きっと世界で一番くそったれな『個性』 作:週刊ヴィラン編集部
はやくきて〜はやくきて〜
「ねぇ。ミスターハンドマンさぁ、いつまで見学しとくつもりなの? 私そろそろ飽きてきたんですけど?」
ポップコーンも売ってないみたいだしさぁ〜。
黒野はプロヒーローとザコ戦闘員のリアルヒーローショーを見ながら、隣に立つ死柄木に対してぶつくさとぼやいた。
抹消ヒーローが戦闘を始めてから既に十分かそこらが経過している。動員されていた有象無象のヴィラン達の数も着々と減らされていた。無論、相澤自身のスタミナも削られ、彼のメインウェポンである特殊合金入りの拘束布はもとより、サブウェポンであるナイフやまきびしといった小物も、異形型ヴィランの身体に突き刺さる形で失われている。
その間、少女達は何をしていたかといえば、その実何もしていない。
黒霧が生徒達をUSJ内各地に散らして、飛ばし損ねの生き残り達を追撃している間も、ただじっと戦局を眺めていただけだ。
とはいえ、真実阿呆な黒野と違って死柄木は指揮官としての視点を持っていた。
少年は少女に分析結果を披露する。
「……30秒、23秒、24秒、20秒、17秒」
「はぁ。いったいどうしたんですか?」
「イレイザーヘッドの髪が下がるタイミングだ。ワンアクション終える動作と一致している。恐らくあいつの『個性』のインターバルと連動してるんじゃないか?」
「……ん、あ、おお! 言われてみれば確かにそうですね! 個性攻撃が消えてないことが何度かあった……ような気がします。ミスターハンドマン、あなた私と同じ脳筋枠じゃなかったんですか?」
死柄木の分析は概ね当たっている。
いくらプロヒーローといえど、無限のスタミナを持っているわけではない。だからこそ多数の捨て駒を用いてリソースを削り取るというのが当初からの作戦であった。
ところが鎮圧にあたったヒーロー・イレイザーヘッドは、ヒーローフリークであるとある雄英生徒から見ても、多対一の近接格闘戦に秀でているように
これにより前提戦術が崩壊する。少女は緑髪の生徒と同じく相澤先生、凄い! などと呑気に考え、脳の活動を終えていた。
しかし、死柄木は
平和の象徴、ナチュラル・ボーン・ヒーロー・オールマイト。言うまでもないメインターゲットである。
個性に似合わぬ救助専門家、スペースヒーロー・13号。彼のことは、ヒーローが嫌いな死柄木も畑違いではあるもののよく知っていた。
そして問題であるもう一人。個性『抹消』にしてアングラヒーロー・イレイザーヘッド。
彼の名を見たとき、その場にいた三巨頭は皆揃ってつぶやいた。
──だれだ、こいつ? と。
アングラの称号が示すように、イレイザーヘッドの名は大衆には全く知られていない。それこそ「ヒーローのプロフィールを本人以上に知っていることも多い」という逸話を持つ、かの緑髪のヒーローオタクでさえも、フルネームを聞き、姿を見、個性と装備を目撃して漸く脳内図書館から該当のページを掘り起こせたほどのドマイナーなヒーローだった。
しかし、本来そのようなヒーローはあり得ない。食っていけないと言い換えてもいい。
この超脳の時代において、ヒーローは救世主、英雄ではなく
そのような職業・ヒーローを取り巻く社会情勢の中で、人々に顔を知られることもなく、それでいて雄英の教師に名を連ねるほどの実績を持つに至った男。
そうなれば、相澤という男が携わってきた業務の内容にもある程度推察がつくというものだ。
つまりは──
「──顔を見せず単独でヴィランを無力化する、『奇襲からの短期決戦』の専門家」
悪の首魁に育てられた死柄木少年。
ところどころ「おとなこども」な一面こそあるものの、基本は優秀な男である。
死柄木の洞察に黒野はほへぇと感嘆し、褒めそやす。
彼女の物言いに、少年は当然のように振る舞った。
「俺は『先生』に教えを受けているんだぞ? お前ほど馬鹿じゃない。
……少し
そう言い残すと、死柄木は近くでずっと無言で控えていた
「行ってくるよ、黒野、
「んで〜。結局暇なのは変わらないんですけど? ミスターハンドマンもミスター……なんだっけ? まっくろくろすけでいいか。ミスターまっくろくろすけも居なくなっちゃったしさぁ。
