「な、なんだこれは……」
俺達が鏡を通って辿り着いた場所はまるで、神殿のような……宮殿のような……いや、それ以上の場所だった。
俺の城や宮殿が粗末な荒屋に感じるほどのレベルの違いを感じる。柱ひとつ、壁ひとつをとっても違う。何が違うかは言い表せないが、なんというか段違い、いや桁違いか? それも違うな。そうだな次元が違う……そう、次元が違うのだ! まるで、まったく違う場所や世界·····異世界に迷い込んだかのごとく違う。なんだここは……。
「ここは神の宮殿でしょうか……」
レエブンも圧倒されているようだ。
たしかに神の世界とも思える。たぶん正解に近いはずだ。それともこれは、この世でみる最後の夢。はたして続きはあるのか·····。
「やはり只者ではなかったのか……」
ガゼフは居心地が悪そうな顔をしている。やはり平民……などとは言わんぞ。
俺だって自分が猥褻な存在……違う、矮小な存在に感じているのだ。ひどく居心地が悪い。まだ会ってもいないのに敗北感が酷い。ここの主からしたら、まるで俺など床に落ちている塵のような存在………………。
ここで目線を床に落とした俺は、ある事に気づいた。正確にはない事に気づいたと言うべきだろうか。一度目線を上げた後俺はもう一度床を見る。進む先には間違いなくないし、通ってきた後にもない。そんなこと有り得るのか?
塵がひとつもねえ! これは凄いことだぞ。しかし、なるほど、「等しく価値がないっす」とはそういうことか?
塵すら残らない·····っておい! いや、納得してはいかん。ダメだダメだ。まだここからだぞ。始まってもいないのだ。気合いだ! 気合いをいれろ! 気合、気合! 気合!!
「いくぞ、気をしっかり持て。我々は国を代表してきたのだぞ!」
俺は顔をあげ、真っ直ぐ前をみつめる。ふふ、なかなかカッコイイではないか。何しろ歴戦の戦士ガゼフと、貴族でもっとも頼れるであろうレエブン。この二人がここまで動揺するなか、私が先陣を切るのだ。私こそが王にふさわしいと知れ。
「圧倒されてしまいました。殿下、申し訳ございません」
「私も失礼いたしました。護衛である私が·····お恥ずかしい限りです」
二人はハッとなって謝罪を口にするが、別によい。気持ちはわかるからな。俺だって圧倒されているのだから。
「ここからだぞ。いくぞ!」
「ハッ」
二人の声が見事に重なる。うむ、気持ちがよいものだな。
「では、この先でアインズ様がお待ちです」
春巻きメイドの声に反応して、やたらと重厚な扉が、イメージ通りに重重しく開く。ここを通るといよいよか。うーん審判の門とはこういうものなのだろう……。ああは言ったが俺は怖い。この先に待つのは神か悪魔か、それとも仮面の
「おおっ·····」
中に一歩踏み込み俺は·····いや私は思わず感嘆の声をもらしてしまう。
扉の奥は、広い謁見の間だった。もちろんただの謁見の間とはまるで違う。そう·····神が住まうような素晴らしい装飾に彩られた贅を尽くした広間だ。王国の財を全て投入してもこのような空間は創れまい。いったいどれくらいの時間と財を費やしたのだろうな……。
我が宮殿にも謁見の間はあるが、ここと比べたら、太陽と向日葵の種くらいの違いがある。
そんな広間の一番奥·····壇上には奇怪な仮面を被り、とてつもない価値があるだろう漆黒のローブを纏った男が、豪華だが洗練されたデザインの素晴らしい玉座に座って我々を待ち構えていた。傍にはガゼフの話にあった護衛の女戦士が控えており、俺達に向かって挨拶代わりに殺気を放ってきた。いや、俺に向かってだろうか。俺何かしたか?
