フルメタル・パニック! その後の2人   作:Deetwo

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前回は宗介とレイスとレモンの無双でしたので、今回はかなめとミラとアルに頑張ってもらいました。次回でカリオストロ編は完結の予定です。ご一読いただければ幸いです。


炎のたからもの (6)

 銃弾は宗介を背中から貫いた。

 レモンの操縦するオート・ジャイロが、宗介を貫通した銃弾を受けて爆発、炎上。

 激しく黒煙を噴き上げながら機体の制御を失っていく。

 

 その光景に、フランシーヌの瞳が大きく見開かれ、震えた。

 

 それでも、もんどり打って急傾斜の屋根を転がり落ちる宗介に華奢な身体で覆い被さり、彼が孤塔から落下死するのどうにか防いだ。

 

「……あっ!」

 

 フランシーヌの眼前で幽閉塔の青い屋根に宗介の赤い血が溢れ、遙か下方の湖に流れ落ちた。

 

「サガラ!」

 激しい銃撃音が轟き、虜囚部屋の天井から顔を出したレイスを弾雨が襲う。

 手にしていたウージーが吹き飛ばされる。

 

「動くな、女ネズミ」

 いつの間にか塔の見張り台で機関銃を構えていたジョドーが警告した。

 

「……くっ」

 敵から奪ったスイス・ルガーを抜いて、天井の出入り口に身を潜めるルイス。

 

 

『君にはあとでたっぷり聞くことがある』

 暗銀のASの外部スピーカーからレイスに、アルセーヌの声が響いた。

『ジョドー、サガラにトドメを刺せ』

 老家令が宗介とフランシーヌに狙いを定める。

 

「やめて! 撃ってはだめ! この人を殺すなら、わたしも死にます!」

 

『撃て』

 一切の逡巡のない主の命令にジョドーの引き金がひかれ、銃弾が暴力の嵐となって傷ついた傭兵と彼をかばう公女を包み込んだ。

 2人の周辺で瑠璃色の屋根瓦が砕け散り、フランシーヌの髪や白いブラウスを破片まみれにする。

 銃撃が止んだ時、2人は痘痕面の弾痕に囲まれていた。

 

『……見上げた心がけだ、フランシーヌ』

 アルセーヌの苛立った声に、フランシーヌが顔をあげて兄の駆るASを見た。

『……僕の元に来るなら、その男の命だけは助けよう』

 湖からの風に、フランシーヌの髪とリボンが揺れた。

 

「……」

 兄の言葉にフランシーヌが再び宗介を見た。

 彼女の傭兵は彼女を救うために戦い、深く傷ついていた。

 その身体からは1秒ごとに命が流れ出ている。

 フランシーヌの長い睫毛が震えた。

 

 悪魔の如きASが、フランシーヌに黒い掌を差し出す。

 

「……ありがとう」

 フランシーヌは宗介の耳元で囁くと、すくっと立ち上がった。

 

「…………よせ……行くな…………」

 宗介の喉から掠れた声が漏れた。

 混濁する意識が、かつての悪夢を呼び覚ます。

 

「……行くな…………君は……俺が守る……から……」

 

 その様子を暗い銀色のASのコクピットから、アルセーヌが見つめていた。

 どこの馬の骨とも知らない傭兵を守るために、自らの身を差し出す最愛の存在。

 

 マニピュレーターに内蔵された40mm砲の存在が頭に浮かぶ。

 ウェポンベイを開放し、トリガーにほんの少し力を加えるだけで、あの目障りな男を一片の肉片すら残さずにこの世から消し去ることが出来る。

 

 あの傷だ。どの道、奴は助からない。

 いや……違う。そうではない。

 確実に息の根を止めなければ、この男は必ず自分の前に立ち塞がってくる。

 

 どんな手段を使ってでも殺す、銃が無ければナイフで殺す、ナイフが無ければ素手で殺す、両手が切り落とされれば喉笛を噛み千切る、死んだとしても尖った骨となり敵が踏むのを待つ――こいつはそういう男だ。

 

 足をすくわれる前に、ここで殺す――殺さなければならない。

 

 ASの左腕が開き40mm砲が露出した。

 砲口が身動きのとれない宗介に向けられ、定められる。

 

 その行動は果たして冷静な判断なのか。

 それとも激情に駆られた衝動なのか。

 アルセーヌ自身にも判断がつかない。

 

 トリガーに力を込める――。

 

(――卑怯者! 助けると言ったのに!)

 

 突然アルセーヌの意識に、フランシーヌの声が鳴り渡った。

 かつて目にしたことのない妹の強く明確な生の感情が、兄の動きを抑制した。

 指先1本動かすことができない。トリガーを押すことができない。

 あの男を殺すことができない。

 

 ――その健気さを、強さを、なぜこの男に!

