きっと世界で一番くそったれな『個性』 作:週刊ヴィラン編集部
血に塗れた部屋の中で、黒の魔王が両手を大きく広げて訥々と語る。
「僕を確実に破滅させることが出来るならば、公共の利益の為に君は喜んで死を受け入れるべきだった。
──ヒーローとはそういうものだろう?」
声を向けられた少女は手に握った包丁を強く握りしめた。
プルプルと震える両手で握られたそれの先端からは、ポタポタと命の雫が洩れ落ちている。
へっぴりごしの少女は、切っ先を男に向け、おぼつかない足を叱咤した。
目の前にいる男は、少女が生まれて以来初めて見た、超弩級のヴィランだ。少女の全身がそう感じていた。
だから、これはある種のチャンスなのだろう。
この男をここで止めるためには。
男はなんら気にするそぶりも見せず、ただ悠然と立ちすくんでいた。
刺そうと思えば、目の前の魔王はきっとそれを受け入れることだろう。
少女は目の前の男を無力化出来るかもしれないと予感していた。
だが、それにも増して、行動に起こせば結果のいかんにかかわらず自らは死ぬだろうという奇妙な確信を持っていた。
だからこそ、少女は英雄然とした行動を取ることができない。
ヒーローの基本は自己犠牲。少女にヒーローの素養は全くない。
自然に体が動くこともなく、ただただ未来に怯えて震える少女。
そんな彼女に飽きたのか、魔王ははぁと溜息を漏らすと、少女の元へぴちゃぴちゃと歩み寄った。
血溜まりを踏み越えて男は少女の正面に立つ。彼は子供から包丁を素手で奪い取った。
「あっ……」
「滝壺に落ちる正義をもてない君は、ヒーローにはなれないよ」
男は取り上げた刃物を無造作に後ろに放り投げる。
放物線を描いてくるくると回り飛んだ包丁は、赤黒い床にトスリと容易く突き刺さる。
唯一の武器を失った少女も、あとを追うように地面に崩れ落ちた。
恐怖にすすり泣く少女。
おやおや、と男は戯けて少女をあやした。
「どうしたんだい、
嘲笑を浮かべて少女を嘲る男。
しかし擦り切れた少女はピクリと震えるだけで男の方を見ようともしない。
ここで、悪逆の魔王はひとつ素晴らしいジョークを思いついた。
男は少女に右手を向けると、ゆるやかに天井の方へと動かした。合わせて、グィと引っ張られるように少女の顔が強制的に男の方へと向けられた。
彼にとってそれは、彼が何十何百と持ちうる中の一つ、まさしく児戯だ。
黒い男はおもむろにしゃがみこむと、足元に横たわる
そしてそれを──
「ふむ、白か。これからの君にはふさわしくないな」
──
グチュリグチュリと肉をかき混ぜる。耳障りな音が少女の耳を打ち付ける。
およそ正道を歩む人間が見ることのない、外道の旋律。
堪らず彼女は金切り声をあげた。
「やめて──ッッ!!」
「ならば止めるがいい! やれよ、ヒーロー? 君なら僕を倒せる、そうだろう?」
魔王は子供に見せつけるように亡骸を冒涜し、挑発する。
だがそれでも少女は動けない。
少女はボロボロに歪んだ顔で、暴虐をただじっと睨みつける。
その諦めた様子に、男は思わずニヤリと笑みを浮かべた。
女の体から腕を引き抜くと、男は高らかに少女を愚弄する。
「おぉ、ブラボー! 実に利己的、実に保身的だ! まさしくヴィランの才に満ち溢れている!」
パチリパチリと手を叩き、男は続けた。
「いいだろう、今日は君の記念すべきはじめての殺人。いわば殺人記念日だ! 君にふさわしい贈り物をしようじゃあないか!」
黒い男は手に持った肉片混じりの薄汚れたリボンを見つめる。そして彼の複数ある個性を発揮した。
何者にも汚されぬ白色だったそれは、読んで字のごとく血染めの赤に汚く変色し、今まさに個性によって乾燥され、固着する。
肉片をもう片方の手でさっと払うと、魔王は少女ににっこりと微笑んだ。
「ようこそヴィランへ、レディ?
