彼は記憶を持ったまま、時を遡り復活を遂げる。
死にたくないの一心でもがき足掻くバルブロに試練の時が訪れる。
俺達はエ・ランテルを出立しカルネ村へと向かっている。特に何の変哲もない田舎道だ。道は舗装などはされていない。本来輸送などを考えれば舗装は必要なのだろうが、主要な街道ですらまだ手付かずな地域は多々ある。カルネ村をはじめとした開拓村へ続く道の舗装など後回しになるだろうな……。もし、俺が天寿を全うしたと仮定しても俺が生きている間に終わる気がしない。このあたりは王家直轄領だが、父が周辺の街道を整備する予定があるという話は聞いたことがない。
それにしてもこの旅は天候に恵まれ秋の旅日和が続いている。朝晩の冷え込みもさほどではないし過ごしやすい。さらに森の近くを通ってもモンスターどころか動物さえ出やしない穏やかな旅路だ。
そんな状況だから俺以外の奴らは穏やかに談笑しながら進んでいくが、俺だけは違った。最初のうちはよかったが、道中俺は段々と口数が減っていく。
他の者は「王子は慣れぬ長旅であり、今回は強行軍であるからお疲れなのだろう」と思ってくれているようだったが理由は当然別にある。
皆は初めてだと思っているが、俺はこの道を通りカルネ村へ一度向かったことがあるのだ。逆を辿れば、カルネ村からの帰路にもなる。つまり、俺はあの場所を自然と通ることになるのだ。
わかるだろう? あの場所だ。
そう……カルネ村でのゴブリン軍団との戦いにおいて戦略的撤退を選んだ俺達は、この場所で休憩をとっていたのだ。もちろん反撃のためにな……。
いや嘘をついた。ちょっとカッコつけてみただけ、単なる強がりにすぎん。
ふう……認めたくないものだな、俺自身の愚かさ故の過ちというものを……。
あの時は、本当は必死に逃げてきただけだ。逃走……まさに文字通りの逃走だ。全力で走って逃げた……ゴブリンごときがと甘く見て戦いを挑んだあげく、後から現れたゴブリンの大軍……それも本当の精鋭部隊に蹴散らされ、死の恐怖に怯えながら命からがらほうほうの体で逃げ出したのだ。
そしてかろうじて生き残った我が軍だったが、ここで赤い帽子のゴブリン達に全滅させられ、俺はあの赤毛に玩具にされ散々痛めつけられた上で殺されたという因縁の場所だ。
それにしても赤毛に赤い帽子か。赤は俺にとっては忌むべき色なのかもしれんな……。
あの時何もない平和な草原地帯は一瞬にして殺戮の舞台へと変わり、あっという間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
俺は自然と顔が引き攣り、体はガタガタと震えはじめ、まだ秋だというのに強烈な悪寒が全身を包みこむ。やばい……吐きそうだし、意識が遠のいていく……。
切り替えろ……切り替えるんだ。あれはまだ味わっていないはずだ。落ち着け落ち着くんだ。まだだよ。まだ……。
だってそうだろう?
俺の体はまだあの苦痛の時間、いや激痛の時間を、いや違うな……地獄を味わっていないのだぞ。
あれは未来の出来事なのだが、正直恐ろしい。怖くて怖くてたまらない。俺の今後の選択肢次第で、またあれを味わう可能性だってあるのだ。……絶対嫌だ! 俺はもし死ぬのであれば即死を希望するぞ!
うん、即死か。
「即死ぬから、即死っす!」
うん、理想だな……ってちょっと待て! なんで奴の声で聞こえてくるのか。ビックリしたわ〜。心臓が止まって即死するかと思ったぞ。想像で即死とか勘弁してくれ。
それに俺は別に死にたいわけじゃないぞ? というか、死にたくない。あくまでも仮に死ぬならという話だ。だいたい俺の死に方より悲惨な死に方などないのではないか……いや、考えるのはよそう。ギガメイル…………違うな、気が滅入るだ。疲れてるな……俺。
「バルブロ王子、もうすぐカルネ村です」
「そうか。ありがとう」
どうやら思考に捕らわれている間に目的地についてしまったようだ。ガゼフに対して思わず優しい声音で礼まで言ってしまったぞ。またもや俺らしくないと思われるだろうか。
「! ……いえ。先触れを出しますか?」
もちろんだ。過去の過ちは二度とおかさないぞ。……まあ未来の話だがな。意識上は過去だ。うん。
「ああ。そうしよう。いきなり俺のような王子を名乗る者が現れたりしたら、偽物かも? などと不審がられるだろうし、ある程度は準備する時間も必要だろう。
いったい俺は誰だ……本当にバルブロなのかと自分でも疑うレベルだ。他人の評価など気にしない俺でもさすがに気になる。悪魔が化けているとか思われてないだろうな?
評価は気にしないが、王になるために貴族どもの支持率は気にしていたぞ。あれ? やっぱり評価気にしてたのか?