 

 アルセーヌが意識の中だけで歯がみをした時、コクピットに耳障りなAIの電子音声が響いた。

 

 ECCSに反応。

 急速に接近する物体あり。

 

 ECSが解除され、宙空に白と赤の炎の如きアーム・スレイブが姿を現した。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 ベースキャンプは混乱の最中にあった。

 かなめやミラの前に置かれているラップトップPCの液晶モニターが、真っ赤に染まっている。

 

 明滅するALERTの文字。

 

『――Ms.チドリ。キャンプに接近する者があります。人数は24。全員がアサルトガンで武装しています。あなた方を拉致、または殺害する意図があると思われます』

 

 PCのスピーカーから、アルが警告を発する。

 宗介がキャンプ周辺に設置した各種警戒装置が、接近する一個小隊規模の武装兵を探知していた。

 

『さらに悪いことに「カリオストロ城」でも問題が起こっています。城の各所から火災のものと思われる白煙が上がっており炎上場所は不明。おそらく城の不可視区域で火災が発生し、城内に蔓延しているのでしょう。軍曹殿、またはエージェント・レイスが何らかの陽動のために破壊工作を行ったと考えるのが妥当です』

 

『状況は「パニック!」です。あなたとミラには機材を破棄しての即時撤退を。「カリオストロ城」にはASによる援護および救出を提案します』

 

 かなめは唇を噛んだ。

 状況は秒刻みで悪くなっている。

 躊躇している暇はない。

 

「アル、60秒だけ城のECCSを攪乱するわ! その間にあなたは城に取り付いて宗介たちを助け出して! ――ミラ、逃げるわよ!」

『ラージャ』

「はい!」

 

 かなめがラップトップのキーボードを乱れ打ちし、カリオストロ城の対ECSセンサーを麻痺させる。

 城の目を潰して統制された対応を封じている隙に、アルを()()()()させる。

 本当ならシステムを引き裂くぐらい徹底的にかき乱してやりたかったが、自分とミラの尻にも火が着いている。1分が限界だった。

 しかしそれだけ稼げば、レーバテインIIの跳躍力なら城までは指呼の間だ。

 城のECCSがなければ、個人携帯のスティンガー(対空ミサイル)などがあっても組織的な対応はできないはず――。

 あとは、アルに任せるしかない。

 

 かなめはラップトップを乱暴に閉じるとバックパックに入れて背負った。

 一足早くミラも自分のバックパックを背負って逃走の準備を整えている。

 

『Ms.チドリ。幸運を』

 近くの樹間からレーバテインIIが立ち上がり、アルが外部スピーカーで直接語りかけた。

「あなたもね、アル。宗介とレイスのこと頼んだわよ」

『お任せください』

 

 行きがけの駄賃に接近する武装兵に頭部ガトリングガンを威力行使をすると、マッスル・パッケージの収縮・膨張力を最大限に利用してレーバテインIIが跳躍した。

 オペレーターが搭乗していればとても耐えられない強大な荷重がかかり、土煙が舞う。

 一瞬後、ECSが作動し白と赤のフレームが空に溶け去った。

 

「――ミラ、行くわよ!」

「了解!」

 

 かなめとミラは走り、レイスが単独での偵察に使っていたオフロード仕様のバイクに跨った。

 助っ人に呼んだ2人が置いていったレンタカーで森を逃げるのは無理だ。

 かなめが差し込んだままのキーを捻り、キック一発。エンジンを始動。

 クラッチを握るとギヤを一速に落とし、アクセルを回してエンジンを吹かす。

 甲高いツーサイクル排気音が森の静閑を引き裂いた。

 

『南には敵影がありませんが罠かもしれません』

 

 インカムから、アルの声がした。

 

「だからってこっちは丸腰な上にバイクなんだから、わざわざテッポー持ってる相手の方には行けないわよ」

 

 丸腰、バイク、タンデム。

 いくらガトリングガンの一連射で混乱しているとはいえ、これで武装兵相手に強行突破は出来ない。

 

『では、わたしが援護します』

「お願い!」

 

 バイクのかたわらでアルのもうひとつの身体――『Plan1211アラストル』改め『アーバレストII』が並列起動(ドッペルゲンガーモード)で立ち上がった。

 オリジナルの悪人面を嫌ったアルが、かなめとミラにねだって整形してもらったデュアルアイが緑色の光を放つ。

 

「怖い?」

「いえ!」

 

 かなめが肩越しに問い掛けると、ミラの気丈な答えが返ってきた。

 

 同じ拉致された身とはいえ、彼女は自分よりも遙かに辛い目に遭ってきたのだ。

 大丈夫、ミラはあたしよりもずっと強い。

 

