第8回となります。
お待たせしました。
「バルブロ殿下……よく平然としておられましたね」
ようやく復活してきたレエブンが、若干震えた声で話かけてきた。顔は真っ青で顔立ちともあいまって本当に蝙蝠みたいに見えるぞ。少々ビビりすぎではないか? まあ、俺も人のことはいえないんだがな。マジでビビった。
「それが器というものだ……」
などとカッコつけてみたが、もちろん嘘だハッタリだ。正直恐ろしくて気を失いそうだった。まさかとは思うが漏らしてはいないな? 大丈夫……大丈夫……。あのサディスメイドめ·····いきなり背後から声をかけてくるとは·····。ふざけおって! あの声がいきなり真後ろから聞こえて来た時は、冗談抜きで心臓が止まったかと思ったわ!
本性を知らなければ美しい顔と声なんだがな。知らなければな。だが俺は奴に拷問を受けたのだ。あの時を俺は忘れることができない。あれだけ楽しそうに俺を弄び、人間の最高峰の位階魔法を容易く操るあの女は人を超えた存在かもしれん。いや、間違いなくそうだろう。なんと表現すればよいかな? ·····人を超えた女·····スーパーガール。そう悪い意味でスーパーガールって感じか? ゔーまだ心臓がドキドキしているぞ。
俺は自分を褒めたい。いや、褒めることにする。褒めるべきだろ? 自らを褒めるために自己商人は大事と聞いたことがある……なんで自分を褒めるのに商人が必要なんだろうな? そのあたりがよくわからないが、無事に帰ったら商人を呼ぼう。きっと自分への褒美を買えってことなんだろう。
ふー、心の痛みに耐えよく頑張ったな俺。だが、まだまだこれからだがな。しかし、できればよい意味でドキドキしたいものだな。ドキッとするような美人がいたら、権力で攫ったり……はしないぞ。俺は裏娼館に入り浸るような連中とは違うのだ。堂々と側室に迎えれば良いのだからな。無理やり側室にしたりはしないぞ。手を回すだけだ。
なに? それがダメだというのか? うーん、そんなこと言ったら側室のいる貴族全員ダメだと思うがなぁ。まあ、考えておく。
「ベータ殿……非常に美しい方であったが……まさか私があんなにあっさり背後をとられるとは……。声をかけられるまで気配を一切感じとれませんでした」
たしかに、ガゼフの背後は普通はとれないが、赤毛は普通じゃないから仕方ない。それにしてもガゼフの奴もしかしてあれに惚れた? たしかに美貌はラナーと並ぶレベルだが、性格は最悪だぞ。悪いことは言わんからやめておけ。クライムとくっつけて味方にする都合があるからラナーはやれんが、そのうち美人でも見繕うか。だがなガゼフ……女は最初の一回以外は見た目より性格だぞ。一回目は征服感があるんだが、二回目からは満足感がなくなるんだ。だから新しいのを探す……。誰だ、今最低とか言ったやつは! 俺は王子だ。側室は当然だろうがっ!
「お待たせしたっす!」
またもや背後から突然声が響いた。またまた俺の心臓が飛び出しそうになる。いや、止まりかけてるかもしれん……。まさに心臓に悪いってやつだな……。
「ひいっ!」
「ぬっ!」
お前らまたその反応かよ。なるほどレエブンは不意打ちには弱いと。頭は回るがこういう時はダメなのか? ガゼフ、お前はもはや条件反射だな……。戦士としては正しいとは思うが。逆に見習うべきなのかもしれん。
「おんやぁ~また驚かせちゃいました? めんごっす」
弾ける笑顔で謝ってきたが、これは絶対に口だけだと思う。他の男ならあの美貌と笑顔で許してしまうだろうが、俺は本性を知っているからな。
「ふざけるな! 貴様全然反省してないだろうがっ!」
……などとはいえない……よなぁ。思ってるけど。言いたいが無理だ。俺はコイツの……悪しきスーパーガールの本性を知っているのだから。
「でもこれからさらに驚くことになるっす。ビックリして……死なないでくださいねー。でもビックリ死ってのはレアかもしれないっすね」
この言葉で俺の心臓が跳ね上がる。死ぬ……俺は死ぬのか。……いや、弱気になるなよ俺! まだ運命は変わるはずさ。できると信じてさえいれば、きっと生き残る道が開けるはずだ……。
ビビるなっ!
「……心臓が止まるかと思ったぞ。これはアインズ・ウール・ゴウン様にメイドに殺されかけたと報告せねばならんな。村長もそう思うだろう?」
「え? は、はいっ! ……いつものことなんですけど」
いきなり話を振られて戸惑う姿が微笑ましい。それにしてもいつもかよ! サディスメイドめ……さては人が驚くのを楽しんでいやがるな……。だが、アインズ様への告げ口は嫌なのか。これはひとつ収穫というべきか。
「勘弁して欲しいっす……さて、お仕事するっす。バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。アインズ・ウール・ゴウン様がお会いになられます。くれぐれも失礼のないように」
勘弁して欲しいのはこちらの方っす!
