きっと世界で一番くそったれな『個性』   作:週刊ヴィラン編集部

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 感想欄にて前話の描写について質問がありました。弁明を垂れ流させていただきますので興味ない方は飛ばしてください。今回はほんわか日常回です。
 質問の内容は、以下の通りです。

>「個性」を奪うというのは、人一人を廃人に変えてしまうも同然だ。

Q.過去の回想を見る限り、一般人を襲う犯罪者が個性を奪われても普通の人間になっただけみたいですし、逆に個性がなくなって感謝してた人もいたような……?

 確認したところ、原作第193話「面影」にて該当の描写が確認されました。ここじゃなかったらごめんなさい。でも多分問題ないはず。
 内容的には初代ワン・フォー・オールの記憶の追体験。時は「個性」がまだ「異能」と呼ばれていた黎明の時代。混乱の最中、オール・フォー・ワンが「秩序」を作る過程を描いたお話です。

 感謝していた人がいるという点ですが、異能保持者がマイノリティで迫害されることも少なくなかった時代です。両親の介護をしていた優しい男も「牙が生え続ける」という異能のせいで両親からさえも隔離されてしまいました。それを思えば「施術」されて感謝しても不思議ではないはず? 自分の顔を触って思わず涙ぐむ彼はめっちゃいい人です。
 しかし原作一話冒頭からもわかるように。いつしか「超常」は「日常」に変わってしまいました。個性保持者が世界人口の約八割。個性がマジョリティの現代だと件の牙男もなんら問題なく生きていけたでしょう。寧ろ無個性は先天的ハンデ持ちみたいな扱いですので「施術」は喜ばれないかな。デクも進学先を決めた程度でクラス中から笑い者にされてますし。いくら偏差値5の人間が東大受けるようなものとはいえ。

 個性を奪われても普通の人になっただけという点。これは個性の種類によって反応が違うはずです。一概にはなんとも言えませんのでいくつかの類型で考えていきましょう。
 まずあまりにも見た目がエグい異形だったり「崩壊」や「洗脳」みたいな日常生活に支障をきたすほどの個性ガチャ爆死勢。これは昔と変わらず喜ばれそう。悪性腫瘍とまでは言いませんが多指症くらいには切除したい。心操君のメンタル強い。
 次に大半の発動系。これも人体的には無くなって問題なさそう。腎臓一つ摘出しても死なない理論。ただ急に無個性になるとヒーロー目指してた勢とかは絶望しそう。かっちゃんとかはそれでも天辺目指しそうだけど。初期轟君はエンデヴァーに放逐されても不思議ではない。でも意外と面倒見良さそうだしそれはないか。ハイエンド脳無戦での心情吐露はいい話。
 ここまでは社会的地位はさておき生きるだけなら問題ないでしょう。
 ここからは支障をきたすレベル。「尻尾」みたいなダイレクトに肉体に影響を及ぼす異形系はどうか。これは辛い。急に足一本失ったら長期のリハビリは必要ですね。幼少期からの自分の体が無くなった場合、日常に戻るまでどのくらいかかるのか、そもそも今までの「日常」に真実戻れるのか。「複製腕」とかついついいつもの調子で高いところのものを取ろうとする。そしてもう一生不可能なことに気づいて顔が曇りそう。「蛙」の子もついうっかり水に飛び込んで溺死とかしそうで怖いですね。泳ぎ方も人と蛙じゃ筋肉の動かし方から違うでしょうし。知らんけど。
 最後に致命的なのが「ハイスペック」みたいな知能系。脳直下のものは脳無よろしく影響が酷そう。校長は奪われたらその時点で再起不能もやむなし。正確に該当するかはわかりませんが「サーチ」の人も救助された時はグロッキーな感じでしたね。
 要するに推定知能系でヒーローとしてのキャリアが断たれたというのに、腐らずかつての同僚と同じ職場で働いてるラグドールさんめっちゃ素敵って事です。一流の演奏者が誘拐された上に腕切り落とされて、それでも楽団のために働く。彼女こそヒーローの鑑、ナチュラル・ボーン・ヒーローではないでしょうか。
 そうだろ? そうって言え、ステイン。
 本作品ではラグドール氏を応援するとともに贔屓にしております。「サーチ」は主人公のある種のメタ個性。その一つです(ネタバレ)。

