幼稚園児の時分に見たアソパソマソ……なんかドキソちゃんが食パン仮面に恋してなかったりアソパソマソのバイキソマソへの殺意が高かったりしたが、八割私の知ってるアソパソマソの通りのアニメ。あれを見て以降、アニメと言えるアニメを見てないことに気づいた。
新聞のテレビ欄に並ぶのは仮面ヤイバーやらヤイバーマンやらYAIBAやら――どの児童向けコンテンツにも「ヤイバ」とついていて、二度目の幼稚園を満喫していた私は「なんかキナ臭いな……ペロッ、これは洗脳とか陰謀の味!」「ヤイバだけにヤバい何かしらがあるに違いない」と考えた。
報道による……もしかすると国家ぐるみなのかもしれない洗脳をされてはたまらんと思ってアニメを見なくなり今に至る私のもとに椎野ちゃんが持ってきたのは、A4用紙の束だった。
「椎野入りまーす」
「ようこそー。その書類なに?」
「これは書類ではない。脚本だ」
「その声真似、バーンよりモロじゃない?」
「黙れ小僧、お前にサンが救えるか」
「……二人とも何の話してんだ?」
椎野ちゃんは諸伏くんの手に紙の束を渡すと、私のデスクトップにUSBメモリースティックをひょいと差した。白いシンプルなスティックには黒マジックで「す○いや~ず」。
私の机に両腕をつくと、椎野ちゃんは真剣そうな顔をした。
「実はあのあと私も思い直したんや。玉城ちゃんだけにラノベを押し付けるなんてみっともないことをしたなーと。申し訳ないことしたなーと」
「あ、玉城ちゃんもうラノベギブアップしたよ」
「えっマジで!? いつ!?」
「先月のはじめ」
「まじかそんな前に……。まあ良いわ、そんなことよりこいつを見てくれ」
パソコン画面を上から覗き込み椎野ちゃんが開いたのはワードファイルの一覧だ。フォルダ名は「すれい○~ず」で、ファイル名はシンプルに数字だけ。
「何なのこれ?」
「ス○イヤーズのアニメ脚本。とりあえずネクストまで書き出した」
「まるで理解できんぞ」
「脚本を書き出す」とはどういうことか話を聞けば、なんと椎野ちゃんはなるべく記憶に忠実に無印とネクストの五十二話を文字起こししたのだという。台詞はもちろん背景や見せゴマについても書き加えてあるから「脚本」と言った、ということらしい。
さっき諸伏くんに渡したのはアニメ一話から五話の部分だそうで、諸伏くんは紙束に頭を突っ込むようにして読んでいる。面白いんだな。
「こんだけのものをよく書き起こせたね」
「そらー原作繰り返し読んどったんはもちろんやけどアニメ何度も見たし。あと、ドラマガの設定資料集読み込んどったからさ、細かいところもまあどうにかこうにか埋めれたっていう。オリジナルの執筆は無理でもこういうのならイケるかと思ったら案外イケた」
「凄いな……でもなんでスレ○ヤーズ? 他にもメジャーどころあるだろうに。とあるとかダンまちとかデスマーチとか、私でもタイトルと概要を知ってるレベルの作品がたくさんあるのに」
椎野ちゃんは肩を竦めて「むりむり」と頭を横に振った。
「あんなぁ半月ちゃん、何事にも段階というものがあるんや。まず、元気はつらつで苦難を苦難と思わない80年代少年向けのヒーローは取っつきやすいがガキ臭い」
「80年代の少年向けとか見たことない」
「せやろな知ってた。90年代は悩むとなったら人生を賭けて悩むってのが増える。NINKU-忍○-もシリアス多かったし、こどちゃや赤僕は少女向けながらかなりヘビーだったやろ」
「そこらへん全然覚えてない」
「バカモン何故覚えとらんのだ。で、00年代は始めこそ嫌だ嫌だと言ってるけど結局巻き込まれるし自分から首を突っ込む主人公が増えた印象が強い。
しかし00年代前半と後半は傾向がやはり異なっててな。前半の作品ならビバップにまりメラと最終兵器○女、ギャラ○シーエンジェルは是非見ておいてほしかった。見てた? あっ見てなかったんならもう良えわ。とりあえずあずまんがは神。後半はPumpkin Sciss○rsとBlack lago○nがいいぞ。あとは脳噛ネ○ロにデスノ、仮面のメイドガ○……正直ここらのあたりから作品数が増えすぎて見る気がなくなってきてた」
「たしかにアニメの枠が増えたような……?」