いや、こいつの傍にいたらマジでビックリ死するわ。ビックリ死……で合ってるのか? なんか違う気がするぞ?
「な、王子にむ……」
俺は抗議をしようとするレエブンを手で制した。馬鹿がっ! 俺は王子ではあるがそんなものは関係ない。アインズ・ウール・ゴウン様の前には無意味だ。圧倒的な強者であろう存在を相手にする時は弱者はひれ伏すしかないのだ。ちなみに俺はいつも逆の立場でいた側の人間だからよくわかる。まあ、俺の場合は地位に驕っていただけの愚か者だったのだが。今考えると恥ずかしい……。
「あいわかった。よろしくお願いする。ルプスレギナ・ベータ殿」
俺が珍しく丁寧なものだから、ガゼフもレエブンも目を白黒させている。いや、これ大事だから。前回の
「では、御案内いたします」
声とともに、赤毛の背後に黒い何かが現れた。正直に言おう。
俺は漏らしそうだった……。それが死の闇に見えたからだ。死神が現れて俺の首に鎌を当てている……そんな絵を想像した。俺の意思とは関係なく小刻みに膝が震える。
ふと見るとやはりガゼフは剣に手をかけそうになっている。こいつはやはり根っからの戦士なのだな。……これで何度目だ? そう思ったのは。しかし剣ではこの闇は切れまい。そして切りかかったとたんに闇に飲み込まれそうだ。
だが、一呼吸置いて落ち着いてよく見てみると闇で出来た門のような……そんな風にも見えなくもない。
「……て、転移魔法か……」
小さく漏れた声の主は元オリハルコン冒険者チームの誰かだろう。誰かはわからんが、つぶやく声が聞こえてしまうくらいに皆シーンとなっている。
それにしても転移魔法か。いったいどれくらいの位階の魔法なのだろうな。想像もつかんが、答えを知らない方が幸せかもしれん。きっとそうだ。
「では、私の後に続いてください」
闇に赤毛が消える。だが、その後に続く者がいない。皆が顔を見合わせている。未知の存在にたいしての恐怖心が足を止めてしまうのだ。
「勇気があればついてこい。なければ残れ」
俺はそう言って闇に躍り込んだ。
ふふ……カッコいいだろ?
だが、俺はビビりまくっている。本当に大丈夫なのかは保証がないし、何かがあっても保障はされない。それに、誰もついて来なかったらどうする。
どうしよう俺一人だったら……。闇の中でそんなことを考えてしまう。
「フフ……待っていたぞ。また死にに来るとは酔狂な奴もいたものだな……」
闇に低い声が響く。
「また……だと、なぜそれを……誰だ?」
「フハハハハ! お前はおめでたいな。お前は死に戻ったのが偶然だとでも思っていたのか? 馬鹿が」
闇に響く声が強くなる。聞いたことはない声だが、おそらく声の主は……。
「な、なんだと? ま、まさか……お前ぇぇぇぇっ!」
「フハハハハハ。その通り。全てはこの私アインズ・ウール・ゴウンの手の内だ。私が大事にしている場所への攻撃。それを指示した貴様をあの程度の拷問で許すわけがないだろうが。貴様は時を彷徨い、また私の手の中で苦しむ運命にあるのだ。ククッ……傑作だったよ。必死にいい子ぶって、やり直そうとしている姿は見物だった。ああ、安心したまえ、次に復活する時は今回の記憶はない。また、必死にせいぜい足掻くといい。……さあ、ルプスレギナよ、おおいに楽しむと良い。イッツショータイム! 私も見物させて貰おう」
や、やめてくれっ! 助けてくれ! いや、助けてくれなくてもいいから、拷問はやめて! 拷問だけはご勘弁を!
「では楽しませていただきます。アインズ様のご命令です。せいぜい頑張るっすよ。あ、王子ってことは知ってるっす。ただの人間だってこともね……」
赤毛の声が近くなる。 ダメだ……完全に楽しむ気満々だ。
「なあ、ルプスレギナ、痛覚が敏感になる魔法はかけるべきかな?」
「〈
すげー楽しそうに残酷な会話するなっ!
「ついでに三倍がけにしてしまうか。三重化だ!」
痛覚倍増を最大にして三倍だと! 死ぬ、死んでしまう。いや、いっそのこと俺を今すぐ殺してくれ!
「や、やめろー!!」
俺はまた泣き叫ぶことに……。
「殿下、先に行かないでいただきたい。護衛の立場がない」
「まったくです」
ガゼフ、レエブンがやってきたようだ。あーよかった。ビックリしたわー。俺は思わずペンダントを見るが水晶の数は減って……ない。
あーよかった。死んだかと思った。いや俺も重症だな。誰も俺が死に戻り足掻いているとは知りえまい。気づくまい。気を取り直さねば!
