フルメタル・パニック! その後の2人   作:Deetwo

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恩田陸さんの名作『夜のピクニック』から、設定だけお借りしました。
これまで自分たちの恋愛で散々クラスメートをヤキモキさせてきた宗介とかなめが、恩返しとばかりに級友たちの恋愛問題に右往左往します。
ご一読いただければ幸いです。


番外編4 夜のピクニック 歩くワン・ナイト・スタンド(後)

1:25

多摩川、堤防。

 

 かなめは小野寺に追い立てられるように宗介と離れた後、自身の言葉通り友人の常磐恭子や向井麻弥、工藤詩織たちと合流して一緒に歩いていた。

 

「……?」

 

 かなめが最初に詩織の異変に気づいたのは、歩き始めて5分ほどしたときだった。

 会話に一切、混じってこないのだ。

 ずっとうつむきがちで、何かを考え込んでいるようだった。

 

「詩織、気分でも悪いの?」

「……別に」

 心配して話しかけても、そっけない返事が戻ってくるだけである。

「そーいえば、仮眠休憩してから元気ないわね。あー、もしかして電話で彼とケンカした?」

「うるさいわね! 関係ないでしょ!」

 麻弥の言葉に、詩織は強く反応した。

「え……マジなの?」

 ふぅ……と重いため息を吐くと、

「なんかね……気配がしたの。女の」

 詩織は仕方なしに答えた。

「それって部屋に?」

「……うん」

 詩織には大学生の恋人がいて、かなめたちも紹介されていた。

「さっきの休憩時間に軽い気持ちで掛けたら、なんか焦ってるみたいな感じで」

 いきなりヘビーな方向に話が転がってしまい、かなめ、恭子、麻弥が言葉をなくす。

「か、勘違いなんじゃないの?」

 ハッキリ言ってこの手の話に疎いかなめが、毒にも薬にもならない慰めをする。

「彼、そんな軽い人には見えなかったけど」

「でも、最近悪い虫が着いたみたいで」

「……虫」

 詩織の言葉の仄暗さに、ジンワリとしたショックを受けるかなめ。

「同じ大学の人?」

 恭子も表情を曇らせている。

「そう……なんかいろいろとちょっかい出してきてるみたい」

 確かに詩織の彼は、穏やかで優しい好青年である。

 それだけに、押しには弱いのかもしれない。

 恋愛は何と言っても近くにいる方が有利である。

 

「かなめはいいよね。同じ学校の同じクラス、席まで後で」

 

(そうでもないのよね、これが……)

 

 宗介は高校生と傭兵の二足のわらじを履く二重生活者だ。

 陣高のある東京と基地のあるメリダ島を行ったり来たりしている。

 自分は高校生の宗介と一緒にいられるにすぎない。

 しかもメリダ島には彼女がいる。

 立場的には、詩織と何も変わらないのだ……。

 

「はぁ、せっかくの『夜間歩行』なのに、電話なんかするんじゃなかった」

 

「「「……」」」

 

 詩織以外の3人は黙り込んでしまった。

 もはや下手な慰めは逆効果だろう。

 ここは、

 

『気のせい、気のせい、う、うははは……は』

 

 と流してしまうのが、かなめには1番のように思えた。

 

(よ、よし、行くわよ――)

 

「し、詩織、それはきっと――」

 

「千鳥、緊急事態だ!」

 

 よりによって、今1番来てほしくない奴が現れた。

 かなめは頭を掻きむしった。

 

「――よかった、常磐もいたか!」

 宗介はかなめ達の中に恭子の姿を認めて、心底ホッとした。

「なによ? あたしたち今、すっごく忙しいんだけど?」

 付き合い始めて以来しばらく聞いてなかった、険のあるかなめの声。

 今は詩織の前で宗介と話はしたくない。

 

「千鳥、ちょっと来てほしい」

「だから、何よ?」

「2人だけで話がしたいのだ」

「却下。今あたしは恭子たちと歩きたいの」

 

 チラッと詩織を見ると、悲しげにうつむいてしまっている。

 

「悪いが緊急事態なのだ! 非常手段をとらせてもらう!」

 宗介は乱暴にかなめの手をつかむ。

「ちょ、ちょっと!」

「常磐! 何があっても向井と工藤の側から離れるな! いいか、何があってもだぞ!」

「? うん」

 キョトンとした様子の恭子たちを残して、宗介はかなめを3人から引き離した。

 

 

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1:25

多摩川、堤防。

宗介がかなめを連れ出したのと同時刻。

 

(――くそっ! 常磐たちはどこだ!?)

 

 小野寺孝太郎の目論みは、出だしからつまずいてしまった。

 蒼い月が照らしているとは言え、街灯などない夜の堤防である。

『夜間歩行』参加者は陣代高校で1000人を超え、しかもほとんど同じ服装・格好をしている。

 目指す常盤恭子の姿を完全に見失ってしまった。

 宗介が小野寺より先にかなめたちを見つけられたのは、単純にかなめがブレスレット型の発信器を身に付けていたからにすぎない。

 

「おい、常磐たちを見かけなかったか!」

 

 小野寺は先行する級友たちに次々に声を掛けて、常盤恭子の姿を捜しもとめた。

 

 好漢、惜しむらくは思慮が足りない。

 それが恋の病か、はたまた満ち月の魔力か。

 

 とにかく小野寺孝太郎は、両目を血走らせて告白対象を捜し続けた。

 

 

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1:28

多摩川、堤防を下った河川敷。

 

「ぬ、ぬわんでっすてぇーーーーー!!!!????」

「う、うむ……」

「き、きっさん、も、もう一度言うてみい……」

「だから、このままでは小野寺が常磐をレイプするといっているのだ」

 

 クラ~~ッッッ……。

 

「千鳥、大丈夫か!?」

「これが大丈夫なわけないでしょうがーーーーーーっっっ!!!」

 

 堤防上の遊歩道 兼 サイクリングロードを少し離れた茂みの中。

 愛の力で封印していたかなめの拳が、貫通する勢いで宗介の顔面にめり込む。

 

「……久しぶりに、痛いじゃないか」

「なんでそうなるのよ!!!? どういう話の脈絡で!!!? どういうフラグ立てて!!!? どういうプロットの組み方で!!!? ありえないでしょ、普通に考えて!!!?」

 かなめは宗介の胸ぐらをつかんで、これ以上ないほど激しくシェイクした。

 

 脳へのダメージの確かな蓄積を覚えながら、宗介が事情を説明する。

 

