女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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はじめまして作者です。
思った以上の反響に驚いています。
私は褒められたら褒められただけ調子に乗るタイプなので、戒めとして感想はお返ししていませんが、全て目を通しています。
大変励みになっています。これからもよろしくお願いします。



第2話

剣聖の息子の朝は早い。

鳥の声も聞こえない真っ暗な内から起き出して身支度をする。

隣で眠っている妹を起こさないように布団を畳み、そっと部屋を抜け出す。

汲んでおいた水で顔を洗って、頭をすっきりさせてから刀を担いで外に出た。

 

外は薄ら霧がかかっていた。

ジメッとする空気に混ざって微かに雨の匂いがする。植物や地面が湿った匂いだ。

道端の青草には朝露がおりていたが、雨が降ったにしては土は乾いている。

 

山のふもとにある村である。近くを川も流れており、自然は見渡す限り広がっている。

この時分、ありがたいことに、水の気配はどこを探しても容易に見つかった。

今日はたまたま湿度が高いのかもしれない。

 

空を見上げてみると、霧や暗闇で分かりにくいがうす雲がかかっているようだ。

一寸見上げてる間に山の向こうに流れていく。上は風が強い。一時雨雲がかかって、すぐに流されたとしても不思議はない。

この分では今日雨が降っても降らなくても時の運だろう。

 

簡単に身体をほぐしながら歩みを進める。

林の中は尚のこと湿った匂いで満たされていた。息が詰まるほどの青臭さに顔をしかめる。

早足に通り抜けた先の訓練場は、踏み固められた赤茶の土が露わになっている。

少し手で掴んでみたら湿っていた。これはますますわからん。だが、転ばぬように注意しよう。

 

本格的に準備運動をする。まずは腕。次に足腰。刀を振るのに使わない部位はない。首は特に念入りにほぐす。

大方ほぐし終わったのなら、刀を抜いて正面に構えた。

 

束の間息をすることすらやめ、意識を集中する。

深く深く心の中に潜り込んでいく。次第に身体から意識だけが離れたような感覚に陥る。

 

足元の小石。背後で風に煽られる木の枝。遥か頭上を行く雲。

自分を中心に円を描くように、意識を外へと拡げていく。

 

『あるがままを受け入れよ』

 

いつか母上はそう言った。

その言葉の意味を思い出しながら、意識は身体の檻を抜け、世界へと溶け込んでいく。

 

刀を振り上げ、そして振り下ろす。今まで何万と繰り返した動作は、考えるまでもなく自然と身体が動いていた。

この動きは刀を振る基本の動きとなる。一にして全。これが出来なければ刀を使う意味などないとは母上の言。

母上の修行は基礎を重視する。徹底的にしごかれる。嫌という程。吐いても倒れても構わずに。

一人っきりでの鍛錬でも、その教えは息づいている。何も考えずともまずは素振り。

 

数百回ほど刀を振ったところで集中力が散漫になる。浮いていた意識が身体に戻ってきた。

たかだか一時間も集中していないのに倦怠感が酷い。身体ではなく精神的な疲労感を覚える。

そもそもこれが意味のある鍛錬かも不明瞭だ。手探りで色々やっているから、もしかしたら徒労に終わるかもしれない。

疲れたせいで考えがネガティブになっている。この鍛錬はとりあえずここまでにして、次は『太刀』の練習に移る。

 

一の太刀から順番に技を繰り出す。

母上に教えてもらったこの技は、奥義的な扱いではなく、あくまで状況に対処するための一手段に過ぎない。

勝敗を決するのは『太刀』ではなく地力だと母上は常々言っている。

 

母上自身これ以外に技は使わない。

血のにじむ様な鍛錬を重ね、練磨の極地の果て、剣聖にまで上りつめた。

凡人には想像もできないほどの並々ならぬ努力の末に辿り着いた頂きは、余人の追随を許さぬ境地に達している。

日頃母上の剣を受けているから分かる。母上を目指し、背中を追いかけるだけではそこに到達することはできない。

前世のアドバンテージを持つ俺ですらそれは難しいと悟った。

 

