十人も入らない小さい会議室、そこに集まった私とマーブリック三人――過去に想いを馳せる会・第四回とホワイトボードに踊る文字は玉城ちゃんが書いてくれた。動画の編集作業を担っているだけあって司会進行が上手い。
「えー、本日の議題は『思春期』。自分達が思春期に何を好んだかを、えー、丸裸にすることが主目的です。司会は私、玉城がいたします」
「いよっ!」
「たーまやー」
「司会いつもありがとうございまーす」
全員で拍手し、秋山ちゃんが口許をもにょもにょとさせて恥ずかしそうに言った。
「……こういう性癖暴露話って照れますね」
確かにあまり他人と共有する類いの話ではないが、地元(前世)を同じくする仲間なのだからちょっとくらい掘り下げてチャオッスでコアな話をしても良いではないか。
「ま、黒歴史を掘り返すのとはまた別の恐ろしさがあるわな。自分のスケベ本遍歴なんて」
「私はタイトルだけは言わない。絶対に言わない。司会としての強権を発動してでも言わない」
「あっ、私も内容とか言いたくないです!」
玉城ちゃんと秋山ちゃんが早速今回の会合の目的に反する主張をし始めた。
「まあエエけど……逆にタイトルとか内容とか言わん方が半月ちゃんの妄想刺激するかもしれんよ」
「それでも無理、無理なんです!」
私は玉城ちゃんたちの嫌がることを強いたいわけではない。猥談で盛り上がりたいだけなのだ。言いたくなければ言わなくて良いということで、トップバッターは私。
「初めて買ったエロい漫画は、PTAに『子供に読ませたくない雑誌』として指定を受けていた時の少コ○から。『囚~愛玩○女~』」
なんだそれという顔をした玉城ちゃんたちに対し、椎野ちゃんは眉間に皺を寄せている。
「なんかタイトルに覚えがあるようなないような……。連載は○コミ本誌?」
「いや、チーズ」
「内容は?」
「美少女を購入したイケメンが、無垢な少女にあーんなことやこーんなことをして調教していくやつ。作者は刑○真○。私はこれで源氏物語の可能性に目覚めた」
「あっ、分かった。本屋で見たこと有るわそれ。確か雑誌に載ってたんを立ち読みしたはず」
秋山ちゃんは世代じゃないからか「全然さっぱりわからん」という顔をしている。――そう、通じなければ恥ずかしくない。相手に通じていないなら、タイトルを言おうが作者名を言おうがなんら問題ないのだ。どうせこの世界で検索しても見つからないのだし。
しかし玉城ちゃんの顔色は微妙に悪くなり、目が泳ぎ始めた。知ってたのか思い出したのか、可哀想だから突っ込まないであげよう。
「あの頃の小学○は凄かった。どの連載作品もエロかった……。一番好きな絵柄はゲットラブの池山田○」
「かわいいもんな」
「そうなんだよ……」
懐かしんで、次。椎野ちゃんのターンだ。
「私は少年誌や青年誌が多くて、中学で先輩が部室に持ってきた『ふたり○ッチ』が初エロ本。初めて買った性描写有りの漫画はワ○ピースか復活のアンソロだったはず」
「ありふれてて面白味がないな」
「うっさいわ。あとは性描写について理解できてない年の時に見たのを含めば○ヴァかね……。ちょっとエッチな描写があっただけのものを含めばぬ○べ~、美神、カム○伝とか」
「カ○イ伝? たしかだいぶ古いやつじゃなかったっけか」
「家にあったら読むやろ」
次、玉城ちゃん。
「私もふた○エッチが初エロ本です……が、そのあと古事記にハマりまして、はい」
「ですよね、神話や古典ってヤバイですよね! 神話って異種婚姻譚好きにはたまらないというか、アブノーマルで神秘的なのに生々しい肉感を持っていて」
「食いつくと思った……」
サビキ釣りの鯵のごとく秋山ちゃんが食いついて玉城ちゃんが早々と華麗なターンエンドを決め、秋山ちゃんのターン。