「あ、あんたってば、なんてことを……」

 

 デッサンが崩壊した顔で、かなめが宗介を見た。

 コッペパンヲヨウキュウスル…ヲオモイダシタ…。

 

「すまない……君の名誉のために、すべて『俺の方から』したこととして話をしたんだが、それがどうも良くなかったらしい……小野寺に妙な自信を与えてしまった」

「そーゆーことを言ってるんじゃないわよ!(そういうことも言ってるけど!) なんで小野Dが恭子にそんなことをするのよ!」

「それはやはり、小野寺が常磐に好意を抱いているからだろう」

「お、小野D、本気なの……?」

「千鳥、長年戦場を渡り歩いた俺の勘が告げている。奴は……本気だ」

 

 クラ~~ッッッ……。

 

「あんたねぇ! 恭子はあたしの親友なのよ! 一番大切な友だちなのよ! いきなりそんなことされたら明日から学校こなくなっちゃうじゃない! それどころか一生消えない傷を負うことになっちゃうじゃない!」

「小野寺もこのままではよくて停学、下手すれば逮捕・退学だ。クラスにも居場所がなくなる」

 宗介もいい加減、うろたえている。

「マズイ、マズイぞ、千鳥。このままでは2人の級友が廃人になる」

「不吉なこと言うな!」

 

 スパーン!

 

 お久しぶり、ハリセン。元気してた?

 

「なんで、あっちも、こっちも、そっちも、どっちも、揃いも揃ってみんな色気づいているのよ!」

「……今夜はそういう夜なのだろう」

「と、とにかく、戻るわよ! なんとしても恭子を守らなくちゃ!」

「了解だ!」

 

 宗介と2人、いい雰囲気で夜を歩きたかったのに……どうしてこうも、あたしたち運命は『パニック!』に紐付けられているのか!

 

 走りながら、かなめは心の底で……泣いた。

 

 

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1:28

多摩川、堤防。

宗介がかなめにシバき倒されていたのと同時刻。

 

「――常磐!」

「あれ、小野D。どうしたの?」

「ちょっと、俺と一緒に来てくれ!」

「え?」

「頼む!」

「う、うん、いいけど」

 暑苦しいほど真剣な表情の小野寺に気圧されて、恭子がうなずく。

「それじゃ、ちょっとあたし行ってくるね」

 

「キョーコと小野D? 変な取り合わせね」

 夜の闇の紛れていく2人の背中を見送りながら、向井麻弥が不思議そうに呟いた。

「……」

 

 工藤詩織は、何も答えない……。

 

 

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1:31

多摩川、堤防。

 

「――麻弥、詩織!」

「あ、かなめ、お帰り」

「恭子は!? 恭子はどこ!?」

「恭子ならさっき小野Dと一緒にどっか行っちゃったけど……」

 息せき切って、鬼の形相で走り込んできたかなめに、麻弥が怪訝な顔で答えた。

 

 ガーーーーンッ!!!!

 

 お、遅かった。

 これで親友の常盤恭子は、心に一生消えない傷を負ってしまう。

 お調子者だけど、憎めない小野寺孝太郎は性犯罪者の烙印を押され、担任の神楽坂先生は責任を取らされて、大好きな2年4組は学級崩壊まっしぐら。

 陣代高校の名物行事『夜間歩行』は拭いようのない汚点を残し、終了となる……。

 

「全部、あんたのせーーーよ!!!!!」

 かなめは宗介の胸ぐらをつかむと、再び激しくシェイクした。

「あ、あきらめるら、ちろり、まだておくれろ、きまっらわけれは……」

 宗介の言葉に、ハッと我に返るかなめ。

「た、確かにそうかも。まだ手遅れと決まったわけじゃ……」

 勝負は下駄をはくまでわからない――具体的な由来は知らないけど、意味はわかる。

「よし、すぐに常盤たちを捜そう!」

「あんたは、ここにいなさい!!!!」

 般若の形相で、かなめが宗介に命じる。

「し、しかし、俺は君の――」

「シャーラップ! あんたが一緒だと話が絶対にこじれるのよ! 最悪な方向に!」

「……」

 

「麻弥、詩織! そいつがよそにいかないように見張ってて!」

 つむじ風を巻いて、かなめが走り去る。

 

「……なんか、前に戻っちゃったね」

 

 しょんぼりと耳と尻尾を垂れる宗介に、麻弥が気の毒そうに言った。

 

 

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1:36

多摩川、堤防。

 

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

「恭子、知らない!?」

 

 かなめは、目につく陣高生すべてに片っ端から声を掛けながら、常盤恭子の姿を捜す。

 頭に血が上ってしまっていて、PHSで連絡をとるという手段に思い至らない。

 

「恭子、知らない!?」

「常盤さん? 常盤さんなら、さっき小野Dとそこの河川敷に下りていったけど」

 軍オタ仲間と、

『旧式の<サベージ>で、<ガーンズバック>を倒す戦術』

 について熱く議論していたクラスメートの風間信二が、少し後を振り返って指さした。

 

「ありがとう! 風間くん!」

「ねえ、なんかあったの!?」

「<サベージ>で<ガーンズバック>を倒すには、耐弾性以上の単純な機体の頑丈さを利用するのよ! 具体的には一緒に重い物の下敷きになる! そうすれば<サベージ>が勝つわ!」

「え?」

 ASのことなど詳しいはずがないかなめが、盲点とも言える方法を言い残して走り去るのを見て、信二は呆気に取られた。

「相良くんに教わったのかな?」

 

(はて? なんであたしはそんなことがわかるのだろう?)

 

 ふと、そんな疑問が頭をよぎったが、今はそれどころではない。

 かなめは全力で堤防を駆け下りて、信二に教えられたとおり河川敷に恭子と小野寺の姿を捜した。

 

 いて、いて、いて、いて――いたっ!

 

 かなめの視線の先、月明かりに照らされて2人の男女の影が浮かび上がっていた。

 1人は大柄の少年。

 もう1人は、自分のよく知るとんぼ眼鏡にお下げ髪の少女。

 少年は全身を緊張させ、今まさに少女に対して――。

 

「ちょーーっと待ったーーーーー!!!」

 

 かなめの絶叫が夜陰を切り裂く!

 

 ――ぎょっ!?

