ど健全なる世界   作:充椎十四

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サブタイトル『とっとこコナンくん』


貴様は今まで読んだエロ本の数を覚えているか

 運命の八月二十九日――果たして右腕は見つかった。トラックがうっかり踏んでしまったという謎の右腕のニュースは朝からずっと報道バラエティの話題で、チャンネルを変えても人の顔が変わるだけだった。

 

「京極堂は青森、猿は文○、久保はうちの作家……謎が解ける余地がなくない?」

 

 頭を掻きむしりながら部屋をぐるぐると歩き回る。どうにかして事件、久保の事件だけでも止めなければ……だがどうやって現場に行けば? 雨宮による誘拐を止めれば連続バラバラ事件は起きないが、その雨宮を止めるためには事件前に彼と接触する必要がある。どうやって会えば――はたと立ち止まった。そうだ、三週間近く放置しているメールがあるじゃないか。

 見学に来ないかと言ったのはあっちだ。いける、これで勝つる!

 

 美馬坂近代医学研究所からのメールに載っていた番号に早速電話をかけ、そちらに見学にお伺いしたいのですがと言い終える前に電話の相手――美馬坂教授本人が「今日にでも!」と叫んだ。前々から資金難で、加えて加菜子ちゃんの生命維持のため一層の金が必要になった彼には私の提案を蹴れるはずがない。

 だが、電話の向こうで「急ぎの要件の相手でないなら別日にして頂けないかね」という聞き覚えのある声。目暮警部っぽい声が聞こえた。なんで目暮警部が美馬坂のところにいるんだ……東都の事件だけ扱ってろ、お呼びじゃないんだよ今は。

 

「警部さん、いらん口出しはよしてもらおう。この電話相手は私にとっても我が研究所にとっても重要な客なのだ!」

「予告状が届いている現状で迎えるべき客かね!? いいかね、客を迎えるというなら少なくとも明日、いいや明後日にすべきだ。我々にも準備というものがある!」

 

 明日か明後日。明日はまだしも、明後日では誘拐後だ。行く意味がなくなる。

 何か研究所に向かう理由が欲しい。私が説得したところで雨宮が止まるかは謎だが、決定的なことをしでかさないように捕まえておくことは出来る。美馬坂近代科学研究所にも久保にも関わりたくないというのが偽らざる本音であるが、それでは要らない死者が出てしまう。被害者が加菜子ちゃん一人だけであるうちにどうにかしてしまいたい。

 

 ――京極堂は青森。青森と東都は新幹線で数時間だから呼べないこともない。が、私みたいな不審人物に呼ばれたところで彼が東都に来るとは思えない。

 京極堂は東都におらず、よって憑き物落としをする者がおらず、私はこれから起きるだろう流れを知っている。私がするしかないんだよな。

 

 研究所へは明日の昼に訪問する旨の約束を取り付け、内線で髙野さんに明日の予定変更を伝えてから机に突っ伏す。

 

 あるじゃん、救済とかそういうジャンル。私には真似できないけど、あるじゃん。救済時には主人公が死にかける「生か死か!?」な流れがあったりして、読者はそれにハラハラドキドキしながら読み進めていき、救済に見事成功した暁には「あんたには命を救われたぜ……困ったことがあったらいつでも俺を頼りな」とか救済対象から言われるわけだ。

 だが良く考えてほしい。そんな簡単に覚悟完了し零を瞬着して闘いに身を投じることなど、平和な世界で平々凡々と生きてきた我々にできることだろうか。たいていの人間は我が身が可愛いし暴力反対、敵前逃亡ならぬ戦略的撤退をするものだろう。私も命を狙われていることが分かった時には即座に公安に泣きつき、ボディーガード(派遣)を付けてもらったのだ。私は私が一番大事だ。

