東方神鬼録 作:月と風
静かな森だった。
僕は日本の象徴、富士山の山麓に広がる青木ヶ原樹海を
なにも持たずに歩いていた。
そう、僕はここで死のうとしている。
理由は、この世に必要とされていない能力を持っているからだ。
僕は吸血鬼。名前はとうの昔に捨てた。
吸血鬼は、100年以上前に人間との争いに敗北して以来、二つの血筋で争い合うなどして、ほぼ絶滅した。
僕はその生き残りだ。
普通の吸血鬼なら、その身体能力を生かして病院から輸血パックを盗むなどして生きていっている奴もいると聞くが、僕は小指に宿った奴によって、人間の血を求めるただの害悪生物になってしまった。
―だから、死ぬのだ。
何時間歩いただろう。
僕はもう体が限界に来ていることを悟った。
これ以上血を飲みたい衝動を抑えていると、人間を襲う本当の吸血鬼になってしまう。
富士山が見える小さな丘の上に座り込んで僕は溜息をついた。
もともとヨーロッパにいた僕は人間達に追い出され、50年間世界を放浪し続けた。その頃には国際的に目をつけられていた僕はどの国に行っても丁重にもてなされた上、出国を勧告され、拒否しようとしても、吸血鬼の苦手なもので脅され、出国せざるを得なかった。
ここ、日本には3ヶ月前に来たのだが、その時点で限界は近いということがわかっていた、はずだった。
それでも日本という国に期待し、こんな吸血鬼でも匿ってくれる家があると信じていた自分が馬鹿だった。
誰も匿ってくれるはずはなく、初めて出国勧告を無視して国内逃げ続けた僕に待っていた末路がこれだった。
どの街に行っても人は避難しており、国内全体に警戒命令が出ていることを知った僕は、自分に絶望し、今ここに至っている。
立ち上がる気力も失せ、草むらに座り込んだ僕は、
ヨーロッパにおいてきた妹を思っていた。
妹には僕のような害悪な能力はなく、普通に過ごしていれば、今も生きているはずだ。
しかし、僕が逃避行をすると言った時に、私も行く、と
泣いていた妹を思うと、きちんと生活しているのか不安になる。ショックで人を襲ったりすることは、あの優しい妹のことだからないとは思うが、それでも心配している自分がいた。
っと、そろそろ時間だな。
目の前がだんだん暗くなっていく。
最後の気力は、気を抜けば暴走しそうな小指の奴を押さえるために使い果たした。
でもこれで小指の奴も消える。遥か昔の吸血鬼の怨念など、いまだに残っている方がおかしいのだ。
なんとかこの死を正当化しようとしても努めて見たが、残ったのは、自分の人生に対するどうしようもない空虚さだった。
最後に妹の顔を思い浮かべた僕は、闇に飲み込まれていった。
それと同じ頃、一人の少女が首吊り自殺した。
その少女は、学校で激しいいじめを受けていた。
その少女のあだ名は吸血鬼、だった。