 基本的には原作設定に遵守しているつもりですが、勘違いや把握違い。意図的な変更点があるかもしれません。疑問点があれば感想欄にて質問ください。可能な限りどしどし答えます。長くなる場合にはこのように本編で取り上げます。2000字オーバーを感想欄に書くのはいささか長すぎるので。
 まぁ、ユニバース(世界)が違いますと答える可能性も否定できませんが。その時は許してね。
 原作内容を把握していても、書くときにちょうどいい表現が思いつかなくてそれっぽく書いちゃう。今回のご質問の件も別段深い伏線があったわけではなく、只の過剰表現の一つでした。誤字脱字報告共々指摘していただけると助かります。

 ……余談ですが、前話ラストから分かるように193話自体は把握していました。文頭と文末で漫画の内容の記憶違いを起こすトリ頭っぷり。炙られてチキンになってしまえ(自戒)。




 


蠱毒のグルメ

 信賞必罰。

 功績には報いを。罪過には罰を。

 全ての団体や組織において守られるべき、健全な運営の基本である。

 これは到底健全とはいえない犯罪者集団、(ヴィラン)連合においても適応されていた。

 

「え〜!? お酒くれないんですか、クッキーさん!?」

 

 先だって行われた雄英高校襲撃事件。その戦犯である黒野は、バーカウンターに両手を叩きつけて憤慨した。

 酒は百薬の長、命の雫と言わんばかりに普段から常飲しているアル中女。断酒は彼女にとって寿命を削るに等しい。

 プリプリと怒る少女に対し、黒霧は黙って首を振る。

 普段ならその背後には棚一面に並べられた各種ボトルが存在していたが、今ではその姿は一本とて見当たらない。異空間を通して黒霧が隠してしまった後だった。

 それでもなお酒を出せ〜、酒を出せ〜と駄々をこねる少女に対し、離れたテーブルに座っていた少年が一喝する。

 

「──黙れ、黒野」

 

 死柄木はグラス片手に少女を叱咤した。

 それは一見すると、気の短い少年らしからぬ静かな雰囲気だった。

 しかしそれはあくまで見かけ上だ。

 赤々と燃える炎は温度を更に増すと青く色を変えるように。沸点を大幅に吹っ切れて冷静に見えるだけだった。

 死柄木は淡々と事実を口にする。

 

「『先生』の頼みでもなきゃ、俺はお前を殺してたよ」

 

 「崩壊」の個性を持つ少年の脅し。それは銃口をこめかみに突きつけるようなものだ。

 しかし、黒野の「個性」にとって、それは必殺のものではない。先日も戯れで死柄木に五指で触れられたが、傷一つとして残っちゃいない。

 よっていつもの軽口と思い、黒野はおちゃらけて返答をしようとして、

 

「……でもラッキー君の『個性』じゃ、私は──」

「──()()()()()()

 

 少女の頬を、一筋の冷や汗が流れた。

 少年の言葉には、一切の遊びがなかった。

 黒野には、死柄木の個性に対して耐性がある。それでも「崩壊」で死なないかどうか、と問われれば、結局のところ黒野は死ぬのだ。

 無論、抵抗することは可能だろう。だがそれは事態の先延ばしにしかならない。仮に抵抗して死柄木の息の根を止めたとして、遠からず黒野は死ぬ。それは決まりきっていた。

 無論、逃走することは可能だろう。だがそれは事態の先延ばしにしかならない。仮に死柄木の目の届く範囲、(ヴィラン)連合のクモの巣の中から抜け出したとしても、意味がない。ヒーローに助けを求めても無駄だ。少女は死柄木の、というより『教授』の庇護下でなければ遠からず死ぬ。それは決まりきっていた。