 

「千鳥!?」

「カナちゃん」

 

「――恭子、小野D!! あたし達、3人で歩かない!?」

 

 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、かなめが阿修羅の形相で提案した。

 

 

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1:38

多摩川、堤防。

 

「恭子とかなめ、戻ってこないわね」

 向井麻弥が、不審げな面もちで堤防上を走るサイクリングロードの先を見ている。

「そ、そうだな」

「なにかあったのかな?」

「いや、何もない」

 麻弥と、そして詩織と歩きながら、宗介は空とぼけた。

「なんでそんなことが相良くんにわかるのよ?」

「……」

 宗介は無表情だの、ムッツリ顔だのとよく言われるが、実は思っていることが顔に出る。

 今も麻弥と顔を合わせないように真っ直ぐ前を見据えているが、その横顔は強張り、脂汗が浮き出ている。

「怪しい」

 

 ボタボタボタボタ――、

 

 宗介の顔から噴き出す大粒の汗。

 

「もしかして……小野D、恭子に告る気とか?」

 探るような目つきで、麻弥が宗介の横顔をのぞき込む。

 女子はこういった勘が本当に鋭い。

 

 な、なぜだ!?

 なぜ見破られた!?

 俺は一切の情報を漏らした覚えはないぞ!

 

「違う! それは断じて違うぞ、向井!」

 思わず麻弥に向き直って、強く否定する。

 

「ふ~ん、やっぱりそうか」

 宗介の予想通りの反応に、ニンマリとする麻弥。

「相良くんって、ほんと考えてることがわかりやすいね」

 

 し、しまった。誘導尋問に引っ掛かったのか。

 

「む、向井、君の友だちへの気づかいは尊ぶべきものだが、こ、これには非常に有機的で複雑な事情がある。これは説明に時間を要する問題であり、なんというか君が納得するかどうか確信が持てない」

 

「きゃーっ! これぞまさに『夜間歩行』の魔力ね! まさかあの小野Dが恭子にねぇ!」

 テンション、だだ上がりの麻弥。

「かなめばっかり、ズルい! 詩織、詩織、見に行こ! 見に行こ!」

 

「わたしはパス。そんな気分じゃないし」

 そっけなく詩織が断る。

 

「気になるなら、麻弥だけで行ってきていいよ」

「そ、そう? それじゃちょっと行ってくるね」

 

 こんなとき気を使って、

 

『詩織が行かないなら、あたしも行かない』

 

 などと言えば、逆に詩織を苛つかせること大なのはわかっているので、麻弥は1人でさっさとかなめたちを捜しに行ってしまった。

 

「……」

 

 あとには相良宗介と工藤詩織という、激レアなカップリングが残された。

 

 

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2:30

多摩川、堤防。

 

 

 小野寺孝太郎は、不機嫌と焦燥感に駆られていた。

 せっかく常盤恭子と二人きりになれたのもつかの間、件(くだん)の戦術を実行に移すか否か躊躇していたところに突然千鳥かなめが乱入してきて、強引に3人で歩くことになってしまった。

 しかも、小野寺が恭子に話しかけようとするたび、ササッとかなめが割って入ってくるありさま。

 最初は気のせいかとも思ったが、常時その状態なので、これには小野寺も――。

 

(まさか相良の野郎がゲロったのか。だとするなら、あいつめ。男の仁義ってもんを知らねえ)

 

 心中、級友への怒りを燃え上がらせていた。

 

「な、なぁ、常……」

「と、ところで、恭子! 昨日の『アメージング・蜘蛛同心』観た?」

「あ~、見た見た。でもあれってスパイダーマンのパクリだよね?」

「パクリじゃなくて、インスピレーションよ。時代劇とスパイダーマンを掛け合わせるなんて、並のセンスで出来ることじゃないわよ。苺と大福を合体させるようなものよ」

「それにしては3ヶ月で放送打ち切られちゃったよね……苺大福と違って」

 

(千鳥……テメエ。俺になんの怨みがある)

(わ、悪いけど小野D。あたしの命にかえても恭子は汚させはしない。それにこれはあんたのためでもあるのよ)

 

 視線だけでバチバチと斬り結ぶ、小野寺とかなめ。

 全身から『消えてくれ!』オーラを発する小野寺に対して、かなめはその気迫に徐々に消耗を来しながらも、学級委員として友人として必死に防戦する。

 

(うわーっ、おもしろーい! でもなんでかなめは小野Dの邪魔してるんだろ?)

 

 3人の様子を陰から観察していた向井麻弥は、詩織や宗介のことなどすっかり忘れてしまって、デバガメに熱中した。

 

 

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同時刻。

多摩川、堤防。

 

 かなめ以上に居心地の悪い思いをしていたのは、相良宗介だった。

 なんといっても今一緒にいる工藤詩織とは、こんな風に二人っきりになったことはない。

 詩織といるときはいつも間にかなめを挟んでおり、何もしなくても間が持った。

 ところが、今夜は……。

 

「……」

 

 宗介は隣を歩く詩織をチラリと見た。

 詩織は彼のように居心地の悪さを感じている様子はなく……というか、まったく意識すらしていないようで、なにやら物思いに沈んでいるようだった。

 宗介は、少し気持ちが楽になった。

 どうやら自分は工藤にとって、存在しないも同然らしい。

 

「……疲れた。あたし休憩するね」

 詩織が、不意に立ち止まった。

「そうか。なら俺も付き合おう」

「別に無理して付き合わなくていいよ」

「無理などしていない。『自由歩行』を初めてそろそろ2時間だ。小休止を入れるには頃合いと言っていいだろう」

 もちろん宗介には休憩の必要などなかったが、だからと言って夜の堤防で婦女子を一人きりしてしまうわけにはいかない。

 彼は詩織のクラスメートであるだけでなく、その友人の恋人で、さらには生徒会の安全保障問題担当補佐官でもあるのだから。

 詩織はバックパックからレジャーシートを出すと、堤防の枯れ草の上に敷いて座り込んだ。

 その端っこに、宗介も腰を下ろさせてもらう。

 まったくおかしいな雲行きである。

 

「……食べる?」

 詩織が、宗介にチョコレートをマシュマロで包んだ菓子を差し出す。

「すまない」

 宗介は菓子の類いは持っていないので、普段から常備しているカロリーメイトをお返しに手渡した。

「これは初めて食べるが、美味いな」

 マシュマロの食感が面白く、チョコレートのなめらかな舌触りも楽しい。

 今度、千鳥に買っていってやろう。

 

