フルメタル・パニック! その後の2人   作:Deetwo

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(2)の続きとなります。

ようやく合流した、宗介、かなめ、レイス、ミラ、アルの5人が、カリオストロ城に忍び込むために色々と悪巧みをします。
元ネタの大怪盗とちがって以前に忍び込んだ経験がないので中々大変です。
ご一読いただければ幸いです。


炎のたからもの (3)

 ミシェル・レモンは、カリオストロの城下町から20kmほど離れたミスリルのアジトで、当惑した表情を浮かべていた。

 昨夜接触したばかりの相良宗介および千鳥かなめの2人と、連絡が取れなくなっていたからだ。

 現在の時刻は、午前10:00。

 城下町に宿泊していた彼らが午前1:13に何者かの襲撃を受けたことは、念のために宿に残しておいた部下から報告を受けていた。

 襲ってきたのは全身を鋼鉄製の甲冑で包んだ黒ずくめの男たちだったらしい。

 宗介とかなめは辛くも窮地を脱して逃亡したが、それっきり行方がわからない。

 

「……」

 

 レモンは、アジトである小屋の窓から外を眺めた。

 この小屋については昨夜のうちに2人に教えてある。

 見晴らしのよい丘の上に建てられた牧羊小屋で、四方どこから近づく者があってもすぐに発見できる。

 食料他の生活必需品や無線機やPCなどの諜報活動に必要な機材が運び込まれており、彼らを迎える用意はできているのだが……。

 

「……『影』か」

 

 レモンは、窓の外を見張りながらポツリと呟いた。

 かつてカリオストロ伯爵の私兵として暗躍した秘密警察にして、凄腕の暗殺集団。

 23年前のインターポールによる強制捜査を端とした政変で解体されたはずだが、所属していた者の多くが拘束される前に姿を消した。

 工作員として訓練を受けた人間は、本能的に危険を察知し身を隠す。顔を変え、名を変え、何年でも、場合によっては人生を終えるまで。

 首領でありカリオストロ伯爵の家令であった男も、当時の混乱の中で行方をくらませたままだった。

 年齢的にとっくに初老の域を過ぎているはずだが、この国に舞い戻ったのだろうか。

 

 どちらにせよ……自分の判断が甘かったことは否定できない。

 逮捕・身柄の拘束という手順を踏まずに、いきなり急襲しての拉致、あるいは殺害という手段に出るとは。

 よほどフランソワーズ殿下の件が外に漏れるのが嫌らしい。

 

(……かなめさんの想像が当たったのかもしれない)

 

 昨夜酒場で聞いた際には、彼女の過酷な体験からくる過剰な反応だと思ったが……。

 自分はかつてレナード・テスタロッサの千鳥かなめへの異常なまでの執着を目にしておきながら、ウィスパードのウィスパードへの渇望というものを見誤っていたのかもしれない。

 

 仮にアルセーヌ・ド・カリオストロの実妹への妄執ともいえる偏愛が、現国家元首であり実母である大公女クラリスの暗殺計画へとつながっているとするなら、ミスリルは動けるのか。

 動けない。

 すべては推論というのもはばかられる妄想だ。

 たとえ千鳥かなめの直感に基づく妄想が、複雑に絡み合った陰謀と愛憎の森を強行突破して真実の扉の前にたどり着いていたとしても、確証がなければ国家の枠を超えて行動するといえども動きようがない。

 そもそもフランソワーズが癌の根治法を発見していたとして、認可もされていない治療法の実施を妨げることが暗殺と言えるのか。病気の治療をめぐる家族間の対立などありふれた話だ。

 

 それとは別に、今も無事でいるとして宗介とかなめの今後の行動も心配だ。

 2人ともフランソワーズ殿下に対して、自分たちの過去を重ねて過度の思い入れを抱いている危険性がある。

 宗介は一見すると冷静沈着な性格に見えるが、その本質は正義感の強い少年かたぎの行動派。長きにわたる戦場経験と自己鍛錬とで自制しているにすぎない。

 かなめに至っては、直情径行という四字熟語が服を着て歩いているような少女だ。

 ともにつらい体験を経て精神的に成長し、抑制が利くようにはなっているが、何事にも悪いタイミングというものがある。

 今回のこれは……マズい。

 

(……早まらないでくれよ、2人とも。こちらがフランソワーズ殿下と接触するまで、間違っても僕たちの敵に回るような真似はしないでくれ)

 

 レモンは窓の外に宗介とかなめの姿が見えることを期待しながら、心の中で呼び掛けた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 レモンが彼らの身を案じていたころ、宗介とかなめはカリオストロ城を見下ろす高台の森に身を潜めていた。

 カリオストロの城は古城にして湖城。

 深い藍色の淡水をたたえる湖に、その威容を静かに誇っている。

 

「……まるで1枚の絵画ね」

 

 その情景を飽きもせずに眺めながら、かなめが呟いた。

 

「……この景色を見られただけでも、この国に来た意味がある」

 

 あの城がかつて、そしておそらくは今も、陰謀うずまく魔窟だとはとても思えない。

 

「……」

 

 かなめは目を閉じ、意識を集中してフランシーヌに呼び掛けてみた。

 心に彼女の姿を思い描き、『オムニ・スフィア』を通して語りかける。

 

 返事はなかった。

 

 かなめは大して落胆もせず、薄いため息を吐いた。

 

(……まぁ、仕方ないわよね。ウィスパード、ウィスパリングと言っても、TAROSがなければしょせんはこんなものよ)

 

 超大規模な演算素子や、人間でいることをやめたくなるような数の高等哺乳類の脳がなければ、携帯電話の代わりも出来やしない。

 それはウィスパードにとって、おそらくは数少ない慰めなのだろう。

 人の身でこれ以上の能力を持ってしまったら、それはもう人以外の何かだ。

 

 かなめは視線を転じて、カリオストロの城を挟んで昨夜自分たちがいた城下町と正対する方角を見た。

 