「上等! ――行くわよ!」

 

 クラッチをつなぐと、1998年型のスズキRMX250Sが弾丸のように疾駆した。

 後方から激しい射撃音がして、複数の銃弾が追いすがってくる。

 追走するアルが巧みに盾となり、かなめとミラへの命中を防いだ。白と濃紺のボディから火花が散る。

 

 日本の誇る傑作エンデューロマシンの左右を、凄まじい速さでアルプスの立木が溶け去っていく。

 放棄してきた機材が、セットしておいた自己破壊装置によって次々に火を噴いた。

 

「――かなめさん!」

「喋っちゃだめ! 舌噛むわよ!」

 

 ――大丈夫! あたしは元々体育会系なんだから!

 

 知らず知らずのうちに、かなめの口元が綻んでいた。

 そう、そうだった。

 あたしは本来、こういう人間だった。

 理不尽には、後先考えずとにかく立ち向かう。

 あの日以来萎れていたけど、一周回ってようやく元の自分が戻ってきたみたい。

 

 ガソリンタンクに胸を密着させるほど頭を低くして、松や樅の生い茂る原生林をかなめとミラのオフローダーがひたすらに逃げる。

 ちょっとでも頭を上げたら即、枝に激突して転倒。

 よくて気絶、悪くすれば昼なお暗い異国の森で昇天だ。

 

(――でも、これだけ鬱蒼としてれば滅多なことじゃ弾も当たらない!)

 

 追跡者たちは徒歩だ。銃の射程距離から出てしまえば一応は安全のはず。

 しかし頭上ではヘリの爆音が旋回している。

 濃い緑が視界をさえぎってはいたが、十中八九サーモグラフィーや集音マイクでこちらの位置を探って地上部隊を誘導しているだろう。

 どうにかして無力化しなければ、追手から逃れることはできない。

 そして自分もミラも、ハッキングの出来ない相手には未だ無力な少女でしかなかった。

 

(ああ、もう! いっそ山火事でも起こしてやろうかしら! そうすれば赤外線探知も集音装置も――って、あれ? あたし前にもこんなこと考えたわよね、確か)

 

 後方からの銃撃が止んだ。

 

(射程距離を外れた?)

 

 かなめが安堵した途端、それまで快調だったバイクに急激なエンジンブレーキが掛かった。一気に失速して昏い森の真っ直中で停車してしまう。

 

「ちょ!? なによ、こんなところで冗談はやめてよ!?」

 

 慌ててキックするが、今度はかからない。

 何度やっても再始動しない。

 

「かなめさん、どうしたんですか!?」

「こ、故障しちゃったかも!」

「ええっ!?」

 

『故障ではありません。指向性の電磁パルスによってサーキットがショートされて強制的にエンジン止められたのです。もちろんそんなチャチなオモチャはわたしには効果ありませんが』

 

 アルが2人をかばって立つと、樹間から完全装備の『影』が姿を現した。

 

「げっ、コックローチズ!」

 かなめの顔が引き攣った。

 あのカサコソした動きが、例の黒いあれを思い起こさせてどうにも嫌悪感を拭えない。

 鉄爪を着けた手に、テレビのリモコンを大きくしたような物を持っていて、こちらに向けている。

 一目でそれが自分たちのバイクを止めたエンジンキャンセラーだとわかった。

 

 やはり南だけ包囲されていなかったのは罠だったのだ。

 

「なによ! アナログ全開なくせに妙なハイテク機器なんて使うんじゃないわよ!」

 

 ――どこの『ミッション:インポッシブル』よ!

 

 ミラを背に回して啖呵を切るかなめ。

 

 こうなったら仕方がない!

 そっちがその気なら、こっちもその気だ!

 

「アル、やっちゃって!」

 気分を出し過ぎて思わず、『やっておしまい!』と言ってしまいそうになった。

 

『ラージャ』

 アルが『影』たちに向かって一歩前に出る。

『近接格闘術に自信があるようですが、わたしには通用しません』

 

 世界最小のASの存在は想定外だったのか、『影』たちは警戒してすぐには仕掛けてこない。

 最小とは言っても2mを超える機械仕掛けの大男だ。

 拳でも蹴りでも、一撃で『影』たちの甲冑をひしゃげさせ、骨を砕き、内臓を破裂させるだろう。

 どうすれば自分たちの大時代風の殺人技術で制圧できる?

