アインズ・ウール・ゴウンの同盟主   作:坂本祐

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以前投稿してたものを再投稿。かなり設定を変えました。


第1話 停止

 2138年9月1日、この世界は消滅する。

 現実世界ではなく人の手で作られた仮想世界であるのだが、大切な人達と過ごした思い出ある場所が跡形もなく消え去るのは、誰であれ心苦しいものだ。

 DMMO-RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』。

 ユグドラシルとは西暦2126年日本のメーカーが満を持して発売した、仮想世界内で現実にいるかのように遊べる体感型ゲームである。数多存在するDMMO-RPGの中でも燦然と輝くタイトルとして知られているゲームであり、日本国内においてDMMO-RPGといえばユグドラシルを指すとまで言われる評価を受けていた。しかし、これらも一昔前の話であり、十年の月日が経てば他社のメーカーのゲームが台頭しユーザーが激減。

 そして、遂に本日付を持って12年続いたユグドラシルも幕を下ろす事となった。

 

 

 ユグドラシルにおいて悪名高きギルドは2つある。

 1つは、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】である。

 構成メンバー全員が異形種で、悪のロールプレイを徹して活動していた彼らは、ユグドラシル全ギルド最高である11個のワールドアイテム所有を始め、傭兵NPCを含む1500人からなる討伐隊の大多数を撃退したユグドラシルプレイヤー内で語られる伝説を持つ。

 最盛期には数あるギルドの中でも第9位に連ねたギルドであるが、PKキラーを積極的に行うような悪のロールプレイを本分として心がけたことなどによって、むしろ悪名を轟かせていたことから、DQNギルドとして認識されていた。

 その【アインズ・ウール・ゴウン】に匹敵する悪名高きギルドが存在していた。

 そのギルドの名は———インペラトル

【アインズ・ウール・ゴウン】の最大のライバルにして同盟ギルドであった。

 

 

 長い鏡の回廊の中央には黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座しており、そこを10人分の豪華な席が囲んでいた。ただ、ほとんどが空席であった。かつては、全ての席が埋まっていた席に今ある影はたったの1つ。誰もいない空間のなか銀髪碧眼の誰もが見惚れる美少年が、心を落ち着かせるようにゆっくりと溜息を吐いた。

「結局、みんなユグドラシルを棄てたのか……まあ、仕方がないさ。凋落したネットゲームのサービス終了日に、わざわざ仕事を放り投げてまでログインするような奇特な奴なんてそうそういないよね。それに、みんな忙しいのは分かってたことだし」

 円卓に孤独に座って独り言を口にする少年——ルイは悲しげに呟いた。

 彼はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の同盟ギルドである『インペラトル』のギルド長にして、九つのワールドの公式大会で優勝したトッププレイヤーであった。

「でも、最後にみんなの顔見たかったなぁ……」

 悲しみを帯びた独り言が虚しく回廊に反響し、一層孤独感と寂寥感が増すばかりである。

 少年は悲しさを紛らわそうと、周囲を見渡した。

 窓から見える外の景色は実に優美なもので、整形された美しき自然豊かな庭園が一望できた。

 窓は17の大きな開口部により採光され、反対側の壁面には17の鏡が設けられて光を反射しては内部を明るく照らし、庭から差し込む光が、シャンデリアや鏡に反射する光と相まって荘厳な美しさを更に強める。

 壁側と窓側の両端には均等な距離で約80体の子供と女性の台座をした金塗木材の飾り大燭台が設置してあり、眩い輝きで大理石の付柱の上部にある柱頭を引き立てていた。

 1000平方メートルを超える空間の天井には、だまし絵の技法でヴォールトと空が描かれており、27枚もの天井画が各テーマで構成されており、それらは巨大な一作品として存在している。大理石、金銀、鏡をふんだんに用いた建築は、見るものを圧倒させた。

「現物のものと同じように作ったけど、ほんとに我ながらよく出来てると思うよ……まあ、これが今日で見納めになると悲しいけど」

 彼のギルドメンバーには建築に造詣が深い者がいたため、ルイはその憧れだったあの有名な宮殿をギルドとして作成したのである。

 現物の宮殿と同じく凄まじい労力と予算であったが、凝り性の集まりでもあった彼等にとっては苦難ではなかった。

 幸いにも宮殿の構造は資料が残っているため、そう難しい事ではなかったのである。

 だが、常人なら気が遠くなる作業を成し、完成した宮殿が今日限りである現実を再確認してしまった少年は、沈鬱な面持ちに変わった。

 少年は悲しさを取り払おうとゆっくりと目を閉じたその時、ピロリン、とメッセージ音が流れる。

 メッセージの差出人欄に目を通すと、そこにはモモンガ、という名前が記されている。

 その名前を目にした直後、少年は驚きと興奮のあまり座っていた椅子を蹴飛ばして立っていた。

「モモンガさんからだ!」

 メッセージを読み進めていくうちに、先程までの暗い瞳とは打って変わって好奇心旺盛な少年のように目を輝かせていた。

 メッセージの内容は、アインズ・ウール・ゴウンのホームギルドであるナザリック地下大墳墓への招待であった。少年はチラリと時間を確認した。サービス終了まであと30分ある。

