きっと世界で一番くそったれな『個性』   作:週刊ヴィラン編集部

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本作品には人倫に背く描写が多数含まれます。
ご注意の上、ご覧下さい。


ネガ・フェアレディ

 八歳の夏、少女は自身の姉を包丁で刺殺した。

 それが、ネガ・フェアレディの原点(オリジン)だった。

 

 

 

 うらぶれた雑居ビルにある一軒のバー。

 薄汚れたそこは悪党共の溜まり場だ。

 窓のないその部屋は、いくつかのキャンドルの灯りのみが光を支えている。薄暗い室内では手元と近場の人間の顔程度しか見えない。

 店内には個性黎明期に流行ったような古臭いジャズのレコードだけが音を奏でている。

 ここにはムーディーなアベックも、荒くれの酔っ払いも、ヤクを売り捌く外国人も誰一人としていない。

 さもありなん、店の扉にはclosed、つまりは準備中の看板がかけられている。

 この店はいつもそうだ。いつも準備中。

 一般に公開されていない、完全会員制のバーである。

 

 氷とグラスが接触し、カランと音を鳴らした。

 音の元、カウンターの席では、一人の少女が酒を嗜んでいる。

 グラスを傾け酒を呷る少女は、一見するとこのバーには不適格な存在だ。

 濡羽色の髪を三つ編みに結んだ眼鏡をかけた少女。赤と緑、ちょこんと頭に二つ付けたリボンは幼さの象徴か。いずれにせよその生真面目そうな印象は場末の酒場には似つかわしくない。

 何より彼女の纏った衣服は、このビルの近隣に位置するお嬢様学校の制服である。

 疑いようもなく未成年であった。

 だが、少女を咎めるものは──本来咎めるべきであるバーテンダーも含めて──誰もいない。

 

「やっぱりさ」

 

 少女はグラスに僅かに残った液体を流し込んで、感慨深く呟く。

 

「焼酎は芋だよねぇ〜。芋」

 

 片手で持ったグラスを軽く左右に振りながら、少女はそう嘯いた。

 カラカラと氷が音を立てる。

 

「麦と米が悪いって言うんじゃないですけど〜。もっとビールとか日本酒とか、適切な使い道があるじゃないですか?

 そう思いません? クッキーさん」

 

 少女はそう言って、バーテンダーに目をやった。

 お代わりをよこせとばかりに無言で要求する。

 返答を待つ少女に対し、バーテンダー風の男は苦笑して答えた。

 

「貴女、酒の味なんて全くわからないでしょうに……。無駄に飲まないでくださいよ?」

 

 体裁だけは普通のバーのような風体であるが、実のところここにある酒は営利目的ではない。

 その全てがバーテンの男と仲間たちが楽しむための嗜好品だった。

 男から見れば、少女が酒をかっ喰らう様は、悪ぶったお子様の悪戯にしか見えなかった。

 酒の味もとんと解らぬ餓鬼に飲み散らかされるのは、シンクにそのまま流し入れるのと果たして何の違いがあるのだろうか?

 男には解らない。あるいは「先生」なら含蓄ある金言を紡げただろうが。

 何はともあれ男の指摘は図星だったようで、少女はペロッと舌を出して開き直った。

 

「あ、やっぱりバレました?」

 

 しかし、要求する手は引っ込めない少女。

 バーテンダーは近場のグラスを磨きつつ、嘆息した。

 目の前の子供が自身の忠言程度を聞き入れるわけもなく、いざとなれば意見を押し通せるだけの実力があることもわかっている。

 また、彼女の戦力維持(・・・・)のためにそれが必要な行為であることも「先生」より聞き入れていた。

 やれやれと彼は背後の酒棚から一本取り出すと、封を切り、少女に瓶ごと手渡した。

 冷たくもなく熱くもなく。常温で安置されていた酒瓶を受け取った少女は、なおも不平不満を垂れる。

 

