マーブリックの三人がトロピカルランドに遊びに行ったらしい。羨ましさのあまり泣いてしまったら、園内で事件が起きたせいでジェットコースターにしか乗れなかったらしいと髙野さんが教えてくれた。「これが天罰という奴だ! 自分たちだけで遊びに行った裏切り者どもに天誅を下したのだ!」と笑ってしまった。
――だがちょっと待てよ。そういえば工藤優作先生の息子の新一くんは高校二年生ではなかっただろうか。そしてトロピカルランドで事件、もしかして「ジェットコースターで首が飛んだ事件」と「見た目は子供、頭脳は大人になっちゃった事件」が起きる日だったのでは……?
はっきり言って名探偵コナンで私が知っている映画は「大観覧車の上でアムロとアカイが殴り合い、爆弾で観覧車がゴロゴロするアクション」「腕力ゴリラな安室の女になれる人知と常識をポイ捨てした近未来風味カーアクション」「平次の活舌が悪かったのか紅葉さんの耳が悪かったのか分からないが、とりあえず平次の女になれるバイクDE空中散歩」「キッドの女向けと見せかけた京園ラブラブKARATEアクション」だけだ。映画しか見なかったせいで他のストーリーはさっぱり分からない。幼い頃にロマノフ王朝の子孫がどうのこうの、ラスプーチンがなんだかんだ……という映画を見た覚えはあるが、ウン十年前に見たきりのストーリーをはっきりと覚えているわけもない。
一番年が近い相手――椎野ちゃんに電話を掛ける。動画撮影中であれば担当マネの茂登山くんが出るだろう。
『ハイもしもし』
「私だよ! 私私! 私だってば」
『貴方、もしかして……』
「そう! 本社の個室で諸伏君と一緒にいる私だよ」
『答えるのがはよ過ぎんか』
この世界にオレオレ詐欺はない。もっと殺意に溢れた詐欺が多く、人命に直接的な影響のある詐欺はほぼないと言って良い。それをして治安が良いとは言えないのがなんとも悲しいところだ。
椎野ちゃんが出たのでそのままトロピカルランドの事件について聞くことにした。
「トロピカルランドで事件に遭ったって聞いたけんど、何の事件?」
『浮気男の首が飛ぶ事件でっせ。一話の』
ちなみに私も椎野ちゃんも西日本の出身だ。だから二人だけの場では地元言葉が出るのだが、大阪人はよく「関西――ああ、西日本って意味の関西な」という言い方をするし中部以東の出身者からは同じ関西弁話者と一括りにされるけれど、椎野ちゃんは大阪で私は徳島だから言葉が色々と違う。
「てことはつまり――」
『これからはあざとい高山声が聞き放題。楽しみやね』
違う、そうじゃない。
『せや、トロピカルランドでブラックラベルの方々と目があったんにゃけど「うわっババ踏んだっ!」てな感じでバッと目を逸らされたんよね。うちら三人ともあの人らと関わった事あれへんし、半月ちゃん何か知らはらへん?』
「んー、まぁ……ウォッカのラベル剥いでベッドに縛り付けた事が有るじょ。ペットボトルからカルピスゼリーを注ぐじょてぇ脅して泣かせたけん、それ」
『なるほど。写真があればワッ○アップで送ったって』
諸伏くんが不在とはいえ、どこに耳が有るか分からない。組織の呼び方もその他表現も、知っている者が聞けば分かるという程度ながら変えている。身内に通じれば良いのだ、通じれば。
にしてもなんだ、良いことを聞けた。黒の組織が私をアンタッチャブル扱いし、逆にヤバい組織や団体の物理攻撃から私を守ったりまでしてくれていることは降谷くんから聞いていた。だがジンやウォッカが三人から逃げたということは、マーブリック――つまりピンクウェーブの社員も触るな危険の劇物と認識されているのだ。
つまり、我々は組織とコナンの関わりに巻き込まれない。別の事件には巻き込まれるかもしれないが、黒の組織からの邪魔な介入はないのだ。
我が覇道を遮る者などおらんのだ! ははは!