この脳みそ剥き出しのミスター露出狂も返事してくれないし〜。ねぇ、聞いてる?」
死柄木が遊びに行った後も、黒野は一人で管を巻いていた。
……正確には一人ではない。彼女の隣には、対平和の象徴、怪人・脳無が棒立ちになっている。
ただし、
そして彼女には脳無に命令する権限が与えられていない。
だから少女がいくら話しかけようと返事を返すこともなく、胸や腹を叩こうとも痛がる素振りや反撃の仕草すらしてみせない。
少女に言われれば、
そこでは、死柄木と相澤がちょうど接敵しているところだった。
彼女の
「……お前が本命か? あの女はどうした?」
「おいおい、ヒーロー。あんな馬鹿に随分と御注目のようだな? まさか本当に
「また馬鹿って言ってるよ……」
些細なトラッシュトークの後、戦闘が始まる。
少女は脳無のズボンのポケットに仕舞われていたウィスキー入りのスキットルを引き抜いて、試合観戦を始めた。他の二人には知らせずに、
戦闘が開始するや否や、少年を見据えて相澤は地を疾駆する。少年は両の五指をしかと開いて応戦した。
「23秒、24秒、20秒……」
死柄木は先程黒野に語った考察を相澤本人にぶちまける。それは心理戦の一手段としてよりもむしろ、歪んだ自己顕示欲からなる行動だった。
弱点を気取られていることを把握した相澤は、短期決戦に切り替えようと試みる。折れたナイフの柄を死柄木に投げつけて牽制する。
眼球に向かって急速に飛来する投擲物。動物的本能から思わず死柄木は親指を除いた右の
ナイフの柄から視線を戻すと既にヒーローはどこにも──いや、
死柄木の身長から隠れるように、地面すれすれに腰を落として走るゴーグル男。死柄木の人体構造から見てちょうど死角となる位置を彼は走り抜けていた。
気がついた時にはもう遅い、相澤は肘鉄砲の構えに入っている!
「チッ!」
死柄木は咄嗟に掌を前に突き出した。
それはテレフォンパンチにも劣る何かであり、プロのヒーローをなんら阻害するものではない。
相澤はカエルのように地面を蹴り上げ勢いそのままに肘を突き出す。
狙いはヴィランの鳩尾、意識を奪う銃撃。
どうあがいても相澤の勝利局面。
──確殺の状況であったこと、化け物女を含めてこれからもまだヴィランを多数相手にしなければならないこと。
その瞬間、相澤は「抹消の個性」を発動していなかった。
突き詰めた合理性故の判断だったのだろう。
だがそれはらしくもない失策だった。
「……やっぱり疲れてたんですかね、相澤先生。それともミスターハンドマンの個性を知らなかったからかな? 見せてないから当然ですけどね」
一人見学していた黒野はウィスキーを口に流し込んで独りごちる。金属混じりのアルコールが喉を潤した。
少女の視界の先では、同胞の少年の口がボソリと動く。
「無理をするなよ、イレイザーヘッド」
ヒーローの肘打ちとヴィランの胴体の間に挟まれていたのは、たった一枚の左掌。
痩身の少年のそれは、病気を疑うほどに薄く色白い。
鍛え上げた相澤の肉体ならば、少年のか細い指なぞ叩き折って鳩尾をしたたかに打ち据えたはずである。相澤自身、防御は間に合わないと判断したが故の一撃だった。
彼の計算は間違っていない。
指一本なら容易くへし折っただろう。二本でもそれは同様だ。三本でも、あるいは四本でも。
だが、五本合わさると話は違う。
相澤が代償として支払ったのは、右肘一本だった。
砂のようにぼろりと崩れ落ちる人体。
危険性を把握した相澤は、拳を振るって手だらけ男から距離をとる。
手だらけ男──死柄木はくつくつと笑って自慢を重ねた。
「その『個性』じゃ……集団との長期決戦は向いてなくないか? 普段の仕事と勝手が違うんじゃないか? 君が得意なのはあくまで『奇襲からの短期決戦』じゃないか?」
少年はヒーローを前にして、ただただ煽る。
その時彼だが、真実相澤についての戦術的なあれこれは頭の中になかった。
あったのは純然たる支配欲。誰かにマウントを取るのは最高だ。ましてや大嫌いなヒーローに対してならば!