 石造りの巨大な水門と、その向こうに広がる古代ローマの遺跡。

 23年前の時計塔の大崩落にともない、湖の底から姿を現した代々カリオストロ家に受け継がれてきた秘宝。

 人類の受け継ぐべき遺産。

 

 今は国立の史跡公園に指定され、全世界の人々にあまねく開放された古代の街並みが、陽光に煌めいていた。

 バカンスシーズンだけあって、かなり距離のあるここからでも観光客で賑わっているのが見て取れる。

 

 パンフレットによると、隣接する博物館は30年前の大火で焼失した大公家の館跡に建てられたらしい。

 即位後大公女クラリスは自分が相続した大公家の財産のほとんどを国に寄贈し、それには屋敷跡も含まれていた。

 遺跡から収集された品々を展示する博物館は、今のカリオストロ公国とってローマの史跡と並ぶ重要な外貨獲得源だ。

 

「ソースケ、見てご覧なさい。あれが昨日あたしが言った湖の底から出てきたものよ」

 

 かなめは、かたわらで伏せ撃ちの姿勢で望遠スコープをのぞき込んでいる宗介に言った。

 

「……うむ」

 

 と答えたきり、宗介は顔を上げもしない。

 スコープに映っているのは、もちろんカリオストロ城だ。

 

 理不尽な暴力によって自由を奪われた人々。

 老若男女を問わず、そういった人々を宗介はこれまでに幾人も助け出し、解放してきた。

 もちろん、それが彼に与えられた任務だったからだが、それだけでないのも確かだ。

 彼の人間としての本質が、そういった人々を放っておくことが出来ないのだ。

 まして今回あの城で虜になっているのは、かつてのかなめと同じ境遇の女性かもしれないのである。

 宗介に入れ込むな……という方が無理だった。

 

 かなめもそれがわかっているので、スルーされても怒ったりはしない。

 

「どう? 進入路は見つかった?」

 

「……いや、すごいものだ。レーザーとレーダーの巣だ」

 ようやく宗介がスコープから顔を外した。

 

「いけ好かない城だ。阻止装置が素人にしては大袈裟すぎる」

 いくら国家元首の公邸 兼 私邸とはいえ、ほぼ5mごとに対人レーザーのセントリーガンは異常だ。

 ゴート札の震源地再び――といったところだが、今度は果たして何を隠しているのか。

 実妹の逃亡を防ぐためだけに、あれだけの警備装置は必要ない。

 あれは明らかに、外からの侵入に対する備えだ。

 

「そう、ASがいるわね」

 

 かなめが嘆息した。

 

「後先考えず花嫁強奪――っていうんだったら、あんたとアルとでどうにでもなるんでしょうけど」

「だがそんなことをすれば、俺たちがインターポールに指名手配される」

「ミスリルも敵に回しちゃうでしょうしね」

「肯定だ」

 

 宗介とかなめは、期せずしてレモンと同じ結論に行きついてしまう。

 

「あれだけのお城となると、当然ECCSも設置されてるでしょうし……」

 ECSを作動させたASで隠密理に接近・潜入というのもつらいところだ。

 ECCSの弱点はアクティブ探知で使用者の位置をも暴露してしまうことだが、最初から所在が割れている拠点なら躊躇することなく使える。それも大出力、高性能のものを。

 

「となると……」

 

 かなめは視線を城から徐々に下げていく……。

 

「どちらにしろ、いきなりASは使えん。フランソワーズ殿下と接触して彼女の意思を確認しない限りはな」

 宗介はようやく立ち上がると、服についた草を払った。

 昨夜の襲撃でボロボロになった衣服から、迷彩色の野戦服に着替えている。

 

「そ、そうよね」

 自分たちはやはり入れ込みすぎているのかもしれない。

 フランソワーズ――フランシーヌ自身が、果たして救い出されるのを望んでいるのか、それすらもまだ定かではないのである。

 レーバテインIIでいきなり乗り込んで、

 

『やはりわたしは行けません』

 

 などと言われた日には、自分たちは一夜にして世界最大のお調子者だ。

 なによりもまず、フランシーヌに救出される意思、保護を求める確固たる意思があるかどうか――である。

 もしもそれがなく、迷いがあるなら、アマルガムに……レナード・テスタロッサの虜になっていたときのあたしのように、その時々で救出部隊の足を引っ張ることになる……。

 

 あっちの世界のあたしが現れて、ちょうど1年……。

 あの娘は今、どうしているだろう……。

 やはり、ソースケと離れ離れになってしまったのだろうか……。

 それとも……。

 

「共振を使って呼び掛けてみたけど、返事はなかったわ。やっぱり距離があるし、彼女がいる正確な場所もわからないし」

 

「君は人間だ。そんなに便利には出来てはいない」

「……うん」

 

 こいつときたらあたしが言ってほしいことを、ピンポイントで突いてくる……。

 まったく、かつての朴念仁はどこへやら、だ。

 

 宗介の腰のイリジウム携帯が振動した。

 

 かなめが持てる知識をガッツリ使って魔改造した自慢の品である。

 特製の暗号アルゴリズムは量子コンピューターでもなければ解読は不可能。

 ミスリルを含むCIAやKGBなど世界中のどの諜報組織も、暗号化された通話内容を知ることは出来ない。

 

「……相良だ……少々のトラブルはあったがいつものことだ。問題ない……了解、座標を送る」

 

 宗介が携帯電話を腰に戻すと、かなめに向き直った。

 

「ひとまず、ASは到着したようだ」

 

 別ルートでこの国を目指していたレイスとミラが、アルと共に入国に成功したらしい。

 

「これで役者がそろったってわけね」

 

 かなめが表情を引き締めてうなずいた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

「あきれたな。我々が来る前に、おまえたちはもうそんな騒動を起こしていたのか」

 

 かなめから状況の説明を受けたレイスが、言葉どおりの表情を浮かべた。

 

