生き返った俺は次に死なないためにどうすべきか、それを考える。
……違うな。俺は生き返ったのではない。死ぬ前に戻ったのだ。このまま同じように振舞っていけば、同じ運命が待っているだろう。 鮮明に覚えているあの赤毛のメイド……ルプスレギナと言ったか。人外の美の持ち主……そして中身も人じゃあない。
嬉しそうに楽しそうに俺様を痛ぶり弄んだ女……。
指を一本ずつ斬り落とされ、泣き叫ぶ俺様をニヤニヤしながら見ていたあの目、あの顔……忘れられるものか。
「指痛いっすか? なら、指痛くなくしてあげるっすよ」
回復させて、安心させてから今度は手首を斬りやがった。なんてやつだ。許せん……。だが、二度とごめんだ。
復活のバルブロ……俺が二度とあんな目にあわず、そして死なないために奇跡が起きたのだ。今後生き抜くためにはどうするかが大切だ。
「絶対にやってはいけないことを考えないとな」
まず、あの
「……王族たる俺の矜恃など、価値はない。それに王族であることすら無価値だった……」
俺は第一王子。普通なら捕虜にして交換材料とするが、俺は逆鱗に触れたのだろう……ひどい拷問をされた上で殺されたのだ。あの赤毛は忘れられん。……あまりの恐怖で思わず思考がループしてしまうな。
とにかくあの方と戦ってしまうと必ず死ぬと考えた方がいい。まず、絶対にあのタイミングでカルネ村に行ってはいけない。確実に死ぬ。
では、死なないためにはどうすればいい?
俺はどうすべきか、腕組みをしてずっと考えていただが、いいアイデアは浮かばない。
「まず信頼できる仲間を作るべきか……」
そう考える。確かに義父殿は心強い味方ではあるがやや筋力思考だ。戦場でも強いには強いが、押せ! 進め! 行け! しか指示をしていないような気がする。……簡単に言えば、軍師とか策士ではない。そうなるとこのようなケースにおいては役に立たないであろう。
相談したところで、笑い飛ばされ、進め! 恐れるな! と言われそうだ。
それではなんにもならん!
「……意外と難しいもんだなぁ……」
アインズ・ウール・ゴウンとカルネ村が繋がっている。
そこを突いてみてはどうか。
だが、俺は前回それで失敗をしている、そう迂闊にも攻め込んでしまったことで、大失敗をしているのだ。あのゴブリンの軍勢といい、オーガといい、あの村はとてつもない戦力を持っている。
考えたくはないが、下手をすれば王国全軍をもってしても勝てない可能性がある。最初に出てきたゴブリンはともかく、後から出てきたゴブリンの大軍は異常な強さだった。赤帽子は特にな。
ならば、正面から攻めてはいけない、搦手から……否、戦い自体を避けるべきなのだろうな。
あの後王国軍がどうなったのか……俺はそこを知らない。なにしろ死んだし。
だが、あれほどの軍勢をたかだか一つの村に配せるアインズ・ウール・ゴウンが相手なのだ、無事に済むわけがない、おそらく大惨事が起きたのではないだろうか。今まで、見たことがない魔法で、数万……過去最大の犠牲を出したかもしれん。
何しろ直接戦ったわけでもなく、ただ単に庇護している村と戦っただけであれだけの被害が出るのだぞ? 直接戦場に本人がいるカッツェ平野……そこでの戦いがどのような結果になったかは推して知るべきだろう。おそらく目を覆うような大惨事……!! そういうことか。
「……なるほどな。力の違いを見せつけるということか。力なき者は圧倒的強者には逆らおうとは、しない……」
俺がまさにそうだ。もし、生きて戻っていたら、エ・ランテル割譲に反対はしなかっただろうから。もちろん、今でもしないぞ!
