フルメタル・パニック! その後の2人   作:Deetwo

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(4)の続きです。

『カリオストロの城』中盤の山場です。
フルメタ風にアレンジしてみましたが、いかがでしょうか? 
ご一読いただければ幸いです。


炎のたからもの (5)

 乾いた拍手がして『影』の包囲が割れた。

 現れた若い男を見て、宗介は背中にかばうフランシーヌの身に緊張が走ったのがわかった。

 

「カリオストロ城にようこそ、旅のお方。当城の主『アルセーヌ・ド・カリオストロ』です」

 

 宗介の手並みを称賛すると、若い男が自己紹介をした。

 

 一般的な感覚からいえば、美青年なのだろう。

 フランシーヌと同色のヘイゼルに近い金髪。

 耽美な雰囲気を醸し出す整った容貌に、均整のとれた体格。

 写真で見た限りでは線の細い印象だったが、目の前の男にそんな気配はない。

 若くしてすでに為政者の空気をまとっている。

 

「それで、こんな時間に花嫁の寝室になんの用かな? 紳士のすることではないと思うのだけど」

 アルセーヌの態度は余裕に満ちていたが、かすかに苛立ちの混じった気配がした。

 

 宗介はカービンの銃口をアルセーヌの胸にピタリと合わせたまま打開策を模索している。

 アルセーヌが獲物を前に舌なめずり――おしゃべりに興じてくれるのは彼としてもありがたい限りだ。

 

 数では圧倒的に不利。

 しかし、それが奴らの美意識なのか『影』は一人として銃器の類いを持っていない。

 だがこちらのM4A1カービンも生身の人間には殺傷力は高いが、使用している小口径弾の宿命として発射時の運動エネルギーが小さく、『影』のような鉄板をまとった相手には威力がかなり減殺される。

 くわえてねじ込み式で咄嗟には外すことができないサプレッサー(消音器)を着けているので、さらに効果は下がる。

 狙うならやはり間接部か。

 アラストルとの戦闘経験がとんだところで生きてきた。

 

 2個のMK3攻撃手榴弾は有効のはずだ。

 金属片をばらまき対象を殺傷する破片手榴弾と違い、TNT火薬による爆発エネルギーで相手を無力化するため、金属製の鎧を身に着けた『影』たちにも効果が期待できる。

 普段はM67破片手榴弾(アップル)を用いることが多いのだが、今回は『影』対策でこちらを用意してきた。

 しかし手榴弾には爆発までのラグという構造上の弱点がある。

 相手は高度に訓練された殺人機械だ。単に投げつけるだけでは容易に無効化されてしまうだろう。

 メリダ島の決戦のおり、マデューカス中佐は小銃のストックを使ってまるでゴルフかクリケットのように敵の手榴弾を打ち返し、テッサの命を救った。

 似たような真似をやられる可能性がある。

 

「実の妹に自分との結婚を強要するのは紳士のすることなのか?」

 かまを掛ける宗介。

 

「古代にはよくあったことだよ。尊貴な身分の間ではね」

 悪びれた様子もなく軽く肩をすくめるアルセーヌ。

 

(……やはりそうなのか)

 どうやら、かなめの妄想が当たったようだ。

 

「わたしは、あなたと結婚する気などありません!」

 フランシーヌの嫌悪感のこもった声が響いた。

 

 ……どうか、彼の言うことを信じないでください。

 

 宗介は背中に祈りにも似たフランシーヌの思いを感じながら、気取られないように室内を観察する。

 フランシーヌを連れて強行突破は不可能だ。

 この状況を脱するには、アルセーヌ本人を人質に取るしかない。

 何人もの『影』に守られた奴にどう接近し、その身を押さえるか。

 先ほどから視界の端にある物が映っているが、どうにかしてそれを利用できないか。

 

「僕たちは特別な人間だ。下賤で平凡な人間とは交じり合うことはできない」

 妹を教え諭すようなアルセーヌの表情。

「普通の人間だって生涯を添い遂げられる相手を探すのは大変だ。僕たちの両親を見れば明白だろ? まして僕らのような――」

 

「いえ、お母様もお父さまもあの人たちなりにお互いを想い合っていたわ! あなたは自分の思いたいように事実をねじ曲げています、アルセーヌ!」

 

 おそらく、これまでにも何度となく同じような会話が繰り返されてきたのだろう。

 宗介は基本的にはレイスと同じ意見だ。

 インモラルだろうがなんだろうが、心の底からお互いに想い合ってるなら兄妹だろうと最後は自分たちで決めればいい。自分のような赤の他人が口を出すことではない。

 

 だが、()()()()()()()()()()だ。

 

「フランシーヌ……」

 

「それぐらいにしておけ、Mr.Inbreeding(近親交配)

 憐憫のこもった瞳で妹を見たアルセーヌを、宗介がさえぎった。

 

「……君は下品な男だな」

 アルセーヌが眉をひそめる。

 生化学に強いウィスパードであるアルセーヌに、この侮蔑は突き刺さった。

 知能が高い人間はそのようなリスクは冒さないからだ。

「実の妹に懸想する野蛮人が何を言う」

 宗介の表情は変わらない。

「近親婚の弊害など今の仕事が片づき次第、すぐに克服してみせるさ」

「出来るのか? 『囁き』がとまったお前に?」

 言外に、貴様の知能などすべて『囁き』のおかげだろう――という響きがある。

 

 相手を嘲り挑発しながら、宗介は頭の中でタイミングを計っていた。

 すでにアルセーヌを人質に取るためのプランは固まっていた。

 フランシーヌをかばうために背後に回していた左手で、彼女に触れる。

 宗介の指先に、フランシーヌが微かに反応する。

 

「ここまで入り込んできたのだから、もう少し面白い男かと思ったが……興味が失せたよ」

「俺はお前のような男とは相性が悪い」

「そろそろ退場してもらおうか」

「出来るのかシスコンのお前に?」

「出来ないと思うのか?」

「やってみるがいい。だが後悔するなよ」

 

「だめ、この人を傷つけてはいけません!」

「殿下、傭兵の力をお信じください」

 

「減らず口はそれまで――だ」

 

 アルセーヌが命じた瞬間、宗介はフルオートで牽制射撃をしながらフランシーヌの手をつかんで走った。走りながら彼女の手に何かを握らせる。

 命中弾を浴びて『影』たちの甲冑が火花を散らす。

 予想どおり致命傷には至らなかったが、怯ませることには成功した。

 その隙を突いて、宗介が視界の端にあった『ある物』を踏みつける。

 

 ボシュッ!

 

 緊急脱出用のバルーンが瞬間的に膨らみ、宗介とフランシーヌを『影』たちの視界から隠す。

 虚を衝かれた『影』が反射的に動きをとめる。

 バルーンが浮き上がり再び2人の姿が現れたときには、宗介の左手に安全ピンが抜かれレバーが外されたMK3が握られていた。

 グレネードがアルセーヌの足元に放られる。

 手榴弾が手を離れたときには宗介はフランシーヌを抱き締め、円柱の影に自分の身体ごと押し込んでいた。

 MK3の効果範囲は約2mだが、万が一にも彼女を傷つけることは出来ない。

 バルーンの膨張を利用し、爆発までの()()()()()()()投げられた手榴弾を蹴り返している余裕はない。

 

『影』たちが次々に手榴弾に覆いかぶさる。

 

(当然、そうするだろう!)