 その時、詩織のジャージーのポケットで携帯が鳴った。

 宗介は、その着信音に聞き覚えがあった。

 詩織の恋人専用の着信音で、普段詩織はそのメロディーが鳴るたびに嬉しそうに仲間内から席を外すのだった。

 ところが今夜は、何度メロディーが繰り返されようと、詩織が携帯を取り出す気配はない。

 やがて根負けしたように着信音はやんだ。

 

「……出なくてよかったのか?」

 宗介は訊ねた。

 恋人からの連絡に応答しないからには何か事情があるのだろうが、かといって見なかった振りをするのも不自然だ。

 こういうとき、クルツのように気の利いたジョークでも言えればよいのだが、あいにく宗介は生まれてからこのかたジョークなど口にしたことはない。

「あげる、全部」

 詩織は答える代わりに、宗介にマシュマロ菓子の袋を押しつけた。

「彼の好物なの」

「……そうか」

 

 どうやら工藤は、本当に恋人と仲たがいしたようだ。

 本当に今夜は他人の恋愛絡みの問題に遭遇する。

 これが『夜間歩行』の魔力というやつか……。

 

「……足が痛い」

「……長い距離を歩いたからな」

「……」

「……」

「……浮気、された」

 とうとう詩織は、ボロボロと泣き出した。

 宗介の不器用極まる受け答えが、逆に詩織の気持ちを引き出したのか。

 こうまで朴念仁な対応をされると、本心を明かさないのが癪(しゃく)に障るのか。

「……悔しい」

「……」

 

 これは……TVのドラマよりもまだ酷い。

 

 宗介は胸のうちで嘆息した。

 

 

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2:35。

多摩川、堤防。

 

「さすがに疲れたね~」

「ほんと、足が痛いわ」

「……」

 

 宗介と詩織に先行すること、約300m。

 常盤恭子、千鳥かなめ、小野寺孝太郎の3人が、やはり河川敷の芝生に腰を下ろして休息していた。

 

 小野寺からはもはや殺気に近い気配が、かなめに対して放たれている。

 

(……これじゃ、恭子はともかく、小野Dとの仲は断絶かもね)

 

 かなめは心の中で重い吐息を吐いた。

 事情を知らないとは言え、小野寺の目には今夜の自分の妨害は、悪意そのものに映るだろう。

 かなめは以前、小野寺に告白されたことがあった。

 かなめの方にその気がなかったため断ったのだが、小野寺は決して卑屈にならず、その後もカラッとした態度で接してくれている。

 蛮カラかたぎの好漢なのである。

 

 かなめは意を決した。

 

 恭子は守りたい。

 だけど、小野Dの恋心も守りたい。

 あのソースケが自分たちだけの大切な秘密を明かしてまで協力したのだ。

 きっと小野Dの恭子への想いは本物なのだ。

 

「――恭子、あのね」

 

 かなめは、恭子を通じて小野寺に語りかけた。

 

 

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同時刻。

多摩川、堤防。

 

 工藤詩織が相良宗介の隣で泣き続けている。

 彼には掛ける言葉はなく、また肩を抱いてやることも出来ない。

 出来ることと言えば、詩織が泣きやむまでただ側にいてやることぐらいだ。

 

 やがて嗚咽が弱まり、そして静まった。

 

「……グスッ……ああ、もうみっともないところ見せちゃってごめん」

「……いや」

「なんかさ、相良くんって泣きやすいよね」

 泣き腫らした目で、詩織が微笑んだ。

「泣きやすい? 俺が?」

 

 それはいったいどういう意味だ?

 人間に泣きやすい、泣きにくいという体質や雰囲気があるのか?

 よく周りから『朴念仁』とか『唐変木』とか言われるが、それと関係があるのだろうか?

 ああ、もしかしたら置物のようだからか。

 だとすれば、納得かもしれない。

 

「それはきっと、俺が置物のようだからだろう」

 

 ――人前では泣けなくても、誰もいない場所なら泣けるのと一緒だ。

 

「そうじゃなくて。たまに言葉にしない優しさみたいのが感じられるのよね。そういうのに涙腺を刺激されちゃうというか」

 

 そう言いながら詩織は、

 

『人の彼氏に、なに言ってるんだろう、あたし』

 

 と思った。

 そして人間とは涙を流したあとに少し素直になれるものらしい――とも。

 

「ふむ……」

 

 言われてみれば、千鳥や大佐殿には何度か泣かれたことがある。

 特技、偵察に爆破、およびASの操縦。そして泣かれること。

 ……。

 あまり、自慢できるものではないかもしれない。

 

「工藤、聞いてもいいか。その……君の恋人のことだ」

 遠慮がちに、宗介は訊ねた。

「隣で散々泣かせてもらったしね。特別にいいわよ」

 泣いたことで冷静さを取り戻したようだ。

「その……君が恋人に裏切られたというのは、本当のことなのだろうか?」

 視線の先には、月明かりに映える多摩川がゆっくりと流れている。

 

 恋愛についてはアマチュアもいいところの俺が、他人の色恋沙汰に口を挟むとは……本当に『夜間歩行』とは恐ろしい行事だ。

 

「『団体歩行』が終わったあとの休憩時間に電話を掛けてみたの。そしたらなんか部屋に女の気配がして」

「ふむ……それでは実際に確認したわけではないのだな?」

「確認しなくてもわかるの。女の勘よ」

 女の勘……と言われては、男の宗介には何も言えない。

「しかし時として勘とは狂うものだぞ。それに戦場でなにより恐ろしいのは『疑心暗鬼』だ。本来は信頼すべき味方を疑いだしたら、勝てる戦いも勝てなくなる」

「恋愛と戦争は別でしょ」

 詩織は、宗介が紛争地域で育ってきたことを当然知っている。

 それが理由で、なんでも戦争に結びつけて考えてしまうことも。

 

(いや……しかし、クルツの奴は確か同じだと言っていたが……)

 

「ねえ、相良くん。もしかしてあたしを励まそうとしてる?」

「む……」

 

 俺は工藤を励ましているのだろうか……?