「ゔぅっ·····」
尋常ではない殺気……やばい……ガゼフが勝てないというのはガチだ……。もしかしてあのモモンですらよくて互角ではないか……とんでもない存在だ。なんということか。
足がガクガクと震え立っているのが精一杯。崩れ落ちないのが不思議なくらいだ。俺は自分を褒めてやりたくなる。
急に周囲の温度が下がり、まるで極寒の地で裸で水浴びをしながら、冷たい飲みものを一気飲みしつつ、アイスをバケツサイズで食わされているくらいに冷え込む。中も外も冷えっ冷えだ。震える足とは逆に、上半身は固まってしまい何もできない。指一本すら動かぬ!
心臓の鼓動が途切れていく、これは不味い! 本気で心臓が止まりそうだ。やばいやばいやばい。陳腐だが、これしか言えねえ。なんだ、俺の本能が逃げ場を求めて死のうとしているように感じる。
主であるアインズ・ウール・ゴウン様からは何も感じない。……だが、俺が観察されているのはよくわかる。なんだか、俺の体中の毛穴を全て覗かれた上で全てを見透かされ心臓を鷲掴みにされているような……。
「よせ。彼らは友好的にやってきたのだ。そのような出迎え方はよくない」
救いの声は、地を這うような空気を切り裂くような……威厳に満ちた声だった。いかにも支配者という印象だが、俺には天の助けに思えた。
「かしこまりました」
護衛は優雅に一礼すると殺気を消した。空気が緩み、温度が上がったように感じる。極寒の地から暖かい保養地に一気に移動した気分だ。止まりそうになった心臓は再び活発に動き始める。身体を血液が循環し始め俺は生き返った。
いや、死んでないけどな。
ふー。これで一息つける。保養地といえばしばらく王家の保養地には行っていないな。最後に行ったのは妻を迎えた直後だったか。久しぶりに行ってみたいなぁ……。ああ、もちろんこれは現実逃避だ。悪いか?
「部下が失礼したな。ようこそ我が家へ。私がアインズ・ウール・ゴウンである」
なんだこの威厳は……。俺は思わず片膝をついてしまう。そういえば片膝をつくと閃光魔術が飛んでくると昔誰かから聞いたことがあったが、閃光魔術とはどんな魔法なのだろう。そしてアインズ様は使い手なのだろうか? ·····いやそもそも表現が間違っているな。俺は片膝をついたのではない。アインズ様の威光の前に跪いたのだから。
「私はリ・エスティーゼ王国第一王子にして、次期国王……であるバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフと申す者。この度は王の名代として、ここに控えし我が国の戦士長、ガゼフ・ストロノーフをお救い頂いた御礼を申し上げに参った。またカルネ村を悪行から救っていただき感謝にたえません。ご助力ありがとうございます。アインズ・ウール・ゴウン様」
我ながら見事な口上ではないか? 実は外交向きなのかもしれんな俺は。意外な才というものはあるな。
意外だと? 失礼だなっ!
「それは遠路ご苦労。その気持ち嬉しく思うぞ、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ」
うーん。人の上に立つのに慣れた対応だな。俺が王子であることなどまるで気にしていない様子だ。だが、それだけの力を持つ存在だろう。だから俺は気にせん。だいたい気にするくらいならここに来ないわ。そもそも王子という地位には価値はないと俺は身に染みている。·····痛みと苦しみの記憶とともに。
「長い名です。ぜひバルブロとお呼びくださいアインズ・ウール・ゴウン様」
「あいわかった。では以後はバルブロと呼ぶことにしよう。バルブロ、私もアインズで構わないぞ」
あっさりと呼び捨てに応じて来たか。さて、俺はどう返すべきか。許可をもらったとはいえ呼び捨ては·····なあ。
「ありがとうございます。アインズ様」
やはりこれが正解な気がする。呼び捨てはダメだと思うが、せめて名を様づけで呼び距離を縮めたい。さすがに今は呼び捨てはまだ早いだろう。護衛に本気で殺される気がする。