「私が初めて買ったのはヘルマフ○ディテの体温って本です。両性具有の話で」
「あ、それ知ってる。アリ○姫がブログで勧めてた本やろ。確か出版されたのは平成二十年……くらい……」
椎野ちゃんは静かになった。可哀想に……。私も似たようなものだけど、椎野ちゃんは間違いなく私より前の生まれだもんな。傷付くのはよく分かる。にこに○ぷんとドー○ツ島を見ていたと言うが、私と玉城ちゃんはみど・ふぁど以下略だけだし、秋山ちゃんはスプーも見てたらしい。年齢差を考えたら辛いばかりなんだから、考えなければ良い。私は年齢差なんて計算しないようにしている。
「話変えません? ほら、思春期に好きだったラノベとか青少年向けのナントカ文庫とか」
萎れた椎野ちゃんを見た玉城ちゃんが慌てて別の話題を出した。だがその話題で困ってしまうのは私だ。
「……実は私、ラノベの類いはあんまり読んでないんだよね。がっつりファンタジーな小説も無理だし、読めるものが限られてて」
「えっ、先生ハリポ○とかはご存じですよね?」
「映画とかマンガならいけるし、ハ○ポタは『主人公が非魔法使いの世界から魔法界に飛び込む話』だから読める。だけど『一から十まで異世界』という話がどうにも合わない。十二○記で言えば陽子ちゃんや要くんの話は読めるけど恭王あたりの巻は無理」
私の頭は固い、それは自分でも分かっている。現実に存在する何らかの要素を感じられない話は読むのが苦痛なのだ。だから創竜○は好きだが銀河○雄伝説は一巻も読みきれず、魔女集会通りは二度借りたがダークホルムはあらすじだけ読んで本棚に戻した。
全部がファンタジーな話には掴みやすいドアノブがないのだ。私にとって。はてし○い物語みたいに誘導してくれれば読めるんだけども。
「気持ちは分からんでもない……けど、ハイファンタジーが読めんってことはスレ○ヤーズも未読?」
「うん。でもアニメは見たよ。ス○イヤーズとスレイヤー○ネクスト、たしか再放送のだったはず」
「ならオーフェ○はぐれ旅とかトリブ○とかロードス○とかデルフィニ○戦記とか○言シリーズとか」
「トリ○ラはアニメを見た。あとは本屋で何度も見かけたからタイトルくらいは知ってる」
椎野ちゃんと玉城ちゃんが「まじかこいつ信じられん」とか「そんな人種がいたなんて」とか「この世代で読んでない方が希少価値」とか言い始め、元から世代が違う秋山ちゃんは「私も読んでませんよ!」とフォローになってないフォローをしてくれた。
「まあそこらへんは半月ちゃんの嗜好の話やし、横に置いとこ。どうせ今挙げた作品全部この世界に存在してないんやし」
「えっ、今挙げられたやつ全部スケベだったの? 読んどきゃ良かった……もったいないことをしてしまった……」
「何でそうなるんや。発表媒体のファンタ○アとかス○ーカーとか電○とかのレーベルが存在せんから生まれんかっただけやで。異種婚姻とか悪魔とかそういうものに対する制約が厳しすぎてな……」
お陰さまで風の○陸もフルメタもゴシックもタクティカル・ジャッジメ○トもザ・サ○ドも卵王子もDクラも猫は知ってい○のかももレギオスもリアルバウトも伝勇伝も火魅○伝もまぶら○も存在しないんだ! スニーカーならオーラバ○ラーにお・り・○・み、円環○女、ムシウ○、レンタル○ギカ、フォーチュン○エスト、レディー○ンナー、理系なら興奮しない奴がおかしいされ竜、スニーカーにおいて異彩を放ち後々ビーン○で新装版が出てイラストレーターも変わったやさ竜! まだあるぞ電撃ならブギーポップ、キノ○旅、半分の月、悪魔のミカ○、住めば都の○スモス荘、インフィニティ・○ロ、猫の○球儀ああああ挙げきれないつらい! シャナ!