 元々の彼女は、感情を一切廃し任務の完遂だけを目的とするある意味二流の工作員だったが、アマルガム事件を通じてかなめと知り合い、本来備わっていたはずの人間性を取り戻しつつあった。

 ミスリルのつけたコードネームのとおり千鳥かなめは、ある種の人間たちに『光』と『救い』をもたらす少女なのだ。

 今のレイスには、かつてかなめの護衛任務を解かれ、メリダ島への帰還命令を受けた相良宗介が、生きる目的を失い『ふぬけ』になってしまった理由がよくわかった。

『闇』の中で生きてきた人間が思いがけず『光』を与えられ、そしてその『光』を再び奪われたとしたら……それはこの世界に存在する行為の中で、もっとも残酷な仕打ちだろう。

 

『せっかく一流のエージェントに育ってくれたと思ったら引き抜きだなんて……まぁ、彼女の側こそ君のいるべき場所なのだろうけど』

 

 ミスリルのギャビン・ハンター情報部次長は、辞職願とその理由を述べたレイスをそう言って送り出してくれたのだった。

 

「うははは……レモンさんにも同じことを言われたわ」

 

 かなめが引き攣った顔で、視線をそらす。

 

 米軍仕様の野営用天幕の下に、同じく米軍仕様の折りたたみ式のテーブルが置かれていて、宗介、かなめ、レイス、ミラのチームが、かなめの淹れたコーヒーを手にミーティングに臨んでいた。

 

 4人がいるのはカリオストロ城を見下ろす森の中にポッカリと空いた広場で、少し下れば小川とその小さな源泉まであり、ベースキャンプを張るには理想的な場所だった。

 

 天幕の周りには、簡易ベッドの置かれた複数のテント――宗介&かなめ用とレイス&ミラ用が――張られ、ダッチオーブンの掛けられたたき火や、水の張られた水槽なども設置されている。

 天幕は二つ並べられていて、今宗介たちが座っている隣の天幕には無線機やPCなどが置かれており、燃料を満載した発電機につながれていた。

 

 さすがにこれらの装備を積んできたトレーラーまでは乗り入れることが出来ず、森に侵入できるギリギリの場所に止めてあった。

 そこからは、アルの本体とフィアットを使って運び込んだ。

 

 アルの本体――レーバテインIIは降着姿勢で、広場のすぐ側の森に待機している。

 周辺にはすでに宗介によって動体センサーや暗視カメラ、集音マイクが死角なく設置されており、すべてアルに接続・監視されていた。近づく者があればすぐに警報が発せられ、アル自身はECSを作動させる手はずとなっている。

 

「いやぁ、偶然ってほんとうに恐いすっね……うはははは」

 

 入国早々国家権力に目を付けられてしまった警護対象を、

 

『社長、しっかりしてくれ……』

 

 といった目で、レイスが見た。

 

「でも、そのアルセーヌという王子が、自分の妹のお姫さまと無理やり結婚しようとしているのは本当なんですか?」

 ミラが形のよい眉をひそめた。

「フランシーヌの口から直接きいたわけでもないし、すべては状況証拠からの推論……というか妄想なんだけど、たぶん間違いない」

 自分の表現が矛盾をはらんでいることはわかっていたが、かなめにはそうとしか言い様がない。

「酷い……」

 ミラがうつむく。

 手にしているコーヒーカップの中身は、ほとんど減っていない。

「そのために実のお母さんまで犠牲にするなんて……」

「実の妹とそう言った関係を結ぶとすれば、真っ先に障害となるのは実母の大公女だからな」

「……」

 レイスの言葉に、ミラは気分が悪くなった。

 

 実の妹と結婚するために、実の母を殺害する……。

 なんなのだろう、この異常性は……。

 

 しかも、もしその考えがアルセーヌがウィスパードであることに起因しているのなら、自分も同じなのだ。

 自分の中にもアルセーヌと同じ、異常性……狂気が潜んでいるとするなら……。

 

「だが、まだ犠牲になったわけではない。かなめの考えが正しいとしても今なら食い止めることができる」

「……はい」

 

 宗介の言葉に、ミラはようやく弱々しい笑顔を返した。

 

「しかし……ウィスパードの男というのは同じウィスパードの女に比べて精神的に脆弱なのか? レナード・テスタロッサもそうだったが、ウィスパードの女に対する依存性が逆の場合に比べて強すぎるのではないか?」

 

 レイスの疑問も、もっともではあった。

 彼女がこれまで接してきたウィスパードたち、そのほとんどが女性であったが、千鳥かなめ、テレサ・テスタロッサ、そして久壇未良。

 その誰もがウィスパードの男を追い求めているようには見えなかった。

 彼女たちが揃いも揃って恋をし、思い煩っていたのは、ウィスパードでもなんでもない傭兵の少年で……。

 

「それはウィスパードの男性の特性というより、ウィスパードに生まれついた故の後天的な環境の影響だと思うけど……」

 

 1981年12月24日、グリニッジ標準時11時50分。

 ソ連の秘密実験施設『ヤムスク11』で行われたテレパシー実験――『オムニ・スフィア』への接続実験の失敗により、3分間にわたり世界に放射されたタム波の影響を受けた新生児がウィスパードだ。

 

 しかし、タム波の影響を受けた新生児たちすべてがウィスパードとして覚醒するわけではなく、覚醒するにしてもその年齢に差異があった。

 千鳥かなめがウィスパードの能力に目覚めたのは、17になる年の4月。

 修学旅行中に遭遇したハイジャック事件の最中だった。

 ミラにしても、その数年前である。

 2人とも幼少期はごく普通の家庭で育まれ、周囲の愛情を受けて成長した。

 

 逆に、幼くしてウィスパードの能力に目覚めた個体は、過酷な運命にさらされた。

 無邪気に天才幼児としてTVに出演した男児は、その家族ごと行方不明になった。

 レナードとテレサの兄妹は、密かな家族崩壊の末に彼らを欲する組織によって両親を殺害された。

 