「ゆる○りとニャル子さん、タイバ○、FAT○、スペ☆ダン、ジョ○ョ、ストプラ、うし○ら、GATE、ユーリ○n ice、ベルセ○ク、○世界食堂、○ルパン……他にも色々見たけどぶっちゃけ全部追うのとか無理。多過ぎて目が死ぬ」
「バトル系多くないか」
「甘酸っぱい青春ものは好きちゃうねん」
掛け算ありきでタイ○ニとか○ョジョとかうしと○を見ていた私と違い、椎野ちゃんは純粋にバトルものが好きなんだろう。入隊したくらいだし。
「でや。子供の物だったのから対象年齢を次第に厚く広くしていくのに少なくとも二十年とか三十年かかったわけよ。ところがどっこい、この世のアニメ業界は80年代始め――もしかすれば70年代で止まっている。70年代はあっかっどーう鈴之助ぇ、キャシ○ーンでバベル○世、キャンディキャン○ィ、はいからさん、未来少年○ナンの時代やで。正義のために肉体を捨てたり鼻ペチャだってお気に入りなヒーローヒロインが溢れた世界に『僕は戦いたくない』とか『戦うより俺の歌を聞け』とか放送したところで視聴率は取れん」
「なんでそんな古いのまで知ってんの?」
「好きだからに決まっとるやろ。うちの本棚はCDとビデオと小説と設定資料集で埋まっとったくらいやからね」
というわけで先ずはス○イヤーズのような「主人公の性格はちょっとアレだが勧善懲悪な内容の物」から種類を広げていくのが良いのだ、と話をまとめた椎野ちゃんに頷く。
「椎野ちゃんの情熱はよく分かった。いくらでも出そうじゃないか。どの製作スタジオが良いとかの希望は――」
「いやいやいや、ピンクウェーブにアニメ事業部作らんと」
「え、外注じゃないの?」
「外注したところでどこが作ってくれるんや。デモはデモデモあの娘のデモは、と断られるに決まっとるやん。せめて子会社にせんと」
え、デモが何だって?
しかし諸伏くんがワクワク読んでいることから椎野ちゃんの持ってきた脚本が読みやすいし面白いことは間違いない。宗教がなんだ規制がどうだという柵なくのびのびとアニメを作ろうというなら、うちで作ってしまった方が手っ取り早い。
諸伏くんに声をかけた。
「諸伏くん、それ面白い?」
「……ん? ああ、面白いぜ。魔法とかそういう設定は目新しいけど、内容は悪者退治だろ? 斬新すぎないし良いんじゃないか」
「そっかー」
椎野ちゃんに振り返れば「神の奇跡以外は全て外法」「仏教に奇跡はないから想像の外」と悲しい現実を伝えられた。魔女っ子ジャンル全滅じゃないか。
歪みすぎていてもはや草も生えない……鳥取砂丘など目ではなくゴビ砂漠、いやサハラ砂漠だ。枯れきっている。はやくなんとかしないと。
――というわけで自転車操業っぽかったアニメ制作スタジオを三つほど取り込み合併させ、子会社にアニメスタジオ・とるね~どというのを作った。新規事業開拓部署にほぼ一から十までやってもらったから細かいところは知らないが、ピンクウェーブが取り込む際に逃げるように辞めていったアニメーターは七人いたらしい。敬虔な宗教者たちがうちの事業に嫌悪感を持っていることはもちろん知っているが、宗教を理由にして仕事を辞めるというのが私には理解できない。ムスリムに飲酒を強要するような行為でもなかろうに。
そうタイムラインで愚痴ったら、秋山ちゃんから電話が掛かってきた。
「はろー。電話してくるなんて珍しいね、どうしたの」
『秋山です、驚かせちゃってすみません。今ちょっと腱鞘炎でして……入力が辛いので電話しちゃいました』
秋山ちゃんはまだ現役の大学生だからレポートなども多いようだ。学生生活を満喫すれば良いのにと私は思うのだが、クトゥルフやら海外の神話や古典文学やらの翻訳作業に積極的に参加してチームメンバーとオールナイトパーリィ(徹夜)を繰り返している。健康に悪いしうちはホワイト企業、お願いだから業務時間を守ってほしい。
「秋山ちゃん休もう」
『休んでますよ、腱鞘炎ですし。それで今進めてるというスタジオ・とるね~どの退職者と宗教の話ですけど』
「あっはい」
秋山ちゃんに話させると長くなるのだ。愚痴らなければ良かった。
しかし後悔しても時すでにお寿司。私には秋山ちゃんによる宗教談義を止める術がないし、他に秋山ちゃんを止めてくれる人もいない。電話を切るわけにもいかないから有り難く清聴する。