――そうタイトルをあれもこれもと羅列してくれた椎野ちゃんには悪いが、ほぼ分からない。それを正直に言えば「じゃあ何なら知っているんだ」と聞かれたから読んだことがあるレーベルの名前を挙げた。
「ホワ○トハートで、タイトルと内容もしっかり覚えてる話は十二国○とゴースト○ント。だけど中3かそこらの時にミステリに嵌まった……ってか相棒に嵌まってミステリばっか読むようになってさ、それからラノベは読んでない。ああでも薔薇とか百合のなら読んだよ。マリみてとか少年舞妓とか」
「あっなるほどそういう」
「納得。長くて二年かそこらしかラノベ見てなくて、それもかなり堅めの少女向け。あとは薔薇百合のつまみ食い。読んだ覚えがある異世界ものが十○国記くらいで迷い込み以外のハイファンタジー除外じゃあ色々限られるわな」
「先生は官能系特化だとばかり思ってました。ミステリお好きなんですね」
官能系も好きだよ私は。薔薇でも百合でも美味しく食べるし、直接的表現も婉曲的表現も大好きだ。スケベは元気をくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。
軌道修正なんだろう、玉城ちゃんが秋山ちゃんに「どういう本読んでた?」と水を向ける。
「神話はもちろんとして、小説だと静かな狂気や精神崩壊、救いがない話が好きですから、海外の有名どころなら変身や若きウェルテルの悩み……ドイツ文学やロシア文学を読んでました。国内なら太宰や芥川は外せませんね」
「今、秋山ちゃんだけは敵に回したくないって思ったよ」
怖いわ。人畜無害そうな顔をするんじゃない。私たちにも分かりやすいように有名な作品の名前を挙げただけで、秋山ちゃんのことだ、もっとやばい本を読んだに違いない。
「ま、ということは、や」
椎野ちゃんが頬杖を突きながら空いた左手で頭を掻いた。
「半月ちゃんがラノベに弱いからラノベ業界に手を出してなかったってだけってことやね。なんかドカンと爆弾用意してるんかとばかり」
「何にも用意してないよ。ぶっちゃけラノベがどういう物なのかとかもよく分かってないし。擬音多ければラノベです、とかそんな感じ?」
ラノベとはなんぞや、というのは私が思っていたより複雑だったのだろう。三人とも悩み始めた。事件があり謎を解けばミステリであるように、AとBがあればラノベになるものと思っていたのだがどうやら違うようだ。
「これはうちの解釈やけども、ラノベというものには肉感がない」
「肉感」
初めに口を開いたのは椎野ちゃんだった。
「一般の文芸なら、成人男性が朝起きれば顔を洗って髭を整えるけど、ラノベのキャラクターたちが髭を剃る描写はあんまり見たことがない。女子高生のキャラは失恋でもしないと髪を切らないし毎日同じ髪型で学校に行く。外観設定が変わるような何かしらの出来事が起きない限り、初めに作られた枠から外れない。五歳のツナも二十五歳のツナも同じ髪型で、ギャグシーン以外で坊主頭やアフロにならないのと似た感じ。青少年らしい悩み以外の思考の矛盾といった『人間らしさ』が欠けてる――分かりづらいけどこれで堪忍」
両手を顔の横に上げた椎野ちゃんの言葉を秋山ちゃんが次ぐ。
「……椎野さんの言うような人間らしくなさっていうのありますよね。私がラノベについて思い付く要素は『読者層の限定』です。メインターゲットの中高生が没入しやすいキャラクターを主人公に据え、日常では味わえない命を懸けた戦いや背中を預けられる仲間の存在などを擬似体験させる。読むジェットコースターと言えば良いんでしょうか、ラノベとはそういうものかなと思いますね」
「えっ、もう私の番? 二人とも出すの早すぎ……えー、読んでも教養にならない内容? とか?……アッ違うんです適当ですもうちょっと考える時間くださいすみません」
「いや、確かにラノベは教養にはならん。ギガスレ○ブを唱えられる人より法華経唱えられる人の方が世間さまの目で見て教養がある」
「実生活で使わないコアな知識は身に付きますけどね……」
三人の話を総合すれば、「登場人物は生身の人間っぽくない」「青少年向けでアトラクション的」「特殊な知識ばかり身に付く」のがラノベということになる。こう言うと何だコレとしか思えないが、青少年向けの漫画もそういうのが多い。
「よーし分かった。うむ。ここにいる四人とも、ある程度の文章力がある……そして私以外はラノベがどのようなものかを実際に読んでるから知っている! つまり!」
「流石半月さん! さりげなく自分を除外する手腕! そこに痺れる憧れるぅ!」
「やめろ嫌な気配しかせんぞ」
「なんて分かりやすい導入」
ざわつく三人を見渡し、人差し指を空へ突き上げた。
「そう! 君たちがラノベのパイオニア!」
「すみません、私大学と翻訳で忙しいんですよね」
「うちも本職があるしなぁ……三連休はこっちでイベント進行してるわけやし、無理やわ」
「むりむりむりむり、私むり」
というわけで玉城ちゃんにラノベ第一作を任せることになったの――だが。
「長編が……長編が書けません……ッ!」
玉城ちゃんはショートショートを書けても長編を書けない人だった。「どうしても二千文字の壁を越えられない。私には無理だ」と泣き崩れ、ラノベ計画は頓挫した。
私はその時「頓挫した」と思ったのだが、なんと本人の玉城ちゃんがラノベの誕生を諦めていなかった。
「絶対に売れること間違いない作家志望の子を捕まえてきました! 才能の塊! ゆくゆくはアニメ化映画化間違いなしです!」
半年後、我が社のラノベレーベル・衝撃文庫の創刊と共にデビューしたのは、現役大学生の徳本敦子ちゃん二十二歳。作品タイトルは『空色の国』。
どうやってこんな子を見つけてきたのか聞いたら「作中で友人に作品をパクられて自殺した人です!」と言われたので、コナンって業が深いなと思いました。まる。
※五巻