「アインズ様にご助力いただけなければ、我が国の宝であるガゼフを失っていたところでしたし、そしてもっと大事な宝である無辜の民と、彼らの生活する大切な村を失っておりました。アインズ様には感謝してもしきれません。誠にありがとうございました」
俺は跪いたまま、頭を深く垂れた。生まれて初めてこんなことをしたが、意外と悪くない気分だ。おそらく強制的にやらされているのではなく、俺は自然と·····心からの感謝を述べたからだろう。
俺はあの純朴な女村長を思い浮かべ、彼女やあの人の良さそうな村人を失うことを恐れた。
今ならわかる。襲撃から救われた村に対し、助けもしなかった王国軍が火矢を放てばそりゃ反発されるわ。俺が馬鹿だった。
「バルブロ、頭を上げてくれたまえ」
俺は言葉に従って顔を上げた。表情は奇っ怪な仮面のせいでわからない。
「たまたま近くを通りかかったのでな。ちょっとしたついでに助力したまでだ」
ちょっとしたついで! まるで犬の散歩にでもいくような気楽な口調だった。ヤバい……やはり次元が違う存在だと確信したぞ。なにしろ同じ相手と戦ったガゼフは死にかけたのだぞ! 何故俺はあの時それに気づかなかったのだろう。いや、俺だけじゃない。貴族連中もガゼフが勝てなかった相手を倒した相手を何故甘く見たのだろう。
「ありがとうございます。アインズ様のような強者が通りかかった僥倖·····きっと天のお導きか·····或いは無辜の民の日頃の行いがよかったからでしょう。·····この宮殿を見た今、何をお渡ししても恥ずかしいばかりですが、王国からの感謝を形にしたく、お礼の品をお持ちいたしました」
「ならば民の善行であろう。天は何もせぬよ。礼には及ばぬがせっかくの厚意を無碍にするわけにもゆかぬ。どのような物かな?」
確かに救いを求め天に祈っても何もしてもらえぬか。
「我が国に古くから伝わる貴重なマジックアイテムでございます」
「ほう。それは興味があるな」
やはりか!
「それでは献上したいと思います。レエブン」
「ハッ。これを献上いたします」
レエブンが美しい布に包んだアイテムを持って近づいていく。護衛が段をおりてくるのを待ち、布をほどいて差し出したのは、ちょっとくすんでいるがよくみると赤い太陽のような石。正式名称は不明だが、太陽の化石と呼ばれているアイテムだそうだ。先祖代々の秘宝であり、なんらかの強い力を持っていたはずだが、今は使い方もその力もわからないとされている。秘宝のわりには雑な扱いだが、魔法に対して力を入れていない我が国なら有り得る話だと思う。なにやら強い魔力が鍵とは聞いたが……。
「アインズ様」
「うむ」
あの殺気を放っていた護衛がそれを受け取り、護衛に似つかわしくない優雅な歩みでアインズ様へ近づくと、恭しく手渡した。受け取った側の反応は仮面越しだからよくわからないが、やはり嬉しそうな雰囲気があるのは間違いない。
「ふむ……〈
うおっ! いきなり魔法を発動するなよっ! 一瞬ビビったがどうやら鑑定系の魔法らしい。驚かすな! いや、驚かさないで下さい。
「ほぉ。これは興味深い……まさかな……ありがたくいただこう……ぬんっ!」
アインズ様は太陽の化石を持っていた右手に力を集中させている。しばらくすると……突然石が眩しく輝きはじめる。これが本来の姿か……。そしてその石をしばらく見つめたのち、空中に手を突っ込んでしまい込んだ。なんだ今のは!
「繁栄を意味する部分があるそうだ。持ち主の力が衰えると輝きを失うとか……」
いやどちらかといえば手が消えたことにビビったわ。
「バルブロ、よい贈り物をありがとう」
俺は頭を下げて、感謝に応じる。
「喜んでいただけてよかった」
「私はマジックアイテムは好きだからな。さて、堅苦しい話はここまでにしようか。折角知人が訪ねてきてくれたのだしな。ガゼフ・ストロノーフ殿、久しいな」
ここはガゼフの番だろうな。旧知の仲だし当然か。少し様子を見るのも悪くないだろう。
「お久しぶりですゴウン殿。その節はありがとうございました」
様をつけろよ馬鹿者めっ!