 

 数瞬の分析タイムのあと、宗介は答えた。

 

「君は千鳥の友人だからな。君が悲しい思いをすれば千鳥も悲しむ」

「結局、かなめのためなのね」

 肩をすくめる詩織。

 なにかを期待していたわけではないが、それでもこれでは拍子抜けだ。

 やはり目の前の少年は、朴念仁で間違いない。

 これまでの、そしてこれからの友人の苦労が思いやられる。

 

「もちろんそれだけではないぞ。恋人の裏切りが確認できているならばまだしも、通話の様子だけで確定情報にしてしまうのは早計だとも思う」

「それも全然説得力ない。かなめは相良くんにベタ惚れだしね。おまけにいつも一緒にいるし。相良くんにはそもそも疑心暗鬼になんかなる必要ないじゃない」

 にべもない。

「それとも相良くんも、かなめを疑ったことがあるの?」

 詩織の怒濤の逆襲。

 だいたいアマチュアの宗介が、同年代の女子と恋愛談議で勝てるわけがない。

 

「俺は……」

 

 そう言われても疑心暗鬼になるほど、かなめと交際しているわけではない。

 宗介は考え込んだ。

 彼は聞き流すということはしない。

 いや、できない。

 どんな言葉や意見にも真剣に耳を傾け、真摯に答えようとする。

 ただ一般常識の欠如から、それが常に空回りして周囲を巻き込んでしまうだけだ。

 

「……千鳥と交際する以前の話だが、それに近い精神状態に陥ったことはある」

 

「へぇ、本当に?」

 

 夜のとばりの中で、しおりの瞳が見開かれる。

 

 

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同時刻。

多摩川、堤防。

 

「――恭子、あのね」

 

 かなめは意を決して、恭子を見た。

 自分の言葉が、小野寺に届くと信じて。

 

「あたしがどうやってソースケと付き合うようになったか、まだ言ってなかったよね」

「う、うん」

「今から言うわね」

「カ、カナちゃん、いきなりどうしたの?」

 突然の成り行きに、恭子が目を瞬かせる。

「今夜は『夜間歩行』だから、話したくなったのよ」

 

 小野寺は目の前で突然展開されだした女子トークに、さすがに居心地の悪さを感じた。

 かといって立ち去るタイミングも逃してしまっており、黙り込んでいるしかない。

 

「あの日、恭子と別れた後にね、ソースケの髪を切ってあげたの。あいつ、あたし以外の人に刃物を持たれて近づかれるの怖がるから」

 真実。

 そして、少しの自慢と優越感。

 自分があいつにとって特別な存在なんだという誇示。

「そうだったんだ……だから相良くん、いつも自分で切ってたんだね」

「うん」

 小野寺も初めて聞く話に引きこまれている。

「それでね、髪を切ってあげてたら、あいつうたた寝しちゃったんだ」

「へぇ、あの相良くんが」

 恭子の顔に、ホッコリした表情が浮かんだ。

 常日頃から油断なく周囲を警戒し、気を緩めているところなど見たことないあの相良くんが。

「そうなの。それでね、あたしそんなあいつの無防備な顔を見てたら、キスしたくなっちゃって」

「し、しちゃったの? キス?」

 

 小野寺はびっくりした。

 おいおい、俺が相良から聞いてた話と違うじゃねーかよ。

 

「ううん、しようとしたら、直前であいつが目を覚ましちゃって」

「ざ、残念」

「もうあいつったらパニック状態。『千鳥、君はいったいなにをしてるんだ?』ってね」

「うわっ、相良くん相変わらずだね」

「でしょ? あのシチュエーションで目の前に女の子の顔があったら、そのままの流れでキスでしょ。普通」

「うんうん!」

 

 もはや、恭子は小野寺の存在など忘れてしまったように、かなめの話にのめり込んでいる。

 

「それでどうしたの? 結局しなかったの?」

「したわよ。あいつがパニクってるうちにね。あたしから」

「うわー! カナちゃん、だいたーん!」

 

(……くっ、穴があったら入りたい! そしてそのまま二度と出てきたくない!)

 

「それで、それで?」

「それで、あいつが何か言うまで待ったわけ。もう半分意地悪お姉さんだったわね」

「あー、なんかわかるなぁ、その感じ。相良くんって、なんか年下チックなんだよね」

「まあね。それでジッと待ってたら、ようやく『……やっとわかった。俺は君に好意を抱いている』って通告してきたの」

「あははは。なにそれ、すごく相良くんらしい」

「それでまぁ、そこからあたしがいろいろ誘導して、あいつに『交際したい』って言わせたわけ」

「キスして、ウブな相良くんの『混乱に乗じて』、付き合わせちゃったんだね」

 恭子がおかしそうに笑った。

「なんか、『ハニートラップ』みたい」

 

(……うっ、そこまでいうか、キョーコよ)

 

「でも恋には奥手だったあのカナちゃんが、そこまでするとはね~」

「い、いろいろあって、もうなりふり構ってられなかったのよ!」

「ま~確かに、カナちゃん、相良くんへの気持ちいっぱいいっぱいだったもんね」

 うんうん、と納得しきりの恭子。

「それで、当たって砕けろ精神で突撃したんだね?」

「そんな……かっこいいものだったらよかったんだけどね」

「?」

 

(……ここからが本番だ)

 

「……キョーコ。あたしね、実はすっごいチートしたんだ」

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

同時刻。

多摩川、堤防。

 

「……千鳥と交際する以前の話だが、それに近い精神状態に陥ったことはある」

 

 宗介の言葉に、詩織の目が見開いた。

 何があろうとひたすら千鳥かなめに一途なこの相良宗介にも、そんなことがあったなんて。

 

「へぇ、本当に?」

「……肯定だ」

 

 あれは今から少し前のことだ――。

 

 彼には珍しく、宗介は感慨の含んだ声でポツリポツリと語り始めた。

 

「千鳥には……その、中学時代に好意を抱いていた男の先輩がいて……だな。その男と登校中に偶然再会したらしいのだ」

「ほうほう」

 詩織は興味津々といった様子で身を乗り出した。

「その時、千鳥はその男に……なんというか、休日に2人で遊びに行くことに誘われたらしくてな……」

 宗介はより簡単な『デート』という言葉を使いたくなかった。

「その日から千鳥の様子がなにかおかしくなって……俺は彼女が何者かに脅迫でも受けているのではないかと考えた」

 

(ははぁ……さてはあの時ね。かなめの奴、あたしや麻弥に隠れてそんな色気づいたことを)

 

 詩織は友人の秘密を思いがけずに入手し、内心でニンマリした。

 こういうところに『女の仁義』は存在しない。

 

「俺は千鳥を尾行して脅迫者を突き止めようとしたのだが、常磐に強く止められて……常磐は千鳥と男が再会したとき居合わせたらしくて事情を知っていたのだ」

「……」

「今思い返せば、あの時の俺はすでに冷静さを欠いていたのだろう……それで俺の行動に危惧を抱いた常磐が、休日に千鳥と男が遊びに行くことを教えてくれて尾行への同行を申し出てくれたのだ。俺1人だと取り返しのつかないことをしてしまうからと」