 黒の魔王の後継者は死柄木弔だ。よって黒野の生成与奪権も、死柄木が実質的に握っているに等しい。

 

 両雄にらみ合い。

 両者の視線が喰い合い──耐えきれなくなったのか、少女はついと視線を地面に落とした。

 黒野は諦めたように叫ぶ。

 

「……ああ、もう! わかった、わかった、わかりましたよ! これから暫くの間、許可が出るまではお酒を飲みませんし、命令にも極力何でも従いますって!」

 

 それでいい。

 死柄木は満足そうに頷き、グラスを傾ける。

 格付けは完了した。死柄木が「主」で、黒野が「従」である。それはオール・フォー・ワンの敷いたレールの上だった。

 

「……でも、ラッキー君。お酒の方だけでも早めに解禁してくれません? でないと私、死んじゃいますから」

 

 座席から立ち上がり死柄木の元へと()()と駆け寄る黒野。彼女は上目遣いで少年に請い強請る。

 死柄木はそんな少女を一瞥し、ハッと鼻を鳴らすと命令した。

 

「──じゃあ、仕事しろ、仕事」

 

 少年はついと部屋の一角を指差す。そこにあったのは何の変哲も無い収納ケース。掃除用具入れだ。

 少女は念のため問いかける。その顔は僅かばかり引きつっていた。

 

「……え、まじ? 私の『個性』知っててそれ言うの?」

「さっさとしろ」

 

 汚部屋系女子である黒野に対して、それは一種の拷問であった。

 泣き言を喚きながら少女は掃除を始める。

 彼らの掛け合いを傍で眺めていた黒霧は、はぁと嘆息した。

 深い、深い、ため息だった。

 

 

 

 それから暫く。

 ぎゃーわー悲鳴をあげた果てに、遂に少女は掃除を完遂する。その手際は、少女の立ち振る舞いからは想像ができないほどによく、家庭レベルではあるもののまさしくピカピカになっていた。普段の掃除担当である黒霧も、その結果にはどこか満足げだ。

 黒野は痛む全身を揉み解しながら、死柄木に酒解禁の許可を求める。

 

「ふぃ〜。終っわりましたよ〜! で、ラッキー君。もうお酒飲んでいいですか?」

 

 死柄木はテレビに目を向けたまま、面倒くさそうに答えた。

 

「アホか。スライム一匹じゃ全く足んないよ」

「そんなぁ……」

 

 掃除用具を放り出して、黒野はがくりと崩れ落ちる。

 そんな彼女に死柄木は続けた。

 

「おい、黒野。これ読め」

「わ! ん、とと。どれどれ……」

 

 死柄木は黒野に自身が読んでいた雑誌を投げ渡す。

 名を「週間ヴィラン」と称するその雑誌は、文字通り毎週のようにヴィランについての記事を掲載する専門誌だ。犯罪者を飯の種にする編集部がけしからんのか、はたまた毎週のように取り上げられるヴィランが存在するこの個性犯罪の時代を嘆けばいいのか。議論は分かれるところである。

 多くの問題を孕んだ雑誌ではあるが、コアなユーザーに対してニッチな需要がある。

 雑誌の中の悪党と対峙するヒーロー、あるいは紙面を潤すヴィランにも購読するものは少なくない。裏の情報とまではいかないが、グレーゾーンのあれこれはちらほら乗っていた。

 渡された雑誌を受け取った少女は、パラパラとページを捲る。

 

「ん〜。うちらの事はそんなに書いてないですね〜」

 

 そこには(ヴィラン)連合についての記事は少ししかない。

 雄英高校に多数のヴィランが襲撃した点。生徒達にけがはなく、大勢のヴィランが逮捕された点。仲間割れにより一名死亡者が出た点。表面的な出来事しか載っていなかった。

 当たり前だ。雄英高校に喧嘩を売ったとはいえ、それ以上に機密性の求められる情報が多い。脳無の件にまで行き着いている記者を褒め称えるべきだろう。

 その代わりに特集記事で、とある新進気鋭のヴィランが取りざたされていた。

 

