「ここまでは順調だが……」
俺はガゼフ・ストロノーフを護衛に借り受けることに成功し、そしてレエブンを随伴役として従え王家直轄領である城塞都市エ・ランテルへ向かった。目的地であるカルネ村はエ・ランテルから二日かからない距離にある。王都からの距離を考えると日程的にはギリギリだろうか。
なるべく急ぎながら進んでいることもあって毎日都市や町などに宿泊するのは難しい。今日は野営することになった。夜になると気温は下がり、少し肌寒さを感じるがまだ過ごせるレベルだ。前にカルネ村へ向かった時は寒かったなぁ……。
それにしても、街道の整備が行き届いていないな。これは課題だぞ?
「バルブロ殿下、此の度は進言ありがとうございます。私としても、もう一度かの御仁に礼を申したいと思っておりましたので、非常にありがたいです。ありがとうございます」
ガゼフはそう言って頭を下げてきた、まぁ以前はこいつを平民平民……平民だとバカにしていたが、こいつは気持ちのいい奴だな。今ならばそう思える。
しかし何回も言ってるような気もするが、俺はこんな考えをする人間だっただろうか。やはり人は死を経験すると変わるものである……などとしみじみと言ってるが、どちらかと言えば俺の場合はあの拷問が問題だと思うんだ。
草原に響くのは俺の悲鳴とあいつの笑い声だけ。周りをゴブリンに囲まれていたが、あいつらは醜い顔で、無言で俺を眺めていたな……。
あれで、いやというほど今までの自分の愚行を省みたし、身分など飾りに過ぎない、守ってはくれないと思い知らされた。
「所詮、人間っすよね? なんか違うんすか? 私たちからすれば等しく価値がないっす」
あのサディスメイド……いや、アインズ・ウール・ゴウンにとってはそういう価値観なのだろうな。身分関係なくそう扱われた。
しかし、あんな酷い拷問をやられて気持ちが変わらない人間などいないと俺は思っている。
嘘だと思うのなら、是非機会があれば何人かで試してみてほしい。"拷問を受けて人格に影響受けない人などいない説"この説は間違いなく正しいはずだぞ。
「気にするな。お前は我が国に必要だ。だからこそ、救ってもらったことに対して、王家として礼をすべきだと思ったのだ。悪魔騒動の際にも感じたが戦士長の力というのは、これからも必要不可欠だからな。……二回必要と言ってしまったが、本当にそう思うのだ。これからも王の剣として活躍してほしい」
俺らしくない賞賛の言葉に、ガゼフは面食らったようだが、やがてゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます、王子。期待に添えるように努力してまいります」
「期待しているぞ。ガゼフよ……代が変わっても尽くせよ」
俺は思うところがあって、一つ付け加えておいた。
「……はっ」
ガゼフが俺に向ける目が変わったように思えた。敬意が強くなったという感じか。
ガゼフは父への恩義が強いだけに、代が変われば引退することも考えられるからな。
正直いえば、ついこの間まで……いや、三ヶ月ほど後までか? まあいい、とにかく前は邪魔な奴だと思っていたが、それは身分が低いくせに王のそばにいるというのが主な理由だった。それを抜きで考えてみれば、わざわざ周辺国最強と呼ばれる実力者を遠ざける必要はないのだ。代わりはいないのだからな。
「ところで戦士長。アインズ・ウール・ゴウンという
姿を見たことがあるものは戦士団に複数いるが、直接話をしたことがあるのはガゼフしかいない。ここは当然話を聞いておく必要がある。
「はい、なんなりとお聞きください。ただ私も短い時間しか共に過ごしておりませんので、詳しい情報はあまり持ってはおりません。ただ、私の知る限りかの方は相当な力を持つ御方かと。おそらく声の感じから、年はまだ若いと思われますので、帝国のフールーダ・パラダインよりも実力は上ということもありえるのではないでしょうか」
それはそうだろうな。あの赤毛のサディスメイドでさえ、フヨーダ・パラディンとかいう帝国最強の魔法使いと最低でも同等位階の魔法を扱うのだから。
「……そこまでとみるか?」
「はい、間違いないかと。我々戦士団がまったく敵わなかったスレイン法国六色聖典がひとつ、おそらく陽光聖典を……かの御仁は全滅させているはずですから」
ん? 若干ガゼフの歯切れが悪いのが気になるな。いつもはもっとハッキリ言うはずだが。
「全滅させているはず?」
「……これは私の戦士として……戦場に生きる者としての直感ですので確証があるわけではないのです。かの御仁は追い払ったというように言っていましたが……」
これは独特の嗅覚という奴か? 残念ながら俺にはないものだ。俺の嗅覚は……まあ、美味い飯を嗅ぎ分ける程度だろう。
おいっ!