 少しだけ話をしたとしても、サービス終了まであと数十分はあるだろう。ユグドラシルで出会った好敵手は仕事の都合でログインはしていないだろうが、ギルド長であるモモンガとはルイも昵懇の仲であり、彼自身が身内の不幸によりユグドラシルから数ヶ月ほど離れていたため久し振りであり、また最後にモモンガの顔が見たくなった。

「最後にモモンガさんに挨拶しておこう。【転移門】」

 

 

【転移門】を潜るとナザリック地下大墳墓最奥にして最重要箇所、玉座の間に通ずる扉の前に来た。目の前に聳り立つ荘厳な扉に手を触れると、ゆっくりと扉が開く。

 金と銀をふんだんに使った部屋の最奥には十数段の低い階段があり、その頂には巨大な水晶から切り出されたような、背もたれが天を衝くように高い玉座が据えられていた。その玉座に座るのは、金と紫で縁取られた、豪者な漆黒のアカデミックガウンを羽織った人間の骸骨である、モモンガがいた。ぽっかりと開いた空虚な眼高には赤黒い光が灯っており、頭の後ろには黒い後光のようなものが輝いている。

「やあ、久しぶりだね。モモンガさん」

 ルイはモモンガの顔を見ると、ニッコリと笑った。

 突然の訪問者に驚いたモモンガであったが、ルイの顔を見るとモモンガは目に見えて歓喜した。

 玉座から飛び上がるように立ち上がると、急ぎ足で玉座の階段から降りて駆け寄った。

「よく来てくれましたね! ルイさん!」

「モモンガさんからの頼みですからね」

「わざわざ御足労かけて申し訳ないです」

「ははは、気にしてませんよ。今までずっと、大回廊で黄昏てただけでしたから……」

「それは……」

「それにしてもナザリックには久しぶりに来ましたね。やっぱり、ここの建造物は素晴らしいなぁ」

 暗くなった会話を打ち切るために、わざと会話の内容を変えてナザリック地下大墳墓をゆっくりと見渡しながら感嘆の声を漏らす。

 自分たちのギルドホームも気が遠くなるほどの労力と時間をかけて作り上げたが、ナザリック地下大墳墓もそれに勝るとも劣らないほどに手が込められていた。

 ナザリック地下大墳墓の玉座の間は、神殿の如き静謐さと荘厳さを兼ね備えている。

 ギルドホームを褒められて嬉しいのかモモンガは頰を掻きながら口を開いた。

「ルイさんたちのお陰ですよ。素材集めから建造案から何から何まで手伝って頂きありがとうございました」

「好きでやったことですから気にしないでくださいよ。それに、モモンガさん達にそのあとギルド建設を手伝ってもらったのでお互い様……いや、僕たちの方が色々と馬鹿な要求してしまってギルドの完成までご迷惑かけたので……」

 ギルド『インペラトル』は、10個の実在の帝国をモデルにして作られたギルドであった。そのため、ギルドホームは各階層ごとに10の各帝国の主要な宮殿が作られており、ルイ宮殿であるヴェルサイユ宮もそのうちの1つにすぎない。

 そのことから分かるように、『インペラトル』はナザリック地下大墳墓と同類に凄まじい時間と労力、そして費用をかけており、素材集めのためにギルド同盟を結んでいる『アインズ・ウール・ゴウン』に助けを求めたことも多々あった。

 その逆も然りであるが。

「あははは、あの時は楽しかったですねぇ……」

「ええ、あの頃はかけがえのない大切な……大切な思い出です」

「そうですね、あの頃の思い出は人生で一番楽しかったかと思います」

「今だから言えることなんですが、実は私、ユグドラシルを辞めようと思ったことがあるんです」

「え? モモンガさんが?」

「はい。ルイさんと出会う前に異形種狙いの悪質なPK狩りの被害にあってまして……その時、たっちさんに助けられてなかったら多分、ユグドラシルを辞めてたと思うです。まあ、PK狩りの被害にあったからこそ、たっちさんに出会えたし、こうしてユグドラシルを続けているんですけどね」