──もう大丈夫、僕がいる」
黒い男は少女の髪に形見のリボンをつけてあげた。
少女の頭をわしゃわしゃと撫でる男。
その指先からは、搾りたての鮮血が流れ落ち、少女のこめかみから頰にかけてを染め上げた。
無機質な電子音が、少女の意識を覚醒させる。
「……もう朝か」
見慣れた夢から覚めた少女は、目覚ましを止め、ゆっくりと上体を起こす。
両手を頭の上で組み、グッと体を伸ばしあげ、心身の調子を確認する。
どうやら
安心した少女は、ノロノロと布団を離れた。そのまま鏡の前まで移動してボサボサ頭を撫でつけ整える。
少しの時間とともに出来上がったのは、三つ編み眼鏡といういかにもヴィランに相応しくない女の姿。
出来上がりに満足した少女はにっこり笑うと、仕上げとばかりに緑と赤、二色のリボンを頭に付けた。
「よし! 今日もばっちし可愛い!
それじゃあ今日も元気に
鏡に向かって、黒野はそう呟いた。
「しかしですね、死柄木弔。いくら生徒とは言ってもあの雄英の生徒ですよ? 纏めて相手をすればこちらにも無視できない被害が出るのでは?」
「別に問題ないだろ? 集めた雑魚キャラ達がいくらやられようと、ボスキャラさえ倒せば無事ステージクリアだ」
「おーす! おはようで〜す!」
朝一番。元気よくバーに飛び込んだ少女。
彼女の目に飛び込んできたのは、らしからぬ真面目さで話し合う二人の男たちだった。
彼らは乱入してきた黒野をちらりと一瞥したのち、そのまま話し合いに戻る。
「オールマイトさえ殺しきればいい。それは確かにそうですが、子供達が障害になる可能性も捨てきれないのでしょう。今年は特にエンデヴァーの息子のような金の卵も混ざっている事ですし」
「……チッ。わかったよ。なら黒霧、責任持って餓鬼どもの面倒はお前が見ろよ」
ある種の合意がなされた二人。その様子を見計らった黒野は、二人が居座るカウンターの近くに駆け寄ると、少年の横の席にどかりと座った。
「ねーねー。二人とも今日はどんな悪巧みしてるの? 暇だし私も混ぜてくれない?
──あっ、クッキーさん起き抜け一杯よろしく!」
ぴっと手を伸ばして注文する少女。黒霧は無駄を知ってなお窘めた。主に自身の酒蔵のために。
「朝会ってすぐアルコールを取るなんて身体に悪いですよ。ネガ・フェアレディ。年頃の若い女がやる事じゃありません。
──おっさんですか、貴女は」
嫌味をこぼす男。それを聞いた死柄木は、ぷっと吹き出した。追従して少女を揶揄う。
「言えてるな。確かに暇さえあれば酒飲んでるこいつは、どこからどう見ても中年のオヤジだ」
うぐぅ。
黒野はかすかな唸り声をあげた。薄々自覚はしていたが、客観的に見ても少々飲み過ぎだったらしい。
経費で落ちるタダ酒だからとバカスカ飲み開けたのは女子力を大幅に削る行為だったか。
だが、それでも、女としてのプライドを守るために。
少女は詭弁を弄して反論した。
「クッキーさんに、ラッキー君までそんなことを言うなんて! 仕方ないじゃないですか! 後二、三年しかスタイル維持に使えないんですから、今のうちに飲めるだけ飲んどこうって乙女心、わかってくださいよ!」
隣の席の少年が眉をひそめるのもなんのその。
黒野はバシバシとカウンターを両手で叩く。
いいから黙って酒もってこい、とばかりにバーテンの男を威圧した。
「……ええ、いいでしょう。貴女のどこにそんな乙女心があるか、私にはちっとも理解できませんが。そんなに飲みたいならどうぞ」
根負けした男は少女の目の前にワームホールを開く。