 

 乾いた破裂音が虜囚部屋の空気を振るわせた。

 折り重なっている『影』たちが一瞬だけ浮き上がった直後、宗介はアルセーヌに向けて突進していた。

『影』たちの大半が行動不能に陥っており、宗介とアルセーヌをさえぎる者はいない。

 距離が一気に縮まる。

 

 5m

 3m

 1m

 

 カービンの銃口がアルセーヌに押しつけられる――。

 

 その瞬間、宗介の中に違和感が拡がった。

 

 ――おかしい、こいつの表情にはまったく驚きがない。

 

 目の前で部下が無力化され自身も丸腰だというのに、アルセーヌの表情には余裕すら見て取れた。

『恐れ』の感情は訓練によって抑制できる。

 しかし咄嗟に発露される『驚き』の感情は無理だ。

 手榴弾の上に平気で身を投げ出せる『影』が、たかが『風船』が膨らんだだけで動きをとめてしまったように。

 

 違和感が警報になる。

 うなじの毛が逆立ったときには手遅れだった。

 

 ガタン!

 

 いきなり宗介の足元が開いた。

 細塔の中心を貫く闇に身体が呑み込まれる。

 

「サガラさま!」

 フランシーヌが床に開いた駆け寄る。

 落とし穴をのぞき込むより早く床はふさがり、彼女の視界をさえぎった。

 

「ああ」

 フランシーヌが両手で顔を覆う。

 

「よくやった、ジョドー」

 アルセーヌが円柱のひとつを見た。

 

「……危ないところでございました」

 城主の視線の先から、背の曲がった枯れ木のように痩せた老人が現れる。

 油断のならない狐狸を思わせる顔。

 

 アルセーヌが妹に近づき、無理やり顔を上げさせた。

 

「可愛い顔をしてついに男を引きこんだか。カリオストロの血は争えないな」

 瞳に嫉妬の炎が燃えていた。

 

「人殺し! あなたは人間じゃないわ!」

 

「そうだとも僕の手は血まみれだ。だが彼はどうだ? そこに転がっている『影』たちを誰が殺したか、お前もたった今その目で見たばかりだろう」

 

「彼らが死んだのはあなたのせいです。あなたが彼らをこんなことに巻き込んでしまった」

「それが僕たちの宿命さ」

「放して、汚らわしい!」

 フランシーヌは兄を突き飛ばし、せめて椅子の背に回り身を守った。

 

「僕たちには呪われた『ウィスパード』の血が流れている。僕たちをめぐってこれまで多くの血が流されてきた。君の口の悪いナイトがその代表だよ」

「……あの人のことを知っているの?」

「直接話すのは今夜が初めてだけどね」

「……?」

「僕たちをめぐってはこれからも多くの血が流されるだろう。フランシーヌ、君はそんな悲劇に耐えられるのかい?」

「……」

 

 フランシーヌが、両手で耳を覆う。

 アルセーヌはなにひとつ間違ったことを言っていない。

 

「世界を変えるんだ、フランシーヌ。これ以上悲劇を繰り返さないために」

 催眠術のように、兄の声がフランシーヌの心に忍び込んでくる。

「僕と君がひとつになれば、それが可能だ。僕たちやその同胞が傷つかずに生きていける世界を一緒に作ろう」

 優しかったころのアルセーヌの声に、妹の心が侵食される……。

 

『――獲物を前に舌なめずりか。3流のすることだな』

 

 突然、兄妹の周囲に宗介の声が響いた。

 

「サガラさま!?」

「どこだ!?」

 

『殿下、お怪我はありませんか?』

 宗介の声は、先ほど握らされた小型の通信機から響いていた。

 

「はい!」

 フランシーヌが手中の通信機にうなずく。

 

『もうしわけありません。ミスをしました。ですが殿下が信じてくださったので自分は空を飛ぶことが可能です。問題ありません。必ずお助けに参ります。それまでちゃんと食事をし、よく睡眠を摂ってお待ちください。敵には決して隙を見せず、気迫をお見せください』

 

「……はい」

 

 彼が生きていた。

 涙ぐむフランシーヌの胸に、再び希望の灯がともった。

 

「――よこせ!」

 激情に駆られたアルセーヌが妹の手から通信機をむしり取った。

 か細い手で必死に抵抗するフランシーヌを円柱に叩きつけて奪い取る。

 

「しぶとい男だな、君は」

『それが俺の取りえだ』

「そんなにフランシーヌのことが好きか? あいにく結婚式に招待する気はないよ」

『俺は彼女に雇われた傭兵だ。雇われた以上、傭兵は雇い主のために全力で戦う。しかし――それだけではない』

 宗介はいったん言葉を区切り、次いで一言一句明確な意思を込めて言い放った。

 

『俺は貴様のような男が腹の底から嫌いだ。だからいいか、()()()()()()()()()()()()

 

『貴様の都合など知ったことか。俺がそうすると決めた。貴様は全力で阻止しなければならない。俺の特技は火付けと壊しだ。貴様の思い焦がれる結婚式など雑菌だらけのクソを塗りたくってやる』

 

「いいだろう。邪魔をできるものならしてみるがいい。結婚式は今から5日後だ」

 

 アルセーヌは通信機を床に落とすと、かかとで踏み砕いた。

 

 互いに宣戦布告はすんだ。

 あとは戦争だ。

 

「待っていろ。君の傭兵とやらをズタズタに引き裂いてやる」

 

 怒りに燃える目で妹を見ると、アルセーヌは寝室の片づけを命じて部屋を出た。

 

 フランシーヌは壊された通信機に駆け寄ると、両手で拾い上げ……愛おしむように抱き締めた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 ――俺はとんだアマチュアだ。

 

 闇へと落ち込む長い縦穴にワイヤでぶら下がりながら、宗介は胸の内で毒づいた。

 アナログな罠の存在を予見しながら、肝心なときに見落としてこの様だ。

 アルセーヌの共振を防ぐためとは言え、フランシーヌに手渡したばかりの連絡手段も早々に失ってしまった。

 大言壮語をまき散らしてみたものの、初戦は惨敗だ。

 

(……それにしても、奴はいつ俺の侵入に気がついたのだ?)

 

 今夜いっぱい虜囚部屋のセキュリティーはかなめが無効化していたはずだ。

 かなめに限ってハッキングを気取られるとは思えない。

 レイスがしくじった……?

 その可能性は無きにしもあらずだが、彼女とてベテランの諜報員だ。

 そうやすやすと尻尾はつかまれまい。

 だとすると、俺自身か。

 どこかで目撃されたか……。

 

 どちらにしても、今後の行動を決めなければならない。

 自ら生存を暴露してしまった以上、もう一度この縦穴を登るのは自殺行為だ。

 敵は待ち構えているだろう。

 残る選択肢は、下りるしかないのだが……。

 

 突然、縦穴の空気を轟音が震わせた。

 頭上から大量の水が流れ落ちてくる。

 

(――落ち物の次は排泄物扱いか!)