 さて翻って今回の事件、私の命は危険に晒されるだろうか? 否だ。雨宮がうっかり匣で殺すのは美馬坂の助手だけであり私は安全安心。もし雨宮の説得等に失敗したとしても、巻き込まれる可能性があるのは女子高生だけで私は対象外。ならば無辜の民のため動かねばなるまい。いいかいコナン君、事件に首を突っ込んでいいのは自分の安全が確保された時だけなのだよ。

 

「美味しいコーヒーが飲みたいと心の中で思ったなら! 行動は既に終わっているのだ!」

 

 というわけで少しぶりにポアロに来た。カウンターの毛利探偵に片手をあげて席に着き、苦みの少ないコーヒーとソフトクッキーを楽しんでいた……その時だ。

 

「探偵さん! 私分かったんです……! 加菜子は突き落とされたんだって!」

 

 気管に入ったコーヒーが諸伏君のシャツをまだらに染めた。

 

「何だって……!? 頼子ちゃん、本当かい」

「はい、はっきりと分かったんです。あの時加菜子は突き落とされて……ううっ!」

 

 毛利探偵に泣きつく頼子ちゃんの姿。ちょっと予想外過ぎて呆然とするのも仕方ないよね。だって毛利探偵が巻き込まれているんだ、止めろコナン首突っ込むな放っておいてくれ。

 シャツの染みをお手拭きで叩いている諸伏君に謝って、髙野さんに電話をかける。

 

「文○、先月号と今月号用意しててくれる?」

 

 何を書きやがった関口、目眩か? 目眩なのか?

 

 

 

 

 お盆休みは空手部が合宿だということで、蘭が不在の間はポアロで飯を食うことになった。初日の土曜日は蘭の作り置きを食べたが、二日目の今日は何もない。おっちゃんが重い腰を上げたのは夕飯にはまだ早い五時過ぎ――待ち時間を嫌がるおっちゃんらしい。

 だが、梓さんは申し訳なさそうに両手を合わせ、俺たちの入店を断った。なんと六時から、とあるミステリサークルの貸し切りになったのだと言う。

 

「何てサークルなの? ホームズ愛好会とか?」

「あはは、違うよ。私も詳しくはないんだけど、ウブメの夏っていうネット小説の同好会なんですって」

「ウブメ……ふうん。有難う梓さん!」

 

 ウブメというのはひらがなで書くのか、カタカナなのか、それとも漢字を当てるのか。ポアロの代わりに入ったコロンボで注文を待ちつつ辞書アプリで調べれば、産女もしくは姑獲鳥と書くらしい。検索をかけて出てきたのは『姑獲鳥の夏』という小説投稿サイトへのリンクと、考察スレ等々。十年以上前に投稿された小説ながらなかなか人気のようだ。有名動画サイトの百科ページを見れば、謎解き前で更新が止まっていることや考察をブログに載せている人一覧が載っている。――親父の名前もあった。知ってて黙ってたな、あのじじい。独り占めしようなんてそうはいかねえんだよ。

 

 夕食を終えてコロンボを出れば、歩道で不思議な二人組が何やら騒いでいた。

 

「こっちや箱顔。そらグズグズしとらんと、はよせえ」

「地図確認しとるっつぅとるやろが! そう言うてお前さっきから似たよなトコグルグル回っとるんやぞ!」

 

 凛とした洋風の見た目なのに浮かぶ表情や声の調子が少年そのものな男と、えらが張って四角い顔の厳めしい男。方言と話の内容からして、関西から来た迷子だろう。

 

「ねえねえ、おじさんたち迷子?」

 

 声をかければ、洋風の――ハーフだろう男が俺を見下ろして「へえ!」と歓声をあげた。

 

「おい高野豆腐、オモロいモンおるぞ。お前も見てみ」

「あん? このチビがどないしたんや」

「チビ? チビとちゃうやろ、ガキやけど。――お前の探しモンは何やら面倒そやな。殺されんよに気つけや。そんで、いきなり声かけてきてどないしたん」

「あ……えっと、おじさんたち迷子じゃないかと思って……」

 