 ウィスパードとしての覚醒が早ければ早いほど、周りの大人たちがギフトと持て囃す高い知能によって、周囲の人間すべてが愚鈍に見えて苛立ちと孤立感を深めていく。

 

 かなめ自身が、あれほど想いを寄せていた宗介に苛立ちをぶつけてしまったほどである。

 

 もし幼少期からずっと側に自分と同じ知能を持つ異性が存在したなら、それに対する執着と依存性はウィスパードであるなら想像に難くない。

 

 レナード・テスタロッサが、一番身近にいた実妹のテレサ・テスタロッサにそう言った感情を抱かなかったのは、彼がソフィアの片腕となるべくウィスパードの中でも特に多く『囁かれた』個体だったからだ。

 彼には自分以外のウィスパードさえすべて愚者に見えた。テッサでさえ庇護すべき愚妹であり、彼の孤独、飢餓感を癒やす対象になり得なかった。

 それはテッサにとって、実の兄から家族たり得ないと思われた絶望の瞬間であり、そして禁忌の罪から逃れられた救いの時でもあったはずだ。

 

「しかし、それならば妹の方も同じ気持ちなのではないか? 相思相愛なら宗教的倫理観や法律上の問題はさておき、我々が口を挟むことではなかろう。インモラルだがそういった例は世間にいくらでもある」

 

「……」

 

 それについても、かなめには思い当たるふしがあった。

 誰にも言っていない、誰にも言えない、ウィスパードについての考察。

 

 彼や彼女たちウィスパードに『囁いて』いたのは、この世界とは別の世界線でソフィアと共振し溶け合った他でもない自分自身。

 その目的は、相良宗介をこの世界に誕生させ、この世界のあたし――千鳥かなめと結ばせること。

 ASやTDD-1などの軍事的ブラックテクノロジーも、ソースケがあたしと出会えるためにこの世界にもたらされた。

 ただの少年兵だったソースケが戦場で一角の存在として認められ、少しでも生き残る可能性が高まるように。使い捨てにされることがないように。

 

 すべての『囁き』には、あたしのソースケへの想いが込められている……。

 それを女性のウィスパードが受け取れば、どうなるか……。

 潜在意識の底の底に刷り込まれる、あいつへの想い……。

 逆に男性のウィスパードならどうか……。

 

 ソースケがウィスパードと良きにつけ悪しきにつけ強く結び付いてしまうのは、そういうことなのではないか。

 

 かつてテッサが宗介をして、

 

『これが偶然なのか、一種の運命なのかはわたしにも分かりません。わたしはこう見えても神を信じています。どんな形であれ神という存在がいるのなら——サガラさん、あなたはわたしたちを救うために、神様がつかわしてくださった救世主なのかもしれませんね』

 

 と表現したのは、当たらずしも遠からずな想いなのかもしれない。

 

 思慕や憎しみさえも、『囁き』に支配されているかもしれないだなんて……。

 そんなことは考えたくないし、そうあってほしくない……。

 

 いや、そうあってはならないのだ、絶対に。

 

 かなめは強く思った。

 

「異性に対する執着は雄の方が強いのよ。生物学的に」

 

「なるほど、もっともだ」

 

 かなめのその場限りの説明に、レイスは宗介を見て妙に納得した表情を浮かべた。

 

「フランシーヌさんを助け出すにしろ、このまま手を引くにしろ、まずは彼女の意思を確認しなければならないのですね」

「そういうことね」

 ミラの言葉に、かなめがうなずく。

「望まぬ結婚を強要されているなら立派な人権侵害だ。彼女を救出する法的根拠にはなる。俺たちは一応PMCに分類される企業だ。誘拐犯にならずにすむ」

「それとて、そのフランソワーズ殿下が依頼してくだされば――の話だろう。相手はただの民間人ではない。一国の姫君だ。スキャンダルは御法度の身分だ。接触できたとしても説得は難しいぞ」

「お母さんの治療の件があるもの。大丈夫よ、きっと」

「……そうなることを期待する」

 宗介とレイスの議論を、かなめが楽観論でまとめ上げた。

 

「こうなると装備Bで来たのは正解でしたね」

 気を取り直した様子で、ミラが言った。

 テクニカルな話題の方がミラも話しやすいし、落ち着く。

 

 装備クラスB――ASを含むフル装備だ。

 かなめの護衛の最初期、宗介たちウルズチームもこれに準ずる装備で任務に就いていた。

 

「これからの練習のつもりだったんだけどね」

 立ち上げたばかりの新会社。

 今後の予行演習を兼ねた簡単な初仕事だったはずだが、あれよあれよ大事になってしまった。

 一国を相手にした要人の救出案件とは……。

 無駄になるのを覚悟で、助っ人も呼んでおいた方がいいかもしれない。

 

「現時点では、レモンさんたちミスリルと接触するのはやめておいた方がいいと思うの」

「そうですね、せめてフランシーヌさんから仕事の依頼を受けるまでは」

 レモンやハンターは信頼できる人間だが、あくまで個人としてだ。

 組織の中にはめ込まれたとき、どこまで自分たちの側にいてくれるか。

 安易に打ち明ければ、彼らを苦しい立場に追い込んでしまう。

 

「とにかく、今のままではあの城に忍び込むことは不可能だ。情報が不足しすぎている。かなめはあの城にハッキングを仕掛けて可能な限りの情報を集めてくれ。特に警備態勢の情報が欲しい」

「まーかせて!」

「レイスは街に出て情報収集を。俺とかなめは面が割れている」

「ふん、素人だからな」

「ミラは、いつでも出られるようにレーバテインIIの整備だ」

「わかりました」

『軍曹殿、わたしは?』

 隣の天幕のPCから、アルの電子音声が響いた。

「ミラの整備が終わり次第、お前は外から光学系やパッシブ系のセンサーであの城を探れ。気取られるなよ」

『お任せください。久しぶりに戦術支援AIとしての本分を尽くせます』

「チェスに負けるAIだがな」

 宗介は全員に役割を割り振った。

 彼自身は、周辺の偵察および、万が一に備えての脱出路の確保。AS以外の機材の点検と整備。食料飲料水の補充その他もろもろの、野営のための雑用一切を受け持つ。

 