ただの模倣ではダメなのだろう。

いつまでも母上の足跡を辿っているだけでは、超えられない。

自分の行く道を見つける必要がある。どうすれば見つけることが出来るのか、まるで見当つかないのが問題だが。

 

基礎を鍛え、技を磨き、疲労困憊になったところで朝日が野を照らした。

幾度となく見た朝焼けは、何度見ても美しい。例え雨が降っていても、雲がかかっていたとしても。

清々しい日光が身体の疲れを癒してくれる。

 

今日も良い日になる。

あれを見ると自然とそう思えるのは、前世から引き継いだ習性みたいなものなんだろう。

 

 

 

 

 

 

林を抜けたところで人の気配を色濃く感じる。

農家の朝は早い。たまに俺が家を出るよりも早くから農作業している所もある。

日が昇ったのなら仕事だと言わんばかり。村のそこここから活気があふれていた。

 

近頃都市部への人口流出著しく、この村もそのあおりを受けている。

東と西の中間にある村だ。たまに他所から人が来ても、すぐに目的地へ旅立ってしまう。

この村の子供たちも、嫡子を残していずれはいずこかへ去るのだろう。

 

農作業に従事する村人を眺めながら家に繋がる道を歩いた。

途中、目があった住民たちはおしなべて目を逸らす。

基本的に俺は気持ち悪がられている。こちらから話しかけに行っても、受け答えはぎこちない。あちらから話しかけてくることはまずない。

一歳の時分には言葉を話し、五歳になるころには鍬を振った。そして今は真剣を携えている。いかに母上が母上とは言え、距離を置きたい気持ちはわかる。物の怪が憑りついていると噂されたことも知っている。当たらずとも遠からず。

 

家に着き、ガラッと扉を開けたら、丁度同じタイミングで扉を開けようとしていた妹と鉢合わせした。

半分寝ぼけてしょぼしょぼした眼。覇気がまったくないので幼さが強調されていた。実際、まだ8歳だ。

 

「おはよう」

 

「おあようございます。あにうえ」

 

ぷりてぃ。

顔を洗ってくるように促して、覚束ない足取りを見送ってから、朝食を作っている父上を手伝った。

すでに起きていた母上は、居間で沈思黙考に勤めている。普段から寡黙な人ではあるが、雰囲気からしていつもとは少し違う。何か良からぬことを考えているのではないかと気が気でなく、横目に注意して観察した。

 

ほどなくして、何か手伝うことはないかとさっぱりした妹がやってきて、「もう出来るから居間で待っていて」と父上が言い、焼き魚を皿によそって朝食の準備が整った。

 

家族四人が居間に揃う。それぞれ定位置に膳が置かれる。この家にテーブルはないので座布団に座って食事をする。

男性が軽視されがちな世界とは言え、女が食べ終わるのを待っていろなんて横暴行き交う我が家ではない。

そう言う所も場所によってはあるそうだが、もしそんな家に生まれてたらとっくに家出してる。

 

俺と父上、それに妹が正座している中、ただ一人胡坐を組んでいる母上は、手元にある刀と合わせて名状し難い迫力があった。寡黙であることも輪をかけている。ただそこにいるだけで只者ではないオーラが滲んでいるようだった。

 

母上は言うに及ばず無口で、父上も生来の性質で必要以上に喋らない。必然的に朝食の席で会話は少ない。しかし空気が張りつめている訳でもない。

育ち盛りで食べ盛りの妹が口一杯に頬張るのを、父上が愛情いっぱい見守っている。それだけで雰囲気はほんわかしている。

 

一方、早食にもほどがある母上は、父上が妹を愛でている間にすでに食べ終わっていた。

腕を組み、目を瞑って食休みしているご様子。

その服装が朝早いにもかかわらず、小綺麗な物であることに気付いた。

その時点で俺はまだ半分も食べ終わってなかったが、行儀の悪さは承知で口を開いた。

 

「母上。よろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「今日のご予定は?」

 

「指南に行く。山向こうだ」

 

「お帰りはいつごろになりますか」

 

「明日の夜だ」

 

「明日ですか。今晩はどうなさいますか」

 

「あちらで世話になる。今日、明日と剣を見る代わりだ」

 