 

 再び毒づいたときには奔流によって、宗介は自らの意思とは関係なしに闇底深くに流し落とされていた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「落ちたか?」

「たぶん」

「調べろ」

「かつてこの穴に落ちて生還した者は1人しかおりません」

「それは完全ではないと言うことだ。僕が嫌いなものは何か知っているな?」

 

 不完全、不調和、不明瞭、不徹底――何かしらを欠いた全ての存在や事象がアルセーヌの心を騒つかせる。

 

「かしこまりました」

 ジョドーと呼ばれる老人が慇懃に頭を下げる。

 

「それにしてもよく彼奴めが忍び込んだことに気づかれましたな」

「火災報知器が鳴ったからな」

「しかし、それだけでは」

「僕の施したセキュリティーに誤作動はありえない。だとすれば誰かが意図的に鳴らしたとしか考えられないだろう。そしてそんなことが出来るのは我らが女王だけだ」

 

 ――彼女が現れたのなら目的はひとつだけだ。

 

 アルセーヌの言葉には、ジョドーには意味不明なものも多い。

 今回の言葉も、老いた家令である彼には理解できかねた。

 

「とにかく捜し出せ。近くにいるはずだ。年齢は僕と同じ。名前は千鳥かなめ。美しい日本人の女性だ」

「直ちに」

 

「……だいぶ死んだな」

 フランシーヌの寝所から運び出されていく『影』たちを見て、アルセーヌの瞳が微かに揺れた。

 

「あの日以来20余年。この日のために鍛え上げてきました。まだまだおります。御懸念にはおよびません」

 

 ――ふん。

 

 すぐに興味を失ったアルセーヌは、あとを老家令に任せて妹の寝所の前を離れた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 ベースキャンプでは、かなめの不安と苛立ちが募っていた。

 宗介とレイスからの生存を知らせる定時連絡がないのだ。

 通信や信号の送れない城内深くに入り込んだのか、あるいは修羅場っているのか。

 ハッキングしているセキュリティーの情報に異常は見当たらない。

 不安に駆られて自分から動くのは3流のすることだ――と、何かにつけて宗介から言われている。

 

(……わかってるわよ。今はひたすら『忍』の一字だって)

 

 しかし、万が一の場合には自分とミラだけでもこの国を離れなければならない。

 持ち込んだ機材はすべて破棄して脱出する。

 可能ならばアルにつかまって。

 それすらも無理なら身一つで。

 アルには自律行動で事前に打ち合わせてある合流ポイントに向かってもらう。

 脱出手段はどうするか。

 車を使うのが一番だが、森の中を逃げるならレイスが偵察に使っているあれの方がいいか。

 

 今のかなめは、ただ宗介の身を案じていればよかった以前の彼女ではない。

 自らがスカウトしたミラの命を預かっている。

 いざとなれば、宗介さえも切り捨てなければならない。

 それが彼と彼女のが選んだ道。2人の未来を勝ち取るための険路だ。

 

(だからソースケ。必ず戻ってきなさいよ。あたしに社長の決断なんてさせたらぜっーーたいに許さないんだから)

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

(……そうそうこちらの思い通りにはいかないか)

 

 カリオストロ城中央地下に存在する、外界から遮断された不可視区域。

 そこに至る階段の途中で偶然発見した隠し通路を進みながら、レイスは自嘲した。

 フラッシュライトを頼りに進む抜け道は、どうやら目指す地下区画ではなく、城の上層に向かっているようだ。

 おそらくは緊急時に地下へ落ち延びるための避難路なのだろう。

 彼女はそれを、逆にたどっているというわけだ。

 

 しかし、ここまで来たらどこに続いているのか確かめなければ気がすまない。

 厚く積もった埃からは100年単位で使われていないことがわかる。

 つまり敵も知らない文字通り秘密の道なのだ。

 

(……サガラの奴は、そろそろ姫君と接触できただろうか)

 

 今や正真正銘、彼女の同僚となったムッツリ顔の男。

 かつて1人の少女を取り戻すために、世界を裏側から支配する巨大組織と戦い続けた元少年兵。

 自分たちの過去を重ね、今回の事件には入れ込みすぎている気配があったが、足元をすくわれなければいいが。

 

 彼らから『弱体化したミスリルに代わるウィスパードを守る企業を立ち上げる』と聞かされたとき、レイスはまず呆れ、次にその無謀さを散々指摘論駁し、最後には渋々ながら協力を約束した。

 

(……あの2人だけでPMC(民間軍事企業)を立ち上げるなど考えられん。世界に混乱を巻き起こすだけだ。彼らにはわたしが必要なのだ。まったくいつまでたっても世話の焼ける連中だ)

 

 だが仕方がない。それが大人である彼女の務めなのだから。

 レイスはいまだ成長途上の若者たちのために、汗まみれ、埃まみれ、蜘蛛の巣まみれになりながら、狭い通路を進んでいく。

 

 やがて……。

 

「……ここは……」

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 相良宗介は暗闇に包まれていた。

 

 大量の水によって幽閉塔の縦穴を流し落とされた宗介は、今回何度も彼の命を救っている極細のワイヤによってまたも助けられた。

 縦穴の下にあったのは、闇に包まれた広大な地下空間だった。

 宗介はその天井付近にぶら下がっている。

 

 暗視ゴーグルを手探りしたが、今の奔流によって流されてしまったのかみつからない。

 諦めて裸眼のままワイヤのストッパーを少しずつ外して、闇の中に降りていった。

 

 シュッ、シュッ――と小さな擦過音がするたびに身体が降下していく。

 

 高く……そして何より広い。

 

 ベルトに仕込んであるワイヤの残りが心許なくなってきた。

 伸ばしきってしまう前に下に着けるかどうか。

 

 ジリジリとした時間が過ぎていく。

 

 いよいよワイヤの残りがあと数m……まで追い詰められたとき、宗介の足元にぼんやりとした緑光が見えてきた。

 ワイヤを切り離してヒカリゴケの中に着地する。

 

 宗介は安堵の息を吐いた。

 フラッシュライトを灯して、周囲を確認する。

 

 緑光が消え、広大な石造りの空間が照らし出される。

 

 ハッキングで入手した城の構造図を思い浮かべながら、自分の現在位置の把握に努める。

 

(……かなめが言っていた不可視区域――BLACK BOXよりもなお深い。おそらくそのさらに下にある空間だろう)

 

 周囲には、澱み湿った空気の他は何もない。

 だが宗介は、その腐った空気の中に濃密な死臭を嗅ぎとった。

 

(……何人死んだ? ……10人? ……100人? ……あるいはもっとか)

 

 この場所は以前、確かに無数の死体によって埋め尽くされていたのだ。

 戦場で育った宗介の嗅覚がその残り香を嗅ぎとり、古強者の彼をして慄然とさせた。

 

 ここはカリオストロ城の広大な地下牢(ダンジョン)……その跡なのだ。

 

 そして、宗介の予感はあたった。

 フラッシュライトの光が、壁の傷文字を見つけたのだ。

 

 1904 3 14

 

 日本國軍偵

 河上源之助

 ここに果つ

 

 仇

 

 後は読めなかった。

 

 1904年と言えば、日本は日露戦争の真っただ中だ。

 謀略によって戦況を有利にするため、日本軍の間諜がこの城に送り込まれたのだろう。

『ゴート札』を利用することで、革命の機運高まるロシアを内側から揺さぶる目的だったのか。

 

 どちらにせよその間諜はここに追い詰められ、死んだ。

 

「……殺しも殺したり400年分か」

 

 宗介は珍しく感傷めいた呟きを漏らした。

 今の彼は喜びを知り、希望を知り、絶望を知り、人を愛することを知った普通の人間だ。

 だから今の宗介は怖れを知る。

 

 こんな場所に長居はしたくない。

 

 脱出できなければ、ここが彼の墓となる。

 こんな場所で朽ち果てるのはごめんだ。

 

 ひとまず装備の確認を――と思ったとき、人の気配がした。

 誰かがこちらに近づいてくる。

 

 宗介はフラッシュライトを消し、幸いにして失わずにすんだM4カービンを構え、通路の陰に身を隠した。

 相手の携帯ライトの光が、宗介をかすめる。

 飛び出して銃を突き付けるタイミングを計る。

 拘束して脱出経路を聞き出さなければならない。

 

