陣代高校には『
全校生徒が参加し、文字通り夕方の6時から途中数時間の仮眠を挟んで、翌朝の6時まで歩き通すという単純かつそれなりに過酷な行事だ。
単調な行事ではあるが、『夜に歩く』という点がミソであり、開放的な夜空の下での普段昼の顔しか知らないクラスメートたちとの会話は、青春の思い出作りとして一定の人気がある。
× × × × × ×
「――そういうわけで、今度の『夜間歩行』にうちのクラスがどんな方針で臨むのか、それを決めたいんだけど」
教卓に両手をついた千鳥かなめが、級友たちに言った。
よく透るアルトが教室に響く。
「つまり、クラス全員一致団結してガッツリ勝ちに行くか、それともその辺にはこだわらず、あくまで楽しさ優先で行くかなんだけど」
『夜間歩行』は12時間夜通しで歩き、定められたゴールに到達するのが目的である。
そして参加者の順位の集計によって個人・学年・学校全体のそれぞれで優勝者・優勝クラスが選ばれる。
運動系の部活、特に陸上の長距離、水泳、サッカー、バスケットボールなど持久力が重要視される部に所属している人間は、この個人優勝を目標に燃えている者も多い。
(陸上部などでは暗黙の了解で優勝を目指すことが『強制』されている)
「あたし個人としては、どっちもありかなって思ってるんだけどね」
クラス全体で優勝に向かってまい進するのも楽しいだろうし、また気の合う仲間同士でいろいろな話に興じながら夜通し歩くのも激しくワクワクする。
ちなみに1年の時は楽しさ優先で、かなめはほぼすべての行程を親友の常盤恭子と喋り通した。
「はい! はい! ぜってー、楽しさ優先! おしゃべり優先!」
小野寺孝太郎が手を上げて――というか席から立ち上がって、熱心に主張した。
「クラス全員で優勝なんて目指したら、ヘロヘロになっちまって話なんてできねーよ!」
小野寺を含む、クラスの大部分が『うんうん』とうなずいてみせた。
いちおうクラス委員であり、サイレントマイノリティーの意見も尊重しなければならないかなめは、
「でも小野D、そのヘロヘロになるからこそクラスの絆が深まって、青春の輝く思い出になるかもしれないわよ。ある意味、それこそ高校生活の最大の目標じゃない」
自分で言っててかなり小っ恥ずかしかったが、もしかしたら同意見の級友がいるかもしれない。
「はぁ~、千鳥はいいよなぁ。高校生活最大の目標をすでに達成してるんだからよ」
「? なによ、高校生活最大の目標って?」
小野寺の言葉に、かなめが首をかしげる。
いつの間にかかなめをのぞくクラスメートの全員が、ニヤニヤと教室の一番うしろの席を見ている。
「……?」
クラス中の視線を浴びた、相良宗介がいつものムッツリ顔で困惑していた。
「~はいはい、毎度のお祝いありがとうございます」
かなめが、状況を察して頭に手を当てた。
宗介の転入以来、約半年。
すったもんだの揚げ句ようやく付き合い始めた2人だったが、これまでに散々級友たちをヤキモキさせたことがたたって、何かにつけて『愛ある弄り』の対象とされている。
「いいか、お前ら! 千鳥の言うことなんて聞くんじゃねえぞ! この『夜間歩行』は後夜祭のキャンプファイヤーと並ぶ、うちの学校で最大のビッグチャンスなんだ! 夜の闇は普段隠してきた心を解き放つ! 出来損ないのマラソン大会になんて絶対にするんじゃねえぞ!」
小野寺の熱弁に男子のみならず複数の女子までもが、真剣な顔でうなずいている。
心中、密かに期するものがあるのだろう。
「小野D、誰か告白したい女子がいるの?」
常盤恭子がとんぼ眼鏡の奥の愛くるしい瞳に、無邪気な好奇心を浮かべて訊ねた。
「うっ……お、俺は別に。ただ、その他大勢の心の代弁者をやってやっただけだよ」
『宗かな』ほどではないが、こちらもわかりやすい。
「でもよ。単純にクラスの優勝だけ目指すなら、『自由歩行』のときに相良にぶっちってもらえばもしかしたら行けるんじゃね?」
1人の男子の言葉に他の何人かが、『なるほど、もっともだ』と言った顔をした。
『夜間歩行』は前半がクラスが二列縦隊で歩く『団体歩行』。
途中数時間の仮眠を挟んで、後半が参加者がそれぞれ自由に歩ける『自由歩行』となっている。
持久力では他の追随を許さない宗介が『自由歩行』開始と同時にダッシュ&ゴールすれば、クラスの総合順位を大きく押し上げ、あるいは本当に優勝できてしまうかもしれない。
「よくわからんが、それでクラスに貢献できるのなら俺は構わんぞ」
「そんなのだめよ!」
宗介のSacrificeな言葉を、かなめが即座に打ち消す。
勝ちにこだわるにしろ、楽しみ優先にしろ、宗介と一緒なのがかなめの大前提だ。
彼にとっとと先に行かれてしまわれては、この行事の意味がなくなる。
ニヤニヤ。
(……しまった、誘導尋問に引っ掛かった。こいつら最近奸知(かんち)に長けてきやがった)
かなめが黒板の前で頬を引きつらせているとき、
「風間、この『夜間歩行』というのは、要するに『夜間の行軍訓練』と理解してよいのか?」
宗介は、席が近い友人の風間信二にたずねた。
「まぁ、そういう理解でいいんじゃないかな」
携帯する装備の違いなどはあるが、全校生徒が二列縦隊で歩く『団体歩行』なんてほぼ『行軍』だ。
「ふむ」
宗介が顎に手を当てて考えるそぶりを見せると、めずらしく発言した。
「――ならば千鳥。行軍訓練の日までに俺がクラス全員を鍛えよう。確実に優勝できるようにしてやる。どうだ?」
自信たっぷりな宗介に、凍りつく教室。
2年4組の方針は、彼をのぞく満場一致で『楽しさ優先』に決まった。
ウォークライだめー!