 やはり、こちらも――。

 

『来ないのですか? それではこちらから行きます』

 相手のわずかな逡巡を衝いて、先にアルが動いた。

 

 ガコンッ、

 

 腕部から12.7mm機関銃が飛び出し、間髪入れず掃射される。

『ぎょっ!』と目を剥いた直後、容赦なく下半身を撃ち抜かれ、次々に無力化されていく『影』の軍団。

 例えマグナム弾に耐える甲冑でも、軍用車両の装甲すら貫通する重機関銃までは防げない。

 

(……格闘で来ると思った相手に機関銃。こういうところはほんとあいつにそっくりだわ)

 

『ついでに――』

 

 アルが機関銃を頭上のローター音に向け、再度射撃。

 重々しい銃撃音が樹木にこだまし、厚く重なった枝の向こうで爆発音が轟いた。

 

『高脅威目標をすべて排除しました』

 

 アルがかなめとミラを振り返る。

 

「ちょっとエゲつなかったけど、ご苦労さ――」

 

 ホッとした2人がアルに近づこうとした瞬間、強いオゾン臭が鼻をついた。

 電磁迷彩が解かれ、不気味な4つ目のASが樹木の間に現れた。

 

「「――シャドウ!」」

 

 かなめとミラが同時に悲鳴を上げた。

 

 ソ連のゼーヤ設計局が開発した最新のASが立ち上がり、手にしている40mm砲がアルに向けられた。

 砲口が火を噴く。

 

 アルが死を覚悟し、生存本能が極限にまで高まった。

 ラムダ・ドライバが起動し、アルの防衛衝動がオムニ・スフィアを通じて具現化、擬似斥力の壁を作り出す。

 40mmの高速徹甲弾が自身の運動エネルギーとアルの作り出した障壁に挟まれ、ひしゃげ、潰れ、爆散する。

 

 代償は大きかった。

 

「「アルッ!!」」

 障壁に護られ無傷だったかなめとミラが、アルに駆け寄った。

 

『もうしわけありません……奥の手を使いました……』

 

 全身から白い煙を立ち上らせ、アルがガックリと両膝をついた。

 もちろん『Plan1211アラストル』は、ラムダ・ドライバの使用を前提に設計などされていない。

 アルがこの身体でラムダ・ドライバを起動できるのは、例の事件の折にかなめが書き換えた制御アルゴリズムと彼自身のド根性のお陰であったが、精神(ソフト)の力で身体(ハード)の限界を突破するのは人間の特権とは言え、それは同時に諸刃の剣でもある。

 アルがこの身体で擬似斥力を発生させられるのは一回が限度で、その後は全身の回路がオーバーロードで焼き切れてしまい、身動きがとれなくなってしまう。

 まさの奥の手であった。

 

『……Ms.チド……ミラ……逃げ……くだ……い……』

 

 アーバレストIIのデュアルアイが光を失い、沈黙。アルが機能を停止した。

 

「アル!」

 ミラが叫ぶ。

 

(……マズい……かも)

 

 かなめが唇を噛む。

 ASの怖ろしさは嫌になるほど知り尽くしている。

 完全に捕捉されてしまってる以上、女2人がどう足掻いても逃げられる相手ではない。

 

 自分たちはウィスパード……。

 大人しく投降すれば命までは取られることはないだろう……。

 でも、未だ過去のフラッシュバックに苦しめられているミラにしてみれば、それは殺されるよりも辛い選択だ……。

 

(……これが社長の選択か)

 

 極度の緊張が、かなめの耳に異常をもたらした。

 耳鳴り……いや、幻聴。

 

 よりにもよって、こんなときに寂れた『尺八の音』が聞こえてきた。

 

(……な、なぜに尺八?)

 

 まったく意味がわからない。

 いや、だからこそ幻聴なのか。

 

「か、かなめさん、わたし耳がおかしくなっちゃったみたいです……」

 かなめの背中で、ミラが怖々と漏らした。

「き、奇遇ね……実はあたしもなんだ」

 人間の生理なんて極限状態に置かれれば、誰しも似たり寄ったりなのかもしれない……。

「こ、この際だから聞いてもいい? ミラには何が聞こえるの?」

 うははは……と、かなめが訊ねた。

「あ、頭がおかしくなったと思わないでくださいね……実は『尺八の音』なんです」

 

「……は?」

 

 かなめが思わず振り返ってミラの顔を見たとき、『尺八の音』が『三味線の音色』に変わった。

 ミラが呆然とした様子でかなめの肩を叩き、前方を指さす。

 かなめが再び顔を前に向けると、今度は幻視が見えた。

 

 シャドウと自分たちの間に、友人の美樹原 蓮が好みそうな白鞘の長ドスを持った袴姿の男が立っていた……。

 

 三味線の音色が次第に激しくうねるように変調する。

 

 そして、そのうねりが最高潮に達したとき――。

 

「――キエエエエエエエエッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 裂帛の気合いと共に、男がシャドウに向かって跳躍した。

 

 そして剣光が一閃!