――だが、いいなぁ遊園地、めっちゃ遊びに行きたい。前に遊園地を借りたら前日の間に爆弾が仕掛けられてたりペーパーナプキンに危険な薬品が仕込まれていたり、殺意に溢れた方々が色々と仕掛けてきたんだよな。黒の組織が裏側から手を回してくれているとはいえ私の命を狙っているのは裏の筋の方々ばかりではない。表の世界に暮らす清廉潔白な方々が私の命を狙っているのだ。
気軽にホイホイ遊園地に行けちゃうマーブリックが羨ましい。私だって遊園地に行ってジェットコースターに乗ったり観覧車から地上を見下ろしながら「人がごみのようだ」と呟いて高笑いしたい。
遊園地に行きたい。小さくても良い。
「遊園地行きたいわ……」
『半月ちゃん……』
つい零れた愚痴に、電話の向こうから明るい声が応えた。
『建ててまえばええんちゃうん』
「あ?」
『半月ちゃん、お金はなんのためにあると思う? 使うためやろ。建ててまえ建ててまえ』
建てちゃえ遊園地。まるでやっちゃえNISS○Nのような言い様に目から鱗が落ちた。建てちゃえば良いのか。
「ほなけんど、どこの土地買うんけ? 都心やし建てたら建てたで維持費いるし、ひどい高いけんな」
『東都に拘る必要ないんやし……地方でええんちゃうん』
社員の保養地にするのはもちろん、関連会社や国へも保養施設として貸し出してしまえ。なぁに多少都会から遠かったところで問題ないだって保養施設だもん――洗脳のような椎野ちゃんの言葉に乗せられ、気が付いたら遊園地の建設が決まっていた。
まる一日借りるのと自分で建ててしまうのと――どちらの方が安いかと言えば圧倒的に前者なのだが、『思い立ったらいつでも行ける安全な保養施設』という魅力に屈してしまった。税理士からは「税金対策ですか?」と聞かれたが、私が対策したい相手は税金ではなく自称普通の人々なテロリストだ。
――私は知らなかったのだ。コナンは原作が始まると時空が歪むことを。遊園地建設計画が昨日決まったら明日は除幕式、なんてことはざらなのだと。そして誰もそれを疑問に思うことがないのだと。諸伏くんが「何が問題なんだ?」なんて可愛く首を傾げたが問題だらけだ。何が起きているんだ。
「昨日の今日だぞ、一体何が起きているんだ! どうして誰も疑問に思わない……!?」
「ククク……これがコナントラップですよ、半月さん!」
「この時空において、『来年』は二十年くらいしないと来ないのです」
「コナン始まったね」なんてのほほんとしていたマーブリックを緊急事態だと呼び出せば、その年下組が悪役っぽい決めポーズと口調でそう言った。
「えっマジ?」
コナンってそんなに続いていたのか。長過ぎないか。五年くらいに縮められないのか。
「そう! つまり私と貴方はこれから二十年ちょっとの間、三十歳の誕生日を迎え続けるのさ」
「うわ、三十の壁というメンタル的に来る年齢で止めるのやめろォ! せめて二十七歳くらいで止めて!」
ちなみに二十七歳なのは玉城ちゃんだ。あまりのことに頭を抱えれば、椎野ちゃんの手が私の肩に乗る。見上げた表情は慈母の微笑み。
「一人じゃないよ、仲間がいるから」
「椎野ちゃん……」
もちろん一人で二十年を過ごすよりはマシだが、私合わせてたった四人で乗り越えるには、その年月は長すぎる。
涙をこらえるため唇を噛み締め、努力して笑みを浮かべる。
「頑張って一緒に生き延びよう」
来年完成予定の新本社、そこに逃げ込めるのは少なくとも二十年後。途中で死んでしまいストーリーからドロップアウトする……なんて流れは御免だ。
というわけでマーブリック、君たちには早いうちからコナンとコナンの周りで起きる事件に関わって貰いたい。私はほら、仕事が忙しいから。
そんな皮算用をしていたせいなのか、コナンだけでなく京極堂までやってきて私を事件に巻き込んでくれた。
割烹にも書きましたが、現在ゴタゴタしております。これからも更新速度は低迷します。