 あと3歩。

 2歩。

 1歩。

 

「――動くな!」

 

 宗介は通路の陰から飛び出すと、間髪入れず近づいてきた人影に銃口を向けた。

 人影は一瞬『ギョッ』とした様子を見せたが、宗介の顔を確認すると、

 

「やあ、奇遇だね」

 疲れた笑顔を浮かべた。

 

「レモン!?」

 10日ほど前に城下町の酒場で別れたミシェル・レモンが弱々しく笑っている。

 

 宗介は銃口を下げ、彼に近寄った。

 

「こんなところで何をしている?」

「たぶん君と同じだよ。城の連中に落とされたんだ」

 肩をすくめるレモン。

「いつだ?」

「3日前かな? たぶん。君たちが無茶をする前にフランソワーズ殿下と接触しようと思ってね。内通者に手引きしてもらうために世界の古城を取材する旅行ライターって肩書で入り込んだんだけど……」

 

 レモンはこれ以上立ってられないと、その場にへたり込んだ。

 宗介も腰を下ろす。

 座り込んでから、それまで感じていなかった疲労が急激にのし掛かってきた。

 

「その内通者は?」

「殺された」

 

 事も無げにレモンは言った。

 彼は温和な好青年ではあるが、生粋の諜報員でもある。

 必要となればいくらでも冷酷になれる。

 

「彼女は北の孤塔に幽閉されている……よほどの人員と装備がない限り接触は不可能だ」

「君の様子を見ればわかるよ……それよりも何か食べる物を持ってないかい?」

 

 両手で胃の辺りを押さえてレモンが訊ねる。

 

「カロリーメイトとレーションがあるが」

 宗介は耐水仕様のバックパックから、フルーツ味の健康食品と米軍の携帯食を取り出した。

「カロリーメイトもらえる?」

 言うより早く、レモンは宗介が取り出した黄色い箱に手を伸ばしていた。

 封を切るのももどかしく、かじり付く。

 

「レーションもいるか?」

 

 ――僕はフランス人だよ。

 

 と言ったきり、レモンはブロック状の健康食品を貪っている。

 宗介は仕方なしに、自分の手に残った口糧を開けボソボソと食べ始めた。

 この後、いつ食事を摂れるかわからない。

 食べられるときに食べておくのが戦場に立つ兵士の鉄則だ。

 

「水は……水路があちこちにあるから……どうにでもなったけど」

 レモンの言うとおり、広大な地下空間には通路に沿って水路が張り巡らされている。

 

「ここは地下牢か」

 宗介が当たりを見渡して言った。

「ああ、23年前の政変まではそうだった。大公女クラリスが即位後まっさきに行ったのが、ここに放置されていた遺体の回収と埋葬だった。ミサは壮大だったらしい」

「……」

「回収された遺体は1000体近かったみたいだ……地下牢と言うより死体の捨て場所だな」

「……ぞっとしない話だ」

「……まったく」

 

 その後2人は無言で手の中の食料を食べ続けた。

 

 食べ終わると、宗介は装備の点検を始めた。

 

 M4A1カービン銃と予備弾倉が5個。

 グロック19が1丁にマガジンが2個。

 MK3攻撃手榴弾が1個。

 大型のコンバットナイフが1振り。

 

 他にはフラッシュライトがひとつに発炎筒が数本、携帯食が数食分。

 ワイヤおよびザイルの類いはすべて失ってしまった。

 緊急脱出用のバルーンもだ。

 さらに悪いことに通信機も見当たらない。

 これではたとえ地上に戻れたとしてもキャンプに支援要請が出来ない。

 

「やはり、かなめさんの予想があたったのか?」

「ああ」

「そうか……」

「アルセーヌはどうあってもフランシーヌを娶る気だ。結婚式は5日後。それまでに彼女を救い出さなければならない」

「……業が深いな」

 レモンは嘆息した……まるで3年前のあの事件を模しているかのようだ。

 ウィスパード……囁かれし者……呪われた存在。

 彼、彼女らに救済がもたらされる日は来るのだろうか……。

 

「その様子だと相当歩き回ったようだが脱出路は見つからなかったのか?」

 宗介が、腹が膨れ物思いに耽り始めたレモンを現実に引き戻す。

「ああ、でもここは本来地下牢などではなかったはずなんだ。水路がある時点で他の用途があったのだと思う」

「おそらく負け戦の際に立て籠もる最後の拠点だったのだろう。だとすれば外につながる通路が必ずある」

「それが簡単に見つからないから苦労してるんだけどね」

「奴らは俺が生きていることを知っている。必ずトドメを刺しにくる。そいつらに聞く」

「なるほど。それなら確実だ」

 

「長く使っている銃だ。大事に使え」

 宗介はホルスターからグロックを引き抜くと予備のマガジンと共に差し出した。

「本当に既視感(デジャヴ)があるなぁ」

 受け取りながらレモンが苦笑する。

 

「奴らは生きているアラストルだ。間接部を狙え」

 宗介はM4カービンのサプレッサー(消音器)を取り外しながら言った。

 発射音でこちらの位置を知られる危険性が高まるが消音装置は貫通力が弱まる。

 弾丸が命中しても効果がないのでは意味がない。

「死ぬ分だけありがたいってことか」

「だが殺すな。1人は必ず残しておけ」

 

 宗介とレモンは防御に向いた場所を探し出すと、そこをキャンプにした。

 

「――それじゃ連中が来るまで僕は眠らせてもらうよ。とにかく疲れた」

 ゴロリと横になると、レモンはあっという間に寝息を立て始めた。

 優男だが胆の座り方はやはり並ではない。

 

 宗介はカービンを抱いてレモンのかたわらに座り込むと、闇と同化し『影』が忍び寄ってくるのを待った。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 白々と長い夜が明けようとしていた。

 カリオストロ城と正対する水門の上で、回収係の2人が潜入班からの合図を待っていた。

 

「う、うううっ、寒ぶ」

 頭から毛布をかぶった金髪の男が、底冷えする夜明けの寒さにブルブルと震えている。

 

「……ああ、もうこんな時間か」

 腕時計をのぞいた男がかたわらの――こちらは薄着で平然と城を見張る、黒い女豹を思わせる女を見上げた。

「……どうだ、様子は?」

 

「まだ動かないわ」

 

「……あぁ……待つしかねえか」

 再び顔を湖の先に向ける男。

 視線の先では、カリオストロの城が朝日に輝いていた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 地下牢ではレモンだけでなく、疲労のためかいつしか宗介も眠り込んでしまっていた。

 寝息を立てる2人に気配が忍び寄ってくる。

 

 殺意を持つ者が抑えても抑えきれない気配……殺気。

 金属製の甲冑を着込んでなお物音一つ立てない、訓練された動き。

 2人を警戒しながら、徐々に徐々に近づいてくる。

 前後からの挟み撃ち。

 必殺の包囲網。

 

 ……ジャキッ、

 

 微かな金属音と共に、殺意の鉄爪が闇に伸びた。

 

 シュバッ!