「その間、妹の鍛錬はどうされますか。よろしければ俺が見ますが」

 

「必要ない。すべきことは伝えてある」

 

母上の視線を受けた妹は即座に答えようとした。しかし口の中いっぱいに食べ物が詰まっている。結局首を縦に振ることで答えていた。

 

「よろしいのですか?」

 

「なにがだ」

 

「ひとりでやらせて」

 

「たまにはいいだろう。変な癖がついていたのなら、帰ってから矯正する。今度はきちんと身に沁み込ませよう」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

一旦会話が途切れる。

母上は妹の食事風景を数秒見つめていたかと思うと、前触れなくスッと立ち上がった。

 

「もう行く。昼には来いと言われていた」

 

「母上を顎で呼びつけるとは大した度胸ですね。どこのお家の方ですか」

 

「知らん」

 

「……いつもの方でしょうか」

 

「名は長かった」

 

「左様ですか」

 

この辺じゃ馴染みはないが、山向こうで名が長いと言ったら貴族ぐらいしかいない。

剣聖に指南を頼むぐらいだから、裕福な家庭なのは間違いないだろうが、母上が失礼の限りを尽くしていそうで心配で仕方がない。

 

父上が母上に弁当を渡すのを見ながら、行く前にせめて小言の一つでも言ってやろうと思って朝食の残りを掻き込んだ。

 

 

 

 

 

家の前で母を待つ。

裏手から蹄の音が聞こえてきた。

そのまま待っていると馬に乗った母上が現れた。

 

「馬ですか」

 

「ああ。あれで行くと嫌がられる」

 

あれとはペットのことである。

馬小屋の隣のペット小屋に住んでいる。

 

「いない間、家のことは任せた」

 

「お任せください」

 

「ではな」

 

出立前の会話を無駄とでも思っている節のある母上が手綱を緩め、腹を蹴って走り出す。

始めゆったりとした速度で、段々と速度が上がっていく。

 

「くれぐれも粗相のないようにしてくださいー」

 

手を振りながら小言を告げる。

馬上の母上は何も答えず、代わりとばかり外套をはためかせて遠ざかっていった。

 

ちゃんと聞こえていただろうか。聞こえたとしても聞くとは限るまいが。

一抹の不安を覚えながら、たなびく外套が小さくなる様を見ていた。

 

すっかり母上の背中が小さくなった頃に背後で扉が開き、妹が顔を覗かせた。

 

「兄上。母上は?」

 

「もう向かわれた」

 

「そうですか」

 

「何か用事でも」

 

「いえ。お見送りをしようと思ったのですが」

 

キョロキョロ周囲を探る妹は心なしか悔しそうに見える。

一人でさっさと平らげ、追われるように行ってしまったのだから仕方ないことだが。

間に合わせるように慌てて食べるのも、身体に悪いだろう。

 

「今度は一緒に見送ろうか」

 

「はい」

 

「ご飯はいっぱい食べたか」

 

「いただきました」

 

「美味かったろう」

 

「おいしゅうございました」

 

「よかった」

 

主に作ったのは父上だが、俺も少し手伝っているのでその感想は素朴に嬉しかった。

 

「それでは兄上。私は修行をいたします」

 

「食休みは大事だぞ」

 

「問題ありません。一先ずは家の前で振っていますので、何かあればお呼びください」

 

「わかった」

 

扉を閉めることも忘れ、木刀を取りに走る妹。

元気が良いのは何よりだ。やることやってるなら猶更良い。俺も父上の家事を手伝うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

桶に水を張って石鹸を溶かす。

白く濁った水に洗濯物を浸けじゃぶじゃぶ洗う。

石鹸水は冷たく、手に突き刺さる様な刺激があった。

しかし今更これしきこのことなんでもない。すっかり慣れたものだった。

 

汚れを落すために擦ったり、揉んだり、時には足で踏んだりする。

これをやってる最中は特に考えることもないので無心でやってるが、こういう時洗濯機のありがたさが分かると言うもの。

 