「――よし、各自仕事にかかれ。状況開始だ」

 

 どちらにせよ、あれ程の規模の城だ。

 今日の明日で即潜入とはいかないはずだ。

 何日か、あるいは何週間か、ここに居座る覚悟がいるだろう。

 長期戦も視野にいれなければならない。

 

「うーし! 見てなさいよ、裸にひん剥いてやるんだから!」

 

 かなめは腕まくりすると、隣の天幕に移動してPCのキーボードを叩き始めた。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 カリオストロ城への潜入には、ある程度の準備期間を必要とした。

 かなめとレイスというソフト・ハードの両面での情報収集のスペシャリストがいたが、それでも潜入計画の立案には相応の手間暇が掛かる。

 その間、彼らは卒業旅行中の日本人旅行者を装い、実際に森でのキャンプ生活を楽しんでいた。

 

 高校入学直後にKGBに研究素材として拉致され、ミスリルによる救出後も投与された薬物の後遺症に苦しんできたミラにとって、今回の仕事は失ってしまった青春を思いがけず取り戻す旅ともなった。

 元々のミラはテニス部に所属していた活発な少女で、キャンプのようなアウトドアのレクリエーションも大好きだった。

 

 レイスによって変装を施された上で、同じく変装を施された宗介と、古代ローマの遺跡や隣接する博物館の見学にも行ったし、街へ食料や生活必需品の買い出しにも行った。

 社長であるかなめは(一線さえ越えなければ)、ミラが宗介と2人だけで行動することに寛容だった。

 これから同じチームで働いていくのだから当然といえば当然だが、それにしても以前のかなめの嫉妬深さを考えると大変な進歩……というか譲歩だ。

 

 ミラの宗介への思慕の念は、テッサが抱いていた想いほど強くはなかったが、それでも当人が恋と自覚できる程度には明確だった。

 この恋が叶うとは思っていなかったし、また彼女自身にもそのつもりはなかった。

 しかし、それでも宗介といると彼女の心は安らいだ。

 彼女が何よりも欲していた精神的な安定を得ることが出来た。

 数奇な運命の巡り合わせで、自分を救い出してくれた存在。

 

(……すりこまれちゃったのかな、わたし?)

 

 水鳥の雛が孵化して初めて見たものを親鳥と思い込んでしまうように、わたしも相良さんをそんな風に思ってるのかも。

 確かにあの極寒のシベリアで彼の名前を聞いたとき、わたしは生まれ変わった直後だったのかもしれない。

 それまでのすべてが無かったことにされて、人生を一からやり直さなければならなくなった……。

 

「――ミラ、アルの整備は終わったのだろう? これから夕飯を獲りに行くのだが一緒に来るか?」

 

 狩猟用のライフルを手にした宗介が、レーバテインIIの手に腰掛けて物思いに耽っていたミラを誘った。

 

「わ、わたしで、いいんですか?」

 ミラは宗介というより、天幕の下で作業に没頭しているかなめが気になった。

 

「いいわよ~、行っといで~」

 ラップトップPCを睨みながら、かなめが返事だけを寄こす。

 

「……こいつ思ったよりいい腕ね……侮れないわ」

 なにやら、恐い顔でうなっている。

 カリオストロ城へのハッキングは、かなめの腕を持ってしても難航しているようだ。

 

「君もこれからのことを考えて、狩りというものを見ておいた方がいい」

「それじゃ、ご一緒させてください」

 

 学生時代。

 憧れの先輩にちょっと誘われたような感覚に、ミラの心は弾んだ。

 

 宗介の狩りの腕前はやはり玄人だった。

 可愛らしいウサギが仕留められていくのは可哀想だったが……ミラは同時に自分の『生』を感じた。

 あの日以来、どこか心と身体の境界が曖昧になり、夢と現実を行き来しているような毎日が続いていたが、宗介がライフルの引き金を絞り、22口径リムファイア弾が小動物たちの命を奪っていくのを見て、人の本質に立ち返れた気がした。

 

 ああ、生きるって……生きてるって、こういうことだった。

 

 あのウサギが死ななければ、わたしは今夜お腹を空かせたまま眠らなければならない。

 そんなのは……嫌だ。

 

 それはリハビリをしたミスリルの病院でも、ハンターと共に初代レーバテインを建造したアラスカのアンカレッジでも、その後成り行きで身を寄せていたミスリルの研究部でも、見出せなかった感覚だった。

 

「これだけ獲れば今晩の夕食には十分だろう――怖かったのか?」

 

 3羽目のウサギを仕留めたところで宗介は、ミラの血の気の引いた顔に気づき訊ねた。

 ミラは正直にうなずいた。

 宗介の顔に、彼女を誘った後悔がよぎった。

 彼が謝罪の言葉を口にする前に、ミラは笑顔を浮かべた。

 

「でも、それが生きているってことだと思うから」

 

 獲物携えた2人は野営地に戻った。

 

 秋にはまだ早かったが、ウサギはどれも大ぶりだった。

 

 宗介がさすがと言った手際の良さでウサギの皮を剝ぎ、解体していく。

 

「――あとは頼む」

 

 宗介は振り返って、背後で感心した面もちを浮かべていたミラに言った。

 

「え? わたしがですか?」

「うむ、ウサギの煮込みを希望する」

「あ、でも、わたしは……」

 あははは……と両手をふって後ずさるミラ。

 彼女は……料理が苦手だった。

 

「自信がないなら、あたしがやるけど?」

 いつの間にか側に来ていたかなめが、ふっふ~ん、といった表情でミラを見た。

 かなめのその表情に、テニス部時代のミラの負けん気が戻ってきた。

「い、いえ、やります! ぜひ、やらせてください!」

 

 同い年。

 同じウィスパード。

 そして同じ相手に恋した者同士。

 