「なになに、『ヒーロー殺し、またも凶行か!?』? ヒーロー殺しって、最近頑張ってるあの?」

 

 ヒーロー殺し、ヴィランネームをステインというその男の名は、普段ニュースを見ない黒野の耳にさえ入るほどに有名になっていた。

 東京都内で散発的に起こっていた連続ヒーロー殺人事件。凶器が刃物によるものである点、マスコミによく出るヒーローを中心的に狙ったその犯行から、何らかの思想犯それも単一犯であると多くの有識者に分析されている殺人鬼。

 ヒーローを17人殺し、23人を再起不能にした社会の敵。犯行現場は刃物によって切り刻まれ、殺害されたヒーローの血でドス黒く染められていたことから「ステイン」と名付けられたそのヴィランは、連日ワイドショーを騒がせている。ある意味では(ヴィラン)連合の同業者にして商売敵だった。

 死柄木は少女の言葉に同意する。

 

「ああ、そのヒーロー殺しだ」

「んで、この人どうするの? うちに勧誘するの? それとも殺す?」

 

 気軽に言ってのける黒野。そんな彼女をしっかりと見据えて、死柄木は言った。

 

「勧誘だ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 沈黙が流れる。会話が途切れる。

 テレビ画面から、「これ! 騎馬戦よ!」と女の声が響いた。

 いたたまれない耐えかねて、少女は声を上げた。

 どうか冗談であってくれ、と。

 

「え!? 私が勧誘に行くんですか!?」

「ああ、そうだよ」

 

 そんな願いはあっさりと崩れ去り、少年は指示を出す。

 

「ブローカーが言うには奴は保須にいるらしい。探し出して連れて来い」

「でも、私馬鹿ですよ? 頭良い交渉なんて出来ませんけど? というか捜索能力無いんですけど」

 

 少女はか細い抵抗を繰り広げるが、死柄木は取り合わない。

 

「知っているよ、そんな事。探して見つけるだけで良い。あとはこっちで適当にやるさ。捜索能力がない? マッピングついでに足で探せよ」

 

 黒霧、やれ。

 死柄木は手をかざすや否や、黒野の足元にワームホールが開かれた。

 暗闇に飲み込まれる寸前、少女は声を張り上げた。

 

「わかりましたよ! もし見つけたら連絡しますんで!

 ──美味しいお酒、用意しててくださいね!」

 

 ……やかましい少女が居なくなった後。沈黙を貫いていた黒霧が口を開いた。

 

「──死柄木弔。何故わざわざ彼女に行かせたんです? 私の『個性』なら労せずヒーロー殺しを連れてこれるでしょうに」

 

 死柄木は薄い笑みを貼り付けて答えた。

 

「ただの嫌がらせだよ、嫌がらせ。

 ……あとはまぁ、『先輩』とあいつを合わせたかったから、かな」

 

 

 

「と〜言っても〜。ヒーロー殺しなんてどこにいるかわかんないですし〜?」

 

 放浪。

 ワームホールで裏路地に落とされた黒野は、保須市をぶらぶらと散策していた。

 彼女の持ち物は、少しの金銭と連絡用の携帯電話くらい。捜索用サポートアイテムのような奇特なものは当然持っていない。

 彼女はお尋ね者だ。今日の彼女は眼鏡を置いてきたとはいえ、見るものが見れば要注意ヴィランと分かるだろう。カメラに顔を写さないように注意しながら街を歩くのは存外疲れる。

 その上、街を練り歩く黒野に初夏の陽気が襲いかかった。身体中の汗腺からだらだらと汗が流れる。ベタベタとしたそれは少女の服と皮膚とを貼り合わせた。

 恨みがましげに見上げると、太陽は天頂に位置している。そろそろ12時、お昼時だ。そう意識すると無性に腹が空いてくる。

 進まぬ進捗、衰弱する神経、不快な気候、くぅくぅ鳴るお腹。

 少女が根をあげたのは、僅かに一時間と少し後のことだった。

 