× × × × × ×
その日の放課後。
宗介とかなめは、並んで家路に就いていた。
「――ねえ」
「なんだ、千鳥」
「『夜間歩行』の話なんだけどさ」
「うむ」
「もしソースケがそうしたいなら、わたしのことなんて気にしないで先に行ってもいいんだからね」
それはかなめの強がりでもあるのだが、本心でもあった。
「千鳥、行軍訓練というのは兵士1人が目的地にたどり着ければいいものではない。あくまで所属する部隊が1人の脱落者も出すことなく到達することが大事なんだ」
「そうじゃなくて」
かなめは苦笑した。
「ソースケ、持久走得意でしょ? がんばって『自由歩行』で優勝したら、それはそれでいい想い出になるんじゃないかな」
宗介が物騒ではない特技で、学校のみんなから称賛を受ける。
それはそれでかなめには嬉しいことだし、また見てみたい光景でもあるのだ。
「しかし、そうすると君は1人になってしまうぞ? ――いや、ダメだ。夜間、それも知らない場所で君を1人にするわけにはいかない」
「……そう」
かなめの瞳が、微かに揺れた。
自分のせいで、宗介が正当に評価される機会を奪ってしまっている。
仕方のないことだと理解していたが、やるせなさは隠せない。
「心配いらない千鳥。これでも基地の競技会では何度か優勝している。君が望むなら『出来損ないでない』マラソン大会の方で優勝してみせよう」
宗介が自分を気遣ってくれているのがわかった。
付き合い始めてから宗介は少しだけ、かなめの瞳の奥の感情を見て取るようになった。
たぶんまだ、本当の理由まではわかっていない。
ただ今までのように、
『どうした、千鳥? 何か問題があるのか?』
『なんでもないわよ!』
そんなとげとげしい会話にはならずにすむ。
「はいはい、それじゃそうしてもらおうかしら。あたしに彼氏自慢させてね。期待してるわよ」
「うむ、任せろ」
屈託のない笑顔に戻ったかなめに、ホッとした宗介は力強くうなずいた。
(いつかあんたが、あたしのためでなく、あんた自身のためにそう思ってくれたら……)
かなめは、ぴっ……と、宗介の袖口をつまんだ。
× × × × × ×
そして『夜間歩行』当日。
・
・
・
「……いや、そうくるのはわかってたけどね。わかってたからこうしてチェックしに来たんだけどね」
学校に集合前に宗介のセーフハウスを訪れたかなめは、出迎えた彼を見てこめかみを押さえた。
「なんというか……あまりにも予定調和すぎて」
「? なにか問題があるのか?」
迷彩服。半長靴。防弾ベスト。天衣。ガスマスク。吊りバンド。ピストルベルト。マグポーチ。救急キット。小銃用予備弾倉×6。手榴弾×2。携帯シャベル。満水にした水筒。ケブラ鉄帽。無線機。口糧その他を詰めた戦闘背嚢。
そしてアサルトライフルに、とどめのパンツァーファスト。
総重量50kg超のフル装備。
もちろん、顔には迷彩ペイント済み。
級友の風間信二が見たら大喜びしそうな格好だ。
「あんた……レンジャー徽章でも取りに行くつもり?」
「? 夜間の行軍訓練なのだろう? いたって普通の装備だと思うが?」
「昨日あたしが言った持ち物! 聞いてなかったの!」
「もちろん、聞いていた。しかし君の言った装備で12時間の行軍は自殺行為だ。この装備ならたとえ途中で部隊とはぐれ遭難したとしても――うわ、何をする千鳥、やめろ!」
かなめは宗介に飛び掛かり、彼が身にまとっていゴテゴテした装備群をむしり取った。
「千鳥、それらの装備は身を守るために必要最低限の――」
「いいからとっとと顔洗ってこーい!」
・
・
・
「……」
宗介はせっかく身に付けた装備をすべて剝ぎ取られると、学校指定のジャージーに着替えさせられた。
実に心細げな、情けない顔である。
「さあ、あとはこれ着けて」
「なんだ、それは?」
「夜でも見える蛍光ベルトとシールよ。シール袖口と足首、ベルトは腰と背中にたすき掛けね」
「な、なんだと!? それでは丸見えではないか!」
「だから丸見えにするのよ。夜に車にぶつけられたら大変でしょ」
気分はもう相良宗介くんのお母さんである。
「しかし、これでは夜間の低視認性の実現が……」
夜間の有利さを自ら捨てるとは、この訓練は正気か?