洗濯機は無理にしても、箱にハンドル付けてクルクル回せば遠心力で脱水できたりしないだろうか。

試しに作ってみたくはある。だが俺は手先が器用じゃないし、修行があるから試行錯誤する時間を作れそうにない。

ならばと他人の手を借りることも考えたが、そもそも家族以外に親しい人がいなかった。恋人はおろか友達すらいない。

母上は将来婿に行けと言っているが、現状望みは薄い。自由恋愛以前に避けられてしまう。多分この村で俺を婿に取ってくれる女の子はいない。

 

暗澹たる我が人生に思わず悄然とする。前世の場数があるのに前世より厳しい状況だ。

どこかで何かしらの手を打たねば行き遅れるのは確定だ。生涯独身もあり得る。

 

齢10にして将来の不安に押しつぶされそうになっている俺の耳に、追い打ちをかける様な楽し気な話し声が届いた。

それは家の前から聞こえてくる。そっと覗いてみると、妹が近所のお婆さんお爺さんに話しかけられていた。

笑顔で和気藹々の老人たちに比べて、妹は能面の様な無表情を堅持している。

聞き耳を立ててみたが、特に有意義なことは話していない。

「元気だね」「頑張ってるね」「調子はどうだい」

そんな程度の世間話だ。

 

村の大人たちは妹のことを気にかけているらしく、機会を見てはしきりに構いに来る。

剣聖の娘で跡取りを内定。もしかしたら次の剣聖になるかもしれない。有望株に間違いない。今の内から仲良くしておいて損はない。

 

そんな打算があるにしろないにしろ、こんな田舎の村で親切にしてもらえるのはありがたいことだと思うのだが、当の妹はコミュニケーションを拒否して家の中に入ってしまった。

老人たちは残念そうにしながら三三五五散って行った。

 

老人たちがいなくなったのを見計らって、妹がひょこっと顔を出す。俺を見つけて顔を綻ばす。

 

「兄上」

 

「みんな行ってしまったよ」

 

「良いことです」

 

「良くはないだろう。たまには話をしてみたらどうだ」

 

「時間の無駄です」

 

「無駄かなあ」

 

「無駄です」

 

顔を見るだけで説得は無理だと分かる。

母上。あなたの頑固さはしっかり子供に受け継がれております。余計なことを。

 

「お前が家を継ぐんだから。ご近所付き合いは大切だろう」

 

「失礼ですが。私が継ぐ頃には皆死んでいるかと」

 

「なら子供となら仲良くできるんだね」

 

「兄上。邪魔が入るので、訓練場で修行をしてきます」

 

「逃げるんじゃない」

 

「また後ほど」

 

「おーい」

 

逃げようとする妹の首根っこを掴もうとしたが、するりと躱して走って行ってしまう。変なところで才能の片鱗を感じさせる。

性差はあれど、こちらには一日の長がある。追いつこうと思えば追いつけた。

しかし追いついたところで何をどう丸め込めばいいのか。作戦を立てなければ。意見を請おう。

 

「父上」

 

「なんだい?」

 

「頑固者についてご相談が」

 

「何かあったの?」

 

居間で一休みしていた父上に事情を話す。父上は「ははーん」と妙に嬉しそうな顔をして、顎を擦って数秒考える。

そして柔和な笑みを浮かべてこう言った。

 

「無理だね」

 

「笑顔で匙を投げないでください」

 

(なぎ)……お母さんの子供だからね」

 

「父上の子供でもあります」

 

「僕も案外頑固なんだよ」

 

「ご冗談を」

 

普段の様子を見ていると、とてもじゃないがそうとは思えない。

比較対象が頭ダイヤモンドなので、もしかしたら鉄鉱石ぐらいの固さはもっているのかもしれないが。

 

「あの子は、見た目はお母さんだけど、中身は僕に似ているのかな」

 

「左様で」

 

「君は逆にお母さんによく似ているよ」

 

「そんなことは……」

 

「凄く似てるよ。僕に剣の才能はないからね」

 

「才能の有無で判断することじゃないでしょう」

 

「まあ、そうだけど。でもやっぱりよく似てると思うんだよなぁ……。こう、わき目もふらずに猪突猛進なところとか」

 

「嬉しくもなんともありません」

 