 なんか……いろいろな意味でこれ以上負けたくない。

 

「大丈夫、大丈夫、味付けはしないでいいんだから。あ、でも臭みを取るためにハーブだけは入れてね」

 

 ソースケが食べる料理を作るときは、味付けは後から個々人がつけることになっている。

 

「りょ、了解です」

 

 塩加減とか、そういうのは気にしなくていいんだもの。

 ジャガイモとニンジンを切って、ウサギの肉と一緒にハーブで煮込むだけ。

 か、簡単よ。

 

 味付けはこの際度外視でいいのだから、問題はやはり火加減だ。

 ミラの明敏な頭脳は、熟慮の末にそう判断した。

 

 くどいほどジャガイモやニンジンに菜箸を刺して、火の通り具合を確かめる。

 

『ミラ、あまり箸を突き刺しすぎると、ジャガイモが蜂の巣になってしまいます』

「あなたは黙ってて!」

 

 頭上からのアルの声にピシャリと言い放つ。

 これは女の戦い(?)なのだから。

 

 やがて……アルプスにほど近い森の日は早く暮れて、辺りには夜の帳(とばり)が下りた。

 ミラの審判の時が来た。

 

「うむ、美味い」

「うんうん、美味しい美味しい」

「確かに、初めてにしてはいける味だ」

 

 宗介、かなめ、レイスの3人は出来たてのシチューを頰張りながら、三者三様に満足げな表情を浮かべた。

 

「そ、そうですか。お代わりは沢山ありますから、どんどん食べてくださいね」

 

 ごくごく平静を保った表情でミラが答える。

 これぐらいいつものこと。慣れている。さも当然。etc。

 

「――あ、ちょっとお水を汲んできますね」

 

 そして飲料水はまだあるというのに水差しを手に立ち上がる。

 

 宗介たちから十分に離れると、

 

「――よしっ!!!」

 

 ミラは本当に短かった高校時代の顔に戻って、思い切りガッツポーズをした。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「――これまでに得られた情報を総合すると、進入路はここしかないと考える」

 

 キャンプに偽装した、森での潜伏生活のちょうど1週間目。

 モスグリーンの天幕の下で、レイスが『カリオストロ城』周辺を映した航空写真の一点を指さした。

 

「湖……水中からですか?」

 簡易テーブルに広げられた資料をのぞき込みながら、ミラが訊ねた。

 不慣れな野営生活だというのに、疲労を見せるどころかどこか生き生きとしているのは若さ故の特権か。

「正確には、湖に水没している古代ローマの水道橋からだ」

 ミラの率直な感想に、レイスが仲の良い妹に浮かべるような微笑を向ける。

 

「23年前のインターポール強制捜査の際、現在遺跡がある場所は水門で閉じられた『上の湖』だったのだが、この水門を塞いでいたのが古い時計塔だった」

 レイスのしなやかな指が航空写真の上をツツッと滑り、水門の一画に止まる。

「この時計塔が崩壊したことで水門が放たれ、湖の水がカリオストロ城のある『下の湖』へと流れ込んだ」

「それで古いローマの街が現れたんですね……ステキ」

 ミラがうっとりと夢想した。

 

 確かにそれは壮大でロマン溢れた光景だっただろう。

 ミラよりもいくぶんガサツな性格のかなめにも、その気持ちは理解できた。

 

「この時計塔は崩壊する以前はカリオストロ城とローマ時代の古い水道橋でつながっていた――これが当時の写真だ」

 

 レイスがもう1枚の航空写真を見せる。

 彼女の言うとおり、確かに今はない古びた時計塔が水門に隣接して建っていて、そこから細い橋状の構造物がカリオストロ城へと伸びている。

 現在古代ローマの遺跡がある場所は、満々とした水をたたえていた。

 

「この水道橋は時計塔の巨大な仕掛けを使って、上の湖からカリオストロ城内に水を引くのに使われていた。水門が開放されたことで下の湖の水位が上がり現在は水没しているが、城内への用水路としては今も使われている」

「時計塔がなくなっちゃっても、水道橋自体が水の中に沈んじゃえば水は引き込めるものね――なるほど、そこから忍び込むってわけね」

 

 かなめが形のよい小さな顎に手を当てて……。

 

 ……いけるかも。

 

 と、呟いた。

 

「レイス、どこでその情報を仕入れた?」

 宗介が当然の疑問を口にした。

 

「蛇の道は蛇……といいたいところだが、例の博物館でミーハーな観光客のふりをして城の話を聞いていたら、自称『世紀の大泥棒』と名乗る酔っぱらいの爺さんに話しかけられてな。その爺さんから仕入れた話だ」

「ちょっとレイス、あんたそれ本気? そんな酔っぱらいの話を信じたの?」

 かなめがナンセンス――と言った顔で思いっきりあきれた。

 仕事に関しては宗介以上にストイックな態度で臨むレイスの言葉とは思えない。

 自称大泥棒の酔っぱらいだなんて、うさん臭いにもほどがある。

 

「いや、この大泥棒が23年前に『カリオストロの城』に忍び込んで、若き日のクラリス姫を助け出したというのは、この国では有名な与太話なのだ」

 わたしだって本当ならこんな話はしたくないのだ――的なレイスの表情と声色。

「それも人によって姫を助けるのは、ジェームズ・ボンドだったり、スティーブン・セガールだったり……その方法も空から大凧で忍び込んだとか、カリオストロ伯爵に化けて正門から堂々と入り込んだとか、自ら首を切り落として亡者となって城の地下墳墓から甦ったとか、とにかく話し手の数だけ侵入方法がある有様でな」

 

「空から大凧って、石川五右衛門じゃあるまいし……」

「? 石川……誰だ、それは?」

「~あとで教えてあげるわよ」

 

「あはは……なんだか居酒屋でのおじさんたちの野球談議みたいですね……酔っぱらいの数だけ名監督あり……みたいな」

 微妙におやじ臭い例えだったが、レイスはミラの意見に全面的に賛同した。

 

