きっと世界で一番くそったれな『個性』 作:週刊ヴィラン編集部
「えー、皆さん。訓練を始める前にお小言を一つ、二つ、三つ四つ……」
雄英高校敷地内。
某テーマパークをモチーフにした訓練施設で、宇宙服の男が演説を始めようとしている。指折り数えるたびに次々に増える訓戒。聴衆がげんなりするのも気にせず、男は朴訥と優しく話し始めた。
「皆さんご存知かもしれませんが、僕の個性は『ブラックホール』」
男の名はスペースヒーロー・13号。
所持する個性は『ブラックホール』。
この上なくヴィラン撃退・戦闘向きの、まごう事なき強個性だ。彼自身、それを認め肯定する。
「どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
ただ、彼はその凶悪な個性に似つかわしくなく、特段に優しい男だった。何でも消滅させる個性を雪崩や土砂崩れといった障害物を吸い込むことに用いる災害救助のレスキューヒーロー。
単純な適材適所という観点から見れば、この上なく不合理かもしれない。
だが、この宇宙服は雄英の教師であり、トップクラスのヒーローだ。彼の生き様は酷く英雄的で、模範だった。
「──しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる、『いきすぎた個性』を個々が持っていることを忘れないで下さい」
彼が言っていることは単純だ。
それ故にこれまで自信を持って、あるいは傍若無人に個性を振るってきた生徒たちの芯にも突き刺さる。
世界の多くが個性を持つ超能社会。それは旧世界において、皆が拳銃を持ち歩いているのに等しい事柄。
個性の使用を資格制にすることで制御できているようには見えるものの、思考に枷は嵌められない。いつ誰が銃をホルスターから抜いて撃ち放つか分からないという危険性を帯びている。
入学初日に担任に叩きつけられた性能テストで自分の持つ武器の性能を知り、対人戦闘でもって、実際に他人に対して武器を振るった彼ら生徒たち。
となると次は自分の武器でいかに誰かを助けるか。
ヒーローは敵を倒してヒーローなのではない。誰かの心身を守ってこそヒーローなのだ。
スペースヒーローは、彼自身の実感と生き様をもって、未だ孵らぬ有精卵にそう説いた。
「──君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。
以上! ご静聴ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をして締める13号。
生徒たちはその底抜けの優しさに、皆一様に「何か」を受けとる。
あるものはヒーローに対する憧れをより強く持ち。
あるものはただヴィランを倒してのし上がる、という己が思考を──ほんの僅かながらも──振り返り。
あるものは一瞬ながら憎しみの炎を鎮火せしめる。
そしてまたここに一人。
誰しもが賞賛の拍手を送り、「ブラボー! ブラボー!」と囃し立てる中。生徒がぴょんぴょんと飛び跳ねながら、手を挙げて声を上げる。
「はいはーい! 13号先生! 今のお話について、質問があります!」
「はい、どうぞ。そこの、ええっと……」
生徒たちの波が割れ、視界が通る。
教師の視線のむく先、生徒たちの最後尾。
そこにいたのは、三つ編み眼鏡、赤緑の二色のリボンをつけた、小柄な少女だった。
「はい!