「そう? 褒め言葉なのにな……。ところで、お昼ご飯はおにぎりでいいかな」

 

「……なら、妹の分は俺が作ってもよろしいでしょうか」

 

「いいよ。一緒に作ろうか」

 

丹精込めて丁寧に握るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

水筒に汲んだ水に、その辺で摘んできた果実の搾り汁と一つまみの塩を加える。

甘さを加えたお手製スポーツ飲料だ。果物が食べれるのは母上に確認済み。

これとおにぎりを持って訓練場へ向かう。色々考えた末の、胃袋から丸め込む作戦である。

 

妹を説き破る気満々で訓練場に着いてみれば、そこに肝心の妹の姿がなかった。

いつもならど真ん中で木刀を振っているはずである。

どこに行ったのかと周囲を探ると、木陰に向かって何かが這った跡を見つけた。

その跡を追って見つけたのは、無残にも大の字で伸びている我が妹君だった。

 

上下する胸が確認できたので生きている。恐らく疲労困憊でノックアウトしたんだろう。

這ってでも木陰に逃げたのは賢明と言える。下手したら脱水症状や日射病で死んでいたかもしれない。その代わり、服が泥に塗れてしまったようだけど。

 

俺の来訪にはっと気づいた妹は、起き上がろうとして四苦八苦したが、最後は崩れ落ちた。

 

「無理な鍛錬は身を滅ぼすぞ」

 

「無理など、していません」

 

「強気な台詞は起き上がってから言ってみろ」

 

顔色を見る。真っ青だ。

滴る汗は止めどなく、こうしてる合間もぽたぽたとしたたり落ちている。

よくよく観察すれば腕が痙攣している。どれだけ酷使したらこうなるのか。

言われた以上のことをやっているらしい。どう見てもやりすぎだ。元気なのは良いことだが、過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 

「昼ご飯を持ってきた」

 

「……いただきます」

 

「起き上がれ」

 

「少しだけ、お待ちいただけますか」

 

「とりあえず。これだけでも飲んでおこうか」

 

背中に腕を回して抱き起す。火照った身体がやけに熱かった。

水筒を口に当てがう。口の端から一筋溢しながら、こくりこくりと必死に飲み込んでいる。

 

「美味いか」

 

「甘いです」

 

「塩も入ってるぞ」

 

「身体に染みわたるようです」

 

「それはなにより」

 

一口で半分飲み干し、二口目で空にした。

自分用に持ってきていたもう一本も飲ませる。

 

それを半分飲み干してようやく落ち着いたようだ。

ふうと息を吐く顔に生気が戻っていた。

汗で額に張り付いている髪を掻き分けながら言葉を交わす。

 

「過度な修行は禁物だ」

 

「はい」

 

「今度やったらお仕置きだ」

 

「わかりました」

 

「返事だけ一丁前だからデコピンの刑」

 

「あぅっ!?」

 

ビシッと打たれた額を抑えることもままならず。

力尽きたようにぐったり脱力する妹は、朧げな瞳で俺を見ている。

 

「あにうえ……」

 

「少し休もうか」

 

「はい……」

 

「帰ってきたら、母上に叱ってもらわないとな」

 

「あにうえ……ごかんべんを……」

 

それだけはやめてくれと目で訴えかけてくる。

残念ながら、お前のことを考えるならやめるわけにはいかない。

二度とこんな無茶できぬよう身体に覚えさせる必要がある。

 

頷く代わりに頭を撫でてやると、妹は少しうれしそうな顔をした。

力の限り抱きしめたら折れてしまいそうな細い身体。こんなに小さいのに、毎日剣を振っている。

俺も振っているけれど、その内追い抜かされてしまうんだろう。この世界では女の方が強いそうだから、触れれば壊れそうなのはむしろ俺の方かもしれない。

 

悪戯心で鼻の先をくすぐったらこそばゆそうにした。

ぎゅっと胸に抱くと、くぐもった声を漏らす。

反応が面白くてつい色々やってしまう。次は何をしよう。

 

そんな風に、真夏の昼日中。木陰の下で、妹と団欒のひと時を過ごした。

 


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