少年の口はかつてないほどに滑らかに回る。
口から吐き出される毒には、ほんのりと呪詛が混ざり始めた。
「それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒に安心を与えるためか?」
ヴィランの様子を相澤はそんな戯言をただ聞いていた。
肘の痛みに耐えているというのは額を流れる脂汗からも見て取れたが、話している間は状況は動かないという分析からの判断でもあった。
そんなこともつゆ知らず、死柄木は一人、自己陶酔して話を続ける。
「かっこいいなぁ。かっこいいなぁ。ところでヒーロー」
死柄木の独り言が黒野の耳に届いたその時、彼女の隣の人形が起動した。
「本命は俺じゃない」
そこからの流れは酷く一方的だった。
脳無が殴りつける、相澤が回避する、相澤が殴り返す、脳無は無視した、再び脳無が殴る、相澤は回避する、が体勢を崩す……。
一度天秤が傾けば、そこで終いだ。
怪人・脳無。対オールマイト用に作られた人間兵器。凡百の人間とはパワーが違う、スピードが違う、タフネスが違う。
うつぶせに倒れた相澤。彼を押さえつけるかのように、脳無はマウントを奪う。
そのまま一メートル程ある巨大な手のひらで脳無は相澤の腕を掴み取る。そして技巧も技量もなく、ただ単純に力を込めた。
「────ッ!!」
ミシリ、と骨が軋む音ではなく。
ベキ、バキと骨が砕ける音が鳴った。
それでもなお、抵抗しようと相澤は上半身を起こそうと奮起する。
しかし許されない。
脳無は相澤の顔を掴み上げ、硬いコンクリートの地面に打ち付けることで返礼とした。
ゴッ、と鈍い音ともにコンクリートが陥没する。
鼻の骨は確実に折れただろう。眼底を骨折した可能性も十分にある。特殊な治療なしでは再起不能まで届きうる攻撃だった。
そんなざまを見て、黒野は白けた様子でつぶやく。
「あ〜あ。やっぱりこうなっちゃったか。個性なしの生身の人間じゃゴリラに勝てない。子供でもわかるよね〜。
あ〜、つ〜ま〜ん〜な〜い〜。
──君達もそう思わない?」
パシャリ、と水面を掻き鳴らす音が響く。
黒野の目線の先には、ぶどう頭の少年と、蛙面の少女。
そして緑髪の少年がいた。
黒野はマイペースに彼らに対して話を振る。
「あれ酷くない? あんなオジサンを寄ってたかってボコボコにするなんてさ〜。しかも最後はあれだよ? あんな化け物みたいなやつに襲わせるなんて」
少年たちは言葉を発さない。
少女は一人で口を動かした。
内容を除けばそれは、ヴィランというよりもむしろ、そこら辺にいそうな少女のような物言いだった。
「いや、もちろん私もそうするって知ってたし? なんならオヤジ狩りもしょっちゅうやるけどさ? 顔とか殴るのはかわいそうじゃん? キモいオッさんならともかくまだ若そうなヒーローだし」
少年たちは言葉を発せない。
少女は一人で口を動かした。
内容を除けばそれは、彼らが普段学校で話すような無駄話に近いような話ぶりだった。
「イレイザーヘッド、相澤先生って君たちの先生だったんだよね? ごめんね、ひょっとしたら先生辞めちゃうかもね。
……でもまあ仕方ないじゃん! 私たちはヴィランで、君たちはヒーローだ! そしたらまぁ、たまにはヒーローが負けることだってあるよね!」
少年たちには、話しかけてくる士傑の制服を纏った少女が酷く日常的に見えて。それ故により一層薄気味悪く、怖気立って感じられた。
「でもでも! 君たちは気をつけてよ? 特に後ろにいる蛙っぽい子。せっかくいい高校に入れたんだから、美人なままでいなくちゃ! 顔に傷なんてもったいない! 勿論────」
「────君は」
少女のマシンガントークの最中、緑髪の少年が、口を開いた。
黒野は長台詞を打ち切って耳を傾ける。
緑谷出久は少女に問いかけた。
「君は、なんでこんな酷いことをするんだッ!」
ヒーローの卵である彼らは、凶悪な犯罪者としてのヴィランしか知らない。
だからこそ、なんでもないかのように理不尽を語る少女がまるでわからない。
背後に立ち尽くす二人のヒーロー見習い。彼らの瞳にもまた、理解できないという感情が浮かんでいた。
怒鳴りつけられて、黒野はきょとんと首を傾ける。
数秒かけて、少女は彼らの疑問を咀嚼した。
あーだのうーだのと唸って考えたのち、彼女が導き出した答えは、
「──────生きるため?」
ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野??
個性:常時発動する、任意では操作できない。
こいついつも酒呑んでるな?
備考:脳無への感情は憐憫。
生きるためになんでもする女。