意気揚々と
「
沈黙。
スペースヒーローの言葉が一瞬詰まる。男は即答できなかった。
もしここがただのヒーローインタビューならば、男はきっとこう答えただろう。
それでも私は誰かを救けます、と。
だがここは雄英高校。ヒーローを育成する最前線だ。
ヒーローとしては綺麗事をのたまうべきだろう。だが教え導く教師としては、現実を語らぬわけにはいかない。
「……そうですね、非常に難しい質問です──」
「……待て、13号」
タイムラグののち宇宙服は話し始めようとする。しかしその語らいは、黒髪ボサボサの男によって止められた。
「──お前、誰だ?」
生徒達が一斉に後ろを振り返る。
そこには、殆どの生徒には見覚えのない──少なくとも雄英高校のそれではない──制服を纏った少女が、ニタニタと笑みを浮かべていた。
生徒の一人、丸顔の少女は思わずクラスメートの緑髪の生徒に問いかける。
「なぁ、デクくん。あんな子うちのクラスにいはったかな?」
「……いや。少なくともA組の生徒じゃない。それに麗日さんも見たことあると思うけど、あれは士傑高校の学生服だ。ひょっとすると、雄英の生徒ですらないかもしれない。じゃあ士傑から来た転校生? それもどうだろう。東の雄英、西の士傑とまで言われるくらいだからそんな制度があっても不思議じゃないけれど、先生達ですら知らないなんて不自然すぎる。それに士傑なら帽子を被っていないのもおかしい。あそこの校則は自由な雄英と比べてとても厳格だったはず──」
「下がってろ、緑谷」
ブツブツ、ブツブツと考察を行う緑の少年。そんな彼を押しのけて、マフラー状の布を首に巻いた男が前に立つ。
生徒からは自堕落奔放と思われていた彼だったが、今の風体はさながら刀のよう。実直な気配を醸し出す。
男は首元に手をやると、少女に
「もう一度聞く。お前はどこの誰だ?」
少女は話に応じるために、彼に向き直る。
んー、と小首を傾げた後、おもむろに口を開いた。
「そーですね! 何を隠そう、私は──」
それは、隙だった。
話の内容を頭でまとめ、口を開き、意識を割く。
──あくまでもカートゥーンの世界においてと前置きさせてもらうが。
ヒーローの変身中に攻撃しないのは、ヴィランのお約束だ。
ヴィランのネタばらし中に攻撃しないのは、ヒーローのお約束だ。
だが、合理的ではない。
仮にそんな暇があるとしよう。それならば、相澤というヒーローは大きく目を見開いて、首の布を用いてヴィランを無力化するだろう。
今の状況こそが、まさにそれだ。
「とはいえただ返事を聞くのはいささか合理的じゃないな。身柄を確保させてもらおう」
一瞬の捕物。一瞬のうちにぐるぐる巻きにされ、地面に引き倒された謎の少女。生徒達が何かしらのリアクションを取る前に、事態は収拾してしまった。
口元まですっぽりと覆われて、もがもがと呻くばかりの少女。
そんな様を見たツンツン頭の赤髪の少年の口から、思わず言葉が漏れ出た。
「……何だ、こいつ? また入試の時みたいに何か始まっているパターン?」
毒気を抜かれたような問いかけ。しかし生徒教師を含めた誰もが答えられない。
生徒は単純に混乱から、教師はその拍子抜けさと違いはあったものの、一様に不可思議な気持ちであったという点は共通している。
誰しもが迂闊には動けない。そんな中、暫定ヴィランの少女を油断なく見張っていた相澤は、手に握った布越しに僅かな振動を感じた。
男は少女に対し、抵抗は無意味だと声をかける。
「無駄だ。これには特殊合金を通してある。個性も使えないお前じゃ──ッ!?」
むしゃり。
異音に相澤は思わず息を飲む。それは、この男を知る者にとってはらしくもない仕草だった。
今もなお、相澤に見つめられている少女。先ほどまでとは違って、その鼻下から顎にかけてが、露わになっている。
予想だにしない出来事。雄英陣の動きが止まった一瞬で、少女が口からぺっと異物を吐き出す。
顎の力で引きちぎられたヒーローの武器が、唾液に塗れて地面に吐き捨てられた。
そのまま少女は語りだす。先ほどと何ら変わらぬ続きのように。
「あー、もう。全くひどいじゃないですか! ええっと、相澤消太先生、でしたっけ? それともイレイザーヘッド、の方がいいのかな?」
軽口を叩く少女はぐるりと地面を一回転する。とてつもないスピードで。
相澤は単独で異形型の個性を無力化できる。それは彼の個性がパワー系でないからといって、彼の身体能力が弱いわけではないことを意味していた。
そんな彼の腕力を駄々っ子のようなローリングで振りほどくとは如何なる剛力か。
ヒリヒリと痛む手のひらに走った擦過傷。相澤は人知れず戦慄した。
少女はのそりと立ち上がる。自身に巻きつく拘束具をなんら気にするそぶりさえ見せず。
「邪魔ですね、これ」