「え〜。クッキーさん。お酌してくれないんですか〜?」

「嫌ですよ、面倒臭い。手酌で飲んでくださいよ」

 

 男は心底うっとおしそうに答える。

 男にとって、この少女は自身のコレクションを荒らすネズミに他ならない。酒を出しているだけありがたいと思え。

 そんな思いが伝わったのか、少女はぶーたれた。

 

「へいへい。わかりましたよ〜だ」

 

 憎まれ口を叩いた少女は瓶のキャップを外し、コップを漆喰塗りのカウンターに置き据えると。

 注ぎ口に口をつけて瓶ごと呷った。

 

「なっ、馬鹿ッ!」

 

 ごくり、ごくり。

 目を剥いたバーテンダーが叱責する間もなく、女は酒を嚥下し吞み下す。

 液体の流れるのに合わせて、少女の喉がぐびりぐびりと艶めかしく脈動する。

 白い肌はほのかに赤く染まり、子供と大人の境目にある少女を妖しく彩った。立ち振る舞いがおっさんでなければ、上々の玉だろうに。

 阿呆な仕草といい、自身の魅力を削ぎ落とすことに余念のない少女である。

 「ああ、勿体ない」と男の悲しみもなんのその、瓶一本を丸ごとうわばんだ少女はけふりと可愛らしく咳をする。口元を軽く制服の裾で拭った彼女は座席に座りなおし、きりりと顔を引き締め、畏まってバーテンダーに話しかけた。

 

「ん〜。クッキーさんや、クッキーさん」

「……はい? 何でしょう?」

 

 バーテンダーが声を返すのに時間が掛かったのは少女への心配か呆れか、酒への悔恨かはたまたその全てか。

 そんな煩悶を突っ切って、少女は瓶のラベルを男に向けると、ドヤ顔で言い放った。

 

「クッキーさんが自分と同じ名前の焼酎を出してきたのって、『私を飲み干して』って無言のアピールですか!?」

 

 パチリ、グワリ、ドンガラカッシャーン、ギャーごめんなさ〜いっ!

 

 少女の戯言を聞くや否や、バーテンの男は指をスナップさせて音を鳴らす。

 そうすると少女の頭の上に、薄暗いバーの中を見比べてもなお真っ黒な靄が広がった。

 キャンドルの光を飲み込むそこから流れこんでくるのは、黒、白、赤、茜、EXと言った多種多様の酒瓶たち。

 彼らは同胞の無念を晴らそうと、一斉に蟒蛇に向かって雪崩れ落ちた。

 少女の真上から飛来したそれらは、少女の頭や肩を強かに打ち付ける。堪らず少女は男に謝罪した。

 

「いたっ、いたたたた! ご〜め〜ん〜な〜さ〜い〜っ! 冗談ですってば!」

「わかればよろしい」

 

 少女の平謝りに溜飲を下げた男は、右手をさっと軽く振った。それに合わせて黒モヤが虚空へと消えゆく。

 少女はそれをアホ面下げてほへぇと見つめていた。

 

「やっぱ、クッキーさんの『個性』って反則ですよね〜! 物流の世界なら頂点取れるんじゃないですか?」

 

 ──なんでヴィランなんてやってるんです?

 言外にそう含める少女。

 パーソナルスペースに土足で切り込む問いかけだった。

 男は顔の端を歪めて女に忠告する。

 

「……必ずしも『個性』で生き方が決まるわけではないですが、あまりそういう質問をするものじゃあありませんよ。

 私達の業界(・・)では文字通り殺し文句になりかねません」

 

 ぼけぇとした顔の少女。

 本当に話を理解しているのかつくづく疑念だったが、男は言葉を続けた。

 

「だいたいですね、ネガ・フェアレディ。私の『個性』が最強というなら、あなたのはどうです? 『先生』が認めるほどの強さの『個性』じゃないですか。

 この上なくヴィラン向けの──」

「──やめて」

 

 少女はポツリと呟いた。

 決して大きな声ではなかったが、それはジャズの流れるバーを切り裂いた。

 

「……確かにそうですね。自分に問いかけられて、ようやく実感しました。これは確かに殺し文句だ」

 

 声質はなんら変わらない。

 だが、おちゃらけた先ほどまでと比べると、ひどく理知的な氷のような声だった。

 

「ありがとうございます。黒霧(・・)さん」

 

 だから、二度と私の個性について深掘りしないでくださいね?

