「バルブロ殿下。殿下はエ・ランテルを訪れるのは久しぶりですよね?」
「ま、まあな……」
実はそんなに経ってはいない。二週間ほど前だ! ……とは言えない。前回来たのは……うーん、今より未来の話だからはたして前回でよいのか? ここの表現がいつも悩ましいのだよ。俺の意識としては前回で、歴史的には未来……。なんだか複雑だな。
まあよいか。考えてもわからんことは考えないに限る。そう思わんか?
歴史としてみると、俺は今より数ヶ月後に帝国軍との戦争の為この城塞都市を訪れることになるのだ。ここは三重の城壁に囲まれた王国の要であり、バハルス帝国およびスレイン法国との国境に近い。毎回帝国との戦争は近くのカッツェ平野で行われるので、その際は前線基地となる。
「戦争か……」
うーん、ついこの間の事のように思い出すぞ……あの時の俺は父である王の指示に反発しカリカリしていたな。
俺は、悪魔騒動での失点を取り返すためにも大きな手柄をあげたかった……いや、あげるつもりだった。だから前線で帝国軍と戦うことを望んでいたのだが、父の命令でどうでもいい寒村に向かわされたと思っていた。例え俺が無事に調査を終えたところで、それは当たり前であり特に賞賛されることもない非常につまらない任務だとな。父はザナックを王座につけたいのでは? と勘ぐってさらにカリカリしていたな。
まあ、その結果は最悪なものとなったが……。やはり冷静さを失ってはいかんな。
しかし、そのおかげ……なのか? 先を……未来を知った上でやり直しをするチャンスを得たのだ。これは幸運……だよな? イマイチ自信が持てないが、終わったはずの人生をやり直せるのだ。こんなことを経験したやつはなかなかいないだろ。
復活魔法とやらで生き返った奴はいても、時を遡り復活した者はおるまい。
逃げるという選択肢もなくはないが、俺は王子だ。ここは逃げても仕方ないから運命に立ち向かわなければな……。
お、なんか俺かっこええ! なんか滾ってきたぞ。とにかく、なんとか生きながらえて、王になれたら最高の結果だがなぁ。
さて、我々はエ・ランテルに到着したわけだが、いよいよここからだ……。
王族が国境付近を旅をするということもあり、レエブンが事前に手を回して、護衛となる冒険者を招集しているそうだ。まあ、今回は王族の旅にしてはかなり人数を減らしているからな。不測の事態に備えるなら冒険者は有効な手段だろうと、今の俺なら言えるな。
ちなみに俺以外はレエブンとガセフ。戦士団から選抜された四人の戦士、それにレエブンの配下の元冒険者チームだけだ。
今回は、アインズ・ウール・ゴウンへ礼をすることが目的であり、無駄に刺激しないように兵力は抑えた。
だいたいガセフがいればよほどの相手──赤帽子のゴブリンとか──がいなければまず問題ないはずだ。しかし、念の為の切り札は用意した。
ふふ、やはり奥の手というか切り札は必要だろう?
「またお世話になります。レエブン侯」
「久しいなモモン殿」
漆黒の
「その節は助力いただいたそうだな。素晴らしい活躍だったと聞いている。漆黒の英雄モモン殿」
俺は敬意をはらう。ああ、もちろん前の俺なら、平民ごときが、冒険者ふぜいが! とバカにした態度をとっていたさ。本人が認めているんだ、間違いない。
「ありがとうございます。第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ殿下」
「よしてくれ。英雄殿にそう呼ばれるのはこそばゆい。私のことはバルブロで構わないぞ」
ガセフが眉を上げ、レエブンが口をあんぐりさせたのが見えた。どうだ。一度死んだ俺様は、怖いもの知らずだ!
違うな……逆だよ逆。怖いものを知ったからこそ、必死に考えながら生きているのだ。俺の命こそが大切、俺の命を大事にだ。もし死の原因が俺の傲慢さだったのならば、いつ死ぬか分からない人生。悔いのないように生きていくのだ!
ん? なんだか死ぬのが決まっているみたいではないかっ! 私は生きるために死んだのだ……。なんだかよくわからないが、俺は生きる! 生きるぞっ!