曰く、仏教で性欲を否定する教えが広まっているのは日本や中国などの一部アジア。制限の厳しいキ○スト教に対抗した結果であったり、教えが混ざったりした結果だとか。他にも植民地支配を受けた国々はだいたいキリ○ト教の国になったため性的締め付けがきついそうだ。
「えっ、じゃあイスラ○教は?」
『戦争やら寒冷期やらで男が減ったのはどこも一緒なんですが、イス○ーム圏では金と地位と命がある死んでいない男が女性の囲い込みをしました』
「うん、命があったら死んでないね」
『男の数が少なく、姉妹全員まとめて嫁にするということがままあったため、旦那の家はもはや姉妹たちの居城。妻たちの機嫌を損ねないための方法として丁寧な性技は次第に男の必修科目となっていきました』
「キリ○ト教と同じやり方をしてたまるかという堅い意思を感じるような気がしないでもない」
『そういう面もあります』
まじか。
『話しは少し戻りまして仏教なんですが、この世界に生まれてからチベッ○仏教の名前を読んだり聞いたりしたことってありますか?』
「えーっと……そういえばチベット自○区しか聞き覚えがないような気がする」
『そうなんです。チベ○ト仏教は国内で全く話題にあげられていません。チ○ットにはダラ○・○マが代々存在するのに、です』
「やばいなそれは」
ヤイバよりヤバい、と戦いた私に秋山ちゃんの猛攻が続く。
『チベ○トは幸運なことにキリ○ト教と対抗したり、キリス○教の流入による教義の混乱が起きたりということがありませんでした。そのためこの世界では「一番私たちが知る仏教らしい」仏教はチ○ット仏教です。
まあ仏教の話はとりあえずここまでにして聞いてください、古代キ○スト教で正統信仰を確立させた聖人のアウグスティヌスなんですけどこの世界では聖人の認定を取り消されてただの一神父扱いにされているんですがキ○スト教における聖アウグスティヌスの存在価値は果てしなく高く大衆社会の分析で名を残した近代のユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントは聖アウグスティヌスを博士論文の題材に選び』
返事を待つことなくしゃべり始めた秋山ちゃんは相槌すら打つ暇すらくれず、私はじっと話が終わるのを待った。ようやっと電話を切り通話時間を見れば一時間四十六分。聖人の話が一時間以上続いたわけだ。そういえば退職者と宗教の話がなかったが、こちらからまた電話する気は起きない。
私にとってはアウグスティヌスが聖人指定されていようがされていなかろうが正直なところどうでも良く、本屋に並んでいる本が成人指定であるか否かの方が重要だ。ため息を吐いてスマホを来客用ソファーに投げた。
今はスタジオ・とるね~どの問題だけでなく衝撃文庫の創刊に関する書類とかそんなのの書類も回ってきていて、目が回るし手が足りない。なにしろ衝撃文庫発刊より前にスレイヤー○の放映を始めておかなければノベライズ版を出すことができない。何もかも巻きでしなければ。
――椎野ちゃんはイベントに出る度に番宣したりなんだり、積極的に新作アニメの知名度を稼いでくれた。自分の記憶から捻り出した想い出のある作品だ、椎野ちゃんがリキを入れるのは当然だろう。SNSでも椎野ちゃん脚本のアニメということで話題になっていた。
深夜枠になったのは椎野ちゃんの希望だ。ゴールデンタイムにこういう「宗教をいたずらに刺激しかねない」アニメを映すのは難しいし、先ずは「見たいから録画する派」とか「夜更かしまでしてライブで見る派」を取り込めれば良いという判断だ。
そしてその判断は当たり一話の掴みは上々。話数を重ねても評判は五中の四前後を保った。
しかし、九話まで放映した三日後。複数のキ○スト教団体が公式に発表したのは『ピンクウェーブ所属タレント・マーブリックオーバードライブ椎野は神の敵、悪魔である』。
呟きったーに流れるニュースと大量のリツイートがタイムラインを埋め尽くす中、燦然と輝く椎野ちゃんの呟きを見つけた。
【知らなかったのか……?
大魔王からは逃げられない……!】
ネタに走る余裕があるようで安心した。
・椎野
年上として何かすべきと思い行動した結果、いくつかの福○派団体から悪魔認定を受けた。
・半月
既にバチカ○から悪魔として認定されている。
・秋山
話したいことに集中するあまり始めの話題を忘れた。