これでは敵に全滅させてくれと言っているようなものではないか。
持って行けるものは、かなめの作ってくれた弁当と水筒とタオルと傷バンその他の簡単な医療品。
「これは……非常によくない」
「はぁ、もう出発前から体力使わせないでよ……今日は体力勝負の日なんだから」
やっと準備が整うと、ゲッソリしたかなめがいた。
マジで……消耗してしまった。
「とにかくもう行くわよ。集合に遅れちゃう」
「りょ、了解した」
玄関に向かったかなめを、膠着状態の宗介が呼び止める。
「……千鳥」
「なに?」
「……せめて『グロック』だけは持たせてもらえないだろうか」
恐る恐る訊ねる宗介。
「~それがなくちゃ落ち着かないんでしょ。でも本当に必要なときしか撃っちゃだめよ」
お母さんの愛のため息。
「りょ、了解した」
とにもかくにも、こうして2人は集合場所である学校に向かった。
× × × × × ×
18:00
陣代高校・校庭。
「う~し、それじゃ2年4組、出発するわよ~」
クラスの先頭に立つかなめが、後を振り返って手を振った。
出発進行。いざ、『夜間歩行』へ。
歩くワン・ナイト・スタンドの開演だ。
すでに校庭には夕闇のとばりが下り始め、参加する生徒たちがクラスごとに次々に陣代高校を出発している。
目的地は、奥多摩にあるキャンプ場。
学校を出たら多摩川まで南下、あとは堤防沿いの遊歩道をひたすら歩いて歩いて歩きまくる。
60km近い道のりだ。
男女の二列縦隊。
出席番号順なので、宗介は最後列だ。
『夜間歩行』の半分は離れ離れなのでこれはアンラッキーだった。
もっとも、それはどのカップルも織り込み済みの話であって、本番は後半に行われる『自由歩行』だ。
たいがい前もって打ち合わせてあり、『団体歩行』のあとの休憩時間に一緒になって、そのまま『自由歩行』に移るのだ。
まぁ、これはカップルに限らず、仲のよい友人同士でも同じなのだが。
恋人も友人もいない、いわゆるボッチに、こういう行事はキツい。
いや、学校行事すべてが――か。
中学時代の自分を思い出して、かなめは嘆息した。
『団体歩行』は多摩川と秋川が合流する、『多摩川緑地福生南公園』まで。
ここで休憩・仮眠して、『自由歩行』に備える。
ただこの『自由歩行』というのが実はいやらしくて、普通に歩いたのではタイムオーバーでゴール出来ない。
途中、何kmかは走る必要がある。
くわえて、青梅から奥多摩への道は高低差があり、なかなかに厳しい。
『自由歩行』でいつ走るかは、参加者各自の判断に任されている。
最初に走って時間と距離を稼いでもいいし、最後にラストスパートしてもいい。
前述のように個人優勝を狙っている者は、最初からRUN、RUN、RUNだ。
宗介とは、取り立てて打ち合わせのようなことはしていない。
お互いに、当然のように2人で歩くものと思っている。
(……付き合ってなかったら、いろいろ大変だっただろうなぁ)
あたしはきっと恭子たちと歩きながら、それでも頭の中はあいつのことでいっぱいで。
どうにかして2人で歩く口実はないものかと、きっと『夜間歩行』が近づいてきた日から考えてたな。
うん、考えてた。
それでも結局いい口実が浮かばなくて、チラチラと視線の端であいつを追い掛けて。
あいつが、他のクラスとか学年とかの知らない女子に話しかけられてたら、もう大変。
気になって、気になって。
小野Dが言っていたとおり『夜間歩行』は、男女ともに普段気になる相手に気持ちを伝える絶好のチャンス。
ソースケってば、意外と女の子の隠れファンが多いから。
歩きながら徐々に不機嫌になっていく自分が目に浮かぶようだわ。
ソースケはソースケであたしの護衛をしなくちゃならないから、同じようにチラチラとあたしを見て。
それで視線が合うたびにあたしはにらみ付けて。ソースケが蒼くなって。
結局なにも起こらないままゴールして。
あとにはマメのできた足と、疲労と、どんよりした後悔だけが残る……。
(……ま、こんなところだったでしょうね)
でも、もうそんな心配はしなくていい。
やっぱり恋愛っていうのは勇気を出した人が報われるのだ。
そして、それは正しいことだとも思う。
口に出さないでわかってもらおうとしたあたしがずるかったのだ。
「――風間、ペースが落ちているぞ。これぐらいの行軍に着いていけなくてどうする。小野寺、お前はいちいち隊列を乱すな」
最後列から鬼軍曹の声が聞こえてきて、思わず微笑んでしまう。
ちょっとお調子者が多くて騒がしいけど、うちのクラスはいいクラスだ。
ソースケみたいな変わり者でも、ちゃんと受け入れてくれている。
卒業まで、あと1年半か。
「千鳥さん、ポッキー食べる?」
