きっと世界で一番くそったれな『個性』   作:週刊ヴィラン編集部

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はやくきて〜はやくきて〜(9時)

予約投稿失敗マン。


なまえをよんで

「──────生きるため?」

 

 あっけらかんと答えるリボンの少女。

 メガネのレンズ越しに、黒々とした目玉が学生達を捉える。ピタリと視線を合わせては、目線が一切ぶれることもなく、瞬きすらせずにただただじっと見つめる一対の眼。緑谷出久には、それがとてつもなく平坦で無機質に見えた。まるで昆虫か何かのようだった。

 見竦められたぶどう頭の少年が、思わず蛙少女の腕をそっと掴む。少年には似つかわしくない、性欲に根ざさない行動だった。少女はそれに気づいてか、ケロと一鳴きするに留める。

 てっきり「金の為」や「暴力性の発露」といった即物的な欲求を考えていた為に、生徒達は思わず狼狽してしまう。

 少し離れた場所では、脳無が暴虐を続けている。辺りを肉とコンクリートがぶつかり合う不快な音が響き渡る。だというのに、彼らの間ではしんと音が遠くなって耳にまるで入らない。そのような停滞した状況を打ち破ったのもまた、ヴィランの少女だった。

 

「やだな〜。そんなに真剣にとらえないでくださいよ〜」

 

 少女はひらひらと手を振って、緊迫した空気を茶化す。

 

「別段珍しいことじゃないですって。ごくごくありふれた話ですよ?」

 

 知的ぶって、眼鏡をくぃと釣り上げる。

 皆さんエリートだから関係ないかもしれませんけど……と前置きして黒野は切り出した。

 

「雄英のヒーロー科って確か偏差値80くらいあるって話じゃないですか? 倍率も300倍とか聞いてますよ? いやー、凄いですね、私なんて多分偏差値5とかですよ、5! 測ったことないですけど。というか学校すら行ってないですけど。

 で、私みたいな底抜けのアホはですね。食っていけないんですよ、今の時代。

 ……だったらヴィランにでもなんでもなるしかない。そう思いません? ほら、ヒーローの皆さんもヴィランが増えたら(まと)が増えて万々歳ですよ? 何しろ今はヒーロー飽和社会、なんですから」

 

 などと、黒野は身勝手な同意を求める。

 それは、生徒達には一から十まで全てを理解することはできない主張だった。彼らの家庭環境は──極一部を除いて──平均的で平穏なものである。その上彼ら自身の資質もまた、数多の将来有望な卵の中から厳選された、最高品質の受精卵である。彼らには、既に廃棄が決まっている()()()の気持ちは完全にはわからない。本やニュースなどでそういう人種がいるということは漠然と認識していたが、そう宣う存在に出会ったのはこれが初めてだった。

 とはいえそれが間違っていることは、脳を回さずとも自らの良心からすれば明らかなことだ。

 たまらず蛙姿の少女、蛙吹が緑谷の前に進みでる。おそらく黒野が同年代、同世代であったが故に、あるいは襲撃してきた他のヴィラン達と比べて普通の、ともすれば内向的とも言える姿をしていたが故に、目の前の少女が深淵に堕ちていくことを本能が拒否したのだろう。

 彼女たちは先程ヴィランの集団を知略で一網打尽にしたばかりだ。その成功体験が、彼女たちを無謀へと駆り立てる。次はこの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を救けよう、と。有り体に言えば、浮き足立っていた。

 蛙吹は黒野を窘める。それは思ったことをつい口に出してしまう少女の、同情を含んだ優しさだった。敵の悪辣さを知らない甘さだった。

 

「ケロロ。それでもこんなことを必要なんてないんじゃない。あんな人たちと一緒に犯罪を犯していたら、貴女もきっと酷いことになっちゃうわ」

 

 彼女達は、黒野が人に暴力を振るう姿を見ていない。砂煙に隠されて人間を投石で殺害する姿を見ていない。

 なので蛙吹達の視点から見ると、黒野は「ヴィラン達の本隊が襲撃する前に鉄砲玉として駆り出されたパワー系の個性を持つ少女」という認識である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、黒野は顔をくしゃっと歪めた。ポケットから左手を引き抜いて、顔を隠す。人差し指で眼鏡を押しのけ目元を拭った。

 少女は()()()()声を震わせて、同情を誘う。

 

「……うん、確かにそうですね。でももう私はこの組織から抜けられないの。うちのボスはとても恐ろしい人だから」

 

 黒野は蛙吹をまっすぐに見つめると、ニコリと笑いかける。その目尻は、うっすらと水分で濡れていた。

 ウイスキーの匂いが黒野の目と鼻の先で漂っている。

 