 

 三味線の音が止み、男が音もなく着地する。

 ゆっくりと刀が鞘に戻される。

 

 シャドウが機体の中心線から徐々にズレ始め、そのズレが急速に大きくなる。

 男によって()()にされたシャドウが、かなめとミラの前で轟音を立てて崩れ落ちた。

 

「「……うそ……」」

 

 茫然自失の2人のウィスパード。

 

 これは幻視だ。

 これを幻視と言わずに、何を幻視というのだ?

 

 人間が第三世代のアーム・スレイブを真っ二つにするなんて……。

 

 樹間に消えゆく男の背中には、女には癒すことのできない哀愁が漂っていた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 アーバレストIIが仄暗い森で機能を停止するわずか前、アルはもうひとつの身体でカリオストロ城へ飛翔していた。

 大気を切り裂いて、電磁迷彩の施された機体が湖の古城へ跳ぶ。

 光学センサーを筆頭に探知装置を総動員して、城の状況把握に務める。

 すぐに北側の孤塔の屋根に、倒れ込んだ宗介とそれをかばうフランソワーズ・ド・カリオストロの姿を確認した。宗介は負傷しているようで、大量の出血が認められる。

 

 なにより――。

 

『……ベリアルだと?』

 

 AIのアルが面食らって独語したほどに、その光景は彼の意表をついた。

 彼の宿敵である暗銀のASが、かつて自分を引き裂いた腕部の40mm砲で宗介を狙っている。

 

 ベリアルのECCSがすでにこちらを捕捉し、AIが警報を発しているはずだが、オペレーターに問題が発生したのか動く気配はない。

『妖精の目』には、機体を浮揚させるための擬似斥力を発生させているのは映ったが、それ以外の防御障壁は確認できない。

 

 ためらっている暇はなかった。

 敵のオペレーターが親指に力を込めるだけで、彼の相良宗介はこの世から消えてしまう。

 アルはECSを解除すると、斥力の壁を展開させて暗銀の悪魔に突撃した。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 高脅威目標の接近を告げるAIの電子音声が、フランシーヌに侵食されていたアルセーヌの自我を覚醒させた。

 

「――いい加減にしろ、フランソワーズ!」

 

 激発した憤怒が、妹の意識を彼の中から叩き出す。

 消耗したフランシーヌが屋根の淵に倒れ込むのと、突入してくる白と赤のマッシヴなASに向けてアルセーヌが障壁を張ったのは、ほぼ同時だった。

 

 激突!

 

 虹色の光芒が弾け飛び、黒と白の強襲機兵がもつれ合いながら幽閉塔から離れる。

 

 黒煙を上げるオート・ジャイロが瑠璃色の屋根を削りながら突っ込んできたのは、まさにその瞬間だった。

 

「ソースケ!!!」

 

 コクピットのレモンが叫ぶ。

 

 天井の入り口に身を潜めていたレイスは咄嗟の判断を強いられた。

 彼女が抱えてオート・ジャイロに飛びつけるのは1人だけ。

 

 ソースケか、フランソワーズか。

 

 レイスは生粋の工作員だ。

 任務の完遂こそ彼女の全てであり、存在意義である。

 今フランソワーズを救出しなかったら、これまでの労力は何のために費やされたのか。

 ここで仲間を選ぶようなら、そいつはとんだアマチュアだ。いや、アマチュア以下の素人だ。

 

 躊躇なく決断し、レイスは入り口から飛び出した。

 負傷しているソースケを脇に抱えて、オート・ジャイロの前輪に飛びつく。

 周囲の塔から、猛烈な機関銃の掃射がくわえられる。

 それでも間一髪、激しい対空砲火を掻い潜って、朱色と黄色の回転翼機は黒煙を引きながら湖に逃れた。

 

 宗介の視界のすみで、青い屋根に倒れ込んだ白いブラウスが遠ざかっていく。

 

(…………必ず……連れ……戻す…………)

 

 傭兵の意識はそこで途絶えた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「出番のないまま退却かよ!」

 

 回収ポイントで待機していた金髪の美青年が、機体を炎上させて城から逃れてくるオート・ジャイロを見て大声でぼやいた。

 毛布だのカップラーメンだの対物ライフルだのといった品々をサンルーフからフィアット500に押し込むと、運転席に乗り込む。

 少々壊れているが、ただのレンタカーよりもフルチューンナップされたこの小型車の方がいざというときに頼りになりそうなので、強引にかなめから借りてきたのだ。

 彼の妻であり元同僚の女豹を思わされる女が屋根に飛び乗ると、フィアットが弾けるように発進し、頭上を飛び越えていったオート・ジャイロを追った。

 

「もうだめだーーーっ!」

 

 オート・ジャイロのコクピットで、ミシェル・レモンが情けない悲鳴を上げる。

 すでに操縦席周辺を除く機体の大部分が火に包まれ、揚力も推力もなくし、機は失速寸前だった。

 

「飛び降りろーーーっ!」

 

 下から追走する金髪の青年――元ミスリル西太平洋戦隊のクルツ・ウェーバーが声の限りに怒鳴る。

 

(……南無三宝!)