 小首を傾げてお願い(・・・)する少女。

 黒霧には、その空気に覚えがある。

 それは、「先生」や宿敵たる「平和の象徴」が発する超常の大気だ。

 男は首を縦に振って応えた。

 声を発そうにも、口内が嫌に渇いていた。

 ジャズ・メロディがレイヤーを隔てているかのようにどこか遠くに感じられる。

 数秒。少女は無音を打ち切って、からりと笑った。

 

「それはよかった! ありがとうございます、クッキー(・・・・)さん!」

 

 男の承諾を得た少女は、ころりと纏う気配を一変させると両手を男に向けて差し出す。

 

「これ勿体無いですから、お返ししますね〜」

 

 いつの間にか、黒霧の気づかぬうちに、少女の両手にはそれぞれ4本ずつ、酒瓶の先端部が指の股に挟まれている。

 先ほど黒霧がワープゲートで降らせた焼酎たちだった。

 一本も割ることなく、少女はそれらをキャッチしていた。

 男は少女のテンションの上げ下げに辟易しつつ、その返却をありがたく受け取った。

 

「……どうも。そのままにしておいてください」

 

 パチリ。

 黒霧がゲートを開く。少女の両手いっぱいの酒瓶たちは、黒モヤに覆われると同時、男の後ろの酒棚の元位置に収まった。

 少女は酒瓶の位置に目をやり、ボソリと呟いた。

 

「いえいえ〜。また今度ご相伴にあずからせていただきますので〜」

 

 パチリ。

 男は再びゲートを開く。

 少女はむすりとふくれっ面を浮かべた。

 

 

 

 数時間後。

 バーテンダーの男が席を外した後も、少女は酒を飲み続けていた。

 そのペースは黒霧がいた頃となんら変わらない。全身から酒の匂いは漂ってくるが、酔っていないどころか顔を赤くすらしていない。

 これも少女の個性の一つの表れだ。

 今の少女は焼酎やウイスキーどころか、スピリタス、果ては工業用エタノールを呑んだとしても肝機能をなんら損なうことはない。

 酒のみならずタバコもドラッグも同様である。

 もっとも、使うかどうかはまた別の話ではあるが。

 

 少女はグラスに注いだ日本酒をチビチビと飲みながら、バーの中で明るく光る場所を見つめていた。

 それはバーの景観をぶち壊すと、黒霧が強硬に反対したもの。

 それは同居人の少年と一緒に黒霧に嘆願することで漸く仕入れてもらったもの。

 つまりはテレビである。

 

「さて今期のヒーロービルボードチャートJP! 残すところいよいよトップスリーのみ!」

 

 少女はグラスを呷る手を止め、テレビを注視した。

 画面の中ではワインレッドのスーツにオレンジの蝶ネクタイをつけたモヒカンの男が、マイク片手に叫んでいる。

 

「長らく続いた結果発表もいよいよ大詰め! 期待の男は既に出たぞ! あのミスタージーンズも出たぞッ! 君の応援するヒーローはもう出たかッ!」

 

 男の煽り文句に乗せられて、会場のボルテージがぐんぐんと上がっていく。

 少女もこの時ばかりは酒を飲まず、年相応にワクワクして結果に注目している。

 

 何を隠そう、少女はヒーローが好きだ。

 

「──今期ヒーロービルボードチャート第三位は、この男だッ!」

 

 舞台上でモヒカンの男が声を張り上げた。

 すると、会場内を一つの影が横切っていく。

 カメラが上空へと向けられた。

 あちこちにふらふらとレンズが傾けられる。視聴者が酔いかねないカメラワークだったが、これは手ブレなどではない。高速の男を必死に追いかけた結果として生まれた必然だ。

 

「さあ皆! 空を見ろ! あれはなんだ?