「──それでも、気にしてくれてありがとう。私はきっと捕まってしまうだろうけど、最後にあなたの名前を教えてくれないかな?」

 

 しおらしく微笑む少女を見て、蛙吹は自身の交渉がうまく行ったことに安堵する。

 そんな二人の話を、緑谷は黙ってじっと聞いていた。

 

「いいわよ。私の名前は蛙吹梅雨。梅雨ちゃんって呼んで?」

 

 ネゴシエイトの基本は言葉を交わして、お互いを認識し合うことである。名前の交換はその第一歩だ。

 当然少女の名前を問いかける蛙吹だったが、ヴィランの少女は申し訳なさそうにして断った。

 

「……ごめんなさい、梅雨ちゃん。ボスに言っちゃダメって命令されてるの。きっと話したら酷いことされちゃうかも。本当にごめんね?」

 

 少女は片手を縦に切って、頭を下げて謝罪する。顔を上げた黒野は目元を拭うと、アハハとおちゃらけたかのように笑う。

 緊迫した空気は何処へやら、辺りにはうっすらと和やかな空気が充満していた。

 

「ねぇ、梅雨ちゃん。こんな私だけど、もし捕まるなら知らないヒーローじゃなくて、あなたたちみたいな優しい人たちだったらいいな」

 

 黒野は両手を広げて、ゆったりと3人へと歩み寄る。不要な警戒を招かぬように、一歩一歩踏みしめて着実に。

 蛙吹は瞬間躊躇する。いくら相手が無抵抗といえど、ヴィランと接触するのは流石に危険だと知識では判断できていた。

 

「ええ、そうね。一緒に謝りに行きましょう? その後で名前、教えてね?」

「──うん、ありがとう。梅雨ちゃん。……後良ければなんだけど、オールマイトのサイン貰っててくれない?」

「わかったわ」

 

 が、しかし。

 知識を感情は上回る。

 ヒーローの基本は人助け、考えるより先に身体が動いてしまう。

 救けたいという感情が、安全認識を見誤らせる。

 

 彼我の距離僅かに数メートル。

 黒野は嬉しそうに嗤うと、握手を求めて手を差し出す。蛙吹もそれを受けて吸盤付きの手を前に出した。

 ぶどう頭の少年も後に続こうとする。

 その様子を見ていた緑谷だったが、身体の中から漠然とした理由不明の不安が湧き上がった。

 

 ──なんだ!? ヴィランの子が戦わずに投降してくれるなんていいことじゃないか。それなのにどうして僕はこんなに不安を抱いているんだ!? 

 

 思考に耽る緑谷の鼻腔をツンとした匂いが刺激する。それはアルコール特有のそれだった。

 臭いの元へ思わず目を向ける緑谷。

 視線の先にあったのは、黒野の目だった。

 ──その眼球は、話し始める時となんら変わらず、昆虫のようだった。湿っても揺らいでもいない、黒々とした瞳だった。

 堪らず緑谷は声を荒げる。

 

「待って、蛙吹さん──ッ!」

「──えっ」

 

 黒野と蛙吹の手と手が触れ合うほんの直前。

 黒野の背後に虚空が開き、中から抜き出た黒い手が少女の服の背後襟をつかみ取った。

 

「……およ?」

 

 彼女はそのまま後方へと引っ張られ、ワームホールに引きずり込まれる。

 

 

 

「死柄木弔、ネガフェアレディ」

 

 黒野の視点が切り替わったそこは、戦闘区域のど真ん中。

 彼女の前には雄英生徒3人ではなく、死柄木と黒霧と脳無、それからボロ雑巾のように朽ち果てかけている相澤が横たわっていた。

 道草を食っていた黒野を引き寄せた黒霧は、自分たちの総大将に向けて不明を恥じる。

 

「申し訳ありません。13号を行動不能にしたものの……散らし損ねた生徒の一人を、逃しました」

「は?」

 

 死柄木は苛立ったように声を荒げる。

 息を荒くしながら、首元をぽりぽりと搔きむしり始める。身体を手で覆われている痩身の少年の偏執的な行為は、どこか病的で気味が悪い。

 首を掻きながらぶつくさと文句を垂らす少年。「ワープゲート」という有用な個性持ちでなければ始末していた、などと物騒なセリフを吐いたのち、彼は手を止めて深くため息をついた。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ、今回はゲームオーバーだ」

 