 この男は何を知っていて、何に気付いたんだ!? じりじりと二歩後ずさるが、男が俺の反応を訝しがる様子はない。当然の反応と言わんばかりだ。

 

「何お前ガキ脅しとんのやみっともない。――ボン、ワザワザ声かけてくれて有難うな。おっちゃんたち迷子やってん。でも今度から知らん人に声かけんのはお父さんとかお母さんとかと一緒にしよな? おっちゃんはこれでもお巡りさんやさかいエエけど、ボンみたいな子供誘拐して海外に連れてく悪い人も世の中にはおるさかいにな」

「はぁい」

 

 高野豆腐という不思議な呼び方をされた男はハーフの男の頭をポカリと殴ると、しゃがんで俺の頭を撫でながらそう言った。

 

「せやからお前は高野豆腐なんや。ほらはよポアロに案内させぇ。僕は暇とちゃうんや」

「お前が地図見んの邪魔しとったんやろが! ふざけとんのちゃうぞボケ! ボン、すまんけどポアロっつぅ喫茶店知らへんか? おっちゃんたちそこ行きたいねん」

 

 全く雰囲気の違う二人だが、姑獲鳥の夏同好会のメンバーだというなら納得だ。普通に知り合って仲良くなるような仲には見えない。

 案内のため先導しながら、話しかけやすい方に話題を振った。

 

「おじさんたちはどうして今日ポアロに来たの?」

「知っとること聞いて何がしたいんや?」

「大岡! ガキいびんなや!――今日はな、『姑獲鳥の夏』っつぅミステリ小説を好きな奴ばっかりで集まる……オフ会って分かるか? 小説の話しながら飯食う会すんのや」

「へぇ~。その姑獲鳥の夏って面白いの?」

「オモロい。そこらのミステリなんぞ比べもんにならん。ああホンマなんで更新がないんや……もう作者さん亡くなってしもたとか考えたないわ」

「作者さん亡くなってるの!?」

「いんや、そうとちゃうかって言われとるだけや。俺は信じとらん」

 

 高評価に期待で胸が膨らむ。

 

「ボクも読んでみたいな!」

 

 俺がそう言った瞬間、男が口ごもった。

 

「ボンにはまだ早いんちゃうか? 漢字も多いし、ルビもないさかい……せや、中学出て高校入ってから読んだらええわ!」

「コーコーセー言うたらもうそのガキ読んでエエ歳やん。やっぱお前ほんまに高野豆腐やな、パーちゃうか」

「誰がパーじゃパープリン!」

 

 ハーフの男は間違いなく俺の身に起きたことを知っている。だが男の恰好は華やかなレース襟の付いたグレーの上下で、黒づくめの奴らの仲間らしくない。言動も子供っぽく自分の知識を隠そうとしていない……。これがワザとなら凄い演技力だ。何を考えているのか、何が目的なのか、謎は深まるばかりだ。

 ポアロに着き、二人を振り返る。

 

「ここだよ!」

「ボン有難うなァ! ここまで案内してくれたお駄賃や、これでジュースでも買うたらエエ。とっとき」

 

 握らされたのは百二十円。断ろうと口を開く前に男達は店の扉をくぐってしまった。カウベルを鳴らしながらドアがゆっくりと閉まっていく。

 

「そら、榎さんのお通りだ、道を開けろ!」

「アホ」

「わあ本当に榎木津と木場修だ!」

「リアル榎木津じゃないですか。あ、僕は――」

「君こそ猿だ。見れば分かる」

「ひでえ」

「初対面の相手に言うべき言葉か、貴様は」

 

 笑い声に溢れた店内では、口調をがらりと変えたハーフの男が猿顔の男に渋面を向けていた。




俺は現職を辞めるぞジョジョー!
近々大阪に戻り再就職先を探すぞ!

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