「しかし、そうもいかないでしょう。バルブロ殿下」
なにいっ! 俺は生きられないのか? と思ってしまったが、呼び方の話か……焦ったわ。
「敬称は不要だモモン殿。私などより貴殿の方が素晴らしい力を持っているのだ。私は身分だけでは身を守れないことを知っている。だからこそ力を持つモモン殿に守ってもらいたいのだよ」
俺はこいつも敵にしたくはない。俺など一撃で殺す力があるのだぞ!
「では、ミスターバルブロではいかがでしょうか?」
少し思案した後、モモンはマントをバサッと翻す。カッコイイな……。ちょっと憧れてしまった。俺も戴冠式でやろうかなー。
それにしてもミスターバルブロか。なんだかよくわからないが、ちょっといいかもしれないな。なかなかカッコいいではないか。
「では、それで行こう」
「私もモモンと呼んでもらって構わない。なおナーベは別件で動いているので、今回は私と」
「某が同行するでござるよ」
……ずんぐりむっくりした体格の白い毛の魔獣──その瞳は叡智を感じさせる存在──が流暢な人間の言葉を話した。やや古めかしい言葉使いが妙に似合う。もしかしたら長い時を生きてきたのだろうか。
「……噂の森の賢王か」
漆黒の英雄の冒険譚でまず語られるのは、トブの大森林を支配していた大魔獣の話だ。俺ですら噂に聞いたことがある。
漆黒のモモンはそれを屈服させた上で、なんと馬替わりに使っているというものだ。噂には尾ヒレがつくものだが、こいつは本物だ。俺でも気配でわかる。明らかに俺なんかではまったく相手にならないと思われる強者だ。ガゼフならなんとか勝てるかどうかではないか? 実際ガゼフを見ると、勝てるか? という顔をしていた。まさに戦士なのだな……あいつは。
しかし冷静にこの状況を考えてみろ。騎馬がガゼフと同等に近い強さとか普通ありえない。ならば乗っている本人はガセフ何人分の強さなのだろうか。たしかモモンは賢王と
つまりガゼフと戦って無傷というレベルか? ……ありえないな。蒼の薔薇の二人を一撃で殺したというヤルダバオト。それと1VS1が出来るわけだよ。
こうやって比較してみると、凄さがよくわかるな。これを馬鹿貴族どもは冒険者ふぜいが! とか言うわけだが、いや、俺もそっち側だったけどな……無知がすぎる。愚かだったな……。キノコ
「今はハムスケでござる。よろしくお願いするでござるよ、殿下」
教育がしっかりしているのか。それとも元からなのか……驚くほど礼儀正しいな。これはもはや魔獣ではなく聖獣ではないだろうか。下手な貴族よりも出来る気がしなくもない。
「道中頼むぞ、ハムスケ……殿」
俺はこの聖獣をなんと呼べばよいかわからなかったが、呼び捨ては憚られた。思えば今まで動物に名などつけたことはなかったのだがなぁ。俺専用の馬はいたが名など知らない。必要があれば、「俺の馬をもて」と言えばこと足りたのだから。あえていうなら"俺の馬"が呼び名だろうか。
うん、反省しよう。帰ったら名前を聞いてみようかな。
「挨拶が済んだところで、依頼の確認ですが、我々はミスターバルブロの護衛をすればよろしいのですね」
「その通りです」
依頼主はレエブンとなっているため、答えたのは奴だ。
「なるほど。しかし、王国戦士長や、元冒険者もいらっしゃいますし我々の力など必要ないかと思われますが」
モモンが言うことはもっともだ。だが、もしもあの赤帽子のゴブリンが出てきたら、ガゼフでも勝てないかもしれない。
「トブの大森林は様々なモンスターがいると聞く。もしかしたら、ハムスケ殿より強いモンスターがいるかもしれん。同じゴブリンでも個体差はあると聞くしな。もしかしたらあ……いやなんでもない」
俺は全部を言わずに飲み込んだ。
「ミスターバルブロは、なかなか貴重な意見をお持ちのようですね。たしかに個体差はあります。難度100を超えるようなゴブリンもいるそうですよ。噂では……ね」
難度100? なんどそれは??