「まさにそれだ。ただ他にはこれといった情報も得られていなかったし……それに他の与太話に比べると妙に真実味があるようにも思えたのでな……裏を取ってみたのだが、調べてみればみるほど、どうもこれが当たりを引いたようで……」

 いささかバツ悪げなレイス。

 KGBと並ぶソ連の諜報機関GRUで訓練を受けた生粋の諜報員としては、詳細な分析の末に目標を定めての盗聴や籠絡ならいざ知らず、犬も歩けば……的な今回の成果には忸怩たるものがあるのかもしれない。

 

「気にするな。情報収集の基本は足で稼ぐことだ。お前のやり方は間違ってはいない」

 珍しくレイスを慰める宗介。

 彼は名探偵が快刀乱麻を断つかの如き推理で事件を解決する探偵物よりも、地味で風采の上がらない刑事がコツコツと地道に聞き込みをした結果、犯人の逮捕に結び付く刑事物が好みなのだ。

 かなめにはよく『つまらない』と言われて、チャンネルを変えられるが……。

 

「貴様に慰められると本当に泣きたくなってくる」

 

「かなめの方はどうだ? 殿下が軟禁されている場所はわかったか?」

「……それがね、酷い所よ」

 宗介の問いに、かなめの表情が曇った。

「これじゃ、もう軟禁というより、監禁――幽閉よ」

 

 かなめがマウスを操作して、ラップトップPCに接続された外部液晶モニターに、カリオストロ城の見取り図を表示させる。

 

「ここ、北側の塔の天辺」

 

 マウスカーソルが城の一画にそびえる、『孤塔』とでも表現すべき建築物をポイントした。

 [[rb:人形の家 > ドールハウス]]が細い塔の上に鎮座しているような形をしており、周囲の構造物から完全に独立していて、例えるなら……空中の牢獄だ。

 

「……確かに酷い場所だ」

 宗介がムッツリ顔で呟いた。

 腹の底に澱(おり)のように沈んでいた怒りが、再び頭をもたげている。

 

(かなめといい、ミラといい、なぜこうも……)

 

「……これ、どうやって出入りするんですか?」

 宗介同様、嫌な記憶を呼び覚まされたのだろう、ミラが先ほどと打って変わった沈鬱な表情で訊ねた。

「……塔の部分にエレベーターがあるんですか?」

「そんな物のないわよ。この塔に出入りするには隣接するこの建物から、その都度伸縮する橋を架けるの」

 かなめが硬い表情で、ポインターを移動させる。

「……それじゃ」

「そう、一度この中に入れられたら、自分からは絶対に出られない」

 塔の部屋にも橋を呼ぶためのスイッチはあるだろうが、そんな物が機能しているとは思えない。

「……だから言ったでしょ。幽閉だって」

 かなめの中にも宗介同様の怒りが渦巻いている。

 自分がアマルガムに連れ去られたときでさえ、ここまで酷くはなかった。

「……わたし、レーバテインIIであのお城を滅茶苦茶に壊してやりたいです」

 ミラが震える瞳で液晶モニターの城を見つめた。

 

「必要ならそうする」

 底堅く冷たい声が、宗介の口から漏れた。

 かなめとミラの怒りが、逆に彼を冷静に戻したようだ。

 

「かなめ、セキュリティーはどうなってる?」

「国家元首の官邸だけあって厳重だけど、それだけにあちこちにネットワークがつながってるから、侵入さえ出来ればいくらでもかき乱せるわよ」

「出来るんだな?」

「あたしを誰だと思ってるの」

 かなめが自信ありげに笑った。

 

(……ただ、このファイアウォールを組んだ奴、並じゃない。それどころか超一流だ。これだけの防壁を張れるなんてとても普通の人間とは思えない。もしかしてウィスパード? でもアルセーヌにしてもフランソワーズにしても生化学に強い個体のはず……まさかもう1人ウィスパードがいる?)

 

「ただ、この城のセキュリティー、いざとなったら外部と一切合切遮断して完全な『STAND-ALONE』になるように出来てるの」

 

 理解に苦しむ……といった風に、首をかしげるかなめ。

 

「情報的孤立なんて国をつかさどる元首官邸としたら考えられないことよ。それなのになぜかそれが出来るようになってるの」

 

「不気味だな」

「一国の混乱よりも守らなければならないものがあるのだろう。こんなちっぽけな国でいったいなんだというのだ?」

「まさか、また通貨の偽造を?」

 宗介、レイス、ミラが口々に意見を述べる。

 

「その答えは、ここにあるのかもしれない」

 

 かなめが再びポインターを動かし、城の中央地下の空洞部を指し示した。

 

「ここだけは最初から完全にBLACK BOX。一切の外部的接触が断たれてて、実際に行って確かめてみないことには何があるかわからないわ」

「なんなんです、この広間みたいな場所は?」

「おそらく以前にゴート札の造幣所があった場所だろう。本来は代々カリオストロ家の地下墓所として使われていた場所らしいがな」

 

 博物館で聞いたのだ――とレイスがミラに補足した。

 

「23年前に水没したはずなのだが、水が抜かれて再び利用できるようにしたようだ」

 

「ゴート札の陰謀再びって……ところかしらね」

「ウィスパードが関わっているのだ。その程度ですめばよいのだが」

 かなめの呟きに、宗介がぼそりと答えた。

 かつて1人のウィスパードは、TARTAROSを使った歴史改変とそれに伴う核攻撃とで文字通り世界を滅ぼしかけたのだ。

 小なりとは言え一国の元首の権力があれば、どれだけの陰謀を企てられるか。

「フランシーヌとの接触だけでなく、この場所に何があるかも調べないとならないわね」

「彼女が知っていればいいのだが……いや希望的観測で計画を立案するなど3流のやることだな」

 宗介は自戒すると、話を先に進めた。

 