「あ、食べる食べる。ありがとー」
すぐ後の女子からお菓子を受け取り、ポリポリ食べる。
うん、美味しい。
暑くもなく寒くもなく、湿度も低くとても過ごしやすい。
風がとっても穏やかで心地良い
(早く『自由歩行』になって、あいつと歩きたいな。そして最後は2人で走る)
一緒にゴールすれば、今の季節、朝日に映える紅葉がきっと奇麗だろう。
× × × × × ×
19:00
多摩川、堤防。
俺は、彼女の後ろ姿を見つめることが多い。
今も彼女はクラス委員として列の先頭で教導役を務めている。
俺は殿だ。
もしかしたら、彼女を正面から見ることよりも多かったのではないか。
護衛をするときも、最初は彼女の後を歩いていた。
教室での席も、彼女の後。
だからなのかもしれない。
俺にとって千鳥の1番の印象は、その豊かな黒髪だ。
目を閉じて彼女の姿を思い浮かべると、真っ先に思い浮かぶ。
「あ~、相良くん、またカナちゃんのこと見てる」
いつの間にか列を下がってきた常盤恭子が、おかしそうに笑った。
「常磐か。行軍中に隊列を乱すのはよくないぞ」
「まぁ、まぁ、軍隊じゃないんだから大目に見てよ。それにわたしだけじゃないよ。他にも恋人とか友だちに会いにいってる人はたくさんいるよ」
それは宗介も気づいていた。
許可なく隊列を抜けてクラスメートの所や、あるいは別のクラスの列にまで行っている。
部隊の統制というものについての認識がごっそり欠けている。
まったく感心しない。
「だから他にも恋人とか友だちに会いにいってる人はたくさんいるよ」
もう一度、恭子が繰り返す。
? いったい常磐は何が言いたいのだろう?
「……あ」
やっと恭子の言わんとすることがわかり、宗介はうろたえた。
「いや、しかし、俺には彼女のところに行く理由がない」
「自分の彼女に会いに行くのに理由がいるの?」
「……むっ」
(やっと付き合い始めたのに、こういうところは変わらないなぁ)
「それじゃ今回だけだよ、助け船」
そう言って恭子は、宗介に一口サイズのチョコレート菓子を差し出した。
「『行軍中』はちゃんと糖分を補給しないとね」
「そ、そのとおりだ、常磐。低血糖は危険だ。栄養補給は出来るときにしておかないとな」
――で、では行ってくる。
宗介はそう言うと、いそいそと緊張した面もちでクラスの先頭まで走っていった。
顔を真っ赤にしてチョコレートを差し出す宗介に、かなめが優しく微笑んでいる。
そしてチラッと恭子の方を見て、片手で拝むしぐさ。
それははたして、お菓子の礼だけの意味であったか。
宗介はかなめに引き止められ、そのまましばらくクラスの先頭を歩いた。
× × × × × ×
20:00
多摩川、堤防。
クラスで初めての落後者が出た。
正確には出掛けた。
小柄な女子で、足にマメが出来てしまって痛くて歩けないらしい。
ずいぶん早いが、体質的に皮膚が弱く、文化系の部活に所属していて普段もあまり歩き慣れていないようだ。
気張って歩きすぎたのかもしれない。
後方から追走している救護バスに回収されると、リタイア扱いとなり復帰はできない。
せめて最初の休憩場所までいけば、応急処置をすることも出来るのだが。
女子は涙ぐんでいた。
かなめはそんな彼女を見て、心が痛んだ。
もしかしたら好き合ってる男子がいて、一緒に歩きたかったのかもしれない。
もしかしたら好きな男子がいて、告白したかったのかもしれない。
「では休憩所まで俺が背負おう」
その様子を見ていた宗介が、事も無げに言った。
彼は陣代高校生徒会、安全保障問題担当補佐官でもある。
人命救助は彼の務めだ。
「大丈夫なの?」
かなめが訊ねる。
セーフハウスでの重装備を見れば、平気だとは思うけど。
「問題ない。ただ歩くだけでは訓練として物足りないと思っていたところだ」
――それに、
「仲間は見捨てないのが俺たちの不文律だ」
この瞬間、宗介にときめいた女子クラスメート多数。
クルツ・ウェバーがこの場にいたら、きっとこう言っただろう。
『やっぱお前、ジゴロの才能あるわ』
「そ、そのとおりだぜ! 相良!」
熱き好漢、小野寺孝太郎が拳を握りしめた。
「相良、お前が疲れたら次は俺が背負う!」
宗介の言った『俺たち』とは、おそらく傭兵仲間のことを指しているのだろうが、小野寺は4組の男子のことだと思ったらしい。
「俺も!」
「俺もだ!」
小野寺以外の男子も、次々に名告(なの)りを上げる。
「OK、それじゃ次の休憩所までがんばりましょ」
かなめが満足げにうなずく。
「「「おーっ!」」」
『楽しみ優先』でも、クラスに一体感は確かに生まれた。
顔を赤らめた女子クラスメートを背負い黙々と歩く宗介を見て、
(GJ!)