「へー、そんなことがあったんですか。たっちといえば、やっぱり今日はログインしてないんですか?」

「ええ、仕事が忙しいそうで……」

「ちぇっ、結局あいつの勝ち逃げか……あ、ごめんなさい。モモンガさん……」

「いえ、いいんですよ。たっちさんと仲よかったですよね、ルイさん」

 ルイはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーの中では特にモモンガと仲が良かった。だが、一番仲が良かったのはたっち・みーであった。

 モモンガがたっち・みーと出会う以前からの知り合いだったらしく、事あるごとにたっち・みーに挑んでいた彼は、たっちに劣らずユグドラシルのトッププレイヤーなだけあり、勝負で何回かに一度勝利を収める事はあったが、トータルでは負け越していたのである。

「あいつがいなければユグドラシルは続けてなかったでしょうからね」

「そうなんですか?」

「ええ、たっちに会うまでは、ユグドラシルトッププレイヤーだと自負してたんです。だけど、大会でたっちと当たりましてぼろ負けしたんです。あの時ほど悔しかったことはなかったですね……そこから、何度も勝負を挑んでは負けての繰り返しで、ある時、たっちに言われたんです。大事なのは勝ち負けじゃなくて自分が楽しむことだって。最初は理解できませんでしたが、今のギルドメンバーと出会ってから、そのことがようやく分かったんです」

 会話が一旦止まると、ルイはチラリと時刻を確認した。サービス終了まであと10分を切っていた。

「もうこんな時間ですか。モモンガさん、申し訳ないですが最後は自分のギルドで迎えるつもりなんです。名残惜しいですがもうそろそろ、ホームに帰りますね」

 モモンガもつられて時刻を確認した。

 気づかないうちに20分ほど思い出話に夢中になっていたらしい。

 まだ語り足りないがこれ以上話してしまうとそれこそ気づかないうちにサービス終了が訪れてしまう可能性も十二分にあった。

 ここが潮時なのだろう。

 モモンガは最後まで誰かと一緒にサービス終了を迎えたかった。

 この広い空間の中、一人でいるとより孤独を感じてしまい悲しみが込み上げてくるのだ。

 数日前からメールでギルドメンバーにユグドラシルのサービス終了日にどうにか会えないか、という旨の内容を送ったが結果はこの通り誰も来てはくれなかった。

 事情があるにせよ、モモンガ以外のギルドメンバーがユグドラシルとは縁を切ったことを改めて認識させられてしまう。

 引き止めようと言葉が喉から出かかったが、モモンガはそれを口にすることはなかった。

(ホームで最後を迎えようとするルイさんの気持ちはわかる。サービス終了間近の貴重な時間を割いてまで来てくれたんだ。最後は快く送ろう……)

「いえ、こちらこそわざわざ来てくださり、ありがとうございました」

 名残惜しそうに謝礼を述べるモモンガを見てルイは彼の真意を悟ったらしく、凛々しい顔つきに変化した。

「ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長、モモンガよ! 其方は好き友にして好き好敵手であり好き同盟主であった! 其方のことは決して忘れまい! 再び相見えることを心から願う! では、さらば!」

 紅のマントを翻し、颯爽と立ち去って行くルイ。

 突如として芝居掛かった言動にモモンガは呆気に取られていたが自分を励ますために一芝居打ったことに気づいた。

 ユグドラシル最盛期に、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』と『インペラトル』は同盟ギルドでありながらも、よくギルド同士の模擬試合をしていたことがあった。

 最初は互いのギルドのプレイヤースキル向上のためにやっていたが、いつの日か勇者と魔王のロールプレイごっこが流行りだすと、本来の目的そっちのけで脚本、演出を用意し始め、最終的にはまるで厨二病達が演じる劇のように全力で遊び始めた。

 無論、異形種で形成されている『アインズ・ウール・ゴウン』が魔王役で『インペラトル』が勇者役として何度も模擬試合を行い、結果はギルドメンバーの差異もあって僅差で『アインズ・ウール・ゴウン』が勝ち越していた。

 その時の記憶が蘇り、モモンガは彼なりに自分を励まそうとしていることに気がついて頬を緩めた。

(全くこの人は……自分だって辛いだろうに……だけど、こうして励ましてくれているんだ!)

「待て! 我が偉大なるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の同盟ギルドの長にして最恐のプレイヤー、ルイ・シャルルよ! 貴様には1つ言っておくべきことがあった。我がギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は貴様たちの勝負に幾重にも勝利を重ねたが、これで終わりではない。挑戦、いつでも受けてやろう。いつの日か、またその顔を拝める日が来ることを楽しみに待っている……」

 魔王の異名に恥じぬ威厳に満ち溢れた声音で挑発するモモンガにルイは足を止めて背後を振り向きいて不敵な笑みを浮かべると、転移門の中へと消えていった。

 

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