 

 その音を合図に跳び起きた宗介の手から焚かれた発炎筒が2本、それぞれ前方と後方に投げられる。

 ストロンチウムが混合された火薬が眩い炎を上げ、間近まで接近していた『影』の姿を浮かびあがらせる。

 

「後方を確保しろ!」

「了解!」

 宗介が前方の『影』を射撃し、レモンが後方のそれに発砲する。

 

 フルオートで発射される宗介のM4A1カービンが、次々に『影』たちの膝や足首を射貫いていく。

 ほんの10m程度の距離である。

 貫通力に劣る5.56mNATO弾でも2発3発と命中するうちに甲冑を破壊し、その下の肉体を撃ち抜いた。

 

 しかし、宗介と反対にレモンは苦戦していた。

 この至近距離でも、グロック19の9mmパラベラム弾では『影』の頑丈な甲冑を貫けない。

『影』の着込んでいる鎧は、ほぼ密着状態で発射された357マグナム弾すら防ぐ耐弾性と避弾経始を備えているのだ。

 

「リロード!」

 早くも1弾倉使い切ったレモンが叫んだ。

 宗介が振り返り、後方に掩護射撃をくわえる。

 レモンがマガジンを詰め替えながら叫んだ。

「こんな豆鉄砲じゃだめだ!」

「これを使え!」

 弱音を吐くレモンに手榴弾を放ると、宗介は再び前方に向き直り、目の前まで近づいていた『影』の足を撃ち抜いた。そのまま背中に向かって叫ぶ。

「ラストワンだ! 巧く使え!」

「荒事は苦手なんだけどな!」

 放られた手榴弾をキャッチする一連の動作のまま、レモンが口で安全ピンを抜きレバーを飛ばす。

 

「4、3……それ!」

 

 後方から接近していた『影』が足元に投げつけられた缶詰状の物体を見て、水路に飛び込む。

 グロックが火を噴き、かすめた銃弾がグレネードを水路に弾いた。

 MK3攻撃手榴弾が即席の機雷となって爆発。

 レモンが受け持った『影』は、TNT火薬の凶悪な水中爆発によって一掃された。

 

「――ま、こんなものかな」

 

 宗介は撃ちまくって、前方の『影』の接近をこれ以上許さない。

 宿屋で襲われたときもそうだったが、『影』は暗闇ではフレンドリ・ファイアを嫌ってか銃火器の類いを用いないようだ。

 自分たちの近接戦闘能力に絶対の自信があるのか、それともあくまで寝込みを襲うのが奴らの流儀なのか。

 

 だが――。

 

(……暗殺は得意でも、正面きっての戦闘ではフル装備の兵士に分がある!)

 

「リロード!」

 宗介が叫ぶ。

 レモンが前方の『影』に向かってグロックを連射。

 火力が減じたのを見て、残りの『影』が一斉に飛び掛かってくる。

 宗介は流れるような動作で弾倉を交換すると、眼前の『影』たちにフルオート&0距離射撃でぶっ放した。

 下半身を穴だらけにされた最後の『影』たちが、ぐしゃりと石造りの通路に落ちる。

 カービンの銃口から、薄く白煙が上がる。

 

 ……。

 

 宗介は油断なく、撃ち倒した『影』たちに銃口を向け続ける。

 致命傷は与えていない。

 隙を見せれば逆撃を喰らう。

 

 レモンがグロックを突き付けながら、倒れている『影』たちを調べる。

 

「おい、ソースケ! こいつら全員死んでるぞ!」

「なんだと?」

「毒だ。奥歯に自決用のカプセルを仕込んでいたんだ」

「くそっ、浅はかな奴らめ」

 

 なんのために殺さないように加減していたと思ってるんだ。

 

「水路に沈んでいる奴らはどうだろう?」

「水中爆発の衝撃は強力だ。至近なら地上よりもはるかに殺傷力がある――至近か?」

「ほぼ真上だね」

「……そうか」

「……やっぱり荒事は苦手だ」

 肩を落とす宗介とレモン。

 

 宗介は足元に転がる骸を見つめた。

 

 次の襲撃を待つか……。

 

 しかし手持ちの弾薬は半減。

 最後の手榴弾も使ってしまった。

 

 同程度の戦力で来られたら、撃退は困難。

 いや、今度はさらに増強して襲ってくるだろう。

 

「……ソースケ、見ろ!」

 

 その時、レモンが宗介の肩を叩き前方を指さした。

 宗介が顔を上げ、レモンの指し示す方を見る。

 

 明滅する小さな光。

 弱々しく灯るたびに、周囲のヒカリゴケの緑光が消える。

 

 ……蛍?

 

 宗介の脳裏に、昨夜のかなめの幻想的な裸身が浮かんだ。

 

「……タバコ?」

 呆気に取られたレモンの呟き。

「……肯定だ。あれはタバコの灯りだ」

 現実に戻った宗介がうなずく。

 

 だが、しかし、それにしても……こんなだだっ広い地下牢跡で誰がタバコなど噴かすというのだ?

 

「……まさか幽霊じゃないだろうね」

 レモンが言った。

 幽霊が出るなら、これほど相応しい場所は世界広しと言えども早々ないだろう。

「……俺は長く戦場で生きてきたが、あいにくそういったものは見たことがない」

 宗介は幽霊の存在など頭から信じていない。

 陣高時代かなめに心霊スポットの廃病院に連れて行かれた時も、まったく動じず彼女を逆ギレさせた。

「……ソースケ、かなめさんに情緒のない奴って言われない?」

「……追うぞ」

 宗介はレモンの呆れ顔を無視して、か細い狐火を追った。

 もちろんレモンも続く。

 気取られないように、それでも十分早足で2人は『蛍』(タバコ)の灯りを追跡する。

 

 だが――捕捉できない。

 

 宗介とレモンが距離を詰める分だけ『蛍』は2人を引き離す。

 そして時折止まっては、いざなうように明滅を繰り返すのだ。

 

(……遊ばれているのか?)

 

 宗介にしろレモンにしろ、追跡術は心得ている。

 宗介は戦場で。レモンは市街地で。それぞれスペシャリストと言っても過言ではない。

 その2人をこうも簡単にあしらってみせるとは。

 ただ者ではなかった。

 

 やがてその灯りが、ふっ……と消えた。

 

 2人は慌てて灯りが消えた場所に走った。

 残っていたのは辺りに漂う紫煙の香りだけだ。

 

「……ジタン・カポラルか」

 レモンが呟いた。

「……なんだ、それは?」

「……フランスを代表するタバコだよ」

 愛煙家のレモンが教えた。

 

「見ろ、レモン」

 宗介が近くの水路を指さした。

 ヒカリゴケの緑光に照らされた水面に、しけもく――煙草の吸い殻が浮かんでいた。

 それが水路から枝分かれした3分の2ほど水没した狭いトンネルに、ゆっくり流れていく。

 

「さっき襲ってきた『影』たちは完全装備だった」

「肯定だ。全員が頑丈な甲冑を着込んでいた」

「あれじゃ水中での行動は無理だよね」

「それも肯定だ」

「でも顔だけでも水面に出せるなら?」

 

「行くぞ」

「やれやれ荒事の次は水泳か。泳ぐならせめて水着に着替えたいなぁ」

「贅沢を言うな」

 

 ぼやくレモンに先んじて、宗介は水路に飛び込んだ。

 レモンが渋々と後に続く。

 カービンを構えながら、しけもくの流れ込んでいった細いトンネルに入る。

 トンネルは2人の身長に若干足りない程度の高さで、フラッシュライトを点けてなくてもヒカリゴケのおかげで視界は利いた。

 

「気をつけろ。穴があるぞ」

「うおっぷ!」

 

 宗介の警告は間に合わず、レモンは頭の先まで完全に水没しぬれねずみとなって再び顔を出した。

 

 宗介は前方。レモンは後方を警戒しながら、トンネルを進んでいく。

 トンネルはかなりの長さだったが、やがて終わりが見えてきた。

 

(……ここからさっきの『影』が侵入してきたのなら、少人数の留守部隊がいるはず)

 