かなめは、心の中で親指を立てた。
× × × × × ×
20:30
多摩川、堤防。
「なんかさ、最近相良くん、かっこよくない?」
向井麻弥が、クラスの先頭で級友の女子を背負いながら歩く宗介を見て言った。
今夜は月齢が15に近く、また雲がないので、電灯の明かりがなくても彼の姿がよく見える。
「そうそう、あたしも思ってた」
工藤詩織が、うんうんと同意する。
「やっぱ、かなめが彼氏教育してるのかな? このごろ爆弾爆発させないし」
「恭子、何か聞いてる?」
「ん~、特には何も」
話を振られた常盤恭子が、顎に人さし指を当てた。
出発から2時間。
クラス内で気の合う者同士が集まって、それぞれ談笑している。
そろそろダレてきて、隊列なんてあってなきようなものであった。
「相良くんに教育なら、カナちゃん前からしてたし」
「教育というより調教でしょ、あれは」
「全然、効果あげてなかったけどね」
「どっちにしても、今ごろ惜しいことをしたって思ってる女子多いわよ」
3人の中で唯一の彼氏持ちである詩織が、文字どおりひとごとのように言った。
「こういうのって、なんて言うんだっけ?」
「逃した魚は大きい」
「隣の芝生は青かった」
詩織の言葉に、恭子と麻弥が微妙に違うニュアンスの答えを返す。
「でも、それを言うならカナちゃんだって、最近すごく奇麗になったと思わない?」
「トゲトゲしさがなくなって、雰囲気が柔らかくなったよね」
「そういえば、最近ハリセンで叩くところみてないなー」
宗介の隣を歩くかなめを見て3人がうなずき合う。
「やっぱ、男女の関係になるとああなるのかしらねー」
麻弥が少しうらやましげに言った。
「え? あの2人もうそこまで進んだの?」
詩織が、そんなの聞いてないよ――と言わんばかりに驚いた。
「え? 進んでないの? だって付き合ってるんでしょ?」
「え~、とりあえず第一関門を突破しただけで、第二関門はまだでしょ」
「そっか。確かにかなめの関門狭そうだしね」
「うわ、お下劣……」
ピピピピ♪ ピピピピ♪
その時、タイミングを見計らったように鳴り出す、恭子の携帯。
「あれ、カナちゃんからだ――もしもし、どうしたの?」
『なんかあんたたち、さっきからあたしの話で盛り上がってない?』
クラスの先頭を見ると、かなめがPHSを片手にこちらを睨んでいた。
× × × × × ×
21:00
多摩川堤防沿いの公園。
第一休憩所。
「――これで歩けるようになるだろう」
宗介はマメが出来た女子クラスメートの応急手当を終えると、そう言った。
水疱にウオノメパッドを当てて厳重にテーピングをしただけだが、痛みは和らぐはずだ。
「ありがとう、相良くん」
女子は感謝のまなざしで頭を下げると、友人たちの輪に戻っていった。
「お疲れさま」
かなめがスポーツドリンクを差し出す。
「すまない」
「大丈夫そう?」
「しばらくは歩けるだろうが、体質的に皮膚が弱いようだな。また別の場所に出来るかもしれん」
宗介はペットボトルのキャップを捻りながら答えた。
視線は今し方まで自分が背負っていた同級生に向けられている。
「まぁ、その時は、その時よ」
少なくともまだしばらくの間は、この夜のピクニックを楽しむことが出来る。
「君は大丈夫なのか?」
「うん、平気」
普段歩き慣れていない者にとって、3時間続けて歩くのはなかなかキツい。
まず股関節が痛くなり、ついでふくらはぎが張り、足にマメができる。
しかし、かなめは運動部に所属してこそいないが、学校ではスポーツ万能少女で通っている。
どちらかというと持久力よりも瞬発力系が得意だが、普通に歩くぐらいではまだまだいける。
「靴下二重にしてきたし、ウォーキングシューズも履き慣れたものだしね。
ソースケは? あの子をおんぶしてきて疲れたでしょ」
「問題ない。彼女の体重は俺がいつも訓練で背負っている装備よりも軽い。むしろ彼女はよく耐えた。人に背負われるのもあれでなかなか大変だからな」
(……相変わらず、頼もしい奴)
そして利他的で……悲しいほどに自分がない。
かなめの胸に、これまで何度も抱いたあの気持ちがよぎった。
抱き締めたくなるような愛しみの気持ち――。
ポスッ、
宗介の左頬に突き刺さる、とてもとてもゆるいパンチ。
「い、いきらり、どうふた、ちろり?」
「今は、これで我慢、我慢」
「……?」
「――さあ、そろそろ休憩終わりよ! 4組、点呼とるわよ!」
両拳を突き上げ、元気よくクラスメートに向き直ったかなめの背中を見ながら、
(……彼女はときどき、ほんとうに意味のわからないことをする)
宗介は、優しい感触の残る頬を触れながら思った。
× × × × × ×
22:00
多摩川、堤防。
蒼い月に照らされた、堤防の上のサイクリングロード。
陣代高校の恒例行事、『夜間歩行』が続いている。
風はあくまで優しく。
秋の乾いた草の匂いが鼻をくすぐる。
当初の二列縦隊は、とっくに崩れて。
今はクラスごとにまとまってはいるものの、気の合う仲間同士で集まってそれぞれ歩いている。