今普通だと思ったな?
思ったよな?
貴様、磔にするぞ!
まあ、よい。人は大事にせねばな……。らしくないが……な。
「お前は違うと思ったのだな?」
「はい。笑われるかもしれませんが、私は死の気配を感じとりました。もし、私の感覚が正しければ……アインズ・ウール・ゴウン殿は……」
ガゼフは少し悔しそうな顔をしている。力があるだけに、その力が足りなかったことが悔しいのかもしれんな。
「そうか……お前たちが敵わない相手を容易に殲滅できるだけの力を持つ……か」
「はい。陽光聖典45名をたった二人……で」
いや、そうだろうな……。わかってはいたが、帝国のフーヨーダをこえ、ガゼフよりも上か……あの赤帽子ゴブリンからガゼフ以上の圧力を感じたわけだし、それは当然か……ん? ちとまて、二人? 二人だと!
「二人? 今二人といったか?」
どんなやつだ。やはり赤毛のサディスメイドか?
「はい。アインズ・ウール・ゴウン殿は、あの時一人連れておりました。黒い全身鎧に身を包み、バルディッシュを持ったおそらく女性……顔は兜で見えませんでしたので、詳細はわかりませんが、アインズ・ウール・ゴウン殿の護衛かと思われますが」
赤毛とは特徴が違うな……別人か。アインズ・ウール・ゴウン……様はいったい何者だろうか。
「……護衛か。ガゼフ、お前からみてその護衛の強さはどれくらいだ? お前が勝てる相手か?」
勝てると言って欲しいが、望みは薄いだろうな。
「気配を読めませんでしたが、おそらく私が敵う相手ではないでしょう。身につけていた鎧は一級品を通りこして特級品……でした。そもそも私に気配を読ませないとなると、相当に手強い相手です」
やはりそうか。……わかっていたさ。やはり敵対行為など愚かすぎる。まさにキノコ
「そうか。護衛がそれほどとは、信じ難いが事実なのだろうな」
「はい。護衛もそうでしたが、そもそもゴウン殿が使役していたアンデッドの騎士ですら、私が全力で戦って勝てるかどうかという強さを感じました」
なに? アンデッド! アンデッドだとっ!? おいおい初耳だぞ。いったいあの御方は何者なのだ。アンデッドを使役……ネクロゴンドーとかいう奴か?
「アンデッドまで使役するのか……いったい何者か……ズーラーノーンの関係とは思えないが」
ズーラーノーンは邪神信仰だと聞く。アンデッドを使役するやつはいそうだな……。
「ズーラーノーンですか……。邪心は感じませんでしたが、聖人君子でもないとは思います。ただ、無辜の民を守ってくださったのも、私達を助けてくださったのも事実。自らを頼る存在に対しては寛大なのかもしれません。……王子、けっしてあの方を敵に回してはなりません。よきことにはならないかと」
もとよりそのつもりだったが、ガゼフの話を聞けばきくほどそう思う。
「忠言、心に留め置こう。俺がわざわざ出張ってきたのは、そのあたりも考えてのことだ。わかっている情報からしても、敵に回したら敗北はみえている気がするからな。……やれやれ、連れていってくれと懇願してきたアルシェルとか知恵ねえ子をおいてきてよかったな……」
「たしかにアルシェル殿は……。それとチエネイコ男爵ですか」
ガゼフは俺の言いたいことをわかっているようだが、あえて口にはしない。このあたりも父が信を置く理由なのだろうな。
「ああ。アルシェルは狭量にすぎ、知恵ねえ子は選民思想というのか? ようは貴族意識が強すぎるのだ。貴族には従うものだという、身分をかさにきる貴族にありがちな……」
ガゼフの顔つきが信じられないものを見たという風に一瞬だが見えたぞ。いや、自分でもそう思うのだから、これが正常な反応か。
「お前が言いたいことは重々承知している。俺もそうだったからな。身分にあぐらをかいて人を見下して、能力よりも身分で判断していたからな」
王族だからとふんぞり返っていた。それが当然だと思い込んでいたのだ。