……流してくれ。
「難度100ってマジかよ……」
レエブン侯お抱えの冒険者チームが喘ぐ。ああ、彼らでもビビるレベルってことか。
「そのあたりまで来ると英雄レベルでやっとこ互角だぞ……」
たしかガゼフが英雄の領域だったか? ああ、やはりあのゴブリン……クソ強かったのだな。
「まあ、モモン殿がいるから大丈夫だろう」
「お任せください。まあ、まずいないでしょうがね。ところで、目的地は……?」
「カルネ村だ」
俺はそう答えた。
「……カルネ村ですか。私は以前……まだ
まあ当然の反応か。
「モモン殿にも
むしろ俺はそこが気になった。さすがに最初からアダマンタイトとはいかないだろうが、少し上からスタートできないのか。まあ王国に置き換えれば、新兵が指揮官になるようなものだからなぁ……。
「たしかに。イメージつかないな……」
「そう昔のことでもありませんよ。私は、
一気にミスリルか。たしかレエブンの話だと、
「四階級もすっ飛ばしたのか……」
「ありえねえな……でも、実力を知っているだけに、むしろミスリル止まりがありえない感じだよ」
こいつはレエブン配下のロックマイヤーとか言ったか。
「……当時のエ・ランテルにはミスリル級までしかいませんでしたので、一気に抜き去るのは不味いと判断されたのではないでしょうか」
なるほど。政治的配慮ってやつだな。
「冒険者は国家には属さないのに、政治的配慮とは面白い話だ。ああ、まだ問に答えていなかったな。アインズ・ウール・ゴウン様にお礼を言いにいくのが目的だ」
隠す必要がないので、ここはオープンにする。
「アインズ・ウール・ゴウン……カルネ村を救った大
さすがはアダマンタイト級冒険者。知っているのか。
「聞いた話では、カルネ村にしか現れていないらしいのだ。そこに行くしかなかろう」
「なるほどな。依頼はそこまでの護衛で構わないな? 着いたらやることがある」
「ああ、構わないが、やることとは?」
「……ハムスケを連れて森を見回る。なにしろこいつはこう見えても、あの森の一部を支配していたのだ。いなくなれば影響が出るだろう?」
たしかにそれはそうだろうな。ボスが不在となれば荒れるものだ。
「モモン殿、カルネ村までよろしく頼むよ」
こうして、我々はカルネ村へと向かう。
時間はいつでも振り向かずに過ぎ去るものだというが、俺は時間を戻っている。
なんとかしたい。俺は生きたいのだ。
◇◇◇
「なに、アインズ・ウール・ゴウン様に礼がしたい? つまり、私に礼をしたいということか。それがその王子達の目的なのか」
「はい。アインズッ様ッ!」
こいつ敬礼しているな……。俺は見えないはずの、パンドラズ・アクターの姿が目に浮かぶ。
「あいわかった。ひとまず監視を続け、何かあれば報告せよ」
「かしこまりました。アインズ様!」
やはり絶対敬礼しているな。
「ふむ。王国の第一王子がカルネ村にくるらしい」
皇帝の次は王子様かよ。まあ、皇帝よりは気楽だが。
「まあ。あの子から報告は受けていましたが、本当に来るとは……勇気があるのか無謀なのか。いかがいたしましょうか? 」
「アルベド、お前はどう思う?」
俺は問い返すことで丸投げしようと試みた。
「アインズ様の御心のままに」
失敗だった……。
「アルベドよ、私はお前の意見を求めているのだ」
「……アインズ様に有益かどうかです。第一王子は愚物との評価でゴミ同然……でした」
「でした?」
妙なことを言うな……。
「はい。報告では最近かなり変わったと聞いております。魔法を馬鹿にしていたのが急に知識を求めてみたり、身分に驕っていたのが急に親しみやすくなったとか。一時的なものか、それとも何かを企んでいるのか。そもそも今回の件も第一王子の発案だそうですよ」
「ほう……」
なんだ? なぜそんなに変わるのだろう。だいたいアインズに会うのにカルネ村に来るとは、関係がわかりすぎていないか?
「気になるな」
「はい。ただ明らかに敵意がない上に敬意を抱いているようです」
「どういうことか……わからないな。ではしばらく泳がせておけ。邪魔になるようなら排除せよ」
さて、どんな奴なのか。あー気が重いな。王子様かぁ……俺は一般市民なんだがなぁ……。
キノコ鳥は誤字とかではなく、バルブロのうろ覚えです。
正解はグノコッチョウ(具の骨頂)なんですが。出てくるのは二回目。
いよいよカルネへ向かいます。
次回は第7回 First impression
タイトルに合わせて? 女性キャラを絡ませることができそうです。