「これが転移か。いやはや、すごいな。一瞬にして違う場所に出るとは」
俺達は、気づけば遺跡のような墳墓のようなものの前に立っていた。周りをみてもカルネ村ではない。遺跡のそばには三階建てくらいのログハウスがある。なんだか不釣り合いだし、周りに木はない。転移魔法で木材を運んだのだろうか。まあ、わざわざ運ぶならその方が早いだろう。しかし、魔法って凄いな……俺は感動したぞ。もしかしたらこのログハウスを魔法で作り出すとかもありえるな。
「そのようです。村に他のメンバーは置いてきました。私とガゼフ殿がいれば大丈夫かと」
王国の頭脳と剣のトップクラスがいる。ならば大丈夫だろう……普通ならな。すでに普通ではないような気もするが、やはりここへ来ない方がよかったか?
いや、ビビるな。勇気を出すんだ!
「それでは、こちらへ」
我々はログハウスへと案内された。
「ようこそおいでくださいました。ここからの案内を任されております、ユリ・アルファと申します」
メガネのメイド……やたらと美人な……たしかヒル貝巻きとかいう髪型の女が俺達を出迎えた。ほら、髪をクルクルと巻くやつな。ヒル貝じゃないななんだっけ? あ、そうそう春巻き·····だったよな?
「よろしく頼む」
ふとみればガゼフの顔が赤くなっている。ああ、こいつの好みはこっちか。美人には弱いのか……収穫だ。……たしかに、美人で爆NEWだな。王子たるものストレートな表現はできんから、少しぼかした。──勘違いするなよ爆発的な破壊力があり、新鮮という意味──だぞ? 赤毛よりもメイドっぽいし。俺もこっちの方が好みだな。正直言えばメイドとしてではなく、側室として手元に置きたいと思ってしまったが、こいつは大丈夫な奴なのか? また性格破綻者じゃないよな? まあ、どちらにせよアインズ・ウール・ゴウン様のメイドにそんなことは出来んからな。落ち着けよ、俺。ガゼフ、お前もな!
「それでは御案内いたします」
ふー。いよいよ本番か……。ついに対面する時がくるのか。
なぁ、本音を言っていいか?
俺は怖い。本当に怖い……。前へいかないといけないという思いはあるが、足が自然と反対側へ向かおうとしている……走って逃げ出したい。だが、ここがどこかもわからないのだ。逃げようがないじゃないか。
だが前へすすめない。
ビビっている。ああ、俺はビビっているさ。だが、ビビっちゃだめだよな·····ここは勇気ださないと。逃げてちゃだめだよな向かっていこう。そう決意して俺は春巻きのあとに続く。
いよいよか……。
生きて帰れるのか俺は……。
くそっ! やっぱりビビってる俺がいる。だが俺は、
ふー……証明できるかなぁ……。覚悟は決めているつもりだが、怖さが消えるわけではない。一歩一歩死に近づいているような不安は消えないままだった。
◇◇◇
「クライム、お茶にしましょう」
私はクライムに声をかける。
「では、私が……」
ティーセットの方へとクライムは向き直るけど、それはさせない。
「いいのよ、クライム。お茶をいれるのは私の趣味なんだから。それとも私のいれたお茶が美味しくないのかしら?」
クライムは慌ててブンブンと首を横に振る。ふふっ可愛いわね。
「さ、おすわり! になって」
私は椅子をひいてどうぞと腕をとる。
「わっ! ん……は、はい」
うふふ。素直に座ったわね。いい反応……やっぱり可愛いわ。
「今日はお茶菓子ではなく、春巻きにしたの。法国に古くからあるツマミだそうよ」
「法国ですか。初めてです。いただきます」
お兄様そろそろかしら……どうなるか楽しみだわ。私はこっちで楽しまないとね。
★今回の補足★
今回バルブロが恐怖からか色々やらかしてるので補足致します。
書いておかないと誤字だよって報告されてしまうので、あらかじめ書いておきますね。なお通常の報告は修正させていただいております。ありがとうございます。
1・春巻き
バルブロが言うヒル貝巻きあらため春巻きとは、当然夜会巻きのことです。うろ覚えですね。髪型は似合っていればよいという考え方なのでしょう。
プレイヤーの影響のある法国なら春巻きがありそうな気がしまして、そこから伝わったことになりました。
2・爆NEW
バルブロの説明通りわざとそうしたので、誤字とかではないですよ。こんな誤字はありえないでしょ? なんとなくスープレックスが出そうですけどね。
3・自己商人
正しくは自己承認ですね。前後の文でわかるはずですが、単語だけ拾われたら間違いなく誤字扱いされますので。これも意図的にそうしてます。
※ あまり知られていないと思うので。
バルブロがルプスレギナを"悪い意味でスーパーガール"と言っていますが、海外ドラマ スーパーガールの日本語版の声はルプーと同じだったりします。 バルブロはもちろん知らないですが、人を超えた女の子って考えた結果ということで。
長くなってしまいました。
さあ、次はいよいよ、アインズ様とご対面の時を迎えます。ミスターバルブロは、ミスなくいけるでしょうか。
次回 第9回 太陽の化石 は、例によって日曜8時の更新予定です。