それでも千鳥かなめはクラス委員の責任感から先頭に立ち、相良宗介は持ち前の律儀さから決められた最後列の自分の位置を崩さない。
クラスメートたちはそんな2人の不器用さが微笑ましくもあり、また眩しくもあった。
ひとつ確かなことは、千鳥かなめと相良宗介は自分たち陣代高校2年4組にとって、もはや欠くべからざる存在だということだ。
彼らがいなくなってしまったら、自分たちのクラスはきっと火の消えたようになるだろう。
退屈で、だらだらと続いていく緩慢な日常。
それは2人がいなければきっと気づかなかった、ごく普通の毎日だったはずだ。
でも、自分たちは気づいてしまった。知ってしまった。
騒がしく、時として物騒だが、どこまでも活力に溢れた高校生活。
これからも続く自分たちの人生でもおそらく二度と訪れない、今この時だけの充実感。
終わりたくない。
ずっとこのまま続けていたい。
そう感じられる自分たちは、確かに幸せなのだ。
「ねーねー! ゴールしたら、クラスみんなで写真撮ろー!」
常盤恭子が愛用のデジカメを手に、クラスメートたちに声を掛けた。
『夜間歩行』は行程の3分の1が終わり、なおも続く。
参加した生徒たちの心に、少しずつ変化をもたらしながら……。
× × × × × ×
・
・
・
・
・
・
・
・
・
かなめは、宗介の肩にもたれ掛かりながら微睡みに包まれていた。
彼の匂いと温もりが、自分の中に隠し続けてきた悲しみと孤独を癒してくれる。
意地っ張りで、ガサツで、姐御肌。
その下に隠した、傷つきやすく、臆病で、泣き虫な、本当の自分。
(……独りにしないで……ソースケ……)
(……あんたのこと……絶対独りにしないから……だからあたしのことも……)
(……………………)
(…………)
(……)
――ガバッ!
0:15
多摩川緑地福生南公園。
『夜間歩行』仮眠場所。
「あ、あ、あ――」
「どうした、千鳥?」
「あたし、今なんか言った!?」
微睡から突然覚醒すると、千鳥かなめは真っ赤な顔でかたわらの相良宗介に訊ねた。
「いや、別に寝言はいってなかったぞ」
宗介はけげんな顔で答えた。
「そ、そう」
安堵の吐息。
「まだ眠っていても構わないぞ」
「ううん、もう大丈夫」
『夜間歩行』の中間点である仮眠場所についた2人は、芝生にレジャーシートをしいて、かなめの作ってきた弁当で腹ごしらえをした。
宗介はかなめの作る鶏の唐揚げがカレーの次に好物で、
『うむ、美味い』
『これは美味い』
を連発して、たいへん満足した様子だった。
唐揚げだけでなく、おにぎりも、玉子焼きも、どれもみんな美味かった。
食事を終えて、強ばった足をマッサージしているうちに疲れが出て、かなめはついウトウトしてしまった。
宗介の肩を借りての30分ほどの仮眠だったが、頭はスッキリして疲れもだいぶやわらいだ。
「あんたは寝なくて大丈夫なの?」
「作戦行動中は1週間睡眠を摂らないこともある。これぐらいは問題ない」
実際、宗介はまったく疲れていなかった。
鍛え抜かれた兵士である彼にとっては、これぐらいの行軍はウオーミングアップにもならない。
そもそも夜間とは言え、こんな不特定多数の人間に囲まれて無防備に眠れるはずもない。
彼はなにより千鳥かなめの護衛なのだ。
それに……。
(君の寝顔を見ているほうが疲れが取れる……)
「な、なによ」
宗介に見つめられて、かなめは顔を赤らめた。
「い、いや、別に……」
バツが悪くなり、宗介が視線をそらす。
「変なの」
取り立ててムッとした様子も見せず、かなめは立ち上がるとストレッチを始めた。
視線の先を、生徒会長の『林水敦信』と書記の『美樹原 蓮』が歩いていく。
どうやら『自由歩行』に出発するようだ。
かなめは、自分と宗介が交際報告をしたあと、美味しいお赤飯をたくさん炊いてきてくれた蓮に向かって、
(お・れ・ん・さ・ん・が・ん・ば・!)
と、大きな口パクの声援を送った。
かなめに気づいた蓮が、微笑みながら頭を下げる。
林水がチラリと横目に、手にした扇子を開く。
『無問題』
どうやら、2人の仲も順調に進んでいるようだ。
「イッセーくーん! 一緒に歩こよー!」
「うるさい、稲葉! 俺は修行に生きると決めたんだ! ついてくんな!」
わざわざ胴着姿に着替えた椿一成を、いつものように稲葉瑞樹が追い掛けている。
宗介がおぶってやったクラスメートの女子が、3年の男子生徒と仲良く歩き始めている。
少しギコチナイが、ちゃんと歩けているようだ。
3年生が彼女を気遣っているのがわかる。これぞまさしく怪我の功名か。
「カナちゃーん、あたしたち先にいくねー! よかったらあとで一緒に歩こー!」
恭子が、麻弥や詩織と一緒に手を振っている。
「うーん!」
かなめが手を振り返す。
「いいのか?」
「あたしたちに気を使ってくれてるのよ。あんただって馬に蹴られて死にたくはないでしょ?」
かなめの言葉に、宗介はキョロキョロと辺りを見渡した。
ここは市民パークのようだが、乗馬場か牧場もあるのだろうか?