「礼には及ばんよ。あれは成り行きだったからな。わざわざ来てくれたのだな。嬉しく思うぞ」
「どうしてももう一度お会いしてお礼を申し上げたかった」
ガゼフに対しては、どことなく敬意を抱いているような……そんな対応だった。
「そうか。こちらから訪ねると言ったきりだったな。なかなか王都へは行けぬからな」
いや王都どころか、エ・ランテルですら目撃情報はないぞ。
「いや、ウチで歓迎すると申し上げたが、このような場所に住んでいる方に失礼な話であったようだ。謝罪させていただく」
ガゼフめ、そんな話をしていたのか。
「はは、気にせんよ。住居にはこだわっていないのでね」
絶対嘘だろ? こだわりが随所に感じられるぞ!
「ご冗談を」
「はは。まあ、こだわるポイントが違うということさ……」
「それにしても、素晴らしい装飾の数々ですね、アインズ様」
俺は今だと思って死地に飛び込んだ。……くらいの気持ちで話に加わる。くい込まねば! たしかコマネチックとかいう言葉があった気がするぞ。言葉の意味はよくわからないが、なんだか凄い意味がありそうだ。
「そう思うかね?」
うん。機嫌は悪くなさそうだ。ここからの言葉のチョイスは大事だぞ。慎重になバルブロ。王国の命運が、俺の命そして未来が、全てがかかっているのだ。
「はい。装飾だけではなく、ここまで見た全てが我々の知るものを軽く凌駕しております。私は王子という立場上、贅を凝らしたものにはなれていますが、私の知るものなど、ここにあるものと比べては霞んでしまいます。そうですね。あえていえば、カスである。そう断言できます。アインズ様方がどれほどの情熱と財を投じたかは想像もつきませんが、ここは素晴らしい場所であることは間違いがないかと」
ふー。堅苦しい話し方は辛いなぁ……。なにしろ人を様づけで呼んだのはアインズ様が初めてだからな。
「ふふふ……なかなかわかるではないかバルブロ。ここは私たちの故郷であり、全てだからな」
私たち……か。誰のことを指すのだろうな。
「故郷ですか」
「ああ。私たちにとって帰る場所はここしかない」
やはり私たち……だな。アインズ様一人ではないのか?
「なるほど、アインズ様とその御家族やお仲間にとっては、この場所こそが全てというわけですな。素晴らしいですアインズ様」
俺は心からの惨事を……おいっ! 違うわ、賛辞を送った。
「そうか。そうであろう。バルブロ、お前はよくわかっているな」
かなり上機嫌のようだ。これで俺は救われるな……。
「だが、わかりすぎているな……お前は何者だ?」
……救われてなかったぁぁぁぁー!
◇◇◇
「お救いしますとも!」
クライムが意気込んでいるの可愛いっ! キュンキュンしちゃう。
「本当? 何があっても誰が相手でも?」
「もちろんですとも。我が身、我がこ、心はラナー様に捧げたものです。たとえ火の中水の中、相手が悪魔だろうが神だろうがこの剣で斬り払ってお守りし、お救いいたします」
クライムの真っ直ぐな瞳に映るのは理想の姫である私。ならばここはそれに応えよう。
「悪い夢も斬ってね」
「もちろんですとも」
「頼りにしてるわよ、クライム」
私はクライムの胸に飛び込む。これで十分でしょう。私は不満だけど……。
クライムが斬るのは……何になるかしらね……。
バルブロ達がアインズと対面した場所は本来は玉座の間ですが、バルブロ視点なので謁見の間です。
原作のジルクニフには玉座の間と伝えたユリですが、バルブロには伝えていませんので彼は知りません。
次回 star
アインズに疑問を抱かれてしまったバルブロ。はたして数多ある星の一つとなるか。はたまた輝きを保てるか。生き延びろ、バルブロ!