 

 コクピットの横に宗介を抱えてしがみついていたレイスがタイミングを計り、眼下の小型車に目掛けて飛び降りた。

 身体が車体に接触した瞬間、未舗装の丘を疾駆する振動がダイレクトに伝わり、バランスを崩す。

 

 ――落ちる!

 

 レイスが浮遊感を感じた瞬間、誰かが彼女の手を捉え、力強く彼女を屋根の上に引っ張り上げる。

 

「お帰り、レイス」

「……今、帰った」

 

 微笑む黒髪の女豹――メリッサ・マオに、気力が一滴も残っていない表情でレイスが答えた。

 

「次はあんただ、レモン! ――来いっ!」

 

 表情を厳しく改めたマオが、墜落目前のオート・ジャイロに向かって叫ぶ。

 

「行くぞーーっ!」

 

 マオがコクピットから飛び降りたフランス青年をキャッチした直後、オート・ジャイロは立木に激突し爆散した。

 

 定員オーバーのフィアットが、覇気なく走り去る。

 

 フランシーヌは救出できず、宗介は重傷を負い……。

 なんら目的を達することなく、カリオストロの城への潜入作戦は惨憺たる失敗に終わった。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 レーバテインIIとベリアルはもつれ合いながら、急速に城から離れていった。

 互いに張り巡らせた斥力の障壁がぶつかり合って、激しい虹色の火花を散らす。

 

 アルのもうひとつの身体が、数km離れた森で機能停止したのはその時だった。

 並列起動していたアルの意識が、オムニ・スフィアを通じて半分消失した。

 通常のAIなら状況への対応が単一化され、処理速度が向上するはずだった。

 しかし、アルは通常のAIではない。

 突然自我の半分が消え去った衝撃に彼は混乱し、狼狽した。

 

 コクピットで振り回されながら、アルセーヌも限界だった。

 目の前のASなどどうでもいい思えるくらいの、酷い頭痛と嘔吐感。

 共振し溶け合いつつあった妹の自我を自ら引き剥がした代償は高くついた。

 

 2人の意識が同時に遠のく。

 

 精神に同じダメージを受けたアルとアルセーヌは、もつれあったまま湖面に激突。

 そのまま水中に没した。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 ――6時間後。

 

 カリオストロ城の執務室で、老家令のジョドーが配下の『影』から報告を受けていた。

 

「――まだ目覚められぬか」

「はい。お二方とも未だに」

 

 昼間の騒動ではフランソワーズの強奪こそ阻止したものの、アルセーヌは突然乱入してきたASと小競り合いになり、外傷がないにも関わらず意識不明に陥っていた。

 搭乗機が自律行動によって帰還しなければ、湖に没したまま収容が遅れ危ういところだった。

 妹のフランソワーズも同様に目を覚まさずにいる。

 精密検査の結果2人とも脳波――ガンマ波に著しい乱れが確認され、城の科学者によると兄妹の脳波が共鳴し増幅される『脳共鳴』が疑われていた。

 もしそうなら脳波は空間を越えて共鳴するらしく、隔離も遮断も効果がないとのことだ。

 

「今は薬物投与による脳波の安定を図る以外、手はないそうです」

「……ふんっ」

 

(多少賢しくてもこの脆弱ぶりでは、所詮一国の宰相たり得ぬか――)

 

「他には?」

 

「城内の排水システムが故障したままです。水の流入が続いており、すでに地下牢の半分が水没しています。このままですと明日の朝までには地下工房も浸水します」

「復旧できんのか?」

「なにぶん制御室が完全に破壊されておりますので……」

「忌々しいネズミどもめ――構わん、ダムを開いて放水しろ。湖の水位を下げればすむことだ」

「しかし、それでは下流の村々が……」

「警報を出せばすむことだ。いいからやれ」

「はっ」

「式の準備は予定通り進めろ。バチカンとの話はついている。2人の目が覚めたときにすぐにでも挙げられるようにしておくのだ」

 

 平民の被害など知ったことか。

 今年の収穫がどうなろうと気に掛ける必要などない。

 下流の国から抗議が来ようが無視するだけだ。

 

 今はとにかく、妄執に憑かれた城主の思うようにやらせてやることだ。

 狂ってはいても、カリオストロはカリオストロ。

 

 いや、狂っているからこそカリオストロなのだ。

 