ごとりと音を立てて落ちてきたのは一本百円程度の缶チューハイだった。どうも〜とおざなりな感謝を一言残す。少女はすぐさまそれに飛びつくと、プルタブを押し上げて缶を呷った。
「ぷはぁっ! 気つけ替わりの一本! やっぱり朝はこれですよねぇ〜」
グビグビと喉を鳴らして流し込む少女。そんな彼女に死柄木はあきれた様子で指摘した。
「お前やっぱり底抜けの馬鹿だよな。前衛極振りの脳筋キャラ」
「失礼な。私だって地頭はいいって昔お姉ちゃんに褒められてたんですから! 単に学校行ってないから知らないだけですって」
黒野は間髪入れず反論する。しかし、その口端からは涎のように酒が漏れているのを鑑みれば、少年の物言いは真実だろう。
死柄木は肩をすくめて相槌を打った。
「ああ、そうだな。お前がそう言うんならそうなんだろう」
お前の中ではな。
少年の心など知る由もなく、少女は袖口で口を拭っていた。
「それで二人とも何の話ししてたんです?」
チューハイを飲み終えた少女は、空き缶を少年の方に放り投げて問いかけた。
死柄木はアルミ缶を片手でつかみとり、問いに答える。
金属の塊はサラサラと塵になって大気に混ざった。
「俺たちの旗揚げについての打ち合わせだ。『先生』から許可とサポートキャラを貰ってきた」
意気揚々と死柄木は語りだす。
少女もそれに合わせて少年を囃し立てた。
「へぇ! いいじゃないですか! 是非是非悪いこと、いけないことをしに行きましょう。それでどこ行くんです? 都心の街中とか?」
「ああ、お前も連れて行ってやるよ。行き先はクズどもの吹き溜まり」
少年は言葉を切ってニヤリと笑う。
「雄英高校だ」
雄英高校。
その単語を聞いた少女の目がキラキラと輝きだす。
「いいですね、雄英! 私も
と、そこで少女は言葉を途切れさせる。
そのままオロオロと目線を揺らし始めた。
やがて、意を決して黒野は自身の不明を打ち明けた。
「でも、私小学校二年生の途中までしか行ってないんですけど大丈夫でしょうか……?」
私2桁の割り算苦手なんですけど……。
などと見当違いの方向へ悩みを進める少女。
呆れる死柄木をよそに、我関せずとグラスを磨いていた黒霧が思わず口を挟んだ。
「いや貴女。何で学生のつもりでいるんですか。雄英襲撃ですよ、襲撃。
……それはそうと。『先生』の所では勉強を教えてもらわなかったのですか?」
あー。そう言う。
馬鹿面を納得した馬鹿面に変えた少女は、もぞもぞと弁明を始めた。
「高校に行くって言われれば生徒として行くと思いませんか、普通。あ、あと勉強はドクターが教えようとしてくれましたけど、ほとんどサボっちゃいました。なんせ、『学生の本分は勉強』ですんで! これから先ヴィランになるならいらないかなって」
戯言を聞いた黒霧は、子供向けの計算ドリルを買わねばならぬ、と決心した。
閑話休題。
「で、何で雄英なんです? ヒーローの卵を潰しに行くんですか?」
いいですねぇ、そういうの。悪っぽい感じで。
そう言葉をこぼす少女に、死柄木は満面の笑みで答えた。
「言ったろう? 社会のゴミを掃除に行くって。俺たちの目的は──オールマイトの殺害だ」
クリスマスイブの夕方、幼子がクリスマスプレゼントを受け取る直前のように、ウキウキした感情を発露する死柄木。
説明の不足に、黒霧が軽く捕捉する。
「オールマイトはどうやら今年から雄英の教師になるとのことです」
目的地は雄英高校。目標はオールマイトの殺害。つまりオールマイトに会える!