 鳥か? 飛行機か!?

 ──いや、ヒーローだ! 翼のヒーローだッ!」

 

 会場中に、紅い羽根がひらひらと落ちてくる。

 大気を切り裂いて飛んできたのは──

 

「第三位! ウイングヒーロー・ホークスッ!」

 

 韋駄天男が空から舞い降りた。

 

「……流石速すぎる男。授賞式でハイスピードカメラ使うなんて馬鹿じゃないかな、いい意味で」

 

 テレビの画面では、ホークスのヒーローインタビューの左下に、ワイプで彼の飛行シーンが──スーパースロー、スピードガンによる計測付きで──流されている。

 テレビクルーたちは、無駄に用意周到だった。

 

「──ありがとう、ホークス! 帰りはもっとゆっくりしていってくれていいんだぜッ!」

 

 と、ホークスの歯に絹着せぬインタビューが終わり、いよいよ二位の発表となる。

 ここから先が少女も含めた皆が気になる一幕だった。

 

「続いていくぞッ! 今回こそは『努力』が『全能』を打ち破るのかッ! それとも『全能』はやはり『全能』なのかッ! はたまたダークホースが割って入るのかッ!」

 

 息を大きく吸い込み、モヒカンは声を張り上げた。

 

「今期ヒーロービルボード第二位はこいつだッ!」

 

 ──────。

 静寂。

 耐えかねた観客が騒めくかどうかの間隙、舞台上に一つの火が灯った。

 ポツポツと灯火が増えていき、合わさり焔となる。数多の焔は荒れ狂い、互いに食い合い、一筋の螺旋を描く。

 地獄の轟炎と見紛うばかりの火炎旋風。しかし、それは会場の何も燃やさず誰も傷つけず、完全に飼いならされている。

 熱気渦巻く舞台上で、モヒカンの男が叫び謳う。

 

「文字通りの熱い男だッ! ストイックな男だッ! 男の惚れる男だッ!

 野郎ども、待たせたなッ! 俺たちのヒーローがやってきたぞッ!」

 

 焔の中から、一人の男が歩いてくる。

 その歩みは威風堂々、燃え盛る全身も相まって、獅子を彷彿とさせる益荒男だった。

 彼の登場に、会場の──とりわけ男性からの雄々しい──声援が鳴り響く。

 

「第二位! フレイムヒーロー! エンデヴァーッ!」

 

 モヒカン男が囃し立てる。

 ファンも野太い声援を張り上げた。

 しかし、焔の男はモヒカンの声も、観客の声援の一切も無視して、つかつかとモヒカンの元に歩み寄る。

 そのままマイクを奪い取ると、会場をひと睨みして、一言告げた。

 

「────次は勝つ。以上だ」

 

「……くーる」

 

 画面越しに少女は思わずため息を漏らした。

 エンデヴァーというヒーローは、とかく大衆からの人気がない。

 ファンサービスもせず、メディア露出もせず、ただ愚直なまでにヴィランを燃やして回る。

 見た目も獣のように威圧感漂い、若い女性からはヴィランもかくやというほどに怖がられている。

 だが、彼の生き様は、信念は美しかった。

 『オールマイトを越える』。

 様々なヒーローが若い頃には冗談半分で言えていたものの、キャリアを積むにつれて口が裂けても言えなくなるたわごと。

 そんな戯言を張り続ける男は、今やこの男しかいない。彼のヒーロー像は、若い頃からなんらブレない。

 エンデヴァーとは、無愛想な職人のようなヒーローだった。轟炎司は信念を貫く男だった。

 