「――さ、それじゃあたしたちもそろそろ行きましょ」
「了解した」
宗介とかなめは連れだって、再び夜の堤防を歩き始めた。
『夜間歩行』は、ここからがいよいよ本番である。
× × × × × ×
0:45
多摩川、堤防。
「……うわ、そんなに酷いの?」
「うむ……君の料理を100とするなら、少佐のボルシチは0をはるかに下回ってると言えるだろう」
俺は食料についてとやかく言うことはないが、少佐のボルシチだけは違う。
あれは口の中に拡がる悪夢だ。
真顔で(いつもではあるのだが、それでも)話す宗介に、
「ひどーい」
かなめはコロコロと笑った。
「ソースケが」
「……?」
「ソースケが、そういうことあたしに話してくれるのって初めてだね」
穏やかな笑顔で、かなめが言った。
「そ、その、君とこういう関係になった以上、いずれ少佐にも改めて君を紹介しなければならない」
「……え」
「か、彼は俺の養父だから。しょ、少佐と君とはすでに顔を合わせているが」
「……う、うん」
「お、俺には、こ、恋人としても護衛としても、き、君を守る義務がある! 少佐は君を気に入っている! いずれ必ずボルシチを振る舞ってくるだろう! 俺も考えるが、き、君も対応策を考えておいてくれ!」
「……了解」
「う、うむ!」
それっきり、宗介は黙り込んでしまった。
元々極端に口数が少なく、必要なこと以外は話さない少年だ。
だからこれまでは、かなめは一方的に話してなければならなかった。
そうしなければ間が持たなかった。
話していなければ、沈黙してしまえば、切なさに押し潰されそうだったから。
でも、今は違う。
ただ黙って歩いているだけでも心が安らいで、優しい気持ちになれる。
「……」
宗介が立ち止まった。
「どうしたの?」
かなめが、視線の先を追う。
「……あ」
宗介の視線の先にいたのは、2年1組の佐伯恵那という女子生徒だった。
以前、宗介に想いを込めた手紙を送り、靴箱ごと爆破された揚げ句、誤解のうえとはいえショットガンまで突き付けられた少女だ。
「……俺は、彼女にとても酷いことをしてしまった」
宗介の声が沈んだ。
他人に好意を伝えることが、どれほど勇気のいることか。
今の宗介には、それがわかる。
しかも、自分が彼女にしたことは紳士的どころか、誠意ある対応でもなかった。
「謝ってくれば?」
かなめが優しく勧めた。
「……彼女は許してくれるだろうか」
宗介には、謝罪を受け入れてもらえる自信がまったくなかった。
「許してもらえるから謝る。もらえないから謝らない。そういうものじゃないでしょ?」
かなめの言うことはよくわかる。
でも、それは自己満足ではないだろうか。
俺に謝罪されることで、忘れていた嫌な記憶を思い出させてしまうかもしれない。
いや、それこそ自分に都合のよい言い訳だろう。
「千鳥、ここで待っていてくれ」
「うん」
宗介は意を決したように、友人たちと楽しげに歩く恵那のもとに向かった。
その背中が、はた目に見ても強ばっているのがわかる。
突然宗介に話しかけられて、恵那は両手で口を覆って驚き、困惑した。
何やら必死に弁明し、ほとんど直角に近い角度で頭を下げる宗介。
一緒にいた恵那の友人らしい2人の女子が口々に宗介を責めている。
『今さら何よ!』
と言ったところだろう。
自分が彼女たちの立場なら、きっと同じ振る舞いをしただろう。
いや、それ以前にとっくに宗介のところにきて詰問していたはずだ。
その友人たちを、恵那が必死でなだめている。
宗介はただただ頭を下げ続けている。
やがて、恵那は優しく微笑んだ。
宗介に顔を上げるようにうながしている。
宗介が顔を上げる。
背中から緊張が消えている。
どうやら、謝罪を受け入れてもらえたようだ。
恵那がなにやら宗介に訊ね、宗介が頬を掻いてかなめの方を見た。
恵那やその友人たちもだ。
恵那が、かなめに頭を下げる。
2人は宗介が恵那にショットガンを突き付けたときに、顔を合わせている。
うはははは……と、かなめが頭を下げ返す。
これぐらいのバツの悪さは、かなめだって覚悟の上だ。
自分だって今まで散々、恵那のように宗介に想いを寄せていただろう女の子を傷つけていたのだろうから。
やがて、宗介が晴れやかな顔で戻ってきた。
うんうん、と迎えるかなめ。
2人はまた並んで歩き出した。
× × × × × ×
1:15
多摩川、堤防。
「相良! ちょっといいか!」
『自由歩行』が始まってしばらくしてから、クラスメートの小野寺孝太郎が声を掛けてきた。
「悪い、千鳥! ちょっと相良を借りるぞ!」
「う、うん」
いつものおちゃらけた小野Dとは違うどこか追い詰められたような表情に、かなめは思わず即答してしまった。
「そ、それじゃ、ソースケ。あたしキョーコたちのところに行ってるから」
釈然としない思いを抱きつつも、かなめは友人たちのもとに消えた。
小野寺は宗介を、堤防から外れた人気のない場所まで引っ張っていった。
「どうした、小野寺? 何か問題か?」
「ああ、問題だ」
「聞こう」
冗談の通じない顔、真顔よりもさらに真顔な小野寺に、宗介も気を引き締める。
「お前……どうやって千鳥と付き合い始めたんだ?」
「……なに?」
「だからお前と千鳥は、具体的にどうやって付き合い始めたかって聞いてるんだ!」
宗介は、一気に弛緩(しかん)した。もっというとゲンナリした。
「小野寺、お前にはその情報にアクセスする権限はない」
まったく、どいつもこいつも、なぜそれほどまでに俺と千鳥の関係を知りたがるのだ?