 

(……キョーコ、激しくナイス)

 

「常磐には本当に感謝している……遊園地で楽しく過ごす2人を見て俺はますます動揺してしまったから……あの時常磐がいなければ、俺は決定的なミスを犯していただろう」

 

 詩織は、その時の宗介の気持ちを想像して、切なく同情する気持ちなった。

 それは確かに宗介にとって、耐えがたい状況だっただろう。

 誰だって自分が想いを寄せている相手が、他の異性と仲良くしている姿なんて見たくない。

 だからと言って、背を向けてその場を離れることもできない。

 宗介のように恋愛に不慣れな男子ならなおさらだ。

 

「結局、男は千鳥に交際を申し込んだのだが千鳥にその気はなく、俺が心配していたようなことは何もなかった……恥ずべき話だがすべては俺の疑心暗鬼で……」

 

 視線を宗介の横顔から自分の足先に落として、詩織は思った。

 

 ――それは違う。

 

 何もなかったのではない。

 何かはあったのだ……とても重要な何かが、かなめの心の中で。

 その時、かなめの心の中で確かにひとつの想いが見定められたはずなのだ。

 

 中学時代の憧れの先輩よりも、ずっとずっと大切にしたい、大切にしてもらいたい存在がいることが。

 

「つ、つまり何を言いたいのかというと、戦場において疑心暗鬼ほど恐ろしいものはなく、戦友を信じられなくなったらすべては終わりだということだ!」

 

「電話の相手は……君の戦友なのだろう?」

 

「……うん」

 

 その不器用で物騒な言葉に、詩織は素直にうなずいた。

 身持ちの堅いかなめが、なぜ目の前の少年を好きになったのか、その理由が初めてわかった気がした。

 

 彼は自分にとって、宗介にとってのかなめだ。

 このまま嫌いになることも、離れてしまうことも、今はまだ出来ない。

 

「そろそろ行かない?」

 

 詩織は立ち上がると、お尻を払うしぐさをした。

 

「あんまりゆっくりしてると、かなめたちに追いつけなくなっちゃう」

 

「全面的に同意する」

 

 宗介は、早くかなめと2人で歩きたいと思った。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

同時刻。

多摩川、堤防。

 

 

「チートってなにしたの?」

 かなめの口から漏れたその単語に、恭子は引きこまれた。

 チートとは要するにズルのことだ。

 いつでもどこでも直球ど真ん中のかなめが、ズルとはどういうことだろう?

 

 小野寺も何も言わずに、かなめの告白に耳を傾けている。

 

「あたしね……ある人から聞いて、ソースケがあたしのことずっと好きだったこと知ってたんだ」

 

「へ……?」

 拍子抜けする恭子。

「なんだ、そんなことか。もうカナちゃん、おどかさないでよ。そんなことなら学校中の誰だって知ってるよ」

 

「そうじゃないんだ、キョーコ……あたしが言っている『ある人』っていうのは、ソースケ自身なのよ」

 

 かなめの言っていることが一瞬理解できず、頭の中で反すうする恭子。

 出てきた回答は……。

 

「ええと……それってつまり、相良くんの話を『盗み聞き』したってこと?」

「まぁ、それに近いことかな」

 

『ふむ……「出会ったときから」と答えるのが、こういう場合の礼儀なのかもしれないが……たぶん俺が君に恋をしたのは、あの桜の木の下の駅のベンチに座った時だろう』

 

 かなめの耳朶に『あっちの世界』で出会った20歳のソースケの言葉がよみがえる。

 

「だからあたし、あんな蛮勇を奮えたのよ。答えが最初からわかっていたから。絶対に勝てるとわかってた勝負だから」

 

「でも、それってそんなにいけないことなの?」

 恭子には話の趣旨がわからない。

 故意か偶然かはわからないが、宗介の気持ちを知ってしまったかなめが、意を決して自分から行動を起こした――それだけの話ではないのか。

 

「あたしが言いたいのはね、キョーコ。これはあたしだけの特別な戦術で、他の誰にも応用は効かないってことなのよ」

 

「……」

 小野寺の身体が固まった。

 

「それだって、あたしの場合はやむにやまれずな事情があったから勇気を振り絞れたわけで」

「やむにやまれず?」

 

(……だって、ぐずぐずしてたら明日にでもあいつ、お腹を撃たれて大怪我しちゃうかもしれないんだから……もしかしたら、こっちの世界じゃ助からないかもしれないんだから……)

 

「もう1日だって無駄にはしたくなかったの」

 

「「……」」

 

「そうじゃなかったら、あたしだってもっとちゃんと段階を踏みたかったわよ。卒業までの残りの時間を全部使えるんだったら、ちゃんと告白して。ちゃんと付き合って。それからちゃんとキスして。あいつとの関係と気持ちをゆっくり大切に育みたかった」

 

 ――も、もちろん、今の関係にも満足してるわよ。それはとーぜんでしょ。

 

「つ、つまり何を言いたいのかというとね。『絶対に勝てる戦い』でない以上、あえてリスクのある奇襲戦術をとる必要はないということなのよ! 時間的精神的余裕があるなら、もっとこう正攻法で徐々に相手の戦力を削って――う、うはははは!」

 

「なんかカナちゃん、相良くんに似てきたね……夫婦は似てくるとよく言うけれど」

 

(ソースケ~~~! あたしがこんな羞恥プレイを強いられたのは、あんたのせいよ!)