 エンデヴァーは少女が最も尊敬するヒーローだ。

 それは必然だったかもしれない。

 人間とは、自身にないものを本能的に求める生物だ。

 

 炎の嵐が去った後、モヒカンの男が檄文を飛ばしていた。

 

「ありがとう、エンデヴァーッ! 来年はもっと後に呼べるよう俺たちも応援しているぜッ!」

 

 

 

「さあ、長らく続いた今期のヒーロービルボードチャートJPもいよいよエンドゲームッ! 泣いても笑ってもチャンピオンはただ一人ッ!」

 

 先ほどまでは、テレビに食い入るように見入っていた少女。

 だが、今は一転リラックスして軽く見ていた。

 何故なら結果は見なくてもわかるからである。

 

「──なんて、こんな前置き要らないよなッ! 皆の頭の中には、彼の笑顔が浮かんでいる筈だぜッ!」

 

 その通り。言うまでもなく、少女の頭の中にも、アメコミ調の男が笑みを浮かべていた。

 予定調和の正義の味方。この上ない安心だ。

 

「ヒーロービルボードチャートJP、映えあるナンバーワン! ナチュラル・ボーン・ヒーロー! 

 平和の象徴ッ! オールマ────」

 

 プツン。

 テレビから光が消え失せた。

 

「にゃぁぁぉっ!?」

 

 奇声をあげる少女。

 椅子から転げ落ちて、テレビまで這いずりよる。

 ところが近くまで来たはいいものの、薄暗い部屋の中では、お目当のボタンがなかなか見つからない。

 しょうがなしに、埃まみれのモニター本体の側面を触って、電源スイッチを探し回った。

 音越えチャンネル越え入力越え、漸く電源スイッチに手をかける。

 再び部屋に光が灯った。

 

「こんな時に故障しないでよぉ……」

 

 おずおずと定位置に戻り、画面を見直す少女。

 テレビの中ではもうもうと白煙が上がっており、その中にはうっすらと人影が見て取れる。

 トラブルはあったが、なんとか間に合ったらしい。

 まさに今、煙の中の英雄が光とともに──

 

 プツン。

 

「なんでぇぇ!?」

 

 再び椅子から無様に転げ落ちる。

 そんな彼女の背中に、年若い男の声が投げかけられた。

 

「ここであんな社会のゴミを観ることは禁止だって、俺は言ったよな、黒野?」

 

 声の主はそのまま黒野と呼んだ少女の元につかつかと近寄ると、先ほどまで彼女が座っていた椅子にどかりと腰掛ける。

 手に握ったリモコンを机の上に放ると、おもむろに脚を上げ少女の背を足置き台がわりにした。

 意図せず受けた質量に、黒野は、ふげぇと潰れた声を漏らす。彼女は埃まみれの顔を精一杯上げ、首をひねって抗議した。

 

「なんてこと言うの! 言うに事欠いてオールマイトが社会のゴミだなんて! 社会のゴミなのはむしろ私たちの方でしょ!

 ……ていうか足どけてよ、ラッキーくん!」

 

 そう言うや否や、少女は身体に力を込め、勢いよく立ち上がる。

 その衝撃は背に脚を載せていた少年を反動で椅子から跳ね落とすほどだった。

 地面に強かに打ち付けて腰をさする少年をよそに、黒野は机の上のリモコンを奪い取る。

 すぐさま少女は電源ボタンをピッと押した。

 が、しかし。

 彼女を迎え入れたのは、筋骨隆々の男が手を振る様を背景に流れる、製作のスタッフロールだった。

 

「──がとう! 応援ありがとう!」

「ぬぅえぇっ! もう終わってるじゃん! どうしてくれるのラッキーくん! 私が来たって見れなかったじゃん!」

 

 振り返る黒野。

 その黒目に移ったのは、全身手だらけな痩身の少年が、五指を開いて(・・・・・・)摑みかかる姿だった。

 反射的に床を蹴り、後方に跳ねる少女。

 机が引き倒され、コップが宙を舞う。

 