「かしこまりました。では私が参りましょう。多少は縁もございますので」
「それが最善か……だが、ガセフは護衛なのだがな」
まあ、元オリハルコンチームがいて、なおかつ王国最強といえる漆黒のモモンがいるのだ。問題なかろう。
「私よりも強い御仁がおられますし、村の近くですから危険は少ないかと」
いや……その村が危険なのだがな。なにしろオーガとゴブリンがいるのだから。しかもただのゴブリンではないぞ! だが、それを口にするわけにもいかぬな。
「村が近いからこそ油断してはならぬ。森も近いのだから警戒は怠るなよ」
「はっ。では気をつけていってまいります。モモン殿、よろしくお願いいたす」
「気をつけていかれよ」
ガゼフは部下を一人伴い走っていく。
遠くに見えるカルネ村は、堅牢な壁に囲われ門は閉じている。たしかに明るい時間に落ち着いてみるとわかるな。明らかに村を超えた防備だ。これを落とすのは容易ではないだろう。
「ふむ……まるで砦だな……それも下手な砦よりも堅牢かもしれん」
「たしかにそうですね。とても一開拓村とは思えない規模だと思います。殿下のお言葉通りまさに砦ですね」
レエブンが感心している。俺よりもそういったことに詳しいはずの彼がそう評価するのだ。いくら頭に血が上っていたにせよ、あの時は愚かな手段を選んだものだ。
「帝国騎士に扮した法国の手の者による襲撃……だったか?」
「戦士長の話では間違いなくそうだろうと。村を狙ったのは戦士長を釣り出すための餌……という表現はどうかと思いますが……。それに実際陽光聖典と戦っていますし、間違いはないかと」
「法国か……何故ガゼフを狙ったのだろうな……」
俺はそこが気になった。わざわざガゼフをおびき出した上に、王国貴族を動かしてをガゼフの装備をとりあげて……何を狙うのか。
「殿下はどのようにお考えですか?」
レエブンめ、俺を品定めする気だな。
「そうだな。知らないうちに法国の恨みをガゼフが買っていた……という個人怨恨説をあげたいが、違うだろうな。ガゼフと法国の接点がない」
前ならそれで納得していたが、最近は色々考えるようになって違うと思うようになってきた。物事には、裏があるということだ。
「ほう。では……」
レエブンの表情はあまり変わらない。
「ああ、おそらくガゼフの存在そのものが邪魔だったのだろうな……。彼は王国の個人最強戦力だ。敵対しようとする者にとっては最大の障壁だろうからな……」
二度とないが、もし俺がカルネ村を攻めるなら、あの赤毛のサディスメイドや赤い帽子が邪魔になる。まずそれを取り除いてから……と考えるのは自然だろう。
「……内憂外患か……これが我が国の現実というわけか……」
やはり派閥がどうとか言っている場合ではないな。
「……正直驚きました。殿下はそこまでお考えでしたか……」
そうかレエブンはわかっていたのだな。やはり貴重な人材だ。
「まあな……だが俺は変えて行きたい。未来を守るために」
これは本音だ。俺の未来を変えたいからなっ!
「殿下……微力ながらお手伝いいたします」
お、これはいい感じだ。しかし、王よりも何よりも俺は生き延びたい。そのために頑張ろう。
そして俺は、カルネ村へとついに入ることが出来た。
「よ、ようこそ王子様。この村の村長エンリ・エモットです」
緊張した面持ちで出迎えたのは、我が妹ラナーと同じくらいの年の女だった。
健康的で見た目も悪くはないが……しかし、この年で村長とはな。やはりオーガが支配している村ではないのか。とするとこの女がオーガやゴブリンを支配しているのか?
俺はもう一度村長を見る。たくましさは感じるが、それは農業が中心の開拓村なら普通だろう。とてもそうは思えんな……。となるとやはりアインズ・ウール・ゴウンか。いや、まてよ? 将軍閣下がどうとかゴブリンが言っていたな。あれはなんという名だったか·····まあよい。
「急な訪問にも関わらず迅速な対応だな。私がリ・エスティーゼ王国の第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである」
「いえ。なにもない村ですので、たいしたおもてなしもできませんが、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ殿下がいらしたことは誉になると思います」
ほう。なかなかやるな……ちゃんとフルネームで返してくるとは。年若くても村長だけはあるのか。
「ところでゴブ……いやトブの大森林の様子はどうか?」
危うく、ゴブリンはどこだと聞くところだったぞ!