「……それを前提にわかっていることを並べるか」
その方か早いかもしれない。しかし、俺はこんなに頭が回ったか? ショックで隠されていた力が解放されたのかもしれんな。
さて、まとめてみよう。
アインズ・ウール・ゴウンは、まず間違いなく大大大……大魔法使いだと推測される。逆らってはいけない。逆らえば死ぬだろうし、戦争すればエ・ランテル近郊を明け渡したくなるほどの被害が出るはず。ガゼフの話を信じておくべきだった。
「……恐ろしい……」
カルネ村は、アインズ・ウール・ゴウンへの恩義があり忠義に似たものがある。それは王子である俺と戦うという選択肢を選んだことでハッキリとわかる。庇護下にあるのだから手を出してはいけない。
あの赤毛メイド、ルプスレギナ……は〈
あれはかなり高位魔法だろうな。……あいつが連れてきた赤い帽子のゴブリンは異常な強さ。たぶん、ガセフよりヤバい。そして、赤帽子がいたあのゴブリン軍団は魔法すら使う。
「赤帽子……と魔法か。そうだなぁ、魔法を知るというのは一つの方法かもしれんな」
少なくともあのメイドは魔法を使っていた。それがどれぐらいのものかも知ればあるいは……。
ではどうすればいいか……あいにく今まで俺は魔法というものも完全にバカにしていた。あんなものたいしたことない。武力で倒せると。
今までも帝国との戦争において魔法使いが出てきたことがなかった。帝国の宮廷魔術師フルーザー・パラダイム? とかいったか? あいつが出てくることもなかった。
だから我々は魔法を軽視していたのだ。しかし魔法というものは恐るべきものである……それを、ゴブリンごときから知ることになるとは屈辱だ……。だが、多くの貴族は未だ魔法を軽視している。このままだと戦争は止められないな。
しかし、人間の強さもピンキリだが、ゴブリンもそうだと思い知らされたな。……せっかく学ぶことができたのだ。ならば、それを活かさない手はないだろう。
よし、魔法の使い手を呼び出し……って誰がいるのかわからん。
うーん、知識があるとすれば、………………冒険者だ! 伝手はないが、俺が呼び出せば参上する……とは限らないな。冒険者組合は国家には属さない。
となると、確かラナーと蒼の薔薇のリーダーが懇意にしていたはずだな。そこを辿ってみるか。そもそもあの美人は貴族の娘だからな。融通はきくのではないか。
まずはあのラナーを俺の味方にするか。クライムとの仲を公認するというのはどうか。
◇◇◇
「お兄様、お呼びでしょうか」
俺の妹、第三王女のラナーだ。見た目はこの国一番の美人だ。
「きたかラナー。元気そうでなによりだ」
確か記憶では、一時期こいつはものすごく元気がなかったはずだ。だいぶ前の記憶だが。
それが良くなったのはあの平民クライムがあいつのそばに来てからだと思う。それからあいつは元気になった。それ以降ずっとクライムを側に置いている。
それはつまりそういうことなのではないだろうか。
なぜこないだまで気が付かなかったのか不思議だった。考えれば考えるほど、その可能性が高まっていく……これは使えるのではないだろうか。しかし、俺はなんだか冴えているな……。
「ありがとうございます、お兄様。お兄様が国の為に頑張ってくださるから、私は元気でいられるのですわ」
「……世辞が上手いな。だが、悪い気はせん。では、茶を入れてやろう」
俺は今までにやったことがないことを言ってみた。どういう反応をするだろうかとちょっと確かめたいと思ったからだが。
「まあ、お兄様が!?」
うん、すごくびっくりされた。まぁ、そりゃそうだろうな……俺だってびっくりしてるわ!
だが、今までと変えるなら普段と違うことをしてみるというのはどうだろうかと思ってな。
もちろん茶の入れ方など俺は知らんぞ?
まあ、ポットに適当にチャボを入れて、適当な量のお湯を入れて、適当な時間待って適当な量をとぽとぽとカップに入れれりゃいいんじゃねえか? 間違ってないよな!
おい、チャボを入れてどうする!