 しかしその甲斐虚しく少年の凶指は、少女の胸元をしかと捉えた。

 

 

 

「……あー、その。ラッキーくん。そんなに嫌だった?」

「……チッ、相変わらずお前の『個性』はチートかよ」

 

 反省の色なくぽりぽりと頭を掻く黒野に、少年──死柄木弔は苦情をつける。

 

「いやぁ。私のこれはどっちかと言うと、くそったれなバグの類じゃないかなぁ」

 

 少女は少年の言葉を一部訂正し、にへらと笑った。

 摑みかかられた彼女の胸元は、まるでその一部だけが初めから何もないかのように制服がむしり取られ、否、「崩壊」していた。

 それは、個性社会に置いて少年が持ちうる異能、個性の代物である。

 触れたものを崩壊させるという、少年の言葉を借りるならば、まさしくチート級の個性。

 

 だが、(ことわり)に反して、少女の肌には傷一つ(・・・)付いていなかった。

 少年は確かに少女の身体に触れたのに、だ。

 

 自身の手のひらを見つめてどこか煩悶とする少年をよそに、少女はどこ吹く風で文句をつけた。

 

「というかラッキーくん。制服勿体ないから破かないでくれない!?」

「……は? あぁ、そういやお前なんでそんなの着てんの?」

 

 少女の言葉で漸くその格好が普段の格好と違うことに気がついた少年。

 問いかけを受けた黒野は自慢げに答え始める。

 

「よく聞いてくれました! 私がわざわざ制服を調達(・・)して着ている理由は──」

 

 言葉を切り、余韻を貯める少女。

 少年の興味が向いたことを確認して少女は朗々と語りだす。

 

「──ただのおしゃれで〜す! ばっかでぇ、女の子のコーディネートに理由なんてあるわけないじゃん!」

 

 そんなんじゃモテないよ、ラッキーくん。

 そう続ける黒野に、死柄木はこめかみをひくつかせて返した。

 

「やっぱお前、イかれてるよ」

「君も含めて、ここにいるみんなが、でしょ?」

 

 少女はほつれた胸元の布を引きちぎると、言葉とともに吐き捨てた。

 

「──ヴィランなんて悪人は、みんなどっかおかしいに決まってるじゃん」

 

 いつのまにか、テレビの光は消えていた。

 

 

 

 黒霧がバーに戻ると、バーの中は酷くとっ散らかっていた。

 餓鬼二匹は、散々暴れて立ち去ったらしい。

 

「──全く、あの二人は。家庭内ヴィランの真似事ですか」

 

 拠点の維持管理は彼の仕事だ。

 だからと言って小間使いの真似事をしたいわけじゃない。

 そう思いつつも、黒霧はついつい彼らの世話を焼いてしまう。

 子供の奔放さと自身の薄弱さに辟易して男は溜息をついた。そのままに彼は、掃除用具を求めてロッカーに向かう。

 その途中で、テレビのリモコンのボタンをポチりと押した。

 ニュース番組。最も普遍的な情報手段。

 流し聞きながら、男は掃除し始めた。

 

「──速報です。

 昨晩未明、××市の路上で××女学院の女子学生の遺体が発見されました。

 衣服、持ち物の類が持ち去られており、遺体に外傷のないことから、警察・ヒーローは物取りの犯行とみて調べを進めています」

 

 男はちりとりに溜まったゴミを、ゴミ箱に捨て入れる。

 割れた酒瓶、つまみの袋、どこかの女学院の校章が、一緒くたになって堆積した。

 

 




ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野??
個性:この世で最もヴィランらしい、最低最悪の『個性』。
   『崩壊』の個性を受けても傷一つつかない。
   現段階において、どんなに度数の高い酒を飲んでも肝機能を損なわない。
備考:ヒーロー好き。ヴィラン嫌い。
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