 帰ろっか。

 死柄木は、まるで未就学児が暗くなったから公園から帰ろうとするかのように気軽にそう口にする。

 彼らにとって、今回の雄英襲撃の計画は、結局はその程度のものだった。

 だらける死柄木をよそに、黒野は水辺の方へと目線を向ける。そこには先程と変わらず、三人の生徒たちが佇んでいる。

 ……なぜかぶどう頭の少年が水に沈められていたが。

 黒野は彼らとの対峙に向けて、今後の言葉運びをひっそりと思案した。

 

 程なくして、ああ、と死柄木が思いつきを語りだす。

 以心伝心、黒霧はワープゲートを開く準備をした。

 

「けども、その前に平和の象徴としての矜持をすこしでも────」

 

 黒野の視線の先では、緑髪の少年が顔色を青くして怖気だっているのが見える。

 少女は少年の危機察知能力の高さに、柄にもなく感心した。思えば先程も「梅雨ちゃん」の腕の危機を敏感に察知していたのだ。

 だが今回に限っては、確実に一手遅い。

 光を飲み込むワープゲートの前に、一体どれほどの「個性」が追い縋れるだろうか。

 

「────へし折って帰ろう!」

 

 死柄木は彼我の距離をゼロにして、蛙吹の顔に五指をかける。

 ヒーローの少年とヴィランの少女の幻視は、ここに奇妙な一致を見せた。相澤の肘の後を追うように、「梅雨ちゃん」の蛙面が塵芥のようにボロボロに崩壊する、と。

 未熟な彼らの当てずっぽうは、当然ながら外れたが。

 

「……本っ当。かっこいいぜ」

 

 黒霧の「個性」は亜光速の域に達している。「エンジン」や「ジェット」のような速度系個性では追いつくことはできない。

 しかし光より速いわけではない。()()()()よりは明らかに遅い。

 死柄木がワープゲートを通って蛙吹の顔を掴むよりもなお、()()()が死柄木の手の像を網膜に焼き付ける方が早かった。

 死柄木は憎々しげに名前を口にする。

 

「イレイザーヘッド」

 

 彼の担任の名前を呼ぶ声を聞いて、緑谷出久はそこでようやく再起動を果たした。

 彼を主とした三人は自分たちが見誤っていたことをここでようやく悟った。先程倒したヴィランは所詮はただのチンピラ。()()()()()本物のヴィランであると。

 

 ──ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! さっきの敵たちとは明らかに違う! 蛙吹さん! 救けて、逃げ……ッ!

 

 蛙吹は自身が死んだかもしれないというショックから以前立ち直れていない。

 手だらけヴィランは依然彼女の顔を握り締めたままだ。いつ個性が使われてもおかしくない状況。

 緑谷は纏まらない思考を打ち切って、恐怖と勇気がまぜこぜになった感情を吐き出す。

 

「手っ……離せぇ!!」

 

 少年は右の拳を硬く握り締めて、フルパワーで敵に殴りかかった。

 敵は一言呟く。

 

()()

 

 遠くで耳をそばだてていた少女は、ピクリと反応した。

 

「ほいやっさ!」

 

 SMASHの掛け声と共に、緑谷の鉄槌が振り下ろされる。

 ズドン、という鈍い音が鳴り響いて、辺りに雷光が迸った。

 

 

「──全く酷いなぁ〜。いきなり顔面ですよ、顔面。これってセーフですよね?」

「…………え?」

 

 ()を譲渡されて初めて腕を折らなかったことに喜んだのもつかの間、緑谷は自身の目が狂ってしまったのではないかと疑った。

 グローブ越しに、彼の手は人間の肉を強かに打ち据えたことを伝えてくる。金属製の超巨大ロボットでさえも粉砕する裂帛の一撃だ。

 だったら何故──

 

「あなたもオールマイトのファンなんですか! やっぱりカッコいいですよね! オールマイト!」

 

 ──この少女は一滴の血すら流していない!?

 

 常人なら死ぬほどの一撃を受けたのにもかかわらず、先程までと変わらない様子でお気楽に話す少女。彼女を見て緑谷は思わず吐き気を催す。

 ワン・フォー・オールのフルパワーを受けて無傷を誇る不可解さもそうだが、何より自身の体──それも顔を躊躇なく盾にしたその精神性に気持ち悪い。

 確実に頭のネジをダース単位で落としてきたような女だった。

 緑谷の頭を蛙吹の忠言がよぎる。

 

「……殺せる算段が整ってるから、連中こんな無茶してるんじゃないの?」

 

 先程まではその根拠をあの脳みそヴィランだと考えていた。

 しかし、それはもしやとんでもない間違いだったのでは……?