「アル、お前の方はどうだ?」

『ミズ・チドリの見立て通り、あの城からは全周囲に死角なくECCSでの探知が行われています。ECSを利用しての接近は不可能です』

「水中からは?」

『機体表面に多量の水が付着することにより、城に到達後のECS使用に不具合がでます。目視警戒による発見の危険は82%です。なにより音響探知による警戒システムが存在する可能性が高いです』

「可能性が高い――じゃなくて実際存在してるわ。ソノブイ型のが50以上」

「だろうな……」

 空からもダメ、湖からもダメ……か。

 

 宗介はかなめを見た。

 

「混乱させることはできるけど、映らないように細工するのはここにある機材じゃちょっと無理ね」

「ダミーデータを送り込んで、映ってないように見せかけるのもか?」

「1秒間隔で診断ルーティンが走ってるから、こっちの処理速度が追っつかないのよ。ノイズが少しでも映れば、まともなレーダーマン・ソナーマンならすぐに調べるはずだから」

 お手上げといったしぐさのかなめ。

 いくら彼女でも、シルクハットからハトを出すような真似はできない。

 

『軍曹殿、これは私論なのですが――』

「なんだ、言ってみろ」

『あの城はASによる接近をなにより警戒しているように思えます。レーバテインIIでの隠密接近は相手の術策にはまりに行くようなものかと』

 

 ――火付けと壊しに行くのでしたら、もちろん別ですが。

 

 自他共に認める世界最強のASであるアルが、シレッと最後に付け足した。

 

「今回それは最後の手段だ」

 

(……だが、アルの言うとおりだ。この城の警備態勢は明らかにASによる急襲を念頭に整えられたものだ。たとえば……そうかつてのミスリルによるような)

 

「ここはレイスの案で行くしかないようだ」

 

 宗介は決断を下した。

 

「水没した水道橋を使っての潜入プランを立てる」

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 月光の下。

 蛍が舞う森の泉に、天使の裸身が輝いていた。

 

 深い森の中に現れた、小さな泉。

 舞い踊る小さな輝きと戯れるように、天使の白い裸体が踊る。

 肌を濡らす水滴が月の光に煌めき、幻想的としかいいようのない美しさを醸し出していた。

 

「あんたも一緒に泳ぐ?」

 

 天使が泉の岸辺で自分を見つめる恋人に微笑んだ。

 天使にしては魅惑的で蠱惑的な微笑。

 

 恋人は頭を振った。

 彼は彼女の護衛としてここにいる。

 一緒に泳いでしまっては、その役目が果たせない。

 

 それに……。

 

「君を見つめている方がいい」

 恋人が天使に言った。

 

「あたしの裸なんて見慣れてるでしょ」

 天使が喉の奥でククッと笑った。

 澄んだ泉を冒涜するようで、水着も石鹸も用いていない。

 ただ冷たい清水で身体を清めるだけだ。

 

「見慣れてはいるが見飽きてはいない」

「お~、お~、あの朴念仁が言うようになったわ」

 天使がはしゃいだ。

 

「これが映画なら、あんたも裸になって一緒に泳いで、結局最後はしちゃうんでしょうけどね」

「ロマンチックだな」

「映画にもよるわよ。ある種の映画だとね、キャンプの最中にえっちすると顔にアイスホッケーのマスクをつけた不死身の殺人鬼に襲われるのよ」

 天使らしからぬ、殺伐とした内容の話。

 

「このライフルなら対応できるだろう」

 恋人のかたわらにはバレットM82対物ライフルが置かれている。

 たとえあの暗殺者たちの鋼鉄の鎧でも、このライフルの前にはティッシュペーパー以下だ。

 たとえ不死身のバケモノでも、バラバラに四散させてしまえば無力化できる。

 

「まったそういう物騒なことを」

 天使が泉に潜り、姿を消す。

 それだけで恋人の心には喪失感が広がる。

 自分はただの人間であり、彼女は天上の人。

 結ばれたとは言っても、いつかは別れるときがくるのではないかと不安に苛まれる。

 

 天使がいつの間にか水面に姿を現し、恋人を見つめていた。

 蛍が彼女の美しさを祝福するかのように、儚い命を闇に灯す。

 

「ソースケ」

 天使が恋人の名を呼んだ。

 

「なんだ、かなめ」

 恋人が天使の名前を呼び返す。

 

「きっと帰ってくるんだからね」

 明日の夜、天使の恋人は囚われの姫を救い出すため、仲間の女スパイと共に悪の城に忍び込む。

 

「どんなことがあっても、きっと、絶対帰ってくるんだからね」

 天使の瞳が揺れる。

「あんたが帰ってこなければ、これまでのことも、これからのこともみんな、全部、なんの意味もなくなっちゃうんだから」

 

「もちろんだ」

 恋人がうなずき、そして天使に告げる。

「俺の姫は君だけだからな」

 

「上がるわ。手を貸して」

 天使が岸辺の恋人に近づき、手を伸ばす。

 恋人が手を取り、引っ張り――込まれた。

 

 ずぶ濡れになった恋人を、裸身の天使が抱擁する。

 

「殺人鬼が来るぞ」

 悪戯な天使に、苦笑する恋人。

 

「ライフルがあるんでしょ?」

 天使が耳元で囁く。

 

「手元になければ、意味がない」

「それなら……怖い人が来る前にすませちゃいましょ」

 

 月蛍の泉で、天使と恋人の影が重なり、溶け合った。

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 青・白・青の縦縞の中央に、盾のフィールドに描かれた山羊の紋章。

 カリオストロ公国の国旗がはためく、国境の検問所。

 1台のレンタカーが停車し、運転席の女性が2冊のパスポートを見せる。

 黒い女豹を思わせる、サングラスを掛けたしなやかな東洋系の美女。

 助手席の長いブロンドの美青年が、にこやかに笑っている。

 アメリカ人の夫婦のようだ。

 

「サイトシーン?」

 

 検問所の衛士が訛のあるイングリッシュで訊ねた。

 

「No」

 

 女がサングラスを外す。

 

「Combat!」

 

 

……to be continued

 

 

 




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