 この血塗られた国の支配者には、そういう者こそ相応しいのだ。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 

 森はとっぷりとした闇に包まれていた。

 夜行性の野鳥の不気味な鳴き声が、枝々から飛び交っている。

 

 ――今日はもうこれ以上進めない。

 

 そう判断したかなめとミラは、大きな樹のうろで身を寄せ合い、夜気の冷たさに耐えていた。

 GPSを頼りにレモンが教えてくれたミスリルのアジトに向かっていたが、その判断が妥当なのかどうか、かなめにはわからなかった。

 脇目も振らず国境に向かい、この国を出るべきではなかったのか。

 しかしかなめもミラも、宗介やレイスの安否を確認せずにはいられなかった。

 そのためには、ミスリルの情報部員であるレモンを頼るしかない。

 

 通信機やイリジウム携帯は持っていたが、使用する誘惑には耐えた。

 たとえ完全な暗号化に成功しているとは言え、追われている身で電波を出す危険は冒せない。

 助けは呼べず、アジトまで自力でたどり着くしかなかった。

 

 かなめはバックパックからカロリーメイトを取り出すと、ミラと分け合った。

 フルーツ味の健康食品を差し出され、

 

(……長く一緒にいると、食べ物の好みまで似てくるのかな?)

 

 厳しい状況にかかわらず、ミラは可笑しくなった。

 

「……これね、あいつと離れ離れになる前に食べた最後の食べ物だったんだ」

 小さな虫の音にも負けるような声で、かなめがポツリと言った。

「……だから本当は嫌いなの」

 寂しげに笑うかなめ。

 

 嫌な記憶をともなう食べ物を、それでも非常食として携帯しているかなめの気持ちが、ミラには理解できた。

 この黄色い箱と飲み物がなければ咽せてしまう粉っぽい食べ物は、かなめにとって彼のイメージそのものなのだろう。

 

 片時も離れたくない。

 たとえ離れることになっても、一瞬だって忘れたくない。

 

 ミラはかなめの想いを、少女チックな感傷だとは思わなかった。

 大切な人を忘れてしまうことほど、辛いことはないのだ。

 

 KGBに拉致され、シベリアの研究施設でモルモットにされた際に、ミラは投与された薬物の影響で心を壊され、女性としての機能も失った。

 しかし何よりも辛かったのは、大切な家族や友人の記憶を失ったことだった。

 ミスリルによって救出されたあとも、当初は両親の顔すら思い出せなかった。

 時が経つにつれて少しずつ記憶は戻ってきたが、今も所々欠落したままだ。

 

 だからミラには、かなめがソフィアとレナード・テスタロッサによる正しい世界への改変を、すんでのところで拒否した気持ちが痛いほどわかるのだ。

 

 ミラは思う。

 

 大切な人を――愛する人を忘れてしまうくらいなら、他のどんな物にも価値はない、と。

 

 そして、かなめは思う。

 

 ミラだけは、どんなことがあっても無事に日本に帰すのだ、と。

 

 彼女は本来、レナードによる世界の改変を望んでいた。

 ウィスパードが存在しない自分が普通の人間でいられる世界を、失われてしまった家族や友人との日常を願っていた。

 しかし、ミラは最終的な判断を宗介に委ねた。

 極寒のシベリアで自分を救ってくれたサガラ・ソウスケに、世界を改変するか否かの決断を託したのだ。

 その結果、宗介はレナードを阻止し、自分はソフィアを願いを拒絶した。

 

 世界は歪んだまま続き、自分と宗介は結ばれ、ミラは今も後遺症に苦しんでいる……。

 

「ミラ、どんなことがあってもあなただけは――」

「かなめさん、どんなことがあってもみんなで帰りましょうね」

 

 ミラがかなめの言葉に自分の言葉を重ねた。

 

「……ミラ」

「わたし、今自分がここにいること後悔してませんから」

 かなめは、暗闇の中でミラが微笑むのを感じた。

 

「だって凄いじゃないですか。少し前まで普通の女の子だったわたしが、今は頼もしい仲間たちと世界規模の陰謀と戦ってるんですよ。まるで『特攻野郎Aチーム』みたい。

 ――あ、そうだ。うちの会社ってまだ社名が決まってませんでしたよね? それなら『有限会社Aチーム』とかどうです?」

 

 パムッと手を叩いたミラに、キョトンとするかなめ。

 表立っての商売ではない上、会社として立ち上げること自体がしゃれのようなものだったので、確かに登記は後回しになってはいるが……。

 それにしても、今の状況下でこの屈託のなさはどうだろう。

 

「だから、かなめさん……わたし1人でなんて寂しいこと言わないで、みんなで帰りましょう」

 