少女の脳裏を、遅々とした電流が駆け巡るッ!
「いいですねいいですね、ラッキー君! 五年前に会ったっきりなんで、オールマイトに是非ともまたお会いしたかったんですよ! 今回こそはサイン貰うんです!」
矢継ぎ早に口を動かす少女。
死柄木はその物言いに茶々を入れる。
「まぁ、でもどうせ死ぬんだけどな。オールマイト」
グッと喉を詰まらせた少女は、なんとかして目の前の手だらけ男にひと泡ふかせようと舌を回した。
「チッチッチッ。それならあのオールマイトが生前最後に書いたサインって事で、よりプレミアがつくのでもーまんたいですよ。もーまんたい」
ドヤ顔で言い切る少女だったが、そこで、あれ? とひとりごちる。
「……ラッキーさん。ラッキーさん。そういや、オールマイトを殺すって、一体どうやるつもりです?」
黒野の何気ない、当然ともいうべき疑問。
その答えを持っていた死柄木は嬉々として語り始めた。
「先生からサポートキャラを貰うことになってる。そいつを使ってあいつを潰す」
「へぇ教授から。一体誰です? 私の知っている人ですか?」
少女の脳内には、オールマイトを殺せるだけの化け物は黒の魔王、つまりは教授しかいない。
まさかご本人自ら駆けつけるのか? いやいやあんなに弱ってるならそんなことをするはずもあるまいに。
となると少女の中にはオールマイトを超える人物なんて誰もいなかった。
隠しダネを期待して、少女は少年の言葉を待つ。
やがて少年はおもむろに言葉を開いた。
「──脳無だ。脳無を使う」
その名前を聞いた瞬間、黒野は上半身をバーカウンターにのんべんだらりと雪崩かかった。
はぁぁと長いため息が意識せず口から漏れ出る。
期待していた反応と違った死柄木は、思わず少女に問いかける。
「──おい、どうした黒野」
「──いや、だってさ、ラッキー君。脳無ってあれでしょ? 脳みそ剥き出しのマッチョマンでしょ?」
顔を机に向けたまま、ひらひらと片手を振って少年に問いかける。同意を返した死柄木に対し、少女は続けてこうのたまった。
「あれでオールマイトに勝つのは無理だよ。
──というかあんなんでオールマイトに勝てるなら私でも勝てることになっちゃうじゃん」
確信を持って少女は言い切る。
予想と違う解答を受けた死柄木は、さらなる追加情報を突き出した。
自身の優位性を示すかのように。
「……お前は知らないだろうが、オールマイトは弱っているらしい。それに、あいつが俺たちを狙うんじゃなくて、俺たちがあいつを狙うんだ。いつもとは勝手が違う。勝算はあるさ」
「ふーん。そんなものかなぁ、平和の象徴って」
しかし少女は真剣に取り合わない。
そんな様子に、死柄木の「大人子供」としての一面がむくむくと鎌首をもたげてきた。
意識せず口から言葉が吐き出される。
「……だったらお前も脳無し共の一員になるか? 口を閉じとけばいい感じに使ってやるよ」
死柄木は挑発する。
黒野は拒否した。
「いやぁ。私は嫌だよ。あんな変態みたいな格好するなんて」
それにさ。
黒野は死柄木に顔を向けて続けた。
確信確証、エビデンスのある答えだった。
「教授が言うには私は脳無に向いてないらしいよ。
……なんでも個性が致命的に噛み合ってないってさ」
ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野??
個性:オール・フォー・ワンに没収されない程度の個性。
オール・フォー・ワンに勝てるかもしれない、と思っている。でも死ぬだろうとも思っている。
脳無には余裕で勝てる、と思っている。
オールマイトには何だかんだ負けるだろう、と思っている。
脳無の素体には誰よりも適さない個性、らしい。
備考:姉を殺害したのち姿を眩ませたため、最終学歴小学校中退。
文字式とか見ると頭から煙を噴き出す。