 レモンを見ると彼も同意見のようで、引き締まった表情でうなずいてみせた。

 指を1本ずつ立てていき、3本になったところで宗介はトンネルから飛び出した。

 

 そこは深い壕のような場所で、正面上から2人の男がのぞき込んでいた。

 半瞬で敵の位置を把握すると、宗介はセミオートに切り替えたカービンのトリガーを2度引いた。

 眉間を撃ち抜かれて、2人の男が壕の底に落下する。

 留守部隊ゆえの油断か。甲冑をかぶっていなかったのが運の尽きだった。

 

「射撃音を聞かれたかな?」

「わからん。だがサプレッサーを着けていたら甲冑を着込んだ相手は射殺できん」

 

 死体をトンネルに運び込むと、そのまま少しの間様子をうかがう。

 敵の増援が現れる気配はない。

 宗介とレモンは再びトンネルから出ると、壕の上から投げ落とされている縄ばしごを登った。

 

 壕の上には石造りの階段があり、さらに上へと続いている。

 レモンにアイ・シグナルを送り、宗介は階段を上り始めた。

 足音を立てないように慎重に石造りの踏面をふむ。

 階段は永遠に続くかと思われたが、やがて終着点が見えた。

 最後は穴蔵から顔を出すように、2人は階段を上りきった。

 

「これは……」

「棺おけだね。大昔の」

 宗介とレモンが顔を出したのは、凝った意匠が彫り込まれた大時代風の石棺だった。

「まさに地獄からの生還だね。この城を設計した人はユーモア(皮肉)がわかってる」

 

 石棺は広いフロアを囲む2階部分――幅広のキャットウォークにいくつも並べられていた。

 そのうちの1つが地下牢へとつながる秘密の通路だったのだ。

 2階部分は透明なガラスで1階部分と隔離されていた。

 

 宗介がガラスに駆け寄りフロアを見下ろす。

 レモンがすぐにその隣に立つ。

 

「……なんだ、ここは?」

「どうやら以前のゴート札の造幣所――『地下工房』みたいだ」

 

 ここがかなめの言っていたBLACK BOX――この城の不可視区域か。

 

「だが、これはまるで……」

「ああ、そうだな」

 

 2人の眼下に広がっていたのは、まるで……。

 

「どうするのだ、レモン? 見てしまった以上、もう後戻りはできないぞ」

「わかってる。正義の諜報員の血がうずくよ」

 

 宗介とレモンはうなずき合い、次の行動に移った。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 フランシーヌは椅子に座ったまま、窓台にもたれて眠ってしまっていた。

 誰かが入室してきた気配に目を覚まし、顔を上げる。

 1人のメイドが朝食を運んできたところだった。

 

 食欲などまるでない。

 でも……。

 

(……そうだ、食べなければ。あの方が言っていた。ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、待つようにと)

 

「……」

 欲求のないまま、意思の力だけでちぎったクロワッサンを口に運ぶフランシーヌ。

 

 ふと、かたわらに控えているメイドと目が合った。

 いつも食事を運んでくる娘だが、どこか違う……。

 

「……あなたは」

「自分はレイス。殿下をお助けにあがりました」

 メイドの変装したレイスが一礼した。

「サガラとはすでにお会いになりましたね?」

 

「あの方を御存じなの?」

 フランシーヌが立ち上がった。

 瞳は輝き、身体中に若い生命力が溢れだしたようだった。

 

「ウンザリするほど――時には敵、時には味方。恋人だったことはありません」

 

 レイスの最後の言葉に、フランシーヌの顔に浮かぶ安堵の色。

 

(……おい、まさかこの娘までそうなのか?)

 

 レイスはゲッソリした。

 

「殿下、あの男は生まれついての朴念仁を装っておりますが、ことあなたのようなウィスパードの女性に関する限り、奴の撃墜率は100%で……いえ、もちろん殿下のような高貴なお方があのような者に興味を持つなどありえませんので、この確率は下がりますが……」

 

(……撃墜率100%を更新だな、この様子では)

 

 レイスが見るところ、目の前の姫君の表情は完全に『恋する少女』のそれだった。

 

(……まったく、かなめといい、テスタロッサ大佐といい、ミラといい、あんな男のどこがいいというのだ? あの男、ウィスパードの女だけを引き寄せる妙なフェロモンでも出しているのか?)

 

「あの、どうなされました?」

 苦虫を噛み潰したようなレイスに、フランシーヌがたずねた。

 

「い、いえ、なんでもありません。とにかくこの城を脱出します」

 

 バサッとメイド服を脱ぎ捨てると、大時代風の衣装の下から迷彩服が現れた。

 

 不可視区域へ下る階段の途中で見つけた隠し通路は、居館奥部の壁の裏へと続いていた。

 レイスは壁の裏から抜け出すと、隙を見て『影』の詰め所から銃器やら迷彩服やらを失敬した。

 さらに普段フランシーヌの食事を運んでいるメイドの存在を知るなり、あとをつけて昏睡させ本人に成りすました。

 堅牢な城ほど内部の人間は油断する。

 警戒厳重な不可視区域と違い、多数の一般職員が出入りしている居館は、潜入と変装を得手とする彼女のフィールドだった。

 そして今、レイスはフランシーヌの前に立っている。

 期せずして、宗介とレイスの当初の目的が入れ替わってしまったわけだ。

 

「でも、どうやって? それにサガラさまは!?」

 

 レイスが答えかけたとき、室内に白煙が立ち込めてきた。

 

「落とし穴から煙が!」

 

 昨夜宗介が落ちた縦穴から、わずかな床の隙間を通って白い煙が侵入していた。

 

「火事?」

 フランシーヌが窓に駆け寄って、外を見た。

「地下からだわ」

 

 城内の各所から煙が立ち上り始めていた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「――動いた!」

 城の対岸の水門上で、女豹を思わせる黒髪の女が叫んだ。

 

「始めやがったか!」

 隣の金髪の男が、対物ライフルを手に身を乗り出す。

 

 カリオストロ城の至る所から煙が噴き出してきた。

 そして響き渡るサイレン。

 

 城内では非番の衛士まで駆り出され、おおわらわで火元の確認に追われていた。

 

 パニック!の始まりだ。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「大変です、火元は『地下工房』と思われます!」

 壁の隠し戸が開いて、燕尾服姿の『影』が城主の私室に入ってきた。

『影』を追うように背後の隠し通路から白煙が漂い込んでくる。

 

「そこを閉めてくれないか。煙が目に沁みる」

 城主――アルセーヌがさして動揺した様子も見せずに命じる。

「ジョドー、君の『影』とやらも大したことないね。またしくじったようだよ」

 

「……もうしわけありません」

 主の揶揄され、老家令は頭を下げた。

 1度ならず2度、いや宿屋の失敗もいれれば3度も、彼の手塩にかけた『影』が任務に失敗したのだ。

 顔には出さないが、屈辱と怒りに腸は煮えくり返っていた。

 

「とにかくすぐに火を消すんだ。あの場所は少しくらいの火災ではびくともしないが、それでも計画の遅れにはつながる」

「はっ、直ちに」

 

「僕は例のもので出る。ここまで大事になった以上、彼女は切り札を出してくるだろうからね」

 

 アルセーヌはそれだけ言い残すと、身をひるがえして部屋を出た。

 

(……さあ、我らが女王陛下。ご尊顔を拝しに参りますよ)

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 宗介は『地下工房』の制御室とおぼしい部屋を制圧すると、まず換気システム、次いで消化システムを破壊した。

 そして通気口の側に、目につく可燃物を手当たり次第かき集めて火を着けた。

 