「うん、無理! 一旦休憩!」

 

 少女は捜索対象を、ヒーロー殺し・ステインから美味い飯処へと変更した。

 

 

「ファミレス……は一人で行きたく無い。フライドチキン……はジャンクすぎて体に悪い。回転寿司……はなんか違う。フレンチ……は金がない」

 

 少し歩いて。

 当初の目的は何処へやら、黒野は様々な店を物色し始めた。

 究極的には彼女は酒さえあればなんでも良いのだが、禁止されている手前、流石の彼女も飲むのは気が咎める。となるともう選択基準はないに等しい。

 様々な店をさんざんばらにこき下ろした後、彼女がたどり着いたのは一軒のラーメン屋だった。

 この女、つくづく趣味が親父である。

 木製のスライド扉を開くと、外気を超える熱気と強いニンニクの香りが煙に乗ってやってくる。店内に入った彼女に、中から声が投げかけられた。

 

「へい、らっしゃい!」

 

 カウンター席と向かい合うようにある厨房から歓迎の声をあげたのは、首元からタオルを吊り下げたスキンヘッドの店主。

 それっぽい雰囲気に気を良くした黒野は意気揚々と歩みを進める。

 掻き入れどきというのに、店内には客は疎らで数人しかいない。店の壁際、天井付近に設置されたテレビが一人虚しく音を奏でている。これ幸いと黒野はカウンター席に陣取った。

 向かい側から毛の生えた手がヌッと突き出される。その手にはお冷が握られていた。受け取って口をつける。ほかほかと温められた体内にひんやりとした水が流れ落ちる。ビールだったら尚良し、少女は懲りずにそう思った。

 一息ついた後、テーブルに置かれていたメニュー表を一瞥した黒野は、店主に注文の意思を伝える。男はぶっきらぼうにそれを問うた。

 

「注文は?」

「豚骨、チャーシュー乗せて麺の硬さは普通で!」

 

 あいよ。

 男は調理に取り掛かる。

 麺を茹でている間。包丁でチャーシューをざっくばらんに切り分け──否、少女の超人的な目はその特異性に気がついた。切り分けられるチャーシューは、その厚さが全てミリ単位で等しく同じ厚さだ。弛まぬ努力の結果か? それともなんらかの「個性」か?

 男が調理を続ける間に、店内にいた客、黒野を除いた最後の一人が店を後にした。この店は券売機を使うスタイルではないらしい。どうやって会計をするのか黒野が伺っていると、客は徐にレジカウンターの横に現金を置いて去っていった。

 ──それで良いのかこの店。黒野は思わず戦慄する。ヴィランを怖れぬ大胆不敵さだった。この店のあっけらかんとした防犯体制に比べると、自分がどこかちっぽけに思えてくる。

 勝手に気を落とす黒野の前に、一杯の器が差し出された。

 

「お待ちどうさん」

 

 待望の飯だ。ラーメンだ。

 黒野は無駄な思考を打ち切って、両手を合わせて軽くお辞儀する。育ちは悪いはずなのに、育ちの良さをうかがわせる振る舞いだった。

 

「いただきます」

 

 割り箸を割り、蓮華を持って戦いに挑む。

 まずはスープだ。黒野は蓮華を水面に突き刺し、掬い上げる。琥珀色のそれにはうっすらと油が幕を張っていて、蛍光灯の光をアトランダムに反射していた。

 少女は手を動かして液体を口に運ぶ。

 

「──美味しい」

 

 実のところヴィランの少女は普段店に行くことなど滅多にない。自由に出歩く機会などほとんどなかった。それ故に今までに食べてきたラーメンも、ヴィランになってからは殆どがカップ麺だ。それと比べるとこれはまさに雲泥の差。

