俺はアインズ・ウール・ゴウンへの礼をするべきだと父親である国王に話した。正直なところ完全に機は逸している。ガゼフが救われたのはかなり前の話なのだから。
だが、帝国から宣戦布告されたら我々は終わりだ。あのアインズ・ウール・ゴウンが敵に回ってしまうのだ。そうなると俺も死んでしまう可能性がある。……いやその可能性が高い気がするのだ。
俺はあのタイミングでカルネに行かなければ死なないわけではない。例えば最初の望み通りにカッツェ平野へ赴けば、アインズ・ウール・ゴウン本人にやられて死ぬ気がするし、王都に残ってもダメな気がする。普通に殺される気がしてならない。そう暗殺……ありえる話だ。
なぜ俺がこんなことを考えているかというと、一つ大事なことを思い出したのだ。なぜ最初から思い出せなかったのか不思議だが、きっとあの玩具にされた時間のせいだろう。
「アインズ・ウール・ゴウン様の計画にあなたは必要ないだけ。だから殺す」
あの赤毛のサディスメイド──これはあいつのために俺が作った言葉だ──は、そう言っていた。どんな計画かは知らないが、俺は必要がないと言われた。……もしかしたら俺は無駄な努力をしているのかもしれない。どんなに頑張っても、「必要ないだけ。だから殺す」と言われてしまうのかもしれん。
このまま何もしなければ殺されてしまうのだ。だから俺はせめて必要と認識されるように足掻くしかないのだが、なにしろ俺は第一王子だ。正当な理由なしに王都から動けはしないのだ。
……面倒なことだが。だから俺はこの話を出した。ここにいる連中は誰も知らないが、絶対に宣戦布告前に接触しなければならない。 もう一度言っておくが、宣戦布告は死を意味する。とにかくその前にこちらから出向く……いや、お伺いする必要があるのだ。
戦士長らを救ってもらった礼を述べるためというのは俺が動く大義名分としては十分だろう。というより、他にない!
「王の直属の部下である王国戦士長ガゼフ・ストロノーフらを救ってもらっているのだぞ? その礼をするべきではないのか! たしかに悪魔騒動などで機を逸してしまったが、それが礼をしない理由になるのかっ! 違うだろう? だからこそ王族である私が父の名代として出るべきなのだ。王国戦士長は貴族ではないが、国王の剣とまで呼ばれる忠義の臣であり、代わりとなるものはおらぬのだぞ。 誰ぞ代わりができるのか?」
俺はらしくもなく熱弁を奮ったのだ。
貴族連中は急に何をという顔をしており、それは父王も同じだったようだが、父だけはどことなく嬉しそうであった。
だが、俺はそんなことを気にしてる余裕はない。何しろこの訪問がうまくいくかどうかに俺の命と王国の未来がかかっているのだから。
「第一、礼をすると言っても、相手は所詮旅の手品師でしょう? 相手がどこにいるかもわからないのでは、礼のしようがないのではないのか」
当然の疑問が帰ってきたんだが、それに対する答えは俺は持っている。それにしても手品師か……やれやれだな。
「俺の調べによると、どうやらアインズ・ウール・ゴウンと親密な関係を築いている場所があるらしい。俺はそこに戦士長を伴って、王の名代としていこうと思う」
そう答えてやった。……調べてはいないけどな。調べようとして俺は逆鱗に触れて殺されたが、ただの村ではないし関係が深いのも俺は知っている。
「なぜ王子がそんなことをするのか!」
「そうだ! 礼をするなら、こちらに呼びつけるべきではないのか!!」
貴族のバカ共から当然のように疑問の声が上がった。いや、抗議の声というべきだろうか。こいつらは先程の話を聞いていなかったのか……。まあ、調べたという話をスルーされたのは幸いだ。
だいたいこいつらは基本俺たち王族が何かをしようとする時に反対することしか知らない。特に貴族派閥の連中はそうだ。
まぁ、その貴族派閥のトップが俺の義父である、ボウロロープ侯なのだがな。たしかに俺を支持してはいるが、傀儡にしようとしていたことは今ならわかる。
とにかく誰もわかっちゃくれないが、本当にこれはヤバイのだ。
これは国家存亡の危機だ。貴族派閥だとか王派閥だとかは関係ない。これを失敗すると結果的に全ての者が大打撃を被ることは間違いないのだぞ。
「バルブロよ、よくぞ申した。戦士長を救ってもらった礼はいずれはしたいと思っていた。もしそれが叶うのであれば、この機会に礼をしておこう」
決断力にかける父ではあるが、悪魔騒動で発言力が増した分、しっかりと意見を言うようになったな。だいたい今までが弱腰すぎたのだ。
「ですが、第一王子自ら相手の元に訪問していくなどありえません」
ボウロロープの発言に、取り巻き連中から、そうだそうだとの声があがる。
こいつら本当に無能だな。貴族のメンツしか考えていない。そんなものでは何も守れないのだよっ!
俺はそれをよく知っている。ああ、よく知ってるとも。ふふ……右腕を切られ、左腕を切られ、無理やり回復させられて、更にまた切られ……それを繰り返されたんだぞ。思い出すだけで腕に激痛が走る錯覚を覚える……まだこの体では味わっていないはずなのにな。これがトラマナってやつか……なんか違う気がするがまあよい。
「いや、違うな。貴様らは大きな勘違いをしている。この俺、第一王子バルブロ様自らが赴くことが、最大の誠意を示すことができるのだよ。まあ、王が出向くのが最上なのだが、それは無理があるからな。だから俺なのだ。……まったく、どいつもこいつも貴族のメンツだとか誇り云々と体面ばかり考えおって! お前たちは相手のために! とかそのように考えることはできないのか! この愚か者どもが! 貴様らは愚物かっ!」
俺は怒鳴り散らしてやった。
場がシーンとなる。ありえないものを見るような目で見るなっ!