 彼の特技は、火付けと壊し。

 

『地下工房』その物は破壊できないにしても、それでもダメージを与えることは可能だ。

 

「レモン、早くしろ! そろそろ客が来るぞ!」

 

 宗介はCRTモニターだの、ノートPCだの、PCデスクだの、ソファだの、とにかく燃えそうな物は片っ端から炎に放り込みながら怒鳴った。

 炎は1秒ごとに勢いを増し、制御室の壁を舐め始めている。

 場所が場所だけに不燃処理された物が多くすぐに延焼にはいたらないが、それも時間の問題だ。

 

「証拠だ! 証拠がいるんだ!」

 

 レモンはキーボードを叩きながら、こちらも片端からハードディスクのデータを光磁気ディスクにコピーしていた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「――ああ!」

 

 ジョドーが『地下工房』の制御室に駆け付けると、そこはすでに火の海だった。

 工房そのものが無事でも、ここを燃やされてしまってはアルセーヌの言うとおり彼の計画に遅延が生じてしまう。

 そして、それはすべてジョドーのしくじりから始まっているのだ。

 

「おのれ、小賢しい傭兵め!」

 ジョドーは配下の者たちを振り返り、命令した。

「――捜せ、まだこの中にいるはずだ」

 

 その時、応援部隊として例のゴリラ顔の衛士長率いる衛士隊が到着した。

 

「ぬぉ!?」

 勇猛をもって鳴る衛士長も、その火勢の激しさに一瞬たじろいだが、

 

「――ひるむな、かかれぇ!」

 すぐに気迫を奮い起こし突撃を命じた。

 

 消化システムは侵入者によって破壊されてしまったのか、作動する気配がない。

 火勢に対してあまりにも貧弱に映る消火器を手に、衛士や召し使いたちがそれでも消火作業に移る。

 

 突然、炎の中から宗介とレモンが飛び出してきた。

 体格に勝る衛士長を体当たりで転倒させ、背後の階段を駆け上がる。

 

「侵入者だ! 追え!」

「お前は火を消せ!」

 倒れながらも叫ぶ衛士長を怒鳴りつけ、ジョドーが後を追う。

 

(……おのれ! 生かしては帰さん! この手で必ず八つ裂きにしてくれる!)

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 ソースケは立ちふさがる衛士や召し使いたちにカービンで威嚇射撃をくわえながら、時に彼らを小銃の台尻を使った銃剣術で殴り倒して、石造りの階段を駆け上った。

 

 レモンがやや遅れて並走し、宗介の脇を固める。

 ほとばしるアドレナリンのせいか彼の頭ではなぜか軽快なサンバが流れていた。

 そう、軽快で、陽気で、そしてどこか哀愁の漂う、サンバ・テンペラード。

 

 やがて視界が開け、2人は新たな場所に飛び出した。

 

「――礼拝堂だ!」

 

 場所も様式もまったく違ったが、宗介はかつて長く生死の境をさまよった、ポリネシアの片隅の貧しい教会を思い出した。

 

 われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、われわれは何処へ行くのか――。

 

 古く荘厳なカリオストロ城の礼拝堂には外から消火用のホースが何本も引かれ、祭壇裏の階段から地下に引きこまれていた。

 

 宗介とレモンは脇目も振らず、礼拝堂の外へ走った。

 

「これからのプランは!?」

 レモンが叫んだ。

「フランソワーズ殿下を救出する!」

「だから、その具体的な方策は!?」

「……」

 

 通信機を失っている現在、最後の脱出手段であるアルを呼び寄せることができない。

 この騒ぎを察知して飛び込んできてくれればいいのだが、いくらかなめでも状況も確認せずにそんな無謀な指示は出さないだろう。

 要するに、今の宗介には打つ手がない。

 黙り込む宗介に、レモンが胸の中で天を仰いだ。

 

「――でも、それならいい考えがある! あの塔の天辺に、遊覧飛行用の古いオート・ジャイロがある! それを奪おう!」

 

 レモンが走りながら、前方の塔を指さす。

 

「オート・ジャイロだと!?」

「ああ、海外のマスコミ向けの骨董品さ! 観光立国を目指すお国柄だからね! たまに飛ばしてさらなる観光客の誘致を目指してるってわけさ!」

 

 ――僕はこれでも観光ジャーナリストを自称してこの城に潜り込んだんだよ!

 

「レモン! お前、そんな物が飛ばせるのか!?」

「いや、君は!?」

 絶句する宗介に、レモンが畳み掛ける。

「でも、ASを呼べない以上、他に手はない!」

 

 確かにこのままではいずれ包囲され、袋のねずみになる。

 アルを呼べないのなら、博打を打つしかない。

 

「了解だ!」

 

 宗介とレモンは塔最上層の駐機場を目指して、露天階段を駆け上がる。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「――はっ!」

 

 窓からはるか眼下の中庭を見下ろしていたフランシーヌが、大勢に追われる2人の男を見つけた。

 

「サガラさま!」

「ウルズ7! レモンもか!」

 

 レイスも2人の姿を認めた。

 宗介たちは自分たちのいる幽閉塔からほど近い、塔の露天階段へと向かっている。

 尖塔の最上層には――。

 

「オート・ジャイロを奪う気か!」

 

 あいつらめ! なにを血迷ってそんなものを!

 そうか、通信手段を失ったのだな!

 

 レイスは自分の通信機を手に取った。

 彼女はこれでECS(電磁迷彩)を作動させたレーバテインIIを呼び寄せて、フランシーヌと脱出する気だったのだ。

 城のは、かなめが乗っ取ることは出来なくても妨害することは出来る。

 侵入ではなく脱出なのだ。

 ダミーデータを流して気づかれなくする必要はない。

 気づかれてもいいから見えなければいいのだ。

 

 ――だが。

 

「ECMだと?」

 

 レイスの通信機も、強力なジャミングによって無力化されていた。

 彼女の通信機は、かなめが徹底的な改造を施した特別な品である。

 この通信機を使い物にならなくするとなると、それこそ電子戦仕様のASでもなければ不可能なはずだが。

 

 レイスの背中に冷たい汗が伝った。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 ジョドーは、フランシーヌの囚われている北の孤塔へ通じる連絡橋がある尖塔を目指していた。

 最上部への直通エレベーターに乗り込むと、アルセーヌと連絡を取る。

 

「彼奴らはフランソワーズ様を狙っています。お急ぎください」

 

 エレベーターが上昇する。

 フランソワーズの身柄を抑えてしまえばこちらの勝ちだ。

 アルセーヌの手を煩わせるまでもない。

 いや、絶対に煩わせてはならないのだ。

 

 カリオストロに生涯をかけてきた、自分の誇りにかけて。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 宗介とレモンはオート・ジャイロの奪取を目指して、駐機場への露天階段をひたすら駆け上っていく。

 立ちふさがる人間はカービンの威嚇射撃でひるませ突破する。

 ほとんどの人間は銃器を手にしていないので簡単に押し通ることができた。

 

 持久力にかけては常人離れしている宗介が、幾重にも続く折り返し階段を休むことなく駆け上がる。

 一見柔弱そうに見えるレモンも、遅れることなく追随している。

 宗介は先を走りながら、今までレモンを見損なっていたことに気づかされた。

 荒事は苦手と言いながらどうして、元ミスリルSRT要員の自分と十分に伍して戦っている。

 

 最上層の駐機場まで上り詰めると、鮮やかな朱色の機体が駐機してあった。

 

「レモン!」

 