 美味い理由を具体的にどうとは言えない少女ではあるが、スープが美味ければ大概当たりだと何処かで小耳に挟んだことがある。それに従えばこれも当たりだろう。

 器の中からは絶えず湯気が湧きあがり、水蒸気は黒野の顔を優しく撫ぜた。どうやら眼鏡を置いてきて正解だったらしい。自身の慧眼に思わず顔がほころぶ。

 黒野は次に麺へと向かう。箸を豚骨の海に沈め、小麦の束を引き上げて啜りあげる。豪快に音を立てる様は、ティーンの少女にはふさわしくない。だが構うものか。どうせ行きずりの店、ここには知り合いなぞ誰もおるまい。

 そう意気込んだ彼女の瞳は無意識的に輝いた。月並みな表現ではあるが、この麺はスープによく()()()いる。麺がスープを、スープが麺を引き立てるとでも言うべきか。恐らくはスープの種類ごとに麺をも変えているのだろう。この麺には醤油ではダメだ、味噌ではダメだ、豚骨でなければならぬという気迫を感じた。

 続いてチャーシューに挑む。

 と、その前に。

 

「おやっさん。このチャーシュー、どうやって切ったの?」

「わかるか、嬢ちゃん」

 

 掟破り。

 味から意図を探求することなく、黒野は直接問いただした。論客失格とも言える仕草だったが、店主は鷹揚に受け入れた。あるいは自身のさりげない仕込みに気づいてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 

「こりゃあ、俺の『個性』よ」

 

 そう言って店主は豚肉をもう一塊取り出して、まな板の上に乗せた。

 

「『精密動作』。こいつぁ、ミリ単位の動作を完璧にこなしちまう『個性』だ。スープの油の分量も、計量するのは俺の腕だ」

 

 店主は包丁を振るう。切り分けられたチャーシューは、今まさに黒野が口に入れようとしたものと完全に同じ厚み。彼が生涯で解き明かした究極の厚みである。

 黒野は意地悪げに問いかける。

 

「でも、それって『個性』の不正使用じゃない?」

 

 法律上では確かにそうだ。ヒーロー等の特定の資格を持った人物以外は、原則として個性の使用は禁じられている。店主のこだわりは、セーフかアウトかの二元論で語ればアウトだろう。

 そんな黒野の問いかけに、店主はカカ、と哄笑した。

 

「馬鹿野郎。ここは俺の店だぞ? 俺の城で俺が自由にできないわけがあるかよ!」

 

 そう言って、店主は切り分けたチャーシューを黒野の器に上乗せした。

 

「無駄に切っちまったからな。目のいい嬢ちゃんにサービスだ」

「え、まじ? ありがとう、おやっさん!」

 

 粋な店主との交流に、上司にいびられた──と思っている──黒野の身体と心は温まった。

 これから先も頑張れそうだ。

 黒野は器の中に精神を集中した。

 

 十分かそこらが経って。

 黒野の腹が満腹になるのと引き換えに、器の中身が消え失せた。

 さて、ここで帰ってもいいのだが。

 どうせ客もいないことだ。回転率も気にすることはない。黒野はサボりを続行した。

 

「おやっさん! テレビのボリューム上げていい?」

「おお、いいぞ!」

 

 許諾を受けて、少女はリモコンのボタンを押し込む。

 テレビで流れていたのは、選ばれし高校生たちがしのぎを削る夢の祭典。古き時代、オリンピックと呼ばれた祭りの後釜。雄英高校体育祭だ。

 少女がテレビを見ていると、店主の親父が忌々しげに話しかけてきた。

 

「……全く、何が体育祭だ。商売上がったりだよ」

「ふーん。やっぱり今日はお客さん、少ないの?」

「まぁな、毎年そうさ。それどころかウチのカミさんと息子まで観に行きやがる。一人で切り盛りしろってか?」

「……そこまで言うならいっそのこと閉めればいいじゃん」

「ハッ、盆正月以外は年中無休がウチのポリシーなんでね」

 

 店主はそこで言葉を切ると、少女の方を向いて続けた。

 

「それに、嬢ちゃんみたいな客がこんな日でも来るもんだから、おちおち休んじゃいられねぇだろう?」

「あはは、助かってます〜」

 