他人の恋愛沙汰ほどゴシップになるのはなんとなく理解しているが、俺たちは芸能人でもなんでもないぞ。
「頼む! このとおりだ!」
「断る」
頭を下げ、両手を擦り合わせる小野寺をむげにする宗介。
級友とはいえ、そこまで教える義理はない。
これは自分と千鳥だけの、大切な記憶だ。
俺に大切に残しておきたい記憶なんてはたしていくつあるか。
ほとんどは思い出したくもない、ろくでもないものばかりだ。
俺にだって、誰にも触れられない宝物のような思い出があってもいいじゃないか。
だが、小野寺孝太郎は執拗だった。
しつこくに宗介に食い下がり、ついに理由を叫んだ。
「俺にも――俺にも告りたい相手がいるんだよ!」
「なに?」
「だから頼む、相良! 教えてくれ、お前の方法を!」
「……」
呆気に取られる宗介。
告りたい……要するに、小野寺には好意を伝えたい相手がいるということか。
つまり……俺は今、恋愛の相談を受けている……のか?
おそらく世界中を探しても、自分よりこの手の相談に不向きな人間は少ないだろう。
同時に……だからこそ、宗介は小野寺の悩みが理解できた。
同僚のクルツのように、
『そんなもん、勢いとムードに任せてサラっと言っちまえばいいんだよ』
などとは、口が裂けても言えない。
「……俺たちの戦術は特殊で、きっとお前の参考にはならんぞ」
ふぅ……と、宗介は肩から力を抜いた。
美しい思い出よりも、男の友情か……。
すまん、千鳥。
「それでもいいから、教えてくれ! お前みたいな朴念仁でも千鳥みたいないい女を墜とせたんだ! 俺はその方法が知りたいんだよ!」
――他の奴には、絶対に言うなよ。
宗介は念を押すと、かなめの名誉のためにあくまで『自分のしたこと』として、あの散髪からの一連の出来事を話した。
「……つまり、『キスして』『好きだったと告白して』『付き合ってくれ』と言ったのか?」
「こ、肯定だ」
「お前なんかそれ、順番めちゃくちゃじゃねーか?」
小野寺の顔が、さすがに引き攣(つ)った。
いきなりキスって、どんだけイケメンだよ。
「へ、『兵は奇道なり』というではないか。セオリー通りにいかない場合が戦場では多々ある。むしろそういった状況の方が多い。戦術は高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に行うべきだ」
もはや意味不明である。
「そ、それもそうだな」
「う、うむ」
「よし、よしよし! お前にできて、俺にできねえわけがねえ!」
妙に自信をつけてしまった様子の小野寺孝太郎17歳。
「礼を言うぜ、相良! お前っていい奴だな! この礼はあとで精神的にしてやるぜ!」
「待て、小野寺! お前はいったい誰に告白するつもりなのだ?」
宗介が、勢いよく立ち去りかけた小野寺を呼び止める。
「そうだな……お前にここまでしてもらったんだ。やっぱ、教えるのが筋で仁義ってもんだよな」
――まぁ、成功すればどうせ知られちまうしな。
ふっ……と、なにやら余裕の笑みを浮かべて、小野寺が宗介に意中の相手を漏らした。
「……」
「……すまない、小野寺。よく聞こえなかったもう一度言ってくれ」
「だから――」
たっぷり5秒後。
「常磐……だと?」
「ああ」
「常磐というと、あの常磐恭子のことか? 千鳥の親友の?」
「他にだれがいるってんだよ」
「ま、まて、小野寺。お前、今まで彼女に対してそんな素振りを見せていたか?」
「朴念仁のお前にわかるようじゃ、お終いだろう」
冷たく言われて、ぐぅの根も出ない宗介。
「あいつさ、可愛いよな。体形とか千鳥とは正反対だけど、そこがまたいいっていうか」
デレる小野寺。
性格ではなくまず体形というところが、らしいといえばらしい。
(……た、確かに分類するなら、常磐は千鳥よりは大佐殿と同じタイプだろう)
なぜか宗介の脳裏には、上官であるテレサ・テスタロッサの姿が浮かんだ。
(い、いや、それはこの際、関係ない……はずだ)
「とにかくサンキューな、相良! 今度、千鳥とWデートしようぜ!」
『取らぬたぬきの皮算用』的な言葉を残すと、今度こそ小野寺は行ってしまった。
つまり……これから小野寺は常磐に『キス』して『好意』を告げて『交際』を申し込むつもりなのか……。
これは非常によくない……どころの話ではない。
宗介は、顔面蒼白になった。
このままでは、小野寺が常磐をレイプする……。
…… to be Continued