入れるのは茶葉だよ茶葉。まぁ渋くなけりゃいいだろう、確か三分ぐらい待つんだよな。きっとそれぐらい待てばよいのだ。うん、そうだ。きっとそうだ。
おっ砂時計があったわ! 確かこれをひっくり返せばいいんじゃね。
俺は表情一つ変えずに茶をいれた。
「いただきます。お兄様がいれてくださるなんて、感激ですわ」
「愛する妹のためだからな」
「まあ、お兄様からそんな言葉が聞けるなんて驚きました」
ああ、俺も驚いたさ、こんなことを言う日が来るとはなぁ……。
「あら、美味しいですわ。茶葉の量と湯量、時間が完璧です。さすがお兄様はなんでも出来るのですね」
「魔法はできんし、俺は出来ないことの方が多いさ。色々助けてもらわんと王にはなれないのでな」
……俺、こんなやつだっけ?
「まあ、お兄様。素晴らしいお考えですわ」
「そうか。俺はお前にも力になって貰いたい。お前のクライムとともにな」
「!? ……お兄様それはどういう意味です?」
「ラナー。俺はお前の兄だ。だから長いことお前を見ていてな……気づいたんだよ。お前はクライムを愛しているのではないかと。だから、俺はお前を応援しようと思っていてな……」
「ありがとうございますお兄様……。私がクライムを愛していることに気づいたのは、お兄様が初めてですわ」
ラナーの笑顔は美しい。本当は政略結婚させるつもりだったが、ロクなのがいないからな。想いを叶えてやりたいと思ってしまうな。
「そうか。姫と従者の秘められた恋というわけか。愛は太陽よりも燃え盛り、炎のように止められない情熱ってわけだな。ふふ……本が一冊かけそうだな」
「お兄様……意外と詩的なのですね。驚きました」
俺も驚いておるわ。まさか、俺の頭脳にこんな要素があったとは。死を経験して、変化したのか??
「ラナー、俺は王となる。そしてお前のクライムを貴族にして、お前を降嫁させてやる。そう決めたぞ!」
「お兄様! それは反発が……」
「ラナーよ。俺は、派閥をまとめて、国を良くするのだ、そのためならば、どんなことでもやるぞ。反発するならそれを消せば良いのだ」
「お兄様……だ……少し変わられましたね」
いや、変わるだろ! あんな拷問二度とゴメンだっ!!
「俺はなラナー。憂いているのだ。国を、身分違いの恋をしているお前を。そして傀儡にされそうになっていた情けない自分自身を」
「お兄様……ラナーはお兄様の力になれませぬか?」
「お前がいてくれることが、力になる。……まるで恋人にいいそうなセリフだな。だとしたらクライムが嫉妬するかな?」
俺は苦笑する。なんだこのセリフは。
「まあ、お兄様ったら」
「……ラナー、力を貸してくれ。俺は魔法について教えて貰いたいのだが、お前の知り合いに頼んではもらえぬか?」
「お兄様のためなら、喜んで」
ラナーはそう微笑み、ラキュースを呼んでくれると約束してくれた。
これで、なんとかいい方向へいきそうだ。
◇◇◇
「アルベド様にご報告を。バルブロ兄様の様子がおかしい。あまりにもおかし過ぎます。何か異変を察知しているのかもしれません。目を離さないようにして下さるようお願いしてください」
ラナーは、自分の影に向かって呟く。
「バルブロお兄様。クライムへの気持ちを気づくとは……わからないものね。計画の邪魔はしないでね……お兄様」
バルブロは知らない。ラナーこそが黒幕であることを。
〇補足 バルブロの"かしこさ"ついて
バルブロのくせに頭が切れる。こんなに賢い? と思われた方いらっしゃるかと。
本作においては、バルブロは死にかけては、ヒールされて拷問を受け続けました。死にかけるほどの経験を何度も受けた……と判断されています。
その時の記憶、経験を持って彼は時を戻っていますので、なんとレベルが上がっています。
頭が冴えたのはそのせい。かしこさが、4しかなかったのが、20をこえて命令を理解できるようになったような感じだと思ってください。
かなり賢くなった……はず?