 宗介はレモンにカービン銃と残り1つとなった予備弾倉を投げた。

 身軽になるとオート・ジャイロの機首部をよじ登り、コックピットに滑り込む。

 時代を感じさせるコンパネのスイッチを次々に引っ張り、押し、捻ると、機体後部の推進用のプロペラが点火音と共に回転を始めた。

 次いで頭上のメインローターが回り始める。回転翼先端に取りつけられている噴射式の加速装置に火が入り、機体が推力を得るのを感じた。

 同じ回転翼機であるヘリコプターの操縦は嫌というほど見てきている。

 操縦法は理解している……はずだった。

 

「早くしろ!」

 

 レモンはM4カービンで階段を上ってくる衛士や燕尾服の影を撃ち払いながら叫んだ。

 残弾はわずか。長くはもたない。

 

「くそっ! 正義の諜報員を舐めるなよ!」

 

「レモン、乗れ!」

 

 宗介が叫ぶ。

 フットブレーキを緩めると、朱色の胴に黄色い翼を生やしたオート・ジャイロがするすると前進を始め、湖に向かってふわりと飛び立った。

 

 レモンが群がりよる衛士や『影』を最後の一連射で撃退すると、残りの衛士に弾切れのカービンを投げつける。

 振り返るなり飛び去るオート・ジャイロに向かって走り、すんでのところでコックピットの下に伸びる主輪に飛びついた。

 すぐにコックピットの脇にまでよじ登る。

 

「巧いじゃないか、ソースケ!」

「ヘリの操縦はこれまでに何度も観察してきた。問題ない」

 

 宗介はややぎこちない機動でオート・ジャイロを旋回させると、フランシーヌが幽閉されている北の孤塔に機首を向けた。

 

「結局、略取誘拐か」

「俺は口頭でだがフランソワーズ殿下と契約し、彼女をこの城から助け出すようにと指示を受けている。よってこれは救出ミッションだ。誘拐ではない」

「~それを聞けて幸せだよ」

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「こっちに来る」

 

 孤塔の窓から宗介とレモンが強奪したオート・ジャイロが近づいてくるのを見たフランシーヌは、窓を叩いた。

 ビクともしない。

 側にあった椅子を力の限り持ち上げて投げつける。

 椅子は砕け散り、飛散した破片から顔をかばうフランシーヌ。

 けれども、ひし形の格子がはめられた窓には傷ひとつ着いていなかった。

 

 レイスがフランシーヌを背にして、口で『影』の詰め所から奪ってきた手榴弾のピンを抜く。

 窓台に放ると、宗介がしたようにフランシーヌを柱の陰に押し込む。

 

 重く乾いた爆発音がして、爆風がレイスとフランシーヌの髪をなぶった。

 

 レイスが柱の陰から飛び出し、窓に駆け寄る。

 

「――防弾ガラスか!」

 

 手榴弾が至近で爆発したというのに、それでも幽閉塔の窓ガラスにはヒビひとつ入っていない。

 

 窓の外で宗介の操るオート・ジャイロが危なっかしくホバリングしている。

 

「ここは開かないの! 構わず行ってください!」

 なによりも彼の身を案じたフランシーヌが、窓越しに叫んだ。

 

 宗介が上を指差し、機体を上昇させる。

 ほぼ同時に対面する尖塔から、ジョドーの乗る連絡橋が延びてきた。

 オート・ジャイロをヨタヨタと上昇させた宗介は、今度はモタモタと横滑りさせて孤塔の青い屋根に寄せた。

 

「レモン、操縦を頼む!」

 宗介が操縦席を抜けだし、黄色い翼を伝って屋根に飛び移った。

 

「な、なに!? ま、待てソースケ、やったことがないんだよ!」

 コントロールを失ったオート・ジャイロが、レモンを乗せたまま明後日の方向に飛んでいく。

 

 やはり大地に連なる場所に足を着けた宗介は強い。

 軽やかな身のこなしで急勾配の屋根を滑り降り、寝所の天井にある金属製の丸扉を蹴り開ける。

 

「殿下!」

「サガラさま!」

「お迎えにあがりました」

「…………はい」

 天井から顔を出した宗介を見て、フランシーヌは安堵と、そして愛おしさに涙が零れそうになるのを必死でこらえた。

 

「レイス、ロープだ!」

「偉そうに言うな!」

 

 憤然としたレイスが、ベルトに隠していたロープを引き延ばす。

 天井の宗介に投げたとき、寝所の扉が開いてジョドーとマシンピストルで武装した平服姿の『影』たちが入ってきた。

 

「レイスさん!」

 フランシーヌが危険を知らせる。

 

 レイスは『影』の詰め所から奪ってきた木製ストック付きのIMIウージーを撃ちまくり、ジョドーたちの頭を塞いだ。次いで手榴弾が放られる。

 

 レイスの射撃音と手榴弾の爆風を背中に受けながら、フランシーヌはロープにしがみついた。

 宗介がこれ以上ないほどの力強さで、ぐいぐいと引っ張り上げていく。

 フランシーヌの握力ではつらい作業だった。

 それでも彼女は歯を食いしばって掌の痛みに耐えた。

 

 指が千切れてもいい……絶対に放さない。放さない。

 

 すぐに彼女の身体は、宗介が顔を出している天井の丸扉まで運び上げられた。

 宗介が差し出した手を、フランシーヌがつかむ。

 力一杯引き寄せられた勢いのままに、フランシーヌは宗介の首に抱きついた。

 

「――サガラさま!」

「で、殿下」

 顔を赤らめながら、おっかなびっくり彼女の背中に手を回す宗介。

「も、もう大丈夫です」

「……はい……はい」

 宗介の汗と硝煙の匂いつつまれ、フランシーヌがついに落涙する。

 

「気分を出している場合ではないぞ、ウルズ7」

 最後の手榴弾を投げつけると、レイスがロープを登ってきた。

 

 ――かなめやミラのためにも、わたしがいる限り『役得』など認めんからな。

 

 そんな目でレイスがにらんでいる。

 

「りょ、了解している――殿下」

 レイスのトゲのある視線に、宗介が遠慮がちにフランシーヌを促す。

「ご、ごめんなさい」

 フランシーヌが目尻の涙を拭いつつ、少しだけ名残惜しそうに彼から離れた。

 

「――レモン、こっちだ!」

 宗介が酔っぱらいの千鳥足のように飛ぶオート・ジャイロに手を振った。

 隣ではフランシーヌが明るい顔で、朱色と黄色の機体を見上げている。

 

「そ、そんなに上手くはいかないよ!」

 コクピットからレモンが愚痴り怒鳴った。

 それでもレモンは、どうにかこうにか機体を幽閉塔の屋根へと寄せてきた。

 ローターの回る爆音が近づく。

 屋根をかすめるように飛び退っていくオート・ジャイロに向けて、宗介は駆け出した。

 

 機体に飛びつきレモンと操縦を交代。全員を乗せて脱出――

 

 その時、宗介の鼻腔が慣れ親しんだ臭いを嗅ぎとった。

 ECS用のレンズから照射されるレーザーが大気中の酸素を変化させ、周囲の不純物と反応したときに発生する強いオゾン臭。

 

 直後、宗介の眼前で電磁迷彩が解除され、1機のアーム・スレイブが姿を現した。

 

 アルか――いや、違う!

 

 宗介が驚愕した瞬間、銃弾が彼の身体を撃ち貫いた。

 もんどり打って屋根を転げ落ちる宗介の視界の中で、黒銀のASが回転していた。

 

「……ベリ……アル……」

 

 薄れゆく意識の中で、宗介がつぶやいた……。

 

 

……to be continued

 

 

 




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