったが、話し合うなどして打ち解けたということだろう。

 自国の首都に大量破壊兵器=フレイヤを撃ち込み、億単位の人間を大虐殺した『ブリタニア史上最悪の悪女』こともうひとりの妹=ナナリーを自ら処刑した後だったため、もう血縁内で争うことに嫌気が差していたのかもしれない。

「あいつてっきり、ジェレミアみたいな武闘派選ぶと思ってたんだけど、まさか参謀タイプにするとは・・。いや、お前に不満はないぞ?度胸あるし、いちいち騒がないとこが良い。それでももっとなんていうか・・・・早すぎるだろ、嫁ぐの」

 最初の方はオーベルシュタインの私生活やら、仕事に対する方針やら、考えなどをかなり真剣に聞きたがり、オーベルシュタインも真面目に答えていた。

国の方針の違いも大きいだろうが、オーベルシュタインの考えを聞いてもふたりのブリタニア人は特に不快がることはなかった。

むしろ当たり前じゃないかと驚かれることに、こちらが驚いたくらいである。

 おそらく聞きたかったことを聞いたため、気が抜けて酔ったと思われる皇帝は、途中からひたすら未来の妹婿と忠臣に愚痴のようなことを呟いていた。

それでも機密情報はもらしていないあたりさすがと言うべきか。

「聞き流してください」

「御意」

対照的にジェレミアやオーベルシュタインは特に酔った様子はない。

ふたりともそれなりの量を胃に収めているはずなのだが、平生となんの変化もなかった。

 ルルーシュは酒(ジンジャーエール)を飲み干し、勢いよくグラスをテーブルに置く。

「ジェレミア!ていうかお前のうちなんなんだ!秘密ありすぎだろ!あいつのことといい、幼馴染みのことといい!いや、あいつがあんないい子に育ったのはお前の両親やお前が可愛がって育てたからなのは・・わかってるが」

話に脈略がなくなってきた。

かなり眠いのだろう。

上下の長い睫毛が先程から何度も離れがたいと主張している。

「オーベルシュタイン・・・あいつを、リリーシャを幸せにしなかったら許さないぞ」

「・・・・・・」

幸せに出来ないことは了承済みですとは言えなかった。

オーベルシュタインの沈黙をどのように受け取ったのか、ルルーシュはうとうとしだす。

ジェレミアは笑って自身の上着を脱ぐと、ソファの肘掛けを枕に眠る主君にかけた。

そして正面に座るオーベルシュタインに頭を下げる。

「真剣に質問に答えてくださいましてありがとうございます。あの方を、リリーシャ様をどうかよろしくお願いいたします」

「・・・・最初から思っていたのですが、何故貴方方は私と彼女との結婚を反対しないのです?」

オーベルシュタインはリリーシャより15年上で、国内外で評判が悪い。

妹の幸せを祈るならば、ビッテンフェルトやミュラーあたりを勧めるべきだろう。

しかし何故かこの兄ふたりは結婚自体をとりやめさせようとはしていない。

見極める云々以前に、結婚の理由が打算だと読んでいるならば普通は反対するはずだ。

 その問いにジェレミアはきょとんと眼を丸くし、すぐに破顔した。

「あの子は母に似て男を見る目があるので私はその点について心配しておりません。あの子が良いというのならば貴方が私と陛下の義弟です」

「それを盲信と言うのでは?」

「いいえ。ルルーシュ様はその根拠を求めに今宵こちらにいらっしゃいました。そしてこうして納得されてお休みになっておられます。私は元々あの子の目を疑っておりません。貴方もあの子がお嫌いではないでしょう?」

「・・・・・・・」

なんとも答え難く沈黙する。

ジェレミアは義妹とそっくりな笑い方で、オーベルシュタインの顔を覗き込んだ。

その暖色の双眸は色彩通りの温度を湛えている。

「両親もきっと喜んでいると思います。貴方に逢わせられないのが本当に残念でなりません」

「五年前のテロで亡くなられたとか」

ジェレミアがテロリストゼロのリリーシャを(この時は皇族だと世間には知られていなかった)盾に取った脅迫により皇族暗殺未遂事件の犯人を故意に逃がした。

その行為を皇族への背信だと、皇族信奉者が先代ゴッドバルト辺境伯爵夫妻を狙ったテロを敢行。

ゴッドバルト夫妻は娘を庇い、父=シェルビー・ゴッドバルトは即死、母=ヘルミーネ・ゴッドバルトは再起不能になるほどの重症を負い、後にその怪我が原因で死亡したと報道されている。

明らかにマスコミを使った情報操作が含まれていたため、どこまで本当かはまだ判断がつかないが、娘を庇って夫妻が亡くなったのは本当のようだ。

ジェレミアは当時を思い出したのか、精悍でありながら穏やかに整った面差しを悲痛に歪めて呻く。

「・・・・・ええ。私が不甲斐ないばかりに・・・。あの子には辛い思いばかりさせてしまいました。なので勝手な話ですが、あの子が愛する人を見つけて、嫁ぐことになったのはとても嬉しいのです。寂しくもありますが」

言葉通り寂し気に目を伏せながら彼はオーベルシュタインの酒杯と自分のものに酒を注ぐ。

「あの子との出逢いの経緯も聞いております。遅くなりましたが本当にありがとうございました」

イゼルローンであったことの詳細を聞いているのだろう。

言葉だけでない感謝の念が伝わってくる。

オーベルシュタインはきっぱりと首を振った。

「・・・いいえ。礼を言われるようなことは何もしておりません。私は規則を守り、巻き添えをくわせないために鍵を開けた。それだけです」

「それがあの子には何より嬉しかったのです。こちらに戻ってからもずっと貴方のことを心配しておりました。ご無事で良かった」

「・・・今回の結婚の理由はそれですか?」

むしろそれしか考えられなかった。

まさかと思うが、彼女にしてみれば遠国から絶対零度の剃刀に嫁いでくるだけの理由になるらしい。

ジェレミアは困ったように苦笑する。

「それもあるとは思います。ですがそれだけではないでしょう。気になるのでしたら結婚後本人に聞いてみてはいかがです?あ、もっと早く確認出来ますね」

「?」

不意にジェレミアが開け放たれたままの窓を見やる。

すると今度は窓枠に白く小さな手がかかっていた。

飛び込んできたのは黒づくめの覆面をした女だ。

「来ちゃいました。いやぁもっと早く来たかったんですが、警備躱すのに時間がかかってしまって」

そう言い訳じみたことを言いながら女が素顔をさらすと、そこにはソファで寝ている皇帝と同じ顔がある。

オーベルシュタインは警備内容の見直しを密かに決定した。

そして今日の睡眠を諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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