 

 チョビッ……と横目で小野寺の様子を探る、かなめ。

 小野寺はなにやら考え込んでいる様子だった。

 

 ……あたしは、もしかしたら今夜生まれるはずの恭子と小野Dの恋を邪魔してしまったんじゃ。

 ……すべてはあたしの取り越し苦労で、馬に蹴られてなんとやらな人間を演じてしまったんじゃ。

 

「――でも、あたしもカナちゃんの意見に賛成かな。あたしにはきっと、カナちゃんと相良くんみたいな付き合いかたって似合わないと思うし」

 

「そ、そう言ってもえらえると、物凄く気が楽になるっス……」

 

 かなめは、今夜はもうこれ以上一歩も歩けないほどの疲労を感じた……。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

3:10。

多摩川、堤防。

 

「なんか時間たっちゃったね」

 河川敷から堤防のサイクリングロードまで上がってくると、恭子が腕時計を見た。

「もう走らないと、時間までにゴールできないかも」

「え~、もういいよ~、タイムオーバーで」

 途中、偶然居合わせた風を装って合流した向井麻弥が、最初からそんな気はなかったように答える。

「小野Dはどうするの?」

「俺……?」

 恭子に話を振られた小野寺は一瞬考え込んで、

 

「俺は……やっぱり諦めたくねぇ。確かに高校生活はこのあとも続くだろうけど、『夜間歩行』は今夜だけだ。だからせめてこれだけは最後までやりぬきてぇ」

 

 決意のこもった声で言った。

 

「カナちゃんは……」

 

「……」←とてもとても疲労中。

 

「あはは……そんな気力は一欠片もないみたいだね」

 

「――あ、いたいた」

 後方から知っている声が聞こえ、工藤詩織と相良宗介が月明かりの下に姿を現した。

 

「意外と近くにいたのね」

「お~、詩織。あんた先に行ってたんじゃなかったの?」

「ちょっと休憩してたのよ」

「休憩って相良くんと?」

「肯定だ」

 詩織の隣に立つ宗介が、ムッツリ顔でうなずく。

 

(……ちょっと詩織。『休憩』って、あんたまさかあっちの『休憩』じゃないでしょうね?)

 麻弥が詩織だけに聞こえる声で訊ねた。

 普段の詩織なら心配はないが、今夜の詩織は違う。

 そうなれば……確実に1人、最悪2人の死人が出る……修羅場だ。

 

 詩織は含み笑いをもらすだけで何も答えなかった。

 

「よし、全員そろったな! それじゃ行くぞ!」

「行くって、どこに?」

「ゴールに向かって、突き進むんだよ!」

 

 詩織の問いに、闘魂を身にまとった小野寺が即答する。

 

「なんか小野D、暑苦しくない……?」

「暑苦しいのはいつもでしょ……」

 

 詩織と麻弥のひそひそ話を、小野寺が一喝。

 

「うるせえ! とにかく走るぞ! 俺は、俺は今夜、どうしても走らなきゃなんねえんだ! お前らも一緒に来い! 2年4組は不滅だ! 一蓮托生だ! ――行くぞ!」

 

「もうめんどくさ~」

「まぁまぁ、これも思い出作りだよ」

 

 走り出す小野寺に、それでも麻弥と恭子が続く。

 

 行きがけの駄賃(?)に、詩織が灰化しているかなめに近づき、耳元で囁いた。

 

(相良くんってさ。結講、かっこいいね)

 

 ピクッ……、

 

 かなめにバイタルの反応が戻る。

 

「それじゃ、先に行ってるわよ」

 

 詩織が小野寺たちに少し遅れて走りだす。

 

 宗介は所在なさげに、復活の兆しを見せ始めたかなめの側に立ち尽くした。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

3:30。

多摩川、堤防。

 

 少女と少年が、月が傾き掛けた夜の川沿いをトボトボと歩いている。

 

 かなめが前。

 少し遅れて宗介。

 

 まるで出会ったばかりのころのような、2人の距離感。

 

 宗介が遠慮がちに話しかけても、かなめは黙りこくったまま一言も話さない。

 

 このペースでは夜明けてしまう。

 制限時間内にゴールすることも難しくなる。

 

 宗介がかなめのために心配した時、当の本人が立ち止まった。

 

「……ああ、ダメだ。やっぱり許せない」

 

 かなめが、勢いよく宗介を振り返った。

 

「ソースケ、あたしやっぱりあんたのこと許せない!」

 まなじりを決して、かなめが宗介をにらみ付けた。

「小野寺に……俺たちのことを話したことか?」

 うっ……と気迫負けして、宗介が後ずさる。

「そーよ!」

「す、すまない、千鳥。俺もまさかあんなことになろうとは思わなかった。それに君の名誉のために、あれはすべて俺がしたこととして小野寺には話したのだが……」

 しどろもどろになりながらも、謝罪に徹する宗介。

「それがそもそも問題なのよ! それに名誉ってなによ! あたしからあんたにキスしたのが、そんなに恥ずかしいことだと思ってるわけ!? 時代錯誤もいいところよ! そういうのをね、男尊女卑のクソ野郎って言うの!」

 

 いかん……これは非常によくない。

 千鳥がいったんこの興奮状態になってしまったら、もう手がつけられない。

 あとは激しくせっかんされ、その後しばらくの間は無視という、自分が一番こたえる懲罰が待っている……。

 

 しかし……。

 宗介の予想に反して、かなめは手を上げなかった。

 

「あたしがね、ソースケ……怒ってるのは……悲しいのは、あんたがあの時のことを他の人に話しちゃったことよ……。

 あれは、あたし達だけの大切な思い出でしょ……2人だけの宝物でしょ……」

 

「……」

 宗介はうつむいた。

 友情にほだされたとか、恋に悩む級友に同情したとか、そんなことは言い訳にしかならない。

 順安の時のように自分はまた優先順位を間違えてしまった……。

 

「すまない……千鳥。君の言うとおりだ。あれは俺たちの心の中にだけとどめておくべき記憶だった」

 彼女が怒るのはもっともだ……。

 俺自身、最初はそう思っていたのだから……。

 では、なぜ……。

 

「今考えるとあの時の俺は、どこか虚栄心にとらわれていたのかもしれない……。

 君が俺にキスをしてくれた……好きだといってくれた……交際してもいいと言ってくれた……そういったことを小野寺に言いたかった」

 自問から返ってきた答えはそれだった。

「要するに俺は自慢したかったのだと思う……あの『千鳥かなめ』が俺のことを特別に思ってくれていると……そして、そうすることで君を拘束したかったのかもしれない……」

 

「……」

 かなめは、黙って宗介の告白を聞いている。

 

「もちろん、これは俺のエゴなのだが……だからこそ本心でもあるのだろう……」

 

「……ソースケは、あたしがあんたの彼女だって自慢したいの?」

「子供っぽいと思われるかもしれないが……肯定だ。君さえ許してくれるならオープン回線で全世界に向けて自慢したい」

 

「……本当に子供」

 

 かなめはそう言いながらも、肩から力を抜いた。

 

 ソースケは責められない……。

 あたしだって同じ気持ちだから……。

 キョーコにあの話をしたのは、もちろん小野Dの暴走を止めるためだった。

 でも、その下にはもっと自分勝手な、生々しい、生臭い思いも隠れていた。

 もうソースケは、あたしの物だって……。

 あたしだけが触れられる、あたしだけの存在だって……。

 キョーコに話すことで、それをみんなに伝えたかった……。

 既成事実にしたかった……。

 