「一度襲撃をうけましたが、最近は特に問題はございません」
「そうか。オー……おかみなどもいるのか?」
いかん。オーガと口にしそうになったわ。落ち着け俺。
「はい。たまにですけど」
村長は純朴だな。あの時俺はなぜこの村を攻めたりしたのか……。あれは人生最大の失敗だったと思う。
「そうか。その年で村長とは大変であろう。妹と変わらないくらいの年だというのに」
「いえ、ありがとうございます。妹君……姫様ですか……」
彼女にとっては遠い世界の話なのだろうな。
「年は同じくらいだろう。さて、村長……ひとつ聞きたいことがある」
「は、はい。な、なんでしょうか」
ハッキリとわかるくらい緊張しているようだが、なんとなく慣れがあるな……。
「この村は、アインズ・ウール・ゴウン様の庇護を受けていると聞いている。間違いはないかな?」
アインズ・ウール・ゴウンの名を出した時、村長はピクンと体を震わせ、ガゼフとレエブンは唖然とした顔をしていた。
……様をつけたからだろうな。当然だろう? 俺の予想ではここはアインズ・ウール・ゴウンの監視下にあるはずだ。いつでもあのゴブリンを応援に出せるはずだし、姿は見えないがあのメイドは間違いなくいるはずだ。
ここは敬称をつけなければ印象が悪いじゃないか……。めぐり逢いはいつも突然あるものだというし、本人がいきなり現れないとも限らないだろう? それに予想外のできごとだって……。
「アインズ・ウール・ゴウン様にどんな御用でしょう」
突如、俺の背後から聞き覚えのある女の声がする……ヤツだ。ヤツが来た……赤い髪のサディスメイド……。
逃げろー!
いや、落ち着け。逃げてはいかん……。逃げてはダメだ。逃げたらヤベー。でも逃げたい……。逃げちゃおうかな? だが足が動かん。
「ル……」
「ルプスレギナさん!」
村長とは顔馴染みか……当然だな。危うくルプスレギナの名を出すところであったわ……。出したら間違いなく疑われるぞ……危ねぇ。
クソッ! わかっていたが平常心を保つのは大変だ。
「ちーっす」
あの最初の時のような気軽な口調……だが裏に隠れている本性を俺は知っている……ヤバい……あの時を強烈に思い出す。背中を滝のような汗が流れている……。真後ろに大型の肉食獣がいるよりも遥かに怖い。
振り向けない……無理だ……無理だ無理だ無理だ……。俺は振り向かない代わりに左右の様子を目で確認する。
さすがのレエブンも腰を抜かして座り込み、ガゼフは反射的に剣に手をかけようとしている。
「よせ、ガゼフ。アインズ・ウール・ゴウン様の関係者……だ。おそらくメイドだろう……」
俺は未だに振り向いていないが姿は確認している。俺の向かい側にいる村長のクリンとした瞳に、ヤツが映っている。間違いなくメイド服を着た赤毛のサディストだ。
しかしその姿が消え気配がいつの間にか前に回る。
「アインズ・ウール・ゴウン様にお仕えするメイド、ルプスレギナ・ベータっす。よろしく」
天真爛漫といった笑顔を弾けさせる。正体を知らなければ惚れる男は五万といるだろう。
だが、やつは天震乱魔……天が震え、魔が乱れるような存在だ。
「お、おう。バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国第一王子である。あ、アインズ・ウール・ゴウン様に、こちらに控えしガゼフ・ストロノーフらを救っていただいたお礼をさせていただくべく、国王の名代として参った。お取次ぎ願えないだろうか」
顔を直視したら死にそうだ。
「それは素晴らしい心がけっすね。そういうのは大事っすよ。今聞いてみるっす。ほうれんそうは大事っすから」
そう言ってサディスメイドは姿を消した。
「ほうれん草……ってそんなに大事か?」
俺はわけがわからない。
◇◇◇
「ねえ、クライム」
「なんでしょうかラナー様」
呼べば顔を赤くしながらすぐに反応するのがかわいい。ああ、首輪をはやくつけたいわ。
「他に誰もいないのだし、ラナーとよんでくれてもよいのよ?」
無理だとわかっているけどそう言ってみる。
「お戯れを。私はそのようなことは出来ませんラナー様」
「そう。つまらないなぁ。ねえクライム。バルブロお兄様は今どのあたりかしら?」
私は目の前に地図を広げてみせる。当然近づかないと見えないわよ。
「そ、そうですね……予定ではまもなくカルネ村へつくころかと」
なんで、ちゃんとわかっているのよ。もうっ!
「カルネ村……どこだったかしら?」
これならどう?
「えっと……こちらです」
クライムは大胆に私の手をとってその場所を指したり……はしない。遠慮がちに近づいて、場所を示すとさっと離れた。
「ふーん、こんなところなのねー」
私は彼の望むお姫様の演技をしてみせる。私のクライム……。
バルブロお兄様に邪魔はさせない。でも、ザナックお兄様と大差はなくなったかしら。どちらでも構わないけど、二人は必要ない。
なら、どちらを消すべきかしらねぇ……。私とクライムのために……。
今回のお気に入りは「即死ぬから、即死っす!」ですかね。
試練はまだ続きます。
ビビりまくるバルブロ。はたして勇気をもって立ち向かえるのか。そして、バルブロは生き延びることができるのか。
次回 chicken guys
日曜8時のバルブロタイムに更新予定です。