わかっておるわ。本当に俺らしくないセリフだと自分でも思っているのだからな。
「らしくないか? だが、リーダーたるもの立場に驕ってはならないのだ。魔法を使える相手、しかも戦士長が敵わない相手を倒す力があるのだ。その力が貴様らに向けられたらどうするつもりだ?」
こないだまでの俺だったら間違いなく、そんな礼などする必要などないと言っていただろう。
そして、もし礼をする必要があれば呼びつけるべきだ。なんでこないのか、無礼ではないのかと俺は言っていただろうな。
「確かに王子の言うことには一理ございます。こちらから向かうということで、王家の感謝を示し、なおかつ王の名代として第一王子であるバルブロ殿下が下向なされるというのは、最大の誠意を示すことになるのではないでしょうか」
やはりというべきか、これには乗ってきたのは、レエブンであった。話に乗ってくるのであれば、彼しかいないだろうとは思っていたが、やはりそうだったか。
「戦士長が敬意を表すアインズ・ウール・ゴウン。たった二人で、戦士長が殺されかけた陽光聖典を追い払ったという大
レエブンが口を出してくれば、話の趨勢は決まったも同然だ。
「レエブン侯がそういうのであれば、仕方ありませんな。確かに国としても礼を述べる必要はありますから」
ボウロロープが同意を述べ、あとは堰を切ったように全員が賛成を述べる。
ほらな?
「うむ。では、今回はバルブロの提案を採用するとしよう。贈り物を考え吉日を持って出立できるように進めよ。バルブロ、本当にお前がいくのか?」
「もちろんです。父上の名代を立派に務めてみせましょう。護衛はガゼフ・ストロノーフのみで構いません」
「さすがに、それは……私も同行いたしましょう」
レエブンがでしゃばってきやがったか。何を考えている。……こいつは例の悪魔騒動以来親ザナック派の急先鋒だ。ザナックはただレエブンの兵を借りて巡回しただけだというのに見た目とのギャップもあって名を上げた。
俺には手持ちの兵はない。いればあんなチンチクリンに手柄なぞ譲っていないわ。
「レエブン、貴様はこの件には関わりあるまい。直属の戦士団を救われた件でこの俺が名代として赴くのだぞ」
「しかし、万が一のことがあってはなりません。エ・ランテル周辺は三国の国境付近であり、間者が多数潜伏しているはず。アンデッド騒動もありましたし、殿下が行かれるにはいささか危険かと」
もっともな意見だ。感情でものを言う他の貴族連中とはやはり出来が違うな。
非常に知性的だ、こいつを宰相にすれば、国は良くなるのではないだろうか。
「万が一か……だが、その方がお前にとっては都合がいいのではないのかな?」
俺は意地悪く言ってみた。お前ザナック派だろう? という意味である。
「ご、ご冗談を。そんなはずはございません。バルブロ殿下は国にとって大事な存在でございます。おたわむれを」
レエブンが俺の言わんとすることを察しているのは明らかだ。まあ、やつが
「どうだかな。まあ、りーたんのためにも、お前は頑張らないとならんのだろう。それにお前は冒険者にも伝手があったなぁ。連れていってやる代わりに頼みたいことがある」
奴は息子を溺愛しているらしい。頑張る意味を良い意味で持っているというのは正直羨ましいな。新しい命を守りたくなるのはわかる。
なにしろ俺自身、今は新しい命なのだから。俺は何のために戻ってきたのか。生まれてきた意味を考えてしまうな。
生まれてなければ、生きてる意味など迷わなかった……誰かがそんなことを言っていた気がする。どちらにせよ、開けてはいけない扉はあるよな。それを俺は開けてしまって死んだのだ。だが、今は生きている。
俺は生き延びることができるのか。
◇◇◇
「バルブロお兄様が?」
なぜ、今になって戦士長救出の礼などをする気になったのかしら……。今更すぎるけれども、口実としてはこれしかない。王位継承候補であるバルブロお兄様が下向するには大義名分が必要なのはわかるけど。
「いったいどうしたのかしらね。クライムは何か思うところはあるかしら?」
私の可愛い忠犬に声をかけてあげる。あの愛くるしい瞳で、私を見ながら答えを慎重に考えているのが、いいのよね。
「はっ。私が考えますにバルブロ殿下は、何かしらきっかけを得て、成長されたのかと。最近は以前のような……ごう……王子という地位による圧……をかけることはなく、わがま……いやご自身の意見をぶつけることもなくなったとか。メイド達にも優しく接しておられるらしく、評判がすこぶるよくなっておられます」
あらあら、そんなに気をつかわなくてもいいのに。
「あらまあ。あのお兄様がねぇ」
もちろんこの程度のことなど私は知っているのだけど。
「それだけではありません。先日などは、私とお手合わせを御所望なされ、三度ほど手合わせをいたしました」
なにそれ、知らないけど? クライムとお兄様の秘密手合わせ? お兄様っ! 私のクライムに怪我をさせたりしたら、許しませんよ!
「まあ、そんなことが? びっくりしました。怪我はありませんでした?」
「いえ……その……」
え、クライム怪我したの? バルブローっ! 殺す殺す殺す……。
「王子が怪我をされまして……私は無傷でしたが……でも殿下は笑っておられました。"妹を守ってくれ。より精進しろよ。またやろうと……"」
「ああ、そうだったのね。それにしてもお兄様……どうされたのかしら。頭でも打ったのかしら~」
おかしい。理解できない……いったいなんなのかしら。お兄様の思考が読めないなんて、ありえないわね。