 結局、みんな同じなのだ。

 恋をすると、人はみなエゴイストになる。

 

「もういいわ」

「許してくれるのか?」

「許すとか、許さないとか、そういうことじゃないって気づいたの」

 かなめは、やっと照れくさげな笑顔を見せた。

「あたしの方こそ、ごめんね。ソースケ」

「君にそう言ってもらえると、本当に助かる」

 宗介は、心底ホッとした。

「では、これで問題はすべて解決したのだな?」

「うん、問題なし」

 

 大きくのびをして、夜空を見上げるかなめ。

 大きく傾いた月の光に、目的地の奥多摩から流れてくる多摩川の川面がキラキラと輝いている。

 クラスメートたちからは大きく遅れてしまったが、これでようやく宗介と2人だけで歩ける。

 制限時間内に目的地にはたどり着けないだろうが、それまでは2人きりだ。

 

 何を話そうか……?

 ううん、何も話さなくていい。

 ただ、ソースケと2人だけで歩けるなら……。

 

「ならば、走るぞ。千鳥」

 

 そんなかなめの乙女チックかつささやかな願いを、宗介が打ち砕いた。

 

「……へ?」

「何を驚いている。このままでは制限時間内に目的地にたどり着けず、俺たちは今夜の訓練から脱落したことになるんだぞ」

 この程度の訓練で落後するなどもっての外だ――とばかりに燃えさかるコンバット精神。

「で、でも、ほら……もう30kmも歩いたし、足も痛いし、せっかく2人切りになれたわけだし、そもそもこれ訓練じゃないし……」

 

 へなへなへな~~~~~……。

 

 かわいそうな、あたし……。

 順案、有明……ほんとあたしとこいつは、ロマンチックな夜とは縁がない……。

 

「千鳥」

「……なによ」

「メリダ島で俺は、『君がいればなんでも出来る気がする』と言ったな」

「……あ~、そういえばそんなこと言ってたような気がするわね」

「ならば、君も俺と同じはずだ」

「……え?」

「君も、俺がいればなんだって出来るはずだ」

「ソ、ソースケ」

 

(こ、こいつ……なんて女殺しな)

 

「千鳥、君のファッキン・スーパー・チャージャーを見せてくれ!」

「これでも乙女よ! ファッキンなんて言うな!」

 スパーン! とハリセンを一閃させると同時に、かなめの身体に活力が甦る。

「――上等じゃない! 見せてあげるわよ、あたしのスーパー・ファッキン・ガッツを!」

 疲れも、足の痛みも、もう気にならない。

 

「行くわよ、ソースケ!」

「了解!」

 

 そして2人は夜の中に走り出す。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

4:00。

多摩川、堤防。

 

 30分も走ると、肌に汗が浮き始め、爽快な気分が訪れた。

 かなめの顔に、笑みが浮かぶ。

 

 ――きた。きたきた、この感覚。

 

 やっぱり走るって気持ちいい!

 

「――おら、がんばれお前ら! これぐらいでヘバッてんじゃねえ!」

「あ、あたしもう無理~」

「あたしも~」

 

 前方に先行していた小野寺たちが見えてきた。

 

「キョーコ! 小野D!」

 かなめが手を振る。

「カ、カナちゃ~ん、あたしもうダメ~」

「キョーコ、がんば! みんなで一緒にゴールしよ!」

「あたしのことは構わず、カナちゃんたちは先に行って~」

「い、以下同文」

 恭子と詩織がグニャグニャした動きで走りながら弱音を吐く。

 

「常磐! 俺たちは仲間だ! 仲間絶対見捨てない! それが2年4組の不文律だ!」

 そんな恭子に、小野寺が手を差し出す。

「お、小野D」

 驚きの表情を浮かべ、恭子が小野寺の手を取る。

「あ、ありがとう」

 

「ほら、風間くん、根性見せなさいよ! そんなことじゃ自衛隊に入れないわよ!」

「ぼ、僕は自衛隊に入隊するつもりなんてないよ~」

「情けないわね~、それでも男子なの。そもそもなんであたしがあんたのお守りをしてるのよ」

 いつの間にか集団に回収されていた風間信二が、向井麻弥に尻を叩かれる。

 

 それからの2時間。

 かなめたちは、へたばっている級友たちを回収しながら、走って、歩いて、また走った。

 みんなヘロヘロになりながら、それでも笑っていた。

 いつもなら白けるくだらないジョークで、大爆笑。

 一緒に走っているだけで笑ってしまう、異様なハイテンション。

 

「頑張れ、戦友! ゴールは近いぞ!」

 

 いつの間にかクラスの先頭に立っていた宗介が後を振り向き叱咤した。

 

「「「「も、問題な~い!」」」」

 

 級友たちが応える。

 

 かなめは……涙が出るくらい、その光景が嬉しかった。

 ソースケと2人だけで歩くのが好き。

 でも、こうやってクラスみんなで走るのも同じくらい好き。

 

 このクラスは――最高よ。

 

 そして――。

 

 2年4組は誰一人欠けることなく、全員が時間内にゴールした。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

6:00

奥多摩、最終目的地のキャンプ場。

 

「お~い、疲れてんだから、早くしろよ~」

「もうヘロヘロだよ~」

「いいから、いいから、みんなシャンとして~」

「常磐、お前デジカメ持つとほんと元気になるよな」

 

 全員が時間内にゴールして。

 2年4組は常盤恭子の発案通り、朝日輝く紅葉を背景にみんなで記念写真。

 

 担任の神楽坂理恵を中心に、

 恭子との距離をほんの少し縮めた小野寺孝太郎がいる。

 恋人への想いを新たにした、工藤詩織がいる。

 疲れ切ってうつらうつらしている向井麻弥がいて、

 その麻弥に寄りかかられ、顔を真っ赤にしている風間信二がいる。

 ムッツリ顔の相良宗介がいて、

 その肩に素直に頭を預けている学級委員の千鳥かなめがいる。

 そして、キャンプ場の係員にシャッターをお願いした恭子が、小野寺の隣にちょこんと入った。

 

 いつか時が流れ、仲間たちと離れる時がきても、この写真を見れば思い出すだろう。

 この『夜間歩行』でクラス全員の胸にあふれた確かな一体感――絆を。

 

 

 陣代高校2年4組。

 

 ――この想い、いつまでも。

 

 

End of Episode.

 

 

 




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