 緑谷の思考がそこに行き着いた時、目の前の内向的な装いの少女がとんでもない異形に見えた。

 緑谷の戦慄を置き去りにして、黒野は死柄木と言葉を交わす。

 

「ラッキー君もうちょっと余裕持って呼んでくれません? 受け止めるの間に合わなかったんですけど?」

「どうせ無敵チートなんだからどうでもいいだろう? ってか結局呼び名戻すのな」

「だってみんな本名で呼び合ってるのに私だけコードネームってのも恥ずかしいじゃないですか。

 ──あっ。梅雨ちゃん、ごめ〜ん! 私まだ生きていたいんだった!」

 

 だから────。

 

 その先を言わせないとばかりに、緑谷が死柄木に向けて次弾のスマッシュを装填する。

 死柄木を狙う攻撃を認識した黒野は、彼女が最強と思う存在を模倣した構えをとる。

 二人は弓のように腕を引きしぼる。

 

DETROIT(デトロイト)────」

 

 緑谷の切り札は拳の一撃。

 かつて見た、天候を変えるほどのヒーローの切り札。

 

MISSOURI(ミズーリー)────」

 

 黒野の切り札は手刀の一撃。

 かつて見た、空を裂くほどのヒーローの切り札。

 

 手段は違えど、それは鏡合わせの一撃。

 

SMASH(スマッシュ)!!』

 

 オールマイトのスマッシュが、正義と悪の手によってぶつかりあった。

 

 

 

 模倣とはいえ最強の一撃。豪雷が轟く。

 しかし、奇跡的に威力が拮抗していたのか、ほとんどあたりに被害は出ていなかった。

 折れた腕を庇って睨みつける緑谷を尻目に、黒野は制服の汚れをパタパタと落とそうと奮起する。

 あ〜、ちょっと破れてるんだけど〜などと宣う黒野に対し、死柄木はこめかみをひくつかせて問いかけた。

 

「黒野。お前手ぇ抜いたのか?」

 

 嘘偽りを許さない言葉だった。

 だからというわけでもないだろうが、黒野は思ったままのことを口にする。

 

()()? ()()()()()()()()()()()()? オールマイトの技かっこいいんだけどね〜」

 

 死柄木はその答えに、思い出したかのように納得した。

 そして当初の目的を反駁する。

 

「……ああ、そういやそうだったな。うん。じゃあクエストクリアして帰るか」

 

 指に力が込められる。

 蛙吹の顔が普段より一層青ざめ、引きつる。

 黒野はそんな彼女の顔を覗き込むと、申し訳なさそうに口にした。

 

「じゃあ、うん、ごめん。梅雨ちゃん。大丈夫、私、あなたのこと忘れないから。

 ──ああ! 最期に自己紹介しようか! 私の名前は黒野真央(くろのまお)。じゃあおやすみ、『梅雨ちゃん』!」

 

 真央は朗らかに微笑んだ。

 

 

 せまる絶死。

 蛙吹梅雨を救けたのは、当代最高の英雄だった。

 

 バァン、と鉄がひしゃげる、爆発音にも似た轟音が施設全域に響き渡る。入り口付近にいた人々は、分厚い鋼鉄製のドアが、土煙を上げながら内部へと向けてすっ飛んでいくのを目撃した。

 

「もう大丈夫────」

 

 それは決して大きな声ではなかったが、不思議とすべての人間の耳に余さず届いた。生徒や同僚への愛情、邪悪への義憤、自らへの怒り、正義の誇り。それら全てを内包した、平和の象徴だった。

 死柄木はポロリと手につかんだ蛙少女を落とし、情念たっぷりに呟く。

 

「あー。コンティニューだ」

 

 土煙が晴れていく。

 先ほどまであったドアの枠を潜って筋骨隆々の男が駆けつける。

 彼は()()笑っていない。ここで行われた暴虐を思って、ギリと歯を食いしばって必死に堪えている。

 彼はこの戦場に笑顔を届けに、笑顔を取り戻しにやってきたのだ。

 男は施設入り口、高台の上から、全ての敵を睨み倒して言い放つ。

 

「────私が来た」

 

 彼こそが全能の正義(オールマイト)だ。

 

「……あはっ♪」

 

 邪悪の一欠片は蕩けて嗤った。

 

 

 




ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野真央
個性:デク版ワン・フォー・オールで殴られても表面上無傷。
   顔面セーフ理論。
   スマッシュって、オールマイトのフォロワーかい?
   でも使うたびにデメリットあり。
備考:梅雨ちゃんはヴィラン以後はじめての友達。めっちゃ仲良くしたい。でも殺す。
   別に洗脳はされていない。ゼツメライズキーも刺さっていない。自己の意志。



アレな扱いをしてしまい、梅雨ちゃんファンの方、すみません。
あとこんなニッチジャンルに感想とかお気に入りとかありがとうございます。励みにしております。
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