「あ、いや……参りましたな」
「ふん。お前がどのように見ていたかはわかったぞ。覚えとけよ……」
「あ、いや、その……」
あたふたしているガゼフを見るのは新鮮だな。まあ、そもそもこいつとまともにサシで話したことがないから当然か。
「冗談だ。前の俺ならともかく、今の俺は、真の王となることを目指している。民は大事だぞ?」
うーん。我ながら気持ち悪さがあるな……。だが、身分で判断して文字通り痛い目にあったからな。……いや、本当に痛かったぞ! 激痛なんてもんじゃない。何度も死ぬかと思った。
いや、実際結果的には死んだけどさ……。何度も俺を今すぐ殺してくれとも思った。そうすれば悪い夢が終わるのだと。
「身分が何になる。王族だ、貴族だといっても命を守れるわけじゃない。死は等しく訪れるのだからな。そう……最後は誰だってみんなと同じとわかるのさ。そう思わないか?」
俺は遠くを見る。太陽のやさしさが染みるな……。夕焼けって切なくてなんだかあたたかいよな……。
「王子、私は……王子を誤解しておりました」
ガゼフは膝をつき頭を垂れた。まあ、誤解というか、お前が理解していたのは、死ぬ前の俺だろ? 今の俺は、復活のバルブロ。前とは違う自分を生きていくのだ。そりゃ違うさ、あのままだと俺は死んでしまうのだから。
「このガゼフ・ストロノーフ。王の次にバルブロ王子をお護りすることを誓いましょう」
……二番目か。まあ、認めてくれたわけだな……。
「うむ。忠義嬉しく思うぞ」
ふとここで思いついたことがあった。今までではありえなかったことだが、今の俺ならできる。
「さてガセフよ、ひとつ私に稽古をつけてはくれぬか?」
俺は周辺国最強の戦士の実力を実際に体験しておきたいと思った。まあ、それを超えるヤツがいることはわかっているが……。
俺は多少は剣技に自信があった。王族で最強だとな……。だが、それは意味をなさないことも知った。
先日、俺はラナー付きの平民にして将来の義弟となる予定のクライムと剣を合わせてみたが完敗だった。
もちろんヤツは俺達を守るのが目的の兵士だから、俺に負けてはいけないのだが……。
「……はっ、喜んで。お望みとあれば……ですが少々私の稽古は荒いですぞ」
ガゼフの瞳がキランと輝いた気がする。やはり戦士なのだな。
「構わん」
だが、俺はこの思いつきを後悔することになる。ガゼフの奴め……荒いというか、容赦がない……。
しかし、一つだけ驚いたことがあった。
俺はなぜか強くなっていたのだ。以前よりもずっと。理由はわからないが、もしかしたら死をきっかけに眠っていた力が覚醒したのかもしれないな。こういうのを、火事場の……クソ力……馬鹿力だったかというのだろうか。
◇◇◇
「どうでしたバルブロ王子の様子は……」
「変わられましたな……粗暴な印象が消えました」
「ふむ。それは先日、私も感じました。私は第二王子ザナック殿下が王位に相応しいと思っていましたが、今のバルブロ殿下ならば……」
「任せられます。あの瞳は真っ直ぐでした。何かはわからないが、しっかりと目標を見据えておられる。それも並々ならぬ覚悟を感じます」
ガゼフはそう言い切った。
「かもしれません……。私としてはもう少し見極めたいところです。我が子のためになる選択をせねばなりませんから」
「つくづくレエブン侯は父親なのですな。では、未来の王国に」
「未来の王国に」
二人は杯を合わせた。
※バルブロは、老人の魔法使いに興味がないので、名前をおぼえてません。故に誤字ではないのですよ。
短編から連載へ切り替えました。
特になにかが変わるわけではないのですが……。
☆解説
このバルブロさんはたまに言葉を間違えます。
わがまま王子だから、教師の話など聞いてなかったのですね。
だから、普段使わない言葉を使おうとすると間違えます。
次話のタイトルは「夜空をまちながら」
早くも6話目となります。