 それは……かなめが宗介をまだ相良くんと呼んでいたころ、雨こそそぼ降っていたがちょうどこんな森で言った言葉だった。

 

 やがて、かなめが肩から力を抜いた。

 

「わたしって、ピンチになるとどうしても弱気の虫が顔を出しちゃうのよね。いざってときは誰かに助けてもらってばかり」

 

「そう思ってるのはかなめさんだけです。相良さんも、レイスも、もちろんわたしも、周りの人はみんなかなめさんに助けてもらってますから。かなめさんだけが全てを背負う必要はないんです」

 

 いざというとき周りの人間を信頼しきれず、自分で全てを抱え込んでしまうのはかなめの悪い癖だ。

 ミラはそのことを理解してくれている。

 

「仲間……ね」

「仲間です」

 

 微笑み合う2人。

 

(ほんと、あなたはわたしよりずっと強い人間だわ……)

 

 夜気が沁み入る老木のうろで、かなめはミラに深い親愛の情を抱いた。

 

 ……パキッ、

 

 その時、遠くで落ちた枯れ枝を踏み折る音が聞こえた。

 

「「――!」」

 

(……かなめさん!)

(……ええ、誰かいる!)

 

 まとわりつくような濃い闇の中を、ゆっくりと、だが着実に、確かな気配がかなめたちに近づきつつあった。

 

 樹齢を重ねた大木のうろで、かなめとミラは抱き合いながら息を殺した。

 

 かなめにしても、これまでに数々の修羅場を潜ってきている。

 だから近づく気配が、一歩一歩慎重に自分の存在を気取られぬようにしているのがわかった。

 まるで獲物を見つけ忍び寄っている狩人のようだ。

 

 気配がますます近づいてくる。

 

 ――殺られる前に殺るしかない。

 

 獲物を前に舌なめずりは3流のすること――だと、宗介からことあるごとに言われ続けている。

 そのお陰で、実際にあの雨の夜、かなめは暗殺者の魔手から逃れている。

 

(いい、ミラ?)

(はい!)

 

 共振でミラに語りかけ応答を得ると、かなめはミラに回していた腕を解き、いつでも飛び出せるように身構えた。

 不意を衝いて体当たり。相手が倒れている間に闇の中に逃れる。

 それしかない。

 

 さらに近づく気配。

 もはや相手の息遣いまでもがハッキリと伝わってきた。

 

(――今!)

 

 共振で合図し、2人が飛び掛かろうとした、その瞬間。

 不意に懐中電灯の明かりが、うろの中を照らした。

 

「あんりまぁ、おめえさん方この観光客さんじゃねえすか? ああ、やっぱしそんだ。こんなところで何をしてるんすか?」

 

 灰色の髪と髭に顔を覆われた老猟師が、純朴な顔でのぞき込んでいた。

 

 かなめとミラの身体から、へなへな~と一気に力が抜けた。

 

 

「へぇ、そんじゃキャンプの最中に迷子になってしまったと? それはまぁ、難儀なこって」

 

 かなめの説明に、老猟師は心底同情したような声を出した。

 懐中電灯はしまわれ、代わって古びたランプが灯されている。

 大量の髪と眉と髭のせいで表情はうかがい知れなかったが、城の手の者には見えない。

 と言うより、奴らもこの状況で自分の身を偽る必要はないだろう。

 この老猟師を普通の地元民と思って問題はなさそうだ。

 

「あの、お爺さんはこんな夜遅くになぜ森に? 狩りですか?」

 ミラが訊ねた。

 

 猟師の話によると、昨日から近くの森に狩りに来ていたらしいのだが、獲物もありいざ家に帰ろうとしたところ、カリオストロ城のある湖のダムが突然大量の放水を始めて、その影響で崖崩れが起き、帰れなくなってしまったとのことだ。

 仕方なしにこの森の狩猟小屋で夜を明かそうとここまで来たところ、自分たちを見つけてくれたらしい。

 

「下流の村々は、これはもうどうにも大混乱でして。まったくお城も酷いことをしなさるこってす」

 

 かなめとミラは顔を見合わせた。

 宗介たちが何かしらの行動を起した結果に違いない。

 

「ひとつおめえさん方もわしと一緒に来なされ。夜の森は危ねえっすから」

 

「お願い……できますか?」

 かなめとミラはうなずき合うと、猟師に頭を下げた。

 親切な猟師を巻き込んでしまうかもしれないが、ここで断れば逆に怪しまれてしまう。

 自分たちはなんとしても、ミスリルのアジトにたどり着かなければならないのだ。

 

「はいはい、観光客さんのためならば、はい」

 

 石油ランプの明かりに老猟師の目がキラリと光ったことを、かなめもミラも気づかなかった。

 

 

……to be continued

 

 




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