そういうや否や、少女は口元に手の包帯を寄せて喰い千切る。手が自由になったと思えば、体にまとわりつくぼろ切れを引き千切る。
バラバラと塵になっていく英雄の武器。
苦みばしった顔で睨むゴーグル男をよそに、少女は無駄口を叩いた。
「いやー、まさかまさか。雄英高校のど真ん中で、教師に緊縛ショーを披露されるとは思ってはいませんでしたよ。いけないことは良くする私ですけども、ソッチ系はNGなんですけどね〜」
少女の話にぶどう頭の生徒がピクリと反応する。耳から紐が伸びた生徒が頭を叩く。
そんな寸劇を訝しげに見つめた少女だったが、気を取り直して話を続けた。
「それで、ええ、何でしたっけ? あ、そうそう! 私が何者か、でしたね」
そうでしたそうでした、などと呟く。
相澤は少女の視線を浴びながら、後ろ手でハンドサインを同僚に送った。
目的不明、生徒の安全に注意しろ、と。
宇宙服はコツンと足つま先で地面を軽く叩いてそれに応じた。
そんなヒーローの密談に気がつくことなく、少女は自分語りを朗々と続ける。それはまさしくカートゥーンのヴィランのような振る舞いだった。
「申し訳ないですが私個人の名前はご勘弁を! 代わりに私たちの名前をお教えしましょう! 何を隠そう私たちはッ!」
少女はばっと両手を大きく広げる。
雄英のヒーロー達は、その思わせぶりなそぶりに身構えた。
13号の訓戒を胸に秘めつつも、今は武器を振るう時。セーフティーを外して、弾丸をチェンバーに下ろし、いつでも迎撃十分。
各々に緊張が伝わる。
一秒経過。
二秒経過。
三秒経過。
……何も起こらない。
少女のこめかみを、たらりと冷や汗が流れた。あれー、といった感じに少女は後ろをちらりと振り返る。
そこにあったのは、黒一つない晴天。
どことなく、白けたような空気感が辺りに漂う。
居た堪れない。凄く居た堪れない。
誰かがそんなざまに耐えきれなくなった時。
少女はけふんと咳をすると再びヒーロー達に見得を切った。
「ふふん、お前は誰だと問われちゃあ仕方ない! 答えてあげるがヴィラン流!」
あ、続けるんだ。そんな視線を無視して、少女は語りを続ける。
教師陣が油断していなかったとしても、問題ないという自身慢心に裏打ちされた振る舞いだった。
「公の場に出るのは実に五年ぶり! しかして活動そのものは日課そのもの! 何を隠そう私の名前は──」
影が差す。黒が広がる。
少女の背後で、漆黒のモヤが太陽を覆い隠して蠢いた。
これまでだらけた空気だった生徒達の間にも、ようやく事態の深刻さが広がった。
生徒達をなだめ纏める教師をよそに、少女は背後に振り返ってぷりぷりと怒りだす。
「全く遅いですよ、クッ……じゃなくて、え〜、ミスター黒まみれ! めちゃくちゃ恥ずかしかったんですからね!」
黒い闇から有象無象が飛び出してくる中。黒い霧の男が少女の言葉に苦笑して返した。
「貴女が先に行きたいといったから先に行かせてあげただけのことでしょう。それより、イレイザーヘッドの無力化は……できていないようですね」
「いやぁ、みんな来る前に終わらせるのも違うかなって。一応武器は破いておきましたよ」
あまりにもふざけた物言い。しかし黒霧は今更それに文句は言わない。
なぜならこの少女は酷く馬鹿で愚かで、この上なく
そんなやりとりを交わしている間にも、雑魚ヴィラン、モブキャラは続々とやってくる。いつしか黒霧の横には、手だらけの男、死柄木弔が立っていた。
死柄木はキョロキョロと辺りを見回すと、残念そうに肩を落とす。
「平和の象徴。いないなんて……」
電波障害等にヒーロー達が対応に最中、少年の呟きは、嫌に彼らの耳に残った。
「子供を殺せば来るのかな?」
有望なれど未だ実践経験のない受精卵。子供達を守ろうと相澤は一人、ヴィランの方へと歩みを進める。
そんな様子を見てとった少女は、黒霧の隣でぴょんぴょんと跳ねると、コソコソと耳打ちした。
それを受けた黒霧は堂に行った様子で話し始める。
少女が先ほどまで話そうとしていたことの引き継ぎであった。
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは──」
常にヒーローから討滅されるヴィラン。
それは彼らからの宣戦布告だ。
「──平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「ついでにサインも貰おうと思ってまして!」
「黙ってなさい、貴女は」
ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野??
個性:『抹消』されない個性?
特殊合金を食いちぎったり引きちぎったりする馬鹿力。
備考:13号は結構好き。イレイザーヘッド? 誰?
サインはかなり欲しい。