 回る、回る、会話が回る。二人はまるで竹馬の友のように語り合った。

 そんな彼らの語りを止めたのは、テレビの中のヒーローだった。

 

「──君の!! 力じゃないか!!」

 

 緑髪の少年・緑谷出久が、紅白頭の少年・轟焦凍に向かって叫ぶ。なにがしかのやりとりがあったのだろう。あいにくと少女は見ていなかったが。

 とはいえ片方は()()だ。黒野の口から言葉が漏れ出た。

 

「へぇ〜。彼、緑谷出久君って言うんだ。ん〜、ミー君かな? それとも梅雨ちゃんみたいに呼んでほしい名前があるのかな?」

 

 画面の中では、エンデヴァー・ジュニアがミニ・オールマイトを超えていた。

 

 

 

「おやっさん、鏡か何かない?」

「んにゃ、ねぇぞ!」

 

 いくら行きずりの店でも普通のティーンエイジャーならそこまでしないが。

 店を出る前、少女は爪楊枝で自身の歯を掃除していた。ラーメンに入っていたネギが歯間に詰まっているのを気にしたのだろう。

 鏡を求めたが色よい返答が返ってこない。

 よって黒野は次善の策を提案した()()()()()()()()

 

「ありゃりゃ。じゃあおやっさん、私の歯、綺麗か見てくれない?」

 

 少女はそう店主に求める。

 会話を交わして気を許していたのか、店主はそれをあっさりと了承した。

 

「おお、いいぞ! どぅら……、ってよく見えねぇな……」

 

 店主が少女の頼みに応えようとする。

 が、席に座ったままで、なおかつ若干俯いているせいで影ができてよく見えない。

 そう告げると少女はさらに提案した。

 

「ん、そう? じゃあもっと近づいて見てくれる?」

 

 図々しい提案だったが、店主は苦笑いしてそれを受け入れた。

 店主の顔が、少女の顔に近づけられる。店主の目が、少女の歯に()()向けられる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 黒野はぼそりと呟いた。

 

「──ごめんなさい」

「あん──」

 

 ブラックアウト。男の意識が暗転する。

 男は最期に、迫り来る風切り音を耳にした。

 

「本当にごめんなさい。全部嘘です」

 

 少女は()()()()()()()()()()()()()()()、独り呟く。爪楊枝の先は赤黒く染まり、べちゃりと肉片がこびりついていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 痛みもなく、気づきもせずに、スキンヘッドの男は黄泉路へと旅立った。

 少女はがま口財布から750円取り出すと、レジカウンターの隣に置いて店を出ようとする。

 扉をくぐる直前、黒野は振り返って店主を見据えて、

 

「ご馳走様でした。美味しかったです〜」

 

 いけしゃあしゃあとそうのたまった。

 

 

 

「ただいま〜って、あら、あなた。眠っているのかしら?」

 

 ──雄英高校体育祭から帰ってきた母子は、店の中で眠っている家長に気がつく。

 それが永遠の眠りだと気がつくのは、果たしていつのことやら。

 それが病ではなく人災であると気がつくのは、果たしていつのことやら。

 

 




ヴィランネーム:ネガ・フェアレディ
本名:黒野真央
個性:酒を飲まないと死に近づく。掃除をしても死に近づく。死柄木と敵対しても死に近づく。
   爪楊枝アサシネイト、爪楊枝が無駄に硬い、長いのはただの演出。
備考:眼鏡は伊達。趣味が親父。
   ネーミングセンスはゴミ。財布はがま口。


単純な黒野真央つよつよ期間は前話で打ち止めです。ここからはつよつよムーブだけでなくタイトル通り「くそったれ」な側面も多く描かれます。それでもチート臭いのは変わりませんが。




 ……店内に設置されていた防犯カメラ、それを見たとあるヒーローは呟いた。

「おい、あんた。その画面、巻き戻せるか?」
「ん? ああ」

 爪楊枝ザク-

「おそろしく速い爪楊枝。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 彼は目撃ヒーロー・見逃さなかった